白玉楼へと続く階段の頂で、妖夢は箒を握り締めたまま物思いに耽っていた。
考えすぎてしまうのは自分の悪い癖だと十二分に理解しているつもりだったが、それでも妖夢は考えるのを止める事は出来なかった。
──何故自分は強くなれないのか。
それが妖夢の悩みの種だった。半人前などと呼ばれるのは自分が半人半霊であることに比喩しているのだと言うのは理解できている。
しかし、同時に自身が半人前──そう、未熟者であるのもまた事実なのだと彼女は重く受け止めていた。
「はぁ……。」
──何時までたっても、弱いままの自分……。
(こんなことじゃあ、お師匠様に顔向けできないなぁ……)
妖夢は時々こわくなる事があった。それは師匠である祖父が黙って白玉楼を出て行った理由は、弱い自分に愛想を尽かしてしまったからではないかと思ってしまう事だった。
そんな筈はない。厳しくも優しかった祖父に限ってそんな事はありえない。
頭ではそう思っていても、不安に思う気持ちが、妖夢を疑心暗鬼に陥らせていた。
(寂しいのかな…………私。こんなことばかり考えて。)
「なぁに、暗い顔して。」
むぎゅう。
「ひゃあっ!」
思考の海に捕らわれていた妖夢に不意を撃つかのように、突如として現れた幽々子は後ろから彼女を抱きしめた。
二人の身長差から、正しくは頭を抱えられた形になった妖夢。
後頭部に当たる柔らかな二つの感触と、鼻腔をくすぐる甘い匂いに妖夢は先程の暗い顔など嘘のように顔を真っ赤にした。
「ゆ、幽々子様っ? ど、ど、どうしてここに?」
めったに屋敷から出てこない幽々子の登場に驚きを隠せない妖夢は、素直にそう問うた。
「どうしてって……呼ばれた気がしたから。」
「呼ばれた……? 誰にです?」
「誰って、此処には私と貴女しか居ないわよ、妖夢。」
可笑しな妖夢。と、本当に可笑しそうに声に出して笑う幽々子。
しかし妖夢は、頭を捻るばかりで何が可笑しいのか到底理解できなかった。
「ねぇ妖夢。お腹が空いたわ。屋敷に戻ってお茶にしましょう?」
「いけません、幽々子様……私はまだ此処の掃除が済んでいませんので──」
最後まで言わせて貰えなかった。
頭を更にきつく抱きしめられたのだ。
幽々子の胸に遮られ見上げる事も叶わぬが、きっと幽々子様は不貞腐れてるんだろうなぁと妖夢は思った。
「もう。連れない子ね。私は今すぐお菓子が食べたいの!」
幽々子の口調も普段どおりだった為、妖夢はその勘違いに気付かなかった。
──幽々子は、優しくもどこか儚げに微笑んでいることに。
「だったらお一人で食べられたら良いじゃないですか。」
「やーよ。妖夢と食べられないと、私が寂しいでしょう?」
──寂しい。その言葉に、妖夢ははっとした。
よもや幽々子様は私の為に態々ここへいらしたのでは無いだろうか。
漸くそのことに気がついた妖夢だったが、確信も持てずどうして良いか分らず黙り込んでしまった。
それすらも、幽々子はお見通しだったのかもしれない。
俯く妖夢の耳元で、幽々子は優しく囁いた。
「…………ねぇ。妖夢。」
「はい……幽々子様。」
先程とは違う雰囲気に、妖夢は身を硬くした。
そんな妖夢の緊張を解してやろうと、幽々子は頬で彼女の頭を撫でてやった。
──母猫が子猫をあやす様に優しく。
くすぐったい感触に、妖夢は思わず身を捩るも、幽々子は決して離そうとはしなかった。
「貴女は……傍に居てくれるわよね?」
「…………はい、もちろんです。」
妖夢には不思議と、“私が傍に居てあげる”そう言われた気がした。
「幽々子様……? 屋敷に戻りましょうか。」
「ん……そうね。でも──」
──もうちょっとだけ、ね?
そんな幽々子の甘い誘いに身を委ね、抱きしめられるがままに妖夢はその温もりを堪能する事にした。
──強くなりたい。
今でもそう思っている。この女性(ひと)のためにも。
しかし、不思議と焦りは消えていた。
きっと何時までも、幽々子様は待っていてくれるから……
「妖夢……もう大丈夫みたいね?」
「はい……!」
(まだまだ甘えん坊の私ですが、何時か強くなって見せます……貴方のように!)
見果てぬ空に向かって、決意を新たにする妖夢。
──願わくばこの思い、師匠に届くように。
「こんな所で、何をしているのですかな? 幽々子様、妖夢?」
「「へ?」」
温泉饅頭を片手にぶら下げた妖忌が、目前に立っている事に二人は唖然とするしかないのであった。
甘い匂い