むかし…と言うほどでもない最近のこと。
幻想郷の命蓮寺と言うお寺に幽谷響子と言う山彦の妖怪が修行に来ておりました。
響子は日課である門前の掃除をしていると、白蓮和尚からお使いを頼まれました。※1
「響子さん、山へ行って胡桃を拾ってきてくださいな。もしもの時は、この3枚の札を使いなさい」※2
「わかりました和尚さま!」
響子は元気よく返事をして山へ向かいました。
せっせと胡桃を拾っていた響子でしたが、気が付けば夕暮れとなり辺りは薄暗くなっていました。
「う~ん、暗くなったらお寺に帰れないなぁ…」
響子が困って辺りを見渡すと、遠くのほうでチカチカと灯りが見えました。
近づいてみると簡素な掘立小屋で、人が住んでいるようでした。玄関には「坂田」と表札があります。
「ごめんくださ~い! ごめんくださ~い!」
「なんだべ、やかましいなぁ…」
響子が大きな声で呼び掛けると、小屋の中から白髪の女がのっそりと出てきました。
坂田さんは紅い眼でぎょろりと響子を睨みましたが、相手が少女だと分かると途端に機嫌良くなりました。
「今晩、ここに泊めてください!」
「おぉう、なじょうも泊まってけ。いま夕飯の支度するっけの」
白髪の女、坂田さんは響子の懇願を快く引き受け、響子を家に迎え入れました。
囲炉裏には鍋が掛けられており、正体不明の肉がぐつぐつ煮込まれています。
「ごちそうさまでした!」
「おぅ、よう食ったのし。ちと髪の虱を取ってくんろ」
夕飯を食べたあと、坂田さんは響子にそう頼みました。
響子が虱を取ろうと坂田さんの髪に触れると、にょろにょろと蛇が湧き出てきました。※3
「うひゃぁ! 蛇が出て来た!」
「蛇なんているわけねぇべ。おかしな子供だべ」
坂田さんはそう言ってケラケラと笑っていますが、響子は顔が真っ青になりました。
「はわわ…ここは山姥の家だったんだ。食べられちゃう」
がたがたと震えて響子は逃げ出したくなりましたが、坂田さんが起きていては逃げ場がありません。
「そろそろ寝るべ。布団がひとつしかねぇすけ、一緒に寝よう」
坂田さんはそう言って響子を抱いてすやすやと眠りました。しかし響子は恐ろしくて何とか逃げる算段を考えています。
響子は坂田さんの腕にがっちり捕らえられて、身動きもできません。そのうち、坂田さんが響子の頬をぺろぺろ舐め始めました。
「おばあゃん、私トイレに行きたい」
いよいよ食べられてしまう恐怖を感じた響子は、坂田さんにトイレへ行きたいと申し出ました。
「んやぁ…トイレだったらオレの手んなかにすればいいべ」
せっかく捕らえた獲物を逃がしたくないのか、坂田さんはそう言って響子を離そうとしません。
「おばあちゃん、●●●がしたいの。早くしないと漏れちゃう…」
「なに、しょうがない子だべなぁ。じゃあ首輪を付けるすけ、早くして来い」
呆れたように坂田さんは言い放つと、何故か置いてあった黒革の首輪を響子の頸に嵌めてトイレにやりました。
扉を閉めて10秒もしないうちに、坂田さんは響子の首輪をぐいぐい引っ張って早く出てくるよう催促します。
「ほら、まだだべか?」
「まだまだ、ビッチビッチのさかり」
返事をした響子は急いで首輪を外すと、トイレの柱にくくり付けました。
「トイレの神様、これから逃げるので代わりに返事しててください」
「おぅ、いいぞ」※4
トイレの神様に頼み込んで、響子はこっそりトイレから遁走しました。暗い夜道を一目散に寺へ向けて走り出します。
「ほら、まだだべか?」
「まだまだ、ビッチビッチのさかり」
坂田さんは響子が逃げた事に気付かず、また首輪を引っ張って催促しました。
「どんだけ長くトイレに籠ってんだべ。早く出ろ!」
とうとう我慢の限界を迎えた坂田さんが強く首輪を引っ張ると、柱が抜けてゴツンと坂田さんの額に命中しました。
やっと響子が逃亡したことに気付いた坂田さんは、謀られた悔しさと柱が激突した痛みでカンカンに怒りました。
「あの小娘、よくもオレを騙したべ! 待てぇ~!!」
愛用している大鉈を片手に、坂田さんは物凄い勢いで響子を走って追い掛けました。
坂田さんの脚は非常に速く、土地勘もあってみるみるうちに追い上げてきます。
「ひぃぃ!? 私の後ろ、川となれ!!」※5
鬼気迫る坂田さんの形相に、響子は振り向いて絶叫しました。
白蓮和尚からもらった札を1枚取り出し、サッと後ろへ放り投げると濁流の大河が現れて坂田さんの進路を妨げます。
「待てええぇぇ!!」
ざぶざぶと坂田さんは川を渡り、鬼の形相で響子を追いかけてきます。※6
「ひいいぃぃ!! 私の後ろ、山となれ!!」※7
響子はもう1枚、札を取り出して後ろ手に投げました。すると、大きな山が現れて坂田さんの行く手を塞ぎます。
「待てええぇぇ!!」
どかどかと坂田さんは山を越え、鬼神の形相で響子を追いかけてきます。※8
「ひいいいぃぃぃ!!! 私の後ろ、火事となれぇ!!!」
響子は最後の1枚を取り出して空高く投げました。すると、めらめらと炎が立ち昇って坂田さんの前に立ちはだかります。
「待てええぇぇ!!」
あっちっこっち坂田さんは大火を避け、なおも鬼子母神の形相で響子を追いかけてきます。※9
そして、響子はやっとお寺に辿り着きました。しかし寺の山門は閉ざされています。
「和尚さまぁ!! 山姥に追われています、開けてください!!」
響子が門扉を叩きながら叫ぶと、白蓮和尚は急いで響子を隠しました。
その直後に坂田さんが扉を蹴破り、寺に勢いよく駆け込んできました。血眼となって白蓮和尚に詰め寄ります。
「おい、ここに小娘が来なかったべか?」
「いいえ、来ておりません」
「嘘吐くでねぇ。隠し立てするとお前もタダじゃ置かんぞ」
紅玉の瞳を爛々と輝かせ、坂田さんは愛用の大鉈を振り翳しました。
しかし白蓮和尚は冷静に対応します。坂田さんに対し、『弾幕ごっこ』で勝負を仕掛けました。※10
超越した弾幕で坂田さんを圧倒し、和尚は山姥を退治しました。めでたし、めでたし。
【完】
※1 お使いの内容は山へ花摘みや栗拾いなどのパターンがある。いずれも日が暮れて帰れなくなるのが共通する。
※2 「3枚の札」のほか、「3つの玉」「3つの豆」「3本の櫛の歯」などのパターンがある。
※3 煮込まれているのが人間の肉で山姥に気づく、雨音が「ばばの顔見れ」と聞こえて正体に気づくなど多様なパターンがある。
「虱を取ろうとしたら蛇だった」という話は大國主命の素戔嗚尊に対するエピソードと類似する。
※4 トイレの神様ではなく、単に柱が返事をする話もある。また、トイレの神様が3枚の札などを授けるパターンがある。
※5 川のほか、泥沼や大海などのパターンがある。
※6 川の水を飲み干す、あるいはオチとして溺れてしまうパターンがある。
※7 山のほか、大岩や棘の山などのパターンがある。
※8 おおむね、「水」「山」「火」の3点セットだが、順番は入れ替わる事がある。
また、筍や野葡萄が生えて山姥が食べているうちに逃げるパターンがある。これは伊弉諾尊が黄泉の国から逃げ帰ったエピソードに類似する。
※9 オチとして火を渡り切れずに力尽きるパターンがある。
※10 山姥が寺に至るオチのパターンは主に以下の2通りが見られる。
・山姥が壁に激突したり、井戸に落ちたりして自滅するパターン。
・山姥が和尚に言いくるめられて豆粒の大きさになり、食べられたり踏み潰されたりするパターン。
幻想郷の命蓮寺と言うお寺に幽谷響子と言う山彦の妖怪が修行に来ておりました。
響子は日課である門前の掃除をしていると、白蓮和尚からお使いを頼まれました。※1
「響子さん、山へ行って胡桃を拾ってきてくださいな。もしもの時は、この3枚の札を使いなさい」※2
「わかりました和尚さま!」
響子は元気よく返事をして山へ向かいました。
せっせと胡桃を拾っていた響子でしたが、気が付けば夕暮れとなり辺りは薄暗くなっていました。
「う~ん、暗くなったらお寺に帰れないなぁ…」
響子が困って辺りを見渡すと、遠くのほうでチカチカと灯りが見えました。
近づいてみると簡素な掘立小屋で、人が住んでいるようでした。玄関には「坂田」と表札があります。
「ごめんくださ~い! ごめんくださ~い!」
「なんだべ、やかましいなぁ…」
響子が大きな声で呼び掛けると、小屋の中から白髪の女がのっそりと出てきました。
坂田さんは紅い眼でぎょろりと響子を睨みましたが、相手が少女だと分かると途端に機嫌良くなりました。
「今晩、ここに泊めてください!」
「おぉう、なじょうも泊まってけ。いま夕飯の支度するっけの」
白髪の女、坂田さんは響子の懇願を快く引き受け、響子を家に迎え入れました。
囲炉裏には鍋が掛けられており、正体不明の肉がぐつぐつ煮込まれています。
「ごちそうさまでした!」
「おぅ、よう食ったのし。ちと髪の虱を取ってくんろ」
夕飯を食べたあと、坂田さんは響子にそう頼みました。
響子が虱を取ろうと坂田さんの髪に触れると、にょろにょろと蛇が湧き出てきました。※3
「うひゃぁ! 蛇が出て来た!」
「蛇なんているわけねぇべ。おかしな子供だべ」
坂田さんはそう言ってケラケラと笑っていますが、響子は顔が真っ青になりました。
「はわわ…ここは山姥の家だったんだ。食べられちゃう」
がたがたと震えて響子は逃げ出したくなりましたが、坂田さんが起きていては逃げ場がありません。
「そろそろ寝るべ。布団がひとつしかねぇすけ、一緒に寝よう」
坂田さんはそう言って響子を抱いてすやすやと眠りました。しかし響子は恐ろしくて何とか逃げる算段を考えています。
響子は坂田さんの腕にがっちり捕らえられて、身動きもできません。そのうち、坂田さんが響子の頬をぺろぺろ舐め始めました。
「おばあゃん、私トイレに行きたい」
いよいよ食べられてしまう恐怖を感じた響子は、坂田さんにトイレへ行きたいと申し出ました。
「んやぁ…トイレだったらオレの手んなかにすればいいべ」
せっかく捕らえた獲物を逃がしたくないのか、坂田さんはそう言って響子を離そうとしません。
「おばあちゃん、●●●がしたいの。早くしないと漏れちゃう…」
「なに、しょうがない子だべなぁ。じゃあ首輪を付けるすけ、早くして来い」
呆れたように坂田さんは言い放つと、何故か置いてあった黒革の首輪を響子の頸に嵌めてトイレにやりました。
扉を閉めて10秒もしないうちに、坂田さんは響子の首輪をぐいぐい引っ張って早く出てくるよう催促します。
「ほら、まだだべか?」
「まだまだ、ビッチビッチのさかり」
返事をした響子は急いで首輪を外すと、トイレの柱にくくり付けました。
「トイレの神様、これから逃げるので代わりに返事しててください」
「おぅ、いいぞ」※4
トイレの神様に頼み込んで、響子はこっそりトイレから遁走しました。暗い夜道を一目散に寺へ向けて走り出します。
「ほら、まだだべか?」
「まだまだ、ビッチビッチのさかり」
坂田さんは響子が逃げた事に気付かず、また首輪を引っ張って催促しました。
「どんだけ長くトイレに籠ってんだべ。早く出ろ!」
とうとう我慢の限界を迎えた坂田さんが強く首輪を引っ張ると、柱が抜けてゴツンと坂田さんの額に命中しました。
やっと響子が逃亡したことに気付いた坂田さんは、謀られた悔しさと柱が激突した痛みでカンカンに怒りました。
「あの小娘、よくもオレを騙したべ! 待てぇ~!!」
愛用している大鉈を片手に、坂田さんは物凄い勢いで響子を走って追い掛けました。
坂田さんの脚は非常に速く、土地勘もあってみるみるうちに追い上げてきます。
「ひぃぃ!? 私の後ろ、川となれ!!」※5
鬼気迫る坂田さんの形相に、響子は振り向いて絶叫しました。
白蓮和尚からもらった札を1枚取り出し、サッと後ろへ放り投げると濁流の大河が現れて坂田さんの進路を妨げます。
「待てええぇぇ!!」
ざぶざぶと坂田さんは川を渡り、鬼の形相で響子を追いかけてきます。※6
「ひいいぃぃ!! 私の後ろ、山となれ!!」※7
響子はもう1枚、札を取り出して後ろ手に投げました。すると、大きな山が現れて坂田さんの行く手を塞ぎます。
「待てええぇぇ!!」
どかどかと坂田さんは山を越え、鬼神の形相で響子を追いかけてきます。※8
「ひいいいぃぃぃ!!! 私の後ろ、火事となれぇ!!!」
響子は最後の1枚を取り出して空高く投げました。すると、めらめらと炎が立ち昇って坂田さんの前に立ちはだかります。
「待てええぇぇ!!」
あっちっこっち坂田さんは大火を避け、なおも鬼子母神の形相で響子を追いかけてきます。※9
そして、響子はやっとお寺に辿り着きました。しかし寺の山門は閉ざされています。
「和尚さまぁ!! 山姥に追われています、開けてください!!」
響子が門扉を叩きながら叫ぶと、白蓮和尚は急いで響子を隠しました。
その直後に坂田さんが扉を蹴破り、寺に勢いよく駆け込んできました。血眼となって白蓮和尚に詰め寄ります。
「おい、ここに小娘が来なかったべか?」
「いいえ、来ておりません」
「嘘吐くでねぇ。隠し立てするとお前もタダじゃ置かんぞ」
紅玉の瞳を爛々と輝かせ、坂田さんは愛用の大鉈を振り翳しました。
しかし白蓮和尚は冷静に対応します。坂田さんに対し、『弾幕ごっこ』で勝負を仕掛けました。※10
超越した弾幕で坂田さんを圧倒し、和尚は山姥を退治しました。めでたし、めでたし。
【完】
※1 お使いの内容は山へ花摘みや栗拾いなどのパターンがある。いずれも日が暮れて帰れなくなるのが共通する。
※2 「3枚の札」のほか、「3つの玉」「3つの豆」「3本の櫛の歯」などのパターンがある。
※3 煮込まれているのが人間の肉で山姥に気づく、雨音が「ばばの顔見れ」と聞こえて正体に気づくなど多様なパターンがある。
「虱を取ろうとしたら蛇だった」という話は大國主命の素戔嗚尊に対するエピソードと類似する。
※4 トイレの神様ではなく、単に柱が返事をする話もある。また、トイレの神様が3枚の札などを授けるパターンがある。
※5 川のほか、泥沼や大海などのパターンがある。
※6 川の水を飲み干す、あるいはオチとして溺れてしまうパターンがある。
※7 山のほか、大岩や棘の山などのパターンがある。
※8 おおむね、「水」「山」「火」の3点セットだが、順番は入れ替わる事がある。
また、筍や野葡萄が生えて山姥が食べているうちに逃げるパターンがある。これは伊弉諾尊が黄泉の国から逃げ帰ったエピソードに類似する。
※9 オチとして火を渡り切れずに力尽きるパターンがある。
※10 山姥が寺に至るオチのパターンは主に以下の2通りが見られる。
・山姥が壁に激突したり、井戸に落ちたりして自滅するパターン。
・山姥が和尚に言いくるめられて豆粒の大きさになり、食べられたり踏み潰されたりするパターン。