永遠亭。
薬棚の前。
「あ、兎だ。わぁーい」
「ぎゃーっ!!」
鈴仙は大袈裟に悲鳴を上げた。大あわてで飛びのく。
抱きつこうとしたメディスンは、む。と眉を上げた。拗ねた顔で言う。
「うわ。なにそれ。ひどーい」
鈴仙は必死な顔で怒鳴りたてた。
「うるっさいな! いきなりひっつこうとしないでよ、まったく」
きいきいとわめきたててくる。メディスンは口をとがらせた。
「うわー。ひどーい。兎つめたーい。きつーい」
メディスンは言った。手を頭の後ろに組んで、ふくれた顔をふいとそむける。
鈴仙は、赤い瞳をしかめた。
「ええい、この馬鹿妖怪。あなたにひっつかれたら洒落にならないことになるでしょうが」
鈴仙は言った。細い眉をしかめて、見下ろしてくる。
「それと兎言うな。私の名前は鈴仙よ、レ・イ・セ・ン。ちゃんと名前で呼びなさいよ、いい加減に」
「そんなムズかしい名前覚えられないわよ。だいたい、兎って無駄に名前が長いのよね。せめて三文字にしてよ。名前が無駄に長いようだと性格まで悪くなるんだってどこかの誰かが言ってたわ。どこの誰だか知らないけどたぶん。きっとだから兎は性格悪いのね」
「あのねえ」
鈴仙が睨んでくる。メディスンはつんと反対にそっぽを向いた。
「ふーんだ。なによ。兎はケチね。いいもの。姫様に絡むわ。あーコンパロコンパロ」
メディスンは言うと、軽い足音を立てて去っていく。
「もう。まったく」
ブツブツ言いながら、鈴仙は、薬の整理に戻った。
優曇華の鉢の前。
「あ、姫様だ。わぁーい」
「おっと……あら。こんにちは。また来ていたのね。あなた――ええと。めですん? だっけ」
輝夜は抱きつこうとしたメディスンをかわして、なんなく言ってきた。メディスンは起き上がりつつ、言った。
「メディスン! メディスンよ。メディスン・メランコリー。これくらいの名前すぐに覚えてよ、姫様。長く生きすぎてて、ちょっと頭がぼけてるの? 薬あげようか。頭のすごくすっきりするやつ。毒だからよくきくわよ」
「まあまあ。なんだか色々と失礼な人形さんね。でも、先に失礼したのはこちらだし、特別に許してあげることにしましょうか」
「いいの? ありがとう。やっぱり姫様は優しいなー憧れちゃうなー。どこかの兎と違って、なんだか落ちついててかっこいいしなー。と隙を見てわぁーい!」
メディスンはばっと飛びかかった。
そのまま腰に抱きつこうとするが、輝夜はあっさりと身をそらして、かわした。
メディスンが転んで鼻をぶつける。
「むぎゅるっ」
「……あら。鈴仙のやつになにか意地悪されたの? あいつも駄目ね~、まったく」
「……痛い」
ぼそりと言う。
輝夜は気に留めずに言った。
「だいたい、なんだかいつも硬いのよねえ、あいつ。なにをそんなに真面目ぶっているんだか。もともと、根がそんなに真面目なやつでもないくせに、そういうやつが無理に真面目ぶろうとするから、無理が出るんだって言うのにねえ。ああ。そういえば、あなたも生まれたばかりなんだっけ。言葉づかいが失礼なのは、そのせいかしら? 根はとってもいい子なのかしら?」
メディスンは、転んでぶつけたところをさすりつつ、輝夜を見た。
ふん、と胸を張って言う。
「ええ。私はいい子よ。だって毒もこんなにうまく扱えるし。生きている者ならきっと神様だって毒殺してみせるし」
小さい胸をはって得意げな顔をする。
輝夜は、ちょっと笑って言った。
「まあ、それはすごいのね。神様にも効く毒なんて、あるの? それならついでに、私もあなたに殺してもらおうかしら」
「ええ、いいわよ! お薦めの全然苦しまない毒と、ちょっとすごいことになる毒と、笑いながら血を吐いて死ぬ毒があるけど、姫様はどれがいい?」
輝夜はふーん、とちょっと考える顔をした。
かるく微笑んでから、メディスンを見る。
「まあ、そうねえ。この世の終わりまで生きつづけられるような毒がいいかしら。それか、死の恐怖に気づかずに、自然と死ねるような毒がいいわね」
輝夜は言った。続けて言う。
「それを毒とは知らされないところで、穏やかな人の腕の中で含まされたいわ。たとえ呑んでも気づかずに、そのまま眠るようにゆっくりとした心地で死んでいきたいわね」
「うーん。残念だけど、そういうのはないわね」
メディスンは眉をしかめた。口をとがらせて言う。
ちょっと首をかしげつつ、後を続ける。
「私が思うに、ちょっと姫様は注文が贅沢すぎるんだと思うの。注文が多すぎると、応える方も大変じゃない? 結局そのままズルズル行って、満足できずにオーダーストップだと思うの。注文は少ない方がいいわ、姫様。そういうわけだからあるものから選んでね」
「まあ、そうでしょうねえ。でも私は姫だから、ちょっとくらい贅沢でもいいのよ。ちょっとくらいなら、周りの人に迷惑をかけてもいいの」
メディスンは、反対側に首をかしげた。
「そうなの? はじめて聞いた。姫っていいのねー。私もお姫様になりたいわ!」
「残念ね。あなたはお人形さんだからなれないわ。それに、お姫様というものはね、お姫様に生まれないと、なれないものなのよ。鍛冶屋やお菓子屋ではなれないの。特別なのよ」
「ふーん。なーんだ。つまんなーい」
メディスンはつまらなそうに言った。そのままきびすを返して、歩きだす。
輝夜はちらりとそれを見て微笑むと、盆栽の手入れに戻った。
試験室。
「あ、薬師だ。わぁーい」
「あら。また来たの? いらっしゃい」
永琳は、抱きつかれても拒む様子もなく言った。びくともせずに書き物を続けている。
「いらっしゃいましたわ。ええ、来たわよ! さあ、今日こそ私に究極の毒の作り方を教えなさいな。ちょっとそれネタにして、里の人間ども脅してくるからさー。ねー、ねー」
メディスンは抱きついたまま、永琳の身体をゆすった。
永琳はそっけなく答えた。
「残念だけど、私が作れるのは薬だけよ。毒は作れないわ」
淡泊に言う。
メディスンは、めげずに言った。
「毒薬だって立派な薬だわ。作れないなんて薬師は嘘つきなのね。それとも作れない薬がないなんて言うのが嘘なの? 作れないの? どうなの? 駄目なの? ぬぇー、ぬぇー」
ごろごろとじゃれついて、しつこく食い下がる。
永琳は、ちょっとメディスンの頭を押しのけた。書類をめくるのに邪魔だったらしい。
「いいから人形らしく、棚の上にいるみたいに大人しくしていなさい。あんまり騒ぐと本当にものの言えない身体にするわよ」
「ぶう」
メディスンは口をとがらせた。そのまま、永琳の身体を見下ろす。
ふと、ぺたぺたと触る。
ふむ、とうなる。
「なにかしら」
永琳が聞いてきた。
「いえ、人間の身体って、こういう感触なのねーと思ってさ。いや、誰も触らせてくれないから」
言うと、永琳はしれっとして答えた。
「そりゃあ、あなたには誰も触りたくないわよ。そんなに人にひっつきたいんなら、まずは、そのまき散らしている毒や身体からにじみ出ている毒を、なんとか制御するようになさいな。そんなんじゃ、どこかの妖精とお仲間みたいに見えるわよ、まるで」
言われて、メディスンは眉をひそめた。
「むむ。妖精なんかと同列にされるんじゃ、たしかにいけないわね。私の崇高な理想を達するのにも、いささか差し障りが出そうだし」
永琳は、少し思い出すような目をした。
「ああ。人形を解放するって言うあれね。そういえば、もうなにか考えているの?」
「とりあえず、あの森に住んでいる何とかマガットロンとかいう人形遣いね。あいつに力を借りようかと思っているわ」
「ああ、彼女ね」
永琳は言った。ペンの尻で、額をかるく掻く。
「けど、そんなに簡単にはいかないでしょうね。彼女は、相応の対価でもないと、納得しない理由では動こうとはしないタイプだろうし。逆に納得する理由があれば、それが面倒なことでも、自分が損をするようなことであっても、平然とやるんだろうけどね」
「いいのよ。細かいことは。やむをえない場合はわたし脅迫とかするし」
「脅迫って、彼女を? それは難しそうね」
「ククク……大丈夫よ。ごちゃごちゃ言うようだったら、あいつの人形を、こうばっと人質にとってやって、「こいつがどうなってもいいのね!?」と言って、つきつけてやるの。するとたちまちあいつは歯ぎしりして「な、なんてひどいことを……!」と言うに違いないわ。そして大人しく従う。運命で分かるわ」
「まあ、着眼点はいいと思うんだけれど、唯一の問題点は、彼女が絶対にそれに従わないだろうということね」
永琳は考えるそぶりもなく、さらっと言った。
「私の推測だと、それをやった次の瞬間には、眉をひそめた彼女に、手にした人形を爆発させられて真っ黒焦げになったあなたが「え?」と目をぱちくりとさせているか、それか、大人しく従うふりをした彼女の一瞬の機転で隙を突かれて、あざやかにねじりふせられたあなたの手から、人形も奇跡的に無事に取り返されてしまうか、そのどちらかじゃないかしら」
「なんですって? そんな!」
言われて、メディスンは目を見開いた。怒って眉をつり上げる。
「普通、大人しく従うでしょう? 自分で作った人形が人質に取られて、なんとも思わないって言うの? それでもあいつ血の通った人間なの!?」
「血は通ってはいるみたいね。人間じゃないけれど」
永琳は言った。
メディスンはぷんぷんと怒った。
「やっぱりあいつ許せないわね! 協力するなら分かり合おうという努力もしたけど、しょせん敵は敵ね。理想がかなった暁にはあいつも粛正対象だわ!決めた。えーと、アリなんとかマガットロ、わりと本気で死なす、かっこ予定、と」
メディスンは取りだしたメモ帳に、鉛筆で書きこんだ。永琳はその横から言った。
「まあ彼女と交渉を持とうというのは悪い考えではないと思うわよ。彼女と付き合うことで、少しは得るものもあるかも知れないしね。まあ、それだけでなく、おそらくあなたはもっと広く付き合いを持ち、色々なことを知るべきじゃないかと思うわね。一般論でね」
手にしたペンの尻を振って、言ってくる。
メディスンは少し考えこんだ。床に座り込んだまま、腕組みする。
ふーむ、と考える。鉛筆の尻をちょっとくわえて言う。
「ふむ……なるほど。目的のために近づいて、都合よく利用するために表面上は仲良く付き合ってみるわけね。何だかいかがわしいわ。さすが薬師は年の功なのね。考えることがいともたやすくえげつないわ」
「あなたのその口はしばらく治りそうにないわね。まあ、そんなのは経験という薬があれば、いずれ治るようなものだけどね。……さてと。そんなのはさておき、それじゃあこっちに来なさい。服は脱いでね」
「はーい」
メディスンは返事すると、とたとたと永琳についていった。
夜半。
無名の丘。鈴蘭畑。
「♪」
メディスンは永遠亭から帰りついた。
花畑の前に来ると、きょろきょろと探す。
「おーい」
メディスンは呼んだ。
いつもかたわらをうろついている人形は、永遠亭にはあまりついてこない。メディスンが出かけている間は、この花畑で待っている。
ややあって、ひよひよと人形は飛んできた。
メディスンはそれを確かめると、がさがさと畑の中に踏み入っていった。
ここで命を受けた彼女は、鈴蘭の花にくるまれて寝るのが、一番落ちつくようなのだった。
ふと、畑の半ばまで来て、メディスンは鼻先をうごめかした。
「ん?」
きょろ、と額を動かす。
なんだろう。
何か変わった匂いがする。
花の匂いとは違う。
「へんな匂い、へんな匂い……」
メディスンは、匂いのする方へと分け入っていった。
がさい、がさりと、鈴蘭の花をかき分けていく。
しばらくすると、花畑の中に、白い包みが落ちているのが目に入る。
メディスンは、上から包みの中をのぞきこんだ。
包みにくるまれているのは、人間の赤ん坊である。
「おや」
メディスンは呟いた。辺りを見回す。
誰もいない。一応、匂いを嗅いでみるが、人間らしい者の匂いはしない。
親らしい者の姿はないようだ。
「ふむ……」
ああ。捨て子か、とメディスンは思った。
鈴蘭の花たちに、そういう話を聞いたことがある。ここには結構あることなのだとか。
何かの事情を抱えた親が、育てられない自分の子を捨てていくときに、ここに来ることがあるのだ。そうして、子供をこうして花畑の中へと置いていく。
(あーあ)
メディスンは思いつつ、赤ん坊の顔をのぞきこんだ。
顔が少し青白い。呼吸はしているようだが。
(これは駄目ねー)
メディスンは赤ん坊の様子を見て思った。
もう、鈴蘭の毒気にやられてしまっているようだ。
助からないだろう。
(可哀想に)
「まいったなー。困るのよねこういうの。私は人間なんて食べないんだし」
メディスンはブツブツと言った。
「ん~……ん」
ふと、メディスンは思いついた。そっと赤ん坊を抱き上げる。
持ち上げた瞬間、あまりの軽さにびっくりした。
(うわあ)
温かい。それに柔らかい。
メディスンは、赤ん坊を胸に抱えた。柔らかい肌に、ほんのりとした温もりがともった。
「……ん~」
ほおずりする。メディスンは微笑んだ。
とってもいい気持ち。
すんすん、と鼻をうごめかすと、ミルクの匂いがする。
(あったかいわぁ~……)
メディスンは、しばらくそうしていた。
鈴蘭の花が、風で揺れていた。
赤ん坊は、やがて動かなくなった。
薬棚の前。
「あ、兎だ。わぁーい」
「ぎゃーっ!!」
鈴仙は大袈裟に悲鳴を上げた。大あわてで飛びのく。
抱きつこうとしたメディスンは、む。と眉を上げた。拗ねた顔で言う。
「うわ。なにそれ。ひどーい」
鈴仙は必死な顔で怒鳴りたてた。
「うるっさいな! いきなりひっつこうとしないでよ、まったく」
きいきいとわめきたててくる。メディスンは口をとがらせた。
「うわー。ひどーい。兎つめたーい。きつーい」
メディスンは言った。手を頭の後ろに組んで、ふくれた顔をふいとそむける。
鈴仙は、赤い瞳をしかめた。
「ええい、この馬鹿妖怪。あなたにひっつかれたら洒落にならないことになるでしょうが」
鈴仙は言った。細い眉をしかめて、見下ろしてくる。
「それと兎言うな。私の名前は鈴仙よ、レ・イ・セ・ン。ちゃんと名前で呼びなさいよ、いい加減に」
「そんなムズかしい名前覚えられないわよ。だいたい、兎って無駄に名前が長いのよね。せめて三文字にしてよ。名前が無駄に長いようだと性格まで悪くなるんだってどこかの誰かが言ってたわ。どこの誰だか知らないけどたぶん。きっとだから兎は性格悪いのね」
「あのねえ」
鈴仙が睨んでくる。メディスンはつんと反対にそっぽを向いた。
「ふーんだ。なによ。兎はケチね。いいもの。姫様に絡むわ。あーコンパロコンパロ」
メディスンは言うと、軽い足音を立てて去っていく。
「もう。まったく」
ブツブツ言いながら、鈴仙は、薬の整理に戻った。
優曇華の鉢の前。
「あ、姫様だ。わぁーい」
「おっと……あら。こんにちは。また来ていたのね。あなた――ええと。めですん? だっけ」
輝夜は抱きつこうとしたメディスンをかわして、なんなく言ってきた。メディスンは起き上がりつつ、言った。
「メディスン! メディスンよ。メディスン・メランコリー。これくらいの名前すぐに覚えてよ、姫様。長く生きすぎてて、ちょっと頭がぼけてるの? 薬あげようか。頭のすごくすっきりするやつ。毒だからよくきくわよ」
「まあまあ。なんだか色々と失礼な人形さんね。でも、先に失礼したのはこちらだし、特別に許してあげることにしましょうか」
「いいの? ありがとう。やっぱり姫様は優しいなー憧れちゃうなー。どこかの兎と違って、なんだか落ちついててかっこいいしなー。と隙を見てわぁーい!」
メディスンはばっと飛びかかった。
そのまま腰に抱きつこうとするが、輝夜はあっさりと身をそらして、かわした。
メディスンが転んで鼻をぶつける。
「むぎゅるっ」
「……あら。鈴仙のやつになにか意地悪されたの? あいつも駄目ね~、まったく」
「……痛い」
ぼそりと言う。
輝夜は気に留めずに言った。
「だいたい、なんだかいつも硬いのよねえ、あいつ。なにをそんなに真面目ぶっているんだか。もともと、根がそんなに真面目なやつでもないくせに、そういうやつが無理に真面目ぶろうとするから、無理が出るんだって言うのにねえ。ああ。そういえば、あなたも生まれたばかりなんだっけ。言葉づかいが失礼なのは、そのせいかしら? 根はとってもいい子なのかしら?」
メディスンは、転んでぶつけたところをさすりつつ、輝夜を見た。
ふん、と胸を張って言う。
「ええ。私はいい子よ。だって毒もこんなにうまく扱えるし。生きている者ならきっと神様だって毒殺してみせるし」
小さい胸をはって得意げな顔をする。
輝夜は、ちょっと笑って言った。
「まあ、それはすごいのね。神様にも効く毒なんて、あるの? それならついでに、私もあなたに殺してもらおうかしら」
「ええ、いいわよ! お薦めの全然苦しまない毒と、ちょっとすごいことになる毒と、笑いながら血を吐いて死ぬ毒があるけど、姫様はどれがいい?」
輝夜はふーん、とちょっと考える顔をした。
かるく微笑んでから、メディスンを見る。
「まあ、そうねえ。この世の終わりまで生きつづけられるような毒がいいかしら。それか、死の恐怖に気づかずに、自然と死ねるような毒がいいわね」
輝夜は言った。続けて言う。
「それを毒とは知らされないところで、穏やかな人の腕の中で含まされたいわ。たとえ呑んでも気づかずに、そのまま眠るようにゆっくりとした心地で死んでいきたいわね」
「うーん。残念だけど、そういうのはないわね」
メディスンは眉をしかめた。口をとがらせて言う。
ちょっと首をかしげつつ、後を続ける。
「私が思うに、ちょっと姫様は注文が贅沢すぎるんだと思うの。注文が多すぎると、応える方も大変じゃない? 結局そのままズルズル行って、満足できずにオーダーストップだと思うの。注文は少ない方がいいわ、姫様。そういうわけだからあるものから選んでね」
「まあ、そうでしょうねえ。でも私は姫だから、ちょっとくらい贅沢でもいいのよ。ちょっとくらいなら、周りの人に迷惑をかけてもいいの」
メディスンは、反対側に首をかしげた。
「そうなの? はじめて聞いた。姫っていいのねー。私もお姫様になりたいわ!」
「残念ね。あなたはお人形さんだからなれないわ。それに、お姫様というものはね、お姫様に生まれないと、なれないものなのよ。鍛冶屋やお菓子屋ではなれないの。特別なのよ」
「ふーん。なーんだ。つまんなーい」
メディスンはつまらなそうに言った。そのままきびすを返して、歩きだす。
輝夜はちらりとそれを見て微笑むと、盆栽の手入れに戻った。
試験室。
「あ、薬師だ。わぁーい」
「あら。また来たの? いらっしゃい」
永琳は、抱きつかれても拒む様子もなく言った。びくともせずに書き物を続けている。
「いらっしゃいましたわ。ええ、来たわよ! さあ、今日こそ私に究極の毒の作り方を教えなさいな。ちょっとそれネタにして、里の人間ども脅してくるからさー。ねー、ねー」
メディスンは抱きついたまま、永琳の身体をゆすった。
永琳はそっけなく答えた。
「残念だけど、私が作れるのは薬だけよ。毒は作れないわ」
淡泊に言う。
メディスンは、めげずに言った。
「毒薬だって立派な薬だわ。作れないなんて薬師は嘘つきなのね。それとも作れない薬がないなんて言うのが嘘なの? 作れないの? どうなの? 駄目なの? ぬぇー、ぬぇー」
ごろごろとじゃれついて、しつこく食い下がる。
永琳は、ちょっとメディスンの頭を押しのけた。書類をめくるのに邪魔だったらしい。
「いいから人形らしく、棚の上にいるみたいに大人しくしていなさい。あんまり騒ぐと本当にものの言えない身体にするわよ」
「ぶう」
メディスンは口をとがらせた。そのまま、永琳の身体を見下ろす。
ふと、ぺたぺたと触る。
ふむ、とうなる。
「なにかしら」
永琳が聞いてきた。
「いえ、人間の身体って、こういう感触なのねーと思ってさ。いや、誰も触らせてくれないから」
言うと、永琳はしれっとして答えた。
「そりゃあ、あなたには誰も触りたくないわよ。そんなに人にひっつきたいんなら、まずは、そのまき散らしている毒や身体からにじみ出ている毒を、なんとか制御するようになさいな。そんなんじゃ、どこかの妖精とお仲間みたいに見えるわよ、まるで」
言われて、メディスンは眉をひそめた。
「むむ。妖精なんかと同列にされるんじゃ、たしかにいけないわね。私の崇高な理想を達するのにも、いささか差し障りが出そうだし」
永琳は、少し思い出すような目をした。
「ああ。人形を解放するって言うあれね。そういえば、もうなにか考えているの?」
「とりあえず、あの森に住んでいる何とかマガットロンとかいう人形遣いね。あいつに力を借りようかと思っているわ」
「ああ、彼女ね」
永琳は言った。ペンの尻で、額をかるく掻く。
「けど、そんなに簡単にはいかないでしょうね。彼女は、相応の対価でもないと、納得しない理由では動こうとはしないタイプだろうし。逆に納得する理由があれば、それが面倒なことでも、自分が損をするようなことであっても、平然とやるんだろうけどね」
「いいのよ。細かいことは。やむをえない場合はわたし脅迫とかするし」
「脅迫って、彼女を? それは難しそうね」
「ククク……大丈夫よ。ごちゃごちゃ言うようだったら、あいつの人形を、こうばっと人質にとってやって、「こいつがどうなってもいいのね!?」と言って、つきつけてやるの。するとたちまちあいつは歯ぎしりして「な、なんてひどいことを……!」と言うに違いないわ。そして大人しく従う。運命で分かるわ」
「まあ、着眼点はいいと思うんだけれど、唯一の問題点は、彼女が絶対にそれに従わないだろうということね」
永琳は考えるそぶりもなく、さらっと言った。
「私の推測だと、それをやった次の瞬間には、眉をひそめた彼女に、手にした人形を爆発させられて真っ黒焦げになったあなたが「え?」と目をぱちくりとさせているか、それか、大人しく従うふりをした彼女の一瞬の機転で隙を突かれて、あざやかにねじりふせられたあなたの手から、人形も奇跡的に無事に取り返されてしまうか、そのどちらかじゃないかしら」
「なんですって? そんな!」
言われて、メディスンは目を見開いた。怒って眉をつり上げる。
「普通、大人しく従うでしょう? 自分で作った人形が人質に取られて、なんとも思わないって言うの? それでもあいつ血の通った人間なの!?」
「血は通ってはいるみたいね。人間じゃないけれど」
永琳は言った。
メディスンはぷんぷんと怒った。
「やっぱりあいつ許せないわね! 協力するなら分かり合おうという努力もしたけど、しょせん敵は敵ね。理想がかなった暁にはあいつも粛正対象だわ!決めた。えーと、アリなんとかマガットロ、わりと本気で死なす、かっこ予定、と」
メディスンは取りだしたメモ帳に、鉛筆で書きこんだ。永琳はその横から言った。
「まあ彼女と交渉を持とうというのは悪い考えではないと思うわよ。彼女と付き合うことで、少しは得るものもあるかも知れないしね。まあ、それだけでなく、おそらくあなたはもっと広く付き合いを持ち、色々なことを知るべきじゃないかと思うわね。一般論でね」
手にしたペンの尻を振って、言ってくる。
メディスンは少し考えこんだ。床に座り込んだまま、腕組みする。
ふーむ、と考える。鉛筆の尻をちょっとくわえて言う。
「ふむ……なるほど。目的のために近づいて、都合よく利用するために表面上は仲良く付き合ってみるわけね。何だかいかがわしいわ。さすが薬師は年の功なのね。考えることがいともたやすくえげつないわ」
「あなたのその口はしばらく治りそうにないわね。まあ、そんなのは経験という薬があれば、いずれ治るようなものだけどね。……さてと。そんなのはさておき、それじゃあこっちに来なさい。服は脱いでね」
「はーい」
メディスンは返事すると、とたとたと永琳についていった。
夜半。
無名の丘。鈴蘭畑。
「♪」
メディスンは永遠亭から帰りついた。
花畑の前に来ると、きょろきょろと探す。
「おーい」
メディスンは呼んだ。
いつもかたわらをうろついている人形は、永遠亭にはあまりついてこない。メディスンが出かけている間は、この花畑で待っている。
ややあって、ひよひよと人形は飛んできた。
メディスンはそれを確かめると、がさがさと畑の中に踏み入っていった。
ここで命を受けた彼女は、鈴蘭の花にくるまれて寝るのが、一番落ちつくようなのだった。
ふと、畑の半ばまで来て、メディスンは鼻先をうごめかした。
「ん?」
きょろ、と額を動かす。
なんだろう。
何か変わった匂いがする。
花の匂いとは違う。
「へんな匂い、へんな匂い……」
メディスンは、匂いのする方へと分け入っていった。
がさい、がさりと、鈴蘭の花をかき分けていく。
しばらくすると、花畑の中に、白い包みが落ちているのが目に入る。
メディスンは、上から包みの中をのぞきこんだ。
包みにくるまれているのは、人間の赤ん坊である。
「おや」
メディスンは呟いた。辺りを見回す。
誰もいない。一応、匂いを嗅いでみるが、人間らしい者の匂いはしない。
親らしい者の姿はないようだ。
「ふむ……」
ああ。捨て子か、とメディスンは思った。
鈴蘭の花たちに、そういう話を聞いたことがある。ここには結構あることなのだとか。
何かの事情を抱えた親が、育てられない自分の子を捨てていくときに、ここに来ることがあるのだ。そうして、子供をこうして花畑の中へと置いていく。
(あーあ)
メディスンは思いつつ、赤ん坊の顔をのぞきこんだ。
顔が少し青白い。呼吸はしているようだが。
(これは駄目ねー)
メディスンは赤ん坊の様子を見て思った。
もう、鈴蘭の毒気にやられてしまっているようだ。
助からないだろう。
(可哀想に)
「まいったなー。困るのよねこういうの。私は人間なんて食べないんだし」
メディスンはブツブツと言った。
「ん~……ん」
ふと、メディスンは思いついた。そっと赤ん坊を抱き上げる。
持ち上げた瞬間、あまりの軽さにびっくりした。
(うわあ)
温かい。それに柔らかい。
メディスンは、赤ん坊を胸に抱えた。柔らかい肌に、ほんのりとした温もりがともった。
「……ん~」
ほおずりする。メディスンは微笑んだ。
とってもいい気持ち。
すんすん、と鼻をうごめかすと、ミルクの匂いがする。
(あったかいわぁ~……)
メディスンは、しばらくそうしていた。
鈴蘭の花が、風で揺れていた。
赤ん坊は、やがて動かなくなった。
いろいろひっくるめて無邪気って素晴らしい。
しかし、ホント純粋って褒め言葉じゃないですねー
メディが元気なのを見てると、余計にそう思う。
うん、悪くない