わたし、姫海棠はたては新聞記者だ。
ある日、私は部屋で一通り念写をして、いつもの様に新聞を作り印刷し、明日発行分の準備をしていた。いつもの様に。
新聞を作る傍らで、射命丸文がニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
それも、時折「へぇ」とか「あはは」とか嘲笑のような笑いを浮かべて。
認めたくないが文の新聞は、購読者(と呼んでいいのか)は私の新聞よりもずっと多い。
その文が、なんで私の新聞づくりなんか見に来たんだか。
はぁ、うっとおしいことこの上ない。何用か聞いてみるか。
「ねえ文、何でまた私の新聞作る所なんか覗きに来たのよ。」
文は、またニヤニヤして、
「そりゃあ、後学の為にはたての新聞づくりを勉強しに来ただけですよ」
などとのたまう。キギョウヒミツにするような技術なんてないけど、それでも新聞を作る所は見せたくないんだけどな。
だって、私の作っている新聞「花果子念報」なんかより、形はどうあれ文の新聞の方がよく知られているわけで。
内容もだが、荒っぽい配達方法でも有名だし。
めったに人里には下りて行かない私だけど、たまに興味本位でカフェーに入ってみたりもする。
で、そこのマスターと身の上話になっちゃったりとかして。
まあ、当然私を見て鴉天狗だって気付くのさ。
それで、開口一番、
「文々。新聞投げ込まれて店のガラス割れちゃったんだけど配ってる天狗のおねえちゃんに勘弁してくれって伝えてくれよ」
とか聞かなくてもいい情報が入ってくるのよね・・・。こっちが勘弁してもらいたい。
「後学の為って、私の新聞なんか読んでもあんたの役になんか立たないでしょうに。何か裏があるんじゃないの?」と
聞くと、文が、「私とはたての仲じゃないですか。裏なんかありませんよ」と返してきたが、どうも怪しい。
あまり意識したことは無いけど、私と文はしょっちゅう一緒にいるらしい。
椛に言わせると、「まるで姉妹みたいだ」と言われるくらいに。
うーん、確かにいっしょにご飯食べたり、遊びに行ったり、神社の宴会だって最初は行く気なんてなかったのに
文に無理やり腕を引っ張られて連れてかれたし、いろんな人を紹介してもらったし。
どっちがお姉ちゃんかって言えば、たぶん文のほうだろう。
私は優柔不断で、文は何でも即決。一刀両断。
何にも考えてないのかと思ったらそうでもなくて、案外思慮深い。
新聞を書き始めたのだって、私が鴉天狗だからいうのも勿論あったけど、
新聞を作っている文の姿を見て、なんというか負けたくないと思ったからだ。
何か文に勝てるものがあれば、文にこれ以上お姉ちゃん面されなくてすむ。
文のカメラに対抗して、私は念写を始めた。
今、目の前に無いものを撮る。
これだけで文に勝てる、と思っていたけど、そんなに甘いはずは無く発行部数は伸び悩んでいる。
いわゆる、スランプ状態なのだ。
だからこそ、今の状況は余計文に見せたくない。
カフェーで会った紅魔館のメイドからもらったカップに注がれたお茶をすすりながら、そんな事を考えていた。
カップが空になったと同時に、ぽん、と文が肩をたたいた。
「ねえ、はたて。」
文はひどく神妙な顔をしている様に見えた。
「どうしたのよ。天下の文様がなんでまたそんな暗い顔してるのさ。」
「はたては、私がいなくなったらどうしますか。例えばですよ、例えば」
「そんなの考えたこともないけど、寂しいだろうね、うん。」
適当にあしらった。新聞を書くのに集中したかったし。
「そうですか。寂しがるんですね。」
文のその一言が妙に引っかかった。
◆
翌日。
昨日はほとんど徹夜で新聞を作った。
多分、私は鴉天狗だから人間と比べれば多少の無理はきくんだろう。
だけど、いわゆる人間でいうひきこもりのような生活をしているせいなのか、ひどく気怠い。
校生を終えて印刷に出したから、今日は一日ふとんの中で過ごそうか、などと考えていた。
が、しかし。
「はたて、いる?」
おや、なんだかイヌ耳の天狗の声がした気がするけど、寝たふりでもしようか。
「ねえ、はたて。大変なんだよ。おーい」
何が大変なんだろうか、気にしない気にしない、一休み。
「文がいなくなったんだよ!」
え?
椛、今なんて言った?
「ねえ。聞いてるんでしょ。文がいなくなったんだって。突然」
すかさず、寝ていた振りをしながら椛のもとへ行く。
「ごめん。寝てた」
ぷくーっと膨れながら、椛は怒っているんだか私がいてほっとしているんだか何だか微妙な顔をしている。
「はたて、なんか思い当たる節はないの?」
うーん、思い当たる節って言ってもなあ・・・。
ない。
昨日も普通に顔を合わせたわけだし。
あれ、でも、そういや、、、
「なんかね、昨日新聞作ってたら、私の所にきてた」
椛は、ぷくーっと膨れた頬を元に戻しながら、
「その時は普段と変わりなかったの?例えば男が出来たとか・・・」
いきなり男とは…このイヌ耳天狗、かなり思考がぶっとんでいるようだ。
なんだか、あのメガネを掛けたアヤしい道具屋で「ひも」だか「りぼん」だか「たんぽぽ」だか「マーガレット」だかって本を良く買ってきて読んでるらしいが、そのせいか?
あ、そう言えば。
「男かどうかは知らないけど、私がいなくなったらどうする?って聞いてきた気がする・・・。」
「それだよはたて。きっと、駆け落ちしたんだ・・・。」
まさか。いまさら男が出来たのを隠してる天下の射命丸様じゃないだろう。
なんだかんだで文はモテるし。それでいて、オープンだ。
椛。さすがにそれはないと思うよ。あんたなかなかいい脳みそしてるよ。今度、念写して記事にしてやろうか。
「はたて、文を探しに行こう。」
ほんと、どうして天狗ってこうも強引なんだ。あ、私も天狗か。
まあ、出不精な私だけど、こんな時くらい文のために恩でも売ってきますか。
「で、椛。あなた、文の行きそうなところ位わかってるのよね?」
「やだなあ、はたて。それを聞きにあなたの所にわざわざ来たんじゃないの。」
いやいや、わかんないって。
家にいてもらちが明かないので、河童のところに行くことにした。
しかし、何故文はいなくなったんだろう。
なんでわざわざ、私の部屋に来て思わせぶりなことを言ったのか。
私が原因だっていうのか・・・?心当たりなんて無いけど。
相変わらず椛は無言のまま。なしのつぶてってやつだ。
半刻も飛んだだろうか。河童の住処が見えてきた。
「やあやあ、めずらしいお二人さんで。どんな風の吹き回しだい?」
河童はいつも通りだ。たぶん、こいつは今回の件には関係ないんだろう。
とりあえず、椛に説明させると混乱しそうなので、私が代わりにかくかくしかじか伝えた。
「ああ、そうかい。文がいなくなったのか。そのうちひょっこり出てくるだろ」
やけに素っ気ない。あやしい。新聞記者のはしくれの勘がそう言っている。
ここはひとつ、カマ掛けてみることにしよう。口からでまかせってやつだ。
「大天狗様には報告したんだよ。ほら、天狗って神出鬼没なところがあるけど、実際はそんなにどこにでも出てまわるわけじゃなくて山にこもってるのが仕事みたいな訳さ。」
「もともと文は人里やなんかによく行ってたけど、椛も行きそうなところ、文に連れて行かれたところはもう回ったんだよ。」
「それで、大天狗様も最初はどこかの軒先で雨宿りでもしてるんだろう、放っておけって言ってたんだけどさ。」
「あんまり見つからないもんだから、さすがに妙だ、何かあったんじゃないかって心配なされているのよ。」
ちょっとまくし立ててみた。慣れないことはするもんじゃない。息が上がっているのが良くわかる。
でも、効果はあるはずだ。妖怪の山に住んでいる以上、大天狗の印籠は通じるはずだもの。
「そうかい。でも、うちには寄ってないよ。」
期待はずれの返事だった。
あれ、まさか本当に無関係だったのか?また私お得意の早とちり?
だが、にとりの口から願っていた返事とは全く別の言葉が。
「はたて、あんまり文を悩ませたらいけないよ。この前、うちでわんわん泣いてたんだから。」
「はぁ!?なんで私が文のこと悩ませなきゃならないのよ。」
わんわんって…わんわんは椛だけで十分だ。
あ、椛こっち見てる。わんわんとか考えていたの、バレたかな。
ひい、怒られる、などと構えていると椛が初めて口を開いた。
「はたて、それは一理あるよ。文は、あなたのお姉さんみたいなものじゃない。あなたが心配だったんだよ。」
なんで椛までそんな事言うかな・・・。ああ、面倒な事になってきた。
「はいはい、分かりました。でも、今回の件と何の関係があるっていうのよ。」
にとりがいつにもなく真剣な表情で、私を見ている。
「文はね、私がいなくなったらはたてはすこしはマシになるでしょうか、って言ってた。それってどういう意味だと思う?」
わからない。
文といつも一緒にいたせいか、そういう事を文が言っている、ということも想像できない。
だってあの文だもの。何か言いたいことがあったら直接面と向かって言ってくるはず。
どうして直接私に伝えるのではなく、にとりに伝えたのか。
なぜかドキドキして、喉がひどく渇いているのを感じる。飛び回った挙句、まくし立てたせいもあるだろうが。
しかし、本当ににとりの言っている通りだとしたら、責任は私にあるのではないだろうか。
と、同時に、その話の通りならば妙な気をおこしてもう逢えない身になっているような事はない事を理解した。
ほんとうに私のせいで身を隠しただけならば、どこかでひょっこり出てくるに違いない。
そもそも、にとりと椛はこんあに示し合わせたようなやりとりをしてるんだろう。
なんでもっと文がいそうな、博麗神社とか紅魔館とかじゃなくてにとりの家に来たんだ?
考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。
うーん、こういう回りくどいのは正直苦手だ。
思考回路がショートしそう。
よし、今日は家に帰ろう。
念写してみればなにか見えるかもしれないし。
意を決して椛に声をかけた。
「ねえ椛、今日はもう帰らない?ココにも寄ってないとすれば、もう当ても無いし手詰まりだよ。」
なんだか椛も疲れて見える。
椛はすこし目を落として考えながら、答えた。
「まあいいでしょう。もし何か山のまわりで異変があれば気づくだろうし。それじゃにとり、明日また来る。私はまだ仕事があるのではたては先に帰って」
帰り道。正確には帰り「空」か。
ふと思ったが、いままでこんなに文のことを考えた一日は無かったかもしれない。
そばにいつも文がいたから。空気のように。
もしかしたら良くないことがあったのだろうか。
最悪の結果になったら私はどうすればいいのだろう。
よほど文に心配をかけてたのかな。今更後悔しても遅いのかな。
もっと私がしっかりしてればこんなことにはならなかったかもしれない。
でも、ほんとうに私が原因なのかな。
不安を胸に暫く飛び続けた。帰ったあとの事は良く覚えていないけど、すぐに眠ったらしい。
案外私って図太いのかも。
◆
翌朝。
「はたて、おはようございます」
聞きなれた声で目を覚ました。まさか…
文だった。網膜に映るのは間違いなく見慣れた黒髪の少女。
まさか、化けて出たのかと恐る恐る足を見たが、足も付いてるから幽霊ではないらしい。
「え…あ…何してたのよ!昨日!散々探したんだから!」
「私のせいで文がいなくなったんじゃないか…って心配してたんだよ!」
寝起きにまくし立ててしまった。なんだか頭がフラフラする。
文は、ニヤリと笑いながら、
「白玉楼にいたんですよ、亡霊がたくさん出てるというネタが聞こえてきたので。大スクープを逃すまいと誰にも言わないで行ったんですけどね。なんではたてはそんなに焦ってるんですか?」と。
どうして私がこんなに取り乱しているのか良く判ってないふうに見える。
「椛に聞きましたけど、血相を変えて随分探し回ったみたいですね。で、椛とにとりに随分責め立てられたと。ところではたてのせいで私がいなくなる、ってどういう事ですか。その辺り詳しく教えてもらいたいですね。ちなみに、にとりが『文がわんわん泣いてた』なんて言ってたかも知れませんが、あれはにとりが妙な空気を読んで言ったジョークってやつですよ」
我ながらなんという失態…完全に遊ばれていた。
ああ、恥ずかしい。犬と河童からどこまで聞いたんだ、いったい。
昨日は文の事をずっと考えてましたなんてバレたら…。
「そんなに血相変えて探すなら、私じゃなくて新聞記者らしくネタでも探しませんか。そうだ、撮り忘れた写真があるから念写してくださいな」
よかった、いつもの文だ。
昨日ほど真剣に文の事を考えたことってなかった。
椛やにとりの言ってたこともあながち間違いじゃないトコロもあったし、これからは私もしっかりしなきゃ。
はたては、ふう、とため息をつきながら、顔を上げ返答した。
「しょうがないわね、手伝ってあげるわ」
ある日、私は部屋で一通り念写をして、いつもの様に新聞を作り印刷し、明日発行分の準備をしていた。いつもの様に。
新聞を作る傍らで、射命丸文がニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
それも、時折「へぇ」とか「あはは」とか嘲笑のような笑いを浮かべて。
認めたくないが文の新聞は、購読者(と呼んでいいのか)は私の新聞よりもずっと多い。
その文が、なんで私の新聞づくりなんか見に来たんだか。
はぁ、うっとおしいことこの上ない。何用か聞いてみるか。
「ねえ文、何でまた私の新聞作る所なんか覗きに来たのよ。」
文は、またニヤニヤして、
「そりゃあ、後学の為にはたての新聞づくりを勉強しに来ただけですよ」
などとのたまう。キギョウヒミツにするような技術なんてないけど、それでも新聞を作る所は見せたくないんだけどな。
だって、私の作っている新聞「花果子念報」なんかより、形はどうあれ文の新聞の方がよく知られているわけで。
内容もだが、荒っぽい配達方法でも有名だし。
めったに人里には下りて行かない私だけど、たまに興味本位でカフェーに入ってみたりもする。
で、そこのマスターと身の上話になっちゃったりとかして。
まあ、当然私を見て鴉天狗だって気付くのさ。
それで、開口一番、
「文々。新聞投げ込まれて店のガラス割れちゃったんだけど配ってる天狗のおねえちゃんに勘弁してくれって伝えてくれよ」
とか聞かなくてもいい情報が入ってくるのよね・・・。こっちが勘弁してもらいたい。
「後学の為って、私の新聞なんか読んでもあんたの役になんか立たないでしょうに。何か裏があるんじゃないの?」と
聞くと、文が、「私とはたての仲じゃないですか。裏なんかありませんよ」と返してきたが、どうも怪しい。
あまり意識したことは無いけど、私と文はしょっちゅう一緒にいるらしい。
椛に言わせると、「まるで姉妹みたいだ」と言われるくらいに。
うーん、確かにいっしょにご飯食べたり、遊びに行ったり、神社の宴会だって最初は行く気なんてなかったのに
文に無理やり腕を引っ張られて連れてかれたし、いろんな人を紹介してもらったし。
どっちがお姉ちゃんかって言えば、たぶん文のほうだろう。
私は優柔不断で、文は何でも即決。一刀両断。
何にも考えてないのかと思ったらそうでもなくて、案外思慮深い。
新聞を書き始めたのだって、私が鴉天狗だからいうのも勿論あったけど、
新聞を作っている文の姿を見て、なんというか負けたくないと思ったからだ。
何か文に勝てるものがあれば、文にこれ以上お姉ちゃん面されなくてすむ。
文のカメラに対抗して、私は念写を始めた。
今、目の前に無いものを撮る。
これだけで文に勝てる、と思っていたけど、そんなに甘いはずは無く発行部数は伸び悩んでいる。
いわゆる、スランプ状態なのだ。
だからこそ、今の状況は余計文に見せたくない。
カフェーで会った紅魔館のメイドからもらったカップに注がれたお茶をすすりながら、そんな事を考えていた。
カップが空になったと同時に、ぽん、と文が肩をたたいた。
「ねえ、はたて。」
文はひどく神妙な顔をしている様に見えた。
「どうしたのよ。天下の文様がなんでまたそんな暗い顔してるのさ。」
「はたては、私がいなくなったらどうしますか。例えばですよ、例えば」
「そんなの考えたこともないけど、寂しいだろうね、うん。」
適当にあしらった。新聞を書くのに集中したかったし。
「そうですか。寂しがるんですね。」
文のその一言が妙に引っかかった。
◆
翌日。
昨日はほとんど徹夜で新聞を作った。
多分、私は鴉天狗だから人間と比べれば多少の無理はきくんだろう。
だけど、いわゆる人間でいうひきこもりのような生活をしているせいなのか、ひどく気怠い。
校生を終えて印刷に出したから、今日は一日ふとんの中で過ごそうか、などと考えていた。
が、しかし。
「はたて、いる?」
おや、なんだかイヌ耳の天狗の声がした気がするけど、寝たふりでもしようか。
「ねえ、はたて。大変なんだよ。おーい」
何が大変なんだろうか、気にしない気にしない、一休み。
「文がいなくなったんだよ!」
え?
椛、今なんて言った?
「ねえ。聞いてるんでしょ。文がいなくなったんだって。突然」
すかさず、寝ていた振りをしながら椛のもとへ行く。
「ごめん。寝てた」
ぷくーっと膨れながら、椛は怒っているんだか私がいてほっとしているんだか何だか微妙な顔をしている。
「はたて、なんか思い当たる節はないの?」
うーん、思い当たる節って言ってもなあ・・・。
ない。
昨日も普通に顔を合わせたわけだし。
あれ、でも、そういや、、、
「なんかね、昨日新聞作ってたら、私の所にきてた」
椛は、ぷくーっと膨れた頬を元に戻しながら、
「その時は普段と変わりなかったの?例えば男が出来たとか・・・」
いきなり男とは…このイヌ耳天狗、かなり思考がぶっとんでいるようだ。
なんだか、あのメガネを掛けたアヤしい道具屋で「ひも」だか「りぼん」だか「たんぽぽ」だか「マーガレット」だかって本を良く買ってきて読んでるらしいが、そのせいか?
あ、そう言えば。
「男かどうかは知らないけど、私がいなくなったらどうする?って聞いてきた気がする・・・。」
「それだよはたて。きっと、駆け落ちしたんだ・・・。」
まさか。いまさら男が出来たのを隠してる天下の射命丸様じゃないだろう。
なんだかんだで文はモテるし。それでいて、オープンだ。
椛。さすがにそれはないと思うよ。あんたなかなかいい脳みそしてるよ。今度、念写して記事にしてやろうか。
「はたて、文を探しに行こう。」
ほんと、どうして天狗ってこうも強引なんだ。あ、私も天狗か。
まあ、出不精な私だけど、こんな時くらい文のために恩でも売ってきますか。
「で、椛。あなた、文の行きそうなところ位わかってるのよね?」
「やだなあ、はたて。それを聞きにあなたの所にわざわざ来たんじゃないの。」
いやいや、わかんないって。
家にいてもらちが明かないので、河童のところに行くことにした。
しかし、何故文はいなくなったんだろう。
なんでわざわざ、私の部屋に来て思わせぶりなことを言ったのか。
私が原因だっていうのか・・・?心当たりなんて無いけど。
相変わらず椛は無言のまま。なしのつぶてってやつだ。
半刻も飛んだだろうか。河童の住処が見えてきた。
「やあやあ、めずらしいお二人さんで。どんな風の吹き回しだい?」
河童はいつも通りだ。たぶん、こいつは今回の件には関係ないんだろう。
とりあえず、椛に説明させると混乱しそうなので、私が代わりにかくかくしかじか伝えた。
「ああ、そうかい。文がいなくなったのか。そのうちひょっこり出てくるだろ」
やけに素っ気ない。あやしい。新聞記者のはしくれの勘がそう言っている。
ここはひとつ、カマ掛けてみることにしよう。口からでまかせってやつだ。
「大天狗様には報告したんだよ。ほら、天狗って神出鬼没なところがあるけど、実際はそんなにどこにでも出てまわるわけじゃなくて山にこもってるのが仕事みたいな訳さ。」
「もともと文は人里やなんかによく行ってたけど、椛も行きそうなところ、文に連れて行かれたところはもう回ったんだよ。」
「それで、大天狗様も最初はどこかの軒先で雨宿りでもしてるんだろう、放っておけって言ってたんだけどさ。」
「あんまり見つからないもんだから、さすがに妙だ、何かあったんじゃないかって心配なされているのよ。」
ちょっとまくし立ててみた。慣れないことはするもんじゃない。息が上がっているのが良くわかる。
でも、効果はあるはずだ。妖怪の山に住んでいる以上、大天狗の印籠は通じるはずだもの。
「そうかい。でも、うちには寄ってないよ。」
期待はずれの返事だった。
あれ、まさか本当に無関係だったのか?また私お得意の早とちり?
だが、にとりの口から願っていた返事とは全く別の言葉が。
「はたて、あんまり文を悩ませたらいけないよ。この前、うちでわんわん泣いてたんだから。」
「はぁ!?なんで私が文のこと悩ませなきゃならないのよ。」
わんわんって…わんわんは椛だけで十分だ。
あ、椛こっち見てる。わんわんとか考えていたの、バレたかな。
ひい、怒られる、などと構えていると椛が初めて口を開いた。
「はたて、それは一理あるよ。文は、あなたのお姉さんみたいなものじゃない。あなたが心配だったんだよ。」
なんで椛までそんな事言うかな・・・。ああ、面倒な事になってきた。
「はいはい、分かりました。でも、今回の件と何の関係があるっていうのよ。」
にとりがいつにもなく真剣な表情で、私を見ている。
「文はね、私がいなくなったらはたてはすこしはマシになるでしょうか、って言ってた。それってどういう意味だと思う?」
わからない。
文といつも一緒にいたせいか、そういう事を文が言っている、ということも想像できない。
だってあの文だもの。何か言いたいことがあったら直接面と向かって言ってくるはず。
どうして直接私に伝えるのではなく、にとりに伝えたのか。
なぜかドキドキして、喉がひどく渇いているのを感じる。飛び回った挙句、まくし立てたせいもあるだろうが。
しかし、本当ににとりの言っている通りだとしたら、責任は私にあるのではないだろうか。
と、同時に、その話の通りならば妙な気をおこしてもう逢えない身になっているような事はない事を理解した。
ほんとうに私のせいで身を隠しただけならば、どこかでひょっこり出てくるに違いない。
そもそも、にとりと椛はこんあに示し合わせたようなやりとりをしてるんだろう。
なんでもっと文がいそうな、博麗神社とか紅魔館とかじゃなくてにとりの家に来たんだ?
考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。
うーん、こういう回りくどいのは正直苦手だ。
思考回路がショートしそう。
よし、今日は家に帰ろう。
念写してみればなにか見えるかもしれないし。
意を決して椛に声をかけた。
「ねえ椛、今日はもう帰らない?ココにも寄ってないとすれば、もう当ても無いし手詰まりだよ。」
なんだか椛も疲れて見える。
椛はすこし目を落として考えながら、答えた。
「まあいいでしょう。もし何か山のまわりで異変があれば気づくだろうし。それじゃにとり、明日また来る。私はまだ仕事があるのではたては先に帰って」
帰り道。正確には帰り「空」か。
ふと思ったが、いままでこんなに文のことを考えた一日は無かったかもしれない。
そばにいつも文がいたから。空気のように。
もしかしたら良くないことがあったのだろうか。
最悪の結果になったら私はどうすればいいのだろう。
よほど文に心配をかけてたのかな。今更後悔しても遅いのかな。
もっと私がしっかりしてればこんなことにはならなかったかもしれない。
でも、ほんとうに私が原因なのかな。
不安を胸に暫く飛び続けた。帰ったあとの事は良く覚えていないけど、すぐに眠ったらしい。
案外私って図太いのかも。
◆
翌朝。
「はたて、おはようございます」
聞きなれた声で目を覚ました。まさか…
文だった。網膜に映るのは間違いなく見慣れた黒髪の少女。
まさか、化けて出たのかと恐る恐る足を見たが、足も付いてるから幽霊ではないらしい。
「え…あ…何してたのよ!昨日!散々探したんだから!」
「私のせいで文がいなくなったんじゃないか…って心配してたんだよ!」
寝起きにまくし立ててしまった。なんだか頭がフラフラする。
文は、ニヤリと笑いながら、
「白玉楼にいたんですよ、亡霊がたくさん出てるというネタが聞こえてきたので。大スクープを逃すまいと誰にも言わないで行ったんですけどね。なんではたてはそんなに焦ってるんですか?」と。
どうして私がこんなに取り乱しているのか良く判ってないふうに見える。
「椛に聞きましたけど、血相を変えて随分探し回ったみたいですね。で、椛とにとりに随分責め立てられたと。ところではたてのせいで私がいなくなる、ってどういう事ですか。その辺り詳しく教えてもらいたいですね。ちなみに、にとりが『文がわんわん泣いてた』なんて言ってたかも知れませんが、あれはにとりが妙な空気を読んで言ったジョークってやつですよ」
我ながらなんという失態…完全に遊ばれていた。
ああ、恥ずかしい。犬と河童からどこまで聞いたんだ、いったい。
昨日は文の事をずっと考えてましたなんてバレたら…。
「そんなに血相変えて探すなら、私じゃなくて新聞記者らしくネタでも探しませんか。そうだ、撮り忘れた写真があるから念写してくださいな」
よかった、いつもの文だ。
昨日ほど真剣に文の事を考えたことってなかった。
椛やにとりの言ってたこともあながち間違いじゃないトコロもあったし、これからは私もしっかりしなきゃ。
はたては、ふう、とため息をつきながら、顔を上げ返答した。
「しょうがないわね、手伝ってあげるわ」
>ちなみに、にとりが『文がわんわん泣いてた』なんて言ってたかも知れませんが、あれはにとりが妙な空気を読んで言ったジョークってやつですよ
この辺、ソードマスターヤマトな感じでした
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