Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

夜と虫けら

2021/10/10 01:39:37
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 むかしむかしからあるところには、宵闇の妖怪が住んでいました。
 宵闇というのは、夜、そして暗がりのことです。ですから宵闇の妖怪というのは、夜と暗がりの妖怪ということですね。
 宵闇の妖怪は、いつも夜のように黒い服を着ています。ひとみは夕焼けのように赤く、満月のような金色の髪には、これまた朝焼けのような赤色のリボンをつけているのでした。
 宵闇の妖怪は、名前を「ルーミア」といいます。
 いつもいるのは、妖怪キノコのずらりとはえた、薄暗い森のなか。みんなからは、「魔法の森」と呼ばれるところです。
 そして、その魔法の森をはじめ、ひとたび迷うと出られないという竹やぶや、天狗が住んでいるという山など、あたり一面を全部まとめて。
 その場所は、ふしぎなものの住んでいるところ、「幻想郷」、と呼ばれていました。


 もしかしたら、みなさんはもう知っているのかもしれませんが、夜というのは、めんどくさがりやです。
 だから毎日、お日さまが向こうの方から顔を出すと、けんかなんかはめんどくさくてやってられないよ、とばかりに、夜は山の向こうへと、すぐに隠れてしまうのです。
 暗がりもまた、おんなじですよね。まっくらなお部屋も明かりをつけると、暗がりはすぐに、どこかへ出て行ってしまいます。
 明かりや朝とけんかすることは、夜や暗がりにとっては、とても、めんどくさいのです。
 ですから夜と暗がりの妖怪、宵闇の妖怪ルーミアも、それはそれはたいへんな、めんどくさがりなのでした。

 こんな話があります。
 ルーミアはお肉が大好きです。ですがお肉を食べるのに、がんばりたくはありません。
 ルーミアはにんげんを食べます。兎や、ほかの動物も食べます。ですが、にんげんやほかの動物と、けんかしたくはありません。
 考えこんだルーミアは、「じさつ」するにんげんを、さがすことにしました。そして、そのにんげんに、残ったお肉は食べていいかな、と訊いたのです。
 おかげでルーミアは、だれともけんかすることなく、ときどきお肉を食べることができるようになったのでした。

 さて、とある寒い寒い秋の日のことです。
 いつものように、ルーミアは、「魔法の森」のあるところで、ぼうっと寝転がっていました。
「考えごとをするのは、めんどくさい。立つのも、座るのも、めんどくさい」
 ルーミアは、そのように思っていましたから、なにもないときは、いつも、ぼうっと寝転がっていたのです。
 すると、なにやら向こうの方から、どさりと、まるで、なにかが落ちたような音が聞こえました。
「なんだろう」
 と、ルーミアは思いました。
「行き倒れの、にんげんだったらいいな。動物でもいいな」
 ルーミアは、そう思いながら、ふわりと浮かんで、音のしたところへ向かいました。
 ちなみに「行き倒れ」というのは、たとえば、おなかがすいたのに食べものがなかったり、寒いのにあったかい服がなかったりしたにんげんが、ばたり、と外で倒れてしまうことです。こういったにんげんも、ルーミアや、ほかの妖怪たちの食べるお肉になるのですね。

 はたして。
 ルーミアの行った先にいたのは、たしかに「行き倒れ」ではありました。
 ですがその「行き倒れ」は、にんげんでも、そして動物でもありませんでした。
 「行き倒れ」は、ホタルの妖怪でした。
 「行き倒れ」のホタルの妖怪は、草原のような緑の髪と、森林のような、緑のひとみをしていました。からだは大きな黒いマントにおおわれていて、頭には黒い、それこそ虫のような触角が二つ、ひょっこりとのびているのでした。
 ホタルの妖怪の名前は、「リグル・ナイトバグ」。みんなからは、「リグル」と呼ばれています。

 ルーミアがリグルに近づくと、リグルはその触角をゆらゆらさせて、ルーミアの方に顔を向けました。
「まだ生きてる?」
 と、ルーミアは訊きました。
 リグルは、うなずいて、
「もうじき死ぬよ」
 と、言いました。
「もうすぐ死ぬから、食べるのは、そのあとにしてくれないかい。いたいのは、やっぱり、いやなんだ」
 そのようにリグルが言ったので、ルーミアは首をかしげました。
 それもそのはず。ふつう「行き倒れ」のにんげんは、ルーミアの言葉に、
「死にたくない」
 と、なきながら言うか、
「ころしてくれ」
 と、お願いするかの、どちらかだったのですから。

「死にたくない、って言わないの?」
 と、ルーミアが訊くと、リグルは、首を横に振りました。
「それなら、ころしてくれ、って言わないの?」
 それにもリグルは、首を横に振ります。
「不思議なひとね」
 と、つぶやいたルーミアに、
「そうかもね」
 と、リグルは言って、ふふ、とほほえみました。
「それはきっと、私が毎年、秋に死んでは、春に生き返るからだと思うよ」
 そう、リグルはルーミアに言いました。

 ところで、虫って不思議ないきものですよね。
 夏になると、色々な虫を見かけます。
 カとか、セミとか、ホタルとか。
 秋にもさまざまな虫がいますね。
 スズムシ、コオロギ、キリギリス……。
 ところが、冬になると、ぱったりと虫を見かけることがなくなります。
 冬の初めの頃などは、虫の死がいなら、いろんなところに落ちています。
 ですが、それも、中ごろになるとめったに見なくなりますよね。
 そうして、春になるとまた、どこからともなく、虫たちは、あらわれるのです。
 まるで、生き返るみたいに。

 え?
 虫は卵で、それか冬眠して冬を越す、ですって?
 たしかに、私たちにとってはそうなのかもしれません。
 でも、妖怪たちにとっては「見た目」がいちばん、大切なんです。

 もしかしたら、地震は土の下の大きなナマズが起こしているのかもしれない。
 もしかしたら、山彦は山に住んでる妖怪が大声を返しているのかもしれない。
 もしかしたら、迷子になった子供たちは、天狗にさらわれたのかもしれない。
 そして、もしかしたら、虫は春になると、生き返るのかもしれない。

 そんな「もしかしたら」がつみ重なって、妖怪というのは、うまれるのですよ。

 リグルとルーミアの話に戻りましょう。
 それからルーミアは、リグルのとなりに寝そべって、ぼうっと、空をながめていました。
「つまらないな、ってならないの?」
 と、リグルはたずねましたが、
「でも、立つのも、座るのも、めんどくさいから」
 なんて、ルーミアが言ったので、リグルは、
「そうかい」
 と、それだけ言って、そのまま、口をとじました。

 しばらく、そのまま時間がたちました。
 どれくらいかというと、まだ青かった空が、あかあかと、夕焼けに染まりきるぐらいまでです。
 そうして、ようやく、リグルは口をひらくと、
「ほんとうは、食べてほしくもないんだ」
 と、言いました。
 ルーミアは、しずかに、それを聞いていました。
「ねえ、ミスティア・ローレライ、という妖怪を知っているかい。桜のような髪の色をして、背中のはねが、こうもりのつばさに、鳥の羽毛をならべたような、ふしぎなかたちをしているんだけど」
 と、リグルは言って、ルーミアの方を見たのですが、ルーミアは、ただ、首を横に振っただけでした。
「まあ、とにかく、もしできたらでいいんだけど。そのミスティアに、私のしかばねを、持っていってあげてほしいんだ。ミスティアは、ヤツメウナギのかば焼きを、いつも屋台で売っているから、においですぐに、見つかると思う。私のしかばねを渡したら、ミスティアはきっと、やつめうなぎのかば焼きを、ごちそうしてくれるはずだよ。だから、わるい話ではないと思うんだ」
「いやだよ。めんどくさいもの」
「うん、そうか」
 と、リグルはうなずいて、言いました。
「どうして、持っていってほしいの」
 と、ルーミアが訊くと、
「それはね」
 と言って、リグルは、話しだしました。

「それはね、私とミスティアが、約束をしているからなんだよ。
 どんな約束かというとね、毎年、私が死んだら、そのしかばねを、ミスティアに食べてもらうんだ。
 どうして、そんな約束をしたのか、というとね、ミスティアが、けっして私を、食べ残さないでくれるからなんだよ。
 私は虫の妖怪だから、寒くなったら、からだが動かなくなるし、もっと寒くなったら、かんたんに死んでしまうんだ。それは仕方ないと思う。そのしかばねを、だれかが食べることだって、ふつうのことだと思うよ。
 だけど、もしも私を食べるならせめて、食べ残さないでほしいんだ。食べのこされた私のしかばねを、捨てられるのははらが立つし、それに、それを知り合いに見せてしまうのは、あんまり、よいことではないからね。
 そう、ミスティアはかならず私を、ぜんぶ食べきってくれるんだ。くし焼きにして、売っているって言っていたから、みんなひとりで食べているのではないらしいんだけど。それはいいんだ。私は、ひとりに食べてほしい、なんて思ってはいないから。
 なにより、ミスティアのひとみが、すてきなんだ。
 ミスティアの、食べものを見るそのひとみは、とても真剣で、私も見とれてしまうぐらいなんだ。その理由はきっと、ミスティアが、食べものを売っているからだろうね。食べられるものを捨てることが、どんなによくないなことなのか、ミスティアは、よくよく分かっているんだよ。
 だから、私は、ミスティアのひとみを、一目見たときに、思ったんだ。ほかの誰よりも、ミスティアに、私を食べてほしい、って」

 そうして、リグルが口をとじてからも、ルーミアは、言葉をこぼすことはありませんでした。
 それを見て、リグルは、
「どうせ、そのからだの大きさだと、私のことを食べきることはできないよね」
 と、言いました。
 ルーミアは、そんなことはない、と思いました。なにせ、ルーミアは、リグルよりも背の高い、「行き倒れ」や、「じさつ」したにんげんを、7日ほどかけて、なんども食べきったことがありましたから。
 ですがルーミアは、それを口にはしませんでした。それは、リグルのもとめているものではないと、ルーミアは分かっていたのです。
「それなら、私を食べないで、ミスティアのところに持って行って、かわりにヤツメウナギのかば焼きを、ミスティアにもらう方が、ずっとずっと、まんぞくできると思うんだ」
「めんどくさいなあ」
 と、ルーミアは、ほんとうに、めんどくさそうに、言いました。
「そうかい。ざんねんだよ」
 と、リグルは言って、それから、息をすいこむと、大きな声で、言いました。
「ああ、今年も、私のことを、ミスティアに食べてほしかったなあ!」

 そうして、リグルは、こときれました。

 ちからのぬけたリグルを見たルーミアは、起き上がると、そっと、リグルのからだをゆすりました。そうして、リグルが、ちっとも動こうとしないのをたしかめると、ルーミアは、リグルのうでを、ゆっくりと、自分の顔の前まで持ち上げました。
 そうして、ルーミアは、リグルのうでを、じっとしばらく見つめると、そのまま、かじりつくこともしないで、そっと、もとのところに戻したのです。

 そのまま、ルーミアは、じっとリグルのしかばねを、ただただ見つめつづけました。
 あかあかと夕焼けに染まった空が、だんだんと青く、暗くなっても、ルーミアはそのまま動きませんでした。
 山の上にいたお日さまが、山の後ろに隠れきって、宵闇がまっくろに空を染め上げても、ルーミアはちっとも動きませんでした。
 まっくろに空を染めきった宵闇が、ふたたび反対の山の後ろから顔を出したお日さまに、空を追い出されてしまうまで、ずっとルーミアは動きませんでした。

 ルーミアが、そのとき、なにを思ったのかは、だれも知りません。
 リグルの言葉に心を動かされたのか、なにかめんどうなことがあったのか。それとも、べつに、なんにも考えていなかったのかは、誰にも分かりません。

 ですが、ひとつ、たしかなことには。ルーミアは、それからしばらく、ヤツメウナギのかば焼きには、まったく、こまらなかった、ということです。
御伽草子チックな東方作品ってとっても良いですよね、って話です。
サク_ウマ
https://twitter.com/sakuuma_ROMer
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
初めの宵闇が面倒くさがりという捉え方が面白い発想で心を掴まれて、気が付けば読み終えていました。
リグルの死生観というか虫の妖怪の死生観や、虫と鳥の自然界の関係を取り入れたミスティアとの仲だとか、感心しました。
背景の黒から青へ変わるグラデーションの仕掛けも面白かったです。
2.奇声を発する程度の能力削除
良かったです