Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

次の明日の新しくて良いもの?

2023/05/31 22:28:03
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 カウンターの上に小さなショーケースを並べていく。
 僕のお店、香霖堂の従業員である宇佐見菫子君が残したものだ。
 最近の僕はケースを集合させた中での出来事を綴っている。
 普段書く日記とは別の、いわば観察日記を書く。
 主に書き込むタイミングは人形が崩れて砂となり、それらが再度集まって別の人形へと変貌を遂げたあとだった。
 集まったり崩れたりするというサイクルの中、何が起きたのかを捉えていた。
 そのような行動に出た理由は菫子君からの願い出からだが、何をどう綴るかについては僕が勝手に決めたことだ。

 ――僕は集合させたケース内で起こった、いくつものパターンを目に焼きつけた。本来の日記を書く上で参考になるから。確かそういう理由で引き受けたはずだが?

  ※ ※ ※

 僕の店の中を、夏の空気が巡る。
 今は冷夏傾向にあり、さらに晴れているからこそ開けられる箇所は積極的に開いている。
 とはいえ、心が晴れ晴れするほど巡りが良くなっているわけではない。
 いつも通りのカウンター越しの形で僕は宇佐見菫子君と巡り会っている。
「久々に博麗神社へと足を運んでみて、どうだったかい? 菫子君」
「何も変わってなくて落ち着いた! ついでに色々プレゼントしてきたよ」
「ところで、君は神社へはパジャマで行くものなのかい?」
「たまたまなの! タイミング悪くて勘違いしちゃっただけっ」
 今日も今日とて香霖堂に菫子君が訪れてきた。
 毎度のことながら、なにがしか彼女から用があるのではと気になりはする。
 逆に気にせずに過ごしたいなら、言葉通りに気にしないでいられる。
 いつもの彼女がいる日常だ。
 特に異物扱いする気にもならない。
 霊夢や魔理沙と同様に店内で暴れなければ、それでいい。
 ……ただ、あえて彼女が訪れた理由でも考えてみるかな?
「今日、僕に話したいのはズバリだ。そう。何を体験してきたのかを伝えたいんだね? 土産話であると僕は判っている」
「助かる~。いやぁ、理解されてることに甘えちゃおうねぇ」
「いや、まだまだ理解したとは言えない。神社に留まらず僕のお店にまでパジャマで来たのだから」
「格好なんて関係ないよ。目的優先だった」
 さながら彼女のことが、獲物を咥えてくる猫のように思えてくる。
 そして、こうやって僕と彼女の、価値観の違いを知るのも毎度毎度のことだ。
「で! 何をプレゼントしてきたかというと、3DプリンターにAIからの注文を受けさせて出力した、よく分からないもの!」
「察するに霊夢には苦い顔をされたんじゃないか?」
「ん? 険しい顔から安堵の表情に変わってたよ」
「もしかしなくても話の冒頭から切り出してないね? 君の悪い癖」
「冒頭からがいい? 分かった。それじゃ……こんにちは、霖之助さん。帰るついでだけど寄ってみたよ」
「いらっしゃい。ぅん? 君だったか」
「どぅもぉ。名前を書く欄の頭にクラブ名を書くことで、なんだか団体さんっぽいって思わせたい系学生です」
「勘違いさせるのは感心しないね……って、こら。そっちの冒頭じゃないぞ」
「いいから、いいから。見てもらったほうが早いって」
「また誤魔化すつもりだね。まぁいいさ。あまり夢中になってカウンターの物を落とすなよ」
 カウンターをテーブルのように扱う様は、もはや見慣れたものだ。
 僕の注意を覚えてはいるであろうが……どこ吹く風か馬耳東風か、彼女には捉えどころがなくて逆に興味が湧く。
 ときに、この場の奇抜な雰囲気とは打って変わって一般的な絵馬が引き出された。
「それで、神社には寄ったのだろう? まさか奉納せずに持って帰ってきたのかい?」
「あー……霖之助さんに渡す用だから。なんせ複数個、大量生成させたから」
「絵馬にも3Dプリンターとやらを使ったのか」
「実はその絵馬、複数枚を重ねて一枚に見えるように設計したんだ。まさに特注。神社では入手できない」
「普通の絵馬では満足に至らなかったんだね」
「そう。そうなのだよ、霖之助くん。いやぁ、作るの……あぁ、大変だったぁ」
「何を言っているんだね、君は」
「きやうきやう」
 彼女の表情からは仕方なく割り切ったなどの印象は見受けられず、少し得意げに見えるのは何ゆえだろう。
 意味の判らない笑い声まで加わり、さらに判らない。
 それにしても、くんづけで呼ばれたのは何年振りかな。
 ふとした弾み、偶発的に彼女と目が合った。
 次の瞬間には僕の目線から目を反らされた。
 少し気になる仕草ではあるが、これは心の内に留めておく程度でいい。
「とにかく見て見て? バラバラにもできる設計なんだ」
「ふむ。絵馬の屋根の部分をずらす……か。まるでカラクリ箱だな」
「そりゃあ簡単にバラされたら大変だし。数が多いし? あんまりバラすとアレだから一枚だけ見せるね」
「面白い。分解する様子が見られるとは」
 こういう道具の、用途が判るだけでは判らない動きを見るのが好きだ。
 他の道具を使うときの参考になるかもしれない。
「薄い割りに硬く見える。ただ、一枚一枚バラバラに持っていたら簡単に割れそうだ」
「いっぱい書き込めるように欲張っちゃった」
「そこまで欲を張る性格だったかい? もしくは、君のことだ。他のことも考え得る」
「べ、別に深く考えてないよ? 奉納の範囲内でイラストやテキストをプリントさせたの」
「まぁ、悪巧みに加担していないのであれば、それでいい。そして、一枚しか見せたくないのが君の希望なら、この一枚で満足しよう」
「あ、いやいやいや。全然見ていい。見ていい。どうぞどうぞ」
 ここで束になった絵馬を手に取る直前、彼女の言動について疑ってみた。
 彼女を見据え、腹の奥底で何を考えているのかを探る。
 半ば自分の行動は、葛籠の中に金銀財宝を夢見ている状態に等しい。
 しかしながら、決して魑魅魍魎まで金銀財宝のように見做しているわけではない。
「私を視るの? 霖之助さん、道具以外も判るように?」
「そんな劇的な変化はしないよ。それより、道具の使いかたが判るほうを優先したいね」
「突然、霖之助さんの体に道具の使いかたが墨でビッシリ書かれる!」
「お断りだ」
 何を言うかと思えば途方もない。
 それより、他の絵馬に何が書かれているかを見せてもらった。
 最初の一枚は洋算に関することだった。
 算額や俳額の類いだと捉えられ、何かに影響するとすれば布教や習合の程度だ。
「何を奉納してきたかと思ってみれば、どれも印刷されたものだね。まさか手書きは一枚も含まれないなどとは言わないだろう?」
「へ? 手書きなし。特別ってのは作らないでいいかなって」
「そうか。機械の精度を以てして弁当のごとく敷き詰められているな。絵馬を介しての祈願というより強欲だ」
「でもでも? たくさん隙間なく詰めたら絵馬の材料費は浮くし? 手書きだったらインクが滲んで面積広がっちゃうし」
「どちらにしても、じゃないか」
「いやぁ、詰め込められるんだから仕方ない。仕方ない」
 何が仕方ないのだろう。
 とにかく絵馬に印刷されたものは総じて細かい上、特に活字が細い。
 わざわざ虫眼鏡を取り出してくるまでもないが、ここは持ってくるほうが楽なのかもしれない。
「霖之助さん、今日一忙しく体を動かしてるかも?」
「字が細かくてピントが合わせづらいのさ。気にしないでくれ給え」
「虫眼鏡だけじゃなくて老眼鏡の出番!」
「今どこから出したんだい? ……いいさ。ありがとう」
 老眼鏡と虫眼鏡越しに目を通していくと、外の神話について描かれているのが目に入ってきたり、洋算を中心とした理数系の話を読み解かせられたりと忙しなかった。
 よくある娯楽だと済ませていい程度だ。
 脇では絵馬に続き、何やら彼女がガラス製品を取り出している。
 次は何を見せるつもりなのだろう。
「こっちが本命ね?」
「本当に絵馬は、ついでか……ん? 今度は何が違うんだい?」
「食べ物じゃありませーん」
「出されたら真っ先に食べるような、そこら辺のペットと一緒にしないでくれ」
 カウンターの上に追加されたのは、見るからに観賞用として作られた、手のひらサイズの六角柱のショーケースだ。
 ケース内には人形が収まっていて、中で自由に動いている。
 ただ、それだけの品だ。
「あれ? 霖之助さんの目で見てもピンと来ない?」
「僕の能力を使う使わない、どちらにしても観賞用に行き着くと判る」
「確かに。まだ構想段階だから観賞用にしかならないかも」
「本来の意図は別にあるようだね。すると、このショーケースの形が関係するのかい?」
「並べやすいだけかも?」
「関わりないことはないだろう? 僕を侮らないことだ」
 同じ形のケースがもうひとつ置かれた。
 今度のは中の人形が違う。
 よくよく見れば人形の下に敷かれている。
 そして、地面のようなものにも種類があるとうかがえる。
 さらに菫子君の、これまでの仕草を鑑みれば、ところどころ態度に歯切れの悪さが垣間見える。
 さては僕を試しているな?
「ショーケース同士、横と横をくっつけると中に入れたのが動くんだぁ。たぶんね」
「その口振りだと試していないようだね。差し支えなければ、このまま接触させてみるが……いいかい?」
「おはじき、じゃないから。最悪ツメ割れちゃう」
「さすがにノらないぞ? 菫子君」
 ひとまず接触させてみよう。
 ふむ……どうやら彼女の説明通りには動くようだが、ずいぶんと派手な反応が見られたな。
 まるで機械式ゲームの演出だ。
 ホログラムというものか?
「僕の目には人形同士がケースの境界を越えて、互いに弾幕で遊んでいるように見える」
「ほへぇ。幻想郷らしいといえば……らしいかな?」
「どう動くかについては想定したものではなさそうだな。ところで、君は一体、何を狙っているんだい?」
「狙うってほどガッツリじゃないよ。ふんわりふわふわ。水の石切やってる感じ。AI秘封俱楽部です☆」
「そういうのを言葉を濁すと表すのだ、菫子君」
「本当にぼんやりした目標だから。もうAIが勝手にやることだからってポッケ~って眺めてもらえれば」
「AIが勝手に?」
「人形や内装を含め、ケース自体に無駄に思考機能を付属させたの。ムードメーカーってやつ?……はい、次の追加ねぇ」
 三つ目が置かれた。
 そのまま他と接触させるのかと思いきや、四つ目に五つ目、六つ目と数が増えていく。
 中には人形以外が入れられたものや、何も入れられていないものも含まれる。
「えらく並べたね。それ以前にここまで用意する理由でもあったのかい?」
「な、ないかなぁ。強いて挙げるなら材料を使い切りたかったから?」
「なんだ。あるじゃないか。僕も商売人である以上、そのことに対する理解はあるつもりだよ」
「別に使い切らなくてもいいけどね」
 どっちなんだい? と指摘したくなると同時、彼女からノートブックとボールペンが渡された。
 意図が掴めない。
 しかしながら、渡された物の出来が良いのが、道具の質感から伝わってくる。
 僕へのプレゼントという意図ではなさそうだな?
「……例えばの話だが、もし僕が頼まれごとをされた場合、あと少しくらい色をつけたくなるものだ」
「色? 色欲? 霖之助さん、学生に売春はダァメだよぉ」
「冗談を重ねるごとに君がつけなければならない色は増すばかりだが」
「うっ! これらショーケースが気に入ったら、さらに数作ってくるって条件でどう?」
「ふむ。ケースのほうを……だね。であれば、まず僕に何を頼みたいのか聞いていいかい?」
「気が向いたときにケースをつけたり離したりして、その経過を観察したのを書いてみてくれる? 絵馬を預けておくから、できれば近くに置いておいてほしい」
「冒頭の、ついでに僕のお店に来たとは、よく言ったものだ。まぁ、ケースがそれ相応の品であることを願うよ」
「じ、自信なぁ~……」
 やはり僕への頼みごとがあったようだ。
 とはいえ、飽くまでも観賞用でしかない道具に警戒することはない。
 ただ、なぜ日記を自分で書こうとしないのだろうか。
「君が書くのと僕が書くのでは、どう違うんだい?」
「鋭い。境界はココと外の世界とで、違うって感じ」
「幻想郷でなければならない理由か。いわゆる派手なことではないだろうね? 菫子君」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。いわゆる五里霧なだけにご無理を言ってごめんなさいっ」
「今度、霊夢に駄洒落調伏でも頼んでみようか」
「くうぅ~勘弁してもろて」

  ※ ※ ※

 いつも通りの朝、店を開く。
 僕は外から入ってきた夏の日差しを浴び、加えて新鮮な空気を吸いながらケースの集合体に目を向ける。
 何をどう綴るか楽しみだと念頭に置かれたので、これまで自分が何を書いてきたかを都度、思い起こすのもいいだろう。
 それから、ケースをカウンターの上に置きっぱなしであることには……目をつむろう。
 目を閉じたらノートに書きづらいがね。
「まぁ、いいだろう」
「何が『まぁ、いいだろう』なの? 応対よりも暇が欲しいと受け取るわよ」
「いらっしゃい、茨木さん。早速の想定外の事態だが、それもまた商売だ」
「まさかカウンターの上に置いてある、いくつものケース……売りものだったのかしら?」
「もちろん私物だよ。ただ、勝手に触って遊んでいいので、どうぞご自由に」
「そうね。勝手に触らせてもらうわ? 貴方が下手な誤魔化しをするはずないとは思うのだけれど」
「誤魔化すなどしない。直線的かつウィンウィンの応対だ」
「下手な誘導もお断り。ただ、今回は素直に乗ってあげようかしら」
「ちなみにケース内には君の姿を模した人形がいくつか存在する。それを軸に触れるのもいいだろう」
「私の許可なく? いい度胸ね」
 珍しく客として姿を見せに来た客が、見て見ぬふりをした僕に話しかけてきた。
 相手は茨歌仙という仙人であり、古くから僕との付き合いがある。
 それはそうと、そもそもケースを触るのは自分でなくていい。
 むしろ相手が仙人であり、鬼でもある彼女なら僕より適任だと考え得る。
 幾分か楽をしながら自らも試遊し、ケース内の変化を流れとして日記に留め置く。
 遊んでもらう名目だからこそ、まさにウィンウィンの関係と言えよう。
 時折の激しい変化を交えた場面であっても僕は日記に集中でき、さらにケースに向けられる目が増えるということだ。
「勝手に使われたなど気にしなくなるさ。僕の人形もある」
「そこまで自慢げに語るのであれば気にしないであげる」
「ケースの上部に指を触れさせて横方向に滑らせたり、ケースを引っこ抜いて向きを変えたり移動させたり」
「ふぅん? ずいぶんと派手にケース内が光るわね。私にも触らせなさい?」
 思ったよりも熱心にケースを見つめ出す彼女がいる。
 そのうえ、積極的にケースに触っていて逐一、変化への新鮮な反応がうかがえた。
 ところがどっこい、僕がノートに記入し始めてからというもの、こちらにも視線が向くようになった。
「君が何を言いたいかは判っているつもりだ。ズバリ当てよう」
「聞きましょう?」
「君は次に『まぁ、いいだろう』と言って気にしないでくれる」
「そんなわけないでしょ! 私を見て何を勝手に書いているのかしら……まぁ、いいわ。代わりにケースについて説明して頂戴」
 特に断る理由もないので、思い出しついでに説明に徹した。
 指を滑らせる動作、確か菫子君にはフリックと説明されたかな。
 いやはやどうして茨木さんがフリックした瞬間から人形に黒い煙状の何かが入り込んだり、ケース内が少し黒ずんだりするじゃないか。
 触る人によって反応が変わるとは聞いていなかったが、もしかしたら?
「僕が起こしたアクションが君の対抗となっているな」
「対抗? どういうことかしら」
「簡単に説明するなら陣取りゲームということさ。複数あるケースに交互に触り、どちらが多くのケースを占領するか競う。ケース内を光で満たすか、もしくは闇で覆い尽くすかだ」
「そう。私が光ね?」
 久しぶりに彼女の冗談を耳にした。
 いや、本気か?
 長い年月が相手ならば鬼といえど多少は変わるかもしれない。
 それに、彼女がどこで熱くなるかについては長年つき合っている間柄ではあるが、どうにも予測できないところがある。
 とりあえず気軽に応対を続けよう。
 彼女に対しては、これでいい。
「強いていうのであれば、僕が光でなければならない理由はないからな」
「判ってくれた? 闇にだって光の側になれる側面があるのよ」
「俗にいう光の氾濫か。なるほど」
「……そうね。真に受けないでもらってよろしいかしら」
「いや、ケースから出る音に聞き入っていたんだ。もちろん君の戯言にではないぞ?」
「よっぽど気に入ったのなら、ついでに私に勝ちを譲りましょうか。即、貴方の負けよ」
「そういう割りに君のケースの占有率は、少ないように見えるね? 茨木さん」
「人形の動きが一定じゃないから狙い通りにならないのよ!」
 気づけばお互い、体に力が入っている。
 ただ、僕の興味はケースから発せられる音に向いている。
 いくつものケース内で起こっているゲームの戦況には興味が湧かなかった。
 明け透けにいうのであれば文字起こしが面倒だからだな。
 彼女の中の拘りは、そのまま彼女の中で解消されることを願う。
「ところで、楽譜の書き方で五線記譜法は判るかい?」
「貴方が分かる記譜法で書けばいいんじゃない? 当然、教えることはできるわ」
「一応、人に読ませる予定のものを書いているからね。僕が判る文字譜や数字譜では通じない相手かもしれない」
「何を熱心に書いているのかと思えば……たまに出てくる、音を出すケースや人形が気になるの?」
「無作為に続けても仕方がない。読書とは違う。ボーっと眺めるより秩序だったほうが一興だ」
「凝りすぎて楽譜に書き起こせないオチになっても知らないわよ」
 なんだかんだで彼女はノリがいい。
 しかしながら、この彼女の接し方は、僕に対してのみ特別というわけではない。
 説教が癖になっている彼女であるからして、相応じた行動が表れている。
 ……翻ってみれば彼女をそうさせているのは、他ならぬ僕の姿勢から由来したものではないか?
 そこまで僕は子供染みてはいないはずだが。
「心配無用さ。これら人形やケースに内蔵された知性が空気を読んでくれるかもしれない。そう、人工物なだけにね」
「何を自信ありげに……希望的観測じゃない」
「逆に効果的ともいえる。理路整然と穴がないよりもいい。天網恢恢なんとやらみたいなものさ」
「呆れたぁ。管をもって天をうかがう、よ」
「菫子君に軽いノリを求められたんだ。仕方ないだろう? まぁ、結局は僕が自主的に動いてはいるけれども」
「あの子の話なんて久しぶり……そうね。一定のリズムでタッチ。ラップや漢詩みたく韻を踏むというのは、どう?」
「ふむ。いいね! それだ」
「軽っ! 提案しておいてあれだけど。苦笑いよ」
 すでに陣取りゲームはどこへやら。
 互いにリズムを取り合う遊びへと変化した。
 ケース内の様相が音を奏でる人形たちで占められている。
 ゲームが全体的に様変わりした根底には、僕らの操作を起点とし、ケース内部が崩壊と再形成を繰り返した流れがつながるだろう。
 単純な話、BGMがあるとノートに書き甲斐がある。
 これを完成形だと菫子君は想定したのか?
 もしもそうであるならば言葉通り、ポッケ~っと無心に近づくのも手だ。
「急にアホ面で笑わそうとしないでくれる?」
「心外だな。これは菫子君のマネだ」
「アホさマシマシね。別に私はいいけど」
「なぜだか思いがけない線引きをされたようだなぁ」
「ともあれ、とんだところで時間を食ったわ。買いもの。私は買いものに来たのよ」
「そうか。遊びに来たのではないのか」
「何か使える調理家電があればと思って、ついでにお顔の拝見ね」
「ふむ。しばし在庫の内容を思い起こしてみよう」
 僕のお店に、要望に沿った品があるかどうか、ショーケースの群れを見ながら思い巡らせる。
 六角形の集まりが光や闇と相まり、あたかも蓮の花が咲いているかのようだ。
 あぁ、確かAI×IoTの幻想郷では使えない調理家電があったかな。
 ……そんなものを出したら間髪入れず説教だろう。
「そうそう。ゲームに付き合ってあげたのだから少しくらい値切りしても許されるでしょう?」
「値切りに関しては僕と君との仲だ。交渉には応じるさ」
「ふぅん? 嬉しいこと言ってくれるじゃない? 値切り以外もOKよね。そう、例えば物足りないものを足してくれるとか」
「親しき中にも礼儀あり。良仲には垣をせよ……だよ」
「都合のいい垣ね。さっき線引きしたせいかしら。その二枚舌なら、さぞ心地良く歌ってくれそうじゃない」
「僕ひとりで聖歌隊かい? それより、君が買いもので欲を出すなんて珍しいね」
「物足りないと思ったのよ。このケース、どれも遮断されているでしょう?」
「まぁ、ゲームをする上では頑丈だから都合がいいが……どんなケースでのケースを想定しているんだい?」
 彼女から冷たい眼差しを向けられた。
 昨今の冷夏のせいか?
「さすがの貴方も、このケースの集まりを花と見るでしょう? せっかくだから香りもね」
「香気を足したいということか」
「調理家電を買いたいって言ったのも、香りを嗜むのが目的で探しているのよ」
「ケースに関しては一旦、作った本人と話してみないとな」
「いい香りが嗅げるようなら後日、私にも譲ってもらえるよう交渉してみて」
「ちゃっかりしてるね」

  ※ ※ ※

 今ではショーケースは観賞から鑑賞へと変わった。
 これまで生まれた音楽に関する人形は、よく野外ライブを開催したとの噂に出る面々だった。
 それだけではない。
 花に群がろうとする人形たちも、崩壊と再形成を繰り返す中で散見できた。
「僕のお店はショーケース売り場ではないんだがね」
「まぁまぁ。いいじゃんいいじゃん。気にしない気にしない。ね? 霖之助さん」
「文句を垂れているわけではないさ。役得で音を嗜んでいる身だからね。ただ、想像以上に群がられているからという理由だ」
「香霖堂にあるまじき姿ぁ」
「心外だな、菫子君は」
「こっちも心外といえば心外だよ。ここに買いものに来る人、大抵マスク姿だし」
「仕方ないんだ。それが今の世間だから。外の世界までは知らないがね。君はそんな中で暮らす僕の言葉を知りたかったんだろう?」
「おぉ、完成化したノート♪ じっくり読ませてもらうねぇ♪」
 大袈裟だ。
 僕にとって落書きでしかない。
 しかしながら、それが彼女の求めるものかもしれないな。
 彼女は僕から見ても、おそらくは外の世界でも変わっている人間だから。それは過去であっても未来であっても変わらない。
「ちなみに君が読み終えるころには次のノートが埋まっているはずだ」
「ありがと! とりあえずAI『森近霖之助ボット・コスモバース』を作るぞい♪」
「色々と渋滞していないかい? 考え直してみよう」
「大丈夫。頭の中、蓮の花でいっぱいだよ。脳内お花畑~♪」

  ↓ ここから追加 ↓

 僕のお店には複数のショーケースが残されている。
 その中から漏れ出る音楽は、冬の昼の乾いた空気によって少し掠れてか細い。
 今も尚、ショーケースの中で繰り返される破壊と創造は誰にも記録されないまま霧散していた。
 観察日記を求めていた当人が姿を見せなくなって久しいのだから、もはや僕は綴っていないのだ。

 いずれにしても、本来綴っている日記をどうするかについては時々ショーケースの中で生成される、自分に似た人形の様子でも参考にしてみようじゃないか。

  ※ ※ ※

 季節が変わった。
 夏から秋、秋から冬に変わったなど取り立てていうほどのことでもないが、僕のお店より代わり映えはある。
 嗜む程度にしか食事をとらない僕からすれば、季節は積極的に触れなければ疎くなるものだ。
 季節は早い。
 足の早いのは書き留めておかなければ、いずれは幻想郷の歴史と同様に忘れ去さられていく。例え言葉や文字に神聖な意味が込められていても媒体であれ言葉であれ、いずれは朽ちるというものだ。
 であるからして、基本的に周りは早くて騒がしい。
 最近、土地の所有権が放棄させられたとの話は耳にした。
 僕のお店、香霖堂も例外ではない。
 すんなりと所有権が返らなかったケースもあるとのことだ。
 それに伴って土地の境界が曖昧になり、抗争や口論の火種となったそうだ。
 自然に沿った境界が多くなったり同じ言葉遣いの者同士が集まったりと、結果的には少し昔に巻き戻っただけとも捉えられる。
 ともあれ、香霖堂の所有権については、そのまま僕に返ってきた。
 ついでの話。
 今日もまた菫子君が賑やかに見える。
 ただ、そこで騒がしいと認識しなかったのは彼女が数ヶ月間ほど天国に行っていた、との話題を振ってきたからかな。
 もしくは、僕が相手にしているのは別人か?

「そもそも菫子君は天国に入れてもらえたのかい?」
「はいれたような? はいれてなかったような?」
「どちらかハッキリしないな。差し当たって歓迎はされていなかったのだろうな」
「会話の糸口ってヤツだね、霖之助さん。迷宮たる事件の入り口~」
「変な入り口に立たされた気分だ」
「一気に事件解決♪ あ、ここでは異変?」
「どちらにしろ迷宮入りじゃないか?」
「ごり押しで解決!」
「こじれるか支離滅裂になるかのオチだな」
「解決~っ!」
 まだ彼女は脳内お花畑なのだろうか。
 いつも通りだと割り切ってしまってもいいが……。
「では、仮に天国に関する異変があるとしたら君の役割は何になる?」
「蜂蜜の飴玉を持ち歩く駒だね。最近はマヌカ蜂蜜? 古事記にも、そう書かれてる」
「最近とは……古事記は昔の書物だぞ。何か別のものが混ざってないか」
「混ざってる? 交ってる? ウェブ百科事典のパロディくらいには不純物多めかも」
「……はぁ。ある意味でアカシックレコードだと思える」
「あ、霖之助さんがボケた! おもろ」
 調子を合わせたつもりであって、ボケたつもりは微塵もない。
 とりあえず、彼女自身を駒だと位置づけた背景をなんと捉えればいいのか?
 駒に馬、小さきもの……あまり深く考えると、それこそ迷宮入りしそうだ。
「それで、天国に行ったという土産話は終わりかい? もう少し感想が欲しいな」
「盛ってみる? AI使って?」
「話が脱線しないよう手心は加えてくれ給え。のちのち読み返すのが困難になる」
「ぇぇえ? もう昔の日記は読むの、困難じゃない?」
「昔の日記か。自分で読む分には心配無用だが」
「誰かに読ませる? ……え? 何かドキドキする!」
 何を想定されているんだ?
 日記の始め頃は配慮しなくてよかったのだが。
 こういった話は源氏物語や上代日本語などを想定したものではないのだ。
 いっそのこと全ての日記に対し、置き換えを試みるかな。
 骨の折れる話だな、まったく。
「一旦は君の感受性が高いものと捉えておこう」
「天国に行ってから高くなったかも? 死を夢に見てたんだよね。将来の夢に死を!」
「そうか。話の掴みどころがないな」
「ホント! ショーケースに私を残して正解っつって!」
 ショーケースに?
 カウンターのショーケースをひとつ手に取ってみたが、以前と変わらずに観賞用だ。
 名前も用途も……僕の眼で幾度となく確認しても、ないに等しい。
 この掴みどころの無さは宇佐見菫子を、もといドッペルゲンガーを指し示す?
 何か細工が施されたのなら誰かに指摘されていたはずだ。
 特に巫女が察していただろう。
 いや、さっきから彼女から向けられる視線が気になる。それにくわえて、また僕の心を覗いてきて……念話か? 少し違う。まるで他人の考えが流れてくるかのようだ。
「今までの君はショーケースや絵馬を保険として配っていた?」
「いやぁ、霖之助さんは突拍子もなく正解を引き出すねぇ。私の影響があるかもだけど」
「そのせいで君の考えが薄っすら判る。僕が君のドッペルゲンガーかのように」
「真顔で面白いこと言われても。センシティブ! そういう説もある?」
「正確には君がテレパシーで僕の思考に触れると影響を受ける」
「深淵をうんちゃらかんちゃらって、あれぇ? まじ?」
 そもそも無断でテレパシーを使ってくるところからツッコミどころだが、この際は不問だ。
 そして、口では菫子君は僕の言及を避けようとしているが、嫌がるのであれば手癖の悪さから省みてほしい。
「鏡で自分を認識できるかの問題だね」
「思考への返事は遠慮してくれ」
「ドッペルゲンガーとして数々の神仏を覚えながら無色界まで達するために、仏教でいう色を取り去って精神体になってね? 帰還する方法にはショーケースや絵馬を用意して、根本的には所有権喪失が私の持ってる人格にまで及んできて……天国に行った理由は興味本位で、結果的には天国に入れてもらえた」
「急にどうしたと言いたい」
「ツッコミ入った! ドキドキ!」
「興味本位で巻き込まれた茨木さんが気の毒だ」
「え? 華扇ちゃんとは取引相手だから心配ないって」
「知らなかったのは僕だけか? 意地が悪い」
「ごめん、ごめん。正直、ふんわり頭の片隅で、帰りたいなーって思ったときの保険に留めてたしね」
「まぁ、悪さをしていなければいいさ」
「もしかして巷が騒がしくて霖之助さんもピリピリしちゃってる? そんなときはゲームしよー!」
「待ち給え。揉めたことを知っていたのかい?」
「華扇ちゃんから聞きかじった程度だし、詳しくは知らないかも?」
「聞く限りでは取り越し苦労か」
「ポジティブがいいよねぇ。うんうん。はい! これで人狼ライクゲームしよう!」
「唐突だな……ショーケースで人狼ゲームを? ……ライク?」

  ※ ※ ※

 僕の手元へと五つのショーケースが配られた。
 いつも通り菫子君がカウンターの上で遊び始めたようだ。
「ところで、ショーケースや絵馬を保険だと言っていたが、具体的に教えてくれないかい?」
「ううんと。基本的にはショーケースや絵馬の材料に、私のフラグメントを混ぜたっていうね。バレンタインのプレゼントでチョコの中に、自分の血を混ぜたりなんじゃったり、みたいな話。それが帰るときの目印になるといいなーって絵馬で願ってみた」
「毎度、余分なところでの注力が過ぎる」
「やっぱり保険は多いほうがいいし? ってなわけで、五つのショーケースの中からニセモノを当てるゲーム、始まり始まり~」
「ゲームも保険に含むのかい?」
「お願い! 遊んでー?」
「まず営業中なのを忘れなければいい。遊んであげよう」
「ありがと。感謝、感謝。蜂蜜の飴玉、十個あげる」
「食べ物を扱う手つきではないな」
「もちろん食べられませーん。ゲームに使うの」
 どんな場面で使うんだか。
 蜂蜜も飴も昔からある物だ。
 昔は蜂が蝿だったり飴が阿米だったりで、思えば言葉というのは変わっていくものだな。
「扱い的にジェムストーン? 触媒? ソシャゲでいう課金して貯めるようなもんだよ」
「ん……? また心を覗きに来たな? わざとだろう」
「説明を省けるかも? ってことで私の心を見せびらかしてみた」
「僕としては耳で聞いたほうが判りやすい」
「標準語さまさま~」
「それは通貨と同じで、幻想郷では外の世界ほど統一されてないと思うよ」
 なんにしても、心を覗かれると同時に僕からも覗けられるのは、なんとも形が左右対称のように思える。
 やはり飽くまでもドッペルゲンガーに帰結しているのだろう。
「難しいこと考えてる?」
「再度申し上げるが営業中だ。今からでも上客として振る舞っていただいてもいいのだが?」
「オーノー、ゲーム続けまーふ」
「まぁ、いいさ。客としての君に夢を見るのも良い」
「お客様は神様です、っつって」
「実際に神仏に姿を変えてみた……か? 天国で本物を見てきたのは間違いなさそうだな」
 彼女の次々に変身する光景は回り回って滑稽だ。
 くわえて、無駄に眩しい。
「それでは、霖之助さん。手持ちの飴玉を、いずれかのショーケースの手前に振り分けてみて?」
「飴玉を多く振り分けるほど、そのショーケースにまつわるストーリーが紐解けるのだろう? なぜか判る。見せびらかされたからね。ついで、得たストーリーを基に仲間外れのショーケースを引き当てる。そういう流れだ」
「うんうん。当てまくってカードをいっぱいゲット!」
「またカードか」
「私も一度、宇佐見菫子の人格を手放す羽目になったから、ネガティブな印象を持つのはオナジオナジ~」
「そのようなものなのかい」
 とにかく四も五も要らずに飴玉を置いていこう。
 対象の五つのショーケースには、それぞれに違う本が入れてあるようだ。
 差し当たって見た目からでは文字が小さすぎて読めたものではない。
「左から一、五、一、三、零かな」
「おー。比較ができるっていいよね。では、まず左からひとつを、だね? ……価値のない命を助ける話。とある商船が貿易のために通航していると嵐に遭遇し、岸壁に衝突して難破してしまいました。そこへ近くを通る大型船が救いの手を差し伸べました。しかし、薄汚い少年ただ一人が救えただけだったので、助けた人は目的の密輸品が見つけられなくて残念がっていました」
「それで最初の一か。まぁ、次をよろしく」
「うんうん、次は五! すれ違いでの話。とある観光客が宿泊施設で注意喚起を受けました。近くの山中にある谷には、通行人を襲う恐ろしいほどに大きい怪物がいるから気をつけなさいと。しかし、観光客は渋い表情で例え話を持ち出してきたのです。注意喚起に対する返事で……こういう話がある。ある日の夜道を歩く者が見上げるほど大きな骸骨を見たと。とても恐ろしいので逃げ出したくなったのだが、勇気をもって話しかけてみると、その骸骨は弱々しく食べ物を要求してきた。言われるがままにお握りを差し出すと骸骨は身の上話を語り、とある怪物についても語り出したそうだ」
「随分と話が続くようだね」
「話自体は短いよ。入れ子状態だから」
「なるほど。であれば、最初のは一話分という意味か」
「そっそー。一話、五話、一話、三話、なし。きっと気軽にニセモノが分かるよ? イージーイージー」
「あらかじめ元の話を知っていないと判らなさそうだが……」
「深く考えない。続けるね? かの話はひとりの大学生が寂しさから作り出した怪物の物語。大学生の母親が病死したことが切っ掛けで悲劇が始まる。元々は怪物を作るつもりはなくて生命を作るつもりだった。しかし、現実はバラバラの遺体の寄せ集め、どうしようにも奇跡は訪れなかった。生まれてしまった怪物は命の限り、湧き上がる憎しみを大学生と、その周りに対してぶつけていった。そうして、怪物は独り言ち……どんな生い立ちだろうと忌み嫌われれば闇へと堕ちる。如何に双子だったとしても闇が光を殺すんだ。殺し合いは必然だ。それらが王族だろうと庶民だろうと変わらない」
「最初と比べると、なんとも破滅的な流れだね」
「確かに! まぁ、すれ違いってそんなもんだし?」
「すると、ふたつ目の五話目もすれ違いの話が来るんだろうな」
「正解。続きは……光と闇が殺し合う話に思いを馳せながら消えた怪物の話を、刻々と語った人を喰う骸骨の話を、宿泊施設で語った観光客が大きな怪物を葬るに至った。通行人を襲うなどと怖がられていた怪物は亡くなったあと夢枕に立ち、私は猟師だったと嘆く。鴉も亀も、鹿も鼠も葬った。他方からすれば敵役でしかなかったんだとも続けた」
 ゲームの趣旨は仲間外れを当てることだ。
 まだ早合点の段階で、どうとでも分類できる範囲だな。
「うんうん。価値のない命を助ける話に、すれ違いでの話と来て、その次は解脱する話」
「続けてくれ給え」
「あるところに結界によって分離された空間がありました。その結界越しに、分離された別の空間に興味を持った女の子が、結界を飛び越えようと試みます。ただ、試してみたはいいものの結界は壊れ、分離された空間は繋がってしまったのです。結果的には飛び越えられたものの、女の子は燻っています。そして、別の空間に狙いを定めた途端、また飛び込んでいったのです。それが今度は女の子の、死に繋がろうともお構いなしでした」
「聞く限り君の自己紹介かと思えるが……」
「が? がぁがぁ」
「微妙に違うじゃないか。三番目がニセモノだ」
「ゴールは仲間外れを見つけることだから、そこからニセモノが多数か少数か、ってね」
「ちなみに、少数の数は決まっているのかい?」
「んー、不明だと難しくなるから少数は一固定でいいかな」
「了解だ」
 しかしながら、部分的に違うからニセモノとなると、前後の真偽についての判断は簡単なものか?
 ん……?
 何やら五つのショーケースの内の、ひとつを手に取らされた。
 これは一番目の物語に相当するのか? 用途はニセモノと示す。
「菫子君、ゲーム性を覆してしまってないかい?」
「どうかな? っつって」
「さては、きちんとゲームとして成立させてないだろう?」
「それ、ゲームを始める前に見たショーケースからは考えられなかったこと?」
「言われてみれば、そうだ。いや……どうして僕の能力を加味した言及に至っているんだい?」
「もしかしたら霖之助さんの能力に、変化の兆しが出たのかなーって思って」
 普通に考えればショーケースをすり替えられたというのが結論だろう。
 能力が変化するなど可能性の低いことだ。
「補足すると他のを見てホンモノが分かっても、それが仲間外れを表す訳じゃないから」
「では、他のも見てもルール上の問題はないと?」
「問題ない、ない。どうぞどうぞ」
「そうか。差し当たって二番目と五番目もニセモノでホンモノは四番目になる」
「今の段階で仲間外れを当ててもいいよ?」
「まさかホンモノが仲間外れなどと……随分とニコニコしているね? 余裕かい?」
「当たり! 霖之助さんの勝ちでーす!」
「それでいいのか」
「ちょっとした解説を加えるなら、たびたび内容が入れ替えられるツギハギだらけの聖典、五つのタントラをお題に使ったんだ」
「内容の行き当たりばったり感が君らしくあるな」
「いやぁ照れちゃう」
「褒めてないぞ」
 呆れたものだと一時の感情に流されそうになるものの、あまり躍起になっても仕方ない。
 兎にも角にも今は営業中なのだから。
「勝者にはカードが配られます。どうぞ!」
「それはどうも。ちなみに、カードはゲームに関わってくるのかい?」
「関わるかも? 関わらないかも?」
「どちらなんだい」
「読んでみたら分かるかも」
「君がハッキリしないときは大体、狙いを定めている時だ。どれ、読むだけなら吝かではない」
「どう読んでるか覗いてみよ~」
「おい。心を読んでくるんじゃない……刷られている内容は、さきほどのゲーム内容に相当するのか?」
「ショーケースから生成されたカードだよ」
「それでは、今後のゲームに関わるんだね?」
「ない。残念ながら関わりませーん」
「残念なのは色々な意味でだな」
「ふっふっふ。次は、どうかな?」
「同じことを繰り返すが、先程と同じならゲームとして成り立たないぞ?」
「お? それじゃあ、次の五つを見て?」
「どういうことなんだ」
 両方の手のひらを、カウンターの上に出すよう促された。
 五つのショーケースが渡される。
 中に入っている物の形状は、歌っている人型の機械ではあるが、音は一切聞こえない。
 用途については全てが共通して蓄音機と見受けられ、仲間外れがないようだ。
「違う意味でゲームが成立しなくなったと思えるが?」
「今度は日記に書くと正解が、ってね」
「炙り出しみたいな発想だな。まぁ、すぐに観察日記を取り出せるからいいが」
「準備バッチリ! んでは、どれかに番号を振って、それが音を奏でるって書いてみよ」
「ん? 要するに、ありもしないことを綴る?」
「やってみよ!」
 断る理由はない。
 音を聞き取れるかどうか、詰まらずに書けるかどうかが問題だろう。
 とりあえずは四番目のショーケースに四番の番号を振り、その中にある人型機械が音を奏でると綴った。
 すると、その通りに人型機械が奏で始めた。
 どういった原理かは不明だが、ひとまずは聞き書きを終えてから考察を深めればいいだろう。
「働かない人間のためよりも~♪ 自助が良くてロボットのために立ち上がれ~♪ 人間どもを~やっつけろ♪」
「君なら判っているとは思うが、ショーケースからの音が聞こえづらいんだ」
「同じ内容じゃなくても問題ない~」
「まさか大体で書くほど正解に近づく?」
「見破られた?」
「もはやゲームルールが穴だらけとも受け取れる……なんとはなしに補完しておこう」
「霖之助さんがルールだぁっつって」
「まぁ、読み上げよう。人間のために働くロボットたちが動かない人間を死んだものと認識し、次々と葬っていった」
「完璧! パーフェクト。次は三番? 一番? 五番?」
「心なしか二番といいたいところだが、次は五番でその次に一番、続けて二番に三番だな」
「終わりが先なんだ」
「ロボットといえば後々に一から三が来る作品があっただろう?」
「確かに。しかもウォーカーつながり」
「何とのつながりなんだい」
「行者とかダブルウォーカーとか? 所詮はロボットも儚くて~♪ 独り残った人間(オリジナル)に~♪ 未来託されディストピア~♪」
「僕が書く必要があるか?」
「あるある。名前は何がいいかなぁ、パパ」
「誰がパパだ……ああ、そうか。仲間外れは三番だと書こう」
「正解っ!」
「あ、待ってくれ。正解は五番だった」
「うん、正解!」
「違うかもしれない。四番と訂正しよう」
「正解! 大正解! カードあげるから次に移行しよ」
「……まったくもって何をしたいのやら」
 尚もゲームを進めたいのか、彼女は淡々とショーケースを入れ替えてきた。
 前回を倣うのであれば、半ば押しつけられる形で渡されたカードの内容は予想できる上、この段階でも正解を当てることが可能と考えられる。
「今回の仲間外れゲームは、ぶっちゃけるならロシアンルーレットライク」
「ショーケースに入っているのは銃ではなく、ガラスのコップだな」
「駄菓子にも採用されてるコンセプトだよ」
「それで、五つのコップの内、どれを選べばいいかを考えるのかい?」
「だね。さすが霖之助さん。ちなみに、それぞれのコップに注ぐベースとなるのは水銀ね?」
「うん……うん? いよいよ様子が可笑しいな」
 外の世界では、水銀は飲料水として用いられているのか?
 そうでないなら、このロシアンルーレットはシリンダーに全弾が装填されている状態といえるだろうな。
 かの公害を揶揄するつもりなら……判らない。
「大丈夫、大丈夫。実際に飲むわけじゃないから」
「それはそうだ」
「飲めたら飲む? 超絶すごい効果があるかも! 古代インドの錬☆金☆術、ってね」
「夢があっていいね」
「ああ! 呆れてる? それより、書いて書いて!」
「はいはい、その通りにしてあげようじゃないか」
 ――チリンチリン。
「おっと、来客だ。ゲームは終わりだよ、菫子君」
「あらら。残念! カード渡しておくね?」

  ※ ※ ※

 ショーケース内に発生する音声を、展開を淡々と日記に綴った。
 改めて読み返してみると各所に無理のある流れが確認できる。
 けれども、それは懸念材料ではない。
 特に懸念すべきなのは、日記の上では懸け離れた内容を綴り、ついうっかり観察日記に手をつけたことだ。

 ――チリンチリン。
 区切りの良いところで来客の知らせが訪れた。
 いつも通りの冷やかしに来た客ではなさそうだ。
「ふと久しく姿を見せない菫子君を一目、見たくてね。茨木さんも見るかい?」
「ショーケースを観察しながら日記を? あの子、上手く天界から脱して幻想郷まで戻れたのかしら?」
「……菫子君が天国、つまりは天界に行ったことを君は知っていた?」
「あら? 貴方も事前に聞かされていた?」
「いや、飽くまでも僕の話はショーケースの中で作り出されたものだが」
「貴方は作り話ね? 私は事実として知っているわ」
 頭の中が真っ白になった。
 しかし、何も驚く必要はない。
 もとより事実を掻い摘めばいいのだ。
「日記を綴る手掛かりにでもと思って、ショーケースを眺める習慣を作っていたのさ」
「その話も聞いた。それで、あの子が戻ってくる場面は目撃したの?」
「見掛けたり見掛けなかったりだな」
「どっちつかずが現状ね」
「逆に問わせてもらうが、ショーケースの中の菫子君が戻ってくることに重要性はあるのかい?」
「それも、かしら。中の子ではなくて実際にいるほうが戻ってなかったら、戻ってきたことを日記に綴ってもらってきてほしいと頼まれたのよ」
 戻ってこられなかったら助けてほしい、ではないのか。
 まぁ、好き好んで天国から抜け出そうと考える者は、そうそういないだろう。
 ましてや僕が日記を綴ることで彼女を助けられる、などと普通は考えない。
 いつも通りの不思議な子だ。
「怪訝そうね。まぁ、あの子に関することだし?」
「色々と無理があるからな」
「そういうことは私も思うんだけど、もしかして綴ってはくれない?」
「やらないではないさ」
 言われるがままに綴ってみた。
 日記と称するには捏造が過ぎるが、少しくらいなら構わないだろう。
「ありがとう。襤褸か刺し子? どちらにしてもお似合い」
「菫子君を想う心に情緒もへったくれもないからな」
「あら厳しい。ところで、もうひとつ頼まれてくれないかしら?」
「口にするだけなら、いくらでもどうぞ」
「そうね。この幻想郷こそ天界であると綴ってくれない?」
「君にしては随分と戯れたものだな」
「いいでしょう? 意地になってまで潜り込みたいとは思えないし。あの子が行けるような場所には興味がなくなったというか……そうねぇ?」
「大概に君も辛辣だろう」
 会話がてら、日記に落書きをした。
 なぜかショーケース内でも同じことをした自身の姿が印象強く脳裏をよぎる。
「私の要望も汲んでくれたのね」
「お安い御用だ」
「お礼に今季の美味しいものと……そう、あの子の土産話がいいかしら」
「ただいまぁー!」
 けたたましい呼び鈴が鳴り出した。
 割って入ってきた声の持ち主については姿を確認してから判った。
 ここ数ヶ月、姿を見せなかった宇佐見菫子に他ならない……?
 いや、ドッペルゲンガーか。
 今と同じような場面をショーケースで見たのだから確信できる、のか?
 断言しようがない。
「おかえりなさい。貴方の言う通り、日記に綴ったから戻ってこられたと認識してもよろしい?」
「その通り! 正確には長期にわたるサブリミナル効果からだけど、無理が通って超能力も通るってね」
 まだトリックだったり偶然の重ね合わせとも捉えられたりするが……一杯食わされたのか。
 なるほど。
 僕の認識に超能力が入り込む隙間を作らされたらしい。
「よくもまぁ仕込んだものだ。しかも君の単独行動ではないときた」
「えー? いいでしょ? 霖之助さん、日記に綴ったことが本当になる能力、つまりは上書きできる能力を獲得できたんだから許して?」
「いつの日か読んだ、いらないお土産ランキングというのを思い出すなぁ」
「とほほ。まさか私がギフテッドを渡す側になるなんて……ってね☆」
「それで? 天国に行ってきた土産話をするのだろう?」
「うむ。忘れないうちに話そう!」
「待って? 貴方には先に頼んだことの成否を教えてもらうわ」
「クリアだよ。バッチリ。ちゃんと天国で華扇ちゃんになった」
「ふふっ……ふふふ。愉悦、愉悦よ。まぁ、だからなんだと……ふふ」
「その流れは初耳……いや、僕はショーケースでの流れが軸にあるから初見だ」
「あ、見たんだ。霖之助さんも好きだね?」
「戯れがすぎる。観察日記の癖が残っているんだ。悪い癖だ。早速、日記になかったことと綴ってしまおうかな」

  ※ ※ ※

 僕のお店にゆったりとした春の時間が流れる。
 各地の騒動については巫女が土地を鎮めることで収拾がついたらしい。
 地鎮には猿田彦命が主立つものだが、僕が口を挟むようなことではない。
 それから、宇佐見菫子の件については、またどちらも顔を出すようになった。
 外の世界の宇佐見菫子は睡眠時間を元に戻したなどと言っていたが、ドッペルゲンガー側が天国から帰還したことが要因なのだろう。
 単純に彼女が幻想郷に来るための器が、どこか遠くへと行っただけの話だった。
 ついで、茨華仙に至っては仮初でも天界に居座ったという事実が欲しかっただけらしい。
 今のところ、あれやこれやで差し迫るような問題はない。
 故に時の流れが遅くなったと思い耽る。
 もしくは、単純に春の訪れに至ったからなのだろうか。
 差し当たり、いつも通りになったのなら、いつも通り日記を綴るとしよう。

 何はともあれ、いつも通りとするには少し違った趣を差し込む予定だ。
 以前に綴った日記を引っ張り出し、読みながら今日を綴ってみる。
 主に引用する形として日付などの区切りを目安とし、その中から選択する。
 自己完結の温故知新という感じで滑稽だが、翻って人間の寿命という観点を加味するのであれば話が変わる。
 つぎに、今まで観察してきたショーケースを振り返った上での考えがある。
 僕が綴ってきた日記が現実の幻想郷にまで影響するのなら、もっと自分の思い通りに綴ってしまう道もあるのだと。
 勝者でも敗者でもない僕が思った通りの幻想郷を綴っていく。
 いや、あのゲームの勝者であるからして、ある意味で勝者ではあったか?
 ……さすがに日記とは呼称できない。
 道具を歪めるというのは避けたいものだ。
 ありのままでいい。

 この話は霧雨魔法店を離れたことにも繋がってくる。
 大仰に捉えるなら産業革命に対する見解では、僕にはポジティブな持論があるし、仮に博麗大結界のない流れが日常だったとしても独りで正確に綴っていただろう。
 ロマン、もとい幻想は食事と同じで嗜む程度でいいのだ。
 ただ、仮の話ではあるが、この僕がショーケースの中で生成されたものならば、その限りではないのかもしれない。
ポッケ~。

機械仕掛けの神レトコンちゃん!
れにう
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