「お、おおお……」
「なにイきそうな声出してんの?」
「ちがうわっ!」
「お二人とも、こっちは久しぶりですか?」
天と地と人と。不純物で濁った空はコンクリートの森で四角く区切られ、アスファルトで固められた地面は息吹を封じ込めた無機質。人は生気を欠いた無表情でのそのそと歩き回っている。
……というわけでもなかった。
抜ける空は流石に濁り一点もなしとは行かないが、燦然と煌く陽光を眩しく降り注がせている。アスファルトに覆われていると思われた地面は、なかなかどうして青々としている。芝生が勿論人の歩くべきところは固く舗装されているが、そうでないところには芝生と木々が茂っていた。行きかう人の表情も豊かで、いつぞやに見かけた月の住人に比べれば、確かに生き生きと短い生を謳歌しているように見える。
「久しぶり、だねえ。あーあ、私のウリだった鉄なんか、もう消耗品だ」
「おおおお」
「八坂様はさっきから何を呻いているんですか」
浅い紺色のセーラー服に包まれた早苗は、その反対側でデニム地のオーバーオールと麦藁帽子でまったく子供の格好の諏訪子とで挟んで、真ん中でわなわな震える神奈子を見、不服そうな声を上げた。当の本人はざっくりした白い木綿のブラウスに、飾り気のないジーンズ。見た目に歳がばらばらの三人は、顕世の大型公園のど真ん中に突っ立っている。
早苗には久しぶり程度のものだが、同じ久しぶりでも神奈子はその数十倍の時間が流れており、もっと言うのなれば諏訪子は神奈子に隠匿されていたのだからもっと長い時間を経ての再来だった。神奈子はといえば、諏訪子の適応っぷりがこそ信じられないようだ。
「かなちゃは驚きすぎだよう?そんなだったら、かなちゃと早苗に起こされたときの私はショック死してたね」
「違いないですね」
「だ、だだだだってだな、おい、異人がいるぞ。しかも親しげに話して……あたたっ!?」
道行く異国籍カップルをあからさまに指差す神奈子は早苗から頬をつねられて、諏訪子からつま先を踏んづけられる。
「無粋。」
「そう言うの恥ずかしいからやめてくれません……?」
両サイドからジト目で睨まれる神奈子。
「あ、ああ、気を付ける……」
といいながら、あまりの現代の変貌振りに目がぐるぐるしていた。
早苗が公園の一角に、小さな建物を認めてそれを指差す。
「あ、甘味処!」
「かんみ?」
「スイーツですよスイーツ!」
「何だそれは?」
行けばわかりますって。という早苗に引っ張られる二人。
「私、お二人と甘いものを食べるのが夢だったんです」
「甘いもの。おはぎや羊羹ならよく食べているじゃないか」
「もうっ、そう言うんじゃないんですよ。同じものを食べても、お店で食べるのがいいんです。お酒だって、外で飲むほうがおいしいじゃないですか。」
「まあ、そうだが」
「まあま、こっちじゃ早苗の方が先輩だい。素直に従っとこうよ」
妙に順応性が高い諏訪子と早苗に引っ張られて、「つみんあ」と書かれた暖簾をめくって戸を引く。
迎えたのは早苗と歳のころあいが同じと見える店員。いらっしゃいませ、と気のあるんだかないんだかわからない声で三人を席へ導いた。
「はい、八坂様。何になさいます?」
早苗が渡したものを、神奈子は何なのか把握できていない。それは諏訪子もだった。
「あ、これ、めにゅ……品書きです。この中から食べたいものを選ぶんですよ」
「へえ。これは……天狗の複写機から出てくるやつより凄いのだな。こんなに大きいし、なんか頑丈だな。」
ラミネートされた写真付きのメニューを、べこべこと押し曲げながら上から下から覗き込む神奈子。諏訪子もその腕の中から顔を出して、すごいねーすごいねーおいしそーだねー、ってはしゃいでいる。
「私、あんみつにします。やっぱ日本人ならあんみつですよねー。羊羹か大福も捨てがたいですけど。お二人はどうなさるんです?」
早苗が問うと、神奈子は食い入るようにメニューを覗き込み、その横から諏訪子が品定めの目をきょろきょろと動かしている。
「わ、わたしは……」
何かもごもごと口で転がしている神奈子と、それを見て、にたぁと、変な顔で笑っている諏訪子。
「じゃあ、私とかなちゃは、あんみつと、フルーツパフェ」
「フルーツパフェ……諏訪子様、やっぱり子供っぽいですねえ、うふふ。でも可愛いから有りです。」
諏訪子は早苗と遣り取りをしながら終始ニコニコと笑っている。余程フルーツパフェの得体の知れなさに興味を引かれているようだ。
早苗が先程のやる気があるんだかないんだかわからない店員を呼んで、あんみつ二つとフルーツパフェ一つを注文する。丁寧だがどことなく気のない声で注文を反復してから、店員は去って行った。
「ま、本当なら、ニホンジンナラアンミツダヨネって言いたいところだけどねー。早苗が前に話してくれた「ぱへ」ってヤツが気になっちゃってるらしくて」
「諏訪子様ならおっけー、って感じ、します」
やがて運ばれてくるスイーツ。
「あんみつのお客様」
「はいっ」
早苗がそれを受け取って目をキラキラさせる。
「はいー」
「えっ?」
もう一つのあんみつに返事をしたのは、諏訪子だった。
「あんみつー。やっぱ日本人なら、あんこでしょー」
「えっ、あれ?」
予想外のシチュエーションに早苗が声を上げると同時に、店員。
「フルーツパフェのお客様」
二人どころか店員の視線までもが神奈子へ向いている。とうの神奈子はというと、顔を真っ赤にして俯きながら、右手だけを小さく上げて、消え入るような声で「ハィ」と呟いた。
「以上でご注文のお品はおそろいですね?」
「うん」
答えたのは諏訪子で、それを聞いて店員は去っていった。
早苗は口をぱくぱくさせて、神奈子は俯いたまま。
「さっ、たべよーよっ」
諏訪子がれんげを持っていただきますを言うと同時に、その火蓋は切って落とされた。
「ちょっと、なんで八坂様、パフェなんですか!?日本人としてどうなんですか!っていうかもう少しイメージってモノを大事にしてください!!どう考えても、逆ですよね!?ねえ、諏訪子様、逆ですよね!?」
「わらひはあんみちゅしゅきらから、んぐんぐ、ぎゃくじゃこまるけろね」
「八坂様!?」
「だ、だって……」
「だってもロッテもないですよ!まー、田舎者丸出しで古風を前面に出してると思えば、なんで洋菓子!紅魔館にでも行きますか!?」
「そ、そこまで言うことないだろうっ、た、食べたかったんだから」
「ああもう!これじゃ洩矢神社の先が思いやられますね!あの!八坂神奈子が!パフェ!パフェ!!パフェ!!!どぉいうことですか!?」
「きゃはははは、かなちゃ、酷い言われ様wwwwうけるwwwwははは、早苗には敵わないねえ、ゲラゲラwwwwww」
早苗から容赦ない言葉を浴びせられるが何一つ言い返さない神奈子。言い返せないらしい。それどころかその視線は生クリームの盛り付けから離れることはなく、悲しいやら食べたいやらでやきもきしているその姿を、見て笑っているのは諏訪子だった。
「かなちゃ、いやあ、夢にまで見ていたもんねえ。早苗から聞かされてから、暫くその話で持ちきりだったんだよ。パフェってさーパフェってさーって、目ぇキラキラさせて言うの」
「だ、だってぇ……」
皆からいいだけ言われて、すっかり涙目の神奈子。食べたくて仕方のないフルーツパフェに手を付けられずにいる。
「かなちゃ、食べないならもーらい」
「えっ!」
ひょい、と神奈子が手を付けていないパフェをかっさらって、諏訪子がスプーンをざくりと差し込んだ。生クリームの塊を口に放り込んで、追いかけるようにイチゴをほおばる。
「んー、これは新しい甘さ!おいしいね!」
諏訪子が軽々とパフェを口に運び、カップからその姿が減っていくにつれて神奈子の顔が見る見る崩れて泣き顔へ変っていく。
「えっ!ええっ……私の……うっ、ううっ」
もはや何も言う気力もないように、ほろほろ泣き出す神奈子。
「ぱふぇぇ、ぱぁふぇぇぇ……」
「泣くほどのことですか!全く」
「このチョコってやつおいしーなー」
誰も何も噛み合っていないテーブルで、一人は美味に舌鼓を打ち、一人は怒鳴り散らして、一人は泣いている。
洩矢神社の三人は、今日も平和だった。
◆
「紫様。これ、どうするんですか」
「……」
「どうするんですか!?」
「べ、別に余しても、隙間に送っちゃえば……」
「そんな勿体無いことしていいと思ってるんですか!?橙の前で!!」
「だって、食べきれない……」
「だから無理だって言ったんです。食べ終わるまで帰りませんからね!」
その対角線上の席で、似たようなちぐはぐな三人が、超巨大パフェを頼んで撃沈していた。
そして紫様が子供がよくやるあれをやっているwww
いいほのぼのですね!
あと誤字でしょうか、洋館か大福、じゃなく羊羹か大福?
あまり好みの話じゃなかったです。