Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それほど甘美でもない世界

2022/07/07 06:28:36
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「はいチェ……、王手」

 パチュリー・ノーレッジは図書館で将棋を指していた。

「はい、じゃあ投了です」
「あっさり諦めるじゃない」
「この先勝てる筋が見えなかったので」
「チェスならもっと粘るのにねぇ」
「あれは負けなければ勝ちですから」
「正しくは、引き分けだけどね」

 相手をしていた小悪魔は駒を片付けながら飲み物も下げていく。

「人間、負けたら負けらしいですよ」
「それは引き分けについて何も言っていない」
「負けてないのですから負けではないです。将棋ではなく、久しぶりにチェスでもいかがですか?」
「あなた基本的にステイルメイト狙ってくるじゃない。接待チェスほどつまらないものはない」
「パチュリー様こそ、将棋で歩を取ると二歩でゲームを終わらせるじゃないですか」
「終わらせられるならやるでしょう。基本的に世の中はRTAなのだから」
 
 でも、アリスさんと指すときは長引かせますよね、とは言わなかった。

「すぐ終わらせるように打つことも終わらないように指すことも、指し手にかかっているのがボードゲームの良さよね」
「千日手を楽しんで指すのはちょっと」
「指し続けたら何か変わるかもしれないでしょう」
「変わったら千日手じゃないんですよね……」

 一通り片付け終わると、小悪魔は本来の仕事に戻るためにワゴンを押し始める。

「レミィとたまにやるわよ、千日手勝負」
「無限労働では?」
「チェスは労働ではない」
「無限曲芸篇ですかね」
「任意に有限な暇つぶしよ」
 
 パチュリーが暇つぶしに読書を始めたので、小悪魔も蔵書の片付けに戻る。
 しばらくして、図書館の扉が控えめにノックされ、アリス・マーガトロイドが入ってきた。

「お邪魔するわ」
「邪魔しない」
「じゃあ手伝う?」
「何を?」
「代わりに本を読んであげてもいいのよ」
「それでは私の知識にならない。……あら、アリス」
「誰と話してるつもりだったかは気にしないけど、ご挨拶ね」
「ようこそこんばんは。あいさつは大事」
「そういう意味ではないし、今は夜でもない」
「あら、ついさっき日が沈んだと思っていたけれど」
「外に出なさい、引きこもり」
「日が沈んだら家の中に戻るものでしょう」
「ああ言えばこう言うわね。もう日が昇ってだいぶ経つのよ。こんにちは、パチュリー」
「さっきまで小悪魔と将棋を指していたから気付かなかった。アリスも一局どうかしら」
「遠慮します。パチュリーと指すと時間がかかるもの」
「相性がいいのね」
「根性が悪いのよ」
「対話は弱火でじっくり」
「なんの試験をするつもりなのかしら」
「魔女狩り?」
「しない」
「では、本日の要件を聞きましょうか」

 読んでいた本を脇によけると、二人分のティーセットを置く場所を作る。
 ありがとうと形だけ礼を言うと、アリスはいつの間にか置かれた紅茶に口をつける。
 最近は姿すら見せずに全てを整えていくメイドのせいで、怪奇現象にもだいぶ慣れた。

「人形に知識を与えるためにはどうすればいいかと思って。アカシックレコードにでも繋げられたら問題ないんでしょうけど、あいにくそういう伝手は無いのよ。仕方がないから手近なところでここの記録を参照できるようにしようかと思ってね」
「アーカーシャガルバとは大きく出たわね。虚空蔵求聞持法なら関係ありそうな少女がいる。そう、稗田阿求。幻想郷縁起の著者ね。とはいえ、今回話題にするアカシックレコードとは話が少しずれるけれど。アカシャ記録はバベルの図書館みたいなものだし」
「長広舌の前に、人形に知識を与えるのは可能なのか聞かせてもらいたいわね」
「では知識とは何なのかという話から始めましょう」
「話聞いてた?」
「アリスの言うことを聞き逃すわけがないじゃない。で、知識だけど」
「ああ、聞き入れる気がないのね」
「まあ。ここにある本は読まれなければただの紙束だけど、私が読むことで私の知識となる。だから、答えだけ言うと、人形が活用できるような形式にできるなら、人形に知識を与えることができるでしょう。問題はその方法だけど」
「実際に読ませるのではいけないのかしら」
「人形に言語処理機能を実装するというハードルがあるし、そもそも私達の言語処理が明らかになっていない以上、文章を正しく理解できているかなんてわからない。文章が物理的に意味を備えていない以上は、同じものを読んで同じ知識を手に入れるなんてことはできない。それらの問題点をクリアする目処は立たないわね」
「私達の会話は成り立っている気がするけど?」
「言語を扱う私達がちゃんとしてないもの。ちゃんとしないことをするのは得意でしょう」
「なんだか、だらしないと言われている気がするわ」
「真逆ね。高度な曲芸を実現させていると言っているの」
「チェスのルールに従って駒を動かすようなものでしょう?」
「意味は駒ではなくその動かし方にある。広く言えばルールにね。ただし、ルールに従って駒を動かすのではなく、逸脱しないようなルールを自ら作り出し、それに従うのが意味の本質といえるでしょう」
「チェスと将棋では意味が違う、と」
「たまに通じてしまうこともあるけれど」
「チェスとボクシングでも通じたりするわけね」
「弾幕はブレインじゃなかったのかしら」
「肉体も言語を持つらしいわ」
「つまりプロレスね。弾幕はコミュニケーション、と」
「関節技とか地味に痛そうなのは御免願いたいけれど」
「まあ、他人に見せるわけでなし」
「初手寝技はねぇ。行儀が悪いわ」
「そういえばもう寝る時間か」
「だから今昼だって」
「徹夜してしまったみたいだし」
「気付かなかったってことは眠くないんでしょう」
「そもそも睡眠は要らない。私にとってはまだ夜なのだし、夜は眠る時間でしょう」
「私は太陽の下を飛んできたのだけれど?」
「じゃあ間を取って明け方に」
「ならないわ」
「世界は多数決では出来てないのね。深いわ」
「眠りが浅くて寝惚けてるんじゃない?」
「そもそも寝てない。まあ、今が朝か夜かもアカシックレコードには記されているだろうけど」
「窓を開く感覚で真理の扉を扱わないでほしいなぁ」
「天気や気温も書いてある」
「観察記録ね。誰が見てるのかしら」
「プライベートが無いのは困るから、アカシックレコードは無しにしましょう」
「そんな簡単に無くしちゃだめでしょう」
「アカシックレコードが仮に存在してしまうと、現在過去未来全てが確定されてしまう。歴史を変えられると思い上がって、いつでもかかって来られても困るのだけれど」
「私とパチュリーが同じ世界にアクセス出来る、っていうだけなんじゃないの?」
「同じ世界が見えたら、それは既に同じ存在なのよね。違わないと面白みがない」
「要るかしら、面白み」
「要るでしょう。そのために私は本を読むし、あなたは人形を作る」

 アリスの横に浮いている上海人形のリボンを整えながら、パチュリーは本棚を見やる。

「私達は違う世界を見ているから会話するのだし、お互いを知ろうとする。アカシックレコードにまとめられた世界に未来はにいわ」
「同じ時代を生きただけのことはあるのね。結局簡単に知識を植え付けることは出来ないと」
「話をありとあらゆる世界に飛ばすからおかしくなるのであって、今目の前にあるものから始めればどうにかなる。結局楽はできないようになってるのよ」
「一冊ずつ読んでいくしか無いのか」
「おまけに読んだ内容が正しい保証もない。同じ時間を過ごすくらいしか、お互いの違いをすり合わせる方法は無いのよ」
「手間がかかるわ」
「同じ時間を過ごすくらいしか」
「時間は有限だし」
「同じ時間を過ごす」
「……もう帰ろうかしら」
「まだ昼よ」
「アカシックレコードにでも書いてあった?」
「……そうね、実際に見てみないとわからない」
「今日は夜空も見てみるといいと思う」
「……? ああ、乞巧奠」
「今日の日付は本に書いてなかったのかしら」
「七夕だからとちゃんと言ってくれたらね」
「ちゃんとしてないのが得意なんじゃなかった?」
「高度な柔軟性を維持しすぎたかしら」

 そう言うと、パチュリーは身支度を始める。

「で、アリス。七夕は何を食べるんだった?」
「あなた食事も睡眠も要らないじゃない」
「死なないだけで生きているかは別よ」
「この間、姫竹を貰ったのよね。煮付けにしたのだけれど」
「筍ご飯」
「まあ、作れなくはない」
「竹の器にお酒を注いでもいい」
「まだ昼よ」
「つまり夜まで時間が余っているわね」
「寝てないのに元気ね」
「魔女に睡眠は必要ないのよ」

 そう言いながら、二人は連れ立って図書館の扉を出ていった。
そりゃ、世界はincompleteなので。

今日はパチュアリの日らしいですよ。
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