Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

桃天子

2022/01/27 01:59:32
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 むかーし昔、迷いの竹林という場所に藤原妹紅さんと上白沢慧音さんが住んでおりました。
 ふたりは同棲して早三年にもなりますが未だに籍を入れておりません。
 なんとなく、お互いにそういうタイミングを逃してしまった為です。

 そんなある日のこと。
 妹紅さんは日課である輝夜さんとのシバキ合いへ、慧音さんは溜まっていた洗濯物を洗うのに川へと向かいました。迷いの竹林に川があるとは聞いたことのない話ですが、とにかく慧音さんは洗濯物の入った籠を持って川へと向かったのです。

 するとあにはからんや――迷いの竹林に川はありました!!!!!

 川に辿り着いた慧音さんは早速と洗濯を始めました。
 妹紅さんの服を洗濯する慧音さんはいつもどこか嬉しそうです。
 しかし、慧音さんの至福の時は僅か十七秒ほどで終わりを遂げました。
 なんと驚き!!
 川上の方からどんぶらこドンブラコと比那名居天子さんが流れてくるではありませんか。
 これには妹紅さんの服に顔を埋めていた慧音さんも焦ります。ふたつの意味で。

 川から引き上げた天子さんは呼吸がなく意識もない状態でした。
 これは不味いです。早急に人工呼吸で心肺蘇生措置を行う必要があります。
 慧音さんはたちまち青ざめました。
 だって、ファーストキスは妹紅さんに捧げると決めていたから……。
 こんなことでそれを散らすのが堪らなく嫌だったのです。
 いわゆる純情可憐な乙女心ってヤツでした。女子力!女子力!

 結局、慧音さんは呼吸も意識もない天子さんを背負い、すぐに自宅までとんぼ返りしました。
「大丈夫、天人は丈夫だって言うし、こんなことで死にはしない筈だ、あはは……あはは」
 そう自分に言い聞かせながら。


 それからなんやかんやあり、すっかり意識を取り戻した天子さん。
 慧音さんと仲良く女子トークに華を咲かせていたところ、そこに妹紅さんが帰ってきました。
 意外な珍客に妹紅さんは思わず首を傾げます。
「これはどうしたの慧音?」妹紅さんが天子さんを指差しながら率直な疑問を投げ掛けます。すると慧音さんは「川から拾って参りました」と簡潔に答えました。妹紅さんは分かったような分からないような顔をして「なるほどなあ」と頷きます。

「お父様、お母様。わたくし、比那名居天子は、これから鬼ヶ島へ鬼退治に旅立たねばなりません」

 突然、天子さんは畳の上に三指を立てると唐突にそんなことを口にしました。
 これには妹紅さんと慧音さんも思わず怪訝な表情を浮かべます。
 幻想郷に鬼ヶ島があるなんて話はとんと聞いたことがなかったからです。

 しかしあにはからんや――幻想郷に鬼ヶ島はありました!!!!!
 天子さんがその慎ましい胸元から取り出した文々。新聞にデカデカとその全貌が載っています。

「それではお父様、お母様。わたくしは鬼ヶ島へ行って参ります。――ほんの短い間でしたが、ここまで育ててくれた御恩、わたくしは……わたくしは決して忘れません!」
「お前のような娘を育てた覚えはない」

 こうして天子さんはお世話になった妹紅さんと慧音さんに別れを告げ、鬼ヶ島に向かって旅立ちました。
 その旅路の途中、たまたま近くを飛んでいたミスティア・ローレライさんを要石ファンネルで撃ち落とし。哨戒任務中の犬走椛さんを背後から緋想の剣で殴打して昏倒させ。妹を探しに地上へ来ていた古明地さとりさんに麻袋を被せて拉致したりしました。

 やはり、鬼ヶ島へのお供と言えば、犬と猿とキジは欠かせません。
 天子さんは拉致してきた三人に目を配らせ、うんうんと満足気に頷きます。
 ところがこの横暴に犬走椛さんが待ったをかけました。曰く「私は犬ではなく狼だ!」と。
 天子さんはやれやれと肩を竦めて首を振り、それを右から左へと受け流します。

 一方でミスティアさんも心の中で「私もキジじゃなくて夜雀なんだけど」と抗議の声を上げました。ですが、その秘めたる想いは上手く言葉にならず、彼女の哀愁を帯びし濡れた唇からはただただ「ちんちん……」という寂しげな言葉が零れるのみでした。
 さとりさんも色々と思うところはありましたが、先の天子さんと椛さんの一件を見て、これは抗議しても無駄だと早々に悟ったようです。さとり妖怪なだけに。

 強力なお供を得た天子さんは気持ちを新たに鬼ヶ島を目指します。
 しかし、その道のりは決して生易しいものではありませんでした。
 東に桃モッツァレラがあると聞けば飛んで行き、西に桃カントリーマアムがあると聞けば飛んで行き。
 人里をあちこち東奔西走して、天子さん達は既に疲労困憊です。体重も三キロ増えました。

 そんなこんなの末にようやく鬼ヶ島に辿り着いた天子さん。
 その天子さん達を鬼の伊吹萃香と星熊勇儀、そして茨木華扇(仙人)が出迎えました。
 天子さんは鬼達を冷えた視線で見据えると緋想の剣をすっと構えます。
 それに倣って椛さんも剣を構え、ミスティアさんは鋭い長爪で鬼達を威嚇しました。
 まさに一触即発の様相。互いの殺気が宙空で激しくぶつかります。
 そんな中、さとりさんはひとり何をすればいいか分からずオロオロしていました。

 先に動いたのは天子さんでした。緋想の剣を横に構え、鬼達に向かって勇猛果敢に駆け出しました。
 次いで椛さんとミスティアさんもあとを追うように駆け出します。
 無論、鬼達も黙って殺られる気はありません。
 空気が割れんばかりの咆哮を上げ、天子さん達を迎え撃ちます。

 ところが天子さん達の奮闘も空しく、戦況は鬼達の方へと傾きます。
 それもそのはず。
 鬼という種族は一騎当千の強者揃い。
 その戦闘力は金剛力士百人分とも言われているような気がします。
 つまりは生半可な実力では到底適う相手ではありませんでした。

 そんな劣勢の戦況を見兼ねてか、さとりさんは強く目を瞑り、ひとり天に向かって祈りを捧げました。
 物理的な戦闘能力のない彼女にはそれぐらいしかすることがなかったのです。

(……どうぞ、私達に力を貸して下さい! 私の思いが届いた人……誰か……)
 さとりさんの祈りはしかし、遠く離れた霧の湖にいるチルノ達の心に届きます。
 チルノ達はひとり欠けてしまった遊び仲間のことが急に心配になり、ミスティアさんの無事を強く願いました。

「ちんちーーーーーーーんっ!!!!」
「くっ! 先刻までは確かに満身創痍だったのに――! 一体、どこにまだこんなチカラが!? まさか仙人の私が! そう、どこからどう見ても仙人の私が、こんな妖怪相手に手こずるなんて!」
 チルノ達の願いがミスティアさんの潜在的なPOWERを引き出し、その一撃は茨木華扇(仙人?)の急所を的確に捉えました。
 茨木華扇(仙人???)は破れて穴が空いたシニョンを手で庇いながら膝をつきます。

(……私達に力をかして下さい! この祈りをどうぞ、幻想郷中に届けて下さい)
 さとりさんの祈りは、妖怪の山に住む天狗達の心に届きました。
 天狗達は急に行方を晦ました仲間のことが心配になり、椛さんの無事を強く願いました。

(おのれあのバカ狼め! 何日も仕事をサボりおって! 帰って来たら折檻じゃ!)

「うっ……うわぁぁああああっっっ!!!!!」
「な、なんだこいつ……! 急に動きが鬼気迫るものに!? さっきまでのこいつとは、まるで雲泥の差じゃないか!!」
 天狗達の願いはストレスという形で椛さんの脳神経を刺激しました。
 そして駆け巡る脳内物質……β―エンドルフィン……チロシン……エンケファ(以下略)。
 椛さんの、一見すると破れかぶれとも思えるその鬼神の如き斬撃に、星熊勇儀はすっかりと防戦一方となりジリジリと後退を余儀なくされました。

 一方、自分の祈りによって戦況が好転するのに気を良くしたさとりさんは、これまでよりも更に心を込めて祈りを捧げました。鼻歌交じりに。
(……誰か、誰か、私達を助けてYO♪)
 しかし、さとりさんの祈りは闇の中へと吸い込まれていきます。
 焦ったさとりさんは更に更に更に心を込めて祈りを捧げました。
(誰か……聞こえますか? 誰か私達に力をかして!)

「ははっ! 天人様ってのも大したことないもんだねえ! そんな実力でこの鬼の伊吹萃香を倒そうなんて百年早いよ!!!」
「くうっ……! 折角ここまで来たのに! こんなところで私は負けてしまうの……!?」
 天子さんの放った斬撃はことごとく伊吹萃香に躱されてしまいます。代わりに鬼の刺すように鋭い拳撃が天子さんの体力と気力を奪いました。
 これには流石の天子さんの心にも暗雲が立ち込め、次第に諦めの気持ちが芽生えます。
 もはや天子さんには千載一遇の勝機すらないのでしょうか?
 しかしあにはからんや――その時、天子さんの元に一筋の天啓が舞い降りました!!!!!

(あ……………?)

「――えっ? 私の脳内に直接聞こえてきた、いまの声は一体……?」

(あきら………………?)

「なに!? なんなのこの声は!?」

(あきら………こで………よ?)

「……あっ! ま、まさかこの声は……!!!」
「お、おい、さっきからひとりでブツブツと気持ち悪いぞ。……心の病気か?」
「そうか分かったわ! この声が誰なのか! 私を見守ってくれてる!」





(あきらめたらそこで試合終了ですよ?)





「安西先生ぇぇえええええっっ!!!!!」
「ぐわぁぁぁああっ!! ば、馬鹿なぁぁあああ!!! この鬼の萃香が敗れるなんてーーーーー!!!」
 安西先生の声が天子さんの諦めない心に再び火を付け、その不屈の精神から放たれた渾身の一撃は伊吹萃香を見事穿ちました。伊吹萃香は血を吐いてヨロヨロと後退し、やがて、操り糸が切れたように地面へ倒れ伏します。
「勝った……勝ったわ私達!」

 こうして天子さん達の長い旅はようやく終わりを迎えました。
 見事、鬼を退治した天子さんはその後、偉大なる英雄として文々。新聞の一面を飾ると一躍時の人となり、「天子ちゃんマジ天使!」と誰もが天子さんをひたすら褒めたたえ、ブロマイドが出れば人妖老若男女問わずバカ売れ。――天子さんの偉業は幻想郷で末永く語り継がれるのでした。

 めでたしめでたし。



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「ねっ、どうかしら衣玖、私が初めて書いた小説の出来は?」
「私の出番がまったくないから-193点です」
「そ、そんな〜」
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
自信満々で自分を主役にする天人様マジパネェっす。
要所のギャグの切れが鋭くて面白かったです。女子力!女子力!