Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

空を歩く程度の……

2021/11/12 22:03:38
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霊夢のバスケットボールは、霊夢の寂しさの輪郭みたいだった。
それをついてた。
弾ませてた。
霊夢が。
ぱたぱたと鳴る。
霊夢のバスケットボールは霊夢の寂しさの輪郭みたいだ。
それって上手いこと言おうとしたって感じ?
霊夢が言った。
わたしはあわてて、意味なんかないよ、って。
だって、すべてがさ、そうじゃん。
うん、と霊夢は肯いて。
ぽむぽむ、ぽむぽむと鳴っている。
それから霊夢が走り出した。
ボールをついて、それを手のひらで受けて、また先に。ぼむ、ぼむ、ぼむ、とボールをコートに打ちつけながら遠いところに、なんだか霊夢がボールに運ばれてるみたいだ。霊夢のボールはいつでも霊夢の少し先にある。それが踏んだところをあとで霊夢が踏む。まるで霊夢は季節を追いかける子どものようだった。
だから、それは、夏の終りのことだったよ。
季節は涼しくなりはじめていて、心地よい風が遠くで吹いている。
それが身体の輪郭をなぞる。
あ、浮いた、とわたしは思う。
霊夢は、きゅっ、と立ち止まり地面を蹴った。垂直に飛びながら、ゴールリングに向かって、ボールを放つ。
完全な停滞があった。
別になんだっていいんだよ、霊夢のバスケットボールが霊夢のなんだって。いまは霊夢はひとりで、もう誰もバスケットをやらなくなったから、それが今は寂しさで、でも意味なんてないよね。意味なんてないけど。ただ、わたしは、霊夢の指先が照射されるそれが霊夢の一部みたいで、霊夢がバスケットボールに触れるときにそれは霊夢の延長にあって、霊夢がコートに立つときそこで起こることすべてが霊夢の表現下として現れるって、だって霊夢はバスケットがとてもとても上手だったから。
少し後で、ぽすん。
バスケットボールが、リングの中に落ちる音がした。
ぱたぱたとゴールの下まで歩いた。
霊夢はバスケットボールを抱えてた。
わたしは言った。

「上手だね」

ふふん、と鼻を鳴らして、霊夢は指の上でバスケットボールをくるくると回した。

「なんか地球儀みたいだね」
「それさあ、またなんかうまいことを言おうとした感じ?」

霊夢が笑った。
くるくると回っている。



「わたし、霊夢のバスケットボールになりたいなあ。だって愛されてるじゃん。いっぱい触ってもらえるしさ、いつもそばに持っていて、こんなふうに抱えてもらってさあ、なんだかニコイチって感じでしょ? 霊夢のバスケットボールは霊夢の完全な制動下にあるんだよ。霊夢が投げたいところにそれが飛んで、それが跳ねるところにいつも霊夢がいる。わたし、霊夢のアンダー・コントロールになりたいよ。霊夢になら地面に叩きつけられるのだって悪い気はしないんだ、むしろ叩かれてみたいっていうか、えへへへへ……それに、それにさ、バスケットをやってるときの霊夢はすっごくかっこいいんだ。シュートを撃つとき、ドリブルするとき、わたしといるときいつも霊夢がかっこよく見えるとかだったら、それはさ、すごくすごくいいなって思って、あの変な輪っかにボールが入るだけで霊夢ははしゃぐだろ、わたしが何してあげてもあんなに霊夢は喜んでくれないのに。わたしだってリングに入れるよ、そしたら霊夢は喜んでくれる? わたしに触れること、わたしを叩きつけること、わたしの達成が、すべて霊夢の喜びで、わたしは霊夢に運ばれるために生きている……とか、だったら、もうさあ、わたし、霊夢のバスケットボールになりたいんだよ?」
「え、ばかなの?」



完璧な静動。
霊夢にあってわたしにないもの。無軌道な性格のわたしには決して手の届かなくて、理解することのできないもの。
だから好きなのかな。
霊夢がバスケットをするところを見るのが。
だからわたしはいいけど、別にどうでもいいけど、でも今もこうして霊夢がひとりでバスケットの練習をしてるのはなんだかちょっとかわいそうな感じだ。
だって、もう誰もバスケットボールなんかやらないもんな。
この幻想郷にバスケットボールが流行り始めた頃は、この神社の境内にも、ゴールを2本立てて周囲を紐でくぎって一応のコートにして、みんなでやっていた。ずいぶん熱中していみたいだった。チームをつくってトーナメントをやるみたいな話も当時はあったらしい。
二週間くらい前から霊夢は試合で足を怪我していた。どうも足首を捻ったらしい。捻挫というやつだ。だから霊夢はこの土地で最もバスケットボールが盛り上がった瞬間を体験してはいない。周囲の連中も怪我でプレイできない霊夢の前でバスケットをやるのは気の毒だと思ったんだろうか、試合なんかは人里のコートでやっていたようだった。それでもここには相変わらず馴染みの連中がバスケットボールを持って遊びに来ていたみたいだが、近頃はそんな光景を見かけることもめっきりなくなってしまった。
そもそもが熱しやすく飽きっぽい連中なのだ。
バスケットボールは、この幻想郷に現れると同時にものすごい速度で広がり、それと同じくらいの速度で忘れられてしまった。
霊夢だけが今もひとりでやっている。いくら練習して上手くなったとしたってもうあんまり意味がないのにね。だからチームスポーツは嫌いだとわたしは思う。
ま、わたしのことじゃないから、どうでもいいけど。
ひぃぁあああぁ。
あくびが出た。
眠い目こすりながら、治ったの、と聞いてみる。

「足さあ……。よくなったんだ」
「まあねぇ。最近動かしても痛みもなくなってきたでしょ。だからもう大丈夫かな、って、思って」
「安静にしてたほうがいいと思うけど。いきなり走ったりなんかしてさあ、へーき?」
「問題ないわよ。こうして動いても違和感ないしね。一ヶ月もやってなかったから、ドリブルとかはずいぶん下手になったわ」

霊夢はぴょんぴょんとその場でジャンプして、大丈夫だって言いたいんだろう。
足首の包帯が目に痛い。
弱っちい人間は一生家で寝ていればいいと思う。そしたらわたしが毎日看病してやるんだ。夜ごとに包帯を巻いてあげる、朝晩ごはんをつくってあげる、寂しいときにはそばにいてあげる。普段からそうしろよって霊夢は言うだろうか。でも、わたし、か弱いものしか愛せない、絶対に勝てるゲームしかおもしろくない、結末を知らない映画は見たくない、意味なんてないし、意味なんてないから、役に立たないものばかり集めてしまう、なあなあ霊夢わたしは最低かな?って聞かない代わりに言う。

「ね、いいの?」
「だから、大丈夫だってもう。わたしの身体のことはわたしがいちばんよくわかるもの」
「ちがうよ、もうみんなバスケットとかやめてるよ」
「あー。なんか、そう……みたいね」

霊夢はわざとらしく顔をしかめて見せて、それから笑った。

「それよりさ、萃香、スリーを見てよ。わたしドリブルとかは下手になっちゃったけど、怪我がよくなりはじめてから、ずっとスリーの練習はやってたでしょ? だからとってもうまくなったのよ。見せてあげるわ」

そう言って、バスケットボールを抱えてコートに向かって歩いてくから、あわててわたしはついていく。

「ねえ、ねー、待ってよ。スリーって、なんの3?」
「3点入るの。あの線より遠くからシュート打って入ったら」
「3点入ったら、嬉しいの?」
「そりゃもう」
「じゃあわたしが霊夢に3点あげよう!」
「え、わたしの何に?」
「霊夢のがんばりに! みんなもうバスケなんかやらないのにひとりで練習してえらいねって。同情票だよ、これ」
「あはは。いらない、いらない。八百長で勝っても嬉しくないもの」

霊夢が、スリーポイントラインから飛んで、リングに向かってボールを放つ。
ジャンプの頂点で、右手から放たれたボールは左後方に回転を持ちながらわずかに右方から、それでも高い孤を描いて、リングの左の内側にぶつかった。リングの上空でくるくると暴れながら、やがて、ボールは輪の中に消えた。
おぉ、とわたしは手を叩いた。
拍手はいいから取り行って来てよ。
えーーっ。
そう言いながらもわたしはゴールのところまてでのろのろと歩いてボールを取りに行く。
ぱたぱた…ぱたぱた、ぱたぱた…。
わたしの投げ返したボールを両手で受けて、右手に乗せかえて、霊夢はゴールリングを見つめる。霊夢の見つめる先には空があった。白い空。くもり空。次の瞬間、ふっ、と全身の力を抜いて、霊夢は飛んだ。今度こそボールは真っ直ぐな高い弧を描いて、ネットをかすめて、ぽすん、と落ちた。わたしはまたボールを拾って投げ返す。霊夢がそれを受け取る。構えて、静止する。柔らかく膨らむ風が吹いている。シュートを打つ。ネットが揺れる。
そんなことばかり、いつまでも続けていた。
なんだか今日は不思議と調子のいい日だったから。
わたしじゃない、霊夢が。
霊夢の投げるシュートは全部リングの中に入るし、いくら投げても疲れることなんかないように見えた。
だから何十球も投げ続けていた。午後三時。くもり空の下で。わたしがぱたぱた歩いていって、おしまい、とバスケットボールを霊夢の胸に突きつけるまで、ずっと。
それを受け取ると、溶けてしまうみたいに、急に霊夢は疲労をあらわにした。その場に膝を組んで座り込んで、眠るようにボールを抱えた。
わたしは隣に座ってた。
それを霊夢が下から横目で確認して。

「ねえ…見てた? ……すごいでしょ」
「すごい。霊夢のバスケットに対する情熱が」
「こんなにやれるのは久しぶりだから気合入っちゃった」
「うん、へーき? 足さ…痛まない?」
「大丈夫、もう痛まない。ちっとも。わたしは無敵」
「なら、いいけど。でもさあ、…でもさあ」

やっぱりさ。

「なに?」
「やっぱりさ、残念だよねって。せっかくなのにって。みんなもうやってないから。いまさら練習したって、試合とかできないよね、って」
「それは別にいいのよ」
「そう?」

なんで?、とわたしがそう聞くと、霊夢はわたしを見つめた。
朱色のバスケットボール。
くもり空。
霊夢の表情。
子供みたいに、それが、崩れた。

「わたしね、空を飛びたいの」



って、霊夢は言った。
みんなでNBAの試合を見てた。
優れたバスケットボール・プレイヤーは空を歩くことができる。
わたしはそれを見た。
小さな画面の向こうで。
歩いてた。
紫の用意してくれた小型の映写機。
バスケット・ボールの試合をやってた。
この幻想郷にそれが流行り始めた頃に、参考になればいいですわ、と紫はそれをわたしたちに見せてくれた。えぬ・びー、えー、と紫は言った。
速い、とわたしは思った。
早回しの映像を見ているように、スピーディーに攻守が移り変わり、それに力強かった。ひとつひとつのプレイの意図を追こと、追うのに精一杯だった。だから、はじめは、ちゃんとわからなかった。ねえ、止めて、さっきの……もういちど、見たい。霊夢が言うと、紫は不思議なやり方で画面を巻き戻してくれた。そいつはボールを受けると、くるりと身体を翻し、フリースローラインの少し内側から、飛んだ。そして、そのまま宙に浮かんだように、見えた。時間にすればほんの2秒もしないくらいのことだ。でもそれが今はとてもゆっくりに見える。そいつはゴールの右から横向きに滞空しながら、ゴールリングに向かって掲げたボールを、一度胸の下を通して、左から手を伸ばしてリングに放り込んだ。ずっと宙に浮かんだまま。歓声がここまで聞こえてくる。画面の向こうで知らない言葉で誰が何かを言った。レミリア・スカーレットがこんなことを言った。

「まるで、空を、飛んでいる、みたいだ」
「なに?」
「そう言ってたわ、さっきの」

次の瞬間には、霊夢が呟いた。
この土地じゃ、こんなにもありふれたことを。

「わたしも空を飛んでみたい……」

そしたらみんなが笑った。
ときどき霊夢は真面目な顔でジョークを言うから侮れないよなあ、と誰かが言った気がする。
霊夢、空ならいつでも飛べるじゃん、って、わたし言わなかった。
みんながビデオを見ているのを遠巻きに眺めているだけだったから、わざわざ言うには、ちょっとしょうもなすぎた。



でも、霊夢、空ならいつでも飛べるじゃん、って、今も、わたし言わなかった。
今日はくもり空。
飛ぶのに最適な日っていうわけじゃない。最悪の日でもないけれど。明日晴れたらいいよね。雨だったらやだけど。それに霊夢が単純な意味で空を飛びたいって言ってるわけじゃないというのはなんとなくわかる。文脈、文脈、ちょっとうざいからいつもわたしは何も言わない。そうして押し黙ってしまうのでほんとのことは何もわからないままだ。
やれば、萃香もさ……。
バスケットボール?
わたしが聞き返すと、霊夢は肯いた。

「ちょっとやったよ。でも、嫌いだ」
「どうして?」
「わたしの頭の上をボールが往復してくのを見るのはちょっと耐えられないよ」
「萃香はちびだもんね」
「でかくもなれるけどね」
「じゃあ、いいじゃん」
「でも、反則でしょそれ」
「わたしが許すわ」
「わたしたちが同じチームとは限らないよ」
「じゃあ、だめね」

霊夢は笑った。
それから、そこに立っててよと言った。
指差した場所は、コートを半分にしたその真ん中あたり。
わたし、わたしさ、バスケはやんないよ、って文句を言いながら歩いた。
でも、ゴールを背にしてそこに立ったらコートの真ん中の霊夢がボールを投げつけてくる。わたしたちの間で、ぽん、と一度だけ弾ませて。わたしはそれを受けて、霊夢に返す。
ドッチボールでやるみたいにそのまま思い切り投げ返すのだ。
ぽすん、と霊夢がボールを捕まえた。
ぼむ、ぼむ、とそこでまた弾ませて、それからまたわたしに言葉と一緒にパスした。

「ねえ、萃香」
「なに?」
「萃香は死にたいと思ったことある?」
「は? ないよ」

ぽすん。
受け取ったボールをわたしは投げる。
びゅっ、ぽすん。

「あ、じゃあ、背が高くなりたいと思ったことは?」
「ときどきね」
「読者モデルみたいになりたいって思ったことは?」
「ない!」
「空を飛びたいと思ったことは?」
「ない」
「誰かとセックスしたいと思ったことはある?」
「うん」
「バスケットボールやりたいと思ったことは?」
「流行りだした頃はね」
「じゃあ、じゃあ、飲食店でたくさん食べてお金払わずに逃げちゃったことってある?」
「昔はね、たまに」
「あはは、わる。じゃあ朝起きたら腕が痺れててまるで死体みたいになることは?」
「ないね」
「静かな湖畔のそばに小さな丸太の家を建てて暮らしたいと思ったことは?」
「あると思う?」
「どうかしら。そうだ、今はバスケットやりたくなってきた?」
「ぜんぜん!」

ぽすん。
わたしは投げた。
びゅっ、ぽすん、ぼむ、ぼむ、ぽんっ。
ぽすん。
びゅっ、ぽすん、ぼむ、ぼむ、ぽんっ、ぽすん。

「じゃあどうして萃香はこうしてわたしのバスケット練習に付き合ってくれるの?」
「好きなんだ。霊夢がバスケットやってるの見るのさ」
「それ、わたしのファンってこと?」
「そうだよ。わたし、霊夢のファンだよ。この世界で最初で最後のさ」
「サインとかいる?」
「いらない!」
「服とかにサインしてあげようか」
「嫌だよ。貴重な一張羅だよ。もうどこにもいけない」
「行けばいいじゃない。どこでも」
「サインなら月の表面とかに書いてよ。そしたら望遠鏡買って毎日見るから」
「うわぁ、なにそれ。気持ち悪い。萃香って絵本の星の王子さまとか読んで泣いたりするわけ?」
「うるさいな、なんでもいいだろ」

ぽすんっ。
ぼむ、ぼむ、ぼむ、ぼむ、ぼむ。
霊夢は受け取ったそれをすぐに返さずに地面に何度もついていた。
ついたボールが正確に手のひらに戻ってくる。
それを見ていた。
霊夢の足首に、白い包帯。
わたしは最低で、か弱いものしか愛することができないから。

「ねえ、霊夢!」
「なによ?」
「また流行るよ。バスケット、絶対さ」

霊夢はそれには答えず、ぼむ、ぼむ、ぼむ、とボールをついたまま、急に駆け出し、ぱんっ、とボールを少し前で弾ませて、それが鋭角に跳ねる速度で加速し続けて、やがて受け取ったボールを手のひらにのせたままわたしの前でくるりと回った。
すこしあとで振り向いて、見た。
霊夢はゴールリングの下、空はくもり空。
スリーポイントライン、って言うんだっけ。
その白い線の上から宙に踏み切るとき、霊夢は空を飛んでいる、とわたしは思う。
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