「簡単さ。たった一言こう言うだけでいいんだ。『夏ですよー』とな!」
「嘘だッ!」
リリーホワイトは反発した。自分のキャラも忘れて大声で。
そのくらいの反応は当然予想していたのだろう。鬼人正邪はせせら笑う。
「ああ、そうだな。ただ言うだけでは駄目だった……ちゃんと告げないといけないな。幻想郷中に聞こえるくらいに、大声で!」
「そ、そんなこと出来ません! だって、今は春なんですよ!」
四月、まさに春真っ盛り。春告精がこの季節に春を告げなくてどうするというのか。
しかし、それでも天邪鬼は語りかける。その口調は優しく、まるで幼子に教え諭すようだ。
「大丈夫さ、今日は四月一日だってみんな知ってる。リリーホワイトだって嘘を言うこともあるって納得してくれる。それどころかエイプリルフールとして楽しんでくれるってものさ」
「でも、でもそんなことってないです! 私が夏を告げただけで」
「妖精が進化しようっていうんだ、そのくらいの思い切りが必要なのは当然じゃないか! なあリリーホワイト、お前、なりたいって言ったじゃないか――他の色のリリーに!」
それは四月一日の魔力がもたらした、たった一言の気まぐれ。よりによってその独り言を、正邪に聞かれたのが運の尽き。
通りがかった正邪は、にたりと笑い、言ってのけたのだ。
「なあリリーホワイト、そんなに難しいことじゃないだろう? 弾幕を出せなんて言ってない、誰かに勝つ必要も無いんだ。ただ、いつも通り空を飛んで、みんなに聞こえるように叫ぶ――その言葉が違うだけ。簡単じゃないか」
「うう、でも、よりによって私がそんなこと……!」
「たったそれだけでお前はなれるんだ……リリーレインボーに!」
「レインボー……!」
虹。何と魅惑的な響きだろうか。
その輝きさえあれば、誰だって無敵になれる気がする。そのロードを走っているだけで誰もが興奮できる。0.5%の確率の向こうにある奇跡さえ引き当てられるかも知れないのだ。
「なりたいんだろう、レインボーに……簡単になれるんだ。今がその時なんだよ!」
「私が……私が、夏と、言うだけで……!」
リリーホワイトが一歩を踏み出す。幻想郷の大地を踏みしめ、周囲を見渡す。
呼吸が浅くなる、不安定な鼓動が胸を打つ、不安で足が震えてくる。
視界には何の変哲もない草原がある。春風を受けて草木がそよいでいる。
リリーホワイトが。
大地を蹴る。宙に舞う。
高いところから草原を見渡し、胸いっぱいに息を吸い込んで――
「――春、ですよー!!」
春を告げる。
リリーホワイトの声を受けて、大きな風が吹いた――強風というほど強くはない、全てを包み込むような大きな風が。
草木の匂いが風に乗る。空に向けて、春の匂いが飛び立っていく。
「春ですよー!」
夏を、告げようとしたのだ。リリーホワイトはそのつもりだった。
それでも、春はここにある。今、リリーホワイトの目の前に。
この春から目をそらして、夏を叫ぶなんて、リリーホワイトにはできなかった。
「春ですよー!」
春を告げる。
「春ですよー!」
春を奏でる。
「春ですよー!」
春を叫ぶ。
「春ですよー!」
リリーホワイトが春を謳歌する。妖精の本分、自然の賛歌。
そのまま、どこまでも――幻想郷の遥か向こうまで、飛んで行ってしまう。きっと、一日もせずにまた、春を告げにここに戻ってくるだろう。
/
「面白い見世物だったぜ」
「こっちはそうでもないさ」
いつの間にか、正邪の近くに人間が歩み寄っていた。霧雨魔理沙、普通を自称する魔法使いだ。
「リリーホワイトに春以外の季節を告げさせる――興味深い題材だぜ。成功したらどうなったんだろうな。もしかして、本当に虹色に輝いたのか?」
「勿論その通りだよ。私がお前に嘘をついたこと、今まであったかい?」
「どうだろうな、今日はエイプリルフールだからな。うっかり天邪鬼が本当のことを言ってたとしたって、わかりやしないぜ」
鬼人正邪は天邪鬼だ。言うことなすこと全て出鱈目、何にも信頼なんてできやしない。
それでももしかしたら――本当に、リリーホワイトが別の色になる方法を知っていて――それを、エイプリルフールの気まぐれに試してみた、なんて。そんなことも、あるのかも知れない。
「なあ人間。弾幕、打ってくれないか。向こうに飛んで行った、リリーホワイトにも届きそうなやつ」
「なんで私が――と言いたいところだが、タダ見した礼くらいはしてやってもいいか」
魔理沙が頷いたのを見てから――正邪は、空高くに玉を投げた。
四尺玉だ。火種も何もついていないそれに向けて。
魔理沙が、マスタースパークを放つ
ド派手な白光が四尺玉を飲み込み――そのマスタースパークよりも、さらに大きな光が。
大砲のような音と、きらびやかな光。
虹色というには少し色彩が足りない、大きな花火。
青空の下に輝く花火は、企みが失敗した正邪の腹いせか、それとも――
「春の花火ってのもいいもんだな」
「どっこが。季節外れで、てんで駄目ってもんさ」
もしかしたら。ひねくれた天邪鬼なりの、祝砲だったのかも知れない。
「嘘だッ!」
リリーホワイトは反発した。自分のキャラも忘れて大声で。
そのくらいの反応は当然予想していたのだろう。鬼人正邪はせせら笑う。
「ああ、そうだな。ただ言うだけでは駄目だった……ちゃんと告げないといけないな。幻想郷中に聞こえるくらいに、大声で!」
「そ、そんなこと出来ません! だって、今は春なんですよ!」
四月、まさに春真っ盛り。春告精がこの季節に春を告げなくてどうするというのか。
しかし、それでも天邪鬼は語りかける。その口調は優しく、まるで幼子に教え諭すようだ。
「大丈夫さ、今日は四月一日だってみんな知ってる。リリーホワイトだって嘘を言うこともあるって納得してくれる。それどころかエイプリルフールとして楽しんでくれるってものさ」
「でも、でもそんなことってないです! 私が夏を告げただけで」
「妖精が進化しようっていうんだ、そのくらいの思い切りが必要なのは当然じゃないか! なあリリーホワイト、お前、なりたいって言ったじゃないか――他の色のリリーに!」
それは四月一日の魔力がもたらした、たった一言の気まぐれ。よりによってその独り言を、正邪に聞かれたのが運の尽き。
通りがかった正邪は、にたりと笑い、言ってのけたのだ。
「なあリリーホワイト、そんなに難しいことじゃないだろう? 弾幕を出せなんて言ってない、誰かに勝つ必要も無いんだ。ただ、いつも通り空を飛んで、みんなに聞こえるように叫ぶ――その言葉が違うだけ。簡単じゃないか」
「うう、でも、よりによって私がそんなこと……!」
「たったそれだけでお前はなれるんだ……リリーレインボーに!」
「レインボー……!」
虹。何と魅惑的な響きだろうか。
その輝きさえあれば、誰だって無敵になれる気がする。そのロードを走っているだけで誰もが興奮できる。0.5%の確率の向こうにある奇跡さえ引き当てられるかも知れないのだ。
「なりたいんだろう、レインボーに……簡単になれるんだ。今がその時なんだよ!」
「私が……私が、夏と、言うだけで……!」
リリーホワイトが一歩を踏み出す。幻想郷の大地を踏みしめ、周囲を見渡す。
呼吸が浅くなる、不安定な鼓動が胸を打つ、不安で足が震えてくる。
視界には何の変哲もない草原がある。春風を受けて草木がそよいでいる。
リリーホワイトが。
大地を蹴る。宙に舞う。
高いところから草原を見渡し、胸いっぱいに息を吸い込んで――
「――春、ですよー!!」
春を告げる。
リリーホワイトの声を受けて、大きな風が吹いた――強風というほど強くはない、全てを包み込むような大きな風が。
草木の匂いが風に乗る。空に向けて、春の匂いが飛び立っていく。
「春ですよー!」
夏を、告げようとしたのだ。リリーホワイトはそのつもりだった。
それでも、春はここにある。今、リリーホワイトの目の前に。
この春から目をそらして、夏を叫ぶなんて、リリーホワイトにはできなかった。
「春ですよー!」
春を告げる。
「春ですよー!」
春を奏でる。
「春ですよー!」
春を叫ぶ。
「春ですよー!」
リリーホワイトが春を謳歌する。妖精の本分、自然の賛歌。
そのまま、どこまでも――幻想郷の遥か向こうまで、飛んで行ってしまう。きっと、一日もせずにまた、春を告げにここに戻ってくるだろう。
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「面白い見世物だったぜ」
「こっちはそうでもないさ」
いつの間にか、正邪の近くに人間が歩み寄っていた。霧雨魔理沙、普通を自称する魔法使いだ。
「リリーホワイトに春以外の季節を告げさせる――興味深い題材だぜ。成功したらどうなったんだろうな。もしかして、本当に虹色に輝いたのか?」
「勿論その通りだよ。私がお前に嘘をついたこと、今まであったかい?」
「どうだろうな、今日はエイプリルフールだからな。うっかり天邪鬼が本当のことを言ってたとしたって、わかりやしないぜ」
鬼人正邪は天邪鬼だ。言うことなすこと全て出鱈目、何にも信頼なんてできやしない。
それでももしかしたら――本当に、リリーホワイトが別の色になる方法を知っていて――それを、エイプリルフールの気まぐれに試してみた、なんて。そんなことも、あるのかも知れない。
「なあ人間。弾幕、打ってくれないか。向こうに飛んで行った、リリーホワイトにも届きそうなやつ」
「なんで私が――と言いたいところだが、タダ見した礼くらいはしてやってもいいか」
魔理沙が頷いたのを見てから――正邪は、空高くに玉を投げた。
四尺玉だ。火種も何もついていないそれに向けて。
魔理沙が、マスタースパークを放つ
ド派手な白光が四尺玉を飲み込み――そのマスタースパークよりも、さらに大きな光が。
大砲のような音と、きらびやかな光。
虹色というには少し色彩が足りない、大きな花火。
青空の下に輝く花火は、企みが失敗した正邪の腹いせか、それとも――
「春の花火ってのもいいもんだな」
「どっこが。季節外れで、てんで駄目ってもんさ」
もしかしたら。ひねくれた天邪鬼なりの、祝砲だったのかも知れない。