『天狗諧報』 第百三十五季 卯月の一
積雪0寸「異常な暖冬」
幻想郷に於ける第百三十五季は、外の世界で朝廷が代替わりで迎えた最初の年明けだった。
かつては異変・凶兆や瑞兆がある度に変更されていた「元号」も、妖怪の視点からすれば対処療法に過ぎない。
それでも「やらないよりマシ」な程度であるが、改元は人間の気持ちも改めるには一役買っていたのかもしれない。
しかし、幻想郷が結界で隔離されるようになってからは「一世一元」の原則に縛られ、『外の世界』の人間は異変への対応が硬直化していったようだ。
それは百数十年、人間にすれば二つ三つ世代が替わる歳月を経ても改められる事はなかったように思う。「令和」と称された人間の新時代は、すでに暗澹たる雲が立ち込めていた。
さて、今年もまた季節に関わる「異常」が発生した。例年なら背丈まで積もる雪が、さっぱり積もらなかったのである。
「異変」ではなく「異常」と記したのは、過去の異変と比べると幻想郷に主因があったのではなく、外の世界の影響を受けたものだからだ。
現に、博麗神社の巫女も「今年は雪かきをしなくて楽だわ」と呑気にお茶を啜っていたし、人間の里でも解決を望む声はほぼ皆無であった。
確かに、紅い霧や局所的な季節の乱立に比べればインパクトは薄い。雪不足で生じる渇水も、河童の治水システムで修正されるだろう。
しかし、冬の妖怪であるレティ・ホワイトロックさんは警鐘を鳴らす。
「今年の雪は冬将軍からの配当が極端に少なかったんだけど、それは西方の海の神様がカンカンに怒って風を蛇行させたからなの。」
海の神が怒って風に干渉するとは、よほど罰当たりな事をしたのだろうか。ホワイトロックさんは溜め息交じりに続ける。
「科学を信奉する人間風に言えば、『インド洋の温度が上昇して偏西風が蛇行した』って事ね。兎に角、人間が海や大気を汚し続けた報いが始まったってわけよ。」
外の世界では「地球温暖化」、つまり常夏のように暑くなっているという。その影響は地続きの幻想郷にも確かにもたらされていた。
春の妖精も秋の神様も先行き見えず困惑
積雪のない「無雪」で迎えた春に、春を告げる妖精のリリーホワイトさんもしょんぼりした表情で語った。
今年は彼女が現れるより先に桜が咲いてしまい、春告げ精の面目が潰れてしまったのだ。
「今年は私が飛ぶ前に蛙が冬眠から目覚めたり、カタクリやショウジョウバカマが咲いたり、出る幕がなかったです。」
年に一度とはいえ春を告げる妖精の出番が無いのは、彼女にとって死活問題だろう。それは秋の神様も同様だった。紅葉を司る秋静葉さんが語る。
「(暖冬は)昨年の出雲での会議では俎上に挙がらなかったわね。人間の活動と私達への信仰の乖離が深刻な証拠ね。」
今夏も酷暑となり、大雨や野分が乱発するとなれば秋の実りにも多大な影響が出るだろう。静葉さんの妹神である穣子さんは早めの農繁期に備えて人間の里を回っているという。
三寒四温と落ち着いて四季が巡る「当たり前」が当たり前でなくなってゆく事実。その事を妖怪である我々も真摯に受け止めなければなるまい。
積雪0寸「異常な暖冬」
幻想郷に於ける第百三十五季は、外の世界で朝廷が代替わりで迎えた最初の年明けだった。
かつては異変・凶兆や瑞兆がある度に変更されていた「元号」も、妖怪の視点からすれば対処療法に過ぎない。
それでも「やらないよりマシ」な程度であるが、改元は人間の気持ちも改めるには一役買っていたのかもしれない。
しかし、幻想郷が結界で隔離されるようになってからは「一世一元」の原則に縛られ、『外の世界』の人間は異変への対応が硬直化していったようだ。
それは百数十年、人間にすれば二つ三つ世代が替わる歳月を経ても改められる事はなかったように思う。「令和」と称された人間の新時代は、すでに暗澹たる雲が立ち込めていた。
さて、今年もまた季節に関わる「異常」が発生した。例年なら背丈まで積もる雪が、さっぱり積もらなかったのである。
「異変」ではなく「異常」と記したのは、過去の異変と比べると幻想郷に主因があったのではなく、外の世界の影響を受けたものだからだ。
現に、博麗神社の巫女も「今年は雪かきをしなくて楽だわ」と呑気にお茶を啜っていたし、人間の里でも解決を望む声はほぼ皆無であった。
確かに、紅い霧や局所的な季節の乱立に比べればインパクトは薄い。雪不足で生じる渇水も、河童の治水システムで修正されるだろう。
しかし、冬の妖怪であるレティ・ホワイトロックさんは警鐘を鳴らす。
「今年の雪は冬将軍からの配当が極端に少なかったんだけど、それは西方の海の神様がカンカンに怒って風を蛇行させたからなの。」
海の神が怒って風に干渉するとは、よほど罰当たりな事をしたのだろうか。ホワイトロックさんは溜め息交じりに続ける。
「科学を信奉する人間風に言えば、『インド洋の温度が上昇して偏西風が蛇行した』って事ね。兎に角、人間が海や大気を汚し続けた報いが始まったってわけよ。」
外の世界では「地球温暖化」、つまり常夏のように暑くなっているという。その影響は地続きの幻想郷にも確かにもたらされていた。
春の妖精も秋の神様も先行き見えず困惑
積雪のない「無雪」で迎えた春に、春を告げる妖精のリリーホワイトさんもしょんぼりした表情で語った。
今年は彼女が現れるより先に桜が咲いてしまい、春告げ精の面目が潰れてしまったのだ。
「今年は私が飛ぶ前に蛙が冬眠から目覚めたり、カタクリやショウジョウバカマが咲いたり、出る幕がなかったです。」
年に一度とはいえ春を告げる妖精の出番が無いのは、彼女にとって死活問題だろう。それは秋の神様も同様だった。紅葉を司る秋静葉さんが語る。
「(暖冬は)昨年の出雲での会議では俎上に挙がらなかったわね。人間の活動と私達への信仰の乖離が深刻な証拠ね。」
今夏も酷暑となり、大雨や野分が乱発するとなれば秋の実りにも多大な影響が出るだろう。静葉さんの妹神である穣子さんは早めの農繁期に備えて人間の里を回っているという。
三寒四温と落ち着いて四季が巡る「当たり前」が当たり前でなくなってゆく事実。その事を妖怪である我々も真摯に受け止めなければなるまい。