それが脳みその中を引っ掻き回すように思えても、私は考えることをやめられない。朝から夜まで、ずっと。
……
いつものようにフランと寝ていた。あどけない寝顔を見つめているとき、私の視界はそれを捉えてしまった。
「……!」
声にならないとはこのことだった。キスマークが鎖骨の下のあたりにくっきりとついている。嘘だ、やめてくれ、フランは清い子だと信じていた。性交渉はもちろんのこと、誰かと愛を語り合うこともまだしたことがないうぶな、私だけの妹のはずだった。
底知れない絶望とともに嗚咽感がこみ上げる。
「ぅ……ぷ、お、ぇ」
口を押さえても吐瀉物が指の間から溢れでる。喉が痛くて涙も止まらなかった。
「おねえさま……?」
上体を起こしてフランが心配そうな顔をしていた。それから私の背中を小さな手でさすってくれる。
「よしよし、つらいね。今咲夜よんでくるね」
そう言ってベッドを降りてドアに手をかけるフラン。私はその背中を見てまた苦しくなった。行くな、どこにも、私の元から離れないで。
……
家から飛び立つもの、家に舞い降りるもの、門から入るもの、出るもの、窓ガラスを割って入るもの、その全てを監視した。フランはめかし込んで門から森へと歩いていくことがたびたびあった。飛ばないのは髪型が崩れるからだろうか。そうだとしたら頭がおかしくなりそうなほどに悲しい。私のそばで無垢に笑うあの子が寝癖をぴょこつかせて、それを私がいつも直すのだ。フランの髪は細くて赤ん坊のように柔らかい。指で優しく梳いてあげると嬉しそうに目を細める。フランは私だけの妹のはずだった!
……
嘔吐を繰り返す。吐くものもなくなって唾液が絡みながら泡になる。そのうち両手で首を絞めるように無理やり嗚咽を続けさせる。今日のフランは一段と愛らしかった。それが私に向けられた想いだったらどんなによかっただろうか。
「う、ぷ……ァ……」
涙が溢れる。とめどなく溢れる。今頃あの子はどんな顔をしているのだろう。頬を紅潮させて微笑んだりしているのだろうか。それとも私に言えないようなことをしているのだろうか。
「っお、え……」
私の聞いたこともないような声で鳴いているのだろうか。想像したくないのに頭の中は乱れるあの子、淫らなあの子、そうさせている誰かの声が、姿が、私は何をしている?
ベットの上で吐瀉物を撒き散らして気狂いのようなことばかり考えて。果たしてこんな有様の姉をフランはどう思うのだろう。決まっている、私のフランだったら一番に私の体を心配して這わせてでも医者に連れて行くに違いない。私の妹はやはり世界で一番尊い存在だ!
……
その日のフランはやけにおとなしかった。久しぶりに一緒に眠りたいと言って、私のベットに潜り込んできた。フランが帰ってきた安堵をする前に、私の目にはあることが突きつけられていた。この子の目は赤いけれど、それはどうしてなのだろう。瞳ではない、白目の部分が充血しているのだ。何度も擦ったように目じりも赤みを帯びている。
「おねえさま」
フランは私に縋るように抱きついてくる。誰がこの子を泣かせた?
その疑問を解消する前にすることは一つだけだった。
「大丈夫よ……」
声が震えてしまったのは情けないけれど、私達姉妹は、いや私は、いつだってフランの幸せを願って。
「わたし、赤ちゃん、ね、できた……の」
フランはいつも通りだった。
「嬉しくて、ずっと泣いてたの」
だけど私のフランなのだろうか。
「ずっと黙っててごめんなさい。好きな人がいるの」
声は耳から瞳に流れて涙になった。
「フランは……」
何を言えばいいのか分からなくてただただ雫だけが溢れる。
「お、おねえさま? 具合わるい?」
フランの心配そうな顔を見て、思い出してしまった。
フランは私が大好きなのだ。
私はこの子の全てが愛おしい。笑顔も唾液も分泌物も、服も、指も、爪も、優しいところも。
「その相手はフランに優しいの?」
自分の頭を壊すのは、この子が私の元を離れてからで良かったのだ。
「うん、とっても」
そうか、よかった。
……
あれから瞬く間に私の周りは変化していって、離れ小島にひとりきりでいるような気分だった。フランは可愛いし、咲夜も優しいし、美鈴も昼寝をしているし、何が変わったのかあえてここに記さない。私はこれからどこか遠いところに行こうと思う。この日記も今から燃やす。