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第15回稗田文芸賞(終)

2018/02/13 21:21:03
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第15回稗田文芸賞候補作発表

 幻想郷文芸振興会は10日、第15回稗田文芸賞の候補作を発表した。
 今回は7作品がノミネート。初ノミネートが5名と、今回もフレッシュな顔ぶれとなった。
 選考会は24日、人間の里の稗田邸にて行われる。
 候補作は以下の通り。

 アガサクリスQ『全て妖怪の仕業なのか』(稗田出版)
 小松町子『風天娘は風まかせ』(是非曲直庁出版部)
 水橋パルスィ『渡る者のない橋で』(旧地獄堂出版)
 魂魄妖夢『悪霊斬り〝桜花〟』(白玉書店)
 比那名居天子『新世界クリエイター』(依神文芸社)
 蘇我屠自古『日出ずる国の聖徳王』(道書刊行会)
 純狐『倶に天を戴かずとも』(純化堂書店)

(文々。新聞 師走11日号より)



博麗霊夢&伊吹萃香の第15回稗田文芸賞メッタ斬り!
 幻想郷最大のベストセラー、アガサクリスQが初ノミネートで受賞なるか? 聖白蓮の退任と黒谷ヤマメの選考委員就任はどう作用するのか? おなじみメッタ斬りコンビが今回も稗田文芸賞を徹底予想!

◆受賞レース予想&作品評価
(◎…本命 ○…対抗 ▲…大穴 評価はA~Eの五段階)

 霊夢 萃香
 ◎A ○A アガサクリスQ『全て妖怪の仕業なのか』(稗田出版) 初
 -B -B 小松町子『風天娘は風まかせ』(是非曲直庁出版部)  三回目
 ▲B ▲A 水橋パルスィ『渡る者のない橋で』(旧地獄堂出版)  三回目
 -C -C 魂魄妖夢『悪霊斬り〝桜花〟』(白玉書店)      初
 -C -D 比那名居天子『新世界クリエイター』(依神文芸社)  初
 -D ▲A 蘇我屠自古『日出ずる国の聖徳王』(道書刊行会)   初
 ○B ◎A 純狐『倶に天を戴かずとも』(純化堂書店)      初



◆アガサクリスQ『全て妖怪の仕業なのか』(稗田出版)初
  予想…霊夢◎ 萃香○  評価…霊夢A 萃香A

萃香 アガサクリスQ危うし! 世間的大本命は獲れないという稗田文芸賞のジンクスを果たして打ち破れるのか。そして今回もジンクスが成立しかねない候補ラインナップ! 怖くなって私は土壇場で本命印外したよ。
霊夢 いや、さすがに獲るでしょ。神奈子賞の方が読者の嗜好に合ってて、稗田文芸賞はなんかズレてるっていう評判を打ち破るコマはこれしかないじゃない。稗田文芸賞獲って、授賞式でアガサクリスQが華々しく正体を明かしたらめちゃくちゃ盛りあがるわよ。
萃香 そりゃまあ、稗田出版的にはそれが理想なんだろうけど、果たして選考委員が乗ってくれるかどうか。そもそも『全て妖怪の仕業なのか』って稗田文芸賞で評価されそうな作風じゃないし、ここで落ちて来年の神奈子賞ってルートが現実的な気がして……。
霊夢 『バイバイ、スプートニク』とか『スラムラビット』みたいに?
萃香 稗田文芸賞がズレてるって言われる所以(笑)。ま、今更説明は不要だろうけど……って去年も言ったなこれ。アガサクリスQは未だに正体一切不明の覆面作家。『全て妖怪の仕業なのか』は幻想郷で起こる奇妙な事件を名探偵Qが快刀乱麻に解き明かす本格ミステリ連作で、短編一話ずつの分売方式が里で大当たり。七月に全七話で無事完結して、候補になったのは八月に出た合本版。分冊版であれだけ売れたのに合本版売れるのかなと思ったら、連載版をなかなか手に入れられなかった妖怪にバカ売れして、今やもう間違いなく幻想郷最大のベストセラーだね。しかしまあ、傑作なのは認めるけど、なんでこんなに売れたかな。謎解き重視の本格ミステリは確かにほとんどなかったけど、十六夜咲夜の『ベラドンナの奇術』みたいな優れた作例もあったのに。
霊夢 読みやすくて、謎が魅力的で、話がわかりやすくて、解決でビックリしてスッキリできて、名探偵Qがかっこいいからでしょ。作者の正体の謎っていう話題性もあったし。
萃香 あー、確かにこういうヒーロー的名探偵ものは今までなかったね。因幡てゐも富士原モコもかっこいい名探偵が大活躍! って作風じゃないし、咲夜のも探偵役のキャラはそんなに立ってなかったからなあ。そうか、みんな『白狼の咆吼』と同じようなヒーロー活劇として読んでるのか(笑)。
霊夢 でも、謎解きミステリとしても傑作じゃない。一話ずつ読んでたときは個々の話の謎解きにちょっと不満もあったんだけど、最終話読んだら全部吹っ飛んだわ。解決でここはちょっと弱いなと思った部分がまさか全部伏線だったなんて。
萃香 霊夢が言ってるのは動機の面の話だよね? この作品に対するツッコミで一番多いのはトリックが「これ現実にQの推理通りに可能なの?」ってことだと思うんだけど(笑)。
霊夢 いいじゃない、びっくりさせたもん勝ちよそんなの。奇想天外なトリックがこのシリーズの魅力なんだから。
萃香 それでいいのか(笑)。ネタバレ抜きで語るのがすごく難しいんだけど、全体の構成は見事だね。バラバラに見えた物語が最終話でひとつのテーマに収斂されてビシッと締まる。最終的な解決が本格ミステリという形式に対する自己言及みたいになってるんだけど、それに対して名探偵Qが語る最後の決め台詞がまたかっこいいんだ。
霊夢 これにあげなきゃ稗田文芸賞の存在意義が問われるわよ。
萃香 そこまで言う?(笑) まあ、たぶん文と咲夜と阿求が推すだろうから、あとひとり誰か乗ってくれれば可能性は充分あるけど。慧音と幽々子はたぶん他に行くから、藍がどう出るか。あるいは白蓮に代わって新選考委員になったヤマメが推すかどうか、ってところか。でもさ、稗田文芸賞獲ったとして、これ以上売れる余地あるのかね?(苦笑)


◆小松町子『風天娘は風まかせ』(是非曲直庁出版部)三回目
  予想…霊夢- 萃香-  評価…霊夢B 萃香B

萃香 小松町子は今回も当て馬かなあ。また面白いんだけど獲れそうにない作品で候補に(苦笑)。そもそもこないだの恋愛文学賞落選作だしね。幽々子は今回もひっそり推すだろうけど、今回もそれだけで終わりそう。
霊夢 主人公は定職につかず年中ぶらぶらしながら、たまに便利屋をして生計を立ててるフーテン娘。大枠は主人公の便利屋稼業を描くお仕事小説だけど、話のメインはそんな主人公に何かとお節介を焼く口うるさい年上の幼なじみと、主人公が茶店で出会ったミステリアスな〝お団子姫〟との三角関係ラブコメ。こういう話を嫌味じゃなく書けるのが小松町子のセンスよね。
萃香 去年の八坂神奈子賞獲った『たそがれ銭平』みたいな、ちょっと暗めの人情話みたいなやつの方が稗田文芸賞向きだと思うんだけどなあ。まあ、これはこれで今年の話題作だから候補にしたくなる気持ちはわかるけど。『全て妖怪の仕業なのか』『白狼の咆吼』に次ぐ今年の文芸ベストセラー第三位だもんね。
霊夢 なんかキャラ人気がすごいのよね?
萃香 そうそう。『全て妖怪の仕業なのか』の名探偵Qも人気あるけど、コアなキャラ人気だけならこっちの方が上じゃないかな。こないだ霧雨書店行ったら表紙と挿絵描いてる絵描きの描き下ろしブロマイドが三種類売ってたよ(笑)。
霊夢 小説のキャラのブロマイドって何よそれ。
萃香 欲しくなる気持ちはわからんでもないけど。年上なので何かとお姉さんぶるけど、ちびっこで根が子供っぽいので空回り気味の幼なじみと、クールでミステリアスに見えて甘いものと可愛いものが大好きで、恥ずかしいからそれを人に知られたくないと思っているお団子姫。どっちも魅力的なヒロインなんだけど、それにも増して飄々としつつやるときはやる主人公が、このふたりに惚れられるのも無理ないわっていう格好良さでね。主人公を挟んだ三角関係の話でこれだけ主人公が読者に好かれる作品も珍しい(笑)。結局主人公がはっきりどっちともくっつかずに終わったから、読者の間でも誰が好きか、主人公にどっちとくっついてほしいかって話で盛りあがってて。霊夢は誰派?
霊夢 小説のキャラクターに感情移入はするけど、一個の人格として好きになるってのはよくわかんないわ、私は。誰に感情移入するかっていったら主人公だけど、どっちとくっついても面倒臭そう。
萃香 なるほど(笑)。ちなみに私はキャラとして好きなのは主人公。くっついてほしいのは幼なじみの方かな。体格と性格のせいで恋愛対象として見てもらえてないんじゃ……っていう悩み、なんかこう身につまされるので報われてほしい。
霊夢 聞いてないわよ。まあ、嫌いになるキャラがいないし、ストレスのない展開だから気持ち良く読めるけど、それだけっちゃそれだけだから、受賞はないでしょ。


◆水橋パルスィ『渡る者のない橋で』(旧地獄堂出版)三回目
  予想…霊夢▲ 萃香▲  評価…霊夢B 萃香A

萃香 大本命アガサクリスQを脅かす第一の刺客。
霊夢 パルスィもまあすっかりこういう恋愛小説の名手になっちゃって。恋愛感情が行き過ぎて狂気に両足突っ込んでる主人公を書かせたら当代随一みたいな存在よね、もう。
萃香 『緑色の眼をした私』とか、恋愛文学賞獲った『あなたただけを見つめてる』とかね。今回は、さびれた橋の上で運命の人をずっと待ち続ける話。『緑色』は自己愛、『あなただけ』は片思いの話だけど、今回は恋に恋する話だね。何しろ主人公は街角の辻占で「橋の上で運命の人に巡り会うじゃろう」って言われて、それを信じて仕事を辞めて家を引き払い橋の下で暮らし始める(笑)。誰かが通りかかるたびに「この人が私の運命の人だろうか」って胸をときめかせる主人公の妄想が際限なく暴走して、どこまでが現実でどこまでが主人公の妄想なのか、読者にもだんだん区別がつかなくなってくる。
霊夢 通りかかった名前も知らない誰かとの恋を延々妄想して、その妄想の恋が破局を迎えると現実に戻って新しい運命の人が通りかかるのを待って、の繰り返しだから、ある意味夢オチ連作なんだけど、そのぶん、どんなひどい展開になっても安心してげらげら笑って読めるからいいんじゃない。
萃香 笑って読むものなのかなあ(苦笑)。まあしかし相変わらず鬼気迫る嫉妬描写はほんとすごいね。全体の構造は、霊夢の言う通り夢オチ連作っていうのが普通の読みだと思うけど、パチュリーが書評で書いたように「最初の妄想こそが現実で、残りの物語は彼女の走馬灯と取ることもできるし、あるいはハッピーエンドを探し求めて同じ時間を何度もやり直す時間SFともとれる」って読み方もできるように書かれてる。夢オチ嫌いな人にはオススメしないけども(笑)、いろんな恋愛のバリエーションが書かれてて、それが破局に向かっていく展開もいちいち説得力があるから、恋愛が破局したことがある人は身につまされるエピソードがひとつはあるんじゃないかな。
霊夢 あんたがそんなこと言っても説得力ないわよ。
萃香 ひどいな! 私だってこう見えてねえ、霊夢よりずっと永く生きてんだからさあ。
霊夢 (無視して)前回候補になったときは誰がパルスィ推してたんだっけ?
萃香 全く……(ぶつぶつ)。前回候補は第十回の『緑色の眼をした私』だね。えーと……(《幻想演義》のバックナンバーを取り出し)ああ、パチュリーが推してるね。でも全体としてはあんまり切実に共感してくれる選考委員がいなかった感じ。そういう意味では、今回は『緑色』より一般性のある内容だと思うからワンチャンあるんじゃない?
霊夢 慧音が「夢オチなんてけしからん」とか言わなきゃいいけど。


◆魂魄妖夢『悪霊斬り〝桜花〟』(白玉書店)初
  予想…霊夢- 萃香-  評価…霊夢C 萃香C

萃香 前回の卯堂院レイスもびっくりしたけど、今回もびっくり仰天の初候補が二人。いや、まさかいまさら魂魄妖夢が候補になるとは。
霊夢 ほとんど読んでないけど、キャリアだけならもうベテランよね?
萃香 何しろ作家デビューは第一二〇季。選考委員の慧音や藍と同年のデビュー(笑)。十三年目にして初ノミネートは文句なく歴代最長記録だね。デビュー作に始まる《辻斬り双剣伝》シリーズを、去年十二年がかりで完結させたんだけど、今回候補になったのはそれと並行して《幻想演義》に断続的に書かれてた連作。悪霊だけを斬る妖刀〝桜花〟を振るう謎めいた剣士が、各地で家や人に憑いた悪霊退治をする剣豪小説だね。
霊夢 悪霊を斬るには、その悪霊がなぜ悪霊となったかの《因果》を知る必要があるって言って、過去の出来事を探っていく過程はちょっとミステリーっぽいけど、アガサクリスQに比べると謎解きはあんまり面白みがないのよねえ。
萃香 いや、そこはメインじゃないからアガサクリスQと比べるのはちょっと(苦笑)。比較対象はやっぱり大橋もみじだと思うし、大橋もみじを超えてるかって言われると、やっぱりそこはちょっと厳しい。剣豪によるトラブルシューティングものっていう構造は初期の『白狼の咆吼』に似てるから尚更ね。妖夢の文章って、デビュー当初に比べれば随分上手くなったけど、やっぱり生真面目というか生硬だから、悪霊退治の場面があんまり盛りあがらない。それこそ永月夜姫とかに同じ設定で書かせればもっとケレン味たっぷりに書くだろうに……。
霊夢 厳しいこと言うわね。ま、だいたい同感だけど、最後の〝桜花〟の正体に関するあれこれの部分は面白かったわ。〝桜花〟がなぜ悪霊しか斬れないのか、そもそもなぜ〝桜花〟って名前なのか。主人公の剣士は何者なのか。そういう一連の謎に対して、綺麗にオチがついて終わるから。確かめてみると最初の一行から大胆に伏線張ってて、そこはちょっと感心したわ。
萃香 結局ミステリとして読んでるんじゃんか!(笑) ま、そのへんの伏線回収がよくできてるのは私も認めるけど、今回は顔見せってことで、受賞は絶対ないね。大橋もみじがまだ獲ってないのに、ここで魂魄妖夢が獲ったら大問題だよ(笑)。
霊夢 幽々子が絶対厳しいこと言うでしょうしね。
萃香 目に見えるようだね(苦笑)。


◆比那名居天子『新世界クリエイター』(依神文芸社)初
  予想…霊夢- 萃香-  評価…霊夢C 萃香C

萃香 今回のびっくり初候補その二。卯堂院レイスに続いて比那名居天子が候補になるんだったら、もうこの先キース桶井やプリンセス公魚が候補になっても驚かんぞ(笑)。
霊夢 依神文芸社って初めて聞いたんだけど、なんで天界舎じゃないの? 天界の連中の本って全部天界舎から出てたじゃない。
萃香 聞いた話だと、天界を追放されたんだってさ。
霊夢 なにそれ。なにやってんのよ、あの傍迷惑天人。
萃香 そういうわけなんだかどうなんだか知らないけど、天界と地上に対する恨み節が爆発してるのがこの『新世界クリエイター』。話は要するに、天界も地上も一旦滅ぼして新しい理想の世界を創っちゃおう! っていう天地創世もの。書き出しが「天界が滅亡したこの日、世界は理想へ向けて大きな一歩を踏み出した。誰もが天界の滅亡を祝福し、天人が死に絶えたことを喜ぶ宴は三日三晩にわたって続いた」だからね(笑)。とにかく天界を滅ぼしたい、地上を滅ぼしたいという怨念が炸裂する前半がもう傑作で。
霊夢 天界も地上もとにかく馬鹿で間抜けに書かれてて、しょーもない理由であっという間に滅亡する。まあ、ここまで突き抜けてれば面白いけど。
萃香 むしろ、この原因のしょーもなさが魅力だね(笑)。こういう状況を正しく理解できてないお偉方の馬鹿な判断と、危機感を抱いた数少ない者を冷笑する民衆っていう構図、ひとつひとつは確かに現実にありそうで、それがこれだけ見事に重なりまくれば天界も地上も滅亡するっていう一種のシミュレーション小説。読者から見てまともに状況を理解できてる人物ほど理不尽に酷い目に遭う展開は、『幻想郷大水害』みたいな立派な者たちが災厄に立ち向かう系の話へのアンチテーゼみたいで笑えるし、前半はよく考えられてると思う。
霊夢 笑えるから許せるわ。でも、後半はちょっと、どうなの?
萃香 うん、後半の理想世界建設パートになるとがくっとリアリティがなくなっちゃう。前半の滅亡に対する熱意に比べると、後半は理想の世界についてあんまりちゃんと突き詰めて考えてないように見えるなあ。あるいは作者が本気でこれが理想郷だと考えているのか……。誰もが悲しみを感じない心を持てば悲しみのない世界ができる、貧しさという概念をなくせば貧することのない社会ができるって、そりゃそうだろうけど、法律をなくせば犯罪はなくなるみたいな理屈をドヤ顔で語られましても……。
霊夢 言いたいことはわかるけど、全然楽しそうに見えないのよねえ、この理想世界。なんで候補になったのかしらね、これ。
萃香 さあ。予選委員のパチュリーか小鈴が前半に惚れ込んだとかかな。


◆蘇我屠自古『日出ずる国の聖徳王』(道書刊行会)初
  予想…霊夢- 萃香▲  評価…霊夢D 萃香A

萃香 前回の受賞者は第一回・第二回稗田児童文芸賞受賞作家だったけど、今度は第三回受賞作家・蘇我屠自古が歴史小説で参戦。またしても児童文学系作家がかっさらうのか?
霊夢 ちょっと、あんたこれが本命でA評価なの?
萃香 え、霊夢これD評価? あー、まあそうか、そうなるか……。
霊夢 だってつまんないじゃない。慧音の小説と同じぐらい退屈だったわ。
萃香 うーん(苦笑)。一応聞くけど、どこがダメだった?
霊夢 どこって言われても、まずこの時代特有の用語や言い回しの説明がなさすぎて何がなんだかだし、何が起こってるかも説明が全然なくてよくわかんないし……。
萃香 この作品挫折した人が一番よく言ってる文句だね(苦笑)。
霊夢 そういうわけだから、これに関してはあんたに任せるわ。
萃香 はいはい(苦笑)。『日出ずる国の聖徳王』は、これまで恋愛小説や児童文学がメインだった蘇我屠自古が、神霊廟の月報に連載してた長編。大枠は聖徳太子を中心に、丁未の乱の後から煬帝への国書を携えた遣隋使の派遣あたりまでの二十年ぐらいを描く歴史小説なんだけど、慧音の書くような歴史小説との大きな違いは、後世の歴史的視点が一切入らず、聖徳太子の妻だった刀自古郎女の一人称で統一されてる点。千五百年近く前の歴史的事件を、まるでリアルタイムの話みたいな書き方で書いたっていう、なかなか他じゃ読めない作品に仕上がってる。歴史的な出来事を完全に当事者の視点に絞って、後世の視点を排して書くって試みは慧音も『神剣動乱』とかでやってるけど、ここまで徹底した例はたぶん他にない。だから刀自古郎女と聖徳太子の恋愛小説、あるいは妻視点の家族小説みたいにも読める。当時の歴史に興味がなくても、人間としての聖徳太子に対する興味で引っ張れる構造になってるわけで、非常に巧いと思うんだけど、引っ張られてくれなかった人間がここにいるからなあ……(苦笑)。
霊夢 悪かったわね。
萃香 まあ、霊夢の言ってる文句は実際よく言われてて、挫折した読者も多いらしいね。何しろ文体が時代がかってる上に、ほんとに後世の読者向けの説明が一切なくて、完全に当時の語彙と常識に則って書かれてるから、ある程度歴史の知識がないと意味不明な部分がけっこうあって。聖徳太子の妻という立場においてその時点で知り得ることしか書かない、というのを徹底してるんで、小説としては読者の前提知識レベルをかなり高く設定してる。そういう風に書くのが狙いの小説だから仕方ないんだけど、せめて年表と用語解説はつけてほしかった(苦笑)。
霊夢 ていうかあんた、よく読めたわねこれ。
萃香 いや、私もさすがに最初はちょっと難儀したよ。でも雰囲気が掴めてくれば、説明がないなりに何が起きてるかはおぼろげに見えてくる。そこで慧音の歴史の教科書を引っ張り出してきて参照してみると、ぱっと視界が開けたみたいによくわかるから、読んでてわかんないところがあったら慧音の教科書でこの時代のあたりを引くのが正解(笑)。それに、一切説明しないからこの長さに収まってるわけで、慧音みたいに全部説明してたらたぶん倍以上の長さになるよ。
霊夢 で、その慧音が絶賛したと。
萃香 そう、《幻想演義》の書評コーナーで「幻想郷で書かれた歴史小説としては十年に一度の傑作」と大絶賛。その前の「十年に一度」は八坂神奈子の『天照戦記』のことなのかな(笑)。だから選考会では慧音は間違いなくこの作品を全力推しだね。阿求もエッセイで好意的に取り上げてたから推すと思う。実際、狙いは完璧に成功してて、読み応えのある小説に仕上がってるから、この読者への要求レベルの高さが問題にならなければ、受賞も充分あるんじゃないかな。文あたりは文句言いそうだけど。
霊夢 魔理沙の『星屑ミルキーウェイ』が落ちて慧音が獲ったときみたいねえ、なんか。
萃香 確かに。果たして歴史は繰り返されるのか否か、楽しみだねえ(笑)。


◆純狐『倶に天を戴かずとも』(純化堂書店)初
  予想…霊夢○ 萃香◎  評価…霊夢B 萃香A

霊夢 最後は今年の恋愛文学賞受賞作。
萃香 というかまさかこれが恋愛文学賞を獲るとは(笑)。分類としては犯罪小説じゃない?
霊夢 予備選考で阿求が「残しましょう」って強硬に言い張るんだもん。
萃香 で、幽香と小鈴が推して受賞っていうのはマッチポンプを感じる……(苦笑)。いや、いい作品だと思うし、アガサクリスQを倒すとすればこれが最有力だと思う。
霊夢 永琳から聞いたけど、これほとんど私小説らしいわね。
萃香 みたいだね。夫に息子を殺された妻が、別の女の元に走った夫とその新しい妻を憎しみ抜いて、その憎悪だけを生きがいに、永い時間をかけてふたりを殺すまでを描いた話。
霊夢 まあ、迫力はすごいわね。元凶は夫のはずなのに、夫は中盤でわりとあっさり殺しちゃって、残った新しい妻への憎しみだけがどんどん純化していく様が特に。
萃香 最初は向こうに気付かれないように相手のことを調べに調べて相手の全てを知り尽くすと、今度は相手に自分の憎しみの感情を知らせるためにありとあらゆる手を尽くす。うんまあ確かにやってることは片思いと変わらない(笑)。文章は今回の候補作の中でも飛び抜けて巧いし、主人公の協力者になる女神がいいキャラしててね。主人公だけだと果てしなく陰鬱な話になるところを、絶妙なコメディリリーフになってる。毎回変な服着て現れるところとかさ(笑)。そういや霊夢はこの主人公と協力者と、月侵略騒ぎのときにやりあったんだよね。モデル小説苦手の霊夢的にはどうなの?
霊夢 これの場合、モデル小説じゃなくて本人の自伝みたいなもんだから、あああいつらこういう理由で月に喧嘩売ってたわけね、っていろいろ腑に落ちたわ。
萃香 本人だって明言されれば気にならないわけね(笑)。女神は果てしなく憎しみを純化させていく主人公を客観化する立ち位置にもなってて、主人公についていけない読者は女神側から読むこともできるあたり周到だね。こういう話、パルスィが書くともっとブラックユーモアな感じになるんだけど、純狐は文章が格調高いから、青娥娘々から露悪趣味を抜いたような端正な仕上がりで。細部まで気が配られてて、小説技術的には今回はこれが一番だと思うよ。
霊夢 じゃ、アガサクリスQとこれの二作受賞? 咲夜とかも好きそうだし、これ。
萃香 慧音も『聖徳王』の次ぐらいに推すだろうし、可能性は充分あるけど。前回も二作受賞で、ここ四回で三回二作受賞だから、今回は一作だと思うなあ。この作品の不安要素は、恋愛文学賞受賞作がそのまま二冠を達成した前例がないことと、作風的にパルスィと被ってることかな。『亡失のフェニックス』と『スラムラビット』が共倒れになった前例があるから……。


◆まとめ

萃香 しかし、白蓮が「弟子の作品が候補になることが多いから」って言って辞めたのに、今回は命蓮寺の作品が候補になってないってのはどういうことなんだろうね(苦笑)。船水三波も三輪雲衣も星丸小虎も幽谷響子もちゃんと新刊出したのに。
霊夢 ていうか、白蓮は前回で慧音と喧嘩別れしたんじゃないの? 『エイリアンはもう帰れない』への受賞に対する抗議の退任ってみんな言ってるわよ。
萃香 まあ、それもあったと思うけど。たぶん気兼ねなく船水三波や三輪雲衣に獲ってほしいってことなんじゃないの。いつのことになるのかは知らないけど。
霊夢 それで代わりがヤマメってのはどう思う?
萃香 うーん、さとりと違ってヤマメはあんまり書評とか書くタイプじゃないから、読み手としてどうなのかは私もよく知らないなあ。とは言っても他に選考委員やってない受賞者だと魔理沙、虹川月音、河城にとり、門前美鈴、関万旗、秋静葉あたりはやりがたらないだろうし、永月夜姫を選考委員にしたら選考会の空気が大変だろうし、青娥娘々はいろいろヤバいし(笑)、既受賞者から選ぶならヤマメぐらいしか選択肢がなかったんだろうねえ。
霊夢 で、票読みするとどうなるのよ、今回は。
萃香 まず慧音は『聖徳王』。もし『聖徳王』が早めに落ちたら、一番文章の巧い純狐に行くんじゃないかな。
霊夢 咲夜はたぶんアガサクリスQと純狐よね。藍は?
萃香 一番SFっぽいのは『新世界』だけど、まさか藍が『新世界』を推すとも思えないし(笑)。藍は確か前に書評で咲夜の『ベラドンナの奇術』を評して「ミステリの面白さとSFの面白さは、ある意味では同質だし、ある意味では対極にある」みたいなこと言ってたから、果たしてアガサクリスQをどう評価するんだか読めないね。パチュリーみたいに、パルスィをSFとして読んで推すのかな。文はたぶんアガサクリスQ一点推し。まさか大橋もみじへの嫌がらせのためだけに妖夢を推すこともないだろうし(苦笑)。
霊夢 阿求は前回の選評であれだけ推したんだしアガサクリスQ推しだとは思うけど、純狐のも『聖徳王』も別のところで推してるから、どうするんだか。
萃香 幽々子はまあいつも通り我が道で、小松町子かパルスィあたりだろうね。
霊夢 まあ、文と咲夜と阿求の票が確実だから、あとひとり説得すればいいってなればアガサクリスQになるでしょ。
萃香 どうかなあ。新選考委員のヤマメがどう出るか。浮き世の義理でパルスィを推すとは思うけど(笑)、Qに行くのか、それとも純狐か『聖徳王』か。
霊夢 順当にアガサクリスQだってば。
萃香 そう言って順当に行ったことが今まで何回あったと思ってるのさ(苦笑)。

(文々。新聞 師走22日号より)

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