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第12回稗田文芸賞

2017/11/09 20:17:23
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第12回稗田文芸賞候補作発表

 幻想郷文芸振興会は15日、第12回稗田文芸賞の候補作を発表した。
 今回は7作品がノミネート。選考会は24日、人間の里の稗田邸にて行われる。
 候補作は以下の通り。

 永月夜姫『殺戮のデッドエンド』(竹林書房)
 星丸小虎『屋根裏トンネル』(命蓮寺)
 船水三波『セイレーン号の遍歴』(命蓮寺)
 青娥娘々『この子の生まれたお祝いに』(道書刊行会)
 厄井和音『厄捨て場には神様がいる』(鴉天狗出版部)
 多々良小傘『ソードスミスの子供たち』(博麗神社)
 ミス・レッドラム『ルージュ・ノワールの口づけを』(スカーレット・パブリッシング)

(文々。新聞 師走十六日号より)



博麗霊夢&伊吹萃香の第十二回稗田文芸賞メッタ斬り!

 10年ぶりにミス・レッドラムが稗田文芸賞に殴りこみ! 聖白蓮の選考委員就任で、ますます波乱必死の第十二回稗田文芸賞を、おなじみメッタ斬りコンビが徹底解説! 果たして今年度の栄冠は誰の手に!?

◆受賞レース予想&作品評価
(◎…本命 ○…対抗 ▲…大穴 評価はA~Eの五段階)

 霊夢 萃香
 ◎A -A 永月夜姫『殺戮のデッドエンド』(竹林書房)         3回目
 -C -C 星丸小虎『屋根裏トンネル』(命蓮寺)            初
 ○B ◎B 船水三波『セイレーン号の遍歴』(命蓮寺)          3回目
 ▲A -A 青娥娘々『この子の生まれたお祝いに』(道書刊行会)     2回目
 -C ○A 厄井和音『厄捨て場には神様がいる』(鴉天狗出版部)     3回目
 ▲A ▲B 多々良小傘『ソードスミスの子供たち』(博麗神社)      初
 -C ◎B ミス・レッドラム『ルージュ・ノワールの口づけを』(S・P) 2回目



◆永月夜姫『殺戮のデッドエンド』(竹林書房)3回目
  予想…霊夢◎ 萃香-  評価…霊夢A 萃香A

霊夢 今回も無理。全く予想つかないから無理矢理印つけたわ。
萃香 私も。今回は間違いなく稗田文芸賞史上空前の大混戦回。大本命不在なのは第6回と同じだけど、第6回と違って候補作が決定打に欠けるわけじゃなく、逆に今回は候補作の質的には本当にどれが獲ってもおかしくない。しかも作者の新境地を示した力作が多いから尚更、今までの作家評価がほとんど当てにならない。霊夢の本命は永月夜姫?
霊夢 まあね。何かと問題の慧音も『バイバイ、スプートニク』で永月作品に厳しく当たるの止めたみたいだし、いい加減獲らなきゃおかしいでしょ、実力的に。
萃香 いやあ、どうだろうね。『殺戮のデッドエンド』は、ディストピアSF系のノワール小説。舞台は、人々が肉体と精神の清浄さを保つため、死という概念を見えないように排除した世界。死というものを認識すると肉体と精神が汚染され、その汚染度が基準値を超えると《処理》される。主人公はその《処理》を担当する《先天的汚染者(デッドエンド)》の少女・レイリと、彼女に親友を《処理》されてしまった少女・クーヤ。クーヤとの出会いで、人知れず汚染者を《処理》する日々に疑問を抱いたレイリは、都市に対する叛乱を企てる……って話で、後半はもう主人公コンビが都市の住民を殺して殺して殺しまくる。この主人公コンビを肯定できるか否かで賛否両論まっぷたつの問題作なわけで。個人的には傑作だと思うけど、果たして稗田文芸賞がこういう作品に賞をあげられるかどうか。特に慧音なんか、人を人とも思わない、ほとんどミス・レッドラムの血みどろアクションみたいな後半に全力で反発しそうだけど。
霊夢 その、主人公を肯定できるか否かっていう読み方自体がピント外れてると思うのよ。だって作中で主人公の無差別殺人に対して疑問をぶつけたり、反論したりするキャラが一人もいないじゃない。つまりそもそも、行為の是非は問題じゃないわけで、作者が描きたかったのは《死》を排除した社会の気持ち悪さでしょ。社会から《死》が排除されてるから、主人公がどれだけ殺しまくっても、それを見ている群衆はそれが《死》だとも《危険》だとも認識できない。だからカカシみたいに突っ立ったままどんどん殺されていく。どれだけ死体の山が積み重なっても、主人公以外は誰も、それがどういう状況なのかを理解していないっていう、このとんでもなく気持ち悪いクライマックスが最大の読みどころでしょ?
萃香 いや、それは全くもってその通りだと思うよ。思うけどさ、果たして選考委員がそこまで読み取ってくれるかどうか(苦笑)。特に慧音なんか、ただでさえ露悪的な作品には厳しいし、白蓮や阿求も嫌いそうだし……。咲夜は喜ぶだろうけど、受賞は無理だと思うなあ。
霊夢 普通に読めば「ちゃんと《死》に向き合わなきゃダメでしょ」っていう話だから、表面にさえ囚われなかったら慧音とか好きそうな話だけど。
萃香 永月夜姫本人を知ってると、お前が言うなの極みだけどね(苦笑)。あと、選考委員にも耳が痛いのが居そうだから、はてさて……。


◆星丸小虎『屋根裏トンネル』(命蓮寺)初
  予想…霊夢- 萃香-  評価…霊夢C 萃香C

萃香 ふたりとも無印は星丸小虎だけか。
霊夢 門前美鈴みたく、子供向けで人気なのよね?
萃香 『ミッシングハンター・ナッツ』ね。失せ物探し専門の探偵・ナッツが快刀乱麻に事件を解決するシリーズで、里の子供たちの間での人気は『風雲少女・リンメイが行く!』に次ぐヒット作だよ。これはその星丸小虎の初の大人向け青春家族小説。家族の中でひとりだけ血が繋がっていないことが引け目で、家族に背を向けていた少女が、ある日屋根裏から家族それぞれの部屋を覗けることに気付いて、こっそり家族を観察するうちに、だんだん心を開いていく……っていう、なんともまあ心が洗われるような善性に満ちたハートフルな話で。
霊夢 あんたそれ褒めてないでしょ。
萃香 いやあ、こういうのばっかり読むと疲れるけど、たまにはいいよね(笑)。
霊夢 でもやっぱり稗田児童文芸賞向きじゃない? 出てくるのも善人ばっかりだし、タイトルになってる屋根裏のトンネルが、ただ家族を繋ぐ架け橋になるってだけじゃなく、家族の幸せのかけらを集める洞窟探検の宝探しでもあり、後半には家族のピンチを救う脱出口にもなるっていう展開も、よくできてるけどどっかジュヴナイルっぽいのよね。それぞれの家族のエピソードも、いい話だけどステレオタイプだし。
萃香 そこは小説のタイプ的には欠点じゃあないとは思うよ。ただ稗田文芸賞の場でそこが評価されるかはまた別問題だけどさ。
霊夢 ところで、これと船水三波が命蓮寺の作品だけど、今回から正式に選考委員になる白蓮は推すのかしら?
萃香 どうだろうねえ。少なくともこれは間違いなく白蓮が好きなタイプの話だけど、しかしさすがに、『土の家』『いじわる巫女』路線で受賞するにはちょっと弱いかな。今の幻想郷に引きつけて考える余地のあるような話でもないし、良い話ってだけだとやっぱりこういう賞では不利だよね。さすがにこの面子じゃ相手が悪い。まあ、『ミッシングハンター・ナッツ』が次の巻で完結するらしいから、それで次の稗田児童文芸賞獲ってめでたしでいいじゃん(笑)。
霊夢 はいはい。まあ、少なくとも私には必要のない小説だったわ。


◆船水三波『セイレーン号の遍歴』(命蓮寺)3回目
  予想…霊夢○ 萃香◎  評価…霊夢B 萃香B

霊夢 で、あんたは船水三波を本命にしたってわけ?
萃香 迷ったけど、これならいけると踏んだ。タイトル通り、《セイレーン号》という船の、建造から処女航海、難破して沈没、幽霊船となって海底を彷徨い、成仏するまでの遍歴を連作形式で描いた作品。船水作品は大別して『幽霊客船はどこへ行く』系の痛快冒険小説路線と、『大海原の小さな家族』系のほのぼの疑似家族小説路線があるけど、今回はクロニクル形式で一隻の船が乗せた様々な人の想いを描いた、新境地を示す力作だね。個人的な趣味でいうとそんなに好きなタイプの作品じゃないんだけどさ(笑)。
霊夢 私は今までの船水作品の中だとこれが一番好きかも。散々雑だって言われてた文章も、わりと今回は真面目に書いてるし、相変わらず人物描写は巧いしね。作中でけっこう長い時間が流れるけど、最初の話の船大工の子孫っぽいのが後半で出てきたり、各話の登場人物がちょっとずつ繋がってるあたりもいいわね。そういえば、書評で慧音が褒めてなかった?
萃香 《幻想演義》の書評コーナーで褒めてたね。文体に対する意識が生まれ、小説としての風格が出てきたって。船水三波の普段の文体は小説の文章ってより話芸なんだよね。本で読むより本人に朗読させた方が面白いっていう(笑)。少ない語数でわかりやすく状況を伝えることに特化してるから、小説として読むとどうしても色気がなく、表現が大げさなわりに密度も薄く感じられるわけで。改行も多いしね。倍角フォントで「ドゴォン!」とか書いちゃうのも、話芸だと思うと納得できるんだけど、小説でそれをそのまま書いちゃダメだろ、っていうのも、まあわからんでもない。
霊夢 今回はそういういつもの文体を封印してみたと。
萃香 頑張って小説の文章を書こうとしたってことだね。まだちょっとぎこちないけど、慧音は努力を認める形で推すと思う。白蓮も身内だから強く推すのは遠慮するかもしれないけど、さすがに反対するってことはないだろうし、阿求も好きそう。私としちゃ、船水三波にこういう方向にはあんまり行ってほしくないんだけどさあ……。
霊夢 いいじゃない、どういう方向に進むかは作者の勝手よ。私は今までのより好きだから、こういうのをこれからも書くなら今までより注目して読むわ。
萃香 これで受賞したらそっち行くんだろうなあ。ううんそう考えると獲ってほしくない気がしてきた。うおお。


◆青娥娘々『この子の生まれたお祝いに』(道書刊行会)2回目
  予想…霊夢▲ 萃香-  評価…霊夢A 萃香A

萃香 一方、誰に何を言われても自分を曲げないのが青娥娘々。今回も路悪趣味とグロ描写バリバリで、候補に挙げる方も挙げる方だね(苦笑)。どうせパチュリーか小鈴の仕業だろうけど。両方かな。
霊夢 結婚してから八年、なかなか子供ができず周囲からの重圧に追いつめられている夫婦のもとに、得体の知れない仙人が現れて、妊娠と安産を保証する秘術と秘薬を授けましょう、と持ちかけてくる……っていうホラー小説。話自体は目新しくないけど、生理的嫌悪感の演出の仕方が巧すぎて鳥肌たちっぱなしだったわ。傑作だと思うけど二度と読みたくない。
萃香 ちょっと長めの中編ぐらいの薄い本だけど、前半の子供ができないことで周囲から徐々に追いつめられていく妻の描写も堂に入ってるし、仙人が出てきてからのじわじわと真綿で首を絞めるように迫ってくる気持ち悪さと怖さの描写は半端じゃない。ようやくできた子供が産まれるのを心待ちにしていた夫婦が、どこかから聞こえてくる赤子の泣き声に恐怖しだし、ついには自分の腹の赤子に怯え始めるあたりの鬼気迫る描写はほんとすごい。そこから先の阿鼻叫喚は、日本語ってこれほどイヤな描写ができるのかって思うぐらいイヤだね。死ぬほど性格が悪くて本当に素晴らしい(笑)。
霊夢 おかげで里で赤ん坊の顔がマトモに見られなくなったじゃないの。
萃香 「赤ん坊がいる家の方には絶対にオススメしません」っていう霧雨書店のポップは傑作だったね。
霊夢 ところでホラーってあんまり読んでないんだけど、これは幻想郷のホラー小説として歴代でどのへんぐらいの作品?
萃香 かなり上に来るのは間違いないね。ただ、評価してくれる選考委員は咲夜ぐらいじゃないかなあ……。日本語における恐怖描写の到達点って意味で慧音が褒めてくれたりすれば受賞もありそうだけど、文が反対しそう。こんな気持ち悪い話読みたくないです、って言って。
霊夢 幽々子が好きそうじゃない? 前に候補になったときも褒めてなかった?
萃香 あー、そういえば確かに『腐乱ドール』推してたね。
霊夢 どうせだから受賞してばんばん売れて、みんなこの気持ち悪さを体験するといいわ。
萃香 そういう性格の悪いこと言いなさんなって(苦笑)。


◆厄井和音『厄捨て場には神様がいる』(鴉天狗出版部)3回目
  予想…霊夢- 萃香○  評価…霊夢C 萃香A

霊夢 こないだの幻想郷恋愛文学賞落選作。……って萃香、あんたがこれにAつけてるの? 意外すぎるわそれ。
萃香 あにさ、私が恋愛小説にAつけちゃ悪い? 風見幽香の『輪廻の花』にだってAつけたよ。白岩怜的なこっ恥ずかしいのが苦手なだけだってば。
霊夢 いや、これなんてまさに白岩怜系のこっ恥ずかしい恋愛小説じゃない。誰もが自分の身体から溜まった厄を自由に取りだして捨てられるようになった世界で、街角の《厄捨て場》の管理をしている嫌われものの少女が、転んでぶちまけてしまった厄を一緒に拾ってくれた人間に恋をする。だけど少女の身に染みこんだ厄が原因で、やがて二人には悲しい運命が――なんて、あんたの苦手なシチュエーションの役満じゃないの。恋愛文学賞では案の定白岩怜が惚れ込んで猛烈に推してたし。あいつ自分の書いてるものが一番好きっていうタイプだからねえ。
萃香 えーえーそうです、確かに私が一番苦手なタイプの恋愛小説ですよ。白岩怜的な話を逆側から書いたような話だし。でもこれでも一応書評家としてさ、どんなに趣味と違おうとも、それを吹き飛ばすだけの美点があると思った作品はちゃんと褒めることにしてるわけ。
霊夢 美点って?
萃香 そりゃもう、このシチュエーションでウジウジしない主人公の造形。白岩怜だったらさあ、後半で主人公が大切な人を不幸にしないために悲しみを押し殺して姿を消して、相手がそれを追いかけてきて……みたいな話に絶対なるじゃん。だけどこの主人公は、自分の抱えた厄が相手を不幸にしない方法を一生懸命考える。自分が一緒にいると相手を傷つけてしまうときにどうするか――ってのは恋愛ものの定番の悩みだけど、不幸の原因側にいる方が逃げるんじゃなく、ここまで迷いなく立ち向かう話は珍しい。そこがホント素晴らしいと思う。霊夢こそなんで評価Cなわけ?
霊夢 私は逆に、そこであれこれ小手先の解決法を考える方に引っ掛かったのよ。そもそも主人公が厄捨て場の管理なんて仕事をほっぽりだせば全部解決じゃないの。
萃香 あー、そこか……。いやそこはシステム上必要なもので、誰かがやらないといけないっていうことと、主人公がそれをやる動機はちゃんと書いてるじゃん。
霊夢 そこに抵抗するのが自由ってもんじゃないの。『殺戮のデッドエンド』みたく。
萃香 確かに、シチュエーション的には『殺戮のデッドエンド』と似てるんだよね。社会の暗部、みんなが見たくないものの処理を押しつけられた存在の話って意味で。『デッドエンド』はそれに正面から抵抗する話で、こっちはそれ自体は必要悪として受け入れた上で対策を考える。なるほど考えてみると好一対だなあ。選考委員は霊夢の見解を採るか私の見解を採るか、これは興味深いね。


◆多々良小傘『ソードスミスの子供たち』(博麗神社)初
  予想…霊夢▲ 萃香▲  評価…霊夢A 萃香B

萃香 さて、今回の伏兵。いやまさか小傘がこんな小説を書くとは。
霊夢 悔しいけど面白かったわ。小傘の小説って、今までは出来の悪さが逆に独特の味になってるみたいなへっぽこホラーもどきだったのに、今回はばっさり方針転換。原稿で読んだとき普通に面白いんでびっくりして、うっかりあいつに食事させちゃったのよ。悔しい。
萃香 名刀を作る年老いた人間の刀鍛冶職人が妖怪の兄妹を拾って、自分の技術を伝えていく。やがて兄妹は亡くなった刀鍛冶の跡を継いで名刀を次々に作っていくんだけど、その刀が妖怪狩りに使われていることを知ってしまい……。前半は人妖疑似家族の子育て小説で、刀鍛冶のお仕事小説。後半は職人の業と理性がぶつかり合う職人小説で、武器を作る側から見た戦記小説みたいにも読める。色んな読み方ができる、懐の広い小説だね。いや私もほんとびっくりした。今までの小傘の出来損ないのお化け屋敷みたいな小説も、最近ようやく一周回って嫌いじゃないぐらいには受け入れられるようになってきたところだったのに(笑)。ところでなんで博麗神社から出たの? 小傘の本って今まで守矢新社か命蓮寺から出てなかった?
霊夢 あいつがいきなり持ち込んできたのよ。どういうつもりなんだか知らないけど、どうせ今まで通りのへっぽこホラーだろうと思って読まずに突き返そうとしたんだけど、読んでくれなきゃ夜な夜な賽銭箱を舐め回すとか言うから……。まあ、おかげで得したけど。《文々。新聞》で大橋もみじが褒めたおかげで売れ出したし。
萃香 だからってオビに作者名より大きく大橋もみじの名前が出てて、まるで大橋もみじ作品みたいに見える装丁はどうなのさ?(苦笑) 弱点としては、色んな要素が入ってるぶん、最終的にうまくネタをまとめきれてない部分はあると思う。後半から出てくる妖怪狩りの達人を巧く話に活かせてないところとかね。あと惜しむらくは登場人物のキャラ付けがわざとらしいのと、内容に比べて文体が軽すぎることで、八坂神奈子みたいな迫力を出せとは言わないけど、せめて戦記もののときの門前美鈴ぐらいの重量感は欲しいなあ。
霊夢 それはないものねだりじゃないの? 刀鍛冶の仕事のディテール書き込んでるわりに、読みやすくていいと思うわよ。いくらでも重く書ける話をそう書いてないところがいい個性になってるじゃない。何にしても、これがまぐれじゃないことを祈りたいわ。
萃香 どうだろうかねえ。小傘が一皮剥けるブレイク作になるか否か、稗田文芸賞がそれを後押しできるか。まあ、受賞しなくても小傘の代表作として語り継がれるのは間違いないかな。


◆ミス・レッドラム『ルージュ・ノワールの口づけを』(スカーレット・パブリッシング)2回目
  予想…霊夢- 萃香◎  評価…霊夢C 萃香B

霊夢 で、今回の最大の焦点……に、なるのかしら?
萃香 去年、門前美鈴の稗田文芸賞受賞を受けて、スカーレット・パブリッシング代表のレミリアがぶちあげたのが、同社出版物による文学賞独占計画。目論見通り、八坂神奈子賞は十六夜咲夜の集大成的傑作『刃は時を刻む』が、稗田児童文芸賞は完結祝いも兼ねて門前美鈴の『風雲少女・リンメイが行く!』が受賞。しかし幻想郷恋愛文学賞はスカーレット・パブリッシングの作品が候補にならず、レミリアが文句言ってきたんだっけ?
霊夢 なんでパチュリーの『私はいかにして本棚のビスを愛するようになったか』を候補に入れないのか、って言われてもねえ。
萃香 あれで恋愛文学賞獲らせるつもりだったのかい(苦笑)。仮に候補にしたって、どう考えたって白岩怜や幽香があれに賞あげるわけないじゃん。
霊夢 かといって咲夜にあげたら、それこそ今更の極みだし。
萃香 まあ、そんなわけで完全独占はならなかったわけだけど、そのリベンジも兼ねて送りこまれてきたのが、満を持して登場した本丸、ミス・レッドラム『ルージュ・ノワールの口づけを』。なんと実に十年ぶりの候補入り。第二回で『ナイトメア症候群』がボロクソに言われて落とされ、それでレミリアが臍を曲げて稗田出版から出ていた紅魔館組の作品の版権を引き上げ、スカーレット・パブリッシングを設立、以降門前美鈴作品以外はなんとなく稗田文芸賞の対象外っていう感じだったんだけど、ついに十年来の冷戦状態が解消された。
霊夢 私、レミリアの小説って何読んでも一緒だからもう何年もまともに読んでないんだけど、これってここ最近のレミリアの作品と比べてどうなの?
萃香 ずっと血みどろスプラッタアクションを書き散らしてきたミス・レッドラムが、半年かけて全力投球した精一杯の勝負作だね。無理に稗田文芸賞狙いって感じでもなくて、たぶんずっと温めてたネタだと思う。話は要するに半分自伝みたいなもんで(笑)、吸血鬼の主と人間の従者の関係が軸。人間であることに誇りを抱いている従者に対して、主が血を吸って眷族にしてずっと傍に置いておきたいという気持ちと、彼女の誇りを尊重したいという気持ちの間で揺れ動く。かつて吸血鬼ハンターだった従者と戦った過去をカットバックで挟みつつ、人間として徐々に年老いていく従者を眷族にするのか否か、という問題だけで最初から最後まで引っ張って読ませるわけで、いやあ、よく頑張ったと思うよ。ちょっと自己陶酔が過ぎて心理描写がところどころ独りよがりな謎ポエムになるのと、どうしても我慢しきれなかったらしいアクションシーンが浮いてるのが減点だけど。
霊夢 そりゃまあ、あのワンパターンな血みどろスプラッタと比べたら雲泥の差だけど、要するにこれ、レミリアから咲夜宛のラブレターじゃないの。恥ずかしいったらありゃしないわ。これを公の場で咲夜に選考させるとかどんな羞恥プレイよ。
萃香 結果そのものより、咲夜の選評が最大の見物だね(笑)。小説のタイプ的にはいかにも阿求が好きそうな話だし、咲夜が臆面もなく全力推薦に回れば可能性はけっこうあると思う。藍は従者に共感して読みそうだし。やっぱりこれをどうするかが今回の最大の焦点だと思うよ。


◆まとめ

萃香 改めて票を読んでみようか。慧音は『セイレーン』を推すのは間違いなくて、『屋根裏』『厄捨て場』も好きそう。『ソードスミス』はたぶん文章に文句言うかな。『デッドエンド』『この子』『ルージュ』は普段なら嫌いそうだけど、どう出るか。
霊夢 阿求は『厄捨て場』推しでしょうね。白岩怜推しの阿求が『厄捨て場』を推さない理由がないもの。白蓮は命蓮寺の二作を推すんだかどうか。それ以外だと『ソードスミス』が好きそうよね。
萃香 文もたぶん『ソードスミス』推し。あと『デッドエンド』も前々回の罪滅ぼしで推すと思う。『セイレーン』は私と同じ理由で推さないんじゃないかな。藍は……SF読みとして『デッドエンド』推しかな。『ルージュ』も好きだろうと思うけど。
霊夢 幽々子は『この子』は推すと思うけど、他は予想しにくいわね。咲夜はなんだかんだ言っても『ルージュ』全力推し、他に『デッドエンド』と『この子』推しってとこ?
萃香 やっぱりバラけそうだなあ。星丸小虎以外は本当にどれが獲っても納得いくよ。こうなるともう、白蓮と咲夜の身内票を他の選考委員がどう扱うかも含めて、誰が選考会の主導権を握るかっていう勝負になりそう。
霊夢 じゃあ、私の評価が低いやつが獲るジンクスで『厄捨て場』か『ルージュ』じゃない?
萃香 そのジンクスは前回崩れたじゃんか(苦笑)。
霊夢 これで星丸小虎が獲ったら、このコーナーもお役御免かもね。
萃香 いやいや、こういう予想は当たらないから面白いんだよ(笑)。

(文々。新聞 師走21日号より)

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