「突然だけど、かぼちゃ」
「本当に突然ね。ハロウィーンならずいぶん前に終わったわ」
「冬至よ」
「ああ、成程。煮物を作れと」
「柚子もあるわ」
「至れり尽くせりね。紅魔館はそんなに自給体制を整えていたのかしら」
「イベント事の好きな吸血鬼がいるのよ」
「成程ね。で、そちらのお相手はいいのかしら?」
「本番までには戻るわ。どうせクリスマスをやるのでしょうし」
「そういえばじきクリスマスね」
「元々冬至のお祭りだもの。ユールの日よ。シュトレンはあるかしら。ブッシュ・ド・ノエルでもいいけれど」
「うちはお菓子屋じゃない」
「私は客じゃないわ」
「それもそうね。とりあえずその辺に座っててくれるかしら」
「で、来客にお茶の一杯もないと」
「お客じゃないっていったのに」
「金銭のやり取りをする気は無いということよ」
「はいはい。シュトレンでいいわね? 今年のはなかなか上手く出来たのよ」
「期待してる」
「で、今日は何の用かしら」
「言ったでしょう、冬至よ」
「かぼちゃ食べに来ただけ?」
「まあ。あと柚子湯」
「うちは小料理屋でもなければ風呂屋でもない」
「じゃあなんでも屋ね。さしあたっては紅茶が怖いわ」
「はいはい。ジンジャーティーでいいかしら」
「砂糖多めで」
突然玄関を開けて入ってきたパチュリーは、かぼちゃを渡すと防寒具を脱ぎ始める。
「いくら探査術式が仕掛けてあるのを知ってるからって、挨拶は大事よ?」
「そういう水臭いの嫌いかと思って。ある程度親しくなったら態度も変わるのかと」
「親しき仲にも礼儀あり」
「まあ、水臭かったら醤油かけて食べたら良いわよね。おじゃましてるわ」
「今更」
冬の外気に当てられて、パチュリーの頬は赤く染まっていた。
コートをかけてマフラーをほどき手袋を外すと、リビングのソファーに身体を預ける。
そこへ上海人形がひざ掛けを持って飛んできた。
「上海はいい子ね」
「それもまた今更だわ。あなたの言葉の多くは突然と今更で出来ているのかしら」
「いいえ。基本的に"いつもの"で出来てる。特にアリスと話してるとね」
「うちは定食屋じゃない」
「定食屋というか、ツーカーよ。この言い回しだと通信業者みたいね」
「生憎通信インフラに参入した覚えは無い」
「マーガトロイド・ネットワーク?」
「白魔術の当ても無いわ。はいジンジャーティー」
「早いわね。時間止めた?」
「いいえ。誰かさんが探査術式に引っかかったから用意しておいたのよ」
「ナリコ・トラップとはニンジャめいているわね」
「忍者ではない」
「カタカナよ」
「もっとない」
「ところで、冬至ね」
「さっきも聞いたわ」
「……忘れたの?」
「何のことかしら」
「ふむ……。ところでかぼちゃはまだかしら」
「私は時間を止められない」
アリスはかぼちゃを持ち上げると、じっくりと眺める。
「で、ランタンを作ればいいんだったかしら」
「煮物」
「小一時間ほどかかるけれど」
「お茶請けさえあればいくらでも」
「ああ、シュトレン切るんだったわね」
戸棚の奥から大皿に乗ったシュトレンを取り出すと、1センチほどの厚みに切り分けた。
ふた切れずつ小皿に乗せると、自分の分の紅茶も持ってパチュリーの横に座る。
「どうぞ」
「随分奥に隠してあるのね」
「ああ、あれ? 見つかると全部食べられちゃうから。紅白とか黒白とか」
「まるで蝗害ね」
「シュトレンは少しずつ食べるのがいいのに」
「そういえば蝗害ってイナゴが原因じゃないのよ」
「蝗ってイナゴでしょう」
「魚偏に占うと書いてなんと読むかしら」
「アユね」
「海の向こうではナマズだったりもする」
「つまり海の向こうではイナゴじゃないってことかしら」
「ええ。トノサマバッタのことを蝗と書くわね」
「ああ、あのでっかいの」
「つまり濡れ衣」
「冤罪はよくないわよね」
「人の世は誤解曲解無理解で出来ているのよ」
「あるのは解釈だけ、ってやつかしら」
「そんなところ。今頃うちで準備しているクリスマスも、半ば意図的に冬至の祭りをジーザスクライスト聖誕祭と習合したものだから」
「誕生日じゃないのね。まあ、なんでもない日を祝うほうがお得だわ」
「a very merry Unbirthday to you とはいかにもアリスだけれど」
「それは私じゃないアリスね?」
「ええ。兎を追いかける方。同じ文字列が常に同じ対象を指し示すわけではない」
「パチュリーがお香だったりするものね」
「多分それはパチョリだと思う。間違ってはいないけど」
半目で告げるパチュリーを見て、アリスはくすくすと笑う。
「ところで聞きたいことがあるのよ。パチョリ・ナレッジ」
「人の名前で遊ばないで。アーデルハイド」
「うん?」
「アーデルハイトはアリスもしくはハイジ。一歩間違えばアルプスの少女にされてもおかしくない。ちなみにアデレードといえば愛称はエイダ。お前も人形にしてやろうか、となるわけだけど」
「ならない。混ぜすぎよ」
「かように人は同じ文字列に複数の情報源から得た情報を節操無く突っ込んでいくから意識的無意識的に概念のキメラを作り出すわけよ。クリスマスとか」
「クリスマス嫌いなの?」
「どの口が言うのかしら。まあいいわ。そもそも冬至の祭りの元を辿れば、代表的なのは太陽神の祭祀。不敗の太陽神についてのものね。名前はソル。バッドガイではない。これは時にミトラ神とも同一視されるわ。つまりマイトレーヤ、弥勒ね。五十六億七千万年後に現れる救世主よ。マイトレーヤはメッテッヤとも発音されメシアと関連すると言われる。メシアと言えばジーザスクライストね。スーパースターよ。と言う具合でキリストは太陽神としての神格を備えることも出来る。そのような自然の象徴としての神は死と復活という特徴を持つわ。冬至を境に昼が長くなっていく。冬の終わりとともに植物が芽を出す。太陽神や農耕神、天空神といった繰り返す季節に関連する神格の持つ特性ね。それゆえにイエスは処刑された後復活しなければならなかった」
「ひどい悪魔合体を見たわ」
「信仰なんてそんなものよ。キリスト教を広めるために当時盛んだった冬至の祭祀に乗っかったともいえる」
「処女懐胎とかもそうなのかしら」
「救世主イエスを人間イエスに戻していく過程を見るなら、そうなるでしょうね。処女懐胎はキリスト教の専売特許ではない。それ以前にもキュベレとアッティスというモチーフが存在するもの。ナザレのイエスという固有名に関連付けられたキーワードの多くは彼以前に存在した様々な人気のある伝説、つまり信仰に見られるものよ」
「桃太郎が桃から生まれるようなものかしら」
「かぐや姫が竹から生まれるようなものね。すごい人は生まれる前からすごい、という発想は珍しくない。坂田金時なんかもそうね」
「神様はなろうとしてなれるようなものではなく、周りから勝手に祭り上げられるってやつね」
「そう。神様だろうと英雄だろうと妖怪だろうと、彼らの名前は彼らの持ち物ではない。私の名前はパチュリー・ノーレッジだけれど、その名前は私だけが知っていても役に立たない。あなたやレミィや咲夜たち、私を知る存在が持っていなければ役に立たないし、パチュリー・ノーレッジという名前の意味は私が決められる性格のものではない。それは、その名前を使う人たちが決めるもの。だから、あまり人の名前を弄んではいけない」
「ふむ。丁重に扱いましょう。ところでパチョリ・ナレッジ」
右眉をくいっと上げながら、アリスは問う。
「あのねぇ……」
「聞きたいことがあるのだけど」
「ふむ、そういえば何か言いかけていたわね」
「今年は閏年だから、冬至は昨日よ」
「……あれ?」
「昨夜うちに来るって話だったと思ったのだけれど」
「ご、ごめんなさい」
「いいえ。冬至のかぼちゃを一緒に食べたいって言うからちゃんと用意してあったの。昨日」
「その……。申し開きのしようもないわ」
「まあ、いいわよ。どうせこんなことだろうと思っていたから。さ、用意するから食卓にどうぞ」
「……不覚だわ」
「かぼちゃ余っちゃったわね。ランタンにでもする?」
「もう好きにして頂戴。あ、アリス」
「何?」
「うちでクリスマスパーティーをやるらしいのだけど、どうかしら」
「それはいつの冬至かしら」
「もう」
「冗談よ。喜んでうかがわせて貰うわ」
軽くウインクをしながら、かぼちゃの煮物片手にアリスは微笑んで見せた。
「本当に突然ね。ハロウィーンならずいぶん前に終わったわ」
「冬至よ」
「ああ、成程。煮物を作れと」
「柚子もあるわ」
「至れり尽くせりね。紅魔館はそんなに自給体制を整えていたのかしら」
「イベント事の好きな吸血鬼がいるのよ」
「成程ね。で、そちらのお相手はいいのかしら?」
「本番までには戻るわ。どうせクリスマスをやるのでしょうし」
「そういえばじきクリスマスね」
「元々冬至のお祭りだもの。ユールの日よ。シュトレンはあるかしら。ブッシュ・ド・ノエルでもいいけれど」
「うちはお菓子屋じゃない」
「私は客じゃないわ」
「それもそうね。とりあえずその辺に座っててくれるかしら」
「で、来客にお茶の一杯もないと」
「お客じゃないっていったのに」
「金銭のやり取りをする気は無いということよ」
「はいはい。シュトレンでいいわね? 今年のはなかなか上手く出来たのよ」
「期待してる」
「で、今日は何の用かしら」
「言ったでしょう、冬至よ」
「かぼちゃ食べに来ただけ?」
「まあ。あと柚子湯」
「うちは小料理屋でもなければ風呂屋でもない」
「じゃあなんでも屋ね。さしあたっては紅茶が怖いわ」
「はいはい。ジンジャーティーでいいかしら」
「砂糖多めで」
突然玄関を開けて入ってきたパチュリーは、かぼちゃを渡すと防寒具を脱ぎ始める。
「いくら探査術式が仕掛けてあるのを知ってるからって、挨拶は大事よ?」
「そういう水臭いの嫌いかと思って。ある程度親しくなったら態度も変わるのかと」
「親しき仲にも礼儀あり」
「まあ、水臭かったら醤油かけて食べたら良いわよね。おじゃましてるわ」
「今更」
冬の外気に当てられて、パチュリーの頬は赤く染まっていた。
コートをかけてマフラーをほどき手袋を外すと、リビングのソファーに身体を預ける。
そこへ上海人形がひざ掛けを持って飛んできた。
「上海はいい子ね」
「それもまた今更だわ。あなたの言葉の多くは突然と今更で出来ているのかしら」
「いいえ。基本的に"いつもの"で出来てる。特にアリスと話してるとね」
「うちは定食屋じゃない」
「定食屋というか、ツーカーよ。この言い回しだと通信業者みたいね」
「生憎通信インフラに参入した覚えは無い」
「マーガトロイド・ネットワーク?」
「白魔術の当ても無いわ。はいジンジャーティー」
「早いわね。時間止めた?」
「いいえ。誰かさんが探査術式に引っかかったから用意しておいたのよ」
「ナリコ・トラップとはニンジャめいているわね」
「忍者ではない」
「カタカナよ」
「もっとない」
「ところで、冬至ね」
「さっきも聞いたわ」
「……忘れたの?」
「何のことかしら」
「ふむ……。ところでかぼちゃはまだかしら」
「私は時間を止められない」
アリスはかぼちゃを持ち上げると、じっくりと眺める。
「で、ランタンを作ればいいんだったかしら」
「煮物」
「小一時間ほどかかるけれど」
「お茶請けさえあればいくらでも」
「ああ、シュトレン切るんだったわね」
戸棚の奥から大皿に乗ったシュトレンを取り出すと、1センチほどの厚みに切り分けた。
ふた切れずつ小皿に乗せると、自分の分の紅茶も持ってパチュリーの横に座る。
「どうぞ」
「随分奥に隠してあるのね」
「ああ、あれ? 見つかると全部食べられちゃうから。紅白とか黒白とか」
「まるで蝗害ね」
「シュトレンは少しずつ食べるのがいいのに」
「そういえば蝗害ってイナゴが原因じゃないのよ」
「蝗ってイナゴでしょう」
「魚偏に占うと書いてなんと読むかしら」
「アユね」
「海の向こうではナマズだったりもする」
「つまり海の向こうではイナゴじゃないってことかしら」
「ええ。トノサマバッタのことを蝗と書くわね」
「ああ、あのでっかいの」
「つまり濡れ衣」
「冤罪はよくないわよね」
「人の世は誤解曲解無理解で出来ているのよ」
「あるのは解釈だけ、ってやつかしら」
「そんなところ。今頃うちで準備しているクリスマスも、半ば意図的に冬至の祭りをジーザスクライスト聖誕祭と習合したものだから」
「誕生日じゃないのね。まあ、なんでもない日を祝うほうがお得だわ」
「a very merry Unbirthday to you とはいかにもアリスだけれど」
「それは私じゃないアリスね?」
「ええ。兎を追いかける方。同じ文字列が常に同じ対象を指し示すわけではない」
「パチュリーがお香だったりするものね」
「多分それはパチョリだと思う。間違ってはいないけど」
半目で告げるパチュリーを見て、アリスはくすくすと笑う。
「ところで聞きたいことがあるのよ。パチョリ・ナレッジ」
「人の名前で遊ばないで。アーデルハイド」
「うん?」
「アーデルハイトはアリスもしくはハイジ。一歩間違えばアルプスの少女にされてもおかしくない。ちなみにアデレードといえば愛称はエイダ。お前も人形にしてやろうか、となるわけだけど」
「ならない。混ぜすぎよ」
「かように人は同じ文字列に複数の情報源から得た情報を節操無く突っ込んでいくから意識的無意識的に概念のキメラを作り出すわけよ。クリスマスとか」
「クリスマス嫌いなの?」
「どの口が言うのかしら。まあいいわ。そもそも冬至の祭りの元を辿れば、代表的なのは太陽神の祭祀。不敗の太陽神についてのものね。名前はソル。バッドガイではない。これは時にミトラ神とも同一視されるわ。つまりマイトレーヤ、弥勒ね。五十六億七千万年後に現れる救世主よ。マイトレーヤはメッテッヤとも発音されメシアと関連すると言われる。メシアと言えばジーザスクライストね。スーパースターよ。と言う具合でキリストは太陽神としての神格を備えることも出来る。そのような自然の象徴としての神は死と復活という特徴を持つわ。冬至を境に昼が長くなっていく。冬の終わりとともに植物が芽を出す。太陽神や農耕神、天空神といった繰り返す季節に関連する神格の持つ特性ね。それゆえにイエスは処刑された後復活しなければならなかった」
「ひどい悪魔合体を見たわ」
「信仰なんてそんなものよ。キリスト教を広めるために当時盛んだった冬至の祭祀に乗っかったともいえる」
「処女懐胎とかもそうなのかしら」
「救世主イエスを人間イエスに戻していく過程を見るなら、そうなるでしょうね。処女懐胎はキリスト教の専売特許ではない。それ以前にもキュベレとアッティスというモチーフが存在するもの。ナザレのイエスという固有名に関連付けられたキーワードの多くは彼以前に存在した様々な人気のある伝説、つまり信仰に見られるものよ」
「桃太郎が桃から生まれるようなものかしら」
「かぐや姫が竹から生まれるようなものね。すごい人は生まれる前からすごい、という発想は珍しくない。坂田金時なんかもそうね」
「神様はなろうとしてなれるようなものではなく、周りから勝手に祭り上げられるってやつね」
「そう。神様だろうと英雄だろうと妖怪だろうと、彼らの名前は彼らの持ち物ではない。私の名前はパチュリー・ノーレッジだけれど、その名前は私だけが知っていても役に立たない。あなたやレミィや咲夜たち、私を知る存在が持っていなければ役に立たないし、パチュリー・ノーレッジという名前の意味は私が決められる性格のものではない。それは、その名前を使う人たちが決めるもの。だから、あまり人の名前を弄んではいけない」
「ふむ。丁重に扱いましょう。ところでパチョリ・ナレッジ」
右眉をくいっと上げながら、アリスは問う。
「あのねぇ……」
「聞きたいことがあるのだけど」
「ふむ、そういえば何か言いかけていたわね」
「今年は閏年だから、冬至は昨日よ」
「……あれ?」
「昨夜うちに来るって話だったと思ったのだけれど」
「ご、ごめんなさい」
「いいえ。冬至のかぼちゃを一緒に食べたいって言うからちゃんと用意してあったの。昨日」
「その……。申し開きのしようもないわ」
「まあ、いいわよ。どうせこんなことだろうと思っていたから。さ、用意するから食卓にどうぞ」
「……不覚だわ」
「かぼちゃ余っちゃったわね。ランタンにでもする?」
「もう好きにして頂戴。あ、アリス」
「何?」
「うちでクリスマスパーティーをやるらしいのだけど、どうかしら」
「それはいつの冬至かしら」
「もう」
「冗談よ。喜んでうかがわせて貰うわ」
軽くウインクをしながら、かぼちゃの煮物片手にアリスは微笑んで見せた。