紅魔館地下大図書館。
そこに訪ねてきたアリス・マーガトロイドは、この部屋の主がいるであろう机の辺りへと向かっていた。
いつも机に本を積み上げ、紅茶もしくは珈琲片手に読書にいそしんでいるであろう魔女は、今日はその予想に反してひたすら単純作業を繰り返していた。
自身の左手側に積み上げた本を一冊手に取ると、小口をあらため、そこに半透明の器具を押し当てる。
「おじゃましてるわ」
「いらっしゃい。生憎と今は手が離せないけれど、本なら好きに物色していくといいわ」
「ん、適当に。で、何やってるの? いや、大体見ればわかるけど」
「保護魔法のかけなおしとハンコ押し」
「盗難対策かしら」
「不本意ながらね。犯罪がなければ対策は必要ない、とは思うものの。うちの使い魔からも、参照性がものすごく悪いからカタログ化してほしいと要望があって」
「あら、別に使い勝手は悪くないと思うけど。大体内容別に分かれているし、ほしい本の場所も推測しやすいように出来ていると思うわよ」
「みんながみんなあなたみたいに察しが良かったら良いのだけど。もしくは、この世界がアリスで出来てればいいのに」
「そんな世界は御免被るわ。面白みがないもの」
「私にとっては理想郷なのだけれど。で、何か探してるのかしら。うちの検索機能付き掃除婦ならその辺でぶらぶらしてるだろうから使っていいわよ」
「小悪魔が暇なのにあなたは忙しいの?」
「アレに任せられる性格の仕事ではないもの。というか、アレはこういう仕事を任せられる性格ではないわ」
「しょうがないわね」
アリスはパチュリーに向かって左手を差し出す。
自分もある程度の蔵書を管理しているし、ハンコ押しくらいなら出来る。
そう思って手を貸そうとしたが、パチュリーの反応が鈍い。
「いや、ハンコ」
「ああ」
何を思ったか、パチュリーが手の甲にハンコを押し当ててきた。
「違う。ハンコ押すくらいなら手伝ってあげるから貸しなさい」
「あら、優しいのね」
「単純作業で集中力切れてるんじゃない? 頭回ってなさそうよ」
「まあ、飽きてきているのは確かだけれど。睡眠の必要無い身とはいえ、さすがに三日続けてるとね」
「体弱いくせに何やってるのよ」
「全くだわ。これで頭も弱くなっちゃったらどうなるのかしら」
「人の手と本の区別が付かなくなるみたいね」
「ふむ。では、気分転換と行きましょう」
パチュリーが机の隅に置いてある呼び鈴を鳴らすと、ぱたぱたと羽ばたきながら小悪魔が文庫本を片手に歩いてきた。
「なんで飛んでないのに羽ばたいてるのよ。埃が舞うからやめて頂戴」
「失礼しました。はたきがけの最中でしたもので」
「はたき使いなさいよ……」
「あら、アリスさん。いらっしゃいませ。いや、手がふさがったら本が読めないじゃないですか」
「じゃあしょうがないわね」
「そんなわけないでしょ。何でパチュリーも納得してるの」
「あと、まじめに仕事してもお給金増えませんし」
「それは由々しき問題ね。雇用者としてどうなのよ」
「金銭の代わりに余暇を増やしてる。まあ、部下じゃなく使い魔だしその辺適当なのよね」
「ところで、御用は何でしょう」
「ああ。私に珈琲を。アリスは紅茶がいいかしら」
「いえ、珈琲でいいわ」
「そう。じゃあ、珈琲二つ。私はベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで」
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノですね。かしこまりました」
「かしこまらない、それ何味なのよ」
「じゃあモカ・マタリで」
「アリスさんもそれでよろしいですか」
「ええ、お願い」
わかりましたといって小悪魔が羽をぱたぱたさせながら図書館を出て行くと、パチュリーは椅子に座ったまま上半身を左右に傾け始める。
「……なにやってるの?」
「ストレッチだけれど?」
「どこが伸びるの、それ」
「さあ。なんか運動した気分にはなるわね」
「気分じゃなくて運動しなさいよ。健全な精神は健全な肉体に宿るのよ」
「誤用だけどね。健全な肉体に健全な精神が宿っていたらいいのになぁ、この脳筋どもめ。っていう意味よ」
「筋肉まで脳で出来てそうな魔女が言うと説得力が違うわね」
「ここの当主は考えるのに脳がいらない種族だから、丁度いいのよ」
「それはともかく、ストレッチくらいちゃんとしなさい。ほら、手を上げて」
「こう?」
「四十肩の人みたいになってるわよ」
「百歳超えてるもの。四十肩くらい朝飯前よ」
「朝ごはんはさっき食べたでしょう」
「誰がボケ老人よ」
「百歳過ぎてたらそろそろ、ねえ?」
「ねえ? じゃない。衰えるのは体だけで十分よ」
「体も衰えないに越したことは無いのだけど。ほら、ちゃんと座って」
アリスはそういうと、パチュリーの背後に立ち、肩をいすの背もたれ越しに触り始めた。
「……これ、ほぐすとかじゃなくてもう治療が必要なくらい硬いんだけど」
「ラクカジャいらずね」
「そもそも防御力あげる必要がないけどね。美鈴とか呼ばないとどうにもならないわよ、これ」
「えー。気功治療とかオカルトっぽくてちょっと……」
「オカルト代表が何言ってるのかしら」
「そうよ。今こそ魔女としての英知を結集させてこの重度の肩こりをどうにかしましょう。主に薬で」
「というか、頭痛とか大丈夫なの? ここまでひどいと血行とか酷そうだけど」
「痛み止めを飲めば大丈夫よ。明らかにオーバードーズってるけれど」
「よし、今すぐそこに横になりなさい」
「そんな、まだ陽も高いうちから」
「うるさい」
「せめてベッドで」
「あ、うん。そうね。急ぎすぎたわ。でも、それっぽい言い回しにしない」
「このままじゃアリスに強引に組み敷かれて、むきゅうとしかいえない体にされちゃうのかしら」
「声が出せるくらい優しくするつもりは無いわよ」
「え、ちょ、ま」
「さあ、寝室行くわよ」
「待って、いや、むきゅー」
「……なんか私が悪いみたいな気がしてきたのだけれど」
「まあ、痛いのは嫌だし」
「だからって薬に頼りすぎないの。使うなとは言わないから、せめて減らしなさい」
「とはいえ運動はねぇ。続かないし」
「ストレッチじゃなくてマッサージでもいいから、こまめに体をほぐしなさい。座りっぱなしも良くないわ」
「むう」
「本を読みながらでもいいのよ。指先から肩に向かってさするのだってやらないよりましだわ。血管とリンパ腺を撫でて循環を促せば多少は良くなるだろうし」
「そんなものかしら」
「本当は足のほうが効果があるんだけどね。ちょっと靴脱いで。で、爪先から土踏まずをもみながら足首を回して」
「くすぐったい」
「我慢する。で、アキレス腱からふくらはぎに向かってゆっくりさする。すねのほうも一緒に。で、ひざ裏にリンパ節があるからよく揉み解して」
「ちょっと、アリス、こしょばい」
「もうちょっとだから。で、そのまま腰に向かってさするの。むくみや冷えには効くわよ。肩こりについては微妙だけど、代謝を上げて悪いことも無いだろうし」
「アリス」
「ん?」
「今ね」
「うん」
「割と、そこまでよ、な体勢になってる、わ」
「……え? あ、ああ、ごめん!」
「いえ、そういう意図でないのはわかってるから」
「まあ、ともかく、ちょっとでも体を動かしなさいな。これじゃマッサージじゃなくてリハビリテーションが必要になるわよ」
「ええ。善処する」
「あとは、温めるといいわね。こうして触れているだけでも、多少は楽でしょう」
「アリスの手、あたたかい」
「そ、そう? 首も冷やすと良くないから、ちょっと触るわよ」
「ええ。いい気持ちよ」
「自分では難しいだろうから、小悪魔とか、それこそ美鈴にでもマッサージしてもらいなさいよ。薬もあんまり使わないで。ただでさえ体が弱いんだから、無茶しないの。ね、パチュリー。……パチュリー?」
パチュリーはアリスにうなじを揉まれたままこっくりこっくりと舟をこいでいた。
アリスは苦笑すると、自分のショールをパチュリーの肩にかける。
パチュリーはそのまま背もたれに体を預けて、このままだと本格的に眠ってしまいそうだ。
首のすわりが良くないのか、横にかくんと倒れてはまた姿勢を直してを何度か繰り返す。
本当はベッドまで運んだほうがいいのだろうけどと思いながら、アリスは椅子をくっつけて座り、自分の肩にパチュリーの頭を乗せる。
うっすらとインセンスの香りがする。服ではなく髪から香っているようだ。
手入れもろくにしていないだろうに、綺麗な髪だ。
すうすうと寝息を立て始めたのを確認して、アリスはハンコを手に取る。
パチュリーを起こさないように気を使いながら、つみあがっている本の山から一冊取ると、ぺたりと押す。
手元の資料と見比べながら、作業を進めていく。
何冊か押したところで、トレイにコーヒーカップを載せて小悪魔が戻ってきた。
「あら、お休みになってしまわれましたか」
「ええ。大概無茶をしていたみたいだから。もう少ししたらベッドまで連れて行くのを手伝ってくれるかしら」
「はい」
「それと、たまには運動させた方がいいわよ。庭の散歩とかでもいいから。あとマッサージも。動かさないと動かなくなるし」
「パチュリー様、人に触られるのを嫌がるんですよね。美鈴さんも何度かやってくれようとはしていたみたいですけど」
「そうなの? さっきは素直にされるがままだったけど」
「それは、まあ」
「まあ、何?」
「いえ。それよりアリスさん。たまに、パチュリー様の健康管理に御協力お願いします」
「何でよ。そんな謂れは無いでしょう」
「ありますよ。ほら、その左手」
言われて左手を見るとそこにはPatchouli Knowledgeというサインがぼんやりと光を発していた。
「え? あ、確かにこれさっきハンコ押されたけど。って、コレ消えないわよ!?」
「ええ。パチュリー様の魔力の波長に反応して浮かび上がる仕組みだそうです」
「消し方は?」
「そこまでは。でも、蔵書管理上ご本人しか消せないようになっているのではないでしょうか」
「ちょっと、なんてことしてくれたのよ。パチュリー、起きなさい。ねえ、ちょっと」
騒ぐ声も気にならないのか、パチュリーはさらに温もりを求めてアリスに寄りかかるのだった。
そこに訪ねてきたアリス・マーガトロイドは、この部屋の主がいるであろう机の辺りへと向かっていた。
いつも机に本を積み上げ、紅茶もしくは珈琲片手に読書にいそしんでいるであろう魔女は、今日はその予想に反してひたすら単純作業を繰り返していた。
自身の左手側に積み上げた本を一冊手に取ると、小口をあらため、そこに半透明の器具を押し当てる。
「おじゃましてるわ」
「いらっしゃい。生憎と今は手が離せないけれど、本なら好きに物色していくといいわ」
「ん、適当に。で、何やってるの? いや、大体見ればわかるけど」
「保護魔法のかけなおしとハンコ押し」
「盗難対策かしら」
「不本意ながらね。犯罪がなければ対策は必要ない、とは思うものの。うちの使い魔からも、参照性がものすごく悪いからカタログ化してほしいと要望があって」
「あら、別に使い勝手は悪くないと思うけど。大体内容別に分かれているし、ほしい本の場所も推測しやすいように出来ていると思うわよ」
「みんながみんなあなたみたいに察しが良かったら良いのだけど。もしくは、この世界がアリスで出来てればいいのに」
「そんな世界は御免被るわ。面白みがないもの」
「私にとっては理想郷なのだけれど。で、何か探してるのかしら。うちの検索機能付き掃除婦ならその辺でぶらぶらしてるだろうから使っていいわよ」
「小悪魔が暇なのにあなたは忙しいの?」
「アレに任せられる性格の仕事ではないもの。というか、アレはこういう仕事を任せられる性格ではないわ」
「しょうがないわね」
アリスはパチュリーに向かって左手を差し出す。
自分もある程度の蔵書を管理しているし、ハンコ押しくらいなら出来る。
そう思って手を貸そうとしたが、パチュリーの反応が鈍い。
「いや、ハンコ」
「ああ」
何を思ったか、パチュリーが手の甲にハンコを押し当ててきた。
「違う。ハンコ押すくらいなら手伝ってあげるから貸しなさい」
「あら、優しいのね」
「単純作業で集中力切れてるんじゃない? 頭回ってなさそうよ」
「まあ、飽きてきているのは確かだけれど。睡眠の必要無い身とはいえ、さすがに三日続けてるとね」
「体弱いくせに何やってるのよ」
「全くだわ。これで頭も弱くなっちゃったらどうなるのかしら」
「人の手と本の区別が付かなくなるみたいね」
「ふむ。では、気分転換と行きましょう」
パチュリーが机の隅に置いてある呼び鈴を鳴らすと、ぱたぱたと羽ばたきながら小悪魔が文庫本を片手に歩いてきた。
「なんで飛んでないのに羽ばたいてるのよ。埃が舞うからやめて頂戴」
「失礼しました。はたきがけの最中でしたもので」
「はたき使いなさいよ……」
「あら、アリスさん。いらっしゃいませ。いや、手がふさがったら本が読めないじゃないですか」
「じゃあしょうがないわね」
「そんなわけないでしょ。何でパチュリーも納得してるの」
「あと、まじめに仕事してもお給金増えませんし」
「それは由々しき問題ね。雇用者としてどうなのよ」
「金銭の代わりに余暇を増やしてる。まあ、部下じゃなく使い魔だしその辺適当なのよね」
「ところで、御用は何でしょう」
「ああ。私に珈琲を。アリスは紅茶がいいかしら」
「いえ、珈琲でいいわ」
「そう。じゃあ、珈琲二つ。私はベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで」
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノですね。かしこまりました」
「かしこまらない、それ何味なのよ」
「じゃあモカ・マタリで」
「アリスさんもそれでよろしいですか」
「ええ、お願い」
わかりましたといって小悪魔が羽をぱたぱたさせながら図書館を出て行くと、パチュリーは椅子に座ったまま上半身を左右に傾け始める。
「……なにやってるの?」
「ストレッチだけれど?」
「どこが伸びるの、それ」
「さあ。なんか運動した気分にはなるわね」
「気分じゃなくて運動しなさいよ。健全な精神は健全な肉体に宿るのよ」
「誤用だけどね。健全な肉体に健全な精神が宿っていたらいいのになぁ、この脳筋どもめ。っていう意味よ」
「筋肉まで脳で出来てそうな魔女が言うと説得力が違うわね」
「ここの当主は考えるのに脳がいらない種族だから、丁度いいのよ」
「それはともかく、ストレッチくらいちゃんとしなさい。ほら、手を上げて」
「こう?」
「四十肩の人みたいになってるわよ」
「百歳超えてるもの。四十肩くらい朝飯前よ」
「朝ごはんはさっき食べたでしょう」
「誰がボケ老人よ」
「百歳過ぎてたらそろそろ、ねえ?」
「ねえ? じゃない。衰えるのは体だけで十分よ」
「体も衰えないに越したことは無いのだけど。ほら、ちゃんと座って」
アリスはそういうと、パチュリーの背後に立ち、肩をいすの背もたれ越しに触り始めた。
「……これ、ほぐすとかじゃなくてもう治療が必要なくらい硬いんだけど」
「ラクカジャいらずね」
「そもそも防御力あげる必要がないけどね。美鈴とか呼ばないとどうにもならないわよ、これ」
「えー。気功治療とかオカルトっぽくてちょっと……」
「オカルト代表が何言ってるのかしら」
「そうよ。今こそ魔女としての英知を結集させてこの重度の肩こりをどうにかしましょう。主に薬で」
「というか、頭痛とか大丈夫なの? ここまでひどいと血行とか酷そうだけど」
「痛み止めを飲めば大丈夫よ。明らかにオーバードーズってるけれど」
「よし、今すぐそこに横になりなさい」
「そんな、まだ陽も高いうちから」
「うるさい」
「せめてベッドで」
「あ、うん。そうね。急ぎすぎたわ。でも、それっぽい言い回しにしない」
「このままじゃアリスに強引に組み敷かれて、むきゅうとしかいえない体にされちゃうのかしら」
「声が出せるくらい優しくするつもりは無いわよ」
「え、ちょ、ま」
「さあ、寝室行くわよ」
「待って、いや、むきゅー」
「……なんか私が悪いみたいな気がしてきたのだけれど」
「まあ、痛いのは嫌だし」
「だからって薬に頼りすぎないの。使うなとは言わないから、せめて減らしなさい」
「とはいえ運動はねぇ。続かないし」
「ストレッチじゃなくてマッサージでもいいから、こまめに体をほぐしなさい。座りっぱなしも良くないわ」
「むう」
「本を読みながらでもいいのよ。指先から肩に向かってさするのだってやらないよりましだわ。血管とリンパ腺を撫でて循環を促せば多少は良くなるだろうし」
「そんなものかしら」
「本当は足のほうが効果があるんだけどね。ちょっと靴脱いで。で、爪先から土踏まずをもみながら足首を回して」
「くすぐったい」
「我慢する。で、アキレス腱からふくらはぎに向かってゆっくりさする。すねのほうも一緒に。で、ひざ裏にリンパ節があるからよく揉み解して」
「ちょっと、アリス、こしょばい」
「もうちょっとだから。で、そのまま腰に向かってさするの。むくみや冷えには効くわよ。肩こりについては微妙だけど、代謝を上げて悪いことも無いだろうし」
「アリス」
「ん?」
「今ね」
「うん」
「割と、そこまでよ、な体勢になってる、わ」
「……え? あ、ああ、ごめん!」
「いえ、そういう意図でないのはわかってるから」
「まあ、ともかく、ちょっとでも体を動かしなさいな。これじゃマッサージじゃなくてリハビリテーションが必要になるわよ」
「ええ。善処する」
「あとは、温めるといいわね。こうして触れているだけでも、多少は楽でしょう」
「アリスの手、あたたかい」
「そ、そう? 首も冷やすと良くないから、ちょっと触るわよ」
「ええ。いい気持ちよ」
「自分では難しいだろうから、小悪魔とか、それこそ美鈴にでもマッサージしてもらいなさいよ。薬もあんまり使わないで。ただでさえ体が弱いんだから、無茶しないの。ね、パチュリー。……パチュリー?」
パチュリーはアリスにうなじを揉まれたままこっくりこっくりと舟をこいでいた。
アリスは苦笑すると、自分のショールをパチュリーの肩にかける。
パチュリーはそのまま背もたれに体を預けて、このままだと本格的に眠ってしまいそうだ。
首のすわりが良くないのか、横にかくんと倒れてはまた姿勢を直してを何度か繰り返す。
本当はベッドまで運んだほうがいいのだろうけどと思いながら、アリスは椅子をくっつけて座り、自分の肩にパチュリーの頭を乗せる。
うっすらとインセンスの香りがする。服ではなく髪から香っているようだ。
手入れもろくにしていないだろうに、綺麗な髪だ。
すうすうと寝息を立て始めたのを確認して、アリスはハンコを手に取る。
パチュリーを起こさないように気を使いながら、つみあがっている本の山から一冊取ると、ぺたりと押す。
手元の資料と見比べながら、作業を進めていく。
何冊か押したところで、トレイにコーヒーカップを載せて小悪魔が戻ってきた。
「あら、お休みになってしまわれましたか」
「ええ。大概無茶をしていたみたいだから。もう少ししたらベッドまで連れて行くのを手伝ってくれるかしら」
「はい」
「それと、たまには運動させた方がいいわよ。庭の散歩とかでもいいから。あとマッサージも。動かさないと動かなくなるし」
「パチュリー様、人に触られるのを嫌がるんですよね。美鈴さんも何度かやってくれようとはしていたみたいですけど」
「そうなの? さっきは素直にされるがままだったけど」
「それは、まあ」
「まあ、何?」
「いえ。それよりアリスさん。たまに、パチュリー様の健康管理に御協力お願いします」
「何でよ。そんな謂れは無いでしょう」
「ありますよ。ほら、その左手」
言われて左手を見るとそこにはPatchouli Knowledgeというサインがぼんやりと光を発していた。
「え? あ、確かにこれさっきハンコ押されたけど。って、コレ消えないわよ!?」
「ええ。パチュリー様の魔力の波長に反応して浮かび上がる仕組みだそうです」
「消し方は?」
「そこまでは。でも、蔵書管理上ご本人しか消せないようになっているのではないでしょうか」
「ちょっと、なんてことしてくれたのよ。パチュリー、起きなさい。ねえ、ちょっと」
騒ぐ声も気にならないのか、パチュリーはさらに温もりを求めてアリスに寄りかかるのだった。
おもしろかったです。
何よりパチュアリである。
素晴らしいの一言であります。
一番好きなカプなので見た瞬間声が出そうになりました。本当にありがとうございます。
パチュリーのアリスを信頼しきってる感じがいいです。馴れ初めの頃も見たくなってしまいます。