Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・16:『1回戦16・藤原妹紅VSチルノ』

2015/04/03 16:27:58
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 風見幽香は次の試合の対戦者を思い出し、小さく笑う。
 それに霊夢は反応した。
「どうしたのよ」
「次の試合。これだけ見ると、閻魔が戦う順番を適当に決めたとは、とても思えないわね」
「偶然でしょ」
 言ったものの、霊夢自身、というより地上の強者達ほとんどが幽香と同じ事を思っていた。三十二名中六人いる命蓮寺勢が誰も一回戦で同門対決にならない、鬼同士が決勝戦で戦える、というだけならただの偶然で片づけられる。しかし、この一回戦を締め括る第十六試合が、炎使いの不老不死者である藤原妹紅と氷精チルノの対決という好勝負を予感させる組み合わせである。
 ――このトーナメントの組み合わせ、八雲紫は何かを企んでいるのではないか。
 様々な者達がそう思う中、霊夢は小さく笑って席に深く背を着けた。
 ――とはいえ、それが何なのかはわからないけど。やっぱり、藍を優勝させるのが狙い? それなら先に鬼同士を戦わせた方が楽よね。
「霊夢、今は何も考えず試合を楽しみましょう」
「どの口が言うか」
 つっこみを入れる霊夢と幽香が客席の最上段で会話を交わす中、試合時間は刻一刻と近づいていく。

 選手入場口の通路で藤原妹紅は準備運動をするように手足首を伸ばす。
「妹紅」
 通路の奥から現れたのは、今は頭から一対の角を生やしている上白沢慧音だった。
「やっと私の試合だよ。流石に暇だったね」
「あぁ。しかし妹紅、何処に行ってたんだ? 十四試合目辺りにお前の控え室に行ったが見つからなかったが……」
「……ちょっとな。まぁそんな事はいいじゃないか。しっかり応援してくれよ」
「あぁ。しかし油断はするな。歴史の一部分だけを見れば、あの氷精は魔理沙や閻魔と戦い続けられる実力を持っているぞ」
「問題ないさ。氷なんて炎で溶かせばそれまでさ。それに、私の目標はこんな所じゃない。輝夜と……慧音のどっちかと戦う事なんだからな。氷精ごときで躓くつもりはない」
「……だからそれが油断だと――」
『時間となりました。藤原妹紅選手とチルノ選手は入場してください』
 忠告を大会進行のさとりに邪魔され、慧音は溜息を吐きつつも妹紅を信頼する事に決めた。
「まぁいい。ただし、負けたらお仕置きだ」
「お、おう。それは怖いな。よし、じゃあ行ってくるよ」
 後ろの慧音に手を振りつつ、妹紅は闘技場へと足を踏み入れて行った。
 不安を拭うように慧音は胸に手を当てる。
「妹紅を信じろ」
 自分に言い聞かせて不安を払い、闘技場に目を向けた。
 炎使いと氷精が向き合う様に盛り上がる闘技場の、妹紅と対する側の通路では、選手であるチルノがいなくなったその場所に八坂神奈子が壁に背を着けていた。
「なんで神奈子がいるんだ?」
 更に、霧雨魔理沙まで姿を見せる。
「そっくり返すよ。何で氷精の試合であんたがこんな所まで来るんだい?」
「別に。一度引き分けた仲として、な。こういう好カードは、こういう特等席で見るに限る。で、お前は?」
「かつて軍神と称えられた私があの子に、炎を使うあの子と戦う際の手解きを教えてあげたのさ。その結果がどうなるのか楽しみでね」
「なるほど。何にせよ、チルノが勝つ事を望んでるのは私だけじゃないってことか」
「不老不死のあの子よりは、もし妖精のあの子が勝てば、私も二回戦が楽になるからね」
「はっ、なるほど『軍神』様、ねぇ」
 魔理沙が苦笑いする中、妹紅とチルノは既に試合開始位置で睨み合っていた。
 八雲紫、古明地さとりが互いに頷くのを見て、映姫は判断する。
「一回戦第十六試合、始め!」
 試合開始が宣言されて早々、チルノは氷剣を創り出し猪突猛進の如く突進していく。
「ばぁか」
 氷剣に対し、妹紅はただ左手を上げて防御する。剣が彼女の左手に触れた瞬間、剣は突如蒸気をあげ、あっという間に刃が半分程度の長さになり空を切った。
 ――私は炎、あんたは氷。どっちが有利かは一目両全。
 妹紅の右足は突如炎に包まれる。
「弾幕が駄目なら、こうすればいいんだろ!」
 チルノの隙を見逃さず、妹紅は炎を纏った右足で蹴りを放つ。熱そのものに弱い氷精にとって、その攻撃は防いでも致命傷になりえる。しかしチルノはすぐ後方に下がり回避することができた。
 ――避けが間に合った……違う、予め避けられるようにその程度しか踏み込んでなかった! 妖精程度にそんな知恵があるとは……。
 ふと、妹紅はチルノ側の選手入場口通路を見る。魔理沙と共にいる神奈子は得意気に微笑んでいた。
「なるほど」
 上空に飛び上がっているチルノを妹紅は見上げる。山の神が何かを画策していようと、妖精を倒せばいい事には変わりない。妹紅はチルノに対し人差し指を上げて挑発する。
「来いよ」
「言われなくても!」
 再び氷剣を創り、チルノは急降下する。しかし攻撃はせず、妹紅の周囲を高速で飛び回り始める。
「悪くはない。しかし天狗どころか、あの狼女より遅いよ」
 左真横から襲い掛かるチルノの剣を妹紅は左手で受け止める。炎の力で刃は水となって妹紅の肘と地面を濡らす。すぐさま妹紅はチルノの腹部を左足で蹴り飛ばす。チルノは吹き飛ばされ、地を転がった。
 ――今度は手ごたえがあった……。どういうことだ?
 妹紅が考える間にチルノは再び飛び上がり、三本目の剣を生み出していた。
「芸がないね。まぁ、なら今回は付き合ってあげるかい」
 妹紅は右手を上げ力を込める。手からは炎が燃え上がり、それは徐々に形を変えていく。十数秒でそれは一振りの刀として形を保つようになった。
「本物の様に薄い刃ではないけど、氷精のあんたにとっては、こんなのでも斬られたら終わりだろう?」
 戸惑う表情のチルノは攻めあぐねるように、飛び上がったまま後方に下がる。
「来ないなら、こっちから行くよ」
 炎刀を片手で持ちながら、妹紅は悠々と歩いて行く。にも拘わらず、突然「妹紅!」と叫ぶ慧音の声が届く。何事かと横目で慧音を見た瞬間、突然歩く左足が滑った。
「氷!?」
 何とか堪え、地面を見た妹紅は驚愕する。地面の一部分に氷が張られていたのだ。
 ――上空に飛んでいたのは私が下を向いて気付かせないため! さっきそこらを飛んでたのは地面を凍らせるためだったのか!
「すきありぃぃぃぃぃぃ!」
「!」
 妹紅が気付いた時には、剣を振り上げたチルノは既に眼前に迫っている。その様を見て、紫は小さく笑っていた。
「この戦いは確かに一対一の勝負。だからと言って、弾幕勝負のように相手以外にも目を向ける、必要がないとは誰も言ってない。不老不死になろうと、やはり人間かしら?」
 紫の微笑みを妹紅が見たら、その口元を輝夜のものと重ね合わせただろう。
 チルノの氷剣は炎刀に触れる事無く、そのまま妹紅の頭に叩き付けた。
「がっ……!」
 しかし近づけられた炎刀によってそれはあっという間に砕け散ってしまう。
「この距離ならもう一発!」
 構えた両手に力を溜めるチルノを妹紅は強く睨む。
「嘗めるな!」
 瞬時に炎の力を全身に溜め、開放する。チルノを含めた周囲に強烈な熱波を放ち、吹き飛ばした。
「はは……ははは。まさか妖精に一杯食わされるとは思いもしなかったよ」
 声は冷静を保っているものの、妹紅の表情は引き攣っている事に焦るのは慧音だった。
「妹紅、冷静になれ!」
「私はいつでも冷静だっ!」
 妹紅の態度に慧音は半ば諦めるしかない。
 ――くそ、どうする? さっきみたいに全方位に熱波を飛ばす事は簡単だが、疲れるし、あいつが力を溜めてたらまた相殺されて決めきれない。
 妹紅が熟考した隙を狙い、体勢を立て直したチルノは小さく笑った。
「パーフェクトフリーズ!」
 ――先に使ってきやがった!
 チルノが広げた両手の部分から急激に気温が下がっていく。手首を重ね合わせた手の平を妹紅に向け、チルノは自らの身体程の大きさはある氷塊を撃ちだした。
 ――あいつ自身の力だから当然『弾幕』扱いにはならない。避けるのは楽だが、さっきの氷みたいに設置することに意味があるかもしれない。放っておくには危険だな。
 妹紅は炎を纏わせ始めた左足を振りかぶる。
「こんな氷で私を倒せるか!」
 蹴り抜かれた氷塊は一瞬で砕けて飛び散っていく。
 ――なんだ!? 思ってた以上にあっさり壊れた。まるでそれが……。
 それがチルノの狙いだった。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!」
 チルノの持つスペルであるパーフェクトフリーズ。ばら撒いた弾幕を凍らせ、自分にも把握できないくらい縦横無尽な方向に飛ばす。しかし今大会では『弾幕』そのものは禁止されている。故にチルノは自然な形で弾幕を創り、スペルによってその動きを封じた。敵である妹紅の力を上手く利用したのだ。破片である氷は当然、妹紅によって雲散させられた水蒸気をも凝結させ、闘技場中に弾幕代わりの氷を張り巡らせた。
「でも、どうするんだい。こんな氷、痛くも痒くもないよ?」
 そのスペルには一つ弱点がある。凍らされた弾幕は縦横無尽に散らばる。それは速度さえもばらばらなのだ。全てが早い球にはなり得ない。加えて、当てる事そのものが攻撃として成立する弾幕と違い、今作ったのはただの氷でしかない。それほど耐久力がある方ではない妹紅だが、ゆっくりと動く氷塊で倒す事は簡単ではない。しかし、そこで妹紅は異常に気付く。凍った氷は中空で一切の動きを止めていた。縦横無尽に凍らせた物を動かせることが特徴のスペルにも関わらず、氷塊は一切動かない。先程とは違い、周囲中の氷に意識を散らばせる妹紅が気付いた時には、チルノは一つの氷に向かい、自分の拳を振りかぶっていた。
「くらえっ!」
 チルノは氷を殴り飛ばす。猛烈な速度で氷は降下し、妹紅に襲い掛かる。炎を出す事間に合わず、妹紅は横に跳んで回避した。
「か、考えた……な……」
 妹紅が目をチルノに戻すと、更なる氷が自らに襲い掛かっていた。慌てて灯していた右手で氷を蒸発させる。
 ――反撃ができねぇ!
 チルノは飛び回り、百数十とある氷を攻撃し、妹紅へ飛ばす。
「だが甘いよ!」
 妹紅は当然のように、全身から熱波を放ち周りの氷を蒸発させる。これで氷は上空にしかなくなった。
 ――待てよ。この展開、さっきも……。
 チルノは数秒程力を溜め、解き放つ。湿気となっていた水分は冷えて固めて小さくなり、物質として中空のそこらに再生された。
「まじかよ……」
 炎で氷を溶かせば、蒸発した水分を新たに氷にされる。この技を終わらせるには、妹紅は炎の力を使わず氷の攻撃に耐えるしかない。強みであり氷精の弱点である自らの力は皮肉にも相手の技を半永久的に続させる要素となっていた。
「大したもんだね」
 氷の攻撃を普通の状態で防ぎ回避する妹紅を見る神奈子はチルノに感心していた。
「最初の宣言は、本当にただの掛け声でしかなかったんだね」
「なんだ他人事みたいに? あれもお前がチルノに教えた作戦だろ?」
「いやいや、あれは氷精のオリジナルさ」
「まさか。チルノがそんな戦い方を閃くなんて……」
 魔理沙の態度に神奈子は苦笑する。
「たまにあの子を観察してた私から言わせてもらえば、あの子は幻想郷中でも上になるくらい、ある要素が突出してるんだよ」
「無鉄砲な所か?」
「当たり」
 正解してしまった、しかしそれがどう意味あるのだ、と目を丸くする魔理沙を見て神奈子は不敵に微笑む。
「無鉄砲で、お馬鹿で、喧嘩っ早い。鬼みたいなのを除いて……いや、小さい鬼でさえもそこまで喧嘩っ早い方とは言えない。この世界の魑魅魍魎は、人間にとって恐ろしいがそれほど襲わない。ぱっと見て子供みたいな奴も賢くて、無駄な戦いをしない。でもあの子は、無駄にせよとにかく戦いに走る事が多い。勝てる見込みなんて一分しかなくても、とにかく戦う。経験。戦った絶対の数じゃなく、生きてる中で戦った密度。それが経験として生き、あの子の強さになっているのさ」
 氷の欠片が闘技場の地面に降り積もっていく。炎の力を抑え氷を砕き続けた妹紅の両手は多量の擦り傷で赤く染まっていた。
「そんなんじゃあ、いつまで経っても私を倒せやしないよ。こんな事するより、私を直接凍らせた方が早いんじゃないかい?」
 彼女自身、仮に今時間切れになった場合不利なのは有効打をあまり当てていない自分だというのは承知していた。だからこそ彼女はチルノを挑発する。今はチルノが有利なので自らを凍らせに来るためわざわざ近づいて来るとは思えないが、戦法を変えてくれればしめたもの。妹紅はそう思っていた。
「あ、そうか」
「……は?」
 チルノは突如急降下し、妹紅の間近で足を着き、力を溜める。
 ――こいつまさか……今まで思いついてもいなかったのか!?
 先程のチルノの攻撃を対処していたために炎の力をすぐに出せず、妹紅は後ろに跳んで回避する事を選ぶ。
「フローズン冷凍法!」
 先程まで彼女が立っていた場所は急激に凍りつく。彼女の背丈程の氷塊がそこに現れる。回避が遅れていたら炎を使う力を持っていたとしても氷漬けにされたかもしれない。安心する間もなく、回避した自分目掛けてチルノは向かって来る。
 ――向かって来るなら都合がいい!
 彼女の中で、既に炎の力は溜まっている。
「フローズン――」
「同じ手が効くか」
 妹紅は今試合で最も強力な熱波を放つ。仮に自らが凍らされようが、チルノごとその氷を溶かせる自信があった。しかしチルノはそこで、冷気を込めた両手を妹紅の足元ではなく自らの真下に向けた。チルノは瞬時に氷づけになるが、すぐさま妹紅の熱波が通り過ぎて氷は溶け、自由になる。どころか熱波を受けたにも関わらず彼女はぴんぴんしていた。
「フローズン冷凍法を防御に使いやがった!」
 攻撃の反動とチルノの戦術による驚愕で隙を見せた妹紅に、再び自らを薄い氷で包んだチルノは突撃した。自身が氷塊となったチルノの奇襲に妹紅は全身を叩き付けられ、吹き飛ぶ。
「とどめ!」
 チルノは追撃のために再び氷剣を創り、跳ぶ。
 ――くそっ、情けないね。氷精ごときで躓いてはいられない、なんて言って。これじゃあ輝夜と戦えるなんて……。
 幾度の攻撃を対処され、炎の力は少し余っているものの窮地に陥る妹紅だったが、そこで策を思いつく。それは自分が無意識に、使用することを縛っていた戦法だった。
 ――輝夜……私はお前が大嫌いだ。
 チルノが向かって来る中、妹紅は右手に炎の力を灯す。妹紅の目は氷剣を見据える。彼女の頭には、第九試合で封獣ぬえの攻撃に対し輝夜が行った対処方が思い浮かんでいた。
 ――でも、結局……。
 妹紅は防御も回避もすることなく、チルノの氷剣に胸を貫かれた。魔理沙と神奈子がその意図に気付く中、致命傷を受けたはずの妹紅は左手で、剣を掴むチルノの両手を握り逃がさないようにした。
「私達はこういう戦い方しか知らないんだな」
 炎を灯した右手を力一杯握りしめ、チルノの顔面を殴り、吹き飛ばした。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
 地面を転がったチルノは遂に炎の力を込めた直接攻撃を受けてしまい、熱さと苦しみでのた打ち回る。しかし妹紅は追撃することなく、消沈している様子だった。
 ――私はお前とは違う、と思ってた。鵺の戦いで見せた、不死に頼り切った力技。あの時はむかついたけど、結局は私も変わりなかったんだ。
「ちくしょう」
 追撃を捨て、妹紅は月を見上げる。それを訝しく思いながらも神奈子は一人愚痴る。
「あの子、相手が不死なのを忘れて。首を斬るか頭を潰すのが一番良いって教えたのに」
「しかし、私も妹紅が不死だってことをど忘れしてたぜ。不思議なくらい火に頼った戦い方をしてたからな」
 チルノは顔の火傷部分を自らの氷で覆う。半永久的に創れる氷剣で今度は自らが剣と共に回り出し、その勢いのまま妹紅に襲い掛かる。視線をチルノに戻した妹紅は何かを諦めたようにすっきりとした表情だった。
「しょせんは氷。ただのつららさ」
 妹紅は両足を支点にするように上体を不自然に曲げる。チルノと剣が間近に近付いた時、彼女は上体を勢いよく戻し、その先端である頭で固い氷剣を砕いた。驚愕するチルノの腹部目掛け、今度は蹴りを放つ。その足に炎が燃え盛ってはいなかったが、妖精に傷を負わせるにはそれでも十分だった。それを見る神奈子は妹紅が炎の力を利用して蹴らなかった理由に気付く。
「不味いねぇ。あいつ、極力火を利用しないで戦うつもりだ」
「? 火を使わないならチルノの弱点は減るだろ」
「……そうだねぇ、例えば魔理沙。今あんたの顔面に弾幕がぶつかろうとしたら、どうする?」
「? そりゃあ避けるな」
「なら、それがゴム鞠だったとしたら?」
「ゴム鞠? それはわざわざ避ける必要なんか……」
 合点が行ったような、行かないような、微妙な表情になる魔理沙を見て、神奈子は言葉を続ける。
「あの子はぎりぎりもぎりぎりで、あっちの炎を見極めてた。致命傷になる恐怖か、そもそも氷精だからそういう技は事前に察知できるのか。それでいてあっちの子はもしかしたら……いや、恐らくその習性に気付いてる。でなきゃ、わざわざ頭突きで氷を砕いたのに火を使わない理由がない」
「じゃあ、教えればいいじゃないか。セコンドではないけどチルノに勝ってほしいんだろ?」
「……あの子が控え室から出る時、言われたんだ」
 ――応援の必要はないよ。これ以上教えてもらったらあっちに不公平だ。後は、あたい一人の力で勝ってみせる!
「多分、それは助言も当て嵌まると思うよ。別の意味で顔が広いあの子にセコンドがいないのは、そういうことなんだろう。人一倍『最強』という言葉に惹かれてるんだ。あの子なりの美意識なんだろうね」
「でも、このままだと不味くないか?」
「心配ないさ。あの子が真に最強だと言うのなら――」
 偶然、目を向けたチルノは神奈子と目が合う。チルノは何かを思い出した様子だった。
「色んな所から強くなる要素を見つけられるさ」
 氷剣を砕いた妹紅の頭から流れていた血は既に止まっていた。対するチルノは再び武器を生み出す。妹紅の目から見ても、それは剣というよりは太い棒の様に見えた。
「まだやるかい? あんたに私は殺せないのは分かっただろう?」
「まだまだ。あんたを倒せないなら気絶させればいいだけさ!」
 馬鹿正直に『気絶』させる事を自らばらしている事に妹紅は苦笑する。
「覚悟しろ。今度はもっと痛いぞ!」
 チルノは再び跳ぶ。
「おー、そりゃあ怖い。なら、そういう時にこそ使わなきゃな」
 妹紅は左手に炎を灯し、振られる棒の前に手を置いた。氷の棒は小さくなるがそれは一瞬だけで、そのまま妹紅の左手を弾き飛ばした。
「は……?」
 三本共折れた中指から小指と、溶けきっていない氷棒を交互に見る妹紅は困惑する。
「氷は溶けたら水になる、なら――」
 チルノは棒を再び振りかぶる。
「それを凍らせればいいだけよっ!」
 振られた氷棒は妹紅の鼻下に深々と叩き付けられる。初めは妖精の勝ちなど一縷の望みさえないと思っていた観客もその渾身の一撃に思わず歓声を上げていた。しかし――
「いてぇなぁ」
 妹紅は吹き飛ぶどころか、仰け反ってさえいなかった。そのまま、驚いているチルノの左腕を掴み、炎の力を込める。襲いくる高熱に、チルノは蝕まれるような激痛を覚える。
「ぎっ……!」
 苦しさから氷棒を落とし、暴れる様に右手で妹紅を殴る。先程折れた鼻から鮮血を流すも氷棒を顔面で受けても怯まなかった妹紅を妖精の拳でどうにかできるはずがない。
「始めから喰らう覚悟をしてれば怯む事はない。さぁ、降参しないとどうにかなっちまうぞ。左手が溶けるのか、それともお前自身が消えるのか」
 突如、妹紅はチルノを掴む右手から冷気を感じる。
 ――私の炎を自分の冷気で相殺してる。でも時間の問題だよ?
 しかしチルノは不敵に微笑んでいた。
「油断したね!」
 チルノは妹紅の首筋目掛け蹴りを放つ。その幼く短い脚には、鋭い氷の刃が付けられていた。
 思わずのけぞるも眉の上を傷つけられた妹紅の手からチルノは逃れる。氷精でなくとも悶える程の苦しみを感じさせるその焼け爛れた右腕の火傷を額と同じように氷で覆った。
「油断はしてないさ。私でも、首を斬られたら失格だからな。逆に言えば、私はそれだけ気を付けてればいいって事だ」
 彼女は苦笑いしながら自慢げに語る。
「私は死なないからな」
 既に鼻血は止まり、折れた左手の指を強引に元の形に戻したところで妹紅はチルノの異変に気付く。彼女はあまりにも唐突に、息を切らし、疲弊していた。
「そんなに効いたのかい。なら、もう私に近付くのは危険だねぇ」
 妹紅同様異変に気付いた魔理沙に神奈子は説明する。
「霊力が落ちてる。もう長く持たないぞ」
「やっぱ……火に弱いってのはネックだな……」
「それもあるが。あの子にとって能力を使い続ける事は苦手なようだね。一瞬で凍らせればそれだけ霊力の消費は少なくて済む。あの子は咄嗟の閃きで氷を凍らせ続け、あっちの子の指をへし折り、額と腕を凍らせ続ける事で全身に熱が回るのを防いでいる。でも、そのせいで幼く少ない霊力はあっという間に減り続けてる」
 神奈子の言葉で魔理沙は第六試合で人形遣いのアリス・マーガトロイドと鬼の伊吹萃香による戦いを思い出す。アリスは萃香によって受けた内臓の致命傷を常時魔法により回復させる事で戦闘不能を免れた。しかしそのせいで、終盤では萃香に三撃を与える機会を得たものの間合いを詰める体力さえ無くなってしまっていた。
 ――どうやら、あと数撃耐えれば私の勝ちか? 炎の力と不死の力、どっちかが欠けても氷精には勝てなかったかもな。
 妹紅は炎の力を封じ込める。これでチルノは攻撃の気配を察知しづらくなった。しかし、火傷を治癒し続ける彼女にこれ以上戦いを長引かせる体力は残されていない。
 チルノは覚悟を決め、動く。前に跳ぶも、その直接の目的は妹紅ではない。彼女の前に落ちていた氷棒はチルノの手から放れたためか脆くなっており、蹴られると散弾のように妹紅に襲い掛かっていく。
「甘いね」
 炎の力を使うまでもなく、右手一本で弾き飛ばしていく。しかしその動作の合間にチルノは視界から消えていた。彼女はその小さい体躯を生かし、懐より更に下、這いつくばるような体勢で妹紅の両足首を掴んでいた。力を振り絞るようにチルノは妹紅の足を凍らせて地面と接着させて機動力を封じ、間合いを放す。
「忘れたかい。私も足から炎を出せるんだよ」
 妹紅は氷を一瞬で溶かし、前へ進む。しかしその足は動かなかった。
「何!?」
 溶かしたはずの氷は何事もなかったかのように妹紅の両足を覆っていた。そこで妹紅は仕舞ったと思う。これと同じ現象はチルノが氷棒で襲ってきた時、既に体験していたのだ。
 ――この野郎……!
「凍り続ける氷か!」
 叫ぶ魔理沙は、巷でよく馬鹿と呼ばれているチルノの閃きに驚いていた。体力の消費と引き換えに溶けてもその水を凍らせ続ける棒は妹紅に有効打を入れた、という事実はチルノにとって大きいものだった。そこから自らの手を離れても効力が効くようにした応用もさることながら――
「残り少ない霊力であんな技を……。大した奴だよ」
 賭けではあるが会心の判断に神奈子は称賛を示す笑みを浮かべていた。
 チルノが優勢になった要素は妹紅の機動を封じた他にもあった。
 ――駄目だ、思ってる以上に溶けねぇ!
 妹紅は今、足元の氷を溶かす方に力を集中させてしまっていた。
「あんたが死なないなら、頭……全部を潰せばいいだけよ!」
 故に、今チルノが氷の攻撃をしても、咄嗟にそれを溶かす方に力を向ける事ができない。
「氷塊『グレートクラッシャー』!」
 後ろに振りかぶった両手からはチルノと同じ程の大きさをした氷の槌が生み出される。
「楽しかったぞ、人間!」
 最後の武器を持ち襲い掛かるチルノに対し妹紅は咄嗟に炎の力を出そうとするもそれは叶わない。
 巨大な氷は地面に叩き付けられた。
「……?」
 しかしそれは妹紅にではなく、チルノの手から放れただの地面に落ち、陥没する。チルノを応援する魔理沙にとって、それは胸が締め付けられるような思いだった。
「まさか……嘘だろ……」
 足元を凍らされた妹紅の目前にいるチルノは突如ゆっくりと下降し、着地する。対戦相手を見据えるその目は、しかし虚ろである。自身も恐れていた体力は、最後の最後で尽きようとしていた。
「く……そ……もう……ちょっとなのに……」
 最後の一撃を決めきれないチルノを見て、魔理沙は結界を叩く。
「行け! 前に行って妹紅を殴るだけだ! 立て! お前は最強なんだろ!?」
「魔理……沙?」
 チルノが周りに耳を傾けると、届いたのは魔理沙だけでない自分を応援する妖怪達の声だった。明らかに妹紅を応援する者達より勝っている。あと一歩だ。人間なんかに負けるな。妖精の底力を見せてやれ。ただの気休めでしかないかもしれない応援は、しかしある意味で単純な妖精を動かすには充分な要素だった。
「あたいは……。あたいは……最強なんだよ!」
 左手で槌を掴み、右手を地面に沿える。地面は妹紅に向かって凍っていく。それは寸前で止まったが、何も問題ない。力を振り絞って巨大な氷を持ち上げ、勢いをつけて前に踏み出すと、地面に張った氷によって滑り、ひとりでに妹紅へと近づいて行く。
「あたいは……絶対に勝つ!」
 その氷塊は妹紅の頭に向けて振られる。
「悪いな」
 既に力を溜めていた妹紅によって、その氷は蒸発していく。凍らせ続ける力の残っていないチルノは柄だけになったそれを振り切った。
「私も、負けられない理由があるんだ」
「……変なの」
「?」
「あんた、なんでそんな哀しそうな顔してるのさ」
 悔しさに顔を俯ける妹紅にチルノは満面の笑みを見せ、横に崩れ落ちていく。氷の力を使い果たした彼女は自らの形を保てず、中空へと消えていった。
「そこまで! 勝負あり!」
 観客の一部が勝利に騒ぐ中、当の妹紅は浮かない顔をして闘技場を立ち去ろうとする。
「待ちな」
 突如神奈子は闘技場に現れ、妹紅を呼び止めた。
「少し力を使っても、あんた程度なら余裕か」
 言葉の意味を理解できず顔をしかめる妹紅に見られる中、神奈子は右手を前に出す。自身の力を手に集め、更に左手を上に上げる。突如妹紅を過ぎ去る冷気や地面に落ちていた氷の破片が神奈子の左手に集まっていく。両手に集まった力と氷を神奈子は合わせた。一瞬の閃光の後、神奈子の両手に抱かれていたチルノは目を覚ました。
「そんな事できるのかよ」
「私は神だからな」
 妹紅の疑問に対し抽象的ながらも一蹴するように答えた神奈子はチルノを下ろした。
「神奈子。何で……。……あたい、負けちゃったのか……」
「あぁ。勝負だからそれはしょうがない。でも、右手を上げてみな」
「?」
 言われるがままチルノが右腕を上げた途端。妹紅の勝利より遥かに大きい歓声と惜しみない称賛が贈られる。地底でも噂される程の強さを持つ風見幽香が相手でもチルノは戦い続ける事ができる事など、地底の妖怪は知るはずもない。しかし、妖精一人がここまで強力な戦いをできる事に、今騒いでいる妖怪は当然、元人間である聖白蓮も感動したように大きな拍手を送っていた。
 驚き辺りを見回すチルノの頭を神奈子は強くなでる。
「解るかい? 妖精であるあんた一人の戦いが、こんなにも大勢の妖怪の心を打たせた。私やお前にはそういう事ができる。だから堂々と、胸を張って帰りな」
「……うん!」
 目を強く瞑って悔しさを潰し、神奈子に満面の笑顔を見せてチルノは闘技場を去って行く。通路で魔理沙に褒められるチルノを見る中、神奈子は妹紅の方に顔を向けた。
「よくも私の教え子を倒してくれたね」
 妹紅は何も言わず背を向ける。
「良い気分だろう」
 神奈子の放った一言に妹紅は一瞬反応し、そのまま立ち去った。
「妹紅……」
 通路で妹紅の勝利を祝いたい慧音だったが、その様子を見て言葉に詰まってしまう。
 そのまま慧音を通り過ぎ、ある程度闘技場から離れると、妹紅は立ち止まり――
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 やり場のない怒りを込め壁を全力で殴った。不老不死による力があるとはいえ、拳が粉砕する激痛から逃れられるわけではない。
「も、妹紅……!」
「この様だ。あれだけ余裕ぶってたのに、不死の力がなければあいつに攻撃が届かなかったかもしれない。組み合わせの時点で完全に優勢だと思い込んでた自分に腹が立つ!」
 舌打ちしたり溜息を吐く妹紅を見て、慧音は突如指導者としての態度をとるべきだと判断する。
「チルノと戦って……楽しくなかったか?」
「…………。……楽しかったよ」
 慧音の方を向かず、妹紅は壁を向いたまま答えた。
「茶飯事のように輝夜と殺し合いをしてきた。逆に言えば私は輝夜以外の奴と戦ってなくて、殺し合い以外の戦いに慣れてなかったんだ」
 妹紅の答えに慧音は何も不満はない。
「狭い幻想郷ではあるが、此処には十人十色の実力者がいる。たかが一人の月の民と戦えるからと言って最強を自覚するのは少々浮かれていたんじゃないか?」
 慧音の言葉に妹紅は思わず吹き出す。
「輝夜を『たかが』か。そうだな」
 振り向いた妹紅の表情からは怒りというものをそれほど感じなかった。しかし、何かを思案しているようにも見える。
「妹紅?」
「輝夜は……そう思ってるのかな」
「ん?」
「あいつは一回戦、一瞬で勝負を決めている。まるで楽しむ興味なんてないかのように」
「そう……だな。私も死神に苦戦し、長期戦をしたからこそ、戦いを改めて楽しいと感じる事ができたが……。恐らく輝夜はまだ、そう思ってはいないかもしれないな」
「そうか。じゃあそれを伝えるためにも……あっ」
 準決勝まで上り輝夜と戦う。しかしそれよりも早く輝夜と戦う者が目の前にいる事を思い出す。
「お前の代わりに私が教えといておこう。そして……共に準決勝まで上ろう」
 意気揚々と言い放つ慧音に対し、妹紅は慧音が戦う部の者達を思い出す。蓬莱山輝夜、星熊勇儀、鬼人正邪。どれも一筋縄ではいかない者達である。
「心配するな妹紅。お前が勝ち続ける限り、私はいくらでも頑張れる」
 唐突な言葉に気恥ずかしさを覚えた妹紅は思わず目をそらす。
「試合という名目でお前にお仕置きできる機会なんて、そうないからな」
 思っていたより普遍的な理由に妹紅は思わず苦笑いした。
「何にせよ……傷だらけになったし、再生する代わりにこれじゃあ腹が減るな」
「なら、一度外に出よう。どの道二回戦まで休憩があるはずだ」
「おし。それじゃあ飯を食ったら、二回戦に行くか!」
 慧音と妹紅は共に通路から立ち去って行った。
 こうして地底妖怪武闘会一回戦の全試合が終わった。優勝に手が届く者は残り十六人。あと四回の戦いを全て勝利で収めればいいという、単純でありながらも困難であろうその道程に各々は備えていくだろう。
 八雲紫によって始まったこの大会は、まだ折り返しに入っただけに過ぎないのだ。



 地底闘技場を映し続ける水晶玉が置かれてある紅魔大図書館。
 使いの小悪魔に用意させた紅茶を魔女のパチュリー・ノーレッジは二つのティーポットに注いでいる。
「よほどこの催しが気に入ったのね」
 二回戦が始まるまで暇つぶしに本を探す、と言ってこの場から去った吸血鬼であるフランドール・スカーレットの希望で運ばれた紅茶の用意をパチュリーは終えた。
「フランー、紅茶を入れたわよー」
 しかしフランドールがどこかの本棚から姿を現す気配はない。その中で、言葉に疑問を持った小悪魔は、パチュリーにある旨を伝えた。自分が大図書館の扉を開けると同時に、中にいた妹様は廊下に出た、と。
 パチュリーは何かを予感し、地から浮き、高速で飛ぶ。手をかざし、魔力で図書館の扉を開けて廊下に出る。一方の曲がり角から妖精メイド達のざわめきが聞こえ、そちらの方に飛び、集まっている場所まで移動する。
「レミィ、あなたはこうなる事が判っていて、玄関の扉だけに強力な魔方陣を張ったのかしら?」
 廊下の壁の一部は何かが爆発したかのように大きな穴が空いていた。パチュリーは、壁の破片があまりにも内側に落ちている事を疑問に思い、それに手を触れる。
 ――水と土の属性を利用した粘着性の高い魔力……。なるほど、これで覆った後なら、能力で破壊しても亀裂が入るだけ。あとは壁を引いて、地面ではなく廊下に瓦礫を落とせば尚更音は小さい。能力に関係する知識だけあって、レミィの妹にしては悪知恵が働いたわね。
 雲のない空に映る月は、館の穴にもただ黙って光を注ぎ続けていた。



 闘技場のある、同じ地底に存在する地霊殿。
 一人の妖怪が慌ただしそうにその家屋を走り回っていた。火車の火焔猫燐は主である古明地さとりに命じられ、見回りに来ていた。侵入者の確認もそうだが、ある意味でそれよりも厄介な者が家屋に居続けているかどうか確認することが彼女に与えられた命令だった。
「ここにもいない!」
 しかし、彼女はその命令を果たせないかもしれないと予感していた。その者の部屋は当然、部屋中を回っても見つけることができずにいた。そもそも、その者がいる事を意識すること自体が、お燐に限らず、最も親しいさとりでさえ難しい事なのだ。故に、お燐が意識できないだけで、その者は目の前にいるかもしれない。しかし、お燐の不安は拭いきれない。
「何処にいるんですか、こいし様!」
 返事をする者はいなく、ただ彼女の声だけが廊下中に響き渡っていた。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
一回戦が全試合漸く終わりましたね。ここから先の展開が楽しみです。
フラこいの乱入可能性はあるのか・・・?
2.名前が無い程度の能力削除
無い知恵絞ったチルノが「ミスディレクションだ」「何ぃぃ!」「瞬間冷凍法…全ては凍る」カチーンな大番狂わせすこ~し期待したけどそんなこと無かった。こいふら。次話は幼女の絶対領域の限界を望むサプライズ回、EXビジョンマッチですね
3.名前が無い程度の能力削除
もこたんかっこわりい