" />ささやき声を抱きしめて 作者: Cabernet
Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ささやき声を抱きしめて

2014/12/31 04:43:23
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ささやき声を抱きしめて

   #01

 少名針妙丸は指を滑らせた。室内との温度差で、障子のガラスに水滴の膜が張っていた。それを利用して絵を描いた。吊り目や、尖った鼻、生意気そうに歪んだ唇。霊夢の声で、ちゃぶ台に駆け戻る。布の上からでも炬燵の温もりが伝わってくる。蜜柑のひと粒を口に放り込んで、酸っぱさに飛び跳ねそうになる。
「今年も終わりだけど」博麗霊夢が湯気の立つ緑茶を飲んで云う。「遠慮しなくても好いのよ、好きなだけいてくれたら」
「ありがとう。でも、好いの。いつまでも甘えてる訳にもいかないから」
 部屋の隅を振り返り、ケージ・ハウスに鎮座まします小槌を見やった。今にも飛び出したそうに魔力が渦を巻いて、空気を波立たせている。まるで水面に投げ込まれた小石のように。
 まぁ、あんたがそう云うなら、と霊夢は唇の端を曲げた。「暖かくなったら、か。この神社も広くなるわね」
「私が居ても変わらないと思うけど、スペース的に」
「あんたはちっこい割に騒がしいから。どさくさに紛れて煎餅だって横取りするし」
「それは、まあ」
「お姫様だって聞いてたけど、意外とやんちゃするもんだから最初は驚いたわ」
 針妙丸は答えなかった。口を開きかけて留まり、別の言葉を転がした。
「霊夢こそ、何だかんだ云って面倒見が好いのね」
「“何だかんだ”とは何よ」
 霊夢が炬燵から片足を抜き出したので、針妙丸はちゃぶ台から飛び降りた。彼女の手から逃げ回りながら云った。
「ごめんなさい。――ありがとう」
 霊夢は指でリボンに触れながら、視線を逸らした。
「礼なんて好いわよ。その代わり次は、ちゃんとサイズの合った着物を仕立ててよ」
「任せて」
「期待してるわ」

   #02

 雲は新たな雲を呼ぶ。神社に寒風が吹きつける。描いた窓の絵も再び曇ってしまった。奔流に呑み込まれる家屋のようだった。針妙丸は眠れずに頭を動かす。霊夢の寝顔がある。月明かりも差さない夜なのに、その白い顔は視界の中で浮き上がって見える。音を立てないように抜け出してケージ・ハウスに戻り、もう一枚着物を重ねた。それから、こっそりくすねていた煎餅の欠片を食べてひと息つき、風の音を聴き続けた。
 ガラスが固い何かで叩かれる音がした。やっぱり、と思った。ケージから出て振り返ると、鬼人正邪が障子の向こうにいた。静かに引き開けられた隙間から抜け出して、正邪が伸ばした指につかまった。
 忍び足で歩き始めた天邪鬼の肩によじ登る。
「氷みたいに冷たい」
「仕方ないだろ、冬なんだから」
「好く霊夢に気づかれなかったわね」
「まぁ、そこはいくらでもやりようがある。道具も鋏も使いようだな」
「ふぅん」
 あるいは見逃してくれたのかもしれない、と頭の隅で考える。正邪は社務所の裏に回って、縁側に座り込んだ。こちら側は夜風が吹き込んでおらず、静かだった。肩から滑り降りて膝の上に着地し、改めて彼女の顔を見上げた。頬に切り傷があった。
「それ……」
「ああ」正邪は顔に手を触れた。「日常茶飯事だよ。寝床を確保するにも手間が要るんだ」
「でも、化膿しちゃう」
「腐っても落ちぶれても妖怪だよ。余計な口を出すな」
「はいはい」
 正邪が不満げな顔で見下ろしてきた。笑って見返してやった。
「そうだ、これ」懐から煎餅の欠片を取り出す。比較的大きい奴を。「お腹が空いてるなら」
「何だこりゃ、腹の足しにもなんねえな」
 そう云いながらも、正邪は煎餅を口に投げ込んで咀嚼してみせた。
「……好いもん喰ってるなぁ、あの巫女」
「正邪は?」
「缶詰、――って云ったら分かるか?」
「かんづめ?」
 彼女は首を振った。「なら好い。忘れろ」
 雪の欠片が桜木の枝から振り落とされた。小さな音を立てて着地する。幻想郷のささやき声。それだけが辺りを包む。あるいは正邪の呼吸音。白い吐息が屋根まで昇ってゆく。何物にも触れることができずに、大気に揉まれて消えてゆく。
 正邪が膝を動かして、立ち上がる素振りを見せた。「……頃合いだな」
「もう行っちゃうの」
「付き合ってやってるだけでもありがたいと思え。危険を犯してここまで来るの、けっこうひと苦労なんだよ」
「それなら尚更――」
「お姫様は巫女さんと楽しく大晦日を過ごしとけ。私と付き合ったって風邪を引くだけだ」
「そんなに粗末なの、正邪の寝床?」
「ぶっ飛ばすぞ、姫」
「ごめんごめん」
 正邪が縁側に降ろしてくれた。針妙丸は着物の裾を直してから、欠伸をこらえる彼女を見上げた。既にサンダルを履いて境内に降り立っていた。
「ねえ」
「何だよ」
「本当に寒くないの?」
「ああ」
「着物、繕ってあげる。霊夢のと一緒に」
「……ひとの話を聞けっての」彼女は指で頭を突いてきた。「ま、期待せずに待ってるよ」
 正邪は手をひらひらさせながら歩いていった。針妙丸は彼女の背を見届けてから、肩の力を抜いた。柔らかな疲れが目蓋をなでて、晴れた夏の海原のように心が凪いだ。針妙丸もまた欠伸を漏らして、戻りかけようとしたところでふと気づいた。
 好いお年を、って伝えるのを忘れていた。

   #03

 霊夢の布団に潜り込んで、彼女の寝顔が先程と変わっていないことを確かめた。それから寝返りを打って障子の方を振り返った。ガラスの絵もやはり消えたままだった。正邪の横顔も、正邪の吐息も、正邪の囁き声も、冬の空気が洗い去ってゆく。眼を離して、最後に視線は天井を向く。声を出さずに、唇だけで正邪、と呟く。
 正邪は今、神社を遠ざかっている最中のはず。私からどんどん離れてゆく。どのくらいなんだろう、私から正邪まで。一秒、一分、一時間と経った時、その距離は何処まで開いているのだろう。貴方は知っているの、正邪? 以前より痩せていること。冬眠に臨んで、食糧を蓄え損ねた動物みたいだった。
 好い子にしてたか、姫? 貴方は来る度にそう訊ねる。私は素直に頷く。でも、本当は嘘をついている。霊夢が云うように、時どき“やんちゃ”してしまうことだってある。お姫様らしくするのは、お淑やかに振る舞うのは、もう止めたから。貴方はそれを知りながら“姫”って呼ぶ。今までだって、そして多分、これからも。
 貴方は気まぐれだから、ひょっとしたら会いに来るのを止めるんじゃないかって、時どき考える。何の連絡も無しに、木枯らしに吹かれた木の葉のように、他の枯れ葉に紛れて消えてしまう。私が最初に我が侭を云ったのだから、貴方が我を通すのは当然だ。自分という自分をぶつけ合う。そうやって私達はやってきたのだから、仕方がないと云えば仕方がない。
 眼を閉じて、眠りに身を任せようとする。暖かくなったら、準備を整えたら、と考える。
 今度は、私が正邪に会いにゆく。驚きの表情を浮かべた貴方に、意地悪な笑顔をぶつけてやろう。もしも貴方が逃げ出そうとしたら、その時はまた追いかけて、好い加減に諦めろって伝えてやりたい。貴方は“厭だね”って叫ぶだろうから、“あんたならそう云うと思った”って、私も笑いながら叫んでやろう。

   #04

 朝になると風は止んでいて、山の端から太陽が顔を覗かせていた。針妙丸は縁側に出て身体の節々を伸ばしながら、雪化粧を終えた幻想郷の風景を眺めた。陽射しを抱きしめて輝きを続ける世界。呼吸のひとつひとつが新しく感じられる。着替えを終えて茶の間に戻ると、味噌汁の香りが漂っていた。
 ちゃぶ台でぼうっとしていると、部屋に霊夢がやって来た。割烹着を着て三角巾を締めた彼女は、顔をしかめてこちらを見下ろした。どうしたの、と声をかけると、霊夢は手に持っていた紙切れを渡してきた。意味も分からずに受け取ると、彼女は肩を竦めてさっさと調理に戻ってしまった。
 針妙丸は丸められた紙を広げた。鉛筆で文字が書いてあった。

   煎餅、美味かった。礼は云わない。

 針妙丸は、しばらく手紙とも呼べないその代物を眺めては、両手で持ち上げて裏返した。彼女にもまだ、伝え残したことがあったんだと思った。暮れの挨拶も、新しい年への慶賀もなかった。そこにはいつも通りの彼女がいた。それは彼女が残したささやきなのだと信じた。寒さの中でも消えることのない、眼に見える彼女の声だった。
 針妙丸は、自分にとっては大きすぎるその紙切れを、両腕を広げて抱きしめた。


~ おしまい ~


(原題)
 Das Flüstern der Nacht
.
 ご読了に感謝いたします。本当にありがとうございました。
 皆さん、好いお年を!

 山桃氏がお話のイメージ・イラストを描いて下さりました。URL は以下になります。
 >“Winterspring” http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=48202673

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 以下、コメント返信になります。長文を失礼します。

>>1
 どうもありがとうございます。寒い時節には、このようなお話が書きたくてたまらなくなりますね!
 あっさりとした掌編ではありますが、少しでもヌクモリティを感じて頂ければ幸いです。

>>2
 今回もありがとうございました。好き物語をこれからも綴り続けたいと思います。感謝です。

>>3
 お読み下さり、心から感謝いたします。去年から続くこの寒さは特に肌に沁みますよね。
 年の瀬に覚える泡のような寂寥を感じて頂ければ、と思っていました。重ねて感謝いたします。

>>4
 ご感想を残して下さり、本当にありがとうございました。自室の曇った窓から思いついたお話でした。
 針妙丸さんの動作のひとつひとつから、何処まで想いを表現できるだろうと書きながら考えていました。
 私のお話が氏のご想像に適っていたなんて嬉しいです。これからもご期待に応えたいですね。

>>5
 どうもありがとうございます。ご感想を頂けるなんて、私、嬉しいです。
 冬の夜に窓越しの雪景色を見つめている時の、あの静寂を表現したいと願っていました。

>>6
 どうもありがとうございました。お姫様という出自のある針妙丸さんが、『鈴奈庵』でお茶目をしたのは、
 もしかしたら正邪さんと過ごした影響があるのかもしれませんね。二人の今後に期待大です。

>>7
 コメント、ありがとうございました。私もお二人の関係が大好きです。何度書いても飽きないコンビですね!
 正邪さんは私にとっても特別に愛着のあるキャラクターです。彼女を描いていると勇気づけられるのです。

>>8
 今回もご感想ありがとうございます。短いお話ながらも、余韻を感じて頂けると本当に嬉しいです。

>>9
 ご読了に感謝いたします。次もまた、氏の心に残ってくれるようなお話を書きたいです。

>>10
 rasan 氏、お久しぶりです。ご感想を残して下さり、ありがとうございました。
 私も、未だにお二人の距離感については手探り状態です。でも、言葉にならない関係って素敵だと思います。
 純粋無垢だった針妙丸さんが、正邪さんとのやり取りを通してどんどん成長してゆくのが、書いていて楽しいですね。
 百合を含んだお話を書くことは少ないのですが、正邪さんの言葉を裏の裏まで見抜いている針妙丸さんは、
 あるいは仰る通り恋をしているようにも見えますね。正邪さんは、こいつには何を云っても敵わないと諦めていたり。
 暖まって頂けて何よりです。缶詰の中身については、やはり、小人の針妙丸さんには伝えられなかったんですね……。

>>11
 コメント、ありがとうございました。気に入って頂けたなら幸いです。
 原作の描写と比べて、私の書く正邪さんはあるいは硬派すぎるかもしれませんね。
 泥臭くとも強くあろうとする彼女の姿に、私はいつも憧れちゃいます。

>>XX
 こんにちは。そして初めまして。お読み下さり、ありがとうございました。
 私の物語が、そちらにお住まいの方に気に入って頂けるなんて思いもしませんでした。
 とても嬉しいです。私もロシアの小説がすごく好きです。
 テキストの翻訳をして頂けるとのこと、感激です。どうぞあなたのブログに掲載して下さい。
 改めて、感謝いたします。

>>12
 お久しぶりです。本当に感謝しています。
 翻訳をして頂くのは初めての経験なので、いまだに信じられない思いです。
 私はロシア語がほとんど読めないので、それだけがとても残念です。
 Google や辞書の翻訳に頼りながら、読ませて頂きました。
 改めて、ありがとうございました。 Большое спасибо!

>>13
 ご感想、どうもありがとうございます。嬉しいです。
 “協力関係は切れたけど、ほどほどの距離でお付き合いはしています” まさにそんな感じです!
 お互いに思うところがあって、素直に言葉を交わし合えないという距離感をイメージしてみました。
Cabernet
http://twitter.com/cabernet5080
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コメント



0.簡易評価なし
1.無評価名前が無い程度の能力 削除
ぬくもる

ぬくもる!!
2.無評価奇声を発する程度の能力 削除
良いですね
3.無評価名前が無い程度の能力 削除
良かったです。雰囲気もこの時期にぴったりのお話ですね。
4.無評価名前が無い程度の能力 削除
細かい話になってしまいますが、曇りガラスの絵の描写が良い味わいですね。
針妙丸はことあるごとに正邪の顔を思い浮かべては
ひとり溜息を零していそうだというイメージを勝手に抱いていたので、
まるで自分のおぼろげな妄想が整った文章で形になったかのような錯覚を起こしました。
素敵な小説をありがとうございます。
5.無評価名前が無い程度の能力 削除
冬の情景が目に浮かぶようだ
6.無評価非現実世界に棲む者 削除
ほっこりしました。
針妙丸はやんちゃでいいと思います。
7.無評価名前が無い程度の能力 削除
この二人の関係が大好きです。
正邪いいね…
8.無評価絶望を司る程度の能力 削除
いいねぇ……
9.無評価名前が無い程度の能力 削除
いい話だった乙
10.無評価rasan 削除
新年明けてしまいましたが今更になって読ませて頂きました。
正邪は天邪鬼であるし、針妙丸は逆に素直すぎる感じがあるので、いつもこの二人の距離感というものが掴めずにもやもやしていたのですが、読んでいてじっくりと自分の中に二人の距離感が染み渡るようでした。
しかしなんといいますか、あまり百合が好きではない人には申し訳ないのですが、針妙丸がまるで少しやんちゃだけれど恋する乙女のような描写にも見えて、その点も読んでいて顔がほころんでしまいました。正邪が傍からみればひねくれているけれど、こんなにも素直になれる相手は針妙丸だけなのだろうし、針妙丸も(結果的に)箱庭のような世界から自分を連れ出してくれた正邪に羨望のような感情を抱いているのではないかなぁ........と
寒い時期ですがほっこりとさせられました、ありがとうございます。

ところで缶詰ってやっぱり人にk......
11.無評価名前が無い程度の能力 削除
イッケメンだな正邪さん
12.無評価CyrusVorazan 削除
えーと、ちょっと時間かかりましたが、やっと翻訳出来たよ。見たいならこちらにどうぞ
raincat.4otaku.org/p/6047
本当にいい話でした。翻訳するのも気持ちよかった。
13.無評価KASA 削除
イヤッホオオオオオオオオイ!とガッツポーズをしてしまいそうな興奮!

協力関係は切れたけど、ほどほどの距離でお付き合いはしています~っていう具合の距離感が、大好きです!