「ねぇ、パチュリー……もう二度と私に話しかけないで」
いつものように図書館を訪ねてきた彼女は、いつもの無邪気な笑みとはかけ離れた冷たい表情で私にそう告げると、クルリと背を向けキラキラと光る宝石のような羽を揺らしながら、大きな本棚の蔭へと消えていった。
え?何?今のどういうこと?私が何かしてしまったのだろうか?けれど、昨日彼女と別れた時は別段変わった様子はなかった。いつものように、小悪魔の用意してくれたお茶を飲みながら会話をしていただけだ。その会話も他愛もない内容だった。曰く自分の親友であり彼女の姉であるレミリアの話や、あまりに嬉しくない客だが彼女にとっては貴重な遊び相手である魔理沙の話……今考えてみても、彼女の機嫌を損ねるような会話ではなかったはずだ。
「あの、パチュリー様……妹様と喧嘩でもなされたのですか?」
おずおずと切り出された小悪魔の質問に首を振る。そんな記憶は私にはない。
勿論、私が気付いていないだけの可能性もあるが、フランは良くも悪くも素直だ。面白くないことがあるのならば、癇癪を起こす。しかし先程のフランにそんな様子は見られなかった。
もしかしたら、私は元からフランに嫌われていたのではないだろうか。今まで溜まりに溜まっていた想いが今日何かの切っ掛けで爆発したと考えるなら、有り得ない話ではない。あの子は感情のコントロールができないのだから。
そしてもしそうだとしたら、今まで全く気付かなかった上に、懐かれてるとまで思い込んでいた自分はどれだけ愚かだったのか。
「……滑稽ね」
自虐的に呟いたその言葉は空しく虚空へと消え失せた。
♦
パチュリーから離れた本棚の後ろに隠れて声を殺して、涙を流す。痛い、胸が抉り取られたみたいに凄く痛い。
本当はあんなこと言いたくなかった。本来であれば今日も彼女の気だるげだけど、優しい響きを聴きながら色んなお話をしたかった。
けれど、これでよかったんだ。これがパチュリーを守るためなんだ……なら、私が苦しいのなんて何の問題でもない。寂しいのも苦しいのも我慢すればいいだけだ。大丈夫、我慢するのは慣れている。
静かに目を閉じる。思い出されるのは昨日見た夢。
私の他に誰もいない真っ暗な部屋、寂しくて怖くて一生懸命パチュリーの名前を呼んだ。一番傍にいてほしい相手だったから。
けれど私の声はただ響くだけで、何の意味もなかった。どうしようかと考えた時に、自分の腕を包み込む妙な感触に気づく。ソレは生暖かくぬるりとする液体だった。私は目を丸くして自分の腕に付いたそれをジッと見つめる。間違いない、コレは私がよく知っているあの液体だ。
次いで突如照らされたように手元が明るくなり、私の腕にあるモノが明確に表された瞬間、声にならない悲鳴を上げる。
私が抱いていたのは血塗れで横たわるパチュリー。手についていた液体は紛れもなくパチュリーの血液だった。
苦しそうに息を吐きながら、私を見上げるパチュリーの目はいつもの優しい目ではなく、激しい憎悪に満ちた恐ろしい目だった。何で?どうしてそんな目で私を見るの?
「……貴女のせいよ」
「え……」
「貴女のせいだって言ってるのよ!この化け物!自分の能力も制御できないような屑だから、実の姉にまで嫌われるのよ!貴女を愛してる奴なんてこの世に誰もいないわ!」
直後、激しい眩暈と吐き気が全身を蝕む。止めて、そんなこと言わないで……散々自分で考えたことだし、妖精メイドの噂話でも聞いてたことだからとっくに知ってるよ。でも、それでもパチュリーの口からは聞きたくない。
大好きな貴女の口からはそんな言葉絶対に聞きたくない!
「レミィの妹だからって甘やかしてた私が馬鹿だったわ!出会った瞬間に殺しておけばよかった!」
グシャ……
鈍い音とともに何かが潰れる音がして、腕の中のパチュリーだったモノは一言も喋らなくなった。
そこで目が覚めた。言うまでもなく、最悪の夢だ。けれど起こりうる未来でもある。
当然私はパチュリーを壊したいなどと思ったことはない。けれど能力のコントロールができていないのも事実だ。あの夢みたいなことが起こらないとは限らない。
分かっている、あのパチュリーは自分の夢の中の偶像。本当のパチュリーではない。しかし、だからと言って自分が好かれている証明にはならない。もしかしたら本当に彼女は嫌々自分の相手をしてくれているのかも知れない。だったら、解放してあげよう。
たとえどれだけ嫌われていようと、私は彼女が大好きなのだ。だから、私が我慢することで彼女が幸せになれるなら、いくらでも我慢しよう。だから、今日が最後だから……我儘を呟くくらいは許してね?
「寂しいよ、パチュリー……」
「ええ、私も同じよ、フラン」
♦
「……何しに来たのさ?話しかけないでって言ったよね?」
本棚の裏にしゃがみ込んでいたフランは、乱暴にゴシゴシと目を擦ると鋭い視線を私へと向ける。でもねフラン、そんなに赤い瞳だと迫力ないわよ?
「ええ、確かに言われたわ。でもね、理由も解らないまま行動するのは私の性に合わないわ……大切な人が泣いてるのをを見て見ぬ振りするのもね。フラン、私が気に障ることをしたなら謝るし、話しかけられたくないならその通りにするわ。ただ理由を教えてくれないかしら?」
「……何で!何でそんなに優しいのよ!?嫌ってよ!私のこと嫌いになってよ!私、パチュリーを壊したくない!」
そう叫んで、関が切れたように大泣きするフランを抱きしめる。私を壊したくない……その言葉の意味はよく分からないけれど、少なくとも嫌われてるわけではなさそうね。
しばらくして、フランが嗚咽を漏らしながら語ってくれた理由に自分の浅慮を恨む。私は馬鹿だ。フランが自分の思いを殺してまで我慢してくれたのに、元から嫌われていた?溜まったものが爆発した?自分基準で考えるな!フランのことを本当に分かっていたなら、気づけた問題だろう!
自分の愚かさに、歯軋りをしながら未だに泣き止まないフランの頭に手を置き、口を開く。
「……理由は分かったわ。でもねフラン、貴女は二つ勘違いをしているわ。一つ、いくら貴女が相手でも無抵抗でやられる程、私は弱くない。一つ、いくら私を気付付けないように避けても、私は幸せにはならない。貴女が隣にいないのに、幸せなんてありえない」
気づけばフランはすっかり泣き止み、目を丸くして私を見つめている。そう、そもそも貴女の不安は現実にはならない。
貴女の夢の中の私は貴女を愛する者はいないと言ったのでしょう?だからこそ、それは私ではないし現実ではない。
「愛してるわ、フラン。たとえ貴女がどんなに私を嫌おうと、たとえ貴女に殺されようと……この想いは変わらない」
直後、泣きながら飛びついて来たお姫様に押し倒され、苦笑いを浮かべる。
やれやれ、せめてしっかり抱きとめられるくらいにならないと、この子の王子様にはなれないわね。
いつものように図書館を訪ねてきた彼女は、いつもの無邪気な笑みとはかけ離れた冷たい表情で私にそう告げると、クルリと背を向けキラキラと光る宝石のような羽を揺らしながら、大きな本棚の蔭へと消えていった。
え?何?今のどういうこと?私が何かしてしまったのだろうか?けれど、昨日彼女と別れた時は別段変わった様子はなかった。いつものように、小悪魔の用意してくれたお茶を飲みながら会話をしていただけだ。その会話も他愛もない内容だった。曰く自分の親友であり彼女の姉であるレミリアの話や、あまりに嬉しくない客だが彼女にとっては貴重な遊び相手である魔理沙の話……今考えてみても、彼女の機嫌を損ねるような会話ではなかったはずだ。
「あの、パチュリー様……妹様と喧嘩でもなされたのですか?」
おずおずと切り出された小悪魔の質問に首を振る。そんな記憶は私にはない。
勿論、私が気付いていないだけの可能性もあるが、フランは良くも悪くも素直だ。面白くないことがあるのならば、癇癪を起こす。しかし先程のフランにそんな様子は見られなかった。
もしかしたら、私は元からフランに嫌われていたのではないだろうか。今まで溜まりに溜まっていた想いが今日何かの切っ掛けで爆発したと考えるなら、有り得ない話ではない。あの子は感情のコントロールができないのだから。
そしてもしそうだとしたら、今まで全く気付かなかった上に、懐かれてるとまで思い込んでいた自分はどれだけ愚かだったのか。
「……滑稽ね」
自虐的に呟いたその言葉は空しく虚空へと消え失せた。
♦
パチュリーから離れた本棚の後ろに隠れて声を殺して、涙を流す。痛い、胸が抉り取られたみたいに凄く痛い。
本当はあんなこと言いたくなかった。本来であれば今日も彼女の気だるげだけど、優しい響きを聴きながら色んなお話をしたかった。
けれど、これでよかったんだ。これがパチュリーを守るためなんだ……なら、私が苦しいのなんて何の問題でもない。寂しいのも苦しいのも我慢すればいいだけだ。大丈夫、我慢するのは慣れている。
静かに目を閉じる。思い出されるのは昨日見た夢。
私の他に誰もいない真っ暗な部屋、寂しくて怖くて一生懸命パチュリーの名前を呼んだ。一番傍にいてほしい相手だったから。
けれど私の声はただ響くだけで、何の意味もなかった。どうしようかと考えた時に、自分の腕を包み込む妙な感触に気づく。ソレは生暖かくぬるりとする液体だった。私は目を丸くして自分の腕に付いたそれをジッと見つめる。間違いない、コレは私がよく知っているあの液体だ。
次いで突如照らされたように手元が明るくなり、私の腕にあるモノが明確に表された瞬間、声にならない悲鳴を上げる。
私が抱いていたのは血塗れで横たわるパチュリー。手についていた液体は紛れもなくパチュリーの血液だった。
苦しそうに息を吐きながら、私を見上げるパチュリーの目はいつもの優しい目ではなく、激しい憎悪に満ちた恐ろしい目だった。何で?どうしてそんな目で私を見るの?
「……貴女のせいよ」
「え……」
「貴女のせいだって言ってるのよ!この化け物!自分の能力も制御できないような屑だから、実の姉にまで嫌われるのよ!貴女を愛してる奴なんてこの世に誰もいないわ!」
直後、激しい眩暈と吐き気が全身を蝕む。止めて、そんなこと言わないで……散々自分で考えたことだし、妖精メイドの噂話でも聞いてたことだからとっくに知ってるよ。でも、それでもパチュリーの口からは聞きたくない。
大好きな貴女の口からはそんな言葉絶対に聞きたくない!
「レミィの妹だからって甘やかしてた私が馬鹿だったわ!出会った瞬間に殺しておけばよかった!」
グシャ……
鈍い音とともに何かが潰れる音がして、腕の中のパチュリーだったモノは一言も喋らなくなった。
そこで目が覚めた。言うまでもなく、最悪の夢だ。けれど起こりうる未来でもある。
当然私はパチュリーを壊したいなどと思ったことはない。けれど能力のコントロールができていないのも事実だ。あの夢みたいなことが起こらないとは限らない。
分かっている、あのパチュリーは自分の夢の中の偶像。本当のパチュリーではない。しかし、だからと言って自分が好かれている証明にはならない。もしかしたら本当に彼女は嫌々自分の相手をしてくれているのかも知れない。だったら、解放してあげよう。
たとえどれだけ嫌われていようと、私は彼女が大好きなのだ。だから、私が我慢することで彼女が幸せになれるなら、いくらでも我慢しよう。だから、今日が最後だから……我儘を呟くくらいは許してね?
「寂しいよ、パチュリー……」
「ええ、私も同じよ、フラン」
♦
「……何しに来たのさ?話しかけないでって言ったよね?」
本棚の裏にしゃがみ込んでいたフランは、乱暴にゴシゴシと目を擦ると鋭い視線を私へと向ける。でもねフラン、そんなに赤い瞳だと迫力ないわよ?
「ええ、確かに言われたわ。でもね、理由も解らないまま行動するのは私の性に合わないわ……大切な人が泣いてるのをを見て見ぬ振りするのもね。フラン、私が気に障ることをしたなら謝るし、話しかけられたくないならその通りにするわ。ただ理由を教えてくれないかしら?」
「……何で!何でそんなに優しいのよ!?嫌ってよ!私のこと嫌いになってよ!私、パチュリーを壊したくない!」
そう叫んで、関が切れたように大泣きするフランを抱きしめる。私を壊したくない……その言葉の意味はよく分からないけれど、少なくとも嫌われてるわけではなさそうね。
しばらくして、フランが嗚咽を漏らしながら語ってくれた理由に自分の浅慮を恨む。私は馬鹿だ。フランが自分の思いを殺してまで我慢してくれたのに、元から嫌われていた?溜まったものが爆発した?自分基準で考えるな!フランのことを本当に分かっていたなら、気づけた問題だろう!
自分の愚かさに、歯軋りをしながら未だに泣き止まないフランの頭に手を置き、口を開く。
「……理由は分かったわ。でもねフラン、貴女は二つ勘違いをしているわ。一つ、いくら貴女が相手でも無抵抗でやられる程、私は弱くない。一つ、いくら私を気付付けないように避けても、私は幸せにはならない。貴女が隣にいないのに、幸せなんてありえない」
気づけばフランはすっかり泣き止み、目を丸くして私を見つめている。そう、そもそも貴女の不安は現実にはならない。
貴女の夢の中の私は貴女を愛する者はいないと言ったのでしょう?だからこそ、それは私ではないし現実ではない。
「愛してるわ、フラン。たとえ貴女がどんなに私を嫌おうと、たとえ貴女に殺されようと……この想いは変わらない」
直後、泣きながら飛びついて来たお姫様に押し倒され、苦笑いを浮かべる。
やれやれ、せめてしっかり抱きとめられるくらいにならないと、この子の王子様にはなれないわね。