Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ぷにれいむ 手紙

2014/03/31 17:27:21
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※この作品は作品集153の『ぷにれいむ』の番外編です。
※作品内に本編のネタバレを含みますので、本編をお読みの上の閲覧を推奨いたします。



















 春の終わりは、少しだけ普段よりも暖かい。まだ春だからと上着を羽織っていた文は、抱えていた大きな箱を縁側の板の間に降ろすと、服の袖で額に浮いた汗を拭った。
 太陽に手をかざしながら空を見ると、見事なまでに雲一つない快晴だ。文は気温の変化にも気がつけなかったのかと苦笑すると、上着を脱いで縁側に畳む。

 もう、夏もすぐ側まで来ていた。

 巡りゆく四季に感嘆する。文は、ずいぶんと人間らしくなった自分の行動におかしくなって、吹き出した。誰も彼もが魅了され、影響され、側にいたくなる。最早記憶に遠い幼い少女の姿を思い出し、文は優しく微笑んだ。
 自身にちまちまとついて回る幼い巫女の夢を見たのは、一昨日の夜のことだ。文は通り過ぎて久しい過去に、思わず、昔日の残照を辿りたくなってしまった。だからこうして準備をして、わざわざ博麗神社に昨晩から泊まり込み、倉庫の整理と称して「思い出の品」を掘り出していたのだ。
 文はようやく見つけた古ぼけた木箱の蓋に手をかけると、木屑が落ちないようにゆっくりと開ける。すると、陽光に照らされた中の物品たちが、文の視界に飛び込んだ。

 赤い手鞠。
 布の切れ端。
 欠けたお茶碗。
 小さな花の栞。

 どれも、文にとっては思い出深い物ばかりだ。文は目を眇めて一つ一つ手にとって見る。懐かしさから緩んだ頬はどうにも戻りそうになかった。
 そうして箱の中を漁っていた文だったが、底が見えるまで掘り進んだところで、不意に手を止める。指先に当たった感触の先にあったのは、妙に見覚えのない長方形の小箱だった。
 文は、ふむ、と面白そうに笑う。蛇がでるか鬼がでるか、既知ばかりのものしか入っていないはずの箱の中にあった未知のものに、新聞記者としての好奇心が疼いた。

 文は、躊躇うようにゆっくりと箱を開ける。何が入っているのかと期待に満ちた文が見た物は、一通の封の切っていない“手紙”だった。













ぷにれいむ 番外編 手紙













 木漏れ日を明かり代わりに、文は手に取った手紙を眺める。一見するとなんの変哲もない手紙だ。特殊な紙を使っているわけでも、保存の術が使われているわけでもない。
 文はその古ぼけた手紙を前に、どう対処すべきかと首をひねる。けれど、悩んで正体が分かるはずもないかと、早々に諦めた。
 第一、躊躇うなんて性に合わない。文はさっさと決めると、今度は躊躇いなく封を切った。


『あややへ』


 冒頭に飛び込んできた文字に、文は思わず目を見張る。もうどれほど聞いていなかったか。それは文が、“たった一人”にだけ許した呼び名だった。
 拙い文字。少し震えているのがわかる。この一文を書くのにどれほど苦労したのだろうか。その作業工程を想像して、文は小さく吹き出した。どうやらこの手紙は、“彼女”から文に宛てた物で、間違いないようだ。


『はいけい。あきのもみじがうつくしいきせつとなりました』


 冒頭は、そんな言葉から始まった。この手紙の書き方を教えたのは誰だろう。文は、霊夢に教えている「誰か」の姿を想像してみる。
 にとりだったら、こんな風に丁寧に始まらない。きっと、彼女だったら冒頭は『元気?』とかそんなのだ。
 雛だったら、もう少し柔らかい。『元気ですか? 私も元気です』くらいだろう。
 そこまで考えて、文はふと思い出す。そういえば、あの人里の生真面目な先生は、遊びにいく度に教鞭を執ってくれていたということを。


『あややさまにおかれましては、おかわりなくおすごしのことと、およろこびもうしあげます』


 妙に力強く書かれた、“あやや”の文字。きっと手紙なのだから“あや殿”と書いた方がいいという“先生”に最後まで抵抗して、貫き通したのだろう。教鞭を執る彼女には申し訳ないが、その姿を思い浮かべた文は頬を緩ませずにはいられなかった。


『あやや、いつもありがとう』


 ふと、次の段落から急に雰囲気が変わった。


『にとりがきゅうりをくれました。くれたらありがとうっていおうって、せんせいにいわれました。だからてがみで、おつたえます』


 妙な言葉遣い。まるで、教えている人が変わったみたいだ。と、そこまで考えてふと文は思いいたる。文字を書くことに不慣れな子供が、一度の授業でこんな手紙を書ききれるのかと問われたら、文とて首を傾げざるを得ない。だからそう、これはようは、“先生”が代わったのだ。
 この分なら、“先生”はにとりだろうか。自分に隠れて善意でなにかをするのは苦手だが、なにぶん彼女はいたずら好きだ。悪巧みでもするつもりで手伝ったに違いないと、文はあたりをつけていた。


『きのうは、ひながれんこんをくれました。れんこんのにつけです。このあいだのれんこんとはちがうようなので、ゆるしました』


 なんのことだろう、と文は時が過ぎても色あせない鮮やかな記憶を回想する。するとふと、一つの単語が文の脳裏をよぎった。
 “辛子レンコン”だ。


『あのれんこんは、ようかいのわなだったのです。ひじょうにざんねんですが、ひなはあのとき、わるいようかいにだまされていたのです』


 怒りからか、字が滲んでいる。
 いつのことだったか、雛が妖怪の山で採取した蓮根を辛子レンコンにして持ってきたことがあった。知らない料理に目を輝かせた“ちび巫女”は、意気揚々と口に放り込み、固まった。子供の舌に辛味は劇薬だったのだろう。文は人間が食べてはならないものだったのかと大いに焦り、慌てて彼女(被害者)と雛(加害者)をひっつかんで上白沢邸に駆け込んだ。
 結果は言うまでもない。雛と並んで朝まで正座、だ。下手な妖怪よりも恐ろしい顔をした彼女の姿に戦々恐々としてしまったという事実は、文にとって今でも思い出したくない記憶の一つだった。
 それ以来、彼女はレンコンを見る度に髪を逆立てて威嚇していたのだが、どうやらそれも知らず知らずのうちに解決していたようだ。きっと、あの“ちび巫女”の中では“からしれんこん”は退治すべき妖怪なのだろう。文はそんな風に考えて、苦笑した。


『にとりにもらったきゅうりは、ぬかづけにしました。あややとたべるひがたのしみです』


 彼女が作った糠漬け、と回想してみるが、思い当たる節はない。首をひねって考えていた文だったが、ふと、思い当たることがあったことに気が付いた。あの花吹雪の中、再会したその日の晩に最初に出されたものは、蓮根の煮つけと岩魚の塩焼き、白いご飯とキュウリの糠漬け。一緒に食べる日を楽しみにしていたのに、別れを迎えてしまった。だから“ずっと楽しみにしていたこと”を早速やってみたということだったのだろう。
 もちろん、手紙で書かれた日に作られたものではないだろう。だが、あのお転婆なちび巫女は、いつでも食卓に出せるほどに作り慣れていたのだ。

 ただ、ともに食卓に並ぶ日を夢見て。
 たとえ、記憶が薄れたとしても、ずっと。

 不意に、文の胸が温かくなる。
 再会の感動に打ちひしがれていたとき、大きくなった“ちび巫女”は、どこか淡々としていた。けれどそれはきっと、照れ隠しだったのだろう。嬉しくてしょうがなかったはずなのに、表情に出すのは恥ずかしい。きっと、そんな気持ちだったのだろう。


『さて、ほんだいにはいりたくおもいます』


 また、文体が変化する。丁寧だけど堅苦しくない。きっと、次の“先生”は雛になったのだろう。脇道にそれていた話題を雛が修正してくれていなかったら、きっと再現なく彼女の日常が綴られていたことだろう。それはそれで楽しみだったと思ってしまった分、文は素直に雛にお礼を言う気にはなれなかった。


『なにかをくれたら、かんしゃのことばをいうものだそうです。なのでわたしはあややにおれいをいいたいです』


 書かれていた文字に、文は首をかしげる。一生懸命手紙を書いてまで礼を言われるようなことなどしたか、文の記憶にはなかった。とにかく、続きを読まなければわからない。文はそう考えて、続きの文章に目を落とす。


『あかいてまりをありがとう。あややとおそろいです。あややがおしごとでおそいひは、あのてまりであそんでいます』


 確かに、いつの日だったか、人里に遊びに行ったときに文は彼女に手毬を買い与えている。そのことについてはとっくにお礼を言われたはずだが、なぜわざわざ手紙にしたのか。きっと手紙というものに純粋な好奇心もあったのだろうと当たりをつけて、文は苦笑した。


『きれいなふくをありがとう。あややのぬってくれたふくは、とてもすずしいです』


 四苦八苦しながら初めて作った巫女服を、彼女はたいそう気に入っていた。後になって「脇が開いていたらまた風邪をひくんじゃないか?」などと慧音に言われてから、慌てて天狗の術で“悪い風”を弾くように服に仕込んだのは、文にとって墓に持っていく秘密だ。
 天狗のくせにそんな恥ずかしい失敗をしていたなんて誰にも言えない。文は頭を抱えて悶えた日のことを思い出して、ほんの少し頬を朱色に染める。


『いっしょにねてくれてありがとう。あややのおかげで、いつもおふとんがあったかいです』


 どうにもあのちび巫女は、自分を羽毛布団と勘違いしている節がある。素直になれなかった頃の自分はそんな風に自分の心を誤魔化しながら彼女と一緒に寝ていたということを、文はふと思い出す。
 もふもふ、と言いながら翼に抱き付くのが好きだった。それが黒い髪の母の柔らかな腕の中を重ねていた行動だったと気が付いたのは、いつのことだったか。辛くて封じ込めた幼い少女の記憶の中で、燻ることなく残り続けた“母親”のぬくもりを、彼女は文に重ねていた。
 もういない先代の巫女に、文は小さな嫉妬を覚える。同時に、敵わないと納得する自分もいたことに、文は少しだけ驚いた。


『いつも、いっしょにいてくれてありがとう。いつも、わらっていてくれてありがとう。あややがいっしょにいると、むねがあったかくなります。あややがいっしょにいると、しあわせなきもちになります』


 綴られていく言葉。
 躊躇ないなく書かれる文字。
 一言一言に込められた、愛情。

 向けられてきた思いの奔流に、文は目を見張る。こんなにも彼女は、ちび巫女は、自分のことを想っていたのだとわかる言葉に、文は頬を熱くせずにはいられなかった。


『だから、ずっといっしょにいてね』


 また、文体が代わる。今度はきっとちび巫女一人だけの文章だ。一人で考えて、一人で綴られていく言葉だ。文はなんとなくそのことに気が付いて、けれど止まることもできずに先を読む。


『あややとずっといっしょにいたい。ずっといっしょにいてくれたあややも、わたしみたいにしあわせにしてあげたい。あややといっしょにわらっていたくて、あややといっしょにわらっていることがすごくうれしくて、このおてがみをかきました』


 けれど。
 けれど文は、その尊い時間を裏切っている。自身に愛情を向けた彼女の声を、涙を、叫びを背に飛び立っている。
 文は、改めて考えた。あの日、誰もいない神社で泣き叫んでいた彼女は、いったい何を考えていたのだろうか。裏切られた? 悲しかった? 寂しかった? そんなモノではきっとない。きっと彼女は、ちび巫女は、――霊夢は、悔やんでいた。一緒にいれなかったことを。この手紙を、渡せなかったことを。
 文の瞳から、涙が零れ落ちる。その一滴が手紙に落ちて滲んでしまったことを確認すると、文は慌てて目元を拭った。この手紙を、汚したくなかった。


『ありがとう、あやや。だいすきだよ』


 大きく書かれた文字に、文は嗚咽を漏らす。もうあの日の、飛び去ってしまったあの時には戻れない。あの時はそれが最善だった。やり直してもきっと、文は同じ選択肢を選ぶ。どんなに葛藤しても、それが霊夢にとって一番だと理解しているからだ。
 だから、悔やむのはもっと前。あの日霊夢と出会った神社の中で、もっと霊夢のことを気にかけてやれば良かった。良い思い出をたくさん作ってあげれば良かった。そんな後悔ばかりが、文の胸の中に渦巻いて、拭うことができない。








 涙が止まるころには、日はだいぶ傾いていた。
 結局、わかっているのだ。過去のことを悔やんでも仕方がない。一番大事なのは“今”であり、過ぎ去った“過去”ではないのだ。
 だから、文は顔を上げる。視線の先には、見知った顔が並んでいた。

「だからにとり、キュウリばっかじゃなくて他の野菜も持ちなさいよ。重いでしょうが」
「いやいや、霊夢はよく落とすからね。キュウリは品質が大事なんだ」
「ねぇ霊夢? なんで蓮根は持たないのかしら?」
「気分よ。だからその生暖かい視線はやめなさい、雛」

 昨晩から、妖怪の山の山菜取りに出かけていた三人が、帰ってきた。文はくじ引きで負けて鍋の準備係りに回されてしまったため参加できなかったが、どうやら大量だったようだ。
 さすがに思い出作りにかまけて準備をしていなかった、では怒られてしまうから、夜のうちに準備は終わらせてある。文は手紙のことは一時的に頭から追い出して、そんなことを考えていた。

「ただいま、文。って、なによそれ?」
「お、懐かしいモノ出してるね。その手毬なんか、霊夢が好きだったやつだろ?」
「私は荷物を置いてくるから、準備よろしくね」

 雛が荷物をひょいと持ち上げて、中に入っていく。にとりと霊夢は懐かしそうに箱の中をのぞき込んでいた。そんな霊夢を見ていた文はふと聞いてみたいことができて、霊夢に声をかけた。

「霊夢」
「なによ」
「今、幸せ?」
「つまんないこと聞いてんじゃないわよ」

 霊夢はそういうと、顔を上げる。それから文の瞳をのぞき込んで、少しだけ目を逸らした。

「当たり前、でしょ」

 照れ隠しか、霊夢は雛のもとに走り去る。にとりも悪戯っぽく笑いながらそれについていった。

「当たり前、か。ふふっ」

 空を見上げる。
 見渡すばかりの快晴が、今は心地よい。
 文は胸元に手紙を寄せると、祈るように呟く。

「私も大好きよ、霊夢」

 霊夢の呼ぶ声に返事をすると、文は小さくほほ笑んで駆け出した。
 過去に戻る事は出来ない。けれど、今を大事にすることはできる。なら、と、文は一つ心に決めた。

 この幸福な日々を、刹那のひと時でさえも、宝物にしよう。
 自身もまた、幸福だったと愛しい人に手紙を宛てられるように、と――。
電子メールやSNSが発達し、紙に書かれた手紙は見なくなりました。
けれど、手紙には手紙にしかない味があるように思います。
皆さんも、大切な人に手紙を出してみませんか?


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
三年越しの番外編になりましたが、お楽しみいただけたのでしたら幸いです。
I・B
コメント



1.絶望を司る程度の能力削除
手紙という媒体も、また素晴らしいですね。面白かったです。

一カ所、重いが、思いになってましたので報告します。
2.名前が無い程度の能力削除
涙腺やられたッス
3.名前が無い程度の能力削除
何年後の話なんだろうかとドキドキしつつ、読み終えてほっとしました
手紙に気付いたのが「今」で良かったなと思います
4.名前が無い程度の能力削除
みんなが幸せなら、それが一番。
家族っていいですねぇ……。
5.名前が無い程度の能力削除
ぷにれいむ、懐かしい…このssは正に大作でした。また是非とも続編を書いて欲しいです
6.奇声を発する程度の能力削除
素敵でした
7.名前が無い程度の能力削除
ひさしぶりに読み直してやっぱり素晴らしい作品だなと思いました。
今回も面白かったです。
8.19削除
これといい、本編といい、心温まるお話でした。
9.名前が無い程度の能力削除
良い。素晴らしいです。