Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

君が夢見たヴィジョン

2014/02/18 17:46:23
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君が夢見たヴィジョン
(原題: Die Fängerin im Roggen)


Table of Contents
 Story 01: 世界でいちばん誇らしい背伸び
 Story 02: 決して完璧とは云えないこの世界で


Story 01
『世界でいちばん誇らしい背伸び』

     #01 Prologue

 博麗神社の縁側で、天邪鬼の少女が眠っている。
 悪巧みが露見して、霊夢さんにこってりと絞られたのだ。好い加減、諦めれば好いのに。音を立てないように忍び足で近づいて、寝顔をとっくり拝ませてもらった。生意気に動きまわる眉毛も、今は小閑を得たとばかりに垂れ下がっていて、唇も半開き。好く見れば涎なんか垂らしている。天下に並ぶ者なき阿呆面だ。
 でも、……そう、穏やかな寝顔だった。見つめていると、不思議と蘇ってくる想い出がある。初春の陽光が差し込んだ、ぽかぽかと暖かい日和だから、それは尚更のことだ。私は彼女の隣に身体を横たえて、寝顔の観察を続けた。飽きることなく遊具に熱中する子供みたいに。
 今なら鮮やかに思い出せること。瞳を閉じれば、もっと深くまで思い出せること。目蓋の裏には新しい春空、一輪の赤い花、そして雪の冠を払った新緑の山々。――手に入れた風景は、本当に想像以上の素晴らしさだった。でも、それは代償なしには得られない、人生で一度きりのきらめきだったのだ。その犠牲とは、私の身体のことではない。変わってしまった彼女のこと。そして今、私達の間を隔てるようにして浮かんでいる、鉛色をした塵芥(ちりあくた)のことなのだ。


     #02

 逆さに沈んでるなんて縁起の悪い場所に、わざわざ住もうと考えるひとなんていなかった。
 小人族は、自然と調和した生を尊ぶ者達だ。絢爛豪華な屋敷よりも、草の葉を結んだ庵の方が心安い。だから、小人の集落は“城”から隔たった窪地に築かれた。まるで一族の汚点を忘れ去ろうとするかのように。代を重ねるにつれて、あの城が出来した経緯を知る者も灰になり、姫として生を受けた私ですら、“輝針城”のことは獄卒共のテーマ・パークの成れの果てくらいに考えていた。彼女と出逢うまでは。
 そう、彼女。――とっても意地悪な天邪鬼。
 彼女の優しい声が、私は好きだった。
 箱入り娘として育てられた私の、……初めての友達だ。
「おやおや、姫。どうなさいましたか」
「やっと見つけた。何してるの、正邪?」
「見ての通り、書見です」
「また難しそうなの?」
「いえ、物語です。外国の小説ですよ」
「外国?」
「海を渡った向こうの世界の……」
「海?」
「ああ」彼女は頷いた。「そうか、姫は」
「ええ」
「……まぁ、好いでしょう。お読みになりますか?」
 目の前に本を差し出してくれた。ハード・カバーの装丁で、私には重すぎる代物だった。首を振ってみせてから、胡坐をかいた彼女の膝によじ登った。
「姫?」
「読んでよ、それ」
「姫は読み書きができるじゃないですか」
「頁をめくるだけでもひと苦労なのよ、大きいから」
「朗読せよと?」
「そ。“姫”の命令よ」
「……参ったなぁ」彼女は小ぶりな角に指を触れた。「最初の章だけですからね」


     #03

 “誰も住んでいない”ということは、“隠れて何かをするには好都合”ということでもある。
 定刻になると、私は嘘をついて集落を抜け出し、輝針城に潜伏している彼女に会いに行った。まるで革命家のアジトに向かうみたいで、正門に通じる橋を渡る度に、胸が騒いだことを覚えている。彼女はいつも門のところで待ってくれていた。飛べなかった私を肩に乗せて、天守閣まで“降りて”ゆくのだ。金箔の剥がれた天井に、持ち込んだちゃぶ台と座布団を並べて、彼女の“講義”を拝聴する。
 ある日、彼女、――鬼人正邪は云った。
「これまでのおさらいをしましょう」
 私は頷いて、ちっぽけなノート・ブックを閉じた。
「では、質問です。――打ち出の小槌によって栄華を極めた小人族は、その後、どうなりましたか?」
 唾を飲み込んで、ひと息に言葉を紡いだ。「“繁栄を妬んだ幻想郷の妖怪達が、寄ってたかって小人の一族を鬼の世界に幽閉し、さらに栄華の象徴である輝針城を逆さにする呪いをかけて、誰も住めないようにした”……」
 深呼吸。吐き出した息は震えていた。
 正邪が手をぱちぱちと叩く。「素晴らしい! ――流石は姫。ちゃんと復習したんですね。感心しましたよ」
「えへへ」
 褒められた私は、撫でるように鎖骨を指でなぞった。
「正邪のおかげだよ」
「教え甲斐がありますね、本当に」
 彼女は八重歯を剥き出して笑った。


     #04

 正邪はいわゆる演技派で、講義も朗読も私の関心を引きつけて已まなかった。
 引き込まれてしまっていたのだ。
 初めて“真実”を知らされた時など、私は悔し涙で前もまともに見られないくらいだった。熱を入れて語っていた正邪は、ふと目尻を緩めると、泣きじゃくる私を抱え上げ、ぎゅっと抱きしめてくれた。彼女の痩せた身体の感触が、その時はとても暖かくて、何より頼もしく思えたんだっけ。
「この怨みは、必ず晴らさなければなりません」
 耳元で彼女は囁くのだ。
「私も奴らのおかげで、すべてを失いました。姫が望むのなら、私は命を賭してでも貴方の復讐のお手伝いを致しましょう」
 ――私達は“同志”です。
 彼女の胸の中で、私は何度もなんども頷いていた。振り落とされないようにと、赤ん坊のようにしがみついていた。
 正邪と一緒なら、何が起こっても……。
 これからも、ずっと。
 私は嬉しかったのだ。
 その一方で、彼女の“仮面”が一度だけ剥がれかけたこともあった。
 講義の終わりに、私がこんな質問をした時だ。
「そういえば、正邪。下剋上をやってのけたらさ、その後はどうするの?」
「は?」
 彼女は口を半開きにして固まった。
「強い連中をやっつけたら、たぶんみんな混乱すると思うの。“これからは何を信じて生きていけば好いんだろう”って。“何に従って暮らしていけば好いんだろう”って」
「…………」
「その時になったら私、どうすれば好い?」
 正邪は一瞬だけ、視線を明後日の方向にそらしかけた。直後には、いつもの笑顔を被り直していた。
「なーに、ひと言云ってやれば好いのですよ。――“自分を信じろ、さもなくば私を信じろ”ってね」


     #05

 正邪が朗読してくれた物語。
 横文字の、意味の分からない単語も多かったけれど、ひとつひとつを正邪は優しく解説してくれた。場面ごとに通し番号が振られていたから、講義の度に一章ずつ、二人で物語の森を探索した。実に淀みのない、清水の流れるような朗読だった。それだけお気に入りの、もう何百回と読み直した物語なのだろう。
 その中でも、特に印象深い一節がある。
 街の放浪からいったん家に戻ってきた主人公の少年が、部屋で妹と話をする。その時の彼の台詞が、そのまま小説のタイトルになっている。正邪もその部分は特に熱を込めて、解きほぐすように語った。

「でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。 (……)ちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。 (……)そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。 (……)」

 朗読会が終わったのは、偶然にも講義の最終回と同じだった。
 次からは“プラン”の説明に入ると彼女は云った。物語の余韻が冷めないままに、私は正邪と別れて、主人公の少年よろしく小人の集落を宛てもなく歩きまわった。赤茶けた泥土に硫黄のような臭気。血針草が群生している土地は血の気が抜けているから、そこで害のない作物を育てることができた。先人の知恵だ。最初に鬼の世界に放り込まれた私の祖先達、その苦労は如何ばかりであっただろう。
 そう、だから、……小人族のほとんどは、毎日食べるのにも事欠く暮らしを余儀なくされている。身を寄せ合うように並んだ草の庵。思わず顔をしかめてしまう悪臭のはびこる通り。石ころで築かれた釜焚き用の炉。その影に隠れるようにして、二人の子供がうずくまっていた。配給のおこぼれに預かるためだ。血のように紅い大地に、真っ白な肌をさらした兄と妹。以前から何度か姿を見かけていた。関わらないようにしてきたけれど、その日の私は違った。
「これ、食べて」
 正邪から必勝祈願に貰った“お饅頭”というお菓子を、二人に差し出した。男の子が奪い取るようにひったくり、妹と半分こにして食べた。彼らがお菓子を口にするのは、産まれて初めてのことだったのだ。ぼろぼろと涙をこぼしながら、神様に捧げるみたいに両手に持って、嗚咽を漏らしながら平らげた。
 我に返った二人は、畏れ多いと云わんばかりに、おでこを鮮血の大地にこすりつけた。私は服が汚れるのも構わずに、二人の背中に両腕を回していた。身を引こうとする小人の兄妹。自分達には何の価値もないと云うかのように。
 腕の力を強めた。
「どんなに小さな存在にだって“意味”はあるんだよ」
 正邪から授かった言葉を、そのまま手渡していた。
「蹴飛ばされれば簡単に折れてしまう花にだって、絶対に“意味”はあるんだよ……」
 いつか私が、本物の太陽の光の暖かさを、貴方達に教えてあげるからね。
 約束するよ。


     #06

「好いですか、姫? ――地上の大部分は“インチキ”で出来ています。強者達の論理はこうです。“自分達が管理してやってるからこそ、平和が維持されているのだ”と、こんな具合です。その全てを否定するつもりは毛頭ありませんよ。ただですね、その平和とはいわば柵で囲われた牧場みたいなもんです。外敵が来ない代わりに、内側にはどんな敵よりも恐ろしい経営者って奴が、革張りの安楽椅子に足を組んで座っている。で、そいつが指をちょいと振れば、弱者はたちまち何処かに連れ去られて、首を落とされ、肉を削がれて、市場で売り物にされてしまうんです。
 それで、――そうですね、……覚えておいて頂きたいのは、地上の連中の誰もが“インチキ”って訳では決してないということです。そりゃ、ちょっとばかり“いけ好かない”ってところはあるかもしれませんが、そういう連中が死ぬなり消えるなりして、二度と会えなくなってしまうと、それはそれで“寂しいなあ”と感じることがあると思うんです。こういうしんみりした気持ちを抱いてしまう存在って、けっこう得難いものなんですよ。
 ここからが大事なところなんですが、――そうした“いけ好かない隣人”を“インチキを押しつける強者”と取り違えてしまってはいけません。本当に打ち倒すべき強者ってのは、いつも人の好い笑顔を満面に浮かべて、感じの好い言葉で貴方の足をすくい取ろうとしてくる連中のことをいうんです。どうか、そのことを忘れないで頂きたいと思います。…………」


     #07

 城に通じる橋を渡る前に、眠りに就いた集落を振り返った。
 灯りはない。死に絶えたような静寂に身を沈めている。
 背中の荷物が重かった。十字架でも背負わされたかのようだ。
 頭に被ったお椀をつかんで、目元を隠した。腰に差した剣の感触が、ちっぽけながらも有り難い。
 いつも通り、正邪は城の正門で待っていてくれた。緊張なんて感じられない、すこぶる楽しそうな笑みを浮かべている。足取りが軽くなり、次第に速度を高め、最後には駆け足になった。橋板を蹴って飛びつくと、正邪は胸で受け止めてくれた。新品の衣服の香りが心地好い。
「姫、その着物」
「正邪こそ、どうしたのその格好?」
「一張羅です。この日のために繕ったんですよ」
 上下逆さまに結ばれた、青地のリボンをつまんで、天邪鬼は云った。
「そのお椀に、その針。……なるほど、そういうことですか」
「ええ、ご先祖様の」
「似合ってますよ、姫」
「正邪も凄いわ。見違えちゃった」
 彼女を見上げた。緋色の瞳が輝き渡る。
「それが、それこそが――」
「“打ち出の小槌”よ。これさえあれば……」
「素晴らしい」
 抱き留める力が強まった。彼女の鼓動が高まっている。身体が微かに震えている。
「正邪?」
「……準備は整っています。――さぁ、行きましょうか」
「え、ええ、始めましょう!」
 正邪の右肩、いつものポジションに登った。小槌の力で大きくなれたら、もう彼女の身体に乗ることはできない。これが最後かもしれないのだ。そう思うと、弾けるような熱が胸を満たしていった。誰かに背中を押されたかのように、私は身を乗り出して、彼女の耳元に囁いていた。
「大好きだよ、……正邪」
 天邪鬼の肩の筋肉が、痙攣するかのように引きつった。
「私もですよ、姫」
 二人で輝針城を見下ろした。逆転したままで中空に沈んでいる、屈辱の証を。地の底の、地球の中心まで潜っていけそうなくらいに巨大な暗闇から、風の唸り、あるいは大地の轟きが這い昇ってきた。来訪者に警告を促す、太古の魔獣のような星の声だ。視線を上向ければ、そこには赤茶けた天蓋が広がるばかり。でも、その向こうにはきっと、本物の太陽がある。私達が焦がれて已まない暖かな光が。陶酔に満ちた未来が。
 何処まで背伸びすれば、それに届くのだろう。何処まで両手を差し出せば、それをつかめるのだろう。世界でいちばんの勇気を振り絞れば、私にもその福音は与えられるのだろうか。いつしか私達の心から失われていった楽園について。いつしか私達の想い出から去っていった恩寵について。
 たったひとつの願い事をこの胸に秘めながら、未だ感じたことのない春風を抱きしめるまで。
 そう、いつの日か、いつかきっと。……私は、――私達は――。
 私達は……。


     #08 Epilogue

 いつしか眠ってしまったらしい。
 枕代わりにしていた座布団から、私は身を起こした。掛けられていた毛布が床にずり落ちた。林から小鳥の鳴き声が聴こえる。風の音も、今はクリアだ。一緒に眠っていたはずの天邪鬼の少女は、先に目覚めていたらしい。板敷に胡坐をかいて、熱心に手鏡を覗き込んでは、角の具合を点検しているようだ。
 声をかけると、正邪は顔をしかめて振り向いた。
「なんだ、姫。起きたのか」
「正邪、……貴方の夢を見たわ」
「そりゃ、さぞかし目覚めが悪かろう」
「昔のこと、思い出してた」
「昔っていつだ?」
「貴方と城で過ごした……」
「あのごっこ遊びか」
「幸せだったわ、なんだかんだで」
「本当に幸せなのは、お前の頭ん中だな」
「――正邪、ちょっと話を聞いて」
 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私には、あの時の貴方の態度の全てが嘘っぱちだったなんて、どうしても納得できない。だって今の貴方、まるで別人じゃない。それで考えたの。貴方の名前を思い出してね。鬼と人。正と邪。――貴方は嘘をつくのが上手なんじゃない。正反対の心をコインの裏表みたいに使い分けることができるんじゃないかって。つまりね、あの時の正邪が嘘っぱちで、今の正邪が本物なんじゃなくて、どっちの正邪も正邪なんだって……」
 頭がこんがらがってきて、言葉の結びが萎んでしまった。
 私は顔をうつむけた。視界の隅で、彼女の指が微かに動いたのが見えた。でも、それだけだった。
「ハっ」正邪が鼻を鳴らす。「まだ寝ぼけているみたいだな、姫は。今後のためにも忠告しといてやろう。その頭ん中に広がるお花畑を、大型重機でも何でも持ち出して、一刻も早く更地にしてやることだな。で、今度はもっとマシな種を蒔けよ。ライ麦でもカラス麦でも、なんなら聖書の喩え話よろしく毒麦でも好い。――だが、花の種だけは蒔かないこった」
 蛇のように長い舌を出して、髪の赤い部分と併せて二枚舌のようで。唇の端を歪めて笑いながら、正邪は立ち上がった。その様子を、私は呆然と突っ立って見ていた。心の火種はくすぶるばかりで、燃え上がることなどない。
「……この、天邪鬼」私は小袖の裾を握りしめた。「天邪鬼。天邪鬼っ。――このバカの邪鬼!」
「ふふん」
 得意げに笑いながら、ここまでおいで、と正邪は手を振った。
 私は輝針剣を振り上げて、泣きながら彼女を追いかけたのだ。呆気なく転んだ。




Story 02
『決して完璧とは云えないこの世界で』

     #09 Prologue

 石を投げられた。
 子供が投げつけるにはお手頃の、丸っこくて可愛げのある石ころだ。実行犯は里で暮らす人間のガキ共で、こっちの姿を見つけた途端に「鬼だ」の何だのと叫びやがった。ぶん投げられた可愛い奴をキャッチしてやると、ガキ共は真っ青になって道を駆け戻っていった。
 鬼人正邪は道端に唾を吐き捨てて、捕まえた石を手のひらで転がしていた。何の気なしにワンピースのポケットに収めると、腰のリボンを結び直して立ち上がった。雪解け水を運ぶ川の流れは、近頃ますます清らかだ。川魚の姿も、何匹か見かけた。焼き魚も好いかもしれない。醤油と塩をかけてさ。腹がぐうっと鳴った。
 そういえば、最近は人間を食べなくなって久しい。
 小人の阿呆面とも呼ぶべき笑顔を思い出した。彼女を食べようとしたことが、かつてあっただろうか。春空を見上げながら記憶を手繰る。……たぶん、あった。お姫様として育てられた彼女は、他の小人と違って美味そうだったし。――こんな風に奴を結びつけて考える癖がついてしまったのは、取りも直さず、この切っても切れない腐れ縁のせいだ。
 ――どっちの正邪も正邪なんだって……。
 親指の爪を噛んだ。傍らに置かれた唐丸籠に眼を落とす。山盛りの野菜。そのてっぺんにオクラが横たわっている。
 昔から、粘っこいものは大嫌いだった。食べ物の話ではない。他の連中との関係についてだ。常に立場を自由にしておきたい。視界をクリアに保っておきたい。それなのに、どうしてこうも縁という縁は続いてしまうのだろう。まるで刈っても刈っても生えてくる雑草みたいだ。ひとつ芽を出せば、あっという間に群生してしまうところも、同じだ。選り好みができない。
 落っこちていた小石を蹴っ飛ばす。誤って履き物まで飛んでしまって、川にぽちゃんと落っこちた。正邪は舌打ちをこぼすと、ぶつぶつと独り言を漏らしながら土手を駆け降りた。


     #10

 博麗神社に“本物の鬼”が来襲したのは、根雪もすっかり流された、弥生の中旬の時節だ。
 正邪は巫女から課せられた“労役”に従事していた。野菜を満載にした唐丸籠を背負いながら、今ようやく石段を登り終えて、鳥居を潜ったところだった。人里まで飛行禁止でこの距離を。イエス・キリストや三蔵法師にでもなったような気分だ。
 突然、頭上を黒い靄のようなものが横切ったかと思うと、腰に痛烈な一撃を受けて、正邪は派手にすっ転んだ。境内に野菜がドングリのように散らばり、石畳をカラフルに彩ってくれた。
「これは失敬」と、何者かは云った。「つい手荒な挨拶になっちゃったよ」
 その声は、という言葉が凍りつく。
「やあ、久しぶり。――天邪鬼」
 伊吹萃香が瓢箪を掲げてみせた。
「勇儀の奴、お前が居なくて寂しがってたよ。“騒ぎが減ってつまらん”ってさ」
 正邪は黙っていた。
 親指と人差し指で顎をつかまれ、目の前に“鬼”の顔が映り込んだ。
「面白いことをやっていたそうじゃないか。お前さんの友人、私にも紹介しておくれよ」
「……中にいる。会いたいなら勝手に会え。あと、あいつとは友人でも何でもない」
「そうかい。なら、上がらせてもらおうか」
 萃香が指を振ると、散らばっていた野菜が浮き上がり、籠の中へと戻っていった。片腕を通して軽々と持ち上げ、嬉しそうな笑みを漏らす。
「今夜はお鍋かな、お鍋かな」あはは、と笑い声。「おうい、霊夢ぅ! 居るかぁー!?」
 正邪は腰の痛みをこらえながら立ち上がった。骨も肉も無事のようだ。手加減してもらえたらしい。
 悪態を転がしそうになるのを、ぐっと堪える。
 ……本当に、――切っても切っても切れやしない。


     #11

 春の宵は酒の味が磨かれる。
 正邪は縁側に座って、カベルネ・フランの赤ワインを飲んでいた。室内では萃香を交えた小宴会が賑わっている。その騒ぎ声が縁側にまで響いてくるのだ。追い出された訳ではない。自分から辞退したのだった。“労役”はまだ終わっていないから、逃げ出す訳にもいかない。後が怖そうだ。
 ボトルを半分ほど空けたところになって、背後の障子が開かれ、襟首をつかまれた。たちまち宴会場に引き込まれた正邪は、萃香に酒くさい息を吐きかけられた。
「お前さんも気取ってないでさ、飲めよ」
「独りが好いんだ、放せ」
「相方が寂しがってるじゃないか。一緒に食べてやんなよ」
「だから相方じゃないって――」
 正邪っ、と小人が声を上げて、ちゃぶ台から膝の上にダイブしてきた。
「姫」
「やっぱり、ここがいちばん落ち着くわ。晩ごはんくらい好いじゃない」
 うなじの毛が逆立つのが分かった。肩に回された萃香の腕が重い。正面には博麗霊夢が澄ました顔で座っている。片目だけ半眼にして、こちらの様子を窺っているようだった。
 正邪は奥歯を噛み合わせた。
「……肉団子、好きなんだ。あるなら食わせろ」
「あいよ」
 巫女が鍋の蓋を開けた。唇の端が釣り上がっている。
「あんたも難儀な妖怪ね」
「あ?」
「どんだけ気難しい奴でもさ、宴会や花見の席だと相好を崩すのが普通なんだけど。あんたは、そう、周りが盛り上がれば盛り上がるほど表情が険しくなるみたい」
「誘いたくないタイプだろ?」
「そうね。――でも、だからこそ、何としてもあんたを笑かしてみたいって“天邪鬼な”奴も、けっこう居るかもしれないわね」
 無意識に視線を下げていた。針妙丸が、極上のクッキーでも口にしたかのような微笑みを浮かべていた。


     #12

「こいつとは短くない付き合いでね」
 萃香が瓢箪の酒を呷りながら喋った。
「正邪と、……鬼の貴方が?」
「地底に居た時期があったんだ。嫌われ妖怪の避難所だから、こっちとしても、拒む理由なんてないさね。ただねぇ、その角のせいなのか、受けが好くなかったんだ。鬼でもないのにでかい面してさ。それでね……」
 そうした昔話の全てを、萃香は途中から針妙丸ではなく、自分の表情を窺いながら暴露した。
 途端に酒の味が苦くなった。グラスを握る手のひらが汗ばんでいる。
「――ちょっと待って。質問があるんだけど」
「なんだい、一寸法師さん」
「その呼び方……」針妙丸は頬を掻いた。「まぁ、好いわ。――あのさ、地底、……“旧都”に居た頃の正邪ってさ、こう、すんごく丁寧な言葉遣いで喋っていた時があったりしたかしら? 今とは別人みたいに――」
「おい。姫、お前――」
「おやおや、そこまで知ってるんだ。なるほどね……」
 萃香が笑みを深めて顔を覗き込んできた。
「やっぱり!」姫が手を打ち合わせる。「教えて、教えてよ」
「こればっかりはね、本人に訊いてみないとねぇ?」
「正邪、どうだったの。ね、ね?」
「やめろ」
 餓死寸前の雛鳥のように、か細い声が漏れた。震える身体を叱咤して、二人を睨みつける。
「ひとの過去を詮索して何がしたい。……好いか、私が居ないところでも、私の話をするのは許さないからな」
「――許さなかったら、どうするんだい?」
 鬼の手首からぶら下がった鎖が、じゃらりと唸った。
「こらこら。お願いだから暴れないでよ」巫女が助け舟を出す。「まったく。酒が不味くなるじゃない。……それに、本人が嫌がる昔話は肴にならないわ。よしなさい、萃香。――針妙丸も」
『はーい』
 酒呑の鬼と一寸法師の子孫は仲好く手を挙げた。なんだこいつら、と思った。
「それと、あんたも聞きなさい」
 箸を突きつけられて、正邪は眉をひそめた。霊夢は帳簿の確認でもするみたいに淡々と話した。
「ほじくり返されたくなかったら、最初から嘘なんてつくんじゃないわよ。“ひとの口に戸は立てられない”。嘘がバレる理由は、いつだってこれ。私はどうでも好いんだけど、ここじゃ嘘が嫌いな奴が多いから、言葉には気をつけなさいよ」
 大きなお世話だ、と心の中で反論してやった。
 小人のお姫様だけが「違う、あの時の正邪は嘘じゃない」と、飛び跳ねながら抗議していた。その空しい叫びを、正邪は、酒と共に飲み下したのだ。ポケットの中では例の小石が、今も息を潜めている。


     #13

 眠れなかった。
 隣の布団には萃香と針妙丸。二人が熟睡に落ちる寸前まで、ひそひそと話をしていたせいだ。遠慮してくれたのか、少なくとも自分のことを俎板に乗せた訳ではなさそうだ。一寸法師、……そう、英雄譚を物語っていたのだろう。姫が感嘆を込めた溜め息を何度か吐き出していた。安堵する反面で、気に食わないと感じている自分がいた。
 それでも、睡魔は時間ほどではないが平等だ。眼を瞑ってから数刻を経て、正邪もまた夢の世界へと墜ちていった。
 昔の夢だった。
 古ぼけた民家の葬列の中を歩いている。
 浮浪者みたいな自分の姿を、正邪は中空の視点から見下ろしていた。
 窓が割れ、屋根に空いた穴も修繕されないままに残っている家屋。次いで悪臭。縦穴から吹き降ろした風が、肥溜めのような臭いをかき混ぜて、路地の隅々にまで行き渡らせるのだ。天におわします存在がその世界に与えたのは、恩寵ではない。麗しき暴力と輝かしき流血だった。正邪は頭にぼろ布を巻いて、小ぶりな角を隠しながら、旧都の市街に立ち昇る煙や、道端に放置された死骸を見つめながら歩いていた。
 折られた腕の骨が熱を持っていた。もう片方の手で握りしめながら彷徨い続けた。次こそは、次こそは、と独り言を漏らしている。その姿は、どう云えば好いのか、吐き気がするほど哀れだった。あんな情けない存在が昔の自分であり、その延長で今の自分が存在している。しかも五体満足で。
 路地から腕が伸びて、自分の折れた腕をつかんだ。思わず悲鳴を上げるいつかの正邪。そのまま連れ込まれて、そして、……もう、見えなくなっていた。あの腕には見覚えがある。あいつだ。名前は覚えていない。騙してやった馬鹿な連中の一人。ずっと機会を窺っていたのだろう。路地から愉快とは云えない物音。断続的に、押し殺した叫び声。
 苦笑がこぼれた。
 そんなところを歩いたら、そうなるに決まっているじゃないか。好い加減に学べよ、私。
 次に通りに出てきた時には、もうまともに歩けないみたいだった。無事な腕で下腹部を押さえている。衣服とも呼べないような代物、その背中が裂けていて、青痣や切り傷が浮かんでいる。血まじりの痰を吐き捨てて、そんな状態になってもまだ諦めずに、次なる“プラン”を思い巡らせている。今度こそ生意気な猫を三味線にしてやるのだ、と復讐に燃える二十日鼠みたいに。
 正邪は言葉を反芻した。
 ――ほじくり返されたくなかったら、最初から嘘なんてつくんじゃないわよ。
 そう。そうだ。嘘なんてつくもんじゃない。それは認めよう。
 でも……。
 そうしなければ、生き残ることができなかったのだ。
 利用できるものならば、何でも。
 最後の意地のようなものだ。
 それが自分の存在価値なのだから。
 鬼のようでありながら、鬼ではない。
 ちっぽけなレジスタンス。
 周りの連中全てにとって、邪魔な存在。
 自分は間違っている。どう考えても間違っている。
 だが、どれだけ間違っていようとも、同じ命を抱えて生きている、ということ。
 そういう奴が自分以外にも沢山いて、今も何処かで苦しんでいると知った時、何をなすべきか?
 持てる力の全てを出し切って、そいつの背中を押してやりたいと思うのが道理ではないか?
 ――私達は“同志”だ。
 恐らく、こんな言葉では、誰にも分かってもらえないだろう。
 鬼にも、巫女にも、小人にさえも……。
 そして、――だからこそ、誰にも分かってもらいたくなんてない。


     #14

「正邪?」
 頬を突かれて、正邪は目覚めた。枕元に針妙丸がいた。苦しい夢を見ていたはずだった。でも、何も思い出せなかった。聞こえるのは針妙丸の息遣いと、萃香の高鼾くらいだった。
「姫」
「好かった。うなされていたのよ、貴方」
「ああ……」
「正邪、泣いてるよ」
 手を上げて、頬に触れた。確かに濡れている。それは自分の涙ではないような気がした。誰かの代わりに流したかのように、気持ちそのものは冷めていた。針妙丸が頭の横で、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 そう、……その顔だ。粘っこい、本当に嫌になる顔。自分が惨めに思えてくる。
 頭が痛かった。金槌で殴られたかのように脳が悲鳴を上げていた。
「姫」
 針妙丸は首を傾げた。何も知らない顔。疑うことを知らない顔。
 それを見た瞬間、自分ではない誰かの声が、口から滑り出した。
「姫。……私と読んだ物語のことを、覚えておられますか?」
 小人は、口を半開きにしたまま固まった。酸素を求める金魚みたいに、ぱくぱくと。
 正邪は我を忘れて話し続けた。
「私は世界のあちこちを放浪したんです。本当に永い間。あの少年よろしくね。それでですね、思ったんですよ。私だけじゃない、どいつもこいつも嘘っぱちなんだって。世界の何もかもが“インチキ”で出来ているって思ったんです。でも、貴方だけは違いました。貴方にだけは……。私が講義の時にちょっとした冗談を云ったら、貴方は鈴を転がすように笑ってくれましたね。本当に嬉しかったんですよ。私のつたないジョークで笑ってくれるなんて。それは取るに足らない、何でもないことかもしれませんが、そこにも“意味”はあったんですよ。どんな小さな存在にだって、確かに“意味”はあったんです。ねぇ、そうでしょう。――ねぇ? …………」


     #15

 翌朝は曇り空だった。太陽が眩しくなくて丁度好い、と正邪は思った。
 縁側に腰かけてつっかけを履き、唐丸籠を背負って立ち上がった。清々しいとは云えない朝のひと時。小鳥の鳴き声も調子が重苦しい。雲は鉛色。今にも雪が降り出しそうだ。冬に逆戻りしたみたいに、何もかもが陰気だった。
 本殿の前を通った時、伊吹萃香が声を掛けてきた。賽銭箱に腰かけて、朝っぱらから酒を飲んでいる。
「精が出るねぇ、天邪鬼」
「うるさい」
 萃香は瓢箪を傾けた。その顔には微笑みが浮かんでいた。
「ま、なんだね、……頑張れ」
 “グッド・ラック”と親指を立てた。何の気持ちもこもっていない、ただの挨拶だ。
 正邪も唇の端を釣り上げた。これくらいに軽々しい方が、自分にとってはむしろ重畳だ。
「首を洗って待っとけ」
「楽しみにしてるよ」
 歩き出そうとしたところで、ワンピースの裾を引っ張られた。正邪はそちらに視線を向けないままに云った。
「好い加減にしろよ、お人好し」
「もう決めたから」針妙丸は云う。「正邪、私から離れないで」
「……参ったな」
 右手を伸ばした。飛び乗って、曲芸師みたいに肩まで駆け登ってくる。懐かしい感触だった。
 本当に懐かしい。


     #16

 道中は言葉少なだった。幻想郷の風景を愛でるお姫様の声に、適当に相槌を打っていた。
 正邪は懐から布きれを取り出し、頭に巻きつけて角を隠した。
 事が起こったのは、里に通じる小川、その橋に差し掛かった時だった。
「正邪、あれ!」
 針妙丸が叫んで指差す。もちろん見えていた。橋脚に誰かがしがみついていた。人里の子供のようだ。つい昨日この場所で、自分に石を投げつけてきたガキだ。叫び疲れたのか、べそをかきながら、雪解け水で勢いの増した川に流されまいと抗っている。
「何してるの、正邪! 早く助けないと!」
「人間を? 私が?」
「まだ子供じゃない!」
 小人が肩から飛び降りて、土手へ向かって駆けてゆく。正邪も舌打ちをこぼしてから後を追った。川岸に降りる。針妙丸は水に流される限界線まで近寄って、少年に何事か呼びかけていた。振り返り、泣きそうな眼で見上げてきた。
「正邪……!」
「“嫌”だと云ったら?」
「嫌って、正邪、――嘘でしょ!?」
「私は本気だぞ」
「姫の命令! 命令よ!」
「真っ平ごめんだね」
 あれを見逃せば、今度こそ、この小人は私を見放すはずだ。
 そう思った。
「ああもう! ――貴方には頼まないわよ!」
 正邪は思わず瞬きした。水飛沫と共に、針妙丸の姿が消えた。
 ちっぽけな体躯に、着物姿で、増水した川に。
 無茶だ。
「――馬鹿野郎ッ!」
 反射的に身体が動いていた。重力から肉体を解き放ち、水面を切るようにして飛んだ。獲物を狙って滑空する水鳥のように手を伸ばして、小人の姫を回収する。返す刹那、橋脚までひとっ飛びして子供を抱きかかえ、もつれながら対岸に突っ込んだ。
 ずぶ濡れの針妙丸が、水を吐き出しながら笑顔を向けてこようとしたので、デコピンをかました。
「ほんとに馬鹿野郎だ、姫はっ」
「正邪、ありがとう」
「……馬鹿だよ」
「うん」
 子供の容態を看る。冷たい水に浸かり過ぎて歩けなくなっているか気がかりだったが、その心配は無用のようだった。おんぶして送り届けてやるなんて御免こうむる。
「運が好かったな、ガキ。礼ならこの馬鹿に云え」
 少年は何度も頷いてから、声にならない声でお礼を云って、頭を下げた。
「それとな、私は鬼じゃない。天邪鬼だ。二度と間違えんな」
 思い出して、ワンピースのポケットから、投げられた石ころを手に取る。
 叩きつけるようにして、彼の手のひらに置いた。
「忘れもんだ」正邪は語気を強めて云った。「今度は本物に当ててやれ。力いっぱい投げろ」
 少年は再び、おそるおそる頷いた。


     #17 Epilogue

 里まで駆けてゆく小さな背中を見守りながら、針妙丸が云った。
「あの子、似てたな」
「誰に?」
「正邪の知らない小人。お腹を空かせてた」
「ああ、あそこは酷い場所だった」
「大切な故郷よ」
「思えば遠くまで来たもんだな」
「ねぇ、正邪。昨日の夜――」
「その話はするな」
「ごめんなさい、でも……」
 正邪は顔をそらした。「やめろっての。充分だろ、もう」
 思い出したくもなかった。針妙丸が笑顔を取り戻して、大きく首を上下させた。
「そうね。そうだよね。私にとっては、あれで充分……」
 その直後に、小人はくしゃみをした。この世でいちばん罪のない、幸せそうなくしゃみだった。
 溜め息をついてから、彼女を抱き上げてやる。いつかの時みたいに。
「正邪?」
「大人しくしてろ。風邪、引くぞ」
「……うん」
 どうやらこいつとは、もう離れることができないらしい。
 吹っ切れていたのだ。とうの昔に。自分でも気がつかないうちに。
「暖かいね」
「私は冷たい」
「落ち着くわ、ここは。――誰よりも。何よりも」
「そうかい」
 正邪は片腕で籠を背負い直した。子供の背中は、もう見えなくなっていた。
 空を見上げる。春の青空が僅かに、本当に僅かながらだが、鉛色の雲の切れ間に覗いていた。
「“I'd just be the catcher in the rye and all.”……」
 本当に、それだけのことなのに。それだけのことが、どうしてこうも難しいのだろう。
 いつしか眠ってしまった小人の少女を見下ろした。抱き留める力を強めると、心地好さそうに身じろぎする。
 鬼人正邪はふっと表情を緩めてから、里の方角に向かって、また歩き始めた。


~ おしまい ~


(引用元)
 Jerome David Salinger:The Catcher in the Rye, Little Brown and Company, 1951.
 村上春樹 訳(邦題『キャッチャー・イン・ザ・ライ』)、白水社、2003年。
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 ここまでお読み下さった方へ、本当にありがとうございました。

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 以下、コメント返信になります。長文を失礼します。

>>1
 ご感想を頂きまして、本当にありがとうございます。
 正邪ちゃんなら確かに知っていそうです。でも、傍に居る存在を“青い鳥”とは認めたがらないかもしれません。
 私は恥ずかしながら存じ上げていなかったので、Google 先生の力をお借りしました(本当にお恥ずかしい!)。
 お互いの欠けたところを埋め合うような関係、好いですよね。どうか幸せになって欲しいと思ってしまいますもの。

>>2
 言葉を重ねてご感想を賜り、嬉しく思います。どうもありがとうございます。
 あまり漫画は読まないのですが、『進撃の巨人』も人類の反撃を描いた物語だそうですね。単なるパロディではなく、
 きちんと根っこの通じる物語を拾ってこられる。原作者の ZUN 氏には本当に頭が下がりますね!

 かつて理想を掲げて言葉を振り回していたひと達が、その後まさに“何食わぬ顔で秩序に取り入る”ということ。
 私が村上春樹氏の言葉で特に思い出すのは、そうした人びとの姿を見せつけられてきた過程で感じたという、
 “言葉への信頼の喪失”です。美しく飾られた、綺麗な言葉ほど胡散臭いように思えてくる、ということ。
 今作はその村上氏の言葉を意識して、初稿よりも無駄な表現を相当に削りました。如何だったでしょうか?

 コメントに頂きました通り、正邪は本当に独りきりの妖怪だと、私にも思われました。それこそかつてない程に。
 彼女の性格の解釈は、書き進めるうちにふっと頭に浮かんできて、そのまま針妙丸の台詞として出力しました。
 それからお話が好い方向に転がってくれたように思います。いつだって出会いとは、物語が始まる大切な合図ですね!

>>3
 コメントを残して下さり、深く感謝いたします。ありがとうございます。
 動機が生々しいと云うと語弊がありますが、『輝針城』はとてもユーモラスで魅力的な作品なのに、
 通底しているテーマは重いものを含んでいるような気がします。より普遍的と云って好いのでしょうか。
 それ故に、描いてゆける物語も美味しいものから深いものまでカバーできるので、尚更に魅力的ですね!
 “キャラクターに二面性を与えるのは、物語を書く上で重要だ”という話を伺ったことがあります。
 その意味でも、今回のお話はとても好い経験になりました。

 それと、概要でご指摘を頂いた件についても、お礼を述べさせて下さい。
 おかげ様で、より分かりやすい表現に改めることができました。感謝いたします。

>>4
 コメントを頂けるなんて感激です。どうもありがとうございます。
 正邪ちゃんは今後も折に触れて、姫に対して“鬱陶しい”と感じ続けるだろうと思います。
 でも、他のひとに感じるのとはまた違う、何処か暖かみのある鬱陶しさを覚えるのだと信じたいです。
 たったひとりでも好いから、分かってくれるひとが居たならば、――そんなお話でした。

>>5
 ご感想、どうもありがとうございます。
 いつまで経っても冒頭から読者の興味を引き込むことが出来ず、読んで下さる方々には、最初の場面などでは特に
 疲れる思いをさせてしまっていると思います。なので、今回はストレス・フリーに読んで頂けるよう目指しました。
 次もご感想を頂けるように頑張りたいと思います。

>>6
 どうもありがとうございます。氏の言葉を胸に大切にしまっておきます。
 近ごろは深さを目指すあまりに面白みが薄くなっているのではないかと心配です。両立って難しいですね!
 行く末と云えば、今回はバッド・エンドも考えていました。でも針妙丸ちゃんを書いていると鬱も吹き飛びましたね。
 ホールデンのように、正邪もあるいは自身の物語を語りかける機会を見つけてくれたら好いなと願うばかりです。
 原作では今後どうなってゆくのでしょうね。二人とも苦労しつつも楽しくやってくれると好いのですが……。

>>7
 コメントを残して下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
 正邪は本当に興味深いキャラクターですよね。コミカルな色調ではなく、ある程度真面目に書こうとすると、
 救いのある結末で締めるのが意外な程に難しいと感じました。正邪にとってのハッピー・エンドは、
 幻想郷にとってのバッド・エンドですから。これで針妙丸が居なかったらと思うと胸が落ち着きません。

 何の覚悟もなく読ませて頂いた私は、正邪が満身創痍になってしまうお話でドキリとしました。
 氏の仰る通り、正邪は読むにも書くにも勇気の要るキャラクターだな、と改めて痛感しました。
 これは解釈の分かれるところだと思うのですが、弱者の立場と心情を理解している正邪は、
 実は世界でいちばん優しくあることの難しさを知っている妖怪なのかもしれません。

 普段の日常の中で、形の無い暴力を知らず知らずのうちに振るってしまっているのではないか。
 正邪を書かせて頂いていると、そうした問題を否応なしに考えます。とても魅力的なキャラクターです。
Cabernet
http://twitter.com/cabernet5080
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
正邪さんならきっとこの話も知っているかも知れませんね。
「Mais c'est l'Oiseau Bleu que nous avons cherché !… Nous sommes allés si loin et il était ici !」

お幸せに。
2.名前が無い程度の能力削除
その日、小人は思い出した。ヤツらに支配されていた恐怖を。鳥籠の中に囚われていた、屈辱を。
進撃の小人。

 キャッチャーインザライは70年代の反逆者たちのバイブルでしたが、その後彼らは何食わぬ顔で秩序に取り入り、生来のシニシズムとスノビズム故にさらに卑劣で悪辣な腐敗をもたらしたのでした。本書の新訳を著した村上春樹がそんな彼らを嫌悪しているのは、よく知られています。
 弱者でありながらヒエラルキーに逆らい、強者からも弱者からも疎まれ蔑まれて、しかも種族ゆえにひねくれてねじくれている正邪の孤独たるや、絶望的なものでしょう。彼の思想をアンビバレントなものとしてそっくりそのまま受け入れてあげられたのは、この作品では針妙丸だけだった、と。
 そして、正邪がせめて自分の思想、自分のこころには素直に忠実でいられるようになったのも、針妙丸のおかげ。千金に勝る出会いとはこのことでしょう。
3.名前が無い程度の能力削除
力弱き反逆者という輝針城ボス達の立ち位置は、一見幻想的ではなくそれ故に興味深く思います。ひねくれ者の嘘と虚偽の裏側に見える信念、面白かったです。
4.名前が無い程度の能力削除
理解者を得るということは、幸いな事なのだなぁ、と。
5.奇声を発する程度の能力削除
引き込まれる内容でした
6.名前が無い程度の能力削除
ホールデンの状況や繊細さが正邪と重ねて感じられ、深かったです。しかしそう考えると、ますます正邪の行く末が心配になってくるのであった。
7.名前が無い程度の能力削除
かべるねさんの正邪は救いがあってよかったです。
正邪を読むのは勇気が要るなぁとつくづく思います。フルボッコとか、思想とか。
自分が無意識、または意識的に何かを虐げている可能性とか。