※最初から最後までさとパル
「こんにちは、パルスィ」
「どうも……またきたの」
ボーっとしていた頭に飛び込んできた挨拶。声の方向を向けばさとりがそこに立っていた。
にこりと笑う彼女に無愛想な顔を向けて挨拶する。
「えぇ、だって貴女は中々地霊殿には来てくれませんし」
その台詞は聞こえない振りをして、再び川の水面に目を向ける。
彼女がこの橋に来るようになってからそれなりの月日が経った。
あまり人付き合いが得意ではない私と、あまり喋らないさとり。
気付けばそこに二人がいるだけという空間。お互いがお互いに不干渉で、でも常にそばにいる。
ふと気になって、隣にいる彼女を見れば彼女は橋の束柱を背に座り、本を読んでいた。
……そういえば最近本を読んでない。昔は暇だったから街の貸本屋で色々借りたのだけど。
「これ、読み終えたら貸しましょうか? なかなかに面白いですよ」
「また勝手に……」
「それに私は別に無口という訳ではありませんし。貴女が喋ってくれるなら私はいつでもお相手できるんですが」
暗にもっと構え、と言っているんだろうか?
「そう言って欲しいですか?」
「えぇい! いちいち突っ込まないでよ!」
可愛く笑う顔を見るのが妬ましくて恥ずかしくて顔を背ける。
流れの変わらない河に私が眼を向ければまた静かな空間になる。本を捲る音がした。
さとりの近くにいるのがやはりまだ気恥ずかしくて、なんとなく橋の反対側へと歩く。いつもと同じように欄干を背にボーっと空を見上げ、遠くの市かなんかの騒がしい音を聞きながら……さとりの息遣いを感じた。
遠くから彼女を見つめる。先ほどと打って変わって彼女は静かだ。その瞳は小さな文字列をただただ追い続けている。
変わらずに好きなように。私など気になさらずに。貴女の事も気にしません。というように。
妬ましい、と思う。
こういう場で、相手の心が読めるというのはやはり妬ましい。実際にその能力を手に入れたらそれはきっと想像を絶する辛さを持つものなのだろうけど、隣の芝は青く見えるもの。私は常に心を見られているのに、私は彼女の心を見る事ができないのだから。
以前能力について聞いたことがあった。どの程度から相手の心が見えるのか、と。
『そうですね、とりあえず貴女に対しては全方向に展開してますが』
そういって笑った彼女の顔は我ながらバカだろうと思いつつもとても可愛いかった。はぐらかされたとか、なんてバカな子なんだろうとか、それはストーカーじゃないか、とか思った。なんというかさとりはストレートな変態バカだと思う。
「――っ」
思い出したら恥ずかしくなってきた。彼女は悪気のない顔で、私の中を滅茶苦茶にする。
妬ましい。私は常に心を見せているのに、貴女は中々心を見せてくれない。
妬ましい。私は常に貴女に振り回されているというのに、貴女は振り回されてくれない。
妬ましい。私は貴女の声でないと、
「パルスィ」
貴女の気持ちを知れないのに――
「好きですよ」
「……」
あぁ、なんて妬ましい。
「貴女のことが、好きです」
いつの間にか隣にいた彼女はそういって、悔しいくらいきれいに笑った。
私はそれを知らんぷりした。
~~~~~
「パルスィはあまりお姫様っぽくないですね」
「ふあ?」
パルスィは頬張っていたおにぎりを飲み込もうとしている。小動物のようで可愛い。
「むぐ……急に何よ」
「いえ、そのままの意味です」
彼女は少し考えてから、
「ねぇそれって」
「バカにはしてませんよ」
「いや、でも……」
「貴女は“橋姫”なのでしょう?」
そういうことか、とパルスィはため息をつきながらから揚げに手を伸ばした。私もそれに倣う。
暫しの無言。少しだけ、暗い感情が見えた。
「ん……お姫様ならどっちかっていうとさとりの方があってると思うけど」
「そうですか?」
「地霊殿の主だし、ふわふわしてるし。妬ましいわね」
「ふわふわならこいしだって、お燐もお空も」
「そういう意味じゃないし」
「夜寝ると暖かいんですよ?」
「……」
「まぁ確かに時期によっては暑くなりますが……ざまあみろとか酷いですね。一緒に寝たいならそういえ――」
「うっさい!!!」
お茶を欲しがっているようなので水筒からお茶を注ぎ、器を渡す。微妙な顔をされたがありがたく受け取ってもらえた。
「……橋姫と言っても」
ポツリ、とお茶を飲みながらパルスィは空を仰ぐ。
「私の場合はご機嫌取りよ。また鬼となって顕現しないように、静かに橋を護ってもらえるように」
嫉妬に狂った鬼は、陰陽師に倒され、護人として封印される――
「そもそも橋姫は元にいたもの。夫を待ち続ける女とか、人柱になった女だとか、セオリツヒメ様だとか……そんな女達の上に私は居るの」
夕闇の中、急いで渡る人間を橋の袂で見守る少女を見た。遠くに見える山は紅く萌え、ひどい郷愁を胸に刻む。
憎しという思いは消えねども、人は彼女を祀った。故に、護らなければならなかった。人の思いを乗せ、自らの思いの浄化もままならぬまま、人の厄を浄化する。
「そうですか」
「そうよ」
空になった弁当の箱を持ち、パルスィは河原へと向かう。水の流れと彼女の手によって汚れは直ぐに落ちていく。
「……まだ水は冷たいですか」
パルスィは少し無愛想な顔になって水滴を私の顔に飛ばしてきた。
「手伝えとは言わないけどね、一人だけ温かなままなのは妬ましいわ」
布巾で弁当の箱を拭きながら、パルスィはいつも通り橋の袂へ向かう。渡る者が途絶えても、彼女は橋を護り続ける。
「パルスィ」
「ん?」
「これで許してください」
冷たくなってしまった手を包み込む。思っていた以上に彼女の手は冷たかった。
「…………」
「すいません、あまり温かくなくて」
前に見た記憶の中にいた男は温かい手を持っていたようだ。今の彼女は握られた手をどうしようか考えてる最中であって、男と比べられているわけではない。けれどちらつく影が気になってしまった。
そんな事を思っていると彼女の中の緑眼と目があう。綺麗で悲しくて潰したくなる緑眼だ。それを潰せば、この気持だって潰せるような気がした。
瞳に見つめられたまま、顔をあげると困ったような顔で彼女が私を見ていた。
「さとり……」
「今度貴女の思うお姫様像を実践させてあげましょうか。ふわふわひらひらしたような。仕立屋を呼びましょう」
「なっ」
「可愛いですね。あ、それとも十二単とかにしますか?」
「いいっ! 遠慮するっ!」
十二単を着た自分を想像したパルスィが慌ててその想像を消そうとするが逆にそれが想像の幅を大きくする。
「可愛いじゃないですか。ムスッとさせないで笑ってみて」
「あぁもう! 見るなぁぁぁぁぁ!!!」
パルスィの絶叫が木霊する。
だって仕方ないでしょう。
私は貴方の事が、好きなのだから。
~~~~~~~
パタリ、と音がして意識が覚醒しはじめる。
薄目を開けて周りを見回せば、旧都に灯りが燈りはじめていた。
気配を感じてそちらの方に目を向ければ、さとりが本を手に立っていた。
「読みますか?」
「読んだの?」
「えぇ」
なんとなく受け取って再び旧都の方に目を向けた。
「それじゃあ私はそろそろ」
「ん」
今日は随分とゆっくりしていたと思う。いつもは灯りの燈る前には帰っていくのに。
「本を読んでましたから」
「家でも読めるじゃない」
「……まぁそうなんですが」
私は薄暗いのには慣れているが、彼女は大丈夫だっただろうか。
「ま、いっか。気をつけてって言っても仕方ないかもしれないけど」
さとりに喧嘩を吹っかける鬼は今はもう殆どいないだろう。酔っ払っていればあるかもしれない。
まぁどちらにせよ、鬼が本格的に騒ぎ始める前に帰った方が彼女にも鬼にもいいんだろうけど――
「……さとり?」
帰るといっておきながらそこから動かない彼女に声をかける。ボーっと考えていたことが気にでも障ったんだろうか。
「…………」
「? さとり?」
俯いている彼女の顔を覗き込もうとすれば顔を反らされた。
「……さ――」
「私は確かに人の心を読むのが常ですが」
いつものようにはっきりとした声に隠れて、細々とした声が聞こえた。
街の赤い灯火が遠くの暗闇を侵食していく。
「あ、貴女の心も知っています。貴女が嫌だと感じていても、私には視えてしまう」
ですが、と珍しく口ごもった彼女から目が離せない。
薄暗い橋の上で、青白い顔が薄く赤色に染まっている。
「ですから、その」
酷く遠回しな、いつもの彼女らしからぬ態度に首をかしげる。ただそんな姿が可愛くて、でもどうしよう。
「……パルスィの馬鹿」
「えっなんで」
「なんでって」
不意に、都の方で弾幕があがった。思わず都に目を向ける。鬼たちが喧嘩でもし始めたのかもしれない。
「パルスィ」
なに? と言いかけて腕を引っ張られてそのまま抱き付かれる。
「さとっ」
「私だって、私だって貴女と同じように、貴女の声で聴きたいんです」
なにを? 声? 私と同じようにって………
「あ……」
それに気付いた時、さとりは恥ずかしいのか私を抱きしめる力を強めてきた。頬が瞬間的に熱くなる。
なんだが凄く遠回りした気分だ。自分だけかと思っていた思いは、彼女も持っていた。考えてみれば当たり前なのかもしれない。同じ気持ちなのだから。
「好きですよ、パルスィ」
まごついていた私を急かすように、さとりが声を出す。
「わ、私も……すっ……かなぁって」
いつもいつも、思ってるんだってば。
心は正直なのに、それでも言葉に出せなくて、抱きしめる。なんて苦しい。
「知ってます。すみません、私の我が儘でしたね」
我が儘なのは私の方だ。言葉にしてほしいと思うのに、私は言葉にしていない。
「パルスィ」
少しだけ体が離されて視界の中、目が合った。頬を少し押さえられて、
「ありがとう」
幸せそうに微笑みながらそんなこと。
嬉しくて苦しくて切なくなって気持ちを伝えたくてどうしようもなくなって。
名前を呼んで――
~~~~~~~
鬼の楽しげな声が聞こえてくる。不穏な声は不思議と聞こえてこなかった。
「やぁさとり。随分とご機嫌じゃないか」
見知った声の友人に軽く挨拶をして家路を急ぐ。
――好きなんだってば!
知っている。彼女の心はああ見えてまっすぐで迷いがない。声に出せないのはそのトラウマのせいだというのも知っている。
だから実際、不安になることはない。それでもやっぱり声にして聴きたいと思うのは、
「惚れた弱みって奴なんですかね」
屋敷の外で私を待つペット達に笑いかけながら一匹の猫を抱きあげる。
(さとりさま、うれしそう)
(なにかいいことあったんですか)
「えぇ、とても」
唇に手を当てる。彼女の不器用な証明。それだけなのに。
「とても、強く届きましたから」
「こんにちは、パルスィ」
「どうも……またきたの」
ボーっとしていた頭に飛び込んできた挨拶。声の方向を向けばさとりがそこに立っていた。
にこりと笑う彼女に無愛想な顔を向けて挨拶する。
「えぇ、だって貴女は中々地霊殿には来てくれませんし」
その台詞は聞こえない振りをして、再び川の水面に目を向ける。
彼女がこの橋に来るようになってからそれなりの月日が経った。
あまり人付き合いが得意ではない私と、あまり喋らないさとり。
気付けばそこに二人がいるだけという空間。お互いがお互いに不干渉で、でも常にそばにいる。
ふと気になって、隣にいる彼女を見れば彼女は橋の束柱を背に座り、本を読んでいた。
……そういえば最近本を読んでない。昔は暇だったから街の貸本屋で色々借りたのだけど。
「これ、読み終えたら貸しましょうか? なかなかに面白いですよ」
「また勝手に……」
「それに私は別に無口という訳ではありませんし。貴女が喋ってくれるなら私はいつでもお相手できるんですが」
暗にもっと構え、と言っているんだろうか?
「そう言って欲しいですか?」
「えぇい! いちいち突っ込まないでよ!」
可愛く笑う顔を見るのが妬ましくて恥ずかしくて顔を背ける。
流れの変わらない河に私が眼を向ければまた静かな空間になる。本を捲る音がした。
さとりの近くにいるのがやはりまだ気恥ずかしくて、なんとなく橋の反対側へと歩く。いつもと同じように欄干を背にボーっと空を見上げ、遠くの市かなんかの騒がしい音を聞きながら……さとりの息遣いを感じた。
遠くから彼女を見つめる。先ほどと打って変わって彼女は静かだ。その瞳は小さな文字列をただただ追い続けている。
変わらずに好きなように。私など気になさらずに。貴女の事も気にしません。というように。
妬ましい、と思う。
こういう場で、相手の心が読めるというのはやはり妬ましい。実際にその能力を手に入れたらそれはきっと想像を絶する辛さを持つものなのだろうけど、隣の芝は青く見えるもの。私は常に心を見られているのに、私は彼女の心を見る事ができないのだから。
以前能力について聞いたことがあった。どの程度から相手の心が見えるのか、と。
『そうですね、とりあえず貴女に対しては全方向に展開してますが』
そういって笑った彼女の顔は我ながらバカだろうと思いつつもとても可愛いかった。はぐらかされたとか、なんてバカな子なんだろうとか、それはストーカーじゃないか、とか思った。なんというかさとりはストレートな変態バカだと思う。
「――っ」
思い出したら恥ずかしくなってきた。彼女は悪気のない顔で、私の中を滅茶苦茶にする。
妬ましい。私は常に心を見せているのに、貴女は中々心を見せてくれない。
妬ましい。私は常に貴女に振り回されているというのに、貴女は振り回されてくれない。
妬ましい。私は貴女の声でないと、
「パルスィ」
貴女の気持ちを知れないのに――
「好きですよ」
「……」
あぁ、なんて妬ましい。
「貴女のことが、好きです」
いつの間にか隣にいた彼女はそういって、悔しいくらいきれいに笑った。
私はそれを知らんぷりした。
~~~~~
「パルスィはあまりお姫様っぽくないですね」
「ふあ?」
パルスィは頬張っていたおにぎりを飲み込もうとしている。小動物のようで可愛い。
「むぐ……急に何よ」
「いえ、そのままの意味です」
彼女は少し考えてから、
「ねぇそれって」
「バカにはしてませんよ」
「いや、でも……」
「貴女は“橋姫”なのでしょう?」
そういうことか、とパルスィはため息をつきながらから揚げに手を伸ばした。私もそれに倣う。
暫しの無言。少しだけ、暗い感情が見えた。
「ん……お姫様ならどっちかっていうとさとりの方があってると思うけど」
「そうですか?」
「地霊殿の主だし、ふわふわしてるし。妬ましいわね」
「ふわふわならこいしだって、お燐もお空も」
「そういう意味じゃないし」
「夜寝ると暖かいんですよ?」
「……」
「まぁ確かに時期によっては暑くなりますが……ざまあみろとか酷いですね。一緒に寝たいならそういえ――」
「うっさい!!!」
お茶を欲しがっているようなので水筒からお茶を注ぎ、器を渡す。微妙な顔をされたがありがたく受け取ってもらえた。
「……橋姫と言っても」
ポツリ、とお茶を飲みながらパルスィは空を仰ぐ。
「私の場合はご機嫌取りよ。また鬼となって顕現しないように、静かに橋を護ってもらえるように」
嫉妬に狂った鬼は、陰陽師に倒され、護人として封印される――
「そもそも橋姫は元にいたもの。夫を待ち続ける女とか、人柱になった女だとか、セオリツヒメ様だとか……そんな女達の上に私は居るの」
夕闇の中、急いで渡る人間を橋の袂で見守る少女を見た。遠くに見える山は紅く萌え、ひどい郷愁を胸に刻む。
憎しという思いは消えねども、人は彼女を祀った。故に、護らなければならなかった。人の思いを乗せ、自らの思いの浄化もままならぬまま、人の厄を浄化する。
「そうですか」
「そうよ」
空になった弁当の箱を持ち、パルスィは河原へと向かう。水の流れと彼女の手によって汚れは直ぐに落ちていく。
「……まだ水は冷たいですか」
パルスィは少し無愛想な顔になって水滴を私の顔に飛ばしてきた。
「手伝えとは言わないけどね、一人だけ温かなままなのは妬ましいわ」
布巾で弁当の箱を拭きながら、パルスィはいつも通り橋の袂へ向かう。渡る者が途絶えても、彼女は橋を護り続ける。
「パルスィ」
「ん?」
「これで許してください」
冷たくなってしまった手を包み込む。思っていた以上に彼女の手は冷たかった。
「…………」
「すいません、あまり温かくなくて」
前に見た記憶の中にいた男は温かい手を持っていたようだ。今の彼女は握られた手をどうしようか考えてる最中であって、男と比べられているわけではない。けれどちらつく影が気になってしまった。
そんな事を思っていると彼女の中の緑眼と目があう。綺麗で悲しくて潰したくなる緑眼だ。それを潰せば、この気持だって潰せるような気がした。
瞳に見つめられたまま、顔をあげると困ったような顔で彼女が私を見ていた。
「さとり……」
「今度貴女の思うお姫様像を実践させてあげましょうか。ふわふわひらひらしたような。仕立屋を呼びましょう」
「なっ」
「可愛いですね。あ、それとも十二単とかにしますか?」
「いいっ! 遠慮するっ!」
十二単を着た自分を想像したパルスィが慌ててその想像を消そうとするが逆にそれが想像の幅を大きくする。
「可愛いじゃないですか。ムスッとさせないで笑ってみて」
「あぁもう! 見るなぁぁぁぁぁ!!!」
パルスィの絶叫が木霊する。
だって仕方ないでしょう。
私は貴方の事が、好きなのだから。
~~~~~~~
パタリ、と音がして意識が覚醒しはじめる。
薄目を開けて周りを見回せば、旧都に灯りが燈りはじめていた。
気配を感じてそちらの方に目を向ければ、さとりが本を手に立っていた。
「読みますか?」
「読んだの?」
「えぇ」
なんとなく受け取って再び旧都の方に目を向けた。
「それじゃあ私はそろそろ」
「ん」
今日は随分とゆっくりしていたと思う。いつもは灯りの燈る前には帰っていくのに。
「本を読んでましたから」
「家でも読めるじゃない」
「……まぁそうなんですが」
私は薄暗いのには慣れているが、彼女は大丈夫だっただろうか。
「ま、いっか。気をつけてって言っても仕方ないかもしれないけど」
さとりに喧嘩を吹っかける鬼は今はもう殆どいないだろう。酔っ払っていればあるかもしれない。
まぁどちらにせよ、鬼が本格的に騒ぎ始める前に帰った方が彼女にも鬼にもいいんだろうけど――
「……さとり?」
帰るといっておきながらそこから動かない彼女に声をかける。ボーっと考えていたことが気にでも障ったんだろうか。
「…………」
「? さとり?」
俯いている彼女の顔を覗き込もうとすれば顔を反らされた。
「……さ――」
「私は確かに人の心を読むのが常ですが」
いつものようにはっきりとした声に隠れて、細々とした声が聞こえた。
街の赤い灯火が遠くの暗闇を侵食していく。
「あ、貴女の心も知っています。貴女が嫌だと感じていても、私には視えてしまう」
ですが、と珍しく口ごもった彼女から目が離せない。
薄暗い橋の上で、青白い顔が薄く赤色に染まっている。
「ですから、その」
酷く遠回しな、いつもの彼女らしからぬ態度に首をかしげる。ただそんな姿が可愛くて、でもどうしよう。
「……パルスィの馬鹿」
「えっなんで」
「なんでって」
不意に、都の方で弾幕があがった。思わず都に目を向ける。鬼たちが喧嘩でもし始めたのかもしれない。
「パルスィ」
なに? と言いかけて腕を引っ張られてそのまま抱き付かれる。
「さとっ」
「私だって、私だって貴女と同じように、貴女の声で聴きたいんです」
なにを? 声? 私と同じようにって………
「あ……」
それに気付いた時、さとりは恥ずかしいのか私を抱きしめる力を強めてきた。頬が瞬間的に熱くなる。
なんだが凄く遠回りした気分だ。自分だけかと思っていた思いは、彼女も持っていた。考えてみれば当たり前なのかもしれない。同じ気持ちなのだから。
「好きですよ、パルスィ」
まごついていた私を急かすように、さとりが声を出す。
「わ、私も……すっ……かなぁって」
いつもいつも、思ってるんだってば。
心は正直なのに、それでも言葉に出せなくて、抱きしめる。なんて苦しい。
「知ってます。すみません、私の我が儘でしたね」
我が儘なのは私の方だ。言葉にしてほしいと思うのに、私は言葉にしていない。
「パルスィ」
少しだけ体が離されて視界の中、目が合った。頬を少し押さえられて、
「ありがとう」
幸せそうに微笑みながらそんなこと。
嬉しくて苦しくて切なくなって気持ちを伝えたくてどうしようもなくなって。
名前を呼んで――
~~~~~~~
鬼の楽しげな声が聞こえてくる。不穏な声は不思議と聞こえてこなかった。
「やぁさとり。随分とご機嫌じゃないか」
見知った声の友人に軽く挨拶をして家路を急ぐ。
――好きなんだってば!
知っている。彼女の心はああ見えてまっすぐで迷いがない。声に出せないのはそのトラウマのせいだというのも知っている。
だから実際、不安になることはない。それでもやっぱり声にして聴きたいと思うのは、
「惚れた弱みって奴なんですかね」
屋敷の外で私を待つペット達に笑いかけながら一匹の猫を抱きあげる。
(さとりさま、うれしそう)
(なにかいいことあったんですか)
「えぇ、とても」
唇に手を当てる。彼女の不器用な証明。それだけなのに。
「とても、強く届きましたから」
爆発
二人の今後の関係が妬ましいながらも心配だ。