Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

浄水器

2012/12/29 02:02:30
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真冬の水の冷たさが頑固な不浄を清めてくれる
だから両手の感覚がマヒするまで、早苗は手洗いをつづけた
そして、彼女はおもむろに眩暈を感じて、意識を失いその場に崩れ落ちた

その日、竹林の医師に潔癖症と診断された早苗は、自虐的に笑ってすべて受け入れた
医師は事務的に休養を勧めて、早苗は素直に頷き返した

翌朝、早苗は街宣車の上で手を振っていた
守矢家の開発した新商品の宣伝は、いよいよ選挙運動じみてきていた
メガホンを握る神奈子が、早苗の隣で威勢のいい売り文句を張り上げている
曰く―

子供の安心と健康を願う皆さまへ
三十代、四十代の主婦が選ぶ最もおいしい水に選ばれました
業界NO.1の浄水能力

いま、幻想郷では守矢製の浄水器が飛ぶように売れていた
幻想郷の水質悪化を憂える住民たちの民意に、信仰を求める山の神々が上手く応えたかたちだ
なんでも幻想入りした工業廃水が人里の井戸水に溶けてしまったらしい

工業廃水のなんたるかも分からない幻想郷の住民たちにも、
郊外に建ち並ぶ守矢の工場の排水溝から、延々と垂れ長される黒い液体の不穏さぐらいは容易に察せられた
だから彼らは浄水器を買った

また早苗は、神奈子のプロデュースにより、浄水器を売り出すためのイメージキャラクターに仕立て上げられた
幻想郷に来てまだ日が浅い早苗は、里の住民たちから奇異の目で見られがちだった
だからこそ、「東風谷早苗」という過度に清楚で透明感のあるキャラクターは、しかし違和感なく住民たちに受け入れられた

そして浄水器の販売を初めてから早二カ月、守矢の宣伝活動は、徐々にその目的を商品のPRから東風谷早苗の売名に移行しつつあった
清楚な巫女、東風谷早苗が予定外の人気を博したので、二柱の欲目も商魂から信仰集めに浮気したのだ
かくして、早苗は神名「早苗大明神」をたまわり、その神徳を「浄化」と定められた

以来、早苗は常に清楚な身だしなみに心がけ、神々しくもお淑やかなふるまいを厳守していた
彼女は素直なこころで、神奈子の指南を忠実に実行しつづけた

そんな彼女にも、ある日年下の友人ができた
名前を魔理沙といい、実家と折り合いが付かずに魔法の森で暮らしているらしい
ともに屈折した境遇を持つ二人は、すぐに心を打ち解けあった
だが、そんなことも今の早苗には気休めにしかならず、彼女の体重をみるみるうちに落ちてしまった。

皮肉なことに、峻厳なほど清らかに研ぎ澄まされた早苗のオーラは、やつれた彼女の頬すら儚げに美しくみせた
企業秘密のため中身を開けてはならない、木箱のかたちをした胡散臭い浄水器は、しかし里の男たちのあいだで売れに売れた
こうして守矢製の浄水器は早苗のご神体代わりになっていった

またある日、神奈子は早苗に断りも入れずに、浄水器にちなんだ対戦企画を世に発表した
企画のタイトルは、『早苗大明神vs綿月豊姫 ~浄水対決~』
なんでも外の世界で"ぷよぷよ"と呼ばれる競技の大会で、上から落ちてくるぷよ=汚水を並べ変えで浄化し、相手サイドへ跳ね返す対戦型の落ちゲーを行うらしい

そして、早苗は神奈子の真意も分からぬまま記者会見に臨んだ。隣の席で取材陣と質疑応答を行う豊姫からの鋭い流し目が、自分を通り越して神奈子の方へ向いていることに胸を痛めつけられた。豊姫の敵は神奈子であり、自分はその傀儡にすぎないのだ。
豊姫は参戦動機について報道陣に一切語らず、ただ「私に敗北はありません」と力強く言い残して記者会見を後にした

その日の夜、早苗は居酒屋で魔理沙にくだを巻いた。内容は神奈子に対する不満だった
彼女は勧められた酒を断り、素面のまま魔理沙に当たり散らした
魔理沙もさすがに苦笑を浮かべて、だが友人のことだからと許すことにした

ところで、天狗の世論調査によれば、人里の住民たちは豊姫よりも早苗の方を圧倒的に支持しているようだった
綿月姉妹といえば、かの有名な依姫無双で、幻想郷の象徴ともいうべき精鋭メンバーを完膚無きまでに叩きのめした外敵だ
それを相手に、ベビーフェイス役の早苗が単身で挑むとあらば、こちらに人気が集まるのは当然のことだろう

早苗は、里の者たちからの期待を重荷に感じながら、魔理沙とぷよぷよの練習に励んだ
彼女のゲームセンスは卓越していたが、しかし超人無敵の月人と対抗できる要素があるとすれば、それは精々が一秒間にボタンを十八連射できることぐらいだった
早苗は一生懸命に練習を重ねた

だが、大会三日前の夕方、神奈子は早苗からゲームのコントローラーを取りあげた
こんな遊びにむきになるなと、神奈子は諭すように言った
早苗は自室にこもってひとりで泣いた

その日の晩、早苗は居酒屋で素面のまま魔理沙に当たり散らした
もう二度目だった
魔理沙は今度こそ早苗を見限り、会計を押しつけて居酒屋を出ていった

そうこうしている内に大会当時がやってきた
会場に押し掛けた一万二千の大観衆は、みんな企業秘密により中身を開けてはならない、木箱型の浄水器を持参していた
彼らは"早苗大明神"と刻まれた浄水器を太鼓のように打ち鳴らして、一心不乱に幻想郷のヒーローへ声援を送る

もはや群衆心理に嫌気すらさしていた早苗も、私生活がずたずたになった今となっては、この歓声を心の拠り所にするしかなかった
早苗はコントローラーを握る右手を掲げて、観衆に応えてみせた
それから悲壮な眼差しで空を仰ぐ

冷たさを感じるほど青白く澄みきった空に、無数の不気味な黒点が浮遊していた
汚水……ぷよだ
あれが空から猛スピードで落下して、早苗と豊姫に襲いかかってくる
回避するには、手にしたコントローラーでぷよを操作して、対戦相手にそれを押しつけなければならない

早苗はふと隣の豊姫の方を見た。豊姫はまた、VIP席で高みの見物をしている神奈子の方を睨んでいた
悲しい気持ちを堪えて、早苗はよろしくお願いしますと声をかける
豊姫は間を置いて、神奈子からゆっくりと視線を外し、ええ、よろしくとおざなりに応えた

射命丸文の実況でゲームがはじまる
勝負は三ラウンド制、二本選手で勝負は決まる

まず先に仕掛けたのは早苗だ
博打レベルの早組みを成功させて、瞬く間に変形ダブル連鎖を対戦相手に送り込む
常識に照らせば早苗の必勝だ

だが豊姫は対戦相手の意外な善戦に舌を巻くと、しかし余裕を崩さずに一瞬でカウンターのダブル連鎖を叩きこんだ
早苗は成すすべもなく、上空から落ちてきたぷよ……汚水の直撃を食らってしまった。
豊姫の一本先取。

ずぶぬれになった早苗を観衆たちの温かい声援が励ます
勝ち目のない戦いに挑む戦士に、みんなが心移りしているのだ
早苗は己の勇気を鼓舞し、まとわりついた汚水を振り払って表情を引き締めた

彼我の力の差は圧倒的、それでもここで諦めるわけにはいかない
早苗は豊姫を毅然と睨んだ
豊姫も、相手を好敵手と認めて挑戦的な視線を返した

かくして、二ラウンド目が開始される
早苗はカウンターを仕掛けることにした。敵のぷよ操作を凝視して、一か八かの大カウンターを叩き込む
それしか早苗に勝ち目はない。自身の限界を突破しなければ、豊姫には決して勝てないのだ

早苗は豊姫の組みを見ながら、リアルタイムで自分の組みを入れ替えていった
敵もこちらのカウンターを意識している。
分かる。睨み合いの気配、いまは、いまこの一瞬だけ、自分と豊姫は同じ土俵で戦っている

だがしかし、ふと早苗は違和感をおぼえた。豊姫の方に落下するぷよの配列が悪すぎるのだ
運が悪いというレベルではない。まるでそれは誰かに確率を弄られているような…
気づいた。早苗は気づいて絶望したが、反復練習を繰り返した身体は、ひとりでに連鎖を組み上げて大量のぷよを豊姫に送りつけた

大量の汚水が豊姫に殺到する
冷たくずぶ濡れた豊姫の虚ろな瞳が、早苗に抗議の意思を示す。卑怯な奴めと彼女は無言で軽蔑した
早苗は違うと首を横に振った。信じてもらえなかった

見上げると、VIP席から神奈子が早苗に優しい笑みを送っていた
このまま頑張れと早苗の庇護者は無邪気に応援している
早苗はコントローラーを手から落とした

観衆は早苗のまさかの大検討に盛り上がっていた
彼らの声は、もう早苗に届かなかった

まもなく次のラウンドが開始される
別に審判でもない射命丸が、ホイッスルを口にくわえる
豊姫は再び早苗に蔑視を向けると、決意の表情で上空のぷよを見上げた。早苗はコントローラーを拾うこともできない

しかし、ふと上空から飛来した木箱が試合開始を妨害した
それは"早苗大明神"と刻まれた一個の浄水器だった
グラウンドに落下したそれは、破砕して"企業秘密"を衆目に晒す

浄水器の中身は空洞だった
なんの呪術的効果もない石ころに、早苗の髪が一本だけ巻きつけてある

しばらく歓声が止んだ
それから罵声の大合唱が、早苗とVIP席の神奈子に殺到した
グラウンドに次々と中身の空っぽな浄水器が投げつけられていく
そのうちの一つが早苗の側頭部に直撃した
両手で頭を抱えて、膝から崩れ落ちる

VIP席の隠しコントローラーでぷよを操作していて神奈子は、暴徒と化した観衆たちに追われて空中に退避していた
そこから声を張り上げて、早苗に空中まで逃げてくるように指示を出す
だが早苗は暗く黙りこんだまま、グラウンドの中央にうずくまっていた

さてさて、文が試合の続行をマイクで宣言する
文がホイッスルを口に加えると、観衆は豊姫に大声援を、そして早苗に大ブーイングを吐きつけた
いままで信じていたものに裏切られた彼らは、反転した憎悪を早苗に叩きつける

早苗は思った
もはやわたしは完全に悪役だ。このまま自分が負ければ会場はハッピーエンドを迎えられる
それでよいではないか。清楚だとか浄化だとか、そういう身勝手なイメージに縛られて戦うのはもううんざいだ

観衆の中にまぎれていたポニーテールの女性に、豊姫が冗談めかしの敬礼をして、それから早苗の方へ振り返りもう逃げ場はないぞとばかりに不敵に微笑む
最終ラウンドのホイッスルが鳴る。会場の興奮と一体感が高まる
一応、早苗はコントローラーを拾った。このまま無抵抗で負けては、観衆も溜飲を下げれないだろうと気を配ったのだ
だがもはや戦意を失った早苗の操作は無気力だった。豊姫は楽々と五連鎖を組み、お仕置きが足りないとばかりに更に五連鎖を組んで、その二つの連鎖に同時に着火を行う
このゲームのシステム上、これ以上はあり得ないほどのぷよ……汚水が早苗めがけて殺到した

守矢の自業自得を、目に見えるおしおきを期待する観衆の歓声が膨れ上がる

……その時、早苗が何と呟いたかは余人には知る由もない
だが早苗はその時にコントローラーを握り、奇声とも雄たけびとも付かない声を上げて、ボタンをひたすらに連射した
一秒間にボタンを一八連射する特殊コマンド入力だ

それで早苗に降り落ちるはずだったぷよは、しかし彼女の頭上でぴたりと静止した
じつは、このゲームはボタンを連射してぷよを回転させることで、落ちてくるぷよを静止させられるのだ
無論、受け止めるぷよ……汚水が増えるほど、求められるボタンの連射速度も上がる
しかし、一秒間に一八連射という神技を持ってすれば、例え不可能と呼べる量のぷよすら受け止められるのだ
興を殺がれた会場が、微妙な静寂に返る

豊姫は舌を巻いた。土壇場で踏みとどまった早苗の底力をみせられて、対戦相手を認める感情がふたたびよみがえったのだ
この勝負に勝利した後は、早苗の右手を掲げて、彼女の検討をたたえてあげよう
豊姫は、慈悲の決着を与えるつもりで、再び五連鎖ダブルを組み早苗に大量のぷよを送った

十八連射でぷよの落下を止めはしたものの、この状態のまま早苗に自体を打開する術はない
一瞬でもぷよの高速回転を止めれば、頭上のぷよが早苗めがけて落下する。しかしぷよを回転させるだけでは反撃できない
早苗は成すすべもなく、豊姫のヘルファイアの追撃を受けた

豊姫は、そのとき勝利を確信した。勝利の宣告を待つために瞼を閉じる
しかし予期していた試合終了のホイッスルは、いつまでたっても来なかった
言い得のない不安を感じて早苗の方をみる

早苗は血が滴るほどの力で歯を食いしばり、ボタンを一秒間に三十六連射していた
もはや人間では不可能な連射を、土壇場の根性やら奇跡やら意志の力で強引に行っていた
プール三個分の汚水が、早苗の頭上で震えながら静止している

豊姫は目を見張った。早苗の行っていることは不条理だ
いや、三十六連射自体は豊姫もできる。その気になれば千連射も可能だ
だがいっかんの地上人にすぎない小娘が、何故ここまでの力を発揮できるのか

そして、豊姫は再び気がついた
上空から早苗めがけて落ちてくる汚水の濁流が止まらないのだ
早苗は火花を散らしながらボタンを連射し、汚水の濁流をまるで受け入れるかのように、呪文めいた言葉を吐き散らしながら、幸せそうな笑みを浮かべていた。明らかに人格崩壊を起こしている

豊姫は必死にやめろと忠告した。このままでは会場中が汚水に飲まれてしまうぞ
危険を察知した観衆も早苗にやめろと罵声を浴びせた。もうさっさと諦めろ

早苗は哄笑していた。ボタンを連射して、汚水の濁流を会場に呼び込む。黒い水が会場の上にテントの幕を張る
太陽を遮り、薄い闇がすべてを覆い尽くした
すると、早苗はボタンを連射していない方の手を耳の横に当てて、なんて言ってるの?とばかりに観衆を挑発した

やめろ、たすけてくれ、などという哀願悲鳴が観客席のそこかしこから立ち上がる
もはや早苗に罵声を浴びせるものはほとんどいなかった
会場の昇降口は、我先に逃げようとする人々のおしくらまんじゅうで詰まってしまう

阿鼻叫喚の地獄絵図を目前に、豊姫は早苗を止めようとした
しかし、早苗のボタン連射を妨害して、汚水が観衆に落下すれば自分にも責任がかかる気がして躊躇してしまう

調子づいた早苗は言葉で観衆を煽りたてた
曰く、

どうしたんですか
穢れるのが怖いんですか
十五の小娘じゃないんだから慌てないでくださいね、などなど

会場の恐慌が加速度的に増大する
空に浮かぶ黒い天涯の閉塞感に涙を浮かべる者、もう駄目だと頭を抱えてうずくまる者

豊姫は覚悟を決めて両目をつむる
直後、早苗はボタンを連射する指をコントローラーから離して中指を立てた
黒い海が会場に落ちた

……。

早苗と絶縁した魔理沙は、しかしやはり早苗のことが心配になり、箒にまたがって会場に向かった
すると後の祭りと化した荒涼たるグラウンドの中央に、全身ボロボロになった早苗がひとり棒立ちしていた
魔理沙がなんと声をかけてよいのか迷っていると、早苗の方からきつい声がかかる
飲めない人に酒を強要しないでください
魔理沙は少し笑って、謝罪した

……。

あれから三日三晩もお風呂に入り、穢れを完全に落とした豊姫は、己の上司に早苗の髪の毛が入った浄水器を無言で手渡した
このちゃっちな作りの浄水器は、しかし不都合なことに、月の都の技術の粋ともいべき豊姫の"微粒子レベルに浄化する扇子"と同じ原理で動いているのだ
おかげで豊姫は地上の民に月の技術漏洩した嫌疑をかけられてしまった

豊姫としては、あの対決に完全勝利し、二柱との約束通り、月の上層部のもとに早苗を連行して、豊姫自身の潔白を証明させたかったところだ
しかし、どうしてああなった
なんだこれ
Y2Jファン
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
こういうのって面白いですよね。
2.名前が無い程度の能力削除
何かの罰ゲームですか?>お題
3.名前が無い程度の能力削除
アリだな…!
4.奇声を発する程度の能力削除
良いですね