Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ささめゆきのせい

2012/12/08 20:51:50
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「……まぁ」

 晦も近くなった師走の日、灰色の雪が降った。
 白く透き通った大気に浮かび舞い落ちる細かな雪は、どこかはなびらのようにも見える。
 内庭の縁側でようようと薄暗くなっていく外を眺めていた西行時幽々子は、微笑みとともに小さく感嘆の声を洩らした。
 落ちつけていた腰を浮かすと、舞い降りてきた一粒を手に掬う。体温の無い彼女の掌の上で、雪の結晶は少し時間をかけてじわりと広がるように溶けていく。

「ね、妖夢。雪が降っているわ」

 縁側を振り向き、和やかな笑みを差し向ける。――が、庭師兼剣術指南役の魂魄妖夢は、座ったまま幽かな寝息を立てていた。ずっと傍らにいたと言うのに、一体いつに居眠りを始めたのだろうか。
 冥界にも例外はなく、師走の時期は忙しない。年末年始を迎えるための準備ごとのついでに、事故死者の増加。妖夢はここのところ走りまわってばかりいる。眉を潜めてあまり安らかとは言えない表情で眠る妖夢には、疲労の色が見て取れた。

「仕方がない子ね。風邪を引くわよ」

 眠るならきちんと横になりなさい。
 言いながら、幽々子は軽く妖夢の額を指先で突く。……瞬間、つぼみが開花するように、パッと妖夢の双眸が開いた。
 瞬きを二三。きょろきょろとあたりの様子を窺うと、真正面の幽々子にようやく焦点を合わせ、目を擦る。
 普段は妖夢のほうが口うるさく、なん時も気を引き締めるようにと幽々子に言っているというのに―― その仕草はまったく無防備なものだった。

「……幽々子様」
「従者が主人の横で居眠りをするとは、どういう了見かしら」

 いたずらっぽく幽々子が言えば、妖夢は激しく狼狽する。
 目を擦っていた手を慌てて腿の上に置き、姿勢を正す。しかし眼はまだしょぼしょぼと瞬きを繰り返していた。

「す、すみません。気が抜けていました」
「ふふ、冗談よ。怒ってはないわ。ただこんなところで眠っていたら、風邪を引いてしまうわよ。――雪が降るほど寒いのに」
「雪、ですか?」

 妖夢は屈んだ姿勢の幽々子の肩越しに、空を眺めた。乳白色より少しだけ暗い、あつぼったい雲から降り注ぐ雪を目の当たりにして、あからさまに落胆したような表情を作る。

「ああ、本当に降ってる。厭だ厭だ」
「あら、綺麗でいいじゃない。そんなに邪険にするものでもないわ」
「これくらいの細雪なら構いませんが、積もると厄介なんですよ。どうにかするのは私なんですから」

 それに寒いですし、と体を震わせる。半人半霊の妖夢の少女の肉体は、案外と無理をして風邪を召すことが多い。
 寒さも暑さもない半霊のほうは、少し離れて雪の降る庭を円を描きながら飛んでいた。

「風雅も何もあったものじゃない」
「みやびなお方の指向は私には理解できませんよ。せいぜい花を見て綺麗だなって思うくらいなものです」
「花より団子?」
「夢より現」
「……ここに生きている者とは思えない言葉ね」
「仕方ないじゃないですか。現に忙しいんですもの」

 ため息交じりににべもなくそう言うと、雪ではしゃぎまわっている半霊を捕まえにかかる。
 幽々子はその様子を見て笑った。半人と半霊はまったく別の行動をしているが、その実同じ「魂魄妖夢」というひとつの人格を共有している。――つまりはそういうことなのだ。

「はぁ。居眠りで少し時間を無駄にしてしまいましたよ、まったく」
「まだ今日中にやらなきゃいけないことでもあったかしら」
「今日やらずともいいんですが、先が見えないので今日のうちにやっておこうと思っていたんですよ。日が暮れる前になんとか済ませてしまいましょう」

 半霊を捕まえた妖夢は、澄まし顔で(それが幽々子にとってはさらに可笑しかったが)居眠りをしていた傍らにそろえて置いてあった、二振りの刀を帯びる。

「――つい後回しにしてしまっていましたから」

 先ほどとは質の違う切なくしぼんだ溜息に、幽々子は妖夢が残している仕事がなんであるかを悟ってわずかに表情を暗くした。

 ――古木の伐採。

 白玉楼の庭には、春になれば絢爛に花を咲かす桜の気が無数に植わっている。品種も多岐に渡り、その手入れの一切は庭師である妖夢の双肩にかかっている。
 その妖夢が数日前に厳かにして曰く、「いくらかの木が寿命を迎えています」。幽々子は「そう」と短く返答したが、心の中には荒涼とした大地のような寂寥感があった。

 妖夢は以前、しばしば景観を気遣って大きくなり過ぎた桜の木を間引くことを提案していたが、幽々子が首を縦に振ることは一度としてなく、そのうちに妖夢も提案をやめてしまった。

 桜を切るは心を切るに同じ。

 人に寿命があるように、木にも寿命がある。幽々子は冥界を任されて以降、桜の木たちが寿命を迎えて朽ちていく様を見届けることに拘泥した。それには朽ちたまま悠久の時を佇む、西行妖への想いがいくらかふくまれていたのかもわからない。未だ「死んで」はいない西行妖を開花させようと試みた折より、さらにその質は顕著になりつつあるからだ。
 今回切り倒されることが決まった木の中には、樹齢百年を越えるものがあった。妖夢の先代からずっと、そこに在ったものもある。なにも変わらない自分と西行妖を残して、彼らは目まぐるしく花を咲かせては散らせ、季節を経て枯れ朽ちた。そんな彼らがなくなる時は、変わるはずのない心の断片を一部、失うような哀しさがある。

 幽々子はしばらく黙って顔を伏せていたが、やがて静かに立ち上がる。
 妖夢は主を見、空から落ちてくる雪を見、言った。

「雪も降っていることですし、私だけで行って参りましょうか?」

 妖夢の気遣いに、幽々子はかぶりを振る。

「いいの。これは私の役目でもあるもの」
「それなら、傘を持ってきましょうか」
「空を眺めていたいから、要らないわ。私なら大丈夫。行きましょう?」
「わかりました。雪が酷くなるかもしれませんから、すぐにでも」
「……ねぇ、待って」

 幽々子はなぜか急ぎ足で桜のもとに向かおうとする妖夢の服の裾をとって、引きとめた。
 わけがわからない、とでも言いたげな困惑顔で振り返る妖夢。――きっと自分の表情がいけなかったのだ。そう思った幽々子はにおやかな桜の香りさえ漂ってきそうな笑みを浮かべる。

「彼らを切ってしまったら、また新しく苗を植えましょうね」
「ええ、もちろんです」

 目を泳がせながらも答えると、額と前髪の間にしなやかな指が差し入れられた。風邪を引いて熱を出しているわけでもないのに、妖夢はその一瞬の冷たい心地よさにはっと息を呑む。
 幽々子は懐から取り出した髪留めで、忙しさで手入れがおざなりになって、伸び気味だった妖夢の前髪を分けて止めた。

「あなたと一緒に、あと何回彼らの寿命を見届けて、何回新しい彼らが花を咲かせるのを見られるのかしら」
「幽々子様、これは……?」

 妖夢はおそるおそる自分の前髪を留めている髪留めに手を伸ばしてなぞる。触覚は花の飾りの形を伝えてきた。幽々子がクスクス笑い声を洩らしながら、その覚束ない手を引いておろさせた。

「あんまり触ると解けちゃうから、そのままにしておきなさい」
「あの……」
「それ、貰ったんだけど、私の髪の毛じゃ映えないのよ。……だからあげるわ。大切にしてね、おまじない」
「お、おまじない、ですか」

 妖夢はわけもわからず再び髪留めに手を伸ばそうとするが、「触るな」と言われている手前、寸でに触らずに指を硬直させては手をおろす。――それを何度か繰り返すうち、ようやく幽々子に笑われていることに気がついて赤面、閉口した。

「ん、悠久であるようにおまじない。……ふふ、似合ってるわ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」

 ようやく深呼吸をして落ち着きを取り戻し―― が、依然として赤みの差した頬を心なしかふくらして、妖夢は明後日の方角を向いて憎まれ口のようなものを叩く。

「今日の幽々子さまはちょっとヘンです」
「そうかしら。それじゃあきっと、雪が降ってる所為ね」
「雪の所為ですか?」
「そういう気分だったのよ」
「……幽々子様」
「なに?」
「大切にします」
「……きっとそうしてね」

 朽ちた桜を倒す話をしてから、なんとなく重しになっていたものが薄れていくような気がした。背中に穏やかな声を受けながら、妖夢は庭に向かって歩き出す。後ろからしずしずとついてくる気配をいつもよりも意識しながら。

 ――貰った髪留めの飾りは、おそらく桜を象ったものだろう。妖夢はあとで鏡を見るのが少しだけ怖かった。
 自分は幽々子にとって、桜の木と同じだ。いつか目の前を去る存在。どうあがいてもその未来を避けることはできない。もっとも、ずいぶんと先の話ではあるが。

「悠久のまじない」と称されて髪留めを受け取ってしまったことに生きることの重さを改めて実感して、「自分はあとどの程度生きられるのだろう」とまったく甲斐の無い思考を巡らせる。
 妖夢にとって少しだけ憂鬱の種となった髪留めを、しかし彼女は「自分が消えるよりも先になくしてしまうことがないよう」と誓いをたてて、深く胸に刻み込んでおくのであった。
前回が季節はずれもいいところだったので、間を空けず季節ものをとでっちあげました。
これはオチがついてるのか……? 等疑問が多々ありますが、珍味だとでも思って以下略。

本音:油断の結果前髪がだらしなくでろっと垂れてきて、それを髪留めでなんとかしている妖夢ちゃんを想像してむしゃくしゃしてやりました。

追記:
>樹齢百年ならまだまだ~

ぐぬぬ。普段は適当に書きあげてから、造詣のないいいかげんな部分や、勢いで済ましてしまった箇所を修正しているのですが、おこぼれがでてしまいました。推敲不足の他言う方やなし。不覚。
今回はそれとなく見逃してやってくださいまし。ご意見ありがとうございます。
鷹月
コメント



1.万年削除
エロい

エロい
2.3削除
季節物、いいですね。
全体の雰囲気が好きです。

>樹齢百年を越えるものが~
桜で樹齢百年ならまだまだという気もします。
3.名前が無い程度の能力削除
程好い距離感。書き過ぎないところがいいですね。
4.奇声を発する程度の能力削除
この感じが良いですね