むかしむかし、西の国のどこかの真っ赤なお屋敷に、小さな吸血鬼のお嬢様が住んでいました。
名前はレミリアといいます。コウモリのような羽を背中に生やして、紅色のひとみをした、とてもかわいらしい女の子です。
吸血鬼とは人の生き血を吸う、西洋の妖怪です。強い魔力と体を持ち、ほかの妖怪たちからも恐れられる、誇り高い種族なのです。
けれども、レミリアはひとりぼっちでした。
大きなお屋敷でひとり、いつもつまらなそうに赤い月を見上げていました
「つまらないなぁ。もう少しときめくような運命は転がっていないかしら」
そんなある日。
お屋敷に妖怪娘がやってきました。赤い髪にチャイナ風の服を着ている、背の高い娘でした。
妖怪娘はどこか遠いところから旅をしてきたらしく、ものすごくお腹をすかしていました。
かわいそうに思ったレミリアは、妖怪娘にご飯を食べさせ、一晩あたたかいベッドで寝かしてやりました。
すると、娘はすぐに元気になって、鈴のような声でこう言いました。
「ありがとうございました! あなたは命の恩人です。このご恩を返すには、どうすればいいでしょうか」
レミリアは少し考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。ふだんは外で悪い奴らからわたしを守って、ときどき話し相手になりなさい」
妖怪娘はお屋敷の門番になり、毎日のご飯が約束されました。
レミリアは門番の妖怪娘に、新しく『紅美鈴』という名を与えました。
レミリアに、話し相手が出来ました。
それからしばらく経ったある日。
お屋敷に魔女がやってきました。重たそうなドレスに、月の飾りのついた帽子を被った、病弱そうな若い魔女でした。
魔女は本を読むのが大好きで、どんな時でも本を手放しませんでした。
レミリアは彼女を驚かそうと、地下にある大きな図書館へ案内しました。
すると、魔女は目を輝かせてよろこんで、声をはずませて言いました。
「すごい! こんなにたくさんの本は初めて見たわ。どうしたら、読ませてもらえるのかしら」
レミリアは少し考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。ふだんは好きなだけ本を読んでていいから、ときどきわたしと一緒にお茶を飲みなさい」
魔女はお屋敷の客分となって、世話役の小悪魔をつけてもらいました。
レミリアは名字の無かった客分の魔女に、『ノーレッジ』という姓を与え、『パチュリー・ノーッレッジ』と名乗らせました。
レミリアに、話し相手とお茶のみ友達が出来ました。
それからまたしばらくたったある日。
お屋敷に人間の女の子がやってきました。
伸び放題の銀色の髪に、粗末な服を真っ赤に染めて、うつろなひとみを浮かべた人間の女の子でした。
女の子は、いままで悪い大人たちに捕まっていて、色々と悪いことをやらされていたのです。
そこを、一目見て女の子を気に入ったレミリアが救いだしたのでした。
レミリアは女の子にきれいでせいけつな服を着せ、あたたかい食事とベッドを与えました。
けれども、女の子の表情は相変わらず暗いままでした。女の子は沈んだ声で言いました。
「わたしには親も兄弟もいません。帰る家もありません。
せっかく助けていただいたのに、どうやって生きていったらいいか分からないのです」
レミリアは前の二人よりもたくさん考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。わたしに食事を作り、わたしの屋敷をきれいにし、
それから、わたしが昼間に外へ出かけるときは、日傘を持ってとなりを歩きなさい。そうして、わたしのために生きなさい」
女の子はレミリアつきのメイドになり、生きがいを手にいれました。
レミリアは名前の無かったメイドの女の子に、『十六夜咲夜』という名を贈りました。
レミリアに、話し相手とお茶のみ友達と散歩のつきそいができました。
そしていま、真っ赤なお屋敷はとてもにぎやかな場所です。
メイド長になった女の子は、メイドとして雇ったたくさんの妖精と働き、
図書館の主となった魔女は、色んな実験で屋敷をめちゃくちゃにさわがせ、
一番長く屋敷にいる門番は、庭に何種類もの花を植えて屋敷に彩りを添え、
その中心にいるレミリアは、もうひとりぼっちの吸血鬼ではありませんでした。
≪おしまい≫
≪おしまい≫まで読んで、パチュリーは本を閉じた。
「で、どうだった?」
「そう急かないで、レミィ。もう少し余韻にひたらせてよ」
パチュリーがそう言うと、レミリアは不満そうに鼻を鳴らした。絵本を一冊読み終えるまでそばで待っていたこの親友は、そんな短い時間でもじっと待っているのがつらかったらしい。
パチュリーは本をひっくり返して、表紙のかわいらしいタッチで書かれた吸血鬼のお嬢様を撫でた。
『ひとりぼっちの吸血鬼
さく・え:フランドール・スカーレット』
「処女作にしては十分すぎる出来だと思うわ。文章に破たんはないし、なかなか文才があるわね、妹様。クレヨンで書かれた絵もあたたかみがあって良いと思う。特に魔女が一番かわいかったわ」
「そんなことを訊いてるんじゃない」
レミリアは苛立った口調で言った。
「どうして、フランが書いた絵本にフラン自身が出てないのさ」
そう言われて、パチュリーは絵本をもう一度初めから流し読みし、フムと頷いた。
「確かに、妹様は羽の宝石一つ出ていないわね」
「でしょ! ああ、もう何考えてんのよー!」
円卓に突っ伏すレミリアを尻目に、パチュリーは彼女がこの本を持ってきたときのことを思い出していた。
いつものように紅魔館地下の図書館で本を読んでいると、レミリアが押しかけてきて、円卓にこの絵本を投げ捨てたのだ。初めはムッとしたが、表紙に書かれた作者の名前を読むとそんな怒りはどうでもよくなった。
それはフランが書いた絵本だった。以前、何も書かれていない白紙の絵本をあげたことがあったが、まさかこうしてちゃんと完成させているとは思ってもみなかった。
さっそく、読み始めてみると、また驚いた。主人公が彼女の姉のレミリアだったのだ。
物語はレミリアが紅魔館に三人の住人を住まわせるまでを描いていて、細部こそ違うものの、概ね事実のままだった(このとき、最近になってフランからレミリアとの出会いについてしつこく尋ねられたことも思い出した)。
更に感心したのは、絵本としての完成度だった。伊達に四百九十五年間、引き籠っていたわけではない。絵は素人なりに上手く、むしろ子どもらしい絵柄が作品には合っていた。読書家は、訓練しなくてもそれなりの文章を書けることがあるが、フランもその類だったのだろう。読みやすく、綺麗にまとまっていた。
だが、むしろそれ故にレミリアはその違和感に気付いてしまったのだ。
「別に深い意味はないと思うけど。話の整合性から言って、主人公をひとりっぼっちという設定にするには、実の妹は邪魔になるだけだし」
ましてやありとあらゆるものを破壊してしまう上に、幽閉されている子なんて。というのは口の中に収めておいた。
「だーかーらー、そんなことはどうでもいいんだってば。どうしてあの子は自分を要らない子みたいにしてるわけ?」
「知らないわよ。本人に直接訊けばいいでしょ」
「聞いた」
パチュリーはほんの少し眉をあげてレミリアの顔を見た。なるほど、良く考えてみれば、直情型の彼女が疑問に思ったことをそのままにしておくというのもおかしな話だ。
「さっき、これ貰った時、読み終わってからすぐに訊いたわ。そうしたら、あいつ何て言ったと思う?」
レミリアはグッと身体を乗り出して、芝居がかった風に言った。
「『お姉さまの活躍にわたしがいると、面倒くさいでしょ?』だってさ!」
台詞を吐き捨てると同時に、円卓を両の拳で叩いた。
「まったく、何様のつもりよ! こちとら、手のかかる誰かさんの面倒を五百年間近く見てやってんだぞ」
怒るレミリアに、パチュリーは表情を曇らせた。
今度のことは純粋に身近な題材――姉と紅魔館の住人から、物語の着想を得たというだけだろう。フランにレミリアを怒らせるつもりなどなかったはずだ。少しひねくれたところもあるが、あの子は姉のことをよく慕っていた。そのことは長年、一人の友人としてフランと接してきたパチュリーは知っている。
何度もこぶしが振り下ろされ、机の耐久度が心配になってきたところで、小悪魔が紅茶とクッキーを持ってやってきた。
「それで? どうしたいのよ」
小悪魔に一言、礼を言ってから紅茶に口をつけた。今日はアールグレイらしい。強い香りが問題への集中力を高めてくれる。
「決まってる。あいつをギャフンと言わせるのさ」
「つまり、何も考えていないわけね」
小さくため息をついたところで、小悪魔がまだその場にいることに気が付いた。彼女の視線はフランの書いた絵本に注がれている。
「ああ、これ? 妹様が書いたの。あんたも出てたわよ。読む?」
「えっ、本当ですか! わーい!!」
小悪魔は飛び上がって、身体全体で喜びを表しながらどこかへ飛び去ってしまった。
その後ろ姿になんとなく心をあたためられていると、ふと思いついたことがあった。
「ねぇ、レミィ。あなた、絵は描ける?」
むかしむかし、西の国のどこかの真っ赤なお屋敷に、小さな吸血鬼のお嬢様が住んでいました。
名前はフランドールといいます。七色の宝石がたくさんぶらさがったような羽と、紅色のひとみを持った、とてもかわいらしい女の子です
フランドールはいつもひとりぼっちでした。
暗い地下室に引きこもって、誰とも会おうとしませんでした。
というのも、彼女は、この世のありとあらゆるモノを破壊してしまう、恐ろしい能力を持っていたからです。
すべてのモノには壊れやすい“目”という部位があり、彼女は自分のてのひらにそれをうつし、握りしめて壊すことが出来るのです。
フランドールは優しい子です。だから、大切な人を傷つけてしまうことを嫌がり、自分から地下室にこもることにしたのです。
そんなある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのはメイド長の咲夜です。
「妹様、お紅茶とお菓子をお持ちしました。ここを開けてくださらないでしょうか?」
けれども、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、咲夜は紅茶とお菓子をその場に置いて立ち去りました。あとで、食べてくれるかもしれないと思ったのです。
またある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのは図書館を管理する魔女のパチュリーと、彼女を補佐する小悪魔です。
「妹様、あなたが気に入りそうな本を何冊か見つくろったの。ここを開けてくれないかしら?」
けれども、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、パチュリーは本をその場に置いて立ち去りました。あとで、読んでくれるかもしれないと思ったのです。
それからまたある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのは館を守る門番の美鈴です。
「妹様、ずっとお部屋に籠りっぱなしはで気分が塞いでしまいますよ。庭からお花を持ってきたので、 気分転換に世話してみましょうよ。ちょっとだけ、ここを開けてくれませんか?」
けれどもやっぱり、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、美鈴は花の入った鉢植えをその場に置いて立ち去りました。あとで、手に取ってくれるかもしれないと思ったのです。
それから何度も何度も、屋敷の住人たちはフランドールの元を訪れます。
だけれども、彼女は絶対に外に出ようとしませんでした。
そうして、彼女が引きこもって四百九十五年が経ったある日。
突然、地下室の扉が破壊されました。
「え、なに!?」
フランドールが驚いていると、ケーキや本、鉢植えなど咲夜たちが置いて行った物が次々と彼女に投げつけられました。
「おい、フラン。いつまで部屋の中にこもっているつもりだ。いい加減に出てきなさい」
扉をぶち壊したのはレミリアでした。屋敷の主であり、吸血鬼。そして、フランドールの姉でもあります。
レミリアは、目をパチクリさせているフランドールの手を掴んで引っ張りました。
「ほら、行くわよ」
フランドールは勢いに流されるまま、地下室から出ました。
初めて見た、地下室以外の場所には誰もいませんでした。
図書館、長い廊下、大広間、エントランス。咲夜やパチュリーはおろか、メイド妖精一匹いません。
「ねぇ、お姉さま。みんなはどこにいったの?」
レミリアは何も答えません。
「どこへ連れて行くの?」
それにもやっぱり答えません。
やがて、二人は外へ出ました。門前の美鈴の元へいくのでしょうか? いいえ。違います。
連れて行かれたのは紅魔館の庭でした。
そこは、いままさにパーティの真っ最中でした。
たくさんのメイド妖精たちがにぎやかに騒ぎ、美鈴やパチュリーが楽しそうにお酒を飲んでいます。
ふと、二人に気が付いた咲夜がにこりと微笑みました。
「お待ちしておりました。お嬢様、妹様」
呆然と立ちすくむフランドールの手を、姉は強く引きました。
「ほら、行くわよ、フラン」
パーティの輪に入り込むと、みんながフランドールに笑いかけてくれました。
その中心にいるフランドールは、もう一人ぼっちではありませんでした。
≪おしまい≫
「何? この話」
≪おしまい≫まで読んで、フランはその絵本を閉じた。向かいの席で本を読んでいたパチュリーは、目を上げずに答える。
「表紙に書いてあるでしょ?」
フランは本をひっくり返して、表紙にいる、少し歪んだ自分を叩いた。
『ひとりぼっちの吸血鬼 妹編
さく・え レミリア・スカーレット』
「……こういうの、パクリって言うんじゃなかったっけ」
「盗作――いわゆるパクリとは作品の一部、ないし全てを自分の物として、無許可で使うこと。この場合は元の作品への敬意が感じられるから、オマージュが適格。ほら、本の最初のところに『最愛の妹に捧ぐ』って書いてあるでしょ?」
確かに、本の一番最初のところにはそのような記述があった。
「けど、著作権侵害で訴えたら、わたしが勝てるよね?」
「そんなに気に入らなかった?」
あんまり文句ばかり言うものだから、さすがのパチュリーも顔を上げた。すると、フランは背もたれに寄りかかって、口を尖らせて話した。
「最悪。ストーリーは矛盾だらけで訳が分からないし、美鈴達も別に必要ない。事実と鑑みても、わたしを最初に幽閉したのはお姉様だし、わたしが閉じこもったのも、誰も壊したくないなんて、そんな悲劇のヒロインみたいな理由じゃないし。そもそも、最後やっつけじゃない」
酷く長くなった批評を一息で言い切ったフランに、パチュリーは少し笑ってしまった。
「手厳しいわね」
「そりゃ、自分を主人公にされたんだし、まともに作ってくれないとね。あと、何より絵が酷い。まるで子供の落書き」
「そうかしらねぇ。この魔女とか頭が良さそうでいいと思うんだけど」
「とにかく、わたしはこんなの認めないから」
そう言って、フランは立ち上がった。その手には、さっきまで散々にこき下ろされた絵本が握られていた。
「あら、なんだかんだ言って、部屋に持っていくのね」
「こんなものが紅魔館の図書館にあると外部に知れたら恥だもの。わたしの部屋で廃棄待ちにさせてあげる」
「ちゃんと返してよ?」
「わたしが死んだら返す」
どこぞの魔法使いのような言い回しに、パチュリーは顔をしかめた。その表情に満足したのか、フランは少しだけ愉快そうに笑って図書館を出て行った。
「あれで良かったんですか?」
パチュリーが読書に戻ると、お盆を胸の前で抱えた小悪魔が近寄ってきた。
「ええ、あれで問題ないわ」
「けど、妹様怒っていましたよ」
手の付けられていないフランのカップを片づけている小悪魔は、不安げに頭に付いた羽をはためかせていた。
「あなた、妹様の絵本に出してもらって、どうだった?」
唐突な質問に、小悪魔は戸惑った。だが、すぐに気を取り直して答えた。
「そりゃ、嬉しかったですよ。チョイ役でしたけど、パチュリー様の隣とこの図書館には私がいるってことを、妹様はちゃんと分かってくださっているんだなぁ、って」
「つまりはそういうことよ」
そう言われても、小悪魔はさっぱり意味が分からず、首をかしげるしかなかった。パチュリーはそんな彼女を気にすることなく、詠んでいた本を閉じてフランの書いた絵本を手に取った。
「それにしても、この魔女は本当にかわいいわね」
部屋に着いたフランは、持ってきた絵本を枕に投げつけた。それから脱力したようにベッドに倒れ込んで、大きく息を吐いた。
しばらくボーっとして天井を眺めていると、おもむろに動き出し、さっき投げつけた絵本を開いた。
パラパラと数ページ捲ったところで手を止め、そのページに見入った。開いたのは最後のページ。そこには大きな絵が見開きで描かれていた。
紅魔館の庭で開かれたパーティのシーンだ。中心には手を繋いだフランとレミリア。その周りに咲夜と美鈴にパチュリー、そしてフランが顔を知っているほとんどのメイド妖精がいる。他にも、霊夢や魔理沙など、フランと面識のある幻想郷の人妖が至るとこに描かれていた。
絵そのものは雑だ。所どころ、色が線からはみ出ているし、形が崩れているのもある。だが、フランはその絵から目が離せなかった。見ていると、心の中があったかく感じられてくるのだ。
この時、誰かフランの表情を見る者がいたなら、なんて幸せそうなんだろう、と言ってくれるに違いなかった。
「お姉様のばーか」
一人っきりの地下室で、フランは心底嬉しそうにその絵本の感想を呟いた。
名前はレミリアといいます。コウモリのような羽を背中に生やして、紅色のひとみをした、とてもかわいらしい女の子です。
吸血鬼とは人の生き血を吸う、西洋の妖怪です。強い魔力と体を持ち、ほかの妖怪たちからも恐れられる、誇り高い種族なのです。
けれども、レミリアはひとりぼっちでした。
大きなお屋敷でひとり、いつもつまらなそうに赤い月を見上げていました
「つまらないなぁ。もう少しときめくような運命は転がっていないかしら」
そんなある日。
お屋敷に妖怪娘がやってきました。赤い髪にチャイナ風の服を着ている、背の高い娘でした。
妖怪娘はどこか遠いところから旅をしてきたらしく、ものすごくお腹をすかしていました。
かわいそうに思ったレミリアは、妖怪娘にご飯を食べさせ、一晩あたたかいベッドで寝かしてやりました。
すると、娘はすぐに元気になって、鈴のような声でこう言いました。
「ありがとうございました! あなたは命の恩人です。このご恩を返すには、どうすればいいでしょうか」
レミリアは少し考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。ふだんは外で悪い奴らからわたしを守って、ときどき話し相手になりなさい」
妖怪娘はお屋敷の門番になり、毎日のご飯が約束されました。
レミリアは門番の妖怪娘に、新しく『紅美鈴』という名を与えました。
レミリアに、話し相手が出来ました。
それからしばらく経ったある日。
お屋敷に魔女がやってきました。重たそうなドレスに、月の飾りのついた帽子を被った、病弱そうな若い魔女でした。
魔女は本を読むのが大好きで、どんな時でも本を手放しませんでした。
レミリアは彼女を驚かそうと、地下にある大きな図書館へ案内しました。
すると、魔女は目を輝かせてよろこんで、声をはずませて言いました。
「すごい! こんなにたくさんの本は初めて見たわ。どうしたら、読ませてもらえるのかしら」
レミリアは少し考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。ふだんは好きなだけ本を読んでていいから、ときどきわたしと一緒にお茶を飲みなさい」
魔女はお屋敷の客分となって、世話役の小悪魔をつけてもらいました。
レミリアは名字の無かった客分の魔女に、『ノーレッジ』という姓を与え、『パチュリー・ノーッレッジ』と名乗らせました。
レミリアに、話し相手とお茶のみ友達が出来ました。
それからまたしばらくたったある日。
お屋敷に人間の女の子がやってきました。
伸び放題の銀色の髪に、粗末な服を真っ赤に染めて、うつろなひとみを浮かべた人間の女の子でした。
女の子は、いままで悪い大人たちに捕まっていて、色々と悪いことをやらされていたのです。
そこを、一目見て女の子を気に入ったレミリアが救いだしたのでした。
レミリアは女の子にきれいでせいけつな服を着せ、あたたかい食事とベッドを与えました。
けれども、女の子の表情は相変わらず暗いままでした。女の子は沈んだ声で言いました。
「わたしには親も兄弟もいません。帰る家もありません。
せっかく助けていただいたのに、どうやって生きていったらいいか分からないのです」
レミリアは前の二人よりもたくさん考えてから答えました。
「なら、ここに住みなさい。わたしに食事を作り、わたしの屋敷をきれいにし、
それから、わたしが昼間に外へ出かけるときは、日傘を持ってとなりを歩きなさい。そうして、わたしのために生きなさい」
女の子はレミリアつきのメイドになり、生きがいを手にいれました。
レミリアは名前の無かったメイドの女の子に、『十六夜咲夜』という名を贈りました。
レミリアに、話し相手とお茶のみ友達と散歩のつきそいができました。
そしていま、真っ赤なお屋敷はとてもにぎやかな場所です。
メイド長になった女の子は、メイドとして雇ったたくさんの妖精と働き、
図書館の主となった魔女は、色んな実験で屋敷をめちゃくちゃにさわがせ、
一番長く屋敷にいる門番は、庭に何種類もの花を植えて屋敷に彩りを添え、
その中心にいるレミリアは、もうひとりぼっちの吸血鬼ではありませんでした。
≪おしまい≫
≪おしまい≫まで読んで、パチュリーは本を閉じた。
「で、どうだった?」
「そう急かないで、レミィ。もう少し余韻にひたらせてよ」
パチュリーがそう言うと、レミリアは不満そうに鼻を鳴らした。絵本を一冊読み終えるまでそばで待っていたこの親友は、そんな短い時間でもじっと待っているのがつらかったらしい。
パチュリーは本をひっくり返して、表紙のかわいらしいタッチで書かれた吸血鬼のお嬢様を撫でた。
『ひとりぼっちの吸血鬼
さく・え:フランドール・スカーレット』
「処女作にしては十分すぎる出来だと思うわ。文章に破たんはないし、なかなか文才があるわね、妹様。クレヨンで書かれた絵もあたたかみがあって良いと思う。特に魔女が一番かわいかったわ」
「そんなことを訊いてるんじゃない」
レミリアは苛立った口調で言った。
「どうして、フランが書いた絵本にフラン自身が出てないのさ」
そう言われて、パチュリーは絵本をもう一度初めから流し読みし、フムと頷いた。
「確かに、妹様は羽の宝石一つ出ていないわね」
「でしょ! ああ、もう何考えてんのよー!」
円卓に突っ伏すレミリアを尻目に、パチュリーは彼女がこの本を持ってきたときのことを思い出していた。
いつものように紅魔館地下の図書館で本を読んでいると、レミリアが押しかけてきて、円卓にこの絵本を投げ捨てたのだ。初めはムッとしたが、表紙に書かれた作者の名前を読むとそんな怒りはどうでもよくなった。
それはフランが書いた絵本だった。以前、何も書かれていない白紙の絵本をあげたことがあったが、まさかこうしてちゃんと完成させているとは思ってもみなかった。
さっそく、読み始めてみると、また驚いた。主人公が彼女の姉のレミリアだったのだ。
物語はレミリアが紅魔館に三人の住人を住まわせるまでを描いていて、細部こそ違うものの、概ね事実のままだった(このとき、最近になってフランからレミリアとの出会いについてしつこく尋ねられたことも思い出した)。
更に感心したのは、絵本としての完成度だった。伊達に四百九十五年間、引き籠っていたわけではない。絵は素人なりに上手く、むしろ子どもらしい絵柄が作品には合っていた。読書家は、訓練しなくてもそれなりの文章を書けることがあるが、フランもその類だったのだろう。読みやすく、綺麗にまとまっていた。
だが、むしろそれ故にレミリアはその違和感に気付いてしまったのだ。
「別に深い意味はないと思うけど。話の整合性から言って、主人公をひとりっぼっちという設定にするには、実の妹は邪魔になるだけだし」
ましてやありとあらゆるものを破壊してしまう上に、幽閉されている子なんて。というのは口の中に収めておいた。
「だーかーらー、そんなことはどうでもいいんだってば。どうしてあの子は自分を要らない子みたいにしてるわけ?」
「知らないわよ。本人に直接訊けばいいでしょ」
「聞いた」
パチュリーはほんの少し眉をあげてレミリアの顔を見た。なるほど、良く考えてみれば、直情型の彼女が疑問に思ったことをそのままにしておくというのもおかしな話だ。
「さっき、これ貰った時、読み終わってからすぐに訊いたわ。そうしたら、あいつ何て言ったと思う?」
レミリアはグッと身体を乗り出して、芝居がかった風に言った。
「『お姉さまの活躍にわたしがいると、面倒くさいでしょ?』だってさ!」
台詞を吐き捨てると同時に、円卓を両の拳で叩いた。
「まったく、何様のつもりよ! こちとら、手のかかる誰かさんの面倒を五百年間近く見てやってんだぞ」
怒るレミリアに、パチュリーは表情を曇らせた。
今度のことは純粋に身近な題材――姉と紅魔館の住人から、物語の着想を得たというだけだろう。フランにレミリアを怒らせるつもりなどなかったはずだ。少しひねくれたところもあるが、あの子は姉のことをよく慕っていた。そのことは長年、一人の友人としてフランと接してきたパチュリーは知っている。
何度もこぶしが振り下ろされ、机の耐久度が心配になってきたところで、小悪魔が紅茶とクッキーを持ってやってきた。
「それで? どうしたいのよ」
小悪魔に一言、礼を言ってから紅茶に口をつけた。今日はアールグレイらしい。強い香りが問題への集中力を高めてくれる。
「決まってる。あいつをギャフンと言わせるのさ」
「つまり、何も考えていないわけね」
小さくため息をついたところで、小悪魔がまだその場にいることに気が付いた。彼女の視線はフランの書いた絵本に注がれている。
「ああ、これ? 妹様が書いたの。あんたも出てたわよ。読む?」
「えっ、本当ですか! わーい!!」
小悪魔は飛び上がって、身体全体で喜びを表しながらどこかへ飛び去ってしまった。
その後ろ姿になんとなく心をあたためられていると、ふと思いついたことがあった。
「ねぇ、レミィ。あなた、絵は描ける?」
むかしむかし、西の国のどこかの真っ赤なお屋敷に、小さな吸血鬼のお嬢様が住んでいました。
名前はフランドールといいます。七色の宝石がたくさんぶらさがったような羽と、紅色のひとみを持った、とてもかわいらしい女の子です
フランドールはいつもひとりぼっちでした。
暗い地下室に引きこもって、誰とも会おうとしませんでした。
というのも、彼女は、この世のありとあらゆるモノを破壊してしまう、恐ろしい能力を持っていたからです。
すべてのモノには壊れやすい“目”という部位があり、彼女は自分のてのひらにそれをうつし、握りしめて壊すことが出来るのです。
フランドールは優しい子です。だから、大切な人を傷つけてしまうことを嫌がり、自分から地下室にこもることにしたのです。
そんなある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのはメイド長の咲夜です。
「妹様、お紅茶とお菓子をお持ちしました。ここを開けてくださらないでしょうか?」
けれども、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、咲夜は紅茶とお菓子をその場に置いて立ち去りました。あとで、食べてくれるかもしれないと思ったのです。
またある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのは図書館を管理する魔女のパチュリーと、彼女を補佐する小悪魔です。
「妹様、あなたが気に入りそうな本を何冊か見つくろったの。ここを開けてくれないかしら?」
けれども、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、パチュリーは本をその場に置いて立ち去りました。あとで、読んでくれるかもしれないと思ったのです。
それからまたある日、地下室の重たいドアがノックされました。
叩いたのは館を守る門番の美鈴です。
「妹様、ずっとお部屋に籠りっぱなしはで気分が塞いでしまいますよ。庭からお花を持ってきたので、 気分転換に世話してみましょうよ。ちょっとだけ、ここを開けてくれませんか?」
けれどもやっぱり、フランドールは扉を開けませんでした。
仕方がないので、美鈴は花の入った鉢植えをその場に置いて立ち去りました。あとで、手に取ってくれるかもしれないと思ったのです。
それから何度も何度も、屋敷の住人たちはフランドールの元を訪れます。
だけれども、彼女は絶対に外に出ようとしませんでした。
そうして、彼女が引きこもって四百九十五年が経ったある日。
突然、地下室の扉が破壊されました。
「え、なに!?」
フランドールが驚いていると、ケーキや本、鉢植えなど咲夜たちが置いて行った物が次々と彼女に投げつけられました。
「おい、フラン。いつまで部屋の中にこもっているつもりだ。いい加減に出てきなさい」
扉をぶち壊したのはレミリアでした。屋敷の主であり、吸血鬼。そして、フランドールの姉でもあります。
レミリアは、目をパチクリさせているフランドールの手を掴んで引っ張りました。
「ほら、行くわよ」
フランドールは勢いに流されるまま、地下室から出ました。
初めて見た、地下室以外の場所には誰もいませんでした。
図書館、長い廊下、大広間、エントランス。咲夜やパチュリーはおろか、メイド妖精一匹いません。
「ねぇ、お姉さま。みんなはどこにいったの?」
レミリアは何も答えません。
「どこへ連れて行くの?」
それにもやっぱり答えません。
やがて、二人は外へ出ました。門前の美鈴の元へいくのでしょうか? いいえ。違います。
連れて行かれたのは紅魔館の庭でした。
そこは、いままさにパーティの真っ最中でした。
たくさんのメイド妖精たちがにぎやかに騒ぎ、美鈴やパチュリーが楽しそうにお酒を飲んでいます。
ふと、二人に気が付いた咲夜がにこりと微笑みました。
「お待ちしておりました。お嬢様、妹様」
呆然と立ちすくむフランドールの手を、姉は強く引きました。
「ほら、行くわよ、フラン」
パーティの輪に入り込むと、みんながフランドールに笑いかけてくれました。
その中心にいるフランドールは、もう一人ぼっちではありませんでした。
≪おしまい≫
「何? この話」
≪おしまい≫まで読んで、フランはその絵本を閉じた。向かいの席で本を読んでいたパチュリーは、目を上げずに答える。
「表紙に書いてあるでしょ?」
フランは本をひっくり返して、表紙にいる、少し歪んだ自分を叩いた。
『ひとりぼっちの吸血鬼 妹編
さく・え レミリア・スカーレット』
「……こういうの、パクリって言うんじゃなかったっけ」
「盗作――いわゆるパクリとは作品の一部、ないし全てを自分の物として、無許可で使うこと。この場合は元の作品への敬意が感じられるから、オマージュが適格。ほら、本の最初のところに『最愛の妹に捧ぐ』って書いてあるでしょ?」
確かに、本の一番最初のところにはそのような記述があった。
「けど、著作権侵害で訴えたら、わたしが勝てるよね?」
「そんなに気に入らなかった?」
あんまり文句ばかり言うものだから、さすがのパチュリーも顔を上げた。すると、フランは背もたれに寄りかかって、口を尖らせて話した。
「最悪。ストーリーは矛盾だらけで訳が分からないし、美鈴達も別に必要ない。事実と鑑みても、わたしを最初に幽閉したのはお姉様だし、わたしが閉じこもったのも、誰も壊したくないなんて、そんな悲劇のヒロインみたいな理由じゃないし。そもそも、最後やっつけじゃない」
酷く長くなった批評を一息で言い切ったフランに、パチュリーは少し笑ってしまった。
「手厳しいわね」
「そりゃ、自分を主人公にされたんだし、まともに作ってくれないとね。あと、何より絵が酷い。まるで子供の落書き」
「そうかしらねぇ。この魔女とか頭が良さそうでいいと思うんだけど」
「とにかく、わたしはこんなの認めないから」
そう言って、フランは立ち上がった。その手には、さっきまで散々にこき下ろされた絵本が握られていた。
「あら、なんだかんだ言って、部屋に持っていくのね」
「こんなものが紅魔館の図書館にあると外部に知れたら恥だもの。わたしの部屋で廃棄待ちにさせてあげる」
「ちゃんと返してよ?」
「わたしが死んだら返す」
どこぞの魔法使いのような言い回しに、パチュリーは顔をしかめた。その表情に満足したのか、フランは少しだけ愉快そうに笑って図書館を出て行った。
「あれで良かったんですか?」
パチュリーが読書に戻ると、お盆を胸の前で抱えた小悪魔が近寄ってきた。
「ええ、あれで問題ないわ」
「けど、妹様怒っていましたよ」
手の付けられていないフランのカップを片づけている小悪魔は、不安げに頭に付いた羽をはためかせていた。
「あなた、妹様の絵本に出してもらって、どうだった?」
唐突な質問に、小悪魔は戸惑った。だが、すぐに気を取り直して答えた。
「そりゃ、嬉しかったですよ。チョイ役でしたけど、パチュリー様の隣とこの図書館には私がいるってことを、妹様はちゃんと分かってくださっているんだなぁ、って」
「つまりはそういうことよ」
そう言われても、小悪魔はさっぱり意味が分からず、首をかしげるしかなかった。パチュリーはそんな彼女を気にすることなく、詠んでいた本を閉じてフランの書いた絵本を手に取った。
「それにしても、この魔女は本当にかわいいわね」
部屋に着いたフランは、持ってきた絵本を枕に投げつけた。それから脱力したようにベッドに倒れ込んで、大きく息を吐いた。
しばらくボーっとして天井を眺めていると、おもむろに動き出し、さっき投げつけた絵本を開いた。
パラパラと数ページ捲ったところで手を止め、そのページに見入った。開いたのは最後のページ。そこには大きな絵が見開きで描かれていた。
紅魔館の庭で開かれたパーティのシーンだ。中心には手を繋いだフランとレミリア。その周りに咲夜と美鈴にパチュリー、そしてフランが顔を知っているほとんどのメイド妖精がいる。他にも、霊夢や魔理沙など、フランと面識のある幻想郷の人妖が至るとこに描かれていた。
絵そのものは雑だ。所どころ、色が線からはみ出ているし、形が崩れているのもある。だが、フランはその絵から目が離せなかった。見ていると、心の中があったかく感じられてくるのだ。
この時、誰かフランの表情を見る者がいたなら、なんて幸せそうなんだろう、と言ってくれるに違いなかった。
「お姉様のばーか」
一人っきりの地下室で、フランは心底嬉しそうにその絵本の感想を呟いた。