ひゅうっ
ひゅうっ
妖夢は頭が硬いわねえ。
などと守るべき主人の友人から言われたことがある。
ひゅうっ
ひゅうっ
否定はしない。
いや、出来ない。
それは私の長所だと思っていたから。
ひゅうっ
ひゅうっ
それに師匠、ううん。
お祖父様も言っていた。
短所を補おうとする努力も必要だが、
長所を伸ばそうと心がけると自然と足りない部分も埋まるものだと。
ひゅうっ
ひゅうっ
妖夢は少し真面目すぎるな。
その式神にも言われたことがある。
知っている。
私は不器用だ。
手の抜きかたを知らない。
だから真面目になるしか無い。
頑張ってやるしか無い。
ひゅうっ
ひゅうっ
だけど、まじめにやっていない奴らに私は劣ることがある。
悔しい。
すごく悔しい。
涙がでるほど悔しい。
だから、私は努力するんだ。真面目に。
ひゅうっ
ひゅうっ
今日、昔の、お祖父様の夢を見た。
私は笑っていた。
辛いはずなのに。
厳しいお祖父様の練習にしごかれながらも私は笑っていた。
ひゅうっ
ひゅうっ
懐かしい。
稽古の後は必ず私の背中を流してくれて、褒めてくれた。
今日も頑張ったな、って。
しかしなぜか、お祖父様は自分の背中は私に洗わせなかった。
ひゅうっ
ひゅうっ
頑張ることが私の喜びだった。
それが生きがいだった。
ひゅうっ
ひゅうっ
お祖父様がいなくなった。
すると自動的に西行寺家を守るのは私になる。
私は張り切った。
今まで頑張ってきた成果が試せる時が来たから。
大事な者を守る時が来たから。
ひゅうっ
ひゅうっ
だけど、いっぱい負けた。
努力しなくとも私より強いものは山ほどいた。
だからもっと頑張らなきゃいけなくなった。
ひゅうっ
ひゅうっ
一人の努力は辛い。
ひゅうっ
ひゅうっ
一人の努力は寂しい。
ひゅうっ
ひゅうっ
一人の努力は、
ひゅうっ
ひゅうっ
「いちまん。……今日も終わりましたお祖父様」
お祖父様がいなくなってからも、欠かさず続けた一万回。
お祖父様は言っていた。
毎日の一万回。
これを考えてやるか、惰性でやるかは私次第。
バカでも考えてやれば秀才にも勝てる、
単純作業を怠らず努力するものは、いずれ天才にも勝てると教えてくれた。
私は信じ、それを怠らない。
バカでも、天才に勝てる。
そして、
私はあの時から独りで背中を洗わなくてはいけなくなった。
しかし
「お疲れ様。妖夢」
しかしだ。
私には今、洗うべき背中があった。
だから、お祖父様は。
「汗かいたでしょ。御飯のあと一緒にお風呂はいろうねえ」
「はい、幽々子様」
私の首にタオルを巻き、
悪意をすべて取り去ったような笑顔で主人は私に笑いかける。
この笑顔を守るためなら、私はバカでもいい。
「あ、そうだ。妖夢がお稽古している間藍ちゃんが来てね」
「はい」
「お芋のにっころがし持ってきてくれたのよー
ちょっと食べちゃおうか?」
風呂敷を両手に、私へと差し出してくる。
何言ってるんですか。
ご飯まで我慢です。
さ、もうちょっとですから黙って待っていてください。
などと、真面目な妖夢は言うだろう。
しかし私は真面目なバカになるのだ。
「幽々子様」
「じょうだんよう。これはお勝手に持って行くわね」
「一緒に、つまんじゃいましょうか」
「え?」
主人はぽかんと口を開け、風呂敷を解く私の背中を見つめているだろう。
私だって、たまには。
「んむ…… はふが藍さんでふね。おいひい」
「ちょ、ちょっとずるいー 私も私も」
この後、夕飯は二人してほとんど残してしまい、給仕の幽霊に怒られてしまったが
これもまた一興。
大事な者と怒られるならオツなものだ。
そのあと、私はお風呂で主人の背中を流した。
かつてお祖父様がそうしたように。
私に、そうしてくれたように。
私は幽々子様を守るために、明日もバカな努力をする。
『私はバカになる』
終わり