いつの間にか、一緒に過ごす時間が多くなっていた。
今更なことだけど、いつからだっけ? 私が図書館にこうして、足を頻繁に運ぶことになったのは。そんなことをベッドの上に転がりながら、ふと考えてみる。初めはそれこそ、あまり仲は良くなかったのは覚えている。今はもう、そこそこに仲は良いと思うけど。長い付き合いだし。
基本的に外出が禁止されている私にとって、紅魔館の中で暇を潰せるのはパチュリーの大図書館くらいだった。咲夜は忙しいし、美鈴だって門番の仕事がある。妖精メイドと遊んでたら、結果的に疲れるのは咲夜になるしよろしくない。お姉様は空いている時間はあれど、そこまで毎日暇ってわけじゃない。そんなこともあって、私が行く場所は自然と図書館が多くなったんだと思う。
そこまで考えて……うん、やっぱり!
「……私、パチュリーにお礼とかしたことないなぁ」
結構お世話になっているのに。
咲夜や美鈴にはいつもお仕事お疲れ様って、プレゼントを贈ったりしたこともある。小悪魔やお姉様にだって、いつもありがとうってお礼くらい言ったことある。
けれど、パチュリーにそういうことを言ったり何かを贈ったりしたことって、思い返すと無いかもしれない。
いやまぁ、なんとなく思っただけだし、そんな唐突に何か渡したり言ったりしてもちょっとおかしいかもだけど。
それでも、感謝の気持ちがあることは確かだ。
「よし!」
思い立ったら、即行動!
こういうのは勢いが大切だ。慎重になりすぎて、照れ臭さが増しちゃって失敗ーなんてことになりかねないから。
ベッドから勢いよく飛び起きて、いつもの帽子を手に取り被る。ベッドで寝転がっていたから、服が少しぐしゃっとなっている。軽く整えようかとも思ったけど、別に紅魔館内をうろつくだけで外出するわけでもない。
「ま、割といつものことだし、いっか」
別に身内にちょっとくらいだらしない姿を見られても、どうってことはない。
そう思い、部屋を飛び出した。
◇◇◇
「パチュリー! いるー?」
図書館の大きな扉を開けて、そう叫んでみる。パチュリーが図書館に居ないなんてことは、滅多に無い。だけど一応、確認。
「妹様、ここは図書館よ。あんまりそんな大声で喘がないでくれるかしら?」
「喘いでないよね!? 私、今普通にパチュリー呼んだだけだよね!?」
「無意識の喘ぎだったのね……恐ろしい子」
「なんで喘いでることが確定になってるのさ!?」
案の定、パチュリーは奥の方の机で本を読んでいた。
いつもと変わらない、無表情と小さな声。今みたいにふざけていても、それが全く変わらないというのは、見る人が見ると中々怖いというかシュールかもしれない。まぁ私はもう慣れたけど。
ため息を吐きつつ、パチュリーの方へと近寄る。するとパチュリーは私が何か用があることを察してくれて、本を置いてこちらへと視線を向けた。
さて、どうやって切りだそうか。いざそう考えると、難しい。いきなり、いつもありがとうなんて言ったところできょとんとされそうだ。ならプレゼントは? いや、何も用意してきてないし。
「うーん……」
「何? 言いにくいこと?」
「いや、うん、まぁ……」
「はぁ……またお金?」
「違うよ!? またって何さ!? 何そのまるで私が毎回パチュリーに、お金せびってるみたいな言い方!」
「じゃあ何? また私の体? もうこの前、これで最後にしようって約束したばかりじゃない」
「一度もそんなこと求めたことないよね!? なんでそう歪んだ関係っぽくするのさ!」
「妹様、いい加減にしてちょうだい。話が全く進まないわ」
「え、あ、ごめん。ん? あれ、私が悪いの?」
「ハッキリ言わない妹様が悪いわね」
「う、うーん、そっか。ごめん」
なんだか少し納得いかないけど、ここまで自信たっぷりに私が悪いと言われてしまうということは、きっと私が悪いんだろう。
実際、ちゃんとハッキリ言わなかったのだから、確かに元は私が悪いわけで。けれども、やっぱり切り出し方が分からない。勢いでどうにかなるーって思ってたけど、思ったよりも難しい。
「そういえばさ、小悪魔は?」
「小悪魔? あの子なら、今日は館の掃除に回ってるわよ」
あーそっか、小悪魔は最近咲夜のお手伝いしてるんだっけ。
探してみよう。まずは小悪魔に相談してみて、それからお姉様にも相談してみようかな。パチュリーのことを、よく分かってそうだし。
「ん、そっか。それじゃあ私、小悪魔探しに行くね」
「小悪魔に会うのが目的だったの?」
「うぅん、そういうわけじゃないけど。また後で来るから、改めてそのときに!」
そう言ってその場から勢いよく飛び去ると、後ろから図書館で走るなーってパチュリーの声が聞こえた。
走ってるわけじゃなくて、飛んでるから良し。
そんなダメな理屈を心の中で述べながら、その勢いのまま図書館を飛び出した。
◇◇◇
「パチュリー様に何をあげれば喜ぶか、ですか?」
「うん」
長い廊下で、掃き掃除をしている小悪魔を見つけた。何気にいつもの服じゃなくて、ちゃんと咲夜みたいなメイド服になっている。お手伝いするときは、いつもこうなのかもしれない。
事情を説明すると、小悪魔は少し悩むような仕草。
「魔法書が一番喜ぶとは思いますけど、そこらへんにあるような魔法書なんてパチュリー様にとっちゃあまり興味を引くようなものでもないですし。かといって、レア物なんてそんなすぐ手に入るものでもないですし。難しいですねぇ」
「長い間一緒に居る小悪魔でも、難しいの?」
「そりゃあパチュリー様ですもの。それに私は確かに図書館所属みたいなものですけど、単純な付き合い期間でいったら私より妹様の方が上じゃないですか?」
「あ、あー……確かにそうだね」
そっか、いつもパチュリーの傍には小悪魔が居たから、てっきり私よりも長いって思いこんじゃってた。
私の方が先に、パチュリーに出会ってるんだった。とは言っても、その後に小悪魔だから、そこまで大きな差は無いけども。
「別に何かを贈らなくても、ありがとうって言葉だけで充分なんじゃないですか? パチュリー様なら、妹様からの言葉で充分お喜びになると思いますよ」
「うーん、けど言葉だけだと、それはそれで気恥かしさがあって……。突然なんだこいつ、とか思われないかな?」
「パチュリー様はそんな意地悪い性格してませんから、大丈夫ですよ」
いや、パチュリーは結構意地悪いとは思うけど。
小悪魔があまりにも良い笑顔でそう言うから、何も言えない。それにしても、メイド服着て掃除を手伝い、こんな柔らかくて可愛い笑顔をするなんて……いつも思うけど、小悪魔は悪魔っぽくないなぁ。
ジッと見つめてると、小悪魔が首を傾げた。
「なんですか? 私の顔に、何かついてます?」
「うぅん、ただ相変わらず悪魔っぽくないなーって」
「……妹様」
「わぁっ!? な、何?」
急にガシッと両肩を掴まれた。真剣な顔で、私の目をじぃっと見据える。
こんな真面目な表情をする小悪魔は、初めて見るかもしれない。
「世の中、ちょっと突っ張ってるくらいだと潰されるんです。中途半端に悪戯をして、悪ぶって、私は悪魔だーなんて態度取ってると、本当の悪魔を見せられるんです。本当の悪戯をされるんです。分かりますか?」
「え、えっと……分からない、かな」
「そう、分からないのが幸せです。一生分からない方が良いと思います。あぁ、今でも覚えています。図書館で悪戯したり、パチュリー様に無謀にもちょっかいを出していた頃……」
「な、何かあったの?」
「いえ、何も。パチュリー様はとてもお優しい素敵な方ですヨ」
「何かったよね!? 明らかに何かされた結果が今だよね!?」
ハイライトの消えた瞳をしている小悪魔。
何をされたのか、凄い気になるし聞きたいけど、聞いたら色々とアウトな気がするからやめておこう。
「そ、それじゃあ私、お姉様にも訊いてくるね! お掃除、頑張ってね!」
小悪魔にそう声を掛けると、小悪魔は小さな声でパチュリー様素敵優しい大好きですとか呟き始めた。
ますます過去に何があったのか気になったけど、これ以上深く突っ込むのはやめておこう。
そう思って、お姉様の部屋へと向かうことにした。
◇◇◇
「あら、どうしたのフラン? またお金?」
「違うからね!?」
部屋に入ると、いきなり第一声がそれだった。お姉様はパチュリーと親友だから、もしかしたらどこか共通する部分があるのかもしれない。そう思った瞬間だった。
お姉様は冗談よ、と笑いながら手招きする。その手招きはいつもの、膝の上にいらっしゃいという合図だ。
てってと歩き、ベッドに腰掛けているお姉様の膝の上に座る。ふにゅっと、お姉様の柔らかい膝の感触が、お尻に伝わる。
抱きとめられるように、きゅっとお腹に腕を回される。ちょっと恥ずかしいけど、ここはお姉様の部屋だ。まず誰も訪れることは無い。お姉様が咲夜を呼んだりしない限りは、二人だけの空間だ。
だからこういうときは、たくさん甘えてお姉様分を補給する。
「それで? 今日は一体どうしたの?」
「んっとね、実は――」
お姉様に訊ねられて、今までのことを話す。
パチュリーに感謝の気持ちを伝えようと思うこと。
けれども、どうすればいいのか何を贈ればいいのか分からないこと。
それでお姉様や小悪魔に相談に来たこと。
お姉様は私の話を聞いた後、少ししてふむと声を出した。
「小悪魔の言う通り、別に言葉だけでも良いと思うけど? もしそれじゃあどうしても納得できない、というのなら、良い贈り物があるわ」
「本当!?」
「えぇ。パチェに必須で、なおかつすぐにでも用意できる素敵な物よ」
さすがはお姉様だ。すぐにそんなものを思い付くなんて。
早速、お姉様にそれは一体何かを訊いてみる。
「え?」
「え? じゃないわ。大丈夫、絶対喜ぶだろうから!」
「……本当?」
「本当本当。さぁ、準備した方が良いんじゃない?」
「う、うん……」
お姉様に言われたものは、ある意味予想外だった。というか、本当にこんなものを贈って喜ばれるのか、怪しいところだ。
けれど、お姉様は牙を出してニッと笑う。とても自信満々に。それは冗談で言っているような様子じゃなくて、本気の様子だ。
確かに簡単に用意できるけど……えぇい、お姉様を信じよう!
「私も手伝ってあげようか?」
「いいよ、それくらい自分で用意できるし」
「そう、頑張って」
さて、準備をしよう。そしてもう一度、パチュリーのところへ行こう。
◇◇◇
「パチュリー!」
「あぁもう、だからさっきも言ったでしょう? そんなに大きな声で断末魔上げないでって」
「上げてないからね!?」
パチュリーはさっきと一緒の場所に居た。読んでいる本は、さっきとは違う本のようだ。この短時間に、あの分厚い本を読みあげたんだと思うと、なんか凄い。
とと、別に今はそんなことに注目してる場合じゃなかった。正直、まだこの贈り物にはちょっぴり不安だけど。
パチュリーの真横に行くと、パチュリーは本を置いてこちらを向いてくれた。
「あ、あのさ、私こうやって図書館によく足を運ぶと思うんだ」
「まぁ、少なくとも十回や二十回では済まないくらいには、訪れてるわね」
「それでさ、その、パチュリーにもよく会ってるじゃない?」
「私は大体図書館に居るし、そりゃあ顔を合わせる機会も多いわね」
私の言葉に、パチュリーは何が言いたいのか分からないといった様子だ。
あーやっぱりこれ、照れ臭い。改めてこういうことするのって、なんか気恥かしい。
「だ、だからさ、えっとね、こ、これ!」
「……何これ?」
「……お礼の、か、肩叩き券。いつもパチュリーにはお世話になってるし、図書館利用させて貰ってるし……ほ、ほら! それにパチュリーいつも本ばっかり読んでるから、肩凝ってそうだなって思って! だ、だから、その……えっとー」
差し出した肩叩き券をきょとんした表情で、見つめている。お姉様曰く、肩凝り易いであろうパチェには良い贈り物になる、だそうだけど。や、やっぱりダメだったかな?
……あぁもう恥ずかしい!
「と、とにかく! いつもありがとう!」
言った。言えた。よし!
パチュリーはしばらく固まってたけど、少ししたら肩叩き券を受け取ってくれた。
「妹様、ありがとう」
「えっ!? あ、ぅ、うん」
ふわっとした笑みを浮かべて、そう言われた。
パチュリーのそんな珍しい様子に、思わず言葉に一瞬詰まってしまった。パチュリーは肩叩き券を両手できゅっと掴んで、胸のあたりへと持っていく。
「大切に使わせて貰うとするわ」
「うん、いつでも使ってね。有効期限は無いからっ」
嬉しそうなパチュリーを見て、私も嬉しくなる。
良かった、喜んでもらえた。感謝の気持ちを伝えることもできた。
「そうね、それじゃあ早速一回、お願いしようかしら」
「うん、りょーかいっ!」
パチュリーの斜め上のボケが楽しいです。
小悪魔は何をされたのか……
こあの過去めっちゃ気になるわ~
喉飴さんのフランは素直でかわいいなー。