幻想郷にある博麗神社。
その巫女である私、博麗霊夢は境内を掃除していた。
聞き覚えのある足音に、私は振り返ると同時に挨拶をする。
「いらっしゃい。咲夜」
私の視線の先には密かに想いを寄せているメイド服を着た少女、十六夜咲夜が立っていた。
「御機嫌よう、霊夢。相変わらずの勘の良さね。」
「まぁね。」
(あんたの事だからわかるのよ。)
そう心の中で思いながらも私はあくまでも勘で気付いた振りをして答えた。
「本当に大したものですね~」
その声で初めて、今回は咲夜一人ではなく、紅魔館の門番、紅美鈴が大きな荷物を背負って一緒に立っていることに気付いた。
「何だ、あんたもいたの?」
「私って存在感薄いですか?」
「気配を消していたからじゃないの?」
「そんなことしてませんよ~」
「はいはい。それよりその抱いているのって……」
「赤ちゃんですよ。」
「いつ産んだの?」
「私の赤ちゃんじゃないです。」
「じゃぁ……」
美鈴の答えを聞き、まさかと思いながらも、咲夜に視線を移す。
「私の赤ちゃんでもないわよ。」
咲夜はあっさり否定した。
「そっ、そうよね~……え~と、それで誰の赤ちゃんなの?」
「実は、この赤ちゃんのことで霊夢に相談があってきたの。美鈴、説明してあげて。」
「わかりました。」
「とにかく立ち話も何だから上がりなさいよ。」
そう言うと私は、咲夜と美鈴を居間に招く。
美鈴説明中
美鈴の派手な武勇伝が長かったが、簡単に言えば紅魔館の目と鼻の先(と言っても数キロ離れている)場所で妖怪に襲われている人間の気配を察知した美鈴が、紅魔館の傍で人死にがあればレミリアの沽券に関わると、助けに行き、妖怪を瞬殺したが、時遅く、この赤ちゃんを抱えた母親は大怪我をしていた。
あわてて永遠亭に運び治療して貰ったので一命は取り留めたが、頭を強く打っていることがわかりどんな症状が出るか不明なので、数日永遠亭に入院となった。
そして、母親が必死に守った為か、この赤ちゃん自体はかすり傷程度だったので入院は不要……それどころか悪戯兎妖怪の多い永遠亭では預かれないと言うのだ。
改めてこの人間の恰好を見れば、幻想郷の人間とは異なる服装をしている。
単に迷い込んだ外の人間ならば食料にしても良いのだが、外の世界で幻想となった人間ならば、幻想郷の住人なので食糧にするわけにもいかない。
仕方ないので美鈴は赤ちゃんだけを紅魔館に連れ帰り、事の次第を咲夜に報告。
そして、咲夜はレミリアに報告したが、レミリアはこの赤ちゃんを預かることを許可しなかったのだ。
レミリア曰く、「赤ちゃんなんて五月蠅いだけじゃない。だいたい外の人間の事なら霊夢の管轄なんだから、霊夢に預ければ良いじゃない。」とのこと。
だから、博麗神社に連れてきたということらしい。
「まったくレミリアは、何勝手なこと言ってるのよ!」
一通り美鈴からの説明を聞いた私は愚痴を言う。
「お嬢様はそう言っていたのだけど、今、妹様がお嬢様のすることに色々興味を示されて、お嬢様とよくお話をされるようになっているの。お嬢様もそんな妹様の行動を喜んでいらっしゃるのよ。ここで、妹様がこの子を見て、興味の対象がこの子に移ることをお嬢様が嫌がって、そんなことを言っているのよ。」
「そんなこと言ったって、ここは託児所じゃないし、ひっきりなしに妖怪や妖精が来るし、私だって出掛けなくっちゃならないことだってあるんだから無理に決まってるじゃない。」
「それに関しては、大丈夫よ。霊夢が赤ちゃんを預かってくれる間、私がここの手伝いをするようにお嬢様に言い使っているわ。勿論、その間の食事もこちらで用意するわ。」
「えっ?」
「と、言うより……その……お嬢様に赤ちゃんの世話もできるようになるように言われたの……」
「?」
「咲夜さん、論より証拠ですよ。」
そう言うと、美鈴は抱いていた赤ちゃんを咲夜にさし出す。
咲夜はいつもなら絶対に見せない困った顔をするとさし出された赤ちゃんを受け取る。
咲夜が抱いた途端にそれまで大人しくしていた赤ちゃんはぐずり始め、やがて大きな声で泣き始めてしまった。
その泣き声にどうして良いか判らず咲夜はおたおたする。
いつもの瀟洒な姿からは想像もできない咲夜の姿があまりにも可愛くて思わず頬が緩む。
よっぽど咲夜に抱かれているのが嫌なのか、少しでも咲夜から離れようとして海老反りまでしている赤ちゃん。
「もう、何やってるのよ~貸して!」
泣き続ける赤ちゃんもだけど、泣き声に慌てふためく咲夜が可哀相になったので、私はそう言いながら、おたつく咲夜から赤ちゃんを受け取ると、抱いて背をそっと数度叩く。
赤ちゃんは私の顔を見るとしばらく不思議そうな顔をした後、直ぐに笑い始めた。
「凄い……」
「昔、母さんの手伝いをしていた時に里で何度か子守もさせられたからね。」
「昔取った杵柄ってことかしら?」
「そんなに昔じゃないわよ。それで、咲夜は赤ちゃんの世話ができないから、その修業に来たってこと?」
「えぇ。」
ようやく赤ちゃんの泣き声から解放されてほっとした咲夜が私の問いに答える。
「美鈴も手伝ってくれるの?」
「私は咲夜さんがいない間の臨時メイド長兼門番をしないといけないので帰ります。」
「そうなの?」
「えぇ、ですから、咲夜さんと二人で面倒を見て下さいね。」
咲夜と二人っきりと聞いてまた頬が綻んでしまうが、それをぐっと抑えて答える。
「それで、どれくら預かれば良いの?」
「永琳の話では、『怪我の治療は早ければ明後日、脳に影響があっても1週間で直してみせる。』と言ったそうよ。そうよね?美鈴。」
「はい。そう言ってました。」
「まったく、仕方ないわね~」
「宜しくお願いします。あっ、必要な荷物はこの中にありますから。」
そう言うと美鈴は背負っていた大きな荷物を下ろし、美鈴はさっさと帰ってしまった。
「早速だけど、何をすれば良いのかしら?」
美鈴が帰ると、咲夜からの早速の質問。
「取敢えず、何を持ってきたの?」
さっきまで笑っていた赤ちゃんは眠ってしまっているので座布団の上に寝かせ、荷物の確認をする。
「お米と野菜、果物、あとは毛布とオシメ代わりにタオルと手拭を沢山。」
「結構持って来たわね。」
「最悪1週間ですもの。余った時には霊夢への御供え物で良いわ。」
「何よ、お供え物って!」
「あら、要らないの?」
「当然貰うわ。」
「霊夢は相変わらず素直ね。それで、どうすれば懐いてくれるのかしら?」
「……実は私もわからないのよ。」
「わからないの?」
「うん。なんか知らないけど、昔っからよっぽどの事がない限り泣かれた事がないわ。それより咲夜なんてレミリアの御守りばかりしているのに何で子供の世話ができないのかしら?」
「それは霊夢は霊夢がいる時のお嬢様しか知らないからよ。」
「当たり前じゃないの。」
「お嬢様は霊夢がいると我儘ばかりの子供ですが、霊夢がいないと殆ど我儘を言わずに当主として立派に紅魔館を治めているわ。」
「そうなの?それならあまりレミリアに合わない方が良いわね。」
「そう言うことではなくて、霊夢は幻想郷と同じで誰でも受け入れてしまう優しさがあるから、お嬢様が霊夢に好意を寄せて、甘えてしまうの。」
「そんなものかしらね~」
「えぇ。以前、私もお嬢様があまりに霊夢に懐く事が不思議でパチュリー様に尋ねたことがあるわ。」
「パチュリーに?なんて言ってたの?」
『レミィが霊夢に懐く理由?多分、母親を重ねているんじゃない?』
『母親……ですか?』
『そうよ。あれだけの異変を起こしたのに、結局、異変を止めて、一寸叱っただけでお仕舞い。悪戯した子を叱る親と同じでしょ?』
『そんなものなのでしょうか?』
『じゃあ、咲夜に聞くけれどレミィを本気に叱れる存在っている?』
『パチュリー様や美鈴なら……』
『私はレミィに怒ったり注意をすることはできるだけそれはあくまでも友人としてだけ。美鈴はレミィとの付き合いも長いけど、あなたと同じ従者、フランは妹。他の妖精メイド達は論外。』
『……』
『確かにレミィは種としてはデーモンロードであることは間違いないわ。その種としてのデーモンロードの力で今迄、妖怪や悪魔狩り、命を狙う者達を全てねじ伏せてきたわ。そして500年の間に知識や教養を蓄えてきた事も事実よ。それでもデーモンロードと言う種としてはまだまだ子供よ。幻想郷では弾幕ごっこと言うルールがあり、異変によって死人も出ずに影響も少ないからと言っても、異変を起こしたレミィをちょっと叱る以外は何もしないなんて、悪戯をした子供を親が叱っているのと変わらないじゃない。』
「パチュリーがそんな事言ってたの?」
「えぇ。」
「異変さえ解決できれば、どうでも良かっただけなんだけどね。」
「霊夢らしいわね。でも、私もパチュリー様にその話を聞いて納得したわ。お嬢様にとって霊夢は、私にとってのお嬢様と同じなのよ。」
「?別に私はレミリアをメイドになんかする気はないわよ。」
「そう言うことではなくて、お嬢様は私にとって、生きる為の場所を与えて下さり、生きていても良い言って下さった方……お嬢様に対しては失礼なことなのだけど、私はお嬢様を母親と思っているの。」
「じゃぁ、咲夜にとって私って何?」
「私にとって霊夢は……生きていたいと思わせてくれる存在かしら?」
「それって……」
「ぅうわ~~~~ん」
私が言葉を続けようとしたが、眠っていた赤ちゃんがグズり出した。
「どうしたの!?」
いきなり泣きだした赤ちゃんに咲夜は驚き、うろたえる。
(そんなにうろたえるなんて、何度も泣かれたせいか少しトラウマになってない?)
そんなことを思いながら私は赤ちゃんの状態を確認していく。
「ちょっと待って、オシメは大丈夫そうだから……ご飯食べさせた?」
私は赤ちゃんのおしめの状態を確認してから尋ねる。
「……食べさせてない……」
「それね。多分お腹がすいているのよ。この子は1歳くらいだと思うから、離乳食でも大丈夫だと思うけど、はっきりしない限りは重湯の方が良いわよね。あっと、ご飯粒は除いてね。」
「わかったわ。」
咲夜はそう言った途端に、お椀に重湯を持って私の隣に座っている。
どうやら時間を操作して一瞬の内に調理してきたのだろう。
やっぱり時間を操作する能力って便利ね。
人肌にまで冷ましてから匙で少しずつ赤ちゃんに飲ませていく。
よほどお腹がすいていたのか直ぐにお椀いっぱいの重湯を飲んでしまう。縦抱っこして、背中をそっと叩くと、げっぷをしてまた寝息を立て始める赤ちゃん。
その姿に咲夜ともども私はほっと一息ついた。
「私達もおゆはんにしましょ……」
「そうしましょ。」
「霊夢は玉ねぎ大丈夫?」
「大丈夫だけど……なんで?」
「猫は玉ねぎ駄目って言うじゃない。」
「誰が猫よ!だいたい、あんただって、犬なんだから玉ねぎ駄目なんじゃない?」
「私は悪魔の狗だから何でも食べるわよ。だから、可愛い子猫ちゃんも食べちゃうかもしれないわよ?」
そう言いながら咲夜は私に顔を寄せて私の唇を人差し指で抑える。
「なっ!やれるものならやってみなさいよ!返り討ちにしてあげるわ!」
すぐ目の前に寄せられた咲夜と、言われた内容に顔が火照る。それを誤魔化すように大きな声で返事を返す。
「えぇ、機会があったらそうさせて貰うわ。」
私の答えに咲夜はそう答えると今迄私の唇をつついていた指を自分の唇に当て、ウィンクをする。
(間接キスじゃない!)
火照った顔がさらに熱くなるのがわかる。
(咲夜って私をからかったりばかりいるけど、私の事をどう思っているんだろう。)
ふと、そんなことが頭に浮かぶ。
そう思っている内に咲夜が料理を並べていく。
美味しそうな料理を目の前に並べられて、意識がどうしてもそちらに移ってしまう。
(まだ咲夜が帰るまで時間があるのだから、それまでに何とか聞き出せば良いか……)
そこで考えるのを止め、久しぶりのまともな食事をしている内にこの日は終わった。
翌日。
この赤ちゃんは良く寝るタイプなのか夜泣きもせずに朝を迎えることができた。
そして、朝ごはんを食べ終わって、しばらくすると魔理沙が訪ねてきた。
「邪魔するぜ!」
「何しにきたのよ!」
「霊夢が咲夜と子育てしているって美鈴から聞いたから見物に来たんだぜ。」
「暇人!」
「おっ、この子か?」
そう言って、寝ていた赤ちゃんを抱きかかえる魔理沙。
「魔理沙、折角、寝ているんだからやめてよ。」
「大丈夫だって。赤ちゃんてのは、心音を聞くと安心するらしいからこうやって頭を左胸に当てるようにすればだなぁ……」
「うぅぅわぁぁぁぁん」
そう言って無理に赤ちゃんの頭を左胸に当てようとした為、赤ちゃんが目を覚まして泣き出してしまった。
「ちょっと、魔理沙!何やってるのよ!」
「おかしいな?」
「いいから貸して!」
「あぁ、頼むぜ。」
そう言うと私は赤ちゃんを魔理沙から受け取りあやす。
私が抱くと直ぐに赤ちゃんの泣き声が小さくなり、また眠りについた。
「まったく、これじゃぁ、霖之助さんも苦労するわね。」
「なっ!香霖は関係ないだろ!」
「ふ~ん……関係ないんだ~」
「関係ないの?」
「そうだぜ!」
「ふ~ん」(ニヨニヨ)
「関係ないの。」(ニコニコ)
「なんだよ!」
「別に」(ニマニマ)
「なんでもありませんわ。」(ニコニコ)
「……」
(ニマニヨ)
(ニコニコ)
「あっ、用事を忘れてたぜ!じゃぁな!」
「逃げたわね。」
「えぇ」
思わず魔理沙の行動に私も咲夜と一緒に笑う。
(魔理沙も霖之助さんにもっとしっかりアピールすれば良いのに……って、私ももっと咲夜にアピールしないと駄目なのかしら?)
赤ちゃんにお昼御飯を与え、おしめを交換すると、何とも言えない温かい陽気にまた赤ちゃんは眠り始める。
赤ちゃんは日が当たらない所に座布団を引き、寝かせている。本当に手のかからない赤ちゃんね。
私は咲夜と並んで、縁側で日向ぼっこをしながらお茶を飲んでいると、命蓮寺の住職、聖白蓮が訪ねてきた。
「こんにちは」
「珍しいわね、聖。」
「いらっしゃいませ。粗茶ですが。」
そう言いながら直ぐにお茶を出す咲夜。
「あっ、奥様、お構いなく。」
「なっ!違うわよ!」
「違うのですか?失礼しました。あまりにもお二人がお似合いでしたので。」
「そっ、そう?」
「はい。とってもお似合いでしたよ。」
「それで、何の用?」
そんなこと言われ、緩んだ頬のまま、来訪の理由を聖に問う。
「霊夢さんが赤ちゃんを預かっているそうなので、毘沙門様の御守りを持ってきました。」
「悪いわね。」
「いいえ、この子が元気に育ってくれるのであれば、それに代わる幸せはありません。」
そう言うと聖は座布団に寝かせていた赤ちゃんを抱く。
聖に抱かれた赤ちゃんは目を覚ましたが大人しく抱かれている。
「上手いものね。」
「はい。命蓮……弟の世話は私がやっていましたので。」
「何か、コツみたい物はないのでしょうか?」
「コツですか?……コツとは違うのでしょうが、赤ちゃんは感受性が強いので不安や怒り等の感情を感じさせないようにした方が良いと思います。」
「他には?」
「赤ちゃんから抱いている人の顔が見えないことで不安がるのでは?と言う方もいるので、一概に言えませんが、できるだけ体が接触するように抱いてあげると良いと思いますよ。特に泣いている時にあやす時には。」
そう言うと、聖は赤ちゃんの頭が自分の頭の隣に来るように縦抱っこしてみせる。
「あとは、泣いている時ですが、あやす為に体を上下させますね。その時にですが、泣き声を上げ続けて、息を吸う為に声が止まる瞬間がありますのでそのタイミングで、体を持ち上げるようにすると、泣き声を出すタイミングがズレるのか、泣きやむようですね。優しく言葉をかけながらやると効果的と思います。」
そう言って、聖は縦抱っこしている赤ちゃんの呼吸に合わせるようにそっと体を上下させる。
「こんな感じかしら?」
そう言うと、咲夜は私をそっと抱きすくめる。
「体をできるだけ接触するようにするなら、頬も付けた方が良いのかしら。」
そう言って咲夜は私に頬を付けて来る。
一気に顔が火照る。何か言おうと口は動くが声が出てこない。
「えぇ、そのような感じで愛する者と接するようにすれば大丈夫だと思います。やってみて下さい。」
そう咲夜に答えて慈母の笑みを浮かべる聖は、赤ちゃんを咲夜に渡そうとする。
抱いていた私を放し、赤ちゃんを受け取る咲夜。
「うぅぅ……」
「そんなに力を入れてなくても大丈夫です。支える程度で構いませんから、もっと腕の力を抜いて下さい。」
咲夜が受け取った途端にぐずり始める赤ちゃん。そんな咲夜の抱き方に注意をする聖。
どうやら咲夜は赤ちゃんを落とすまいと力を入れ過ぎて抱いていたようだ。
力の調整をし、聖の言ったとおりに赤ちゃんを抱くと、少しずつ赤ちゃんのグズりが収まっていく。
そして、赤ちゃんは笑いこそしないが、泣くこともグズることもなく大人しく咲夜に抱かれている。
「……できましたわ……」
「とても上手ですよ。」
「ありがとう、聖。」
「お礼には及びません。」
(これって、私が要らないじゃないの?)
笑顔で会話を続ける咲夜と聖を見て、咲夜に有効な助言ができなかった私に嫉妬の感情が浮かぶ。
「本当に大したものね。最初から私の所じゃなくて、聖の所に言った方が良かったんじゃない?」
私は思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「えぇ、その方が効率が良かったわね。」
咲夜の答えに思わずカチンときてしまう。
「今からでも聖の所に行った方が良いんじゃないの?」
「そうしようかしら。」
売り言葉に買い言葉、いきなり私と咲夜は口論を始め、聖は傍でおろおろしている。でも、今は聖の事は後回し。
睨み合う私と咲夜。
「ぅうぅうぅ……うぅぅわぁぁぁぁ~~~ん」
いきなり咲夜の抱く赤ちゃんが泣きだす。
その泣き声に咲夜はあわてて、赤ちゃんを宥め始める。
「先程も言いましたが、赤ちゃんは怒りなどの感情に敏感です。特に御夫婦の喧嘩が絶えない御家庭はお子さんの成長に悪影響がありますので仲良くされた方が良いですよ。」
「だから、夫婦じゃないってば!」
「まだ、夫婦ではありませんわ!」
咲夜と夫婦と聖に言われて思わず赤面しながら、私と咲夜は二人で答えを返す。
(あれ?でも、今、咲夜は、『まだ』って言った?)
咲夜の方を見るが、咲夜は何事もなかったかのように赤ちゃんを宥めている。
(聞き間違いだったのかな?確認したいけど、もし違っていた恥ずかしいし……)
「申し訳ありません。ですが、本当に夫婦仲の悪い家庭はお子さんの成長に悪い影響がありますので、いくらお預かりしている赤ちゃんだからと言っても、傍にいる時には喧嘩などなさらない方が良いですよ。」
私の考えなどお構いなしに聖は言葉を続ける。思い出してみれば確かに昔、子守をさせられた家で夫婦仲が悪い家の子は泣いてばかりいたし、一寸したことでもよく泣く子だった気がする。
「それと、御期待にお応えできなくて申し訳ありませんが、命蓮寺も妖怪の方々が沢山修業に来られますので、赤ちゃんを預かることはお断りさせて頂きます。」
本当に申し訳なさそうに聖が頭を下げる。
咲夜は聖に言われたように赤ちゃんをあやし続けている。
聖のあやし方が的確なのか、少しずつ赤ちゃんの泣き声が小さくなっていく。
「良いのよ、聖。一寸した言葉のあやだから……その……咲夜……えっと……ごめん……」
「私の方こそごめんなさい、霊夢。ちょっと悪ふざけが過ぎたみたい。」
そして、何とか赤ちゃんを泣きやませた咲夜に私は謝ると、咲夜も私に謝る。
「やはり夫婦円満、いえ、家庭円満が一番ですね。」
「「だから、違います!」」
そう笑顔で言う聖に、答える私の言葉と咲夜の言葉が綺麗に重なる。
思わず咲夜と顔を見合わせる。そして、そのまま咲夜ともども笑い出してしまう。
その笑い声が判るのか赤ちゃんも笑い出し、聖を含め4人でしばらく笑い続けることになった。
もともと抱くと赤ちゃんを泣かせてしまうこと以外に問題がなかった咲夜は、直ぐに世話ができるようになった。
夕飯が終わったころに、月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバが訪ねてきて、『預かっていた怪我人の傷は治り、検査の結果、脳に異常が認られないので、明日、博麗神社に連れてくる。』と言って帰って行った。
この赤ちゃんと母親が単なる迷い込んだだけの存在なら外の世界に帰らせなくてはいけない。
咲夜はベビー服にポケットを作り、聖の持ってきたお守りを入れている。
私は博麗神社のお守りを持ってきて咲夜に渡すと、咲夜は何も言わずにもう一つポケットを作り博麗神社のお守りを入れてくれる。
夜、赤ちゃんの隣に寝ている咲夜は赤ちゃんを見ながら子守唄を口ずさみ続ける。
(咲夜って母性が強いのかしら?)
そんなことを思いながら赤ちゃんを挟んで隣に寝ている私も赤ちゃんと咲夜を見ている。
「咲夜、もう寝ましょ。」
「えぇ、もうちょっと。」
私は咲夜の子守唄に心地良くなり、眠りに落ちる前に声をかける。
「咲夜って子供好きだったのね。」
「嫌いではないわ。……でも、好きとは違うの。……ただ、この子は私みたいにならずに、幸せになって欲しいと思って……」
「咲夜みたいにってどう言うこと?」
「……霊夢は知らなかったわね。私はもともと外の世界の人間だったの。でも、時間を止める程度の能力なんかを持っていたから、外の世界で色々あって、幻想郷に流れてきたのよ。だから、そんなことにはならなければ良いと思って。」
「咲夜は今、不幸なの?」
「今?とても幸せよ。お嬢様や妹様、美鈴やパチュリー様や小悪魔、たくさんの妖精メイド達と言う家族があって、霊夢や魔理沙、妖夢、早苗と言うたくさんの友達もいて……」
「だったら、『私のように幸せになって欲しい。』って言いなさいよ。」
「そう……そうね。ありがとう、霊夢。」
「別に良いわよ。もう、寝ましょ。」
「えぇ、おやすみなさい、霊夢。」
「おやすみ、咲夜。」
翌朝、鈴仙が怪我の治療が治った母親を博麗神社に連れてきた。
母親は赤ちゃんを見ると直ぐに抱きあげて無事を喜び、私や咲夜に何度も頭を下げお礼を言う。
私は、母親にいくつか質問した結果、(母親の両親も、友人も健在の為、彼女が忘れられておらず、特に変わった力も持っていないと言うことから)単に幻想郷に迷い込んだ人間だと判断し、外の世界に帰って貰うことにした。
(場合によっては気が触れた人間と思われる恐れがあるから等と言って)幻想郷の事を外の世界で話さないように約束させ、外の世界に送り帰した。
短くも長い3日間に思わずほっと溜息をつく。
(私も将来、自分の赤ちゃんや子供の世話をしたりするのだろう。もしそうならば、できたら好きな人との子供を……)
そう思いそっと、隣に立つ咲夜を見る。
「どうしたの?」
私の視線に気付いたのか咲夜が問いかけてきた。
「うん?なんでもないわよ。」
「そう?あの子がいなくなって寂しいのかと思ったわ。」
「そんな事ないわよ。ただ……」
「ただ?」
「私も将来、自分の子供を育てるんだな。と思っただけよ。」
私の答えを聞いてクスクスと笑う咲夜。
「笑わなくても良いじゃない。」
「ごめんなさい。でも、霊夢もそんなこと考えたりするのね。」
「私だって、女の子なんだから……考えたりするわよ。」
「そうね。」
「どうせ私の子供なら、我侭で苦労するとか思っているんでしょ?」
「そんなことないわよ。だって、私達の娘なんですもの。良い子のはずよ。」
「そう……そうよね……私達の……えっ?私達のって、それどういう意味……あれ?咲夜?」
私は咲夜の答えに軽く同意してから、咲夜の言葉の意味することに気付き、慌てて答えの真意を聞き返そうとした時には既に咲夜の姿はなくなっていた。
「こら~!!言うだけ言って居なくなるな!!」
火照る頬を自覚してしまい、思わず叫んだ私の言葉は春の青空の中に響くだけだった。
2012.04.10 誤字修正(御指摘ありがとうございます)
あと早いところ咲霊の子作りシーンが見たいですね
『幻想郷では常識にとらわれてはいけませんよ』
いや、出来る!!
夫婦の口喧嘩にニマニマが止まりませんでした。
この後の展開はAで、それを見た霊夢が紫に全力で逆らうに一票で。
最後にもう一度、ごちそうさまでした!!