※この話は拙作「小悪魔のおいしい紅茶の淹れ方」の設定を引き継いでおります。でも、読んでなくても特に問題はないと思います。
パチュリーさま、もう私だめです、これ以上はよして下さい
こんな場所でいけません
ああもう、私はどうにかなっちゃいます
そんなに泣かないの
しめっぽい吐息もダメ
あらら、こんなに濡らして……
水分は本が傷んでしまうでしょう?全部我慢なさい
「――…うううぅ、はっ!」
パチュリーさまにお仕えするようになり、また、この図書館に勤めるようになってはや数世紀。日々の肉体労働やあたたかな陽気、たまにパチュリーさまが作った睡眠作用のある魔法薬が漏れ出してしまった時、前日の晩にたしなみ以上の飲酒をしてしまったなど。日中に眠くなってしまうような条件は今までにたくさんありました。それでも私は一度たりとも居眠りなどしたことがなかったのに、なんということでしょう!
「……最近、毎晩パチュリーさまのこと考えてて眠れなかったからかな」
時間にして半刻ほど眠っていたようです。時に良からぬ妄想をしてしまうのも乙女心というもの。これくらい、許されます……よねっ?
不意にパチュリーさまの顔が見たくなって、ああ、いけない、違う違います。お仕事に戻らなくてはいけないので小休憩用の丸テーブルから離脱して図書館内を探しました。けれどパチュリーさまは定位置の長テーブルの端にはいません。今日はアリスさんや魔理沙さんも来ていないようなので実験台のところにもいません。ご自分で本を選んでいるのでしょうか?それとも図書館を出て紅魔館内のどこかにいる……?
「パチュリーさまー?」
聞きなれた声、だけれどもあまり聞かない種類の声が上の方から聞こえてきました。珍しいこともあるものです。笑い声が聞こえてきました。パチュリーさまが笑っているのを聞くなんていつぶりでしょう。前回は寝起きのメイド長の背後に立ってしまいナイフで串刺しにされた時。さらに前は妹様の気まぐれできゅっとされてこの体が半壊してしまった時。もっと前はレミリアお嬢様に命令されて困り顔の美鈴さんとガチの肉体勝負をして死にかけ、……もうやめよう。思い出したら鬱になってきました。
ふわーっと浮かんで上っていき、声がするところを探りあてると、どうやら5階にいるようです。5階奥には小さな談話スペースがあるのでそこにいるのでしょう。
「失礼します。パチュリーさ、―――」
そこには楽しそうにレミリアお嬢様と歓談しているパチュリーさまのお姿がありました。テーブル脇には無造作に本がたくさん積み重ねられていて、読書を途中でやめてお話をしているんだろうなということが読み取れました。本を読まずにレミリアお嬢様の目を見て、楽しそうに、おしゃべり。何か冗談でも言ったのでしょうか。時折、レミリアお嬢様の肩をぽんとたしなめるように軽く叩いています。そんなのは友人関係のお二人にはありふれた、何でもないやりとりなのでしょう。
それが私には、羨ましくて仕方がなかったのです。
パチュリーさまに、私のことを見てもらいたい願いは未だに健在です。そして一度あの舌の感触を知ってしまったならば。さらに欲は募り、私はパチュリーさまに触れたいのです。触れられたいのです。どっちでもいいんです。けれど、一使い魔である私からは気軽に手を伸ばすことはできません。何よりも自分で自分にストップをかけてしまうのです。
パチュリーさまへの想いは、紅茶よりも熱く紅く。ミルクを注いでふわり広がるあの優しい光景のように、私たちの関係もああなったならばいいのに。もしくは。紅茶に入れた角砂糖が崩れて溶けて跡形もなく消え去っていってしまうように、私の想いもなくなってしまえばいいのに。ミルクと角砂糖、ティースプーンで静かにくるくる掻き回して、私の心はぐるぐるに掻き回されて。あ、本当は入れる順番は角砂糖が先なんですけどね。パチュリーさま。私はあなたのことが好きなんです。大好きなんです。愛しているんです。
「ふむ。そろそろお暇しようかな」
「もう少しいればいいのに」
「だってあの子が待ってるじゃないか、ほら、あいつ」
「……うぇ?」
「小悪魔、私がひとと話している時は急用以外は話しかけてはいけないと言ってあるでしょう」
「……すみません」
向きの関係でかレミリアお嬢様に先に気付かれてしまいました。そしてまたドジをしでかしてしまって私のハートはぼろぼろです。
「手厳しい主人だねぇ」
「しつけはこういうものでしょう」
「いえ、パチュリーさまはとても良いご主人さまですよ」
「いやそういうことじゃなくって」
「レミィ、まだカップに紅茶残ってるじゃない」
「あーーならこうしよう」
ぐいと飲み干してソーサーが割れるんじゃないかというくらいの勢いで置いたのでびっくりしてしまいました。紅茶という飲み物に、ましてや貴族にあるまじき飲みかただったからです。
「小悪魔?」
「………」
きっと急用があったんだろう?とウインクと共に去って行かれてされて内心穏やかじゃいられませんでした。だって、パチュリーさま本人から引き止められるほど一緒にいられるあなたと私は違うのですから。
「……こあ、」
「……はい」
「あなた最近疲れてるんじゃない?」
「え?」
「休んでてもいいのよ?」
「ど、どうしてですか、私そんなに使えない子ですか!?」
さあっと血の気が引く音が聞こえたのではないかと錯覚してしまうほどにパチュリーさまの一言は私には深刻で。まさか、そんな。すっとパチュリーさまの手が伸びてきて私の肩に触れそうになりました。きっとこのままご苦労様の一言と共に肩を叩かれて終わってしまうのでしょう。
「あとがついてる」
「あと?」
予想外の展開です。肩じゃなくってほっぺたを触られてしまいました。はて、何のことでしょうか。
「皺がついてるわ」
「あああああ、す、すみません、ごめんなさいっ!!」
先ほど居眠りをしてしまった時、丸テーブルに腕枕で眠っていたためブラウスの寄った皺がそのままほっぺについてしまったのでしょう。私のばか。あんぽんたん。
「別に謝らなくってもいいのに。あなたは普段、十分すぎるくらいに働いてくれているわ。ありがとう。ちょうど休みが少ないんじゃないかって思ってレミィに相談していたところだったの」
「そんな……私は十分すぎる待遇で、休みは今のままで何一つ問題はないですし、ありがたいことに自分に向いてる仕事だと思うのでとても楽しいです。だいいち、」
「感謝してるっていうのを何かしらの形で表したいたいのよ。何か希望はないかしら?」
「第一!私は少しでも長くパチュリーさまと一緒にいたいんです!!」
パチュリーさまの藤色の瞳が人を食ったように歪められてからようやく、自分が言ってしまったことを理解しました。だって、まるで、これじゃあ告白しているみたいじゃないですか。
「それがあなたの願いね。それじゃあ……」
後悔先に立たず、です。本に書いてあることを知っているだけではなく、実生活に活かすことができなければ意味がないのに。
「今から私と一緒にお茶にしましょうか」
「えっ?」
「紅茶を淹れてちょうだい。さっきレミィが戯れに淹れたものは何だか味がしっくりこなくってね。薄いというか何というか……」
「か、かしこまりました!」
それは私がいつも濃いめに淹れているから感じる違和感でしょう。
「とびきり、おいしいのを頼むわね」
「パチュリーさま、あの、お言葉ですが」
「なに?言ってごらんなさい」
「私はいつだってとびきり、おいしい紅茶を淹れているつもりです。他でもないパチュリーさまのために」
この際だから本当のことを言ってしまっても良いでしょう。私は常にパチュリーさまのことを考えているんですよ?夜も眠れなくなってしまうほどに。
「あなたのそういうところ、好きよ」
「!?」
「クラシックブレンドのミルクティーが飲みたいわ」
「わた、しも……私もパチュリーさまのこと、好きです。用意してきますので少々お待ち下さい、それではっ」
真っ逆さまに急降下して1階にある小さなキッチンへと駆け込みます。どうしましょう。衝動とはいえ、ついに、ついに言ってしまいました。もしかしたらレミリアお嬢様にはこの運命が見えていたのでしょうか。準備をしながら手はぶるぶる震え、薬缶が沸騰する頃には私の頭の中も沸騰しきっていました。大変です。どうしましょう。茶こしの中、湯を注いで飛び跳ねる茶葉以上に飛び跳ねている心臓が痛いです。良い香りに包まれて、いつものようにおいしいと言ってくれるかなとパチュリーさまのことを思い浮かべた時点でもうダメでした。今からどんな顔して会えばいいのか分かりません。
紅茶よりも熱く紅く。
「私の恋心は一体どんな味になるんでしょうね」
GJです!!