「知識狂」を御存じだろうか。
有名なアリス・マーガトロイド卿の著作『七曜の魔女』(Witch of a week)の日本語版の初版に記された誤字である。正しくは知識卿、すなわちパチュリー・ノーレッジ辺境伯のことを指す。原作者のマーガトロイド卿はこの誤字について「なるほど、確かに彼女は知識卿というよりは知識狂だ」と日本語訳を担当した森近氏に宛てた手紙の中で語っているが、確かにこれはノーレッジ辺境伯の一面を表しているだろう。
ノーレッジ辺境伯と言うと、よく大人しい読書家という人物像で描かれるが、実際にはそんなに生易しいものではなかった。彼女はこの世のありとあらゆる知識を貪欲に求め、蔵書一冊を得るために火の中水の中へと飛び込むような人物であった。また書物もただ一人で静かに読むのではなく、1p1pごとにこの一節がどうとかここの表現がおかしいだとかを周りのものにわざと聞こえるように言って(主に私を)討論に付き合わせた。何よりも彼女は、そもそも短命を運命づけられていたにもかかわらず、この世の全ての知識を手に入れるまでは死ねないとして様々な延命措置を試み、ついには大統一魔法理論を完成させて666歳で大往生したのだ。
本書ではそんな彼女の「知識狂」としての一面を含む様々な姿を、幼少のころから晩年までを供に過ごした私の手記を元にしてひも解くことを目的とする。なので、彼女の陰陽五行七曜の魔法やその延長線上にある大統一魔法理論についての解説を行うことはない。それに関してはノーレッジ辺境伯の著書である『東洋魔術』(Oriental magic)やマーガトロイド卿らが出している解説書を参照されたし。もっとも多少は彼女の研究に関しても触れるが、本書は彼女の研究を扱うのではなく、あくまで彼女を研究するためのものだ。そのことをこれから読む諸君らの念頭に置いてもらいたい。
ところで、純血の魔法使いは一般的に三年以上生きられないと言われている。魔法使い同士が交わって生まれた子供は大抵生まれ持った強大な魔力に幼い肉体が耐えられず潰されてしまうからだ。今日伝わる魔法使いの一族はほぼ混血で構成されている。それでも魔法使い達は強力な後継者を生みだそうと日夜サバトを開き、悲劇を積み重ねてきた。パチュリー・ノーレッジ辺境伯、本名リリス・クロウリーもそうして生まれた一人である。
ところが彼女は他の純血と同じ運命を辿らなかった、いやその運命を全力で乗り越えようとしたのだろう。二歳と十カ月の幼児でありながら悪魔召喚の儀式に挑み――私を呼び出した。そして自身の膨大な魔力を供給する代わりに魔力を吸い尽すまで生かしてくれという契約を持ちかけた。私は当然取引に応じた。美味い餌が安定して手に入るようになるのだから。十年ほどで彼女の魔力を吸い尽すつもりだったが、それでも十分すぎる時間を与えてしまったことが私の最大の誤算であったと言えよう。彼女が最初に研究した魔法は悪魔を弱体化させる方法であった。私はまんまと彼女に嵌められ、それまでの一割ほどしか魔力を吸えなくなってしまい、大悪魔としての威厳を奪われ、数百年彼女に付き添うしかなくなってしまう。こうして私を利用しまんまと延命に成功したのである。もっとも幼児期に受けたダメージは深く、魔法使いとしては致命的な喘息に悩まされたのは、マーガトロイド卿の著作で描かれている通りである。
それから捨虫の魔法を会得して正式な魔女となった若きノーレッジ辺境伯は賢者の石(これも自らの延命のための)の精製のために錬丹術の本場中国へと向かったのであった。上海フランス租界で滞在中彼女は東洋式の魔術を学び、かの有名な陰陽五行七曜の魔法体系を作り上げている。
生涯彼女のパトロンとなるレミリア公と出会ったのもその頃だ。始めレミリア公は彼女が吸血鬼の生命力を研究するために捕まえたサンプルであったことはほとんど知られていないだろう。本書では今日神聖視されるノーレッジ辺境伯の負の部分にも触れるつもりだが、それはさておき私を手懐けた彼女でさえ、レミリア公は手を余す存在だったようだ。運命を操られた結果なのかどうかはわからないが、いつの間にやら立場は逆転して公の食客の一人となった。もっともノーレッジ辺境伯にとってレミリア公の居城で暮らすことになったのはプラスに働いたと言えよう。専用の図書館(後に紅魔館初代メイド長、十六夜咲夜によって大改築される)を手に入れた彼女はそこに夥しい数の蔵書を貯め込むこととなる。
二十二世紀初頭、レミリア公らとともに晩年までの本拠地となる日本の秘境、幻想郷へと移住する。彼女の終生の友人でありライバルでもあったM・ミスティレイン氏やマーガトロイド卿と出会ったのもこの時期であり、特にミスティレイン氏が彼女に与えた影響は大きく、大統一魔法理論に取りかかるきっかけとなったようだ。ミスティレイン氏との蔵書をめぐるトラブルについても本書では仔細記述する。また、「七曜七色論争」などの激しい論争の相手として有名なマーガトロイド卿との関係も、世間で言われているような不仲ではなかったことを二人の交流のエピソードを取り上げて示したい。
それから魔界で魔法を学んだマーガトロイド卿や聖尼公との縁が元で一時幻想郷を離れ魔界地方都市エソテリアに滞在することになるが、その間彼女は活発に活動し、『東洋魔術』(Oriental magic)を書きあげている。魔界にはその後も何度か研究のために訪れており、ノーレッジ辺境伯自身も旅行記を書き残しているため、そちらを資料として用いつつ変わったエピソードを紹介したい。
幻想郷や魔界といった魔法使いにとっては最良の環境に身を置くことでノーレッジ辺境伯は400年ほどは健康的とは言えないが普通に生活することが出来た。しかし、彼女が600歳を迎える頃には衰弱し始め、立って歩くこともままならなくなった。大統一魔法理論を完成させた当時はもう寝たきり状態であった。とはいえその思考は最後まで衰えず、自身の生涯をかけた研究に一区切りがついた途端、魔法と相反する科学技術へと関心を寄せたり、博麗大結界改修案を提出したりと、むしろ活動の幅を広げていた。大統一魔法理論に関する論文『the World of Mazic』発表後の彼女の余生についてはほとんど語られてこなかった。しかし、私はこの晩年近くの時期こそパチュリー・ノーレッジという一妖怪の本質が現れていると考えている。
最後に一つ言っておくことがある。私はこのまえがきで一か所だけ嘘の内容を書いた。というのも、私は書物のまえがきや序文、あらすじだけ読んでわかった気になって語る輩の多さに辟易しているからだ。特に本書のような巻数の多いものほど(これでも苦心して上中下巻2000p弱におさめたのだが)そういう輩を生みだしてしまいがちだ。本当であればこんなまえがきも記したくはなかったが、それでは体裁が取れないということで一つ仕掛けを考えてみたのである。偽りの記述があると知った諸君らのうち真相を知りたいと思うものは嫌々ながらも本書を読み進めていくだろう。そしてそこに辿り着いた時には、きっと続きが読みたくて仕方ない状態になっていることは間違いない。別に自分の文章について自画自賛するつもりはないが、ただそれほどまでにノーレッジ辺境伯の物語は魅力的であるということは保障する。「知識狂」は感染症だ。きっと諸君らは彼女について知ることを欲するだろう。この私のように。
有名なアリス・マーガトロイド卿の著作『七曜の魔女』(Witch of a week)の日本語版の初版に記された誤字である。正しくは知識卿、すなわちパチュリー・ノーレッジ辺境伯のことを指す。原作者のマーガトロイド卿はこの誤字について「なるほど、確かに彼女は知識卿というよりは知識狂だ」と日本語訳を担当した森近氏に宛てた手紙の中で語っているが、確かにこれはノーレッジ辺境伯の一面を表しているだろう。
ノーレッジ辺境伯と言うと、よく大人しい読書家という人物像で描かれるが、実際にはそんなに生易しいものではなかった。彼女はこの世のありとあらゆる知識を貪欲に求め、蔵書一冊を得るために火の中水の中へと飛び込むような人物であった。また書物もただ一人で静かに読むのではなく、1p1pごとにこの一節がどうとかここの表現がおかしいだとかを周りのものにわざと聞こえるように言って(主に私を)討論に付き合わせた。何よりも彼女は、そもそも短命を運命づけられていたにもかかわらず、この世の全ての知識を手に入れるまでは死ねないとして様々な延命措置を試み、ついには大統一魔法理論を完成させて666歳で大往生したのだ。
本書ではそんな彼女の「知識狂」としての一面を含む様々な姿を、幼少のころから晩年までを供に過ごした私の手記を元にしてひも解くことを目的とする。なので、彼女の陰陽五行七曜の魔法やその延長線上にある大統一魔法理論についての解説を行うことはない。それに関してはノーレッジ辺境伯の著書である『東洋魔術』(Oriental magic)やマーガトロイド卿らが出している解説書を参照されたし。もっとも多少は彼女の研究に関しても触れるが、本書は彼女の研究を扱うのではなく、あくまで彼女を研究するためのものだ。そのことをこれから読む諸君らの念頭に置いてもらいたい。
ところで、純血の魔法使いは一般的に三年以上生きられないと言われている。魔法使い同士が交わって生まれた子供は大抵生まれ持った強大な魔力に幼い肉体が耐えられず潰されてしまうからだ。今日伝わる魔法使いの一族はほぼ混血で構成されている。それでも魔法使い達は強力な後継者を生みだそうと日夜サバトを開き、悲劇を積み重ねてきた。パチュリー・ノーレッジ辺境伯、本名リリス・クロウリーもそうして生まれた一人である。
ところが彼女は他の純血と同じ運命を辿らなかった、いやその運命を全力で乗り越えようとしたのだろう。二歳と十カ月の幼児でありながら悪魔召喚の儀式に挑み――私を呼び出した。そして自身の膨大な魔力を供給する代わりに魔力を吸い尽すまで生かしてくれという契約を持ちかけた。私は当然取引に応じた。美味い餌が安定して手に入るようになるのだから。十年ほどで彼女の魔力を吸い尽すつもりだったが、それでも十分すぎる時間を与えてしまったことが私の最大の誤算であったと言えよう。彼女が最初に研究した魔法は悪魔を弱体化させる方法であった。私はまんまと彼女に嵌められ、それまでの一割ほどしか魔力を吸えなくなってしまい、大悪魔としての威厳を奪われ、数百年彼女に付き添うしかなくなってしまう。こうして私を利用しまんまと延命に成功したのである。もっとも幼児期に受けたダメージは深く、魔法使いとしては致命的な喘息に悩まされたのは、マーガトロイド卿の著作で描かれている通りである。
それから捨虫の魔法を会得して正式な魔女となった若きノーレッジ辺境伯は賢者の石(これも自らの延命のための)の精製のために錬丹術の本場中国へと向かったのであった。上海フランス租界で滞在中彼女は東洋式の魔術を学び、かの有名な陰陽五行七曜の魔法体系を作り上げている。
生涯彼女のパトロンとなるレミリア公と出会ったのもその頃だ。始めレミリア公は彼女が吸血鬼の生命力を研究するために捕まえたサンプルであったことはほとんど知られていないだろう。本書では今日神聖視されるノーレッジ辺境伯の負の部分にも触れるつもりだが、それはさておき私を手懐けた彼女でさえ、レミリア公は手を余す存在だったようだ。運命を操られた結果なのかどうかはわからないが、いつの間にやら立場は逆転して公の食客の一人となった。もっともノーレッジ辺境伯にとってレミリア公の居城で暮らすことになったのはプラスに働いたと言えよう。専用の図書館(後に紅魔館初代メイド長、十六夜咲夜によって大改築される)を手に入れた彼女はそこに夥しい数の蔵書を貯め込むこととなる。
二十二世紀初頭、レミリア公らとともに晩年までの本拠地となる日本の秘境、幻想郷へと移住する。彼女の終生の友人でありライバルでもあったM・ミスティレイン氏やマーガトロイド卿と出会ったのもこの時期であり、特にミスティレイン氏が彼女に与えた影響は大きく、大統一魔法理論に取りかかるきっかけとなったようだ。ミスティレイン氏との蔵書をめぐるトラブルについても本書では仔細記述する。また、「七曜七色論争」などの激しい論争の相手として有名なマーガトロイド卿との関係も、世間で言われているような不仲ではなかったことを二人の交流のエピソードを取り上げて示したい。
それから魔界で魔法を学んだマーガトロイド卿や聖尼公との縁が元で一時幻想郷を離れ魔界地方都市エソテリアに滞在することになるが、その間彼女は活発に活動し、『東洋魔術』(Oriental magic)を書きあげている。魔界にはその後も何度か研究のために訪れており、ノーレッジ辺境伯自身も旅行記を書き残しているため、そちらを資料として用いつつ変わったエピソードを紹介したい。
幻想郷や魔界といった魔法使いにとっては最良の環境に身を置くことでノーレッジ辺境伯は400年ほどは健康的とは言えないが普通に生活することが出来た。しかし、彼女が600歳を迎える頃には衰弱し始め、立って歩くこともままならなくなった。大統一魔法理論を完成させた当時はもう寝たきり状態であった。とはいえその思考は最後まで衰えず、自身の生涯をかけた研究に一区切りがついた途端、魔法と相反する科学技術へと関心を寄せたり、博麗大結界改修案を提出したりと、むしろ活動の幅を広げていた。大統一魔法理論に関する論文『the World of Mazic』発表後の彼女の余生についてはほとんど語られてこなかった。しかし、私はこの晩年近くの時期こそパチュリー・ノーレッジという一妖怪の本質が現れていると考えている。
最後に一つ言っておくことがある。私はこのまえがきで一か所だけ嘘の内容を書いた。というのも、私は書物のまえがきや序文、あらすじだけ読んでわかった気になって語る輩の多さに辟易しているからだ。特に本書のような巻数の多いものほど(これでも苦心して上中下巻2000p弱におさめたのだが)そういう輩を生みだしてしまいがちだ。本当であればこんなまえがきも記したくはなかったが、それでは体裁が取れないということで一つ仕掛けを考えてみたのである。偽りの記述があると知った諸君らのうち真相を知りたいと思うものは嫌々ながらも本書を読み進めていくだろう。そしてそこに辿り着いた時には、きっと続きが読みたくて仕方ない状態になっていることは間違いない。別に自分の文章について自画自賛するつもりはないが、ただそれほどまでにノーレッジ辺境伯の物語は魅力的であるということは保障する。「知識狂」は感染症だ。きっと諸君らは彼女について知ることを欲するだろう。この私のように。
お見事。
アース君の事はもうそっとしておいてあげようよ……
アースという方のことはご存じありませんでした。自分の無知につき何か不快な思いをされたのであればすみません
でも面白かった!
読み終わるといろいろ妄想し始めてしまって、先が気になる。
文体が、本物の伝記や解説書と同じような文体だったのが良かったです。(あと説明の順序とかも。)
独自設定をひたすら説明しているだけなのに、「俺設定乙www」と感じないのは、これのおかげだと思います。
違和感を感じず、読み進めることができました。
最後の「一つだけ間違い」というオチも良かった。冒頭「だけ」のSSですが、これだけで十分に完成されてるSSだと思いましたよ。