ランチを食べ、訪れる眠気との葛藤を繰り広げる。
興味の尽きない一冊の本に没頭し、気づけば眠い。
羅列される文字を読み、眠気を忘れる。
でも気づけば眠い。
心地よい昼下がりの怠惰を楽しむ。
誰ともかかわらず、一人本を読みふける。楽しくも詰まらない日常。
「【強さ】とは何ですか?」
そんな日常を破壊する、自分に似つかわしくない質問。
事は一刻前。
と言っても事情は分からない。
友人の従者が長い長い冬を終わらせ、春が訪れて数日後。
原因の一端と思わしきその来客は神妙な顔で館を訪れた。
曰く、『この幻想郷で知りたい情報はここにある』との事。
誰から聞いたのかは知らないが、随分と買いかぶられたものだ。
「……は?」
大図書館の一角、無造作に置かれた本の中。
邪魔だとばかりに除けられた本の中心にあるテーブルを叩きつける珍しい来客。
大図書館の主、パチュリー・ノーレッジは読んでいる本から目線を動かすこともなく聞き返した。
昼下がりの眠さと葛藤しつつ、興味の尽きない一冊の本を読んでいる最中なのだ。
「ですから…【強さ】とは何ですか?」
珍しい来客はテーブルを割らんばかりの勢いで手のひらを叩きつける。
怒り心頭…とはちょっと違うのか。
「…知らないわ。」
簡素な反応。
来客はその反応を『無関心』や『放置』と取ったのだろう。顔をしかめた。
「ふむ…」
パタンと本を閉じ、筋違いな怒りをあらわにする来客に目を合わせる。
「どうしてそんな質問をしに来たのか、しかも私に。興味は尽きないけど…一旦そこは置いておきましょう。」
一呼吸。
焦らすつもりはないが、考えをまとめる時間と言うのは必要だ。
「【強さ】が一体何に対してか、それが分からなければ答えられない。……というのは意地悪かしら?」
返答はない。代わりに『む…』と溜息が物語る。
「意地悪なようね。なら、その大層な得物を使うことを前提にしましょう。」
『気の持ちよう』
『敗けたと思わない事』
『勝ち続ける事』
『心が弱くない事』
『気高くある事』
「……いっぱいあるでしょう? といっても、全部ここの本を読み漁れば出てくる言葉だけど。」
「そんなもの、ただの根性論です…。」
「まったくその通りね。」
納得いかない。焦らすな。そう顔が言っている。
焦らす気はないというのに…。
何を期待しているのか、とにかく答えを急かさんとばかりに不服を顔に出す。
「何が言いたいのか。有体に言えば『私に聞かず自分で見つけろ』ってところかしら。」
「…それが見つからないから…困ってるんです…。」
ですよねー。とどこからか聞こえてくる気がした。
来客は落ち着かないらしい、貧乏ゆすりを始める。
まったく、あの姫君は『我慢』を覚えさせてはないようだ。
「…なら、ズバリ言ってあげる。」
『貴女、まだ敗けきってないわ?』
「……は?」
いつか自分がしたのと同じ反応を見せてくれる。
「貴女、ハッキリと勝負に負けたのでしょう? 悔しいのでしょう? だからわざわざこんなところまで来たのでしょう?」
無言は肯定。
意味が分からないから、というのもあるだろうが、来客の反応は薄い。
肯定だとみて勝手に話を進める。
「誰にどう負けたのかは聞かないわ。ただ、貴女はまだ敗けきってないでしょう?」
「…言っている意味が…よく…」
頭にハテナマークが浮かぶのが良く見える。
うむ、遠回りだったかもしれない。
『だったら』と言い添え、目を見て一言…
『貴女は勝ちたいと思っている。何度倒れても、組みふされても、それで涙を流しても、貴女はまだ勝てると思っている。ハッキリ負けたと思って尚、それを覆せると思っている。』
「……そうでしょう?」
コクリ、と来客は首を縦に振る。
「それがもう答えよ。勝てるまで勝ちに行く。諦めず、何度でも勝ちに行く。何度もやる内に勝ち筋も見えるでしょう、その為に日々鍛錬してるはずよ。」
少々矢継早に言う。
正直…疲れる。
次から体力を少しだけでも付けておこう。
『…ほら、貴女は勝てるわ。今だけ敗けた、でも次からは勝つ。単純だけど、それが私の考える【強さ】よ。』
「ほぉ……」
ふむふむ、などと鼻を鳴らしながら頷く。
「………なるほど、これでいいのね」
…あ、しまった。小声だけど何か口から出てしまった。
ちらっと来客を見たが、どうやら耳には入っていないようだ。
来客はしばらく物思いにふけっているようだったが、不意に立ち上がる。
ガッツポーズ…というか…サムズアップ?
何か気合のこもった挙動をしながら…
「わかりました! 【弱さ】とか【強さ】とか考えちゃだめなんですね!」
どうやら結論に至ったらしい。
「…そうね、付け加えるなら、『敗けたと思ったら敗け』よ。」
「言うに然りですね!目から鱗です!ありがとうございました!」
肩の荷がなんとやら、というべきか。
それとも気が晴れたというべきか。
とにかく納得したらしい。
来客は勢いをそのままに走り去る。
二人分の紅茶を運んで来た小悪魔に「ひゃあ!」などと言わせ、疾風の如き来客は図書館から出て行ってしまった。
「なんですか今の…って、あ、もうあの人帰っちゃったんですか?」
「そのようね……。ところで小悪魔、紅茶を入れるのにどれだけ時間がかかってたの?」
「すいません…美鈴様が業務中に寝ていたらしく、咲夜様がペナルティと称して…」
「あぁ…なるほど、厨房の手伝いでもやらせて、美鈴がミスをして…っていう負の連鎖でしょう?」
小悪魔が「おぉ…!」とか「すごい!」って言いながら紅茶をテーブルに置く。
二人分は必要なくなったので、片方はせっかくだが捨てるつもりらしい。
片方の紅茶をトレイに乗せたまま立ち去ろうとしたので…
「いいわ小悪魔、せっかくなのにもったいないでしょう? たまにはお茶に付き合っていきなさい。」
「よろしいんですか?」
「えぇいいわ、小休止くらい勤労の維持に必要なことよ。」
「わかりましたー。それじゃあお供しますー!」
嬉々とした小悪魔を横目に、読んでいた本をまた開く。
予習と実戦は終わった、あとは復習をしよう。
眠気と葛藤しつつ、興味を満たす。
この日常を再び満喫しよう。
「ただいま戻りました!」
ホップステップジャンプと呼ぶにふさわしい足運びで障子を開け放つ。
「あらお帰り妖夢……随分機嫌が良さそうね?」
「はい幽々子様! せっかくなので今日の晩御飯はより一層腕を振るいますね!」
機嫌がいいを通り越して有頂天といったところか。
相変わらず我が庭師は気分屋な面が抜けないらしい。
「あらあら、それは僥倖。春雪異変からこっち、随分と思い詰めていたから暇を与えて正解だったわね。」
義理堅く、誠意の深い可愛い庭師の気分転換。
博麗の巫女と白黒の魔女に敗走したことに思い悩んでいる事を心苦しく思ったが、どうやら自分なりの決心がついたようだ。
「はい、ご心配をおかけしました!」
元気な返事。いつもと変わらない可愛い庭師の様子。
微笑ましい少女の笑顔。
願わくば、この笑顔は永劫絶えてほしくない。
「……なんて、一番思い悩んでいるのは私かしら?」
いらぬ心配だったかもしれない。
しかし、今はそれも良い。
不要な心配もまた幸福になりえるなら、それもまた不要だとは言えないかもしれない。
とにかく、可愛い庭師はいつもの調子に戻ったのだ。
この日常を再び満喫しよう。
「……ところでパチュリー様、今はどんな本を読んでるんですか?」
紅茶も飲みほし、息をつき落ち着いた。
そんな時に小悪魔が聞く。
目線は動かさない。
タイトルだけ言ってやれば納得するだろう。
「『今日から始める人生相談-入門編-』よ。」
「へー…また難しそうな本を読んでますねー…」
そう、難しい。
だからこうして実戦と復習をしているのだ。
…そうだ、次は美鈴の居眠りに悩む咲夜の相談に乗ってみよう。
――――終幕
興味の尽きない一冊の本に没頭し、気づけば眠い。
羅列される文字を読み、眠気を忘れる。
でも気づけば眠い。
心地よい昼下がりの怠惰を楽しむ。
誰ともかかわらず、一人本を読みふける。楽しくも詰まらない日常。
「【強さ】とは何ですか?」
そんな日常を破壊する、自分に似つかわしくない質問。
事は一刻前。
と言っても事情は分からない。
友人の従者が長い長い冬を終わらせ、春が訪れて数日後。
原因の一端と思わしきその来客は神妙な顔で館を訪れた。
曰く、『この幻想郷で知りたい情報はここにある』との事。
誰から聞いたのかは知らないが、随分と買いかぶられたものだ。
「……は?」
大図書館の一角、無造作に置かれた本の中。
邪魔だとばかりに除けられた本の中心にあるテーブルを叩きつける珍しい来客。
大図書館の主、パチュリー・ノーレッジは読んでいる本から目線を動かすこともなく聞き返した。
昼下がりの眠さと葛藤しつつ、興味の尽きない一冊の本を読んでいる最中なのだ。
「ですから…【強さ】とは何ですか?」
珍しい来客はテーブルを割らんばかりの勢いで手のひらを叩きつける。
怒り心頭…とはちょっと違うのか。
「…知らないわ。」
簡素な反応。
来客はその反応を『無関心』や『放置』と取ったのだろう。顔をしかめた。
「ふむ…」
パタンと本を閉じ、筋違いな怒りをあらわにする来客に目を合わせる。
「どうしてそんな質問をしに来たのか、しかも私に。興味は尽きないけど…一旦そこは置いておきましょう。」
一呼吸。
焦らすつもりはないが、考えをまとめる時間と言うのは必要だ。
「【強さ】が一体何に対してか、それが分からなければ答えられない。……というのは意地悪かしら?」
返答はない。代わりに『む…』と溜息が物語る。
「意地悪なようね。なら、その大層な得物を使うことを前提にしましょう。」
『気の持ちよう』
『敗けたと思わない事』
『勝ち続ける事』
『心が弱くない事』
『気高くある事』
「……いっぱいあるでしょう? といっても、全部ここの本を読み漁れば出てくる言葉だけど。」
「そんなもの、ただの根性論です…。」
「まったくその通りね。」
納得いかない。焦らすな。そう顔が言っている。
焦らす気はないというのに…。
何を期待しているのか、とにかく答えを急かさんとばかりに不服を顔に出す。
「何が言いたいのか。有体に言えば『私に聞かず自分で見つけろ』ってところかしら。」
「…それが見つからないから…困ってるんです…。」
ですよねー。とどこからか聞こえてくる気がした。
来客は落ち着かないらしい、貧乏ゆすりを始める。
まったく、あの姫君は『我慢』を覚えさせてはないようだ。
「…なら、ズバリ言ってあげる。」
『貴女、まだ敗けきってないわ?』
「……は?」
いつか自分がしたのと同じ反応を見せてくれる。
「貴女、ハッキリと勝負に負けたのでしょう? 悔しいのでしょう? だからわざわざこんなところまで来たのでしょう?」
無言は肯定。
意味が分からないから、というのもあるだろうが、来客の反応は薄い。
肯定だとみて勝手に話を進める。
「誰にどう負けたのかは聞かないわ。ただ、貴女はまだ敗けきってないでしょう?」
「…言っている意味が…よく…」
頭にハテナマークが浮かぶのが良く見える。
うむ、遠回りだったかもしれない。
『だったら』と言い添え、目を見て一言…
『貴女は勝ちたいと思っている。何度倒れても、組みふされても、それで涙を流しても、貴女はまだ勝てると思っている。ハッキリ負けたと思って尚、それを覆せると思っている。』
「……そうでしょう?」
コクリ、と来客は首を縦に振る。
「それがもう答えよ。勝てるまで勝ちに行く。諦めず、何度でも勝ちに行く。何度もやる内に勝ち筋も見えるでしょう、その為に日々鍛錬してるはずよ。」
少々矢継早に言う。
正直…疲れる。
次から体力を少しだけでも付けておこう。
『…ほら、貴女は勝てるわ。今だけ敗けた、でも次からは勝つ。単純だけど、それが私の考える【強さ】よ。』
「ほぉ……」
ふむふむ、などと鼻を鳴らしながら頷く。
「………なるほど、これでいいのね」
…あ、しまった。小声だけど何か口から出てしまった。
ちらっと来客を見たが、どうやら耳には入っていないようだ。
来客はしばらく物思いにふけっているようだったが、不意に立ち上がる。
ガッツポーズ…というか…サムズアップ?
何か気合のこもった挙動をしながら…
「わかりました! 【弱さ】とか【強さ】とか考えちゃだめなんですね!」
どうやら結論に至ったらしい。
「…そうね、付け加えるなら、『敗けたと思ったら敗け』よ。」
「言うに然りですね!目から鱗です!ありがとうございました!」
肩の荷がなんとやら、というべきか。
それとも気が晴れたというべきか。
とにかく納得したらしい。
来客は勢いをそのままに走り去る。
二人分の紅茶を運んで来た小悪魔に「ひゃあ!」などと言わせ、疾風の如き来客は図書館から出て行ってしまった。
「なんですか今の…って、あ、もうあの人帰っちゃったんですか?」
「そのようね……。ところで小悪魔、紅茶を入れるのにどれだけ時間がかかってたの?」
「すいません…美鈴様が業務中に寝ていたらしく、咲夜様がペナルティと称して…」
「あぁ…なるほど、厨房の手伝いでもやらせて、美鈴がミスをして…っていう負の連鎖でしょう?」
小悪魔が「おぉ…!」とか「すごい!」って言いながら紅茶をテーブルに置く。
二人分は必要なくなったので、片方はせっかくだが捨てるつもりらしい。
片方の紅茶をトレイに乗せたまま立ち去ろうとしたので…
「いいわ小悪魔、せっかくなのにもったいないでしょう? たまにはお茶に付き合っていきなさい。」
「よろしいんですか?」
「えぇいいわ、小休止くらい勤労の維持に必要なことよ。」
「わかりましたー。それじゃあお供しますー!」
嬉々とした小悪魔を横目に、読んでいた本をまた開く。
予習と実戦は終わった、あとは復習をしよう。
眠気と葛藤しつつ、興味を満たす。
この日常を再び満喫しよう。
「ただいま戻りました!」
ホップステップジャンプと呼ぶにふさわしい足運びで障子を開け放つ。
「あらお帰り妖夢……随分機嫌が良さそうね?」
「はい幽々子様! せっかくなので今日の晩御飯はより一層腕を振るいますね!」
機嫌がいいを通り越して有頂天といったところか。
相変わらず我が庭師は気分屋な面が抜けないらしい。
「あらあら、それは僥倖。春雪異変からこっち、随分と思い詰めていたから暇を与えて正解だったわね。」
義理堅く、誠意の深い可愛い庭師の気分転換。
博麗の巫女と白黒の魔女に敗走したことに思い悩んでいる事を心苦しく思ったが、どうやら自分なりの決心がついたようだ。
「はい、ご心配をおかけしました!」
元気な返事。いつもと変わらない可愛い庭師の様子。
微笑ましい少女の笑顔。
願わくば、この笑顔は永劫絶えてほしくない。
「……なんて、一番思い悩んでいるのは私かしら?」
いらぬ心配だったかもしれない。
しかし、今はそれも良い。
不要な心配もまた幸福になりえるなら、それもまた不要だとは言えないかもしれない。
とにかく、可愛い庭師はいつもの調子に戻ったのだ。
この日常を再び満喫しよう。
「……ところでパチュリー様、今はどんな本を読んでるんですか?」
紅茶も飲みほし、息をつき落ち着いた。
そんな時に小悪魔が聞く。
目線は動かさない。
タイトルだけ言ってやれば納得するだろう。
「『今日から始める人生相談-入門編-』よ。」
「へー…また難しそうな本を読んでますねー…」
そう、難しい。
だからこうして実戦と復習をしているのだ。
…そうだ、次は美鈴の居眠りに悩む咲夜の相談に乗ってみよう。
――――終幕
私も何度か似たような経験あるなぁ…