Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

水深3732mにて

2012/01/10 03:38:26
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 一輪、と名前を呼ばれた。
 いつもと変わらない声音のそれに少しだけ違和感を覚えて、何も答えずに右横へと跳ぶ。耳元で風を切る音がしたと思ったら、ドガン、と大きな音が背後で響いた。周りの気配に注意しながら振り向くと今まで私が居た場所に大きな錨が深々と突き刺さっていた。あのまま突っ立っていたらきっと私はぺしゃんこになっていただろう。
 私を呼んだ犯人――村紗の姿を視界の端に見据えながら深く、注意深く息を吸い込んだ。潮の香りにむせそうになる。

 「あー残念、外したか」
 「残念でした。それで用件は?」
 「特にはないよ」

 なんてことないように彼女は笑った。私はあまり笑えない。

 「中々死んでくれないよね。一輪」
 「そうそう死ぬつもりはないですから」
 「うーん、残念だなぁ」

 死んでくれれば一緒にいられるのに、と毎度の台詞をはいて村紗が錨を引っこ抜く。錨の爪に抉られて庭に小さな穴があいた。

 「というかさ、死んだって幽霊になれるかまでわかんないわよ? 成仏するつもりあるし」
 「そう簡単には成仏させませんって」

 そうはいうけどどうするんだろう? 村紗は魂を捕まえる事ができるんだろうか。

 「あー、ねぇ一輪、穴埋めるの手伝ってよ」
 「自分で掘ったんだから自分でやりなさいよ」
 「と、いいつつも手伝ってくれる一輪なのであった」

 悪びれもなく笑う村紗に見せつけるようにため息をついた。彼女はゲシゲシと地面を蹴っているけれど穴は少しも埋もりはしない。

 「……あ、そういえばサツマイモを貰ったんだっけ」

 もう少し穴を広げて焚火を造ればいい具合に作れるかもしれない。響子が溜めた落ち葉も処理しようと思っていたから丁度いい。

 「焼き芋?」
 「そうね、もう少し掘ってよ」
 「ん、いいけど、雲山に頼んだ方が早くない?」

 それもそうか、と雲山を呼んでみる。彼はすぐに私に応え、私たちの前に現れた。

 「村紗は響子に落ち葉持ってくるように言って」
 「あいあいさ」

 私を殺そうとした大きな錨を背負って、彼女は去っていく。

 「……」

 そんな村紗の背中を見つめている雲山に穴を広めるように頼んだ。彼は穴を見つめた後、何も言わずに私をじっと睨みつける。彼は私と村紗の関係を知っている。この穴がどうしてできたなんて、言わなくてもわかってしまったんだろう。

 「……仕方ないじゃない。大丈夫よ、殺されるつもりはないし」

 村紗は寂しがり屋なのだ。だからといってこのままでいいと思っているわけではないけれども。

 「……それに、あれでも手加減してるようなのよ?」

 手加減というよりは、躊躇だろうか。今までのやりとりで何度か本気で殺されると思った事はあったけれど、最後の最後でいつも彼女は失敗して、私は生き残るのだから。
 なにも言わずにただ咎めるような彼の視線に耐えきれずに、「サツマイモもってくるね」と言って台所へ逃げようとした。雲山は「勝手にしろ」と言わんばかりに、先ほど私が村紗にしたような、見え透いたため息をついて私の頭に軽い拳骨を落としてから、穴を広げにかかった。



 『好きです』

 そう言われた時、一瞬なにが起きたのかわからなかった。
 今までずっと一緒にいた親友。雲山とは違う相棒。大切な人。

 『一輪の事が、ずっと好きです』

 俯いて泣きそうな顔で、震えた声でそんなこと。

 『これからも、ずっと一緒にいたい、です』

 村紗はそう言って深く息をついて、真っ直ぐに私を見つめた。
 どう言葉を紡ごうか戸惑う。果たして一緒になっていいものか。戒律だとか今までの関係とか姐さんのこととかが思いだされてうまく物事を考えられない。
 緊張のせいでうまく呼吸ができていないような気がした。苦しくて切なくて泣きたくなる。寧ろ泣きたいのは村紗の方だと思うのに、彼女はじっと待っていて、私はその瞳に見つめられてぼんやりと彼女から逃れる事はできないんだな、なんて他人事のように思った。
 それでも、ずっと空いていた心の隙間に彼女の言葉がすっぽりと嵌め込まれて、それにひどく安心してしまったのも事実で、思えば答えはとっくの昔に決まっていたのだと思う。
 水に揺れながらも真っ直ぐな瞳に映った私は、まるで深い海に囚われているようだった。



 (私だって村紗の事好きだったし、それは今も変わらないし)

 焼き芋にするために準備したサツマイモを数本、適当なかごに詰めて台所を出た。途中で誰かいないものかと居間を覗いてみたけれど誰もいない。庭に出ると私を殺そうとしてできた穴はすでに拡張されていて、私の代わりにすでに火がつけられた落ち葉が詰められていた。村紗と響子が近くで談笑している。雲山はいなかった。

 「一輪」

 私に気付いた村紗がいつもと変わらない声音で私を呼ぶ。

 「雲山が里に出た聖たちを呼んでくるって」

 なるほど、だからいなかったのか。

 「そう。じゃあ、あとはぬえも呼んでやらないと。呼ばなかったら多分怒るだろうし」
 「あ、だったら私探してきます!」

 心当たりがあったのか、響子が寺の裏へと駆けていく。

 「響子! 多分マミゾウさんも一緒だろうからー!」

 村紗が駆けてゆく背中に叫んで、それに応えるように響子が大きい声で返事をした。その大きい声で呼び出せば早いのかもしれないけれど、近所迷惑だし巫女とかもきそうだしやっぱり探しに行ってもらった方がいいな、なんて思う。
 パチパチと燃える落ち葉の山を見ながらぼうっとする。同じように無言で火を見つめていた村紗がぽつり、と呟いた。

 「私はさ、海で死んだ訳だけど」
 「うん」
 「一輪はどう死にたい?」
 「べつに、普通に死ねればいいよ」

 少なくともそれは村紗の手によってじゃない。

 「でも一輪ってあの文屋にも“大空に咲く”って紹介されてた訳だし、それに雲居だし、うん。やっぱ空でこう、ね? となると落下……はなんか違うか、なんか……」

 おおよそ平和的ではない村紗の独り言の最中、落ち葉の山が少し崩れた。空へと昇っていく煙に視線を向ける。

 「……焼死?」
 「お断り」

 こいつ死ねばいいのに、と思う。でも彼女はすでに死んでいた。



 私は村紗水蜜に命を狙われている。
 ある時は首を絞められ、ある時はアンカーを振り下ろされ、ある時は鋭い刃に切りつけられて、など。それも限って二人きりの時に。だから多分姐さんたちは私たちのこの関係の事を知らないと思う。ナズーリンは知っているかもしれない。けど何も言われないから、何も言わない。
 村紗が私に対してこういう行いをするようになったのは、告白されて恋人というものになってから暫く後の事だった。

 『私、一輪とずっと一緒にいたい』

 二人きりの部屋で過ごしていた時に、そんな事を急に言われた。普段なら恥ずかしさもあって適当に返してしまうのだけど、その日はなにかが違った。

 『……村紗?』
 『一輪、好きだよ?』
 『私だって、そのムラ……水蜜の事好き、なんだから』
 『本当に?』

 なにか思う事でもあったのだろうか。それとも怖い夢でも見てしまったんだろうか。ひんやりとした冷たい体を抱きしめると、弱々しく縋るように抱き締めつけられた。

 『寂しい』
 『なんで』

 私がいるじゃない。

 『どうすればずっと、ずっと一緒にいられるんだろう』
 『……まぁ私はこの寺を出るつもりはないし、水蜜も出ないでしょ? そうそう離れる事は』
 『ずっと考えてるの』

 強く抱きしめられて、ぞくり、と得体のしれない寒気が背中に走った。このまま肺がつぶされてしま うのではないか、と。目の前にいるはずの彼女の声がなぜか遠くに聞こえた気がした。

 『一輪が好きすぎて』

 首筋がチリチリする。訳のわからない焦燥感に駆られて彼女から離れようとした。けれどその腕は私 を逃すなんてことはせず、逆に押し倒されてしまって身動きが取れない。彼女の腕を掴んで抵抗しようとしたら、するり、と逃げられて、冷たい手に頬を撫でられた。

 『いかないで』
 『っ――!?』

 目の前の恋人が、親友が、大切な人が、村紗が。

 『死んでくれるかな、一輪。そうすればずっとさ』

 一緒だよね、と幸せそうに囁いた。



 (あの時が一番危なかったな)

 首を絞められて、意識が飛んだ。首に手を添えられる、たったそれだけの単純な行為なのに、私は抗えなかった。
 次に目が覚めた時は泣いている村紗の腕の中で、彼女は朦朧としている私に対してごめんなさい、と何度も何度も謝ってきた。村紗の目から溢れた水が頬を叩いて、頬を流れた水は昔潜った海のようにしょっぱかった。
 初めて殺されそうになった時の事を思い出して、なんとなく首の周りをさする。あの後は首に跡が残ってしまって、皆の前で頭巾を脱ぐのも億劫だった。今まで彼女から貰ったものは大切にしてきたけれど、こんなモノは欲しくなかったなぁ、とへんてこな感想を持ったのを覚えている。そして首の跡を見たらしい村紗には泣かれて、謝られて、二人で一緒に落ち込んでいた。

 「首どうかしたの?」
 「どうもしない」

 貴女に首を絞められた事を思い出していました、なんて言えるわけない。
 あれ以来、村紗は甘えるように私を襲った。けれどそれは本気ではないと思う。本気なら毒を盛るとか寝込みを襲うとか、わざわざ声をかけずにアンカーを振り落とすとかするはずだ。だけど彼女はそれをしない。だから私は殺されない程度に彼女に付き合う事にした。
 そんな私たちの関係を知って、一度拳を固くした雲山にそう説得すると彼はひどく呆れていた。確かに彼が呆れるように、あんな事されて今も付き合っているだなんてお人よしというよりは馬鹿なのかもしれない。それでも嫌いになれないのは、あのひどく泣いた村紗を忘れられないからだ。

 「サツマイモそろそろ入れていいかな?」

 そうだね、と私が言うと村紗がしゃがみこんでごそごそと落ち葉、というよりは灰の中にサツマイモを突っ込み始める。軍手を持ってきてやればよかった。

 「熱いんだから気をつけなさいよ」
 「大丈夫だって」

 幽霊だから痛覚が鈍いんだ、と彼女は笑う。だからといってその手が傷ついて良いわけじゃないのに。
 灰の中の赤い火種がチラリと燃えて、やがて色を失って周りの色と同化していく。きっと彼女もそれに似たようなもので、一瞬だけ燃え上って勝手に消えていく。燃えてしまえばあとは普通。いつも通りの優しくて笑顔が可愛い村紗になる。そして勝手に謝ってくる。「ごめんね」と。
 沈んで浮かんで、面倒臭いといえば面倒臭い。けれど、そう、仕方ないことだと思う。

 (この子は寂しがり屋だから)

 海で死んで一人ぼっち。
 たくさんの人を海に引きずりこんでも一人ぼっち。
 姐さんに助けられて、海のない幻想郷にきてからも彼女は一人ぼっちだと思っているのかもしれない。私がいるのに。
 彼女が一人ではないと気付いてくれるのはいつなんだろう。

 (あの子の酸素になれるなら、死んでもいいけど)

 けれどそれはきっと無理に違いない。村紗は元から息をしていないのだから。
 どれだけ深く、一緒に海中に沈んでも、私は村紗に酸素を分けてあげる事ができなくて、それは意味のない行為でしかなくて。それなのに私には酸素が必要で、その酸素は海を浮上していく村紗の先にある。
 私は、死んだ村紗の酸素になれない。だからまだ私は死ねないし、死ぬつもりもない。死ぬなら村紗が成仏した後だ。だって私が先に死んでしまったらこの子は本当に一人ぼっちになってしまうかもしれない。それがなによりも嫌だった。

 「一輪? なんか眉間にしわ寄ってるけどどうかした?」
 「今後について。晩御飯どうしようかなって」

 手についた灰をはたく村紗を横目で見ながら今日の献立を考える。サツマイモ食べるからそんな量作らなくていいかな。

 「あーそうだねー……あ、聖達きたかな」

 村紗が見つめる先に視線を移せば空に雲山が浮かんでいた。その下に姐さんたちがいるんだろう。
 よっこらせ、と村紗が立ちあがって私と並ぶ。その横顔はいつもの、私を大事にしてくれる村紗だった。
 静かにゆっくりと、深く息を外へ吐き出した。そうやって浮上していく彼女のもとへ私もあがっていく。普段と同じ、私たちの日常まで、空気が身体に纏わりつく世界へと。

 「一輪」
 「うん?」

 いつもと変わらない声。姐さん達が居る方向を見つめながら、冷たい手が私の手を強く握って、離さない。

 「……ごめんね」
 「……」

 震えた声で、初めて私を好きだといってくれた時のように。
 ずるいなぁと、そう思う。それでも私はこの子から離れる事ができなくて、肺は絶えずに潮の香りを求めていて、

 「水蜜」

 好きよ、と潮の香りに酔いしれながら囁いてやった。
 彼女の瞳が私を捉える。揺れる水面の下で、私はきっと溺れている。
引きずり込まれるくらいならいっそ自分から。

ここまでの読了感謝です。またムラいち。だけどたまにはこんなムラいちも。一方通行な思いばかりが募る。
どこかおかしい所や誤字脱字などご指摘いただけると幸いです。
それでは、これにて。
まろ茶
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ちょっと暗さがあるよね、この組み合わせは
でもそれが良い
2.奇声を発する程度の能力削除
ちょいヤンデレ気味な船長が良かったです
3.名前が無い程度の能力削除
これは良いダークなムラいち
4.名前が無い程度の能力削除
タイトルは6732のほうがいいような気がしないでもない
5.名前が無い程度の能力削除
これはいい
6.名前が無い程度の能力削除
こういうムラいちもっと増えていい
むしろムラいちがもっと増えていい
7.名前が無い程度の能力削除
ヤンデレだぁあい!いいねb!
8.名前が無い程度の能力削除
うは。予想外すぎる。今後を考えるとゾクゾクしますね。
9.名前が無い程度の能力削除
3732ってそういうことか!
10.名前が無い程度の能力削除
人を襲う設定や過去を持つ妖怪は、心情を掘り下げると面白いね。
アイデンティティの点では、村紗が人を襲うのは小傘が人を脅かすのと同じことだしね。
それにしても、ムラいち大好きじゃー!!
11.名前が無い程度の能力削除
タイトルの意味把握した……いいセンスだ
二人とも互いに想い合ってるのに正確にそれが伝わらないのがもどかしい、ってか主に一輪の気持ちがムラサに伝わらないのがね
何気に雲山と一輪にしっかりした信頼関係があるのが嬉しかった!ムライチ作品ではおまけ扱いだったりするのが常だもんなあ
このムラサは原作のtextのようにしっかり幽霊してていいと思った