幻想郷で里と言えば人里を指す。更に里内で道具店を言えば、霧雨道具店を指す。
「お茶で良いですね、霖之助君」
「すいません、気を遣わせて」
店主霧雨の性格は温和で人当たりは良い。しかしその薫陶を受けた弟子の森近霖之助は師匠の良い所を受け継いだとは思えなかったが、霧雨はそんな弟子がどうも好きで堪らなかった。
「しかし、君の噂はどうも良くありませんねぇ」
「まぁ里に居た頃も良い噂なんて聞いたことありませんけどね」
「そうじゃありません、君の店が振るわない事です」
香霖堂は外の道具を扱うことから新しいものや珍しいものが大好きな幻想郷の人妖が来るだろう、そう見当を立てていた霧雨はその数年後に発刊された幻想郷縁起の霖之助の項を読んで落胆した。余りに事実とかけ離れた彼の説明に。
「君が里の住人に仕事以外で関わりたく無かった事や避けていた事は僕も知っています。でも君は、仕事の時は愛想よくにこにこ笑っていたじゃないですか」
「人の目が無いと、素が出てしまいますからねぇ」
「そうでしょうなぁ。で、今は心置きなく魔法の森で引きこもりを続けているわけですか」
「これでも最近は活動的なってるんです。その証拠にこうやって月に二度三度通う様になったじゃないですか」
「以前は月に一度でしたね」
「はい」
漸く霖之助が茶を一口含んだ時、表から子供の黄色い声が聞こえて来た。少し目をやると店の表口からカーキ色の雑嚢を袈裟がけにした子供たちが寺子屋の方へ駆けて行った。
その様子を見て微笑んでいた霖之助を見て、霧雨は何か良い事があったんですか、と問う。
「いえ、昔は勉強なんて一握りの金持ちか里のお偉いさん達の肝煎りででしか出来なかったのに、今では百姓の子供もああいう風に通えているのは素晴らしい事だと」
「勉学は未来を作ります。慧音先生には感謝してもしきれませんよ」
霧雨の一言に霖之助は思わず無邪気な笑いを零した。
「どうしました」
「いえ」
そう言って霖之助は更に湯呑を傾けて、表を見やった。遠い昔に慧音から言われた約束を思い出しながら。
里の人間だけでは無い。霖之助自身も慧音から返しきれないほどの恩を受けていた。
「里は変わっています。それも良い変わり方です」
一旦言葉を切って、霧雨は瞬きを忘れたかのように霖之助を見据える。
その視線に霖之助は気押されたかのように少し身を引くと、霧雨は途端に笑って言葉をつないだ。
「霖之助君、実は今日ちょっと良いものを用意しているんです」
「良いもの?」
そう言うと霧雨は丁稚を呼ばずに自ら居間から出て行って台所へ向かって行った。少し待っていると、お盆に黒い液体が満たされた二つのカップを載せて戻ってくる。
「親父さん、コーヒーなんて飲みましたっけ」
「えぇ、最近はコイツに嵌りましてね」
未だにブラックを飲める舌ではありませんが、と言ってクリームと砂糖を入れ、霧雨はカップを手に持って啜った。
「僕も好きですよ、良く飲みます」
そう言って霖之助は霧雨とは正反対にクリームも砂糖も入れずに飲む。
「霖之助君、ぼかぁね、これで新しい店を開こうと思っているんだ」
「はい?」
「里には長らく誰もが楽しめる嗜好品と言うものが少なすぎた。これでね、僕はコーヒー店をやろうと思うんだ。どうだ、君はどう思う」
「えっ、それで僕を呼んだんですか」
笑みを絶やさない霧雨に霖之助は驚きながらも、良い案だと答えた。そして問う。どうして急にそんな事を考えだしたのかと。
すると霧雨の顔からゆっくりと笑みが消えて行き、コーヒーカップを置く音が二人しかいない居間に木霊した。
「君を呼んだのは他でも無い、どうしても言っておきたいことがあるんです。君や、僕の様な旧時代の商売人に後が無い事をね」
その一言が出た瞬間、霖之助の背筋は自然にシャンと伸びた。
魂魄妖夢は混乱していた。
久しぶりに師匠と会えたと思った矢先の立ち合いに。
「師匠ッ、なんで!?」
「口を動かす前に体を動かせ!」
妖忌の一言と共に繰り出される一撃をどうにか止める。
よく斬り合いと言うと、相手の太刀筋を見極めたり、次の一手を予測したりとか考えるものなのかもしれないが今の妖夢に限ってはそんな事を考える余裕は無かった。
もう無茶苦茶に振り回しては空振りを繰り返していた。対する妖忌は何処までも冷静で、妖夢の切っ先をまるで庭の草の様に見つめ、無駄のない動きで避ける。
「あっ………」
一瞬の出来事だった。妖忌は妖夢の刀を叩き落とし、彼女の首元に脇差を突き付けた。
「まぁ、こんなもんじゃろ」
妖忌はそう言って脇差を鞘に収め、妖夢に座るよう言った。妖夢は一礼して、道場の床に座り込む。
「成長しとらんなぁ」
「申し訳ありません」
「まぁ良い、ワシはお前さんに剣術なぞ教えたくなかったしな」
「えっ」
妖夢は衝撃を受け、下げていた頭を上げて妖忌を見据えた。彼の顔は本気だった。
喉を振り絞るように掠れた声で妖夢は問う。何故、教えたくなかったのかと。
「私が女だからですか?そうなんですか?」
「そうじゃ」
妖夢はその一言に衝撃を通り越して怒りを覚えた。立ち上がり、転がっていた刀を再度掴み、突き付け問い詰めた。
しかし妖忌は憶する事無く切っ先を先程の立ち会いの様に冷静に観察し、言う。
「ワシが嫌だったからじゃ、女子に殺しの技術を教えるのはな」
「師匠………」
「妖夢、お前さんは人を斬った事があるか」
その瞬間だった。妖忌は、妖夢が突き付けている刀の切っ先に自らの掌を押し当て、貫通させた。
「……僕はねぇ、最初っから道具屋って訳じゃあなかったんです。最初は手押し車に水飴やポン菓子なんかを積んで売って回る露天商でした」
「えぇ、親父さん何回も話してくれましたよね」
「うん、それで予想以上に儲かったのはやっぱり嗜好品が少なかったからなんです」
空になったコーヒーカップを見つめながら霧雨は言う。
霧雨が始めた露天商の成功のカギは、やはり目新しい事にあった。それまでの里の嗜好品と言えば大人が吸う煙草か酒。子供相手には殆ど無かったのである。
彼は子供が自由に使える程度の値段で売り始め、成功を収めた。
「……まぁ、散々に言われました『大の大人がガキ相手に頭を下げる仕事なぞして』なんて言葉は、日課のように聞きました」
「それでも親父さんは商売を続け、里の価値観を変えた。陰口を叩いていた里の人たちも親父さんの菓子を気に入り始めたんですよね」
「そう、そうなんだ。美味しけりゃ誰だって文句は言いませんからね」
霖之助は、この霧雨の話が大好きだった。逆風に耐え、それどころか追い風へと変えた根性と努力は彼がその師匠へ寄せる信頼の根源なのだ。
だがその頃から霧雨と同じように菓子を売るものが増え始め、段々と天下が揺らいで来た頃、彼は菓子を作る際に必要な道具がこれまで以上に必要になる筈だ、と考えた霧雨は、一大決心をする。霧雨菓子店の閉店である
「菓子を作るならそれに必要な道具がもっと必要になるだろう、そう思って僕は儲けた金を元手にして里の道具店の買収に走った。それが霧雨道具店の始まりでした」
「何時聞いても凄い決断ですね、成功を収めている事業を捨て、全く別方向の道を行くなんて」
「ハハハ、そんな誉められたもんじゃありませんよ、実際そこまで菓子作りの波は広がりませんでした」
それでも首を吊るような状況にならなかったのは才能故だ、と霖之助は称賛を惜しまない。
「そりゃあ首吊りなんてする必要が無い仕事に出会ったんですから」
霧雨の一言に霖之助は過敏に反応した。
彼自身良く知っているし手伝ったこともある師匠の仕事。
「生きるためでしたからね。それに、銃なんてここじゃ日用の道具ですよ」
「売ったのは銃だけじゃあないでしょう」
「………うん、色々売ったね。最初は自警団相手に、次は里の外で暮らす人間達に。そして………」
「僕の人間妖怪問わずの商売」
目立った表情も見せずに言い放った霖之助に霧雨は怒らないで欲しいと言った。
勿論霖之助自身怒る心積もりは無い。そのお陰で餓死せずに済んでいるのだから。
「スペルカードルールでしたっけ?あれ制定されて何年経ちます?」
「かれこれ十年は経っているかと」
「うん。霖之助君、僕も君も、もう時代遅れなんですよ」
「時代遅れ………」
霧雨の言う“時代遅れ”と言うのはつまり霖之助の副業である主な収入の武器売買である。
霖之助自身、里から出た直後に制定されたその新時代の決闘法を聞き齧って、それが必要にならなくなってくると感じていた。
「僕は、菓子屋も道具屋も好きになれました。でも、武器を扱うと言う事だけは最後まで慣れなかった。幾ら日用の道具だと言い聞かせても、人間だけに売ると分かっていても、ね」
そう言って霧雨は霖之助に謝罪した。その嫌がっていた仕事を押し付けた事に。
「親父さん、僕は武器の取り扱いは好きになれました。初めて生きていると実感できた仕事でした」
「そうですか」
「武器も道具のうちの一つです」
霖之助の言葉にウソは無い。
自分は今一所懸命に頑張り、生きている。里内の仕事では決して感じる事は出来なかった達成感の様なものに彼はこれまで感じ、励んでいた。
「でも、親父さんのその考えに非難はしません。それどころか賛成です」
「ありがとう。君が里から出て行って十何年、さっきも言ったが今里は大きな変化を迎えようとしている。僕はこれが、里始まって以来の最良の変化だと思う」
「それって、まさか……」
霖之助はここに至って漸く理解できた。何故目の前の師匠がいきなりコーヒー店を始めると言いだしたのか、何度も聞かせた昔話を聞かせたのか。理由は一つしかない。
「……自警団が解体されるんですね」
「えぇ、慧音さんや里の長老たちと話し合って決めました。里内の治安維持のための抜刀隊のみを残して解散しようってね」
しみじみと呟く霖之助に霧雨は頷いた。そこから、昔話が始まった。
「僕が道具店で働きだして三年位経って、突然親父さんにあの羅紗の服を渡されたのが昨日の様に思いだせます。僕が所属していたのも抜刀隊でした」
「似合ってましたねぇ、黒い肋骨服に革長靴」
良い時代だった、霧雨はそうしみじみ呟いた。確かに勉学は一握りの者しか受けられず、識字率もそこまで高くなかった。人外や、霖之助の様な半分妖怪には風当たりの強い時期でもある。
それでも、自分が活躍し、自分の一番弟子の一番楽しかった時期が霧雨には懐かしく、そして愛おしく思えた。
「親父さんと慧音のお陰で、学問会に入会して、がむしゃらに勉強しました。それと同じくらい、遊んで、笑いました」
「うん、うん」
何時の間にか霧雨は目頭が熱くなっていた。手で拭いながら話を続ける。
霖之助の独立、一人娘の家出。様々な事が起こっても、やっぱり霧雨は里が好きだったし、それに関わる人や妖怪を好きになろうとした。
「霖之助君、僕は君を応援してきた。これまでも、これからも。誰が何と言おうと、僕だけは君の味方であると自覚しているし、君の決めた道は進んで行って欲しい」
でも、と言って霧雨は真っ直ぐに霖之助を見据え、言う。
「戻ってきて欲しい。里に、霧雨道具店に」
魂魄妖夢は震えあがっていた。
刃引きされていたはずの刀は、妖忌の掌をやすやすと貫通し、真っ赤な血を流させている。
「何で刺さっ……え?なんで……」
対する妖忌はやはり冷静で、青ざめた顔の弟子を見つめていた。叱咤したい気持ちもあったが、人を傷つけた事が無い妖夢なら当たり前の反応だと寧ろ安心した。
「あぁ、忘れておったなぁ、脇差は刃引きしておったんじゃが。うっかりじゃな」
「師匠、早く手当てを」
「いやそれは良いから、刀を抜いて、兎に角座れ」
「手当てを……」
「黙れ妖夢!お主はそれでも魂魄家の一子か、血が流れたくらいでガタガタ抜かすな」
この言葉に妖忌は若干ながら卑怯さを感じた。先程は剣術を教えたくなかったの何だと言っていたのに、今となっては弟子扱いをする。
しかし妖夢は今の言葉に素直に従い、慎重に刀を抜きとって血を拭い座った。その小さい体はまだ震えていた。
「どうじゃ、人を刺した感覚は」
「……………」
「言えんよなぁ、後味が悪いもんなぁ」
でも、殺せばもっと後味は悪い。妖忌はそう言って妖夢を慰めた。怪我した手が置かれている膝は血で濡れ、緑の袴の色を変えている。
「末端である掌に刺しただけでもそんなに怯えるなら、胴への斬撃……まして首をぶった斬るなんざ、どだい無理な話じゃ」
剣術は神経の図太い者がやってこそ生きる。妖忌はそう言った。
人を斬っていくと、例え竹刀での稽古であろうと斬られたものの末路が幻視出来るようになり、刀を握り構えるだけでどのような動きをすればよいのかが分かってしまう。
「お前さんにはそうなって欲しくないのじゃ」
「師匠、どうして………」
「妖夢、お前さんには全て伝えた筈じゃった。お前さんが理解できたならきっと、刀を捨て庭木相手に精を出す筈だと、ワシは思ったんじゃが………」
分かってもらえなかったようだ。妖忌は少し悲しい顔をして言った。
「まぁ、良い。ワシはな妖夢、お前さんにはさっき言ったように剣の技量を上げるよりも料理や庭木の手入れに精を出して欲しいわけよ」
妖忌は転がっている刀を持ち上げ、懐から懐紙を取り出し血を拭い清めると鞘に戻す。先程まで流れていた血は、止まっている。
「刀だけじゃなく大凡全ての武器と言うものは自らの命を守るものであると同時に他人の命を侵すものじゃ。そこらへんはお前さんも良く知っておるじゃろ」
「はい」
「ワシは一度ならず多くの人や妖を斬ってきたが、自らの命を守るためだと言い切れる。たった一例を除いてな」
その言葉に妖夢は初めて目の前の師匠だった老人を直視した。先程までの烈しさはなりを潜め、今度ははっきりと妖忌が迷っている事に気付いた。
「妖夢、ワシは全てを話すべきなんじゃろうか」
守りたいと思っていた人を殺してしまった。それはどのような謝罪を以てしても償えるものではない。さっきまで伸びていた妖忌の背筋は丸みを帯び、妖夢を圧迫していた怒気は次第に萎んでいく。
そこには先程までの剣鬼の姿は無く、ただただ悄然とする老人の姿があるだけだった。すると今度は妖夢が目の前の老人に毅然として話しかけた。
「師匠、私は師匠と幽々子様の話を紫様から聞きました。まずはその事についての謝罪をさせて下さい」
深々と頭を下げる妖夢を見、妖忌は何をするのか全く分からなかった。辞儀を終えると、妖夢は真っ直ぐに妖忌を見据え、言う。
「聞いたうえで私は、師匠は幽々子様に全てを話すべきだと考えております」
「……問うたのはワシじゃが、教えてくれ、何故そうすべきか」
頷いて妖夢は話しだした。
妖忌を香霖堂で見つけた話をして以来、幽々子はずっと何かに取りつかれたような状態であった。茶を出しても反応せず、食事もあまりとらず、そして夜は遅くまで部屋でただ座っているだけ。
その話が出たからそうなったと言う事は妖夢でも分かる。ただ、何故妖忌がそれほどまでに重要な存在であったのかは分からなかった。
「……幽々子様は会いたがっております、師匠に。私も師匠は幽々子様に会って、全てをお話すべきだと思います」
「そうか……そうか…」
妖夢の主張にはいささかの反論の余地もないと感じつつも、ただ、と言って妖忌は言葉を続ける。
「紫殿はどう思っておるんじゃろうか、苦しまぬようにと記憶を封印したのはあの方じゃ、紫殿はどう思っているか妖夢、知らんか」
「いえ、そこまでは……」
しかし、と言って妖夢は続けた。
紫が幽々子の過去を洗い浚い話したのであれば、幽々子はもうきっと過去の話を聞いても苦しむ事は無くなるのではないかと。
「私の考えではありますが……」
「そうか、お前さんはそういう風に考えておるのか」
途端に妖忌は顔を上げ、妖夢の頭を撫でながら先程より明るい声で答えた。
「全てを話そう。洗い浚い、な」
店に帰った霖之助は不愉快の極みに達していた。
「どうして君がいるんだ」
「あら、酷い言い様ですわ客相手に。そんなんだから商品が売れないのですよ」
「それから、その煎餅は一番奥に隠しておいた筈だ、何で見つけて食べている」
「お帰りなさい、美味しいものを隠すのは罰が当たるわよ」
幻想郷の誰もがまともに相手したくないスキマ妖怪八雲紫と、余り現世ではお目にかかりたくない冥界の主西行寺幽々子がセットで香霖堂の奥の居間に居座っているからである。
「客なら何か買って行ってくれないかな」
そう言いながら霖之助は一旦顔を出した居間から出ると、店のスペースに明かりを点し本を読み始めた。
「全く、今日は久しぶりに諸々の事を考えようと思っていたのに」
「それは、この店を畳むと言う事でしょうか?」
その声に霖之助の背筋は凍った。スキマ越しに上半身を乗り出している紫に頬を撫でられながら呟かれた言葉に驚愕の視線を送る。
「幻想郷の事であれば私の知らない事は無くてよ、お忘れ?」
胡散臭い笑みを浮かべる紫を見据え、一つ溜息を吐き出すと霖之助は黙って頷いた。
「店主霧雨の慧眼に感服いたしますわ」
「親父さんは、君なんかよりよっぽど広い視野でモノを見る事が出来る人なんでね」
「そのようね。これからも副業を続けるつもりなら、貴方は安心して眠る事は出来なくなる事を貴方以上に知っているんですものね」
霖之助は紫を見すえた。彼女は笑みを見せず、真剣な目で霖之助を見ている。
嫌な汗が背筋を伝う。心臓の鼓動が耳元で五月蠅くなって来た頃不意に奥から声がかかった。
「……ねぇ店主さん、この道具はどう使うのかしら」
赤い筒状の道具を手にして奥から顔を出す幽々子にちょっと待ってて、と紫は言う。
道具の説明のために立ち上がろうとした霖之助を紫は掌で静止して、こっちにも少し待ってくれと言った。
「道具の説明も一応仕事だから、手短に頼むよ」
「分かりましたわ。私個人の意見では、貴方はとても魅力的な対象です、この意見をどうかお聞き下さるよう……」
紫はもう一度霖之助を目で見据え、念を押して部屋へと戻っていく。
その目からは尋常ならざるものが流れ出ているように感じた霖之助は暫くその場から動く事が出来なかった。
(選択を誤るな、って事か………)
体に広がる悪寒の様なものを感じつつ、霖之助は紫に遅れて部屋に戻った。
「お茶で良いですね、霖之助君」
「すいません、気を遣わせて」
店主霧雨の性格は温和で人当たりは良い。しかしその薫陶を受けた弟子の森近霖之助は師匠の良い所を受け継いだとは思えなかったが、霧雨はそんな弟子がどうも好きで堪らなかった。
「しかし、君の噂はどうも良くありませんねぇ」
「まぁ里に居た頃も良い噂なんて聞いたことありませんけどね」
「そうじゃありません、君の店が振るわない事です」
香霖堂は外の道具を扱うことから新しいものや珍しいものが大好きな幻想郷の人妖が来るだろう、そう見当を立てていた霧雨はその数年後に発刊された幻想郷縁起の霖之助の項を読んで落胆した。余りに事実とかけ離れた彼の説明に。
「君が里の住人に仕事以外で関わりたく無かった事や避けていた事は僕も知っています。でも君は、仕事の時は愛想よくにこにこ笑っていたじゃないですか」
「人の目が無いと、素が出てしまいますからねぇ」
「そうでしょうなぁ。で、今は心置きなく魔法の森で引きこもりを続けているわけですか」
「これでも最近は活動的なってるんです。その証拠にこうやって月に二度三度通う様になったじゃないですか」
「以前は月に一度でしたね」
「はい」
漸く霖之助が茶を一口含んだ時、表から子供の黄色い声が聞こえて来た。少し目をやると店の表口からカーキ色の雑嚢を袈裟がけにした子供たちが寺子屋の方へ駆けて行った。
その様子を見て微笑んでいた霖之助を見て、霧雨は何か良い事があったんですか、と問う。
「いえ、昔は勉強なんて一握りの金持ちか里のお偉いさん達の肝煎りででしか出来なかったのに、今では百姓の子供もああいう風に通えているのは素晴らしい事だと」
「勉学は未来を作ります。慧音先生には感謝してもしきれませんよ」
霧雨の一言に霖之助は思わず無邪気な笑いを零した。
「どうしました」
「いえ」
そう言って霖之助は更に湯呑を傾けて、表を見やった。遠い昔に慧音から言われた約束を思い出しながら。
里の人間だけでは無い。霖之助自身も慧音から返しきれないほどの恩を受けていた。
「里は変わっています。それも良い変わり方です」
一旦言葉を切って、霧雨は瞬きを忘れたかのように霖之助を見据える。
その視線に霖之助は気押されたかのように少し身を引くと、霧雨は途端に笑って言葉をつないだ。
「霖之助君、実は今日ちょっと良いものを用意しているんです」
「良いもの?」
そう言うと霧雨は丁稚を呼ばずに自ら居間から出て行って台所へ向かって行った。少し待っていると、お盆に黒い液体が満たされた二つのカップを載せて戻ってくる。
「親父さん、コーヒーなんて飲みましたっけ」
「えぇ、最近はコイツに嵌りましてね」
未だにブラックを飲める舌ではありませんが、と言ってクリームと砂糖を入れ、霧雨はカップを手に持って啜った。
「僕も好きですよ、良く飲みます」
そう言って霖之助は霧雨とは正反対にクリームも砂糖も入れずに飲む。
「霖之助君、ぼかぁね、これで新しい店を開こうと思っているんだ」
「はい?」
「里には長らく誰もが楽しめる嗜好品と言うものが少なすぎた。これでね、僕はコーヒー店をやろうと思うんだ。どうだ、君はどう思う」
「えっ、それで僕を呼んだんですか」
笑みを絶やさない霧雨に霖之助は驚きながらも、良い案だと答えた。そして問う。どうして急にそんな事を考えだしたのかと。
すると霧雨の顔からゆっくりと笑みが消えて行き、コーヒーカップを置く音が二人しかいない居間に木霊した。
「君を呼んだのは他でも無い、どうしても言っておきたいことがあるんです。君や、僕の様な旧時代の商売人に後が無い事をね」
その一言が出た瞬間、霖之助の背筋は自然にシャンと伸びた。
魂魄妖夢は混乱していた。
久しぶりに師匠と会えたと思った矢先の立ち合いに。
「師匠ッ、なんで!?」
「口を動かす前に体を動かせ!」
妖忌の一言と共に繰り出される一撃をどうにか止める。
よく斬り合いと言うと、相手の太刀筋を見極めたり、次の一手を予測したりとか考えるものなのかもしれないが今の妖夢に限ってはそんな事を考える余裕は無かった。
もう無茶苦茶に振り回しては空振りを繰り返していた。対する妖忌は何処までも冷静で、妖夢の切っ先をまるで庭の草の様に見つめ、無駄のない動きで避ける。
「あっ………」
一瞬の出来事だった。妖忌は妖夢の刀を叩き落とし、彼女の首元に脇差を突き付けた。
「まぁ、こんなもんじゃろ」
妖忌はそう言って脇差を鞘に収め、妖夢に座るよう言った。妖夢は一礼して、道場の床に座り込む。
「成長しとらんなぁ」
「申し訳ありません」
「まぁ良い、ワシはお前さんに剣術なぞ教えたくなかったしな」
「えっ」
妖夢は衝撃を受け、下げていた頭を上げて妖忌を見据えた。彼の顔は本気だった。
喉を振り絞るように掠れた声で妖夢は問う。何故、教えたくなかったのかと。
「私が女だからですか?そうなんですか?」
「そうじゃ」
妖夢はその一言に衝撃を通り越して怒りを覚えた。立ち上がり、転がっていた刀を再度掴み、突き付け問い詰めた。
しかし妖忌は憶する事無く切っ先を先程の立ち会いの様に冷静に観察し、言う。
「ワシが嫌だったからじゃ、女子に殺しの技術を教えるのはな」
「師匠………」
「妖夢、お前さんは人を斬った事があるか」
その瞬間だった。妖忌は、妖夢が突き付けている刀の切っ先に自らの掌を押し当て、貫通させた。
「……僕はねぇ、最初っから道具屋って訳じゃあなかったんです。最初は手押し車に水飴やポン菓子なんかを積んで売って回る露天商でした」
「えぇ、親父さん何回も話してくれましたよね」
「うん、それで予想以上に儲かったのはやっぱり嗜好品が少なかったからなんです」
空になったコーヒーカップを見つめながら霧雨は言う。
霧雨が始めた露天商の成功のカギは、やはり目新しい事にあった。それまでの里の嗜好品と言えば大人が吸う煙草か酒。子供相手には殆ど無かったのである。
彼は子供が自由に使える程度の値段で売り始め、成功を収めた。
「……まぁ、散々に言われました『大の大人がガキ相手に頭を下げる仕事なぞして』なんて言葉は、日課のように聞きました」
「それでも親父さんは商売を続け、里の価値観を変えた。陰口を叩いていた里の人たちも親父さんの菓子を気に入り始めたんですよね」
「そう、そうなんだ。美味しけりゃ誰だって文句は言いませんからね」
霖之助は、この霧雨の話が大好きだった。逆風に耐え、それどころか追い風へと変えた根性と努力は彼がその師匠へ寄せる信頼の根源なのだ。
だがその頃から霧雨と同じように菓子を売るものが増え始め、段々と天下が揺らいで来た頃、彼は菓子を作る際に必要な道具がこれまで以上に必要になる筈だ、と考えた霧雨は、一大決心をする。霧雨菓子店の閉店である
「菓子を作るならそれに必要な道具がもっと必要になるだろう、そう思って僕は儲けた金を元手にして里の道具店の買収に走った。それが霧雨道具店の始まりでした」
「何時聞いても凄い決断ですね、成功を収めている事業を捨て、全く別方向の道を行くなんて」
「ハハハ、そんな誉められたもんじゃありませんよ、実際そこまで菓子作りの波は広がりませんでした」
それでも首を吊るような状況にならなかったのは才能故だ、と霖之助は称賛を惜しまない。
「そりゃあ首吊りなんてする必要が無い仕事に出会ったんですから」
霧雨の一言に霖之助は過敏に反応した。
彼自身良く知っているし手伝ったこともある師匠の仕事。
「生きるためでしたからね。それに、銃なんてここじゃ日用の道具ですよ」
「売ったのは銃だけじゃあないでしょう」
「………うん、色々売ったね。最初は自警団相手に、次は里の外で暮らす人間達に。そして………」
「僕の人間妖怪問わずの商売」
目立った表情も見せずに言い放った霖之助に霧雨は怒らないで欲しいと言った。
勿論霖之助自身怒る心積もりは無い。そのお陰で餓死せずに済んでいるのだから。
「スペルカードルールでしたっけ?あれ制定されて何年経ちます?」
「かれこれ十年は経っているかと」
「うん。霖之助君、僕も君も、もう時代遅れなんですよ」
「時代遅れ………」
霧雨の言う“時代遅れ”と言うのはつまり霖之助の副業である主な収入の武器売買である。
霖之助自身、里から出た直後に制定されたその新時代の決闘法を聞き齧って、それが必要にならなくなってくると感じていた。
「僕は、菓子屋も道具屋も好きになれました。でも、武器を扱うと言う事だけは最後まで慣れなかった。幾ら日用の道具だと言い聞かせても、人間だけに売ると分かっていても、ね」
そう言って霧雨は霖之助に謝罪した。その嫌がっていた仕事を押し付けた事に。
「親父さん、僕は武器の取り扱いは好きになれました。初めて生きていると実感できた仕事でした」
「そうですか」
「武器も道具のうちの一つです」
霖之助の言葉にウソは無い。
自分は今一所懸命に頑張り、生きている。里内の仕事では決して感じる事は出来なかった達成感の様なものに彼はこれまで感じ、励んでいた。
「でも、親父さんのその考えに非難はしません。それどころか賛成です」
「ありがとう。君が里から出て行って十何年、さっきも言ったが今里は大きな変化を迎えようとしている。僕はこれが、里始まって以来の最良の変化だと思う」
「それって、まさか……」
霖之助はここに至って漸く理解できた。何故目の前の師匠がいきなりコーヒー店を始めると言いだしたのか、何度も聞かせた昔話を聞かせたのか。理由は一つしかない。
「……自警団が解体されるんですね」
「えぇ、慧音さんや里の長老たちと話し合って決めました。里内の治安維持のための抜刀隊のみを残して解散しようってね」
しみじみと呟く霖之助に霧雨は頷いた。そこから、昔話が始まった。
「僕が道具店で働きだして三年位経って、突然親父さんにあの羅紗の服を渡されたのが昨日の様に思いだせます。僕が所属していたのも抜刀隊でした」
「似合ってましたねぇ、黒い肋骨服に革長靴」
良い時代だった、霧雨はそうしみじみ呟いた。確かに勉学は一握りの者しか受けられず、識字率もそこまで高くなかった。人外や、霖之助の様な半分妖怪には風当たりの強い時期でもある。
それでも、自分が活躍し、自分の一番弟子の一番楽しかった時期が霧雨には懐かしく、そして愛おしく思えた。
「親父さんと慧音のお陰で、学問会に入会して、がむしゃらに勉強しました。それと同じくらい、遊んで、笑いました」
「うん、うん」
何時の間にか霧雨は目頭が熱くなっていた。手で拭いながら話を続ける。
霖之助の独立、一人娘の家出。様々な事が起こっても、やっぱり霧雨は里が好きだったし、それに関わる人や妖怪を好きになろうとした。
「霖之助君、僕は君を応援してきた。これまでも、これからも。誰が何と言おうと、僕だけは君の味方であると自覚しているし、君の決めた道は進んで行って欲しい」
でも、と言って霧雨は真っ直ぐに霖之助を見据え、言う。
「戻ってきて欲しい。里に、霧雨道具店に」
魂魄妖夢は震えあがっていた。
刃引きされていたはずの刀は、妖忌の掌をやすやすと貫通し、真っ赤な血を流させている。
「何で刺さっ……え?なんで……」
対する妖忌はやはり冷静で、青ざめた顔の弟子を見つめていた。叱咤したい気持ちもあったが、人を傷つけた事が無い妖夢なら当たり前の反応だと寧ろ安心した。
「あぁ、忘れておったなぁ、脇差は刃引きしておったんじゃが。うっかりじゃな」
「師匠、早く手当てを」
「いやそれは良いから、刀を抜いて、兎に角座れ」
「手当てを……」
「黙れ妖夢!お主はそれでも魂魄家の一子か、血が流れたくらいでガタガタ抜かすな」
この言葉に妖忌は若干ながら卑怯さを感じた。先程は剣術を教えたくなかったの何だと言っていたのに、今となっては弟子扱いをする。
しかし妖夢は今の言葉に素直に従い、慎重に刀を抜きとって血を拭い座った。その小さい体はまだ震えていた。
「どうじゃ、人を刺した感覚は」
「……………」
「言えんよなぁ、後味が悪いもんなぁ」
でも、殺せばもっと後味は悪い。妖忌はそう言って妖夢を慰めた。怪我した手が置かれている膝は血で濡れ、緑の袴の色を変えている。
「末端である掌に刺しただけでもそんなに怯えるなら、胴への斬撃……まして首をぶった斬るなんざ、どだい無理な話じゃ」
剣術は神経の図太い者がやってこそ生きる。妖忌はそう言った。
人を斬っていくと、例え竹刀での稽古であろうと斬られたものの末路が幻視出来るようになり、刀を握り構えるだけでどのような動きをすればよいのかが分かってしまう。
「お前さんにはそうなって欲しくないのじゃ」
「師匠、どうして………」
「妖夢、お前さんには全て伝えた筈じゃった。お前さんが理解できたならきっと、刀を捨て庭木相手に精を出す筈だと、ワシは思ったんじゃが………」
分かってもらえなかったようだ。妖忌は少し悲しい顔をして言った。
「まぁ、良い。ワシはな妖夢、お前さんにはさっき言ったように剣の技量を上げるよりも料理や庭木の手入れに精を出して欲しいわけよ」
妖忌は転がっている刀を持ち上げ、懐から懐紙を取り出し血を拭い清めると鞘に戻す。先程まで流れていた血は、止まっている。
「刀だけじゃなく大凡全ての武器と言うものは自らの命を守るものであると同時に他人の命を侵すものじゃ。そこらへんはお前さんも良く知っておるじゃろ」
「はい」
「ワシは一度ならず多くの人や妖を斬ってきたが、自らの命を守るためだと言い切れる。たった一例を除いてな」
その言葉に妖夢は初めて目の前の師匠だった老人を直視した。先程までの烈しさはなりを潜め、今度ははっきりと妖忌が迷っている事に気付いた。
「妖夢、ワシは全てを話すべきなんじゃろうか」
守りたいと思っていた人を殺してしまった。それはどのような謝罪を以てしても償えるものではない。さっきまで伸びていた妖忌の背筋は丸みを帯び、妖夢を圧迫していた怒気は次第に萎んでいく。
そこには先程までの剣鬼の姿は無く、ただただ悄然とする老人の姿があるだけだった。すると今度は妖夢が目の前の老人に毅然として話しかけた。
「師匠、私は師匠と幽々子様の話を紫様から聞きました。まずはその事についての謝罪をさせて下さい」
深々と頭を下げる妖夢を見、妖忌は何をするのか全く分からなかった。辞儀を終えると、妖夢は真っ直ぐに妖忌を見据え、言う。
「聞いたうえで私は、師匠は幽々子様に全てを話すべきだと考えております」
「……問うたのはワシじゃが、教えてくれ、何故そうすべきか」
頷いて妖夢は話しだした。
妖忌を香霖堂で見つけた話をして以来、幽々子はずっと何かに取りつかれたような状態であった。茶を出しても反応せず、食事もあまりとらず、そして夜は遅くまで部屋でただ座っているだけ。
その話が出たからそうなったと言う事は妖夢でも分かる。ただ、何故妖忌がそれほどまでに重要な存在であったのかは分からなかった。
「……幽々子様は会いたがっております、師匠に。私も師匠は幽々子様に会って、全てをお話すべきだと思います」
「そうか……そうか…」
妖夢の主張にはいささかの反論の余地もないと感じつつも、ただ、と言って妖忌は言葉を続ける。
「紫殿はどう思っておるんじゃろうか、苦しまぬようにと記憶を封印したのはあの方じゃ、紫殿はどう思っているか妖夢、知らんか」
「いえ、そこまでは……」
しかし、と言って妖夢は続けた。
紫が幽々子の過去を洗い浚い話したのであれば、幽々子はもうきっと過去の話を聞いても苦しむ事は無くなるのではないかと。
「私の考えではありますが……」
「そうか、お前さんはそういう風に考えておるのか」
途端に妖忌は顔を上げ、妖夢の頭を撫でながら先程より明るい声で答えた。
「全てを話そう。洗い浚い、な」
店に帰った霖之助は不愉快の極みに達していた。
「どうして君がいるんだ」
「あら、酷い言い様ですわ客相手に。そんなんだから商品が売れないのですよ」
「それから、その煎餅は一番奥に隠しておいた筈だ、何で見つけて食べている」
「お帰りなさい、美味しいものを隠すのは罰が当たるわよ」
幻想郷の誰もがまともに相手したくないスキマ妖怪八雲紫と、余り現世ではお目にかかりたくない冥界の主西行寺幽々子がセットで香霖堂の奥の居間に居座っているからである。
「客なら何か買って行ってくれないかな」
そう言いながら霖之助は一旦顔を出した居間から出ると、店のスペースに明かりを点し本を読み始めた。
「全く、今日は久しぶりに諸々の事を考えようと思っていたのに」
「それは、この店を畳むと言う事でしょうか?」
その声に霖之助の背筋は凍った。スキマ越しに上半身を乗り出している紫に頬を撫でられながら呟かれた言葉に驚愕の視線を送る。
「幻想郷の事であれば私の知らない事は無くてよ、お忘れ?」
胡散臭い笑みを浮かべる紫を見据え、一つ溜息を吐き出すと霖之助は黙って頷いた。
「店主霧雨の慧眼に感服いたしますわ」
「親父さんは、君なんかよりよっぽど広い視野でモノを見る事が出来る人なんでね」
「そのようね。これからも副業を続けるつもりなら、貴方は安心して眠る事は出来なくなる事を貴方以上に知っているんですものね」
霖之助は紫を見すえた。彼女は笑みを見せず、真剣な目で霖之助を見ている。
嫌な汗が背筋を伝う。心臓の鼓動が耳元で五月蠅くなって来た頃不意に奥から声がかかった。
「……ねぇ店主さん、この道具はどう使うのかしら」
赤い筒状の道具を手にして奥から顔を出す幽々子にちょっと待ってて、と紫は言う。
道具の説明のために立ち上がろうとした霖之助を紫は掌で静止して、こっちにも少し待ってくれと言った。
「道具の説明も一応仕事だから、手短に頼むよ」
「分かりましたわ。私個人の意見では、貴方はとても魅力的な対象です、この意見をどうかお聞き下さるよう……」
紫はもう一度霖之助を目で見据え、念を押して部屋へと戻っていく。
その目からは尋常ならざるものが流れ出ているように感じた霖之助は暫くその場から動く事が出来なかった。
(選択を誤るな、って事か………)
体に広がる悪寒の様なものを感じつつ、霖之助は紫に遅れて部屋に戻った。
里のこれからのを考える霧雨の親父さん等かっこよかった!
此処からどうなっていくのか実に楽しみです