「ああぁぁぁっ!」
椛は吠え、剣を振るう。けれども、掠りもしない。軽く舌打ちをしながら弾幕をばら撒くも、当たらない。椛自身、この程度の弾幕が当たらないことくらいは、分かっている。少しでも時間稼ぎになれば、儲けものといったところだ。
眼で動きを追えているのに、その動きから次の行動が予測できるのに、椛が霊夢にダメージを与えることは一切無かった。本来ならば、ここらで身を引くのが賢い選択だ。しかし、それはしない。
服はあちこち破れ、肌は既に傷だらけ。喉は熱く、体は痛みなどとうに感じない程に麻痺していた。
けれども、眼だけはしっかりと、目の前の敵を捉えている。満身創痍の椛と対照的に、霊夢には傷一つ無い。服に汚れもついていなければ、息も乱れていない。
「ここを通せって言ってるのが、分からないの?」
「……部外者は立ち入り禁止と言っているのが、分からないんですか?」
「はぁ、獣に会話なんて通用しない、か」
「っ!?」
霊夢がため息を吐いたと同時に、椛の視界からふっと消えた。
一体何処へ、と考えるまでも無かった。椛の背に、そっと手のひらが添えられていたから。
「零距離からの封魔陣、今のあんたに耐えられるかしらね? 最後にもう一度だけ訊くわ。ここを通しなさい。私は異変に用があるのよ」
だからさっさと退け、と霊夢は言う。
もし断るならば、当然このまま霊夢のスペルカードを浴びることになるだろう。
「正直、もう今にも倒れそうなくらい、くたくたなんですよ。あと一発、童を叱る大人の拳骨程度でも喰らったら、糸が切れたかのようにその場に倒れると思います。それくらいには、弱ってます」
「……で? あんたの答えは?」
「それでも通すわけには行きませんが、今の私では足止めすら出来ない。なので私が監視役として、あなたの異変解決に付いて行くというのはどうでしょう?」
「提案のように言ってるけど、それ私にメリットないわよね? 私は数秒もかからずに、あんたを倒してここを進むことが出来るのよ」
「私が居れば、これからの山の道中、余計な戦闘をしないですみますよ。警備の者には事情を説明しますから。余計な体力を使わない、というメリットがあります」
どうしますか、と問う椛。これが今の椛に出来る、精一杯のことだった。
それに対し、霊夢はしばし無言。
少しして、ゆっくりと口を開く。
――果たして、霊夢は椛を受け入れるのか。異変は無事解決するのか。次回『椛、散る』です。お楽しみに!
「これ、次回予告で凄いネタバレしてる気がしてならない」
「あら妹様、文屋の新聞?」
「うん、最新号だってさ。はい」
フランドールは読んでいた文々。新聞を、パチュリーに渡す。
「パチュリーってさ、毎回それ読んでるけど、面白い?」
「そこそこ、かしらね」
そう答えながら、パチュリーは新聞に目をやる。どうでもいいような出来事から、占い、天気、小説、俳句、短歌、人里のカフェ割引券、(売り手が)得々キャンペーンなどなど、無駄にコーナーが豊富だ。
フランドールはパチュリーに渡す前に一通り読んでみたが、特に興味を引く記事やコーナーは無かった。
しかしパチュリーは、じっくりとそれを読む。
「どの辺が面白いの?」
「まず記事が他の天狗の書く新聞より、しっかりしてるところとか。あと料理欄、この『十六夜咲夜の十秒で出来る料理シリーズ』とか」
「それ見て私驚いたよ。咲夜、コーナー任されてたんだね。でもこれ、咲夜だから出来ることだよね」
「そうね、明らかに時間を止めて作ってるわよね。今月紹介されてる料理十五品で合計十秒とか、絶対咲夜以外の人無理よ」
新聞には咲夜の瀟洒な笑みの写真と共に、「ね? 簡単でしょう?」と書かれていた。恐らく、これを読んだ人全員が「いや、お前だけしか出来ねえよ」と心の中で突っ込んだだろう。
よく見ると、他のコーナーも知ってる誰かが任されていたりする。
「ちなみに妹様が読んでいたさっきの小説部分、あれ小悪魔書いてるのよ」
「そうなの!?」
「えぇ、短期連載らしいけどね。あと占いのコーナー、あれレミィよ。生活に役立つ魔法術のコーナーは私ね。それと『門番の在り方』ってコラム書いてるのは美鈴」
「みんな何やってるの!?」
「ようするに、それくらい暇なのよ」
「あぁ、うん……暇なのは分かるけど」
ここ最近、何もない日常が続いている。
異変も無ければ、ここ数週間は珍しく宴会も開催されていない。紅魔館へとやってくる客も、別に居るわけでもない。
とにかく何もなさ過ぎて、みんな暇だった。
フランドールもここ最近、ずっと図書館に来て本を読むくらいしかすることがない。紅魔館内での弾幕ごっこはレミリアと咲夜に禁止されているし、勝手な外出も基本的には禁止だ。そうなると結局、本を読むことくらいしかないわけで。
「まぁ私は別に、暇でも良いんだけどね。静かに本が読めるわけだし」
「私はそろそろ飽きてきたよ。あーあ、何か面白いこと起きないかなぁ」
「いっそ異変の一つでも起こしてみたら? 妹様なら、ちょいちょいっと異変起こすことくらい出来るでしょう」
「それはそれで楽しそうだけど、後々霊夢に怒られるのは嫌だなぁ」
「レミィの部屋に行けば? あなたが望めば、喜んで遊んでくれそうだけど」
「……暇だから構ってなんて、恥ずかしいじゃん」
「私の所には来てるのに?」
「パチュリーは良いんだよ。だって、パチュリーだもの」
「褒め言葉として受け取っておくわね。小悪魔、紅茶」
パチュリーが指を鳴らすと、小悪魔がふっと現れた。
「うわっ! びっくりしたぁ。何これ?」
「転移魔法の一種でね。私が指を動かすだけで、あらかじめ登録した物を呼び寄せることが可能なの」
「私は物扱いですか……。えっと、紅茶でしたっけ。少々お待ちを」
「いや、紅茶は良いわ。あなたの顔見たら、恐ろしいほどに飲む気無くなったから」
「酷い理由!?」
「それよりも小悪魔、何か面白いことしなさい」
「そして無茶振り!? いや、もう慣れてますけど! むしろそれでこそパチュリー様って感じですけど! そんなパチュリー様が大好きですけど! あぁもうこんちくしょうっ!」
小悪魔は俯き、しばし考える。
フランドールもパチュリーも、何も言葉を発さずにただただ小悪魔を待つ。
「一つ、話をしましょうか」
すると、小悪魔が口を開いた。
「これは魔理沙さんから聞いた話なんですが、里の近くに穴があるらしいです」
「穴?」
「えぇ、その穴は底が見える程度で、そこまで深い穴ではないんです。大体大人の男性が入ると、膝あたりまで入る感じでしょうか。とにかく、そこまで深くは無いですが、そのくらいの穴があると危ないということで、埋めてしまおうという話になったそうです」
「へぇ、それで?」
フランドールは首を傾げ、パチュリーは続きを急かす。
「すると、妙なことが起きたそうです。いざ埋めようと土をかけると、埋まらないんだそうです」
「ほえ、埋まらない? どういうこと?」
「言葉の通りです。どんなに土をかけてもかけても、その穴が塞がることがないんです。不思議に思った人が、その穴に入れたはずの、目に見える土に手を伸ばしたそうです。するとどうでしょう、次の瞬間にその人の腕から先が、まるで初めから無かったかのように消えてしまったんです。血も出ず、ただ消滅。痛みも無く、突然に」
「そ、それで? どうなったの?」
ごくり、と唾を飲み込み、フランドールが訊ねる。
パチュリーは無言で、しかし目で続きをと小悪魔に合図する。
「え? これで終わりですけど? まぁそれは不思議な穴ですねうふふ、みたいな」
「……は?」
「え、ちょ、その人がどうなったとか、結局どうしてそうなったとか理由は!?」
「さぁ? 魔理沙さん、これ話してる途中でお腹空いたから帰るって言って、帰っちゃいましたし」
「なんでそんな中途半端な話を今したのさ!?」
「小悪魔流、もやもやする話でした」
「もやもやさせることが目的だったの!?」
「どうでしょう、パチュリー様?」
「狙いがもやもやなら悪くは無いけど、これだけで面白い面白くないの判断は出来ないわ。というわけで、もう一回ね」
「う、うぐぐ……」
小悪魔はうめきながらも、新しい何かを考える。
すると今度はあっさり思い付いたのか、ぱっと顔を明るくさせ、さっそく話し始めた。
「あ、ありました! とっておきの話が! これ、魔理沙さんから聞いた話なんですが、森では妙なことがたまに起きるんだそうです」
「妙なこと?」
「暗い中、森の中に居るとたまに起きることのようで。何処からか声が聞こえてきて、その声を聞くと次第に視界が暗く、そして最終的には何も見えなくなってしまうそうです」
「ちょっと小悪魔、それはあのミスティアとかいう妖怪のせいじゃないの?」
パチュリーがそう言うと、小悪魔はふるふると首を横に振った。
「いいえ、ミスティアさんとは決定的に違うところがあるそうです。まず声も違いますし、それは歌のようなものじゃないんです。まるで女性の泣き声のような……そんな感じだそうです。そしてそれを聞くと、真っ先に走って来た道を戻らないと行けない。そうしないと、そのまましばらくは帰れなくなってしまうんだとか」
「帰れなくなる?」
「はい。その声をずっと聞いて、視界が完全な闇になると、足が動かなくなってしまうんです。足だけが動けないので、上半身は動かせますが、そんな状態で動こうとすれば地面に倒れてしまいます。するともう、逃げられません。ずっと女性の泣き声のようなものを耳元で聞かされているような、そんな錯覚に陥ります」
「しかも動きたくても動けず、目も見えない。なるほど、精神的にクるかもね」
「さらに人間なら、獣か妖怪に襲われるかもしれないという恐怖にも襲われます。朝になると、今までが嘘のように普通の状態へと戻るそうです。ですが」
「で、ですが? それで何事も無く終わり、じゃないの?」
「そのときのことが忘れられず、日常で普通に生活していても、その泣き声を耳元で聞かされてる錯覚に陥ることがあるんだとか。そしてそれに耐えきれず、最終的には……ふふっ」
「ちょ、小悪魔怖いよその笑顔! で、最終的にはどうなるの?」
「秘密です。はい、これでこのお話はおしまいです。どうでしたか、パチュリー様?」
「あ、ごめん寝てたわ」
「寝てなかったですよね!? パチュリー様途中何度か相槌打ってましたよね!?」
いろいろと酷いぞこんちくしょう、と騒ぐ小悪魔をまぁまぁと宥めるパチュリー。
思わずフランドールは、苦笑い。
「ホントごめんなさいね。というわけで、もう一つ話しなさい」
「うぅ、理不尽ですよ……。あぁじゃあ一つ、これは魔理沙さんから聞いた話なんですが――」
「小悪魔どんだけ魔理沙から聞いた話持ってるのさ!? というか、それなら魔理沙呼んだ方が早いよね!?」
「あぁ、それは無理ですよ」
「なんでさ」
「だって魔理沙さん、さっきの話を私に教えてくれた後から、行方不明になってますもの」
「え?」
思わず、無言になる。
小悪魔はさっき、最終的にはどうなってしまうか秘密と言った。そして小悪魔曰く、行方不明になったという魔理沙。
つまりは――
「……怖っ!? というか、なんで面白いことをしろっていう要求から、いつの間にかちょっと怖い流れになってるの!?」
「まぁまぁ、ちょっとした暇潰しにはなったんじゃないですか? というわけで、私は仕事に戻りますね。それでは失礼します」
「えぇ、ありがとう小悪魔」
「魔理沙どうなったの!? ねぇ魔理沙は!?」
フランドールの声を軽く無視しつつ、小悪魔は本の整理作業へと戻って行った。
またパチュリーとフランドール、二人だけになる。
「ふぅ、まぁ少しは暇潰しになったわね」
「凄い……もやもやするけどね……」
いっそ本当に異変起こした方が楽しかったかもしれない。そんなことを思った、フランドールだった。
ちなみに魔理沙は風邪を引いて、博麗神社で看病されてただけだったそうな。
芳香ちゃん可愛いですよね!
あと椛が気になる
でも誰の手によってだ?
穴の話は続きが気になる。消滅したのか、消えたように見えていただけなのか、他の場所に繋がってるだけなのか。
そしてもやもやするー、と思ってたら即座に安心しました。
魔理沙無事でよかったー。