『ぴこぴこ』。
聞き覚えのない単語だろうか。
だけれど、きっとあなたの家にだって、それはある。
梅雨の時期が過ぎ、うだるような暑さが続く幻想郷。
気温が体温と同程度になり、人々は家で過ごすことが多くなっていた。
無論、外に出ないからと言って暑くない訳ではないんのだが、比較的マシではある。
屋根のお陰で遠慮会釈なしに降り注ぐ直射日光は避けられ、十分な水分を摂っていれば倒れることも少ない。
一例。大の字になって寝転がっている巫女は倒れている訳ではなく、やってきた風祝に団扇で仰いでもらっているだけだった。
さて、一方、妖怪をはじめとした人外の者たちはと言うと、概ね人間たちと同様な過し方をしている。
家屋を持つ者は外に出ず、持たぬ者は木陰に身を隠し、涼しくなる夜を待っていた。
動き回っているのは鴉天狗くらいなものだろう、元気印の氷精も、今は湖畔で膝を借りて眠りについている。
そんな状況が続いている中、当然のように、魔法の森の‘人形遣い‘アリス・マーガトロイドも家に閉じこもっていた。
元よりインドア派のアリスである。
既に、必要最低限の食料や雑貨を買い込んでいた。
特に用事がない限り家を出ないと心に決め、夏籠りする気で暑さに挑んでいる。
また、この暑さで来客も減っており、それゆえ、服装も多少ラフなものになっていた。
具体的に記述すると、上は白い半袖ブラウスで下は普段より心持ち短い青いスカートになっている。
とは言え、淑女の嗜みか靴下はちゃんと穿いていた。閑話休題。
夏籠りを始めた一日目、その日は何事もなく過ぎていった。
二日目は、手に入れたばかりの魔導書を読み漁った。
三日目も同じく書を読み、自身に必要な個所を纏め、心地よい疲労を味わった。
四日目、人形たちの繕いに半日を費やし、残りの時間は彼女たちの整理に躍起となった。
五日目には部屋の模様替えを敢行し、至った六日目、今日この時、アリスは手に入れたばかりの魔導書を読みだした。
「……あれ、これもう読んだ?」
ぽたりと落ちた汗が前回に読んだ時のものと重なり、アリスはその事実に気付いてしまう。
それだけならば微苦笑で済ませられた。
けれどアリスは、もう一歩踏み込んだ事実を認識してしまった。
そう言った意識の仕方は厄介で、一度浮かんでしまうと中々沈めることができない。
「毒されたかしら……」
つまり今、アリスの頭を占めるのは、『暇』と言う一字の単語であった。
自身、苦笑する――少し前ならば考えられないことだ。
幻想郷にやってきた当初、知人すら少ない時分には、時間の潰し方で頭を悩ませる必要すらなかった。
そも彼女は職業‘魔法使い‘、流れる時は、知識を蓄え技術を磨き、己を昇華させるためだけのものだった。
『毒した』のは、友人たち。
月に一度開かれる茶会は、準備が大変だと口では言うものの、前夜の睡眠を多少なりとも妨げる。
隔週程度の割合でやってくる風祝、引っ張られてくる巫女との会話もまた楽しい。
そして、週に一度は遠いお隣さんが騒音と共に訪れていた。
気付けば、ヒトリで過ごす時間は随分と少なくなっている。
良い変化なのか悪い変化なのかは解らない。
だけれど、そう思う自分を、アリスは嫌いではなかった。
それに、と続けて苦笑する――(此処に来る前は、もっと騒がしかったわね)。
決意を撤回し外に出て、偶には自分から誰かを尋ねてみようか――思った矢先、玄関を叩く音がした。
従者付きの魔女か、巫女と風祝か、はたまた魔法使いか。
少女たちを頭に描き、アリスはふわりと笑みを浮かべた。
肩にかけていたタオルで頬に流れる汗を拭い、玄関に近づく。
「はいはい、何方?」
誰何の声と同時に、扉を開ける。
「こんにちはアリスちゃんっ」
で、閉めた。描いていた少女たちよりも、少しばかり幼い顔つきの何かが其処にいる。
「どうして閉めるの、可愛い可愛い私のアリスちゃん!?」
「親離れをした少女として当然の反応です神綺様」
「私の世界にそんな概念は存在しないわ!」
ガチで言ってそうだから困る。
額を抑え、アリスは嘆息した。
放っておいても易々と帰る‘親‘ではない。
それどころか、両手で扉を叩き続け繰り返し叫ぶだろう。
「開けてよぅ開けてよぅアリスちゃん、暑いは重いは大変なのよぅ!」
もう一度大きな溜息を吐き自身を納得させ、アリスは、‘魔界の創造神‘こと神綺を迎え入れる。
「神綺様の体温は高そうですものね。どうぞお入りください」
「ありがとう、愛してるわアリスちゃん!」
「知ってます」
揶揄が流されたのは、余裕かもしくはその逆か。
浮かんだ質問を片手で払い、アリスは神綺を居間へと招くのだった――。
どんっ。
「ところで、その風呂敷の中身はなんですか?」
「んふふふぅ、とってもいい物よ」
「嫌な予感しかしません」
言葉の通り、神綺が担いでいた荷物は音からして重そうだった。
乱暴に下ろした訳でもないのに音がしたことから、結構な重量をした物が入っていると推測できる。
加えて、大きな風呂敷にはあちらこちらに角ばった個所があり、箱形の何かが複数包まれていることも解った。
アリスの胡乱気な感想に、けれど神綺は満面の笑みを崩さない。
「これだけ暑いんですもの、アリスちゃんはきっとお外に出ないと思ったわ。
だけれど、家に籠ってできることも限られている。
だから、暇しているんじゃないかなって」
にっこにこしながらの指摘に、アリスはぷぃすとそっぽを向いた。
「それで、ママ様は考えた。
アリスちゃんが退屈しないために必要なものはなんだろうって。
ご本やお人形も浮かんだけど、そう言うのは全部自分でしちゃってるかなって思ったの」
アリスの頬を汗が伝う。
原因は、けれど先ほどと違い暑さではない。
自覚のある分性質がより悪い、と気付かれぬうちにハンカチを取り出した。
「だからね、私はこれを持ってきたのよ」
頬に当てる直前、神綺の片手が伸びてきた。
優しく拭われつつ、アリスは視線を正面に向ける。
まるで全てを読んでいたかのように、もう片方の手が、風呂敷を解いた。
アリスの目にまず飛び込んできた物は、正方形の黒い箱だった。
「えっと、確か香霖堂で……てれびじょん?」
「そっちじゃなくてこっち。ぴこぴこよ!」
「ぴこぴこ……?」
鸚鵡のように繰り返すアリスに、胸を張る神綺。
その表情は、とても自信に満ちていた。
むふー。
「あー……」
神綺が指を差す『ぴこぴこ』とは、一つの物ではなかった。
白地に赤いラインのある物、黒い物、白い物、灰色の物、真っ青な物。
色と違って大きさはある程度均一で、大体両手で持てる範囲だ。
アリスはこれらを知っている。見たこともある。けれど、遊んだことはなかった。
そう、『ぴこぴこ』とは遊ぶための物で、つまるところ――「ゲーム機ですか」
「ぴこぴこ」
「あぁ、語感を気に入っているんですね」
「可愛らしいじゃない。あ、うん、それにほら、的確な擬音よ」
概ね同意はするのだが、後者は後付けだろうとアリスは半眼になる。
何故アリスがゲーム機を知っているのかと言うと、前述のテレビと同じく香霖堂で見たからだった。
一時期流行っていたソレを、けれど彼女は嗜んだことがない。
なんとなく子供っぽいと思ってしまっていたのだ。
「あ、あ、駄目よアリスちゃん!」
懐かしむような目をするアリスに、突然、神綺が手を振った。
「それは、貴女の得意な蹴りを入れる道具ではないの!」
「流行った後に早苗から聞きました」
「流石は現代っ子の風祝」
どうでもいいが、『幻想郷縁起』に書かれている香霖堂の主な商品の説明文、守矢家が来た後に全訂正しなくちゃならないんだろうか。頑張れ阿求。
並べられたゲーム機は数多く、圧巻の一言だった。
遊ぶためのソフトも十二分に揃えられている。
コントローラなどの周辺機器もばっちりだ。
「ですが……」
どうにもならないことがある、とゲーム機を眺めていたアリスの視線が神綺に移る。
「――何処から持ってきたのか、マイちゃんやユキちゃんがとってもハマっちゃってね」
しかし、アリスの口が開くより先、神綺が配線を弄り始めた。
「最初は私もどうかと思ったんだけど、勧められたら、これが意外と楽しくて。
気付けば、寝食を忘れて遊んでしまっていたわ。
ふふ、夢子ちゃんに怒られちゃった」
ぺろりと舌を出す神綺。
その仕草に、アリスは夢子の心労を心の中で労わった。
魔界でも随一の忠誠心を持つ彼女のこと、注意程度ですら身が切られる思いであっただろう。
そんなアリスの心境を知る由もなく、風呂敷の中からテーブルタップを取り出しつつ、神綺が続ける。
「時間を費やしただけあって、今じゃ魔界一の腕前よ。
少し前に開いた大会でも、一等賞だったんだから。
……と、アリスちゃん、コンセントとって頂戴」
『開いた』と言うことは主催者側だったのだろう。何やってんだ魔界神。
浮かんだ感想を飲み込んで、アリスは先の懸念を口にする。
「ですが神綺様、此処には電力なんてありませんが……」
「あら、なければ作ればいいじゃない」
「……はい?」
どうということもなく一蹴された。
呆然とするアリスからコンセントを受け取り、神綺は、タップに突きさした。
自身が持っていたゲーム機のソレも、同じようにセットする。
そして、タップの先を掴み、‘力‘を流す。
ヴゥン……――音が鳴り、テレビ画面に砂塵が走った。
「‘力‘の質を変えるの。
ユキちゃんや、そう、貴女のお友達の魔女さんもやろうと思えばできるんじゃないかしら。
慣れないうちは魔力も精神力もがしがし減っていくけど、こつを掴めば楽なもの、それこそ片手間にだってできるわ」
『貴女にだってできるはず』と言外に期待されているようで、アリスは苦笑する。
恐らくできなくはないだろう。
アリスに苦手な属性はなく、万能だと自身を誇れた。
しかし、それは絶対評価であり、相対評価で考えれば当然ながら神綺に劣る。
地水火風の‘力‘を電力に変換することはできても、一時的なものだ。
つまり、持続できるかどうかはあやふやで、ましてや安定させることは更に難しい。
そんなことを、神綺は文字通り片手間にやってのけていた。
まだまだ敵わない――思いつつ、どこか安心する自身に、アリスは小さくため息を吐く。
ぴこぴこ。
その物はゲーム機だ。
その音は、ボタンを打つ擬音だった。
待ちきれないとばかりに、神綺がコントローラーを弄っている。
「あ、もう一つ。えいっと」
「テレビに防御陣? 何故ですか?」
「だって、アリスちゃんは時々感情的になるんですもの」
簡単に施された陣、けれど、破るのは至難の業だと思えた。
「ママ様に負けて、テレビに八つ当たりしちゃうかもしれないでしょう?」
「挑発を買いましょう。……やってやるわよ!」
「んふふ、好きなの選んで頂戴」
てきとうに選んだソフトをハードに入れ、不敵に笑い、アリスもまた、ぴこぴこと音を鳴らすのだった――。
<了>
《それからどうした》
さて、
勝敗がどうなったかと言うと、
徹底的と言えるほど、アリスの勝利が続いていた。
「アリスちゃんほんとはやったことあるんでしょー!?」
「えっと、ゲームブックなら、まぁ……」
「それはぴこぴこじゃないわよぅ!」
叫ぶ神綺はけれど、画面から一瞬たりとも視線を外さない。
一方のアリスは、コントローラさえも膝に置いた。
前者は勝利を望み、後者は勝利を確信したからだ。
数秒後、室内が怒号で満たされた。
『……弱い』
「私はスロースターターなのよぉぉぉ!」
「あの、言っておくけど、弱いって言ったのはゲームのキャラクターだからね?」
気遣うようなアリスの言葉は、しかし、ワンサイドテールを回す神綺には届かなかった。ぐるんぐるん。あ、アリスが使ったキャラに似てる。
確かに言葉はゲームからのものだったが、同様の感想をアリスは抱いていた。
一因として、彼女自身の腕前が関わっている。
先の発言に偽りはなく、ゲームに触れたのは初めてだ。
けれど彼女は、凡そゲームに必要な資質を全て揃えていた。
柔軟な発想、相手の行動を読む洞察力、そして、それらを生かすために不可欠な技量、器用さ。
「どうしたものか……」
つまり、こと対戦型のゲームにおいて、アリスは上手すぎるのだ。
「むぅぅ、むぅぅ!」
一方の神綺は、下手だった。
相対的に下手で、絶対的にも下手。
余りの腕前に、対戦者のアリスが首を捻るほどだ。
とは言え、神綺の自負には確信めいたものが感じられた。
何故だろう――思った矢先、一つの理由が頭に浮かび、アリスは一人、頷く。
(みんな、大人だったのね)
それならば、スロースターターと自己評価する神綺の弁にも納得できた。
《アクションだと、神綺様は1-1のクリボーに苦戦するレベル》
《それからどうした:2》
「次は建国シミュレーションで対戦よー!」
「仕事してください神綺様」
「お仕事とお遊戯は違うのよ!?」
「それはともかく……」
「あん、つれないわアリスちゃん」
「と・も・か・く――私の機嫌が良いうちに、今しがたチラリと見えたソレ、隠して下さりません?」
「え?」
「その、なんとかメーカーとか言うタイトルのやつです」
「……違うの誤解なの夜な夜なアリスちゃん抱き枕を抱く私を見て、夢子ちゃんがっ」
「いいから風呂敷の中に戻してください! もしくは壊す!!」
《そのタイトルは、『アリスメーカー 夢見る人形遣い』》
聞き覚えのない単語だろうか。
だけれど、きっとあなたの家にだって、それはある。
梅雨の時期が過ぎ、うだるような暑さが続く幻想郷。
気温が体温と同程度になり、人々は家で過ごすことが多くなっていた。
無論、外に出ないからと言って暑くない訳ではないんのだが、比較的マシではある。
屋根のお陰で遠慮会釈なしに降り注ぐ直射日光は避けられ、十分な水分を摂っていれば倒れることも少ない。
一例。大の字になって寝転がっている巫女は倒れている訳ではなく、やってきた風祝に団扇で仰いでもらっているだけだった。
さて、一方、妖怪をはじめとした人外の者たちはと言うと、概ね人間たちと同様な過し方をしている。
家屋を持つ者は外に出ず、持たぬ者は木陰に身を隠し、涼しくなる夜を待っていた。
動き回っているのは鴉天狗くらいなものだろう、元気印の氷精も、今は湖畔で膝を借りて眠りについている。
そんな状況が続いている中、当然のように、魔法の森の‘人形遣い‘アリス・マーガトロイドも家に閉じこもっていた。
元よりインドア派のアリスである。
既に、必要最低限の食料や雑貨を買い込んでいた。
特に用事がない限り家を出ないと心に決め、夏籠りする気で暑さに挑んでいる。
また、この暑さで来客も減っており、それゆえ、服装も多少ラフなものになっていた。
具体的に記述すると、上は白い半袖ブラウスで下は普段より心持ち短い青いスカートになっている。
とは言え、淑女の嗜みか靴下はちゃんと穿いていた。閑話休題。
夏籠りを始めた一日目、その日は何事もなく過ぎていった。
二日目は、手に入れたばかりの魔導書を読み漁った。
三日目も同じく書を読み、自身に必要な個所を纏め、心地よい疲労を味わった。
四日目、人形たちの繕いに半日を費やし、残りの時間は彼女たちの整理に躍起となった。
五日目には部屋の模様替えを敢行し、至った六日目、今日この時、アリスは手に入れたばかりの魔導書を読みだした。
「……あれ、これもう読んだ?」
ぽたりと落ちた汗が前回に読んだ時のものと重なり、アリスはその事実に気付いてしまう。
それだけならば微苦笑で済ませられた。
けれどアリスは、もう一歩踏み込んだ事実を認識してしまった。
そう言った意識の仕方は厄介で、一度浮かんでしまうと中々沈めることができない。
「毒されたかしら……」
つまり今、アリスの頭を占めるのは、『暇』と言う一字の単語であった。
自身、苦笑する――少し前ならば考えられないことだ。
幻想郷にやってきた当初、知人すら少ない時分には、時間の潰し方で頭を悩ませる必要すらなかった。
そも彼女は職業‘魔法使い‘、流れる時は、知識を蓄え技術を磨き、己を昇華させるためだけのものだった。
『毒した』のは、友人たち。
月に一度開かれる茶会は、準備が大変だと口では言うものの、前夜の睡眠を多少なりとも妨げる。
隔週程度の割合でやってくる風祝、引っ張られてくる巫女との会話もまた楽しい。
そして、週に一度は遠いお隣さんが騒音と共に訪れていた。
気付けば、ヒトリで過ごす時間は随分と少なくなっている。
良い変化なのか悪い変化なのかは解らない。
だけれど、そう思う自分を、アリスは嫌いではなかった。
それに、と続けて苦笑する――(此処に来る前は、もっと騒がしかったわね)。
決意を撤回し外に出て、偶には自分から誰かを尋ねてみようか――思った矢先、玄関を叩く音がした。
従者付きの魔女か、巫女と風祝か、はたまた魔法使いか。
少女たちを頭に描き、アリスはふわりと笑みを浮かべた。
肩にかけていたタオルで頬に流れる汗を拭い、玄関に近づく。
「はいはい、何方?」
誰何の声と同時に、扉を開ける。
「こんにちはアリスちゃんっ」
で、閉めた。描いていた少女たちよりも、少しばかり幼い顔つきの何かが其処にいる。
「どうして閉めるの、可愛い可愛い私のアリスちゃん!?」
「親離れをした少女として当然の反応です神綺様」
「私の世界にそんな概念は存在しないわ!」
ガチで言ってそうだから困る。
額を抑え、アリスは嘆息した。
放っておいても易々と帰る‘親‘ではない。
それどころか、両手で扉を叩き続け繰り返し叫ぶだろう。
「開けてよぅ開けてよぅアリスちゃん、暑いは重いは大変なのよぅ!」
もう一度大きな溜息を吐き自身を納得させ、アリスは、‘魔界の創造神‘こと神綺を迎え入れる。
「神綺様の体温は高そうですものね。どうぞお入りください」
「ありがとう、愛してるわアリスちゃん!」
「知ってます」
揶揄が流されたのは、余裕かもしくはその逆か。
浮かんだ質問を片手で払い、アリスは神綺を居間へと招くのだった――。
どんっ。
「ところで、その風呂敷の中身はなんですか?」
「んふふふぅ、とってもいい物よ」
「嫌な予感しかしません」
言葉の通り、神綺が担いでいた荷物は音からして重そうだった。
乱暴に下ろした訳でもないのに音がしたことから、結構な重量をした物が入っていると推測できる。
加えて、大きな風呂敷にはあちらこちらに角ばった個所があり、箱形の何かが複数包まれていることも解った。
アリスの胡乱気な感想に、けれど神綺は満面の笑みを崩さない。
「これだけ暑いんですもの、アリスちゃんはきっとお外に出ないと思ったわ。
だけれど、家に籠ってできることも限られている。
だから、暇しているんじゃないかなって」
にっこにこしながらの指摘に、アリスはぷぃすとそっぽを向いた。
「それで、ママ様は考えた。
アリスちゃんが退屈しないために必要なものはなんだろうって。
ご本やお人形も浮かんだけど、そう言うのは全部自分でしちゃってるかなって思ったの」
アリスの頬を汗が伝う。
原因は、けれど先ほどと違い暑さではない。
自覚のある分性質がより悪い、と気付かれぬうちにハンカチを取り出した。
「だからね、私はこれを持ってきたのよ」
頬に当てる直前、神綺の片手が伸びてきた。
優しく拭われつつ、アリスは視線を正面に向ける。
まるで全てを読んでいたかのように、もう片方の手が、風呂敷を解いた。
アリスの目にまず飛び込んできた物は、正方形の黒い箱だった。
「えっと、確か香霖堂で……てれびじょん?」
「そっちじゃなくてこっち。ぴこぴこよ!」
「ぴこぴこ……?」
鸚鵡のように繰り返すアリスに、胸を張る神綺。
その表情は、とても自信に満ちていた。
むふー。
「あー……」
神綺が指を差す『ぴこぴこ』とは、一つの物ではなかった。
白地に赤いラインのある物、黒い物、白い物、灰色の物、真っ青な物。
色と違って大きさはある程度均一で、大体両手で持てる範囲だ。
アリスはこれらを知っている。見たこともある。けれど、遊んだことはなかった。
そう、『ぴこぴこ』とは遊ぶための物で、つまるところ――「ゲーム機ですか」
「ぴこぴこ」
「あぁ、語感を気に入っているんですね」
「可愛らしいじゃない。あ、うん、それにほら、的確な擬音よ」
概ね同意はするのだが、後者は後付けだろうとアリスは半眼になる。
何故アリスがゲーム機を知っているのかと言うと、前述のテレビと同じく香霖堂で見たからだった。
一時期流行っていたソレを、けれど彼女は嗜んだことがない。
なんとなく子供っぽいと思ってしまっていたのだ。
「あ、あ、駄目よアリスちゃん!」
懐かしむような目をするアリスに、突然、神綺が手を振った。
「それは、貴女の得意な蹴りを入れる道具ではないの!」
「流行った後に早苗から聞きました」
「流石は現代っ子の風祝」
どうでもいいが、『幻想郷縁起』に書かれている香霖堂の主な商品の説明文、守矢家が来た後に全訂正しなくちゃならないんだろうか。頑張れ阿求。
並べられたゲーム機は数多く、圧巻の一言だった。
遊ぶためのソフトも十二分に揃えられている。
コントローラなどの周辺機器もばっちりだ。
「ですが……」
どうにもならないことがある、とゲーム機を眺めていたアリスの視線が神綺に移る。
「――何処から持ってきたのか、マイちゃんやユキちゃんがとってもハマっちゃってね」
しかし、アリスの口が開くより先、神綺が配線を弄り始めた。
「最初は私もどうかと思ったんだけど、勧められたら、これが意外と楽しくて。
気付けば、寝食を忘れて遊んでしまっていたわ。
ふふ、夢子ちゃんに怒られちゃった」
ぺろりと舌を出す神綺。
その仕草に、アリスは夢子の心労を心の中で労わった。
魔界でも随一の忠誠心を持つ彼女のこと、注意程度ですら身が切られる思いであっただろう。
そんなアリスの心境を知る由もなく、風呂敷の中からテーブルタップを取り出しつつ、神綺が続ける。
「時間を費やしただけあって、今じゃ魔界一の腕前よ。
少し前に開いた大会でも、一等賞だったんだから。
……と、アリスちゃん、コンセントとって頂戴」
『開いた』と言うことは主催者側だったのだろう。何やってんだ魔界神。
浮かんだ感想を飲み込んで、アリスは先の懸念を口にする。
「ですが神綺様、此処には電力なんてありませんが……」
「あら、なければ作ればいいじゃない」
「……はい?」
どうということもなく一蹴された。
呆然とするアリスからコンセントを受け取り、神綺は、タップに突きさした。
自身が持っていたゲーム機のソレも、同じようにセットする。
そして、タップの先を掴み、‘力‘を流す。
ヴゥン……――音が鳴り、テレビ画面に砂塵が走った。
「‘力‘の質を変えるの。
ユキちゃんや、そう、貴女のお友達の魔女さんもやろうと思えばできるんじゃないかしら。
慣れないうちは魔力も精神力もがしがし減っていくけど、こつを掴めば楽なもの、それこそ片手間にだってできるわ」
『貴女にだってできるはず』と言外に期待されているようで、アリスは苦笑する。
恐らくできなくはないだろう。
アリスに苦手な属性はなく、万能だと自身を誇れた。
しかし、それは絶対評価であり、相対評価で考えれば当然ながら神綺に劣る。
地水火風の‘力‘を電力に変換することはできても、一時的なものだ。
つまり、持続できるかどうかはあやふやで、ましてや安定させることは更に難しい。
そんなことを、神綺は文字通り片手間にやってのけていた。
まだまだ敵わない――思いつつ、どこか安心する自身に、アリスは小さくため息を吐く。
ぴこぴこ。
その物はゲーム機だ。
その音は、ボタンを打つ擬音だった。
待ちきれないとばかりに、神綺がコントローラーを弄っている。
「あ、もう一つ。えいっと」
「テレビに防御陣? 何故ですか?」
「だって、アリスちゃんは時々感情的になるんですもの」
簡単に施された陣、けれど、破るのは至難の業だと思えた。
「ママ様に負けて、テレビに八つ当たりしちゃうかもしれないでしょう?」
「挑発を買いましょう。……やってやるわよ!」
「んふふ、好きなの選んで頂戴」
てきとうに選んだソフトをハードに入れ、不敵に笑い、アリスもまた、ぴこぴこと音を鳴らすのだった――。
<了>
《それからどうした》
さて、
勝敗がどうなったかと言うと、
徹底的と言えるほど、アリスの勝利が続いていた。
「アリスちゃんほんとはやったことあるんでしょー!?」
「えっと、ゲームブックなら、まぁ……」
「それはぴこぴこじゃないわよぅ!」
叫ぶ神綺はけれど、画面から一瞬たりとも視線を外さない。
一方のアリスは、コントローラさえも膝に置いた。
前者は勝利を望み、後者は勝利を確信したからだ。
数秒後、室内が怒号で満たされた。
『……弱い』
「私はスロースターターなのよぉぉぉ!」
「あの、言っておくけど、弱いって言ったのはゲームのキャラクターだからね?」
気遣うようなアリスの言葉は、しかし、ワンサイドテールを回す神綺には届かなかった。ぐるんぐるん。あ、アリスが使ったキャラに似てる。
確かに言葉はゲームからのものだったが、同様の感想をアリスは抱いていた。
一因として、彼女自身の腕前が関わっている。
先の発言に偽りはなく、ゲームに触れたのは初めてだ。
けれど彼女は、凡そゲームに必要な資質を全て揃えていた。
柔軟な発想、相手の行動を読む洞察力、そして、それらを生かすために不可欠な技量、器用さ。
「どうしたものか……」
つまり、こと対戦型のゲームにおいて、アリスは上手すぎるのだ。
「むぅぅ、むぅぅ!」
一方の神綺は、下手だった。
相対的に下手で、絶対的にも下手。
余りの腕前に、対戦者のアリスが首を捻るほどだ。
とは言え、神綺の自負には確信めいたものが感じられた。
何故だろう――思った矢先、一つの理由が頭に浮かび、アリスは一人、頷く。
(みんな、大人だったのね)
それならば、スロースターターと自己評価する神綺の弁にも納得できた。
《アクションだと、神綺様は1-1のクリボーに苦戦するレベル》
《それからどうした:2》
「次は建国シミュレーションで対戦よー!」
「仕事してください神綺様」
「お仕事とお遊戯は違うのよ!?」
「それはともかく……」
「あん、つれないわアリスちゃん」
「と・も・か・く――私の機嫌が良いうちに、今しがたチラリと見えたソレ、隠して下さりません?」
「え?」
「その、なんとかメーカーとか言うタイトルのやつです」
「……違うの誤解なの夜な夜なアリスちゃん抱き枕を抱く私を見て、夢子ちゃんがっ」
「いいから風呂敷の中に戻してください! もしくは壊す!!」
《そのタイトルは、『アリスメーカー 夢見る人形遣い』》
そんな俺はいつでもフルスロットルです
アリスメーカー発売はまだですかァー!
いやいや、1のバカンス絵や全裸パッチに比べれば余裕の範囲ッスよ。
だから夢子さん、『アリスメーカー2』の販売を!
アリスの起き攻めとか防げる自信ない、でも受けてみたい。
アリスメーカーシリーズを買いたいのですがどこに売ってますか?
そして、そういう母親っぽさ全開の神綺さまかわいいよ神綺さま!
これは我らがcoolier管理人氏に創っていただくしかあるまいな!
アリスとインドアが合わさって最高にみえる
アリスメーカーシリーズ予約列の最後尾はこちらですか?