人間からも妖怪からも嫌われ、そして追放され封印された妖怪たち。
彼らは、人間に失望した“鬼”たちと共に、地殻の下で暮らしていた。
しかしその暮らしは決して暗いモノではなく、絶望に包まれている訳でもない。
地上とさほど変わらない文化と、整った秩序の中での生活。
かつては追われた妖怪たちも、仲間同士で力を合わせ、活気のある日々を営んでいた。
だが、そんな彼らからも畏れられる妖怪もまた、存在していた。
怖いものなどなにもない……そう言い切れないのは、ひとえに彼女たちの存在があるからだ。
「あの、パルスィ?」
控えめに声を発した、紫色の髪の少女。
幼げな風貌と可愛らしい服装に合わない、胸元の大きな瞳。
第三の目と呼ばれる“器官”を身体に持つ彼女は、ここ地底の管理者。
地霊殿の主にして、嫌われ者たちからも嫌われた覚り妖怪――古明地さとりであった。
「なに?」
対するは、くすんだ黄色の髪の女性。
少女と女性の中間、美しいと可憐という二つの要素に、特徴的な民族衣装。
人間のモノとは明らかに違う尖った耳と、深くおぞましい緑の瞳を持つ彼女は。地底と地上の門番。
地殻の下で嫌われ者たちの行く手を塞ぎ、地上からの来訪者を追い払う橋守――水橋パルスィであった。
他者の心を読みトラウマを掘り当てる妖怪。
誰もが心に抱える嫉妬心を意のままに操る鬼人。
嫌われ者の代表格ともいえる二人が、あろうかとか、地底の茶屋で顔を合わせていた。
「ええ、と、その」
誰に対しても物怖じせず、人の心に踏み込む妖怪。
怖いものなど何もない――と言われている彼女が、珍しいことに狼狽していた。
その様子に、周囲の妖怪たちは何事かと目を剥く。
「要件があるなら、言いなさいよ」
「うぅ、だからあなたは苦手なんです。第一、誘ったのはあなたでしょう?」
頬をほんのりと朱色に染めながら、さとりが言葉に詰まる。
上手く物を言う事が出来ず、さとりはしどろもどろになっていた。
響いてくる心の声。
思い返したくもないその言葉を、さとりは頭の中で振り払う。
ここまで来てしまったら、逃げることなど叶わないのだ。
「強力な妖怪が来ても逃げずに相対しなさいって約束を守ったんだから、報酬くらいよこしなさいよ」
「そ、それは、でも負けたではありませんか」
「あんたも負けたじゃない。地上からの侵入者に」
「それは、その……はい」
さとりは時間を増す事に赤くなる顔を伏せると、そっと財布を握りしめる。
異変の時、異常を察知していたさとりは、念のためにとパルスィに頼んでいたのだ。
強力な妖怪が来ても、逃げずに、“ルールに則って”相対して欲しいと。
その約束が果たされた以上、お礼に茶屋で宇治金時を奢れと、連れ込まれた。
それが、今に至るまでの経緯である。
「うぅ、わかりました。わかりましたよ。すみません、宇治金時を二つ御願いします」
さとりが涙目で告げると、驚愕から立ち直れていなかった店員が慌てて頷いた。
その後ろ姿を見つめながらさとりが思うのは、ただ一つ。
早くこの時間が終わればいい。
ただ、それだけである。
「はぁ」
「ため息を吐くと幸せが逃げるわよ」
「っ」
パルスィに言われて、さとりは慌てて口を閉じる。
それから涙目になってパルスィを睨み付けるも、あっさりと視線を逸らされた。
どうあっても勝ち目がない。さとりは口を横一文字に結んだまま、頭を抱える。
「なによ頭なんか抱えて。宇治金時に髪の毛が落ちたら、叩くわよ」
「やめてください」
即答だった。
さとりは身体を起こすと、背筋をぴんと伸ばす。
これ以上パルスィに好き放題言われるのだけは我慢ならず、負けじと彼女を見返した。
「なによ? その目」
そして直ぐに、逸らした。
いつもストレスを与える側だったさとりは、ストレスを与えられる側となって困惑していた。
このままでは追い詰められて、最後には胃壁をやられてしまう。
「お、お待たせしました」
「やった!」
店員が宇治金時を持ってくると、さとりは思わず満面の笑みで立ち上がる。
その光景に店員が柔らかく微笑むのを見て、さとりは恥ずかしげに腰を下ろす。
これではまるで……ではなく外見相応の“子供”である。
「嬉しそうじゃない」
「私のことは良いから、さっさと食べなさい」
笑顔こそ引っ込めたものの、未だ顔は赤ままだ。
さとりは満足に味わうことも出来ないまま、ちびちびと宇治金時を口に運ぶ。
小豆の深い味わいと抹茶のあっさりとした風味。口の中でとろけるそれを、次来たときはきちんと味わいたい。
さとりはそう、密かに決心していた。
「箸で食べるの?」
「っっっ……もう、放って置いて下さい」
「嫌よ。あんたをからかえないじゃない」
「っ…………もう、好きに、してください」
箸を置き、木のスプーンに持ち返る。
それから今度は、勢いよくがっつき始めた。
もう形振り構っては居られない。さっさと食べて、逃げる。
「急がなくてもいいじゃない。どうしたのよ?」
さとりの食べるスピードが、上がる。
動じずにゆっくりと食べるパルスィと居ると、まるで年の離れた姉妹のようだった。
「ご馳走様でした! お代は――あれ?」
お茶を飲み干し、熱さで舌を火傷し涙目になり、立ち上がり。
財布を開いたところで、さとりはぴしりと固まった。
財布の中。
そこに見覚えのある貨幣はなく。
代わりに、一枚の紙が、ひらひらと落ちる。
【お饅頭が食べたくなったので、お金頂戴? こいしより】
達筆だった。
流麗な文字で綴られた言葉。
既に持っていってしまったのなら、疑問符は必要ないだろうに。
……そんな現実逃避をしていたさとりに、パルスィは優しく声をかけた。
「無理に払えとは言わないから、そうね、家事仕事でもして払えばいいわ。しょうがないわね」
「そそそ、そんな! 理不尽です!」
「理不尽だと思う?」
「…………お、思いません……ですが、そのっ」
「はぁ……お会計を御願い。いくら?」
パルスィがさとりの分を払い、それから彼女を引き摺るように店を出る。
涙目になって引き摺られていく哀れな子牛を、周囲の妖怪たちは温かい目で見送った。
「ま、待って下さい、ほ、本当に、お皿洗いでもしますから私の分は私がっ!」
「お皿洗いならうちですればいいじゃない。変なさとりね」
純粋な腕力では勝負にならず、引き摺られていくさとり。
そんなさとりを、心なしか嬉しそうに引き摺るパルスィ。
地底の人工太陽に照らされて出来た長い影が、近くの果てに向かって柔らかに伸びていった――。
「なんでそんなに怯えているのよ」
「は? あんた相手に隠しても仕方ないから、全部口に出してるわよ?」
「……言ったじゃない。家事仕事でもしてくれれば良いって。無理強いはしないけれど」
「やっぱりやる? 無理させる気は無いわよ……まぁ、そういうなら」
「はぁ……ほら、しっかりなさい。もう、しょうがないわね。ご飯は私が作ってあげるから落ち着きなさい」
「今日のあんた、らしくないわよ? 調子狂うじゃない、もう」
――了――
彼らは、人間に失望した“鬼”たちと共に、地殻の下で暮らしていた。
しかしその暮らしは決して暗いモノではなく、絶望に包まれている訳でもない。
地上とさほど変わらない文化と、整った秩序の中での生活。
かつては追われた妖怪たちも、仲間同士で力を合わせ、活気のある日々を営んでいた。
だが、そんな彼らからも畏れられる妖怪もまた、存在していた。
怖いものなどなにもない……そう言い切れないのは、ひとえに彼女たちの存在があるからだ。
「あの、パルスィ?」
控えめに声を発した、紫色の髪の少女。
幼げな風貌と可愛らしい服装に合わない、胸元の大きな瞳。
第三の目と呼ばれる“器官”を身体に持つ彼女は、ここ地底の管理者。
地霊殿の主にして、嫌われ者たちからも嫌われた覚り妖怪――古明地さとりであった。
「なに?」
対するは、くすんだ黄色の髪の女性。
少女と女性の中間、美しいと可憐という二つの要素に、特徴的な民族衣装。
人間のモノとは明らかに違う尖った耳と、深くおぞましい緑の瞳を持つ彼女は。地底と地上の門番。
地殻の下で嫌われ者たちの行く手を塞ぎ、地上からの来訪者を追い払う橋守――水橋パルスィであった。
他者の心を読みトラウマを掘り当てる妖怪。
誰もが心に抱える嫉妬心を意のままに操る鬼人。
嫌われ者の代表格ともいえる二人が、あろうかとか、地底の茶屋で顔を合わせていた。
「ええ、と、その」
誰に対しても物怖じせず、人の心に踏み込む妖怪。
怖いものなど何もない――と言われている彼女が、珍しいことに狼狽していた。
その様子に、周囲の妖怪たちは何事かと目を剥く。
「要件があるなら、言いなさいよ」
「うぅ、だからあなたは苦手なんです。第一、誘ったのはあなたでしょう?」
頬をほんのりと朱色に染めながら、さとりが言葉に詰まる。
上手く物を言う事が出来ず、さとりはしどろもどろになっていた。
響いてくる心の声。
思い返したくもないその言葉を、さとりは頭の中で振り払う。
ここまで来てしまったら、逃げることなど叶わないのだ。
「強力な妖怪が来ても逃げずに相対しなさいって約束を守ったんだから、報酬くらいよこしなさいよ」
「そ、それは、でも負けたではありませんか」
「あんたも負けたじゃない。地上からの侵入者に」
「それは、その……はい」
さとりは時間を増す事に赤くなる顔を伏せると、そっと財布を握りしめる。
異変の時、異常を察知していたさとりは、念のためにとパルスィに頼んでいたのだ。
強力な妖怪が来ても、逃げずに、“ルールに則って”相対して欲しいと。
その約束が果たされた以上、お礼に茶屋で宇治金時を奢れと、連れ込まれた。
それが、今に至るまでの経緯である。
「うぅ、わかりました。わかりましたよ。すみません、宇治金時を二つ御願いします」
さとりが涙目で告げると、驚愕から立ち直れていなかった店員が慌てて頷いた。
その後ろ姿を見つめながらさとりが思うのは、ただ一つ。
早くこの時間が終わればいい。
ただ、それだけである。
「はぁ」
「ため息を吐くと幸せが逃げるわよ」
「っ」
パルスィに言われて、さとりは慌てて口を閉じる。
それから涙目になってパルスィを睨み付けるも、あっさりと視線を逸らされた。
どうあっても勝ち目がない。さとりは口を横一文字に結んだまま、頭を抱える。
「なによ頭なんか抱えて。宇治金時に髪の毛が落ちたら、叩くわよ」
「やめてください」
即答だった。
さとりは身体を起こすと、背筋をぴんと伸ばす。
これ以上パルスィに好き放題言われるのだけは我慢ならず、負けじと彼女を見返した。
「なによ? その目」
そして直ぐに、逸らした。
いつもストレスを与える側だったさとりは、ストレスを与えられる側となって困惑していた。
このままでは追い詰められて、最後には胃壁をやられてしまう。
「お、お待たせしました」
「やった!」
店員が宇治金時を持ってくると、さとりは思わず満面の笑みで立ち上がる。
その光景に店員が柔らかく微笑むのを見て、さとりは恥ずかしげに腰を下ろす。
これではまるで……ではなく外見相応の“子供”である。
「嬉しそうじゃない」
「私のことは良いから、さっさと食べなさい」
笑顔こそ引っ込めたものの、未だ顔は赤ままだ。
さとりは満足に味わうことも出来ないまま、ちびちびと宇治金時を口に運ぶ。
小豆の深い味わいと抹茶のあっさりとした風味。口の中でとろけるそれを、次来たときはきちんと味わいたい。
さとりはそう、密かに決心していた。
「箸で食べるの?」
「っっっ……もう、放って置いて下さい」
「嫌よ。あんたをからかえないじゃない」
「っ…………もう、好きに、してください」
箸を置き、木のスプーンに持ち返る。
それから今度は、勢いよくがっつき始めた。
もう形振り構っては居られない。さっさと食べて、逃げる。
「急がなくてもいいじゃない。どうしたのよ?」
さとりの食べるスピードが、上がる。
動じずにゆっくりと食べるパルスィと居ると、まるで年の離れた姉妹のようだった。
「ご馳走様でした! お代は――あれ?」
お茶を飲み干し、熱さで舌を火傷し涙目になり、立ち上がり。
財布を開いたところで、さとりはぴしりと固まった。
財布の中。
そこに見覚えのある貨幣はなく。
代わりに、一枚の紙が、ひらひらと落ちる。
【お饅頭が食べたくなったので、お金頂戴? こいしより】
達筆だった。
流麗な文字で綴られた言葉。
既に持っていってしまったのなら、疑問符は必要ないだろうに。
……そんな現実逃避をしていたさとりに、パルスィは優しく声をかけた。
「無理に払えとは言わないから、そうね、家事仕事でもして払えばいいわ。しょうがないわね」
「そそそ、そんな! 理不尽です!」
「理不尽だと思う?」
「…………お、思いません……ですが、そのっ」
「はぁ……お会計を御願い。いくら?」
パルスィがさとりの分を払い、それから彼女を引き摺るように店を出る。
涙目になって引き摺られていく哀れな子牛を、周囲の妖怪たちは温かい目で見送った。
「ま、待って下さい、ほ、本当に、お皿洗いでもしますから私の分は私がっ!」
「お皿洗いならうちですればいいじゃない。変なさとりね」
純粋な腕力では勝負にならず、引き摺られていくさとり。
そんなさとりを、心なしか嬉しそうに引き摺るパルスィ。
地底の人工太陽に照らされて出来た長い影が、近くの果てに向かって柔らかに伸びていった――。
「なんでそんなに怯えているのよ」
「は? あんた相手に隠しても仕方ないから、全部口に出してるわよ?」
「……言ったじゃない。家事仕事でもしてくれれば良いって。無理強いはしないけれど」
「やっぱりやる? 無理させる気は無いわよ……まぁ、そういうなら」
「はぁ……ほら、しっかりなさい。もう、しょうがないわね。ご飯は私が作ってあげるから落ち着きなさい」
「今日のあんた、らしくないわよ? 調子狂うじゃない、もう」
――了――
スーパー覚りタイム!!
最初タグ見た時何かと思いましたw
悶々としてるさとりんイイナァ!
いい姉妹愛ですね。
恥ずかしいことを考えながら平然としてるパルスィすげえ
と思ってたらあれ? ……ああ、なる。
しかも実験的にこういう手法を試したというのではなくちゃんとオチもあるなんて。
1度目は普通に読んで2度目はパルスィの心の声を聞きながら読んで。3度目はさとり様の一人芝居を楽しみながら。3通りのシチュエーションで楽しめました。
これは新しい
こいしちゃんマジいたずらっ子可愛い。
ギミックに感心
いいぞこいしちゃんもっとやれ!w
赤面しちゃうさとり可愛いじゃない
待て。wwwwどうしてそんな平然としていられるwww