Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

誰が為に、尻は鳴る

2011/08/19 23:31:02
最終更新
サイズ
9.13KB
ページ数
1

分類タグ

―― 一声 ――



 霧の湖を越えた先。
 朝焼けに包まれた真紅の館、紅魔館。
 大きな門から覗く美しい中庭に、澄んだ音が響く。

――パーンッ

 赤を基調としたチャイナ服。
 小柄な身体は、妖精のもの。
 門番妖精のひとりが、中庭で拳を突き出す。

――パーンッ

 砂を包んだ厚い布。
 門番隊の隊長である紅美鈴が、香霖堂から仕入れたもの。
 それに拳を突き出す度に、美しい音が響いていた。

――パーンッ

 金髪の妖精メイド。
 紅美鈴の部下で、門番隊の一員。
 名も無き妖精である彼女は、度々こうして鍛錬をしていた。

 飽きやすい妖精にしては珍しく、いつまでも、いつまでも。

「もっと体重を乗せて。自分の重心を、捉えるの」

 監督していた美鈴が、妖精に声をかける。
 すると妖精は砂を包んだ厚い布――サンドバッグから目を逸らさずに、力強く頷いた。

「はいっ!」

 踏みだし、身体を捻る。
 地面を叩いた衝撃が、捻りに乗って力となる。
 すると、今までよりもずっと綺麗な突きが、サンドバッグに突き刺さった。

――ズパァンッ

 自分でやったことなのにも関わらず、妖精は目を瞠る。
 そして途端に、緩んだ頬を隠そうと、両手で顔を覆った。
 気恥ずかしそうに俯くその姿に、美鈴はただ、優しく微笑む。

「うん、その調子」
「……はいっ」

 元気の良い返事。
 再び鳴り出した音。
 花畑に満ちる笑顔。


「え?」


 朝の急な買い出しから戻った咲夜は、その光景に目を瞠った。
 妖精と門番長の、なにもおかしくない一風景。
 しかしそれは、咲夜の視線――美鈴の背後――から見ると、実に奇妙な光景であった。

「え? えと、めい、りん?」

 本当に必要なときは、誰よりも背中を任せられる同僚。
 館に来たときからの、種族の違う親友。
 彼女の姿に、咲夜は口を閉口させる。

 妖精がサンドバッグを突く、その瞬間。
 咲夜が気がついたのは、美鈴の背中――より少し下。
 民族服の上からでもわかる締まりのある臀部に、視線を釘付けにされたのだ。

 臀部の左右が、締まり無く緩む。
 しかし妖精がサンドバッグを突く、そのインパクト。
 それに合わせて、美鈴の臀部が強く、勢いよく引き締まり、澄んだ音を響かせた。

――パーンッ

 滑稽だと笑うのは、簡単だ。
 けれど、咲夜はそれができなかった。
 その理由は、簡単だ。

「美鈴?」

 彼女が余りにも――真剣だったから。

「さ、くや、さん?」

 落ちた買い物籠。
 咲夜の声に気がつき、背を見せたまま驚愕の表情を浮かべる美鈴。
 その間にも妖精の突きに合わせて躍動する、張りのある臀部。

 異様な空気の中、咲夜は一言、呟く。

「美鈴、あとで、話があるの」
「……はい」

 逡巡を見せた後、美鈴は頷く。
 そうすることしかできなかったと言わんばかりの、沈んだ声で――。













誰が為に、尻は鳴る













―― 二声 ――



 神社の巫女に合わせてレミリアが昼型生活になり、夜は従者達の時間になった。
 夕食を終えてしばらくして、咲夜たちの主であるレミリアが就寝。
 その後、一通りの仕事を終えると、咲夜と美鈴は一緒に休憩をとる。

 一日を終えた後の、休憩。
 和やかな空気で過ぎていくはずの、時間。

 しかし今日に限っては、その空気は重かった。

「ねぇ、美鈴」

 丸いテーブルを挟んで、咲夜がそっと声をかける。
 すると、美鈴はただ、小さく頷いた。

「朝のあれは、なんだったの?」

 尻を鳴らしていた。
 一言で説明するなら、そうだろう。
 けれど咲夜が知りたいのは、美鈴がそのような奇行に走った、理由であった。

「……ああするのが、一番だったんです」

 絞り出すような、切ない声。
 哀切に満ちた声に、咲夜は唇を噛む。
 真面目な彼女をそうさせたのがなんであるのか、咲夜はよりいっそう突き止めたくなった。

 尻を鳴らすなんてこと、美鈴だってしたくなかったことだろうに、と。

「上手く行かない、そう思っていると、本当に上手く行きません」

 しばらくして、美鈴が落ち着いた声で話し出す。
 それに咲夜は、そっと耳を傾けることしかできなかった。
 そうするのが一番だと、知っていた。

「あの子はずっと強くなることを望んでいて、でも練習では実感が沸かずにもどかしい想いを抱えていました」

 美鈴の部下として、拳法を学びたい。
 けれど手を患わせたくないから、どうか見守って欲しい。
 そう訴えかけた妖精の目を、美鈴は忘れられずにいた。

「あと一歩、あと一歩だけが足らない。それを掴めば、あの子はもっと強くなる」

 しかし、鍛錬は目に見える形で彼女に答えてはくれなかった。
 傍から見ている美鈴には成長を捉えられても、妖精にはわからない。
 美鈴が伝えたとしても、実感が少しもないのでは意味がない。

「だから私はせめて、音で伝えたかったんです」
「音、で?」
「はい」

 顔を上げた、美鈴の瞳。
 そこに映る決意の眼差しに、咲夜は釘付けになる。
 レミリアを護りたい――そんな決意を咲夜に語ったとき、美鈴はこれによく似た瞳をしていた。

「インパクトの瞬間に合わせて、あの子に気がつかれないように音を出す」
「後ろ手で拍手じゃ、駄目だったの?」
「はい。それでは……あの子に、感づかれてしまいます」

 困ったように、美鈴は笑う。
 微かな動作に対して、弟子が気がつく。
 その成長は喜ばしいことだったが、結果的に美鈴の選択肢を奪うことになった。

「そうやって、私が“あの方法”を試したら――」
「もう、もういいの美鈴! 十分だから、もう、わかったから!」

 咲夜が、美鈴に縋り付く。
 けれど美鈴は、力強い声で続けた。


「――朝のように、自分で“本当の音”を出すことが、できるようになったんです」


 たまに、ですけれど。
 そう続けた美鈴に、咲夜はただ、頷く。
 恥ずかしいだろう。そんな特技、持っていたくもないだろう。
 けれど心優しいこの妖怪は、羞恥心を押し殺して、部下の成長を選んだのだ。

「美鈴」

 だから咲夜も、決意する。
 大切な友達ひとりに、そんな役目を負わせる訳にはいかない。
 なぜなら彼女は、メイド長なのだ。

 紅魔館の従者達。
 その全てを任された、メイド長なのだから。

「私も、やるわ」
「そんな! 咲夜さんにまでこんなこと――」
「私がひとりで同じことをしていたら、美鈴はどうする?」
「――それ、は」

 口を噤んだ美鈴に、咲夜はそっと微笑む。
 そして、強く握りしめられた拳を、冷たさ残る手で包み込んだ。

「手伝わせて、美鈴」
「……はい。まったく、咲夜さんには、敵いませんね」

 苦笑する美鈴に、朗らかな笑みを返す。
 この瞬間に、立場や種族は存在しない。

 ただふたりの少女だけの、友情だけがあった。
















―― 三声 ――



 朝の門前に、二つの尻が並ぶ。
 拳法の鍛錬により引き締まった臀部。
 日頃の仕事や弾幕ごっこにより引き締まった臀部。
 前者がやや荒々しく、後者は逆に繊細な美しさがそこにあった。

「はっ!」
――パーンッ
「せい!」
――パァンッ
「たぁっ!」
――パーンッ

 美鈴にコツを教わった咲夜は、その天武の才を発揮していた。
 なんでもそつなくこなす彼女は、こんな場面でも、やり遂げて見せたのだ。

「私も中々やるでしょ? 美鈴」
「ええ、正直、侮っていたようです」

 交わした視線は、音と同様に澄んでいた。
 上気した頬が隠しきれない羞恥心を見せていたが、それでも躊躇いはない。
 だんだんと彼女たちが必要なくなっていくということが、よく理解できたのだから。

「でりゃあっ!」
――ズパァンッ!

 頻度の増えたきた、大きな音。
 彼女がどんな時でもその音を出せるようになるまで、さほど時間はかからないだろう。
 そうなったら、美鈴も咲夜も、お役御免となるのだ。

「全部終わったら、一緒に呑みましょう」
「いいわね。夜雀の屋台で、ヤツメウナギを肴に、ね」

 視線は妖精に固定されていながらも、和やかな声で言葉を交わす。
 そこには、前よりもずっと遠慮のない“力”が、込められていた。

 この瞬間、二人は確かに満足していたのだ。
 ――その声を、聞くまでは。


「え? え? なにやってるの?」


 それは美鈴と咲夜が、聞きたくない声。
 知られたくない大事なひとの、声だった。

「お嬢、さ、ま?」

 流石の妖精も手を止めて、一礼する。
 そうしてから美鈴が目配せをすると、彼女は足早に去っていた。
 途端に、花畑前の空間が、重い沈黙に包まれる。

「運命が裏門から出て前へ回れっていうから、なにかと思ったら――なに?」

 なんだかわかっていないのか、レミリアは首を傾げる。
 二人並んで尻を鳴らしていた――そんな“見たまま”が知りたいのではない。

「これは」
「お嬢様、実は――」

 真っ先に説明しようとした咲夜を、美鈴が遮る。
 そしてゆっくりと、事の次第を語り始めた。
 今度は何故咲夜が参加したのか、それも含めて――。






 ――そうして聞き終えたレミリアは、気まずげに視線を逸らす。

 日傘を危うげに玩ぶものだから、咲夜は心配でならなかった。
 うっかり手でも滑らせたら、レミリアが気化してしまう。

「あのさ、ふたりとも」
「はい、お叱りは、なんなりと」
「美鈴! お嬢様、お叱りならば私も!」

 紅魔館の風紀を乱した。
 そう言われても仕方がないと、ふたりは理解していた。
 けれどレミリアの顔は――依然として、気まずげなものであった。

「えーと、ね?」
『はいっ』

 声を揃えて、返事をする。
 それはとても心地の良いことだ……けれど今は、それどころではない。

「美鈴が“気”で“気”を隠蔽して、“気”を弾けさせれば良かったんじゃないかなぁって、ね?」
「へっ?」
「えっ?」

 レミリアの言葉に、ふたりは硬直する。
 そんな美鈴と咲夜を見て、レミリアはただ、優しげに笑った。

「だ、誰にでも間違いはあるわ! そ、それじゃあ私は、パチェの所へ行ってくるわ」

 足早に去って行った、レミリア。
 その小さな背中を見送ると、美鈴と咲夜は互いに視線を合わせる。
 ギシギシと幻聴を感じさせながら回る首は、油の差されていないブリキ人形のようであった。

 両者の瞳の浮かぶのは、憤りなんかではない。
 ――ただただ重くのしかかる、羞恥心の色である。


「忘れて下さい、咲夜さん」
「忘れましょう、美鈴」


 意見が合致すると、互いに強く握手をする。
 目尻に涙を溜めて尻を引き締める姿は、哀愁を誘うものだった。
 ここにレミリアが残っていたら、思わずハンカチで目元を拭っていたかも知れない。

 それほどまでに、言いしれぬ哀愁の漂う空間だったのだ。






 それからしばらくは、花畑には澄んだ音が響いていた。
 けれどそこには、あの引き締まった二つの尻の音色は、含まれてはいないようであった――。







――了――
―― おまけの一声 ――



 自室に帰ったレミリアは、互いに握手を交す美鈴と咲夜を見る。
 その姿を見つめていたら、レミリアは親友の下へ行きたくなっていた。
 言い訳なんかではなく、ただ、自分のために。

「でも、その前に」

 レミリアはそう呟くと、姿見の前に立つ。
 パチュリーお手製のそれは、吸血鬼ですら映すのだ。

「ええっと、こう、かしら?」

 見よう見まね。
 興味本位から、レミリアは尻の力を弱める。
 これであとは、きゅっと引き締めるだけだ。

「それで、こう!」

 自分でどうしてもやって見たかったのだろう。
 急かす気持ちを落ち着かせながら、レミリアは尻を鳴らす。
 そうやって誰にも見られまいと焦っていたレミリアは、気がつかない。

 自室の扉が、開かれようとしていたことに。


「お姉さまー、今暇だったら一緒に図書館――」
――パァーンッ!
「――行かなくていいやお取り込み中だったみたいね失礼しましたっ」


 呆然とするレミリアの前で、金色の影が去っていく。
 その声と、状況と、台詞。
 全てが僅かな時間で、レミリアの脳内で整理された。

 そうして彼女は、理解する。
 見られてしまった光景の、意味に。

「ちょ、ちょっと待ちなさい、フラン! フラー――――ンッ!!」

 レミリアの声が、朝方の紅魔館に響き渡る。
 彼女たちの小さな“異変”は、まだまだ終わりそうになかった――。






◇◆◇




 皆さんは、どなたの臀部が好きですか?


 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
 またお会いできましたら、幸いです。
I・B
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
最初の修行風景からいいお話だと思ったのに……尻ですか!!
2.名前が無い程度の能力削除
よい子は絶対に真似をしないでくださいw
3.名前が無い程度の能力削除
緋想立ち絵のパッチェさんのケツが幻想郷最強だと信じてやみません

…しかしこの作品を読んで、真似して尻を鳴らそうとしない人などいるのでしょうか。
俺はやりました。
しょんぼりしました。
4.ぺ・四潤削除
尻じゃなければ普通にいいハナシなのになー。尻がww
最初尻を叩いて音かと思ったらどうやって尻だけで音が出るんだよww
仮に出せたとしても穿いていたらあんな乾いた音が出るはずがない。つまり二人は……
5.名前が無い程度の能力削除
最初、タイトルを見た時、餡賭炒飯かと期待してました。

まあ、それでも良い話しでした。
6.奇声を発する程度の能力削除
これはw
7.名前が無い程度の能力削除
紅魔の尻はどれも素敵だが……俺は咲夜尻を選ぶ!
面白かったです。
8.名前が無い程度の能力削除
乳の次は尻かよっ!
9.名前が無い程度の能力削除
乳、尻と来たら…次は何がくるんでしょうか。
太ももあたり…?

レミリアの優しさに感動した。
そしてあとがきで笑い泣いた。
誤解とけたらいいね!
10.桜田ぴよこ削除
残念、私は腰派ですわ。

こういう直球にお馬鹿で、毒無く笑えるお話は大好きです。そして紅魔館のカオスに対する親和性といったらもう、ね。
乳尻ときたらやはり次は――
11.名前が無い程度の能力削除
 頻度の増えたきた、大きな音。
→頻度の増えてきた、大きな音。 かな?

何故先に尻に行きついたw
12.名前が無い程度の能力削除
うるわしき女の子の友情ダナー←ただし友情は尻からでる