湖に近い紅魔館でも、暑い日は暑い。
暑さが図書館の魔女パチュリー・ノーレッジからやる気をどんどん奪っていく。
「だるい……」
冷房を思い切り効かせた図書館で、紫な魔女は本を枕に机に突っ伏し、ぼそりとこぼした。
濁りきったその目は、一体何を見つめているのか、それは誰にもわからない。
怠惰汁に十日間漬けた後、石の上に三年置かれた様な倦怠感に魔女は苛まれている。
「パチュリー様、お茶をお持ちしましたよ」
瀟洒なメイド、十六夜咲夜が現れて、机にそっとカップとケーキの乗ったお皿を置いた。
咲夜は慣れた手つきでお茶を淹れる。
「ケーキはいらない。食欲が出ないの」
「あら、残念ですわ。生クリームをふんだんに使いましたのに」
「その生クリームが嫌なのよ」
パチュリーは体を起こすと、けだるそうに自分の肩を揉んだ。
「こんな寒い部屋にずっといるからです」
「蒸し暑いのは私の精神衛生と本に悪いのよ」
「性格が優れないのは平生からじゃなかったのですか!?」
驚いてみせるメイドを横目に、淹れられたお茶に紫の魔女は口をつける。
お茶の温かさに、自分の体がいかに冷えているかを気づかされた。
「変なものは、入れていないようね」
ちょっと冗談めかしたように魔女は言う。
「ええ。この暑さです。私も夏バテでして、変なものを考える余裕がないのです」
「入れるものが変である自覚はあったのね」
「『変』じゃなければ、入れる意味がありませんもの」
意味などなくても美味しい紅茶が飲みたいものだ。声には出さず紫魔女はただカップを傾ける。
「ところで」
「はい?」
「もう日は落ちたのかしら」
「ええ、とっくに落ちていますよ。今のが9時のティータイムです」
そう、と呟き、魔女は立ち上がり首を回す。ポキポキ音が鳴った。運動不足である。
図書館にいても煮詰まってしまうだけ。気分転換が必要だ。
魔女は机の引き出しから鍵を取り出し、瀟洒なメイドに向かって言った。
「ちょっと散歩に行ってくるわ」
スクーターに鍵をさし、ブルルとエンジンをかけ、紫な魔女は紅魔館を飛び出した。
道が舗装されていないため、速度は出ないが、風に当たるのが気持ちいい。
「やっぱり、出かけるのは夜よねぇ」
一人つぶやきながらアクセルを回す。
飛んだほうが速いのだが、ごてごてと走る感触が好きだった。
ガタガタガタガタ鳴らしながら、砂利道を走っていく。
少し進むとちょっとした下り坂がある。紅魔館の方面は小高い丘のようになっていて、丘から下りると言った方がいいのかもしれない。
坂に入ると一気に視界が開ける。見渡す限りに田んぼである。
夜の田んぼから聞こえてくる虫の声に夏を感じる。夏以外でも鳴いていたかもしれないが。
田んぼに近づくと更に道が悪くなる。
あぜ道に生える雑草が、道を走りにくくするのだ。
意地を張って転倒する方が癪なので、紫魔女は減速した。
ガタガタトロトロ走っていく。
あぜ道に入ってしばらく行くと、右手に墓地が見えてくる。
田んぼの道のわきの丸い石にお花が添えてある。
図書館からあまり出ない魔女が、人間の営みを目にする数少ない機会。
立ち寄ることなど決してしないが、どうしても意識は向いてしまう。
「夏の夜にお墓の前を通る、か。何か出てくれれば涼しくてよいのだけれど」
お墓を過ぎると目的地である緑の看板が見えてくる。
田んぼ中央の大きな道と人里への大きな道が交差するその場所に目的の店は建っていた。
緑の便利店ファミ○ーマート。魔女は散歩でここに来ることが多かった。
紫魔女の入店を短い音楽が迎える。
不思議な不思議なファンファーレ。
魔女の来訪を喜ぶように、はたまた、鬱屈な日常をねぎらうように、いや、そこで過ごす一時の安らぎを願うように、店内に鳴り響く。
その曲を聞くたびに、魔女は言い表しがたい高揚を覚えた。
そして、魔女は独特のにおいを肺いっぱいに吸い込む。
においは便利店それぞれ少しずつ違う大切なアイデンティティ。
今の自分の居場所を教えてくれる指標である。
「あー。やっぱり、ここは落ち着くわ」
紫の魔女にとってファミ○ーマートは慣れ親しんだ場所だった。
便利店に来て真っ先に紫の魔女が立ち寄るのは飲料コーナーである。
変な炭酸飲料があれば最優先に購入する。
とはいえ、最近は全部飲めないようなひどい炭酸飲料がでていない。
物足りないなぁ、と思いながら長年定番のコカなコーラを手に取るのであった。
次に見るのはスナック菓子とデザートコーナー。
変なスナックがしなければ、やたら量が多いタイプのデザート。それも無ければおつまみを買う。
気分的にやたら量の多い杏仁豆腐を手に取った。プリンはやめておいた方がいい。
レジへ向かう際に本コーナーを横目で見る。
ペーパーバックにひかれるが、便利店で本を買わない主義なので毎度毎度スルーする。
そして、レジへ商品を出す。
店員と目が合う。
レジを打っているのはどこか見たことのある店員。
たまにいる店員だなぁ、と記憶を探る。
前に来たのはいつだったか、3日か4日前か、考えながら会計が進む。
「あ、すいません。ファ○チキ一つお願いします」
「ありがとうございましたー」
テンプレートの挨拶とファンファーレを背中に、店を出る。
店先でスクータへ腰掛け、ファミ○ーマートを眺めながらファ○チキの袋を開けた。
頬張ったファ○チキは、いつもと同じ味がする。
仄暗い駐車場から、緑と白に彩られた店を見つめる。
ファミ○ーマートは暗い空の下、寂しげな田んぼの中に立っている。
ファミ○ーマートは暑くても、寒くても、たとえ土砂降りの雨に打たれても。
魔女の心がどんなにやるせなさを感じても、いつもと同じファ○チキを出す。
また、新しい客が店内に入った。
例のファンファーレが魔女の耳に届く。
そのファンファーレが何を物語っているのかはわからない。
ただ、紫の魔女には「また来てね」と言われているように感じた。
再びスクーターのエンジンをかけ、鼻歌を歌いながら帰路につく。
魔女の足取りは行きよりずっと軽かった。
暑さが図書館の魔女パチュリー・ノーレッジからやる気をどんどん奪っていく。
「だるい……」
冷房を思い切り効かせた図書館で、紫な魔女は本を枕に机に突っ伏し、ぼそりとこぼした。
濁りきったその目は、一体何を見つめているのか、それは誰にもわからない。
怠惰汁に十日間漬けた後、石の上に三年置かれた様な倦怠感に魔女は苛まれている。
「パチュリー様、お茶をお持ちしましたよ」
瀟洒なメイド、十六夜咲夜が現れて、机にそっとカップとケーキの乗ったお皿を置いた。
咲夜は慣れた手つきでお茶を淹れる。
「ケーキはいらない。食欲が出ないの」
「あら、残念ですわ。生クリームをふんだんに使いましたのに」
「その生クリームが嫌なのよ」
パチュリーは体を起こすと、けだるそうに自分の肩を揉んだ。
「こんな寒い部屋にずっといるからです」
「蒸し暑いのは私の精神衛生と本に悪いのよ」
「性格が優れないのは平生からじゃなかったのですか!?」
驚いてみせるメイドを横目に、淹れられたお茶に紫の魔女は口をつける。
お茶の温かさに、自分の体がいかに冷えているかを気づかされた。
「変なものは、入れていないようね」
ちょっと冗談めかしたように魔女は言う。
「ええ。この暑さです。私も夏バテでして、変なものを考える余裕がないのです」
「入れるものが変である自覚はあったのね」
「『変』じゃなければ、入れる意味がありませんもの」
意味などなくても美味しい紅茶が飲みたいものだ。声には出さず紫魔女はただカップを傾ける。
「ところで」
「はい?」
「もう日は落ちたのかしら」
「ええ、とっくに落ちていますよ。今のが9時のティータイムです」
そう、と呟き、魔女は立ち上がり首を回す。ポキポキ音が鳴った。運動不足である。
図書館にいても煮詰まってしまうだけ。気分転換が必要だ。
魔女は机の引き出しから鍵を取り出し、瀟洒なメイドに向かって言った。
「ちょっと散歩に行ってくるわ」
スクーターに鍵をさし、ブルルとエンジンをかけ、紫な魔女は紅魔館を飛び出した。
道が舗装されていないため、速度は出ないが、風に当たるのが気持ちいい。
「やっぱり、出かけるのは夜よねぇ」
一人つぶやきながらアクセルを回す。
飛んだほうが速いのだが、ごてごてと走る感触が好きだった。
ガタガタガタガタ鳴らしながら、砂利道を走っていく。
少し進むとちょっとした下り坂がある。紅魔館の方面は小高い丘のようになっていて、丘から下りると言った方がいいのかもしれない。
坂に入ると一気に視界が開ける。見渡す限りに田んぼである。
夜の田んぼから聞こえてくる虫の声に夏を感じる。夏以外でも鳴いていたかもしれないが。
田んぼに近づくと更に道が悪くなる。
あぜ道に生える雑草が、道を走りにくくするのだ。
意地を張って転倒する方が癪なので、紫魔女は減速した。
ガタガタトロトロ走っていく。
あぜ道に入ってしばらく行くと、右手に墓地が見えてくる。
田んぼの道のわきの丸い石にお花が添えてある。
図書館からあまり出ない魔女が、人間の営みを目にする数少ない機会。
立ち寄ることなど決してしないが、どうしても意識は向いてしまう。
「夏の夜にお墓の前を通る、か。何か出てくれれば涼しくてよいのだけれど」
お墓を過ぎると目的地である緑の看板が見えてくる。
田んぼ中央の大きな道と人里への大きな道が交差するその場所に目的の店は建っていた。
緑の便利店ファミ○ーマート。魔女は散歩でここに来ることが多かった。
紫魔女の入店を短い音楽が迎える。
不思議な不思議なファンファーレ。
魔女の来訪を喜ぶように、はたまた、鬱屈な日常をねぎらうように、いや、そこで過ごす一時の安らぎを願うように、店内に鳴り響く。
その曲を聞くたびに、魔女は言い表しがたい高揚を覚えた。
そして、魔女は独特のにおいを肺いっぱいに吸い込む。
においは便利店それぞれ少しずつ違う大切なアイデンティティ。
今の自分の居場所を教えてくれる指標である。
「あー。やっぱり、ここは落ち着くわ」
紫の魔女にとってファミ○ーマートは慣れ親しんだ場所だった。
便利店に来て真っ先に紫の魔女が立ち寄るのは飲料コーナーである。
変な炭酸飲料があれば最優先に購入する。
とはいえ、最近は全部飲めないようなひどい炭酸飲料がでていない。
物足りないなぁ、と思いながら長年定番のコカなコーラを手に取るのであった。
次に見るのはスナック菓子とデザートコーナー。
変なスナックがしなければ、やたら量が多いタイプのデザート。それも無ければおつまみを買う。
気分的にやたら量の多い杏仁豆腐を手に取った。プリンはやめておいた方がいい。
レジへ向かう際に本コーナーを横目で見る。
ペーパーバックにひかれるが、便利店で本を買わない主義なので毎度毎度スルーする。
そして、レジへ商品を出す。
店員と目が合う。
レジを打っているのはどこか見たことのある店員。
たまにいる店員だなぁ、と記憶を探る。
前に来たのはいつだったか、3日か4日前か、考えながら会計が進む。
「あ、すいません。ファ○チキ一つお願いします」
「ありがとうございましたー」
テンプレートの挨拶とファンファーレを背中に、店を出る。
店先でスクータへ腰掛け、ファミ○ーマートを眺めながらファ○チキの袋を開けた。
頬張ったファ○チキは、いつもと同じ味がする。
仄暗い駐車場から、緑と白に彩られた店を見つめる。
ファミ○ーマートは暗い空の下、寂しげな田んぼの中に立っている。
ファミ○ーマートは暑くても、寒くても、たとえ土砂降りの雨に打たれても。
魔女の心がどんなにやるせなさを感じても、いつもと同じファ○チキを出す。
また、新しい客が店内に入った。
例のファンファーレが魔女の耳に届く。
そのファンファーレが何を物語っているのかはわからない。
ただ、紫の魔女には「また来てね」と言われているように感じた。
再びスクーターのエンジンをかけ、鼻歌を歌いながら帰路につく。
魔女の足取りは行きよりずっと軽かった。
それと紫魔女というのが多すぎます
頑張ってください
>冷房を思い切り効かせた図書館
>お茶の温かさに、自分の体がいかに冷えているかを気づかされた。
結局パチュリーは寒かったのでしょうか、それとも暑かったのでしょうか?
最後までそれが気にかかって仕方ありませんでした。
なるべく名前を使うのを避けてみたのですが、それが読みにくかったようですね。
以降、精進します。
>2様
完全に私のミスです。ご指摘ありがとうございました。