「ねぇ暑い~。ねぇ妖夢~、あつい~」
自室で本を読もうかと思い、部屋に戻る最中。
あついあついと唸りながら、湯浴みを終えた幽々子様が後ろから抱き付いてきた。
「暑い暑い言っても涼しくはなりませんよ・・・って、うわっ!」
「妖夢に抱きついてれば冷たくて気持ちが良いわ~」
幽々子様は自分の頬を、私の頬にむにっと押しつけてきた。少し湿っているのは汗か、お湯だろうか。
湯で温まった体は着物越しに熱を伝えてくる。これは暑い。
背中に当たる柔らかいものの存在は放っておいて、まずは幽々子様を離れさせるのが先決だろう。
「すみません、ちょっと離れて頂けますか?」
「やぁよ」
「何故です?」
「妖夢は私の事嫌いなの?」
「はぁ・・・なんでそうなるんですか・・・」
どうやら離れる気は無いらしい。だが、ここで退くのは魂魄妖夢の名が廃る。
こういう事もあろうかと、しっかり準備はしてあるのだ。
「お昼に買って来たスイカ、食べないんですか?」
「なっ!食べるに決まってるじゃない!」
ふっふっふ、予想通りの反応。
「あー、でもこれじゃあ刀を持ってスイカを切れないですねぇ~。なんて?」
「・・・もう、分かったわよぉ。ようむのいぢわる」
頬をぷーっと膨らませながら、幽々子様は渋々と離れた。
「では、縁側で待っていてください。すぐに持って行きます」
「はぁ~い」
「持って参りました。良いスイカですよ。これは」
「ご苦労様。じゃあ頂きましょう」
既に日の落ちた空は暗く、少しだけだが風が吹いていた。
吊るした風鈴がちりん、ちりんと涼しげな音を鳴らす。
「あ、そうだ幽々子様。喉渇いてませんか?美味しい麦茶もありますよ」
「気が利くわね、妖夢」
半霊に麦茶の入ったコップを持って来させ、幽々子様と私の間に置いた。
置いたとほぼ同時にこくこくと喉を鳴らして飲み始めたところを見ると、やはり相当喉が渇いていたらしい。
「ぷはーっ!」
お決まりの台詞を言って、幽々子様はご満悦のようだ。
「おかわりはまだありますが、飲みすぎてはいけませんよ?」
「えぇ、分かってるわ」
「じゃ、頂きましょうか」
「えぇ。あら、真っ赤で美味しそうじゃない?」
「今年は出来が良いそうです。今年は一杯食べられますね」
「ふふふ、そうね」
幽々子様の最初の一口。水っぽ過ぎず、パサパサでもない果肉。そして、幽々子様の表情からして、相当甘いのだと分かる。
幽々子様が一口目を飲み込むのを確認してから私も一口。
小さく齧り付いてみると、しゃくっという音と共に、口の中に甘い汁が溢れた。
口の中のスイカを噛むたびに甘い汁は流れ出る。そして、その甘い汁が喉を通るたびに幸せな気分になる。
今年はやはり出来が良かったようだ。
ぐちっ
「ん!」
不意に口の中で何かを噛み潰したような音がした。
「どうしたの妖夢?」
「た、種です・・・」
甘さに気を取られて、これの存在を忘れていた。
いきなり感じる食感に不快感を覚える。それまで甘さで満ちていた口内に、種の味が広がった。
「うえ・・・」
「あらあら、それが良いんじゃないの」
「そ、そういえば幽々子様・・・っ!!」
「ん、なぁに?」
今の幽々子様の言葉で気が付いたのだが、私の取り出した種は皿の上にあるのに、幽々子様が出した種が無い。
先程から、幽々子様が種を飛ばすような動作も見ていない。
という事は・・・だ。
「幽々子様は種を食べちゃったんですか!?」
「えぇ。そうだけど?」
「ダメですよ!種を飲み込んだらお腹の中で芽が出て、口から蔓が伸びてくるんですよ!?」
これは一大事だ。スイカの種を飲み込むと、お腹の中で芽が出る。そうお師匠様に教えられた。
こんな事なら、種は飲み込んではいけないと、あらかじめ言っておくべきだった。
このままでは、幽々子様の口から蔓が出てきて幽々子様が蔓だらけになってしまう!!
「くっ・・・ふふっ・・・!」
私があせりながら言うと、幽々子様は笑いを堪えている様子だった。
私は何かおかしな事を言っただろうか。いや、それよりも何らかの対処法があるはずだ。急がねば。
「わぁああ、どうしよう」
「ふふふ、妖夢。落ち着いて」
こんな状況で落ち着いていられるものか。しかし、自分の腹の中から芽が出てくるという本人がこれほど落ち着いていられるとは。
「しかしっ、急がねばっ・・・!」
「ちょ、ちょっと・・・くふふ、ふふっ。もう、もう分かったから、これ以上笑わせないで・・・っ!」
「え・・・?私は笑わせてなんか・・・・」
「・・・もしかして、本当に焦ってる・・・の?」
「当たり前じゃないですか!!」
「え、本当に?」
「・・・・・へ?」
微妙な沈黙が、辺りを包んだ。
「ふふふふふ・・・・・くっふふふ・・・・ふふふ・・・っ!」
「あああああああ!もう勘弁してくださいよ!」
縁側でようやく一切れ目のスイカを食べ終わった私の隣には、涙を流しながら笑い転げる幽々子様。
「だってお師匠様にそう教えられたんですもんっ!!」
「ふっふふふっ・・・妖忌ったらやるじゃないっ・・・ふふふふっ!!」
「笑いすぎですよ!」
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。いや、もう出ているかもしれない。
知らなかった。スイカの種を飲み込んでも、腹で芽が出る事は無いなんて。おのれ師匠、この恨み晴らさでおくべきかっ!!
「当たり前じゃないですか!!だって、ふふふっ!」
「あぁ・・・勘弁してください・・・」
幽々子様の頭の中にはとてつもなく焦っている私の姿が連続再生されているようだ。
「でもね、ありがとう」
「えっ?」
目尻に涙を浮かべ、少し笑ってはいるものの、いきなりこういう言葉を掛けられるとは思わなかった。
「ほんの些細な事だけど、こうやって笑っていられるのって幸せだと思うの」
「・・・はぁ」
私は全然面白く無かったですけどね。そう心の中で言ってみた。勿論返事など無い。
「それにね、迷信だけど、私の事をそんなに心配してくれるなんて思わなかったわ。ありがとう」
赤面したものか、喜んだものか。微妙な気分だ。
まぁ、感謝されているのだから・・・・。
「えぇ、はい。どうも」
とっても微妙な返事になった。
「美味しかったわぁ~」
「そうですねぇ」
「また食べましょうね」
「はい」
スイカを食べ終わった頃、先程まで少しだけ吹いていた風が止んで、もやっと暑くなってきた。
先程まで鳴っていた風鈴は、ちりんという音ひとつ出さない。
「あつい~」
「幽々子様、はしたないです」
癖なのか、私を誘うためにわざとやっているのか、着物の胸の辺りをパタパタとするのはやめて欲しい。
「なにを?」
きょとんとした表情で聞き返してくる。
本人には自覚が無いのだから困る。
「なんと言いますか・・・・その胸元パタパタです」
「これ?」
「はい」
「や~よ」
子供か。子供なのか。や~よって。って、良く見たら、着物の帯も緩んでいるではないか!
「幽々子様、ここが白玉楼だからといって、そんなにはしたない格好をされては困ります」
「白玉楼だから?・・・それは違うわね」
幽々子様はいつもこうだ。かなりの確率で的外れな答えを返してくる。
「では、何故ですか?」
「もう、本当に鈍感ね」
「あなたの前だからこんな格好が出来るのよ」
「・・・・え?」
一瞬、幽々子様が言った言葉の意味が分からなかったが、気付いた瞬間、かぁっと再び顔が熱くなった。
確かに、客人の前ではこんな仕草や格好はしないし、私の前だけでこんなことをしている気がする。
「な、なんで急にそんな事を言うんですかっ!!」
信頼して貰っている、そう捉えるべきなのだろうか。それとも、別の意味なのだろうか。
「妖夢が笑わせてくれたから、かしら?」
「・・・・」
「いえいえ、からかっている訳じゃない・・・とは言い切れないけど、私はスイカの種一つで心配してくれたあなたを信頼しているし・・・。それに、そんな迷信を信じている妖夢が可愛くて可愛くて」
「もう、好きにしてください・・・」
ふぅっ
「みょんっ!?」
いきなり耳に息を吹きかけられた。
「何するんですか急に!?」
「あら?だってさっきあなた好きにしてって・・・・」
「もう、そういう意味じゃなくて・・・・」
なんだか怒らなくても良いような気がしてきて、言おうとした言葉が消えた。
「そういう意味じゃなくて?」
「・・・何でもありません」
「じゃあ、好きにしていいの?」
「・・・良いですよ」
恥ずかしい何言ってんだ私は。
言い訳ではないが、雰囲気というか、そういう感じの物に流されてしまった。
まぁ、幽々子様といえどこんな暑い中で、それほど凶暴化することは無いだろう。そこのところは安全だ。
「じゃあ、じゃあ・・・・」
改めて好きにしていいと言われて、少し悩んでいるようだ。
というより、そんなにやりたいことがあるのか。
「じゃあこーして・・・」
ぎゅっ
冷たい手で手を握られた。幽々子様は体が体なので、体温は低い。なのに、暑い日には涼を求める。
幽々子様の手の平は冷たくて、もやもやと熱を持っていた私の手の平が丁度良いくらいに冷えた。
「妖夢のおててあったかいわね~」
「幽々子様の手は冷たいですね」
私が言うと、全然冷たくないわよ?と自分の手で頬に触れては首を傾げていた。
幽々子様の手は、この世の物ではないような柔らかさだ。やさしい肌触りの手の平は、いつまでも触っていたいほどだ。
「つぎは・・・ほっぺー」
ぴとっ、と先程のように頬を私の頬にくっつけてきた。
やはり冷たくて気持ちが良い。こんな蒸し暑い日にはぴったりじゃないか。
「んふふ~。ひゃっこ~い」
幽々子様もご満悦の様子。これで2人とも涼めるのであれば、少しくらいこうしていても良いのではないか?
ちょっとした考えが頭を過ぎる。
「幽々子様、涼しいですね・・・」
手を繋いで、頬と頬を合わせて、不思議な状態ではあるけれど、幽々子様の体から直接感じる涼と、団扇などで得る涼は、物が違う。
ただくっついているだけなのに、このままでいたいような、早くこの場を離れたいような、複雑な気持ちががぐるぐると体の中を駆け巡る。
「あら、どうしたの」
「いえ、ただそう思っただけです・・・」
きっと涼しいからだろう。体は今、涼を欲しているのだ。
「じゃあ・・・もっとサービスしてあげるっ」
「ぎゃっ!幽々子様、着物が緩んでっ!抱きつかないで下さいよ!あたっ、当たってます!」
「ぎゅ~。ひゃっこいひゃっこい」
「ん~っ!」
ぎゅっと抱かれるのは、手を握られるのは、頬をくっつけるのは、嬉しくて、恥ずかしい。
それから、こうしていると、涼しくて、幸せだ。特に、こんなに暑い晩には。
「あの・・・幽々子様」
「なに?」
「2人の時・・・だけですよ?」
「・・・えぇ」
絶対に人には見られたくないが、幽々子様と2人だけなら、たまにはこうやって涼むのも悪くないかもしれない。
種は食べると盲腸炎になりやすいってきいたなぁ
相変わらず塩をかけたくなるほど甘さだ…(※甘さが際立ちます
夏といったらスイカ・・・ですけど、今は冬にでも食べられちゃいますよね。
盲腸炎・・・ですか。本当のところどうなんでしょうね?
>>2.奇声を発する程度の能力 様
8/6なので(よう/む)の日ですね。
>>3.名前が無い程度の能力 様
ありがとうございます。
スイカに塩をかけると、いつもかけすぎちゃうんです・・・。
コメントありがとうございましたッ!