今日はとても暑い日だ。
田んぼの畦道は、夏の日差しでもやもやとして暑い。陽炎がゆらゆらと揺れている。
お気に入りのリボンは外し、代わりに麦藁帽子を被っているのだが、やはり暑い。
ゆっくり歩を進め、脇の田んぼを覗いてみれば、規則正しく稲が並んでいる。
額に浮かぶ汗は鬱陶しい。買って来たスイカの入った袋を引っさげて、夏の日差しを浴びながら歩く。
何故歩くのか、飛べば良いだろう。そう言われたのなら、私は「歩きたいから歩くだけ」としか言いようが無い。
ジワジワジワジワ・・・シュワシュワシュワ・・・・ジジジジジジ・・・
絶え間なく聞こえるセミの声に包まれながら深呼吸を1つ。
聞こえてくる蝉の声は、これほど暑い中でも響き渡る。
ひとり道を歩く私は、ひとりだけ別の空間に切り離されたような錯覚を覚えた。
―――あぁ、暑い。
目の前にはまだ田んぼが続いている。
その奥にはきっと、畑があるのだろう。そこに続く道にもまた、陽炎が現れている。
先程から耳に飛び込んでくるセミの鳴き声は不快なものだとは思わない。
遠くの空に見える入道雲は、動いていない様に見えるが、実際はじりじりと迫って来ている。きっと後で夕立がくるのだろう。
たまに頬を撫でる生温い風は、申し訳程度の涼を私に与え、そのまま彼方へ去って行く。
蚊に刺された二の腕のに痒みを感じるが、ぐっと堪える。虫刺されは掻かない方が良い。痕が残る。
―――夏だなぁ。
思えばもうすっかり夏だ。夏は暑いが嫌いではない。むしろ好きだ。蝉が鳴き、強い太陽の日差しを感じ、熱い風に当たる事が出来るのは、夏だけだ。
もし、夏と冬の2つしか季節が無いというのなら、嫌になってしまうかもしれないが。
夏と冬と、その間にある春と秋、季節があるからこそ、時が流れるのは早いのだと私は思う。
田んぼ道を通り過ぎると、小川が見えた。
足の脛の辺りまで水に入れて、子供達がなにやらはしゃいでいる。みんな見覚えのある顔だと思えば、里でよく見かける子供達ではないか。豆腐屋の子、八百屋の子、漬物屋の子。漬物屋の子は兄妹で来ているようだった。
何をしているのかと、近寄って見てみると、皆一様に足元をじっと見ている。
きっと、魚か何かを捕っているのだろう。
「何をとっているの?」
――えっとね・・・いろいろ!
元気に答え、顔を上げた少年は、とても楽しそうな顔をしていた。
「沢山とれた?」
――うん!
どうやらなかなかの収穫らしい。
男の子も、女の子も、太陽に負けないような眩しい笑顔。
こんなに暑い中でよくもこんなに元気でいられるものだ、と感心する。
ふと足元に目をやれば、青いバケツが置いてある。
「見てみていいかな?」
――うん。いいよ。
子供達に声を掛け、バケツの中を覗いてみると、フナやタナゴが泳いでいて、底にはドジョウ、カワニナにエビガニが2、3匹。
――すごいでしょ!?
「うん、すごいね」
――このエビガニは僕がとったんだ!やっぱり前から掴むのは危ないね。はさまれちゃった。
エビガニにはさまれたのだろう右手の人差し指を誇らしげに見せてくれた。
血は出ていなかったのだが、この子なりには痛かったのだろう。
「大丈夫?」
――大丈夫さ。全然痛くないし。
―くすっ。はさまれたときは痛い~、痛い~って叫んでたのに。
少年の後ろに立っていた、少女はくふふ、と笑いを隠し切れない様子。この子は少年の妹だったか。
――うっさい!嘘だよあれは!ほんとは全然痛くなかったんだ!
子供らしい独特のやり取りに、思わず頬が緩んでしまう。
「・・・そうだ」
靴を脱いで、小川の水に足を浸してみる。これだけ暑い気温の中で、流れる水がこれほど冷たいとは。幽々子様が良く盥に水を張って足を入れているのも分かる。
太陽の光を反射して、小川の水は磨かれた水晶玉に光を当てた時のようにキラキラと輝いていた。
足の裏にごろごろ転がる小石も足の裏を刺激して結構気持ちがいい。
近くで魚捕りをする子供達に注意しながら、ぱしゃぱしゃと水を蹴る。
空中で水滴はガラス玉のように丸くなり、キラッと光を反射したかと思うと、水晶玉のような水面へと帰っていった。
「じゃ、私はそろそろ行くね」
――え~。もう少しいればいいのに~。
ところがそういう訳にもいかない。すっかり忘れていたが、私はおつかいから帰る道最中だったのだ。
寄り道をしてしまったが、まだそれほど経っていないから大丈夫だろう。
子供達に手を振り、小川を後にすると、次は林の中。
林の中の、人が歩けるように整備された道は、歩きやすいうえ、木があるおかげで、少しは涼しい。
林の木々の間を通り抜ける風は、汗ばんだ体の所為で余計に涼しく感じる。
荷物のスイカは少し重いが、白玉楼はもう少しだと思えばどうという事は無い。
―――やっぱり、飛んで行けば良かったかな。
後悔ではないが、やはりそうした方が良かったのかもしれない。
汗で服がじっとりして気持ちが悪い。
水筒に入った水を飲み干す。喉を通る水の冷たさを感じる。水筒は空っぽになったが、残りの距離を考えれば問題無い。
ふよふよと体の側に浮く半霊を首に巻いてみる。すると、これが思った以上に冷たくて気持ちが良い。
帰ったら幽々子様に教えようかな・・・いや、やめよう。
ジーワジーワ、ミーンミーン、ジジジジジ、と八方からセミの声が響く。
林に入ってから一層強くなったセミの声は、やはり不快なものではない。
自分がセミだったら、どう生きていくのだろう。
長い間土に潜り、少しの間だけしか生きられぬ。そんな儚い生き物に私がなったら、どう思うのだろう。
地上での短い時間の中で、何が残せるだろう。そして、蝉より長い寿命を持つ私は、これから何かを残す事が出来るだろうか。
そんな事を考える内に、いつの間にか林を過ぎ、白玉楼の石造りの階段の前まで来ていた。
石造り、というのは嫌いではないのだが、夏は日差しで熱くなるのであまり好きではない。
ここばかりは飛んで行っても良いような気もするが、ここまで歩いてきて、最後だけ飛ぶというのはどうかと思う。
心頭滅却すれば火もまた涼し。暑いと思うから暑いのだ。
たん、たん、たんと急ぎ足で階段を上る。
白玉楼へ帰ったらまず最初にすべき事は、買って来たスイカを冷やす事だ。
きっと幽々子様は、私の・・・いや、スイカの帰りを待っているはず。
そして、幽々子様は、いつものように縁側に座り、扇子でパタパタと自分を扇いでいるのだろう。
このじりじりと焼けるような日差しは、地上の皆に平等にに降り注ぐ。明日からもきっとこんな天気が続く。
石段の上はじりじりと暑いが、この階段ももう少し。
脚に力を入れ、一段一段上っていく。一段、二段、三段。私はゴールに近づいていく。
―――ふぅ、やっと着いた。
大きく息を吐き出し、大きく息を吸う。
屋根の下へ行き、日差しから逃れられたら、まずは汗で濡れた服を着替えよう。
それから買って来たスイカを氷水で冷やそう。
そうしたら、次は、軒に吊るした風鈴の音色を楽しみながら、キンキンに冷えた麦茶でも入れて飲む事にしよう。
暑い中、里から歩いて帰ってみたが、後悔は無い。
結局のところ、私は夏というものを味わいたかったのかも知れない。
今度は里までの道を、幽々子様と一緒に歩いてみようか。
きっと暑い暑いと言うだろうけど、夏の熱い風も、セミの鳴く林なんかも一緒に味わいたい。
「只今戻りました」
――――お帰りなさい。遅かったわね。あらあら、汗びっしょりじゃない。早く着替えてらっしゃい。
「・・・はい。あ、そうだ。スイカ買って来ましたよ?」
――――じゃ、早速食べましょう。
「ダメですよ、ちゃんと冷やしてからの方がおいしいです」
――――は~い。
そうだ。その時も、魚捕りの子供達はあの小川にいるだろうか。もしいるのなら、あの子達の太陽のような笑顔を幽々子様に見せてあげたい。小川の、水晶のような水の中に、足をつけてのんびりするのも、いいかもしれない。
「・・・幽々子様。今度、散歩に行きませんか?」
――――あら、いいわね。ちょっと、暑いけど。
「暑いから、良いんですよ」
縁側で、冷えた麦茶を飲み、スイカを食べながら、帰るまでにあった事を話し、散歩の予定を立てながら、私達は夕立がくるまで話し合った。
風を感じていただけたようでなによりです。
>>2.奇声を発する程度の能力 様
夏ですよ・・・。いい季節です。
>>3.名前が無い程度の能力 様
夏の青空はとっても気持ちがいいですよね。暑いですけど。
コメントありがとうございましたッ!