パチュリーさまは今日もお綺麗。日に当たっていない病的な白さや、筋肉が衰えてほそほその腕にとても惹かれます。
「ねぇ小悪魔、紅茶が欲しいわ」
喘息と腹筋の衰えが要因の小さな声を私は難なく拾い上げます。悪魔とは地獄に住まう者。地獄耳なのは当然です。
紅茶の茶葉はブロークンタイプのものをたっぷり使います。茶葉そのままのフルリーフより、粉砕してあるブロークンタイプのものの方が抽出時間が短くて済みます。私にはメイド長のような時間停止能力がないので少しでも時間短縮を図るためにです。飲みたいと思ったときにすぐ飲んでいただきたいですからね。そして気になる本があると昼夜を忘れて没頭してしまうパチュリーさまのために濃いめの紅茶を入れます。だから茶葉たっぷり。こうすることでカフェインを多く摂取してもらい、眠気を追い払います。とはいえ捨食の法を習得しているパチュリーさまには必要ないので私が勝手にしていることです。
でも以前に間違えて濃いめの紅茶をお出ししてしまったときに「おいしい」と褒められたからかもしれません。やっぱり怒られるよりは怒られない方がいいですし、加えて何もないよりは褒められた方が嬉しいです。椅子に腰かけてひたすらに文字を追う目は真剣そのもの。ちょっぴり寂しいけれどこれはパチュリーさまの人生のテーマみたいなものなので私は口出しする気はありません。でもたまに、本の次の次くらいにでいいから、私のこと見てくれたら嬉しいなって思います。
図書館内に設置された小さなキッチンは私の根城。小さいながらも様々な調理器具が揃っています。だけど湯を沸かす間、私はとてもヒマです。お菓子をお付けするかどうか考えるくらいしかやることがないからです。困ったなぁ。くつくつと薬缶の底を叩く楽しげな音が聞こえてきて水蒸気が視界を覆います。すぐに消えてしまうんですけどね。
まずはポットとティーカップに湯を注ぎ予めあたため、紅茶の温度を損ねないように準備します。あ、あくまでも紅茶の場合ですのでお茶の種類によっては変えないとダメですよ? 日本茶なんかの場合、湯呑はあたためたらダメです。その湯を捨てたら茶こしを嵌めて茶葉を入れ、勢いよく湯を注ぎます。勢いよく注ぐことにより茶葉がポット内を飛び跳ねて充分に抽出されるからです。もちろんティーカップの湯も捨ててくださいね。
あとは台車に載せてこぼさないように運ぶだけ。2回目用の湯をいれたポットもあります。それから念のためにミルクと角砂糖を個別に用意しました。レモンはあまりお好きではないようなので無くてよし。うん、これで大丈夫でしょう。
パチュリーさまの元へ向かう時間はとても幸せな時間です。だってパチュリーさまのことだけを考えていればいいんですから。そしてご用命を果たしている最中という使命感も得られます。ドジが多い私が満足に出来る仕事はあまり多くありませんが、パチュリーさまのための紅茶を淹れることに関しては私が一番上手にできる自信があります。メイド長にだって負けるつもりはありません。
「あいたっ……あつっ」
さぁ、いよいよ紅茶を淹れます!
フタを押えて静かに注ぎます。薄紅色からはじまって、注ぎ終える頃には美しい紅に。カップがこの館にふさわしい色に染まります。いい薫りです。きっと今回も成功ですね。
「パチュリーさま」
横からそっと声をお掛けします。邪魔をしては失礼ですからね。こうするとパチュリーさまは振り向くことはないけれど、おもむろに本を閉じてくださります。私はパチュリーさまの左側にソーサーを置き、その上にカップを置きます。さらに隣にミルクと角砂糖も並べて。
パチュリーさまが手を伸ばし取っ手を掴みます。それを私は手を揃えて姿勢を正し、見守ります。口づけてこくりと一口飲むまでがとても長く感じるのは何故でしょうか? これは何度経験してもドキドキして慣れません。
「……おいしいわ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「こっちへいらっしゃい」
「?」
「手、出して」
「え、あ、はい」
パチュリーさまが私の左手を掴みました。はて、手相でも見るんでしょうか? そのままパチュリーさまは口を大きく開けて、私の指を入れました。
……ん? 入れました?
「え、え、えええええええちょ、パチュリーさま何やってるんですか!」
「あなた、やけどしたでしょう」
「そう、ですけど、なんで知って、うひゃう!」
赤くミミズ腫れしてしまった皮膚を優しく舐められました。生ぬるい舌が患部の熱を奪うようにゆっくり、じれったく動きます。私はへっぴり腰になるし、羽は勝手に動くし、頭はパンクしそうだしでもう、てんやわんやです。でも目を閉じて私の指を舐めるパチュリーさまのお顔が美しいなぁ、なんて考えるくらいには妙な余裕がありました。と同時にうわぁ、なにこれ夢じゃないかなって疑ってしまうくらいに思いがけない出来事でした。
「……んちゅ、っぱ」
「パ、パチュリーさま……?」
「まだ痛むかしら?」
「え? あ、そういえば痛くない、かも……」
「ついでに魔法もかけといたから、じきに腫れも引くはずよ」
「な、なんで私がやけどしたって、」
「あなた手を揃えるときはいつも左手を上にする癖があるでしょう。なのに今日は右手が上だったわ。気になったから観察してたの。そうしたら案の定。ドジが多いんだから気をつけなさい」
私って手を揃えるときは左手を上にしてたんだ。自分ですら知らない癖をパチュリーさまが知っていたなんて。しかもやけどを治してくれたし、その、……舐めてくれたり。その時の私は嬉しさと恥ずかしさと畏れ多さが入り混じって、とってもヘンな顔をしていたんだと思います。
「……いやだった?」
「いえ、全然、けしてそんなことはありません!!! むしろ嬉しすぎて、私っ……!!」
「そう、なら良かったわ」
そう言ってパチュリーさまはまた本を手に取り、静かに読み始めました。私は手を押えたまま石像のように突っ立って動けません。何度目かの紅茶をすする音が聞こえてやっと意識がはっきりしました。
たまにでいいから、本の次の次くらいにでいいから。私のこと見てくれたら嬉しいなって思っていたけれど。私の想像以上にパチュリーさまは私のことを見ていてくれたの、かもしれません。う、嬉しい……!!
「そういえば。たしか今日は咲夜がパイを焼くって言っていたわ。貰ってきてちょうだい」
「……はいっ、パチュリーさま!!!」
本当はマナー違反ですが、小走りで図書館を去ります。これは一口めの紅茶の感想を待つよりもドキドキする出来事になってしまいました。大変、大変! メイド長に不審に思われないように気を付けなければいけませんね。
あふれかえるこの気持ちはどうしようもなくて、私はまだ図書館内にも関わらず、思わず口に出しました。もちろん小声ですよ?
「パチュリーさま、大好きです……」
よいぱちゅこぁ。
本文最後とあとがきの配置が、二人の気持ちの距離を表してるみたいでキュンとしました
ともあれ小悪魔かわいい
どうしてくれる(訳:いいぞもっとやれ)
魔法で治せるなら舐める必要もないはず、そこをあえて
舐めたということは(ry
そんなこと思ったら、クソ萌えた!!