――たのもー、たのもー!
緑が映える白玉楼。
縁側で茶菓子を摘まむ西行寺幽々子は小首を捻った。
入口から届けられる声には聞き覚えがあり、誰何で悩んでいる訳ではない。
幽々子の疑問は、挑戦者の来訪理由だった。
そも白玉楼に来る客は少ない。
自身と従者の友を合わせても、月に一度あるかないかだ。
だと言うのに、此処一週間で既に数度、今日の挑戦者のような声を聞いている。
(何かあったかしら……)
幾ばくか考えるも、推測すら浮かんでこなかった。
頭が回らないのは糖分が足りていないからだと思い、幽々子は続けて茶菓子を口に運ぶ。
ぱくりと齧ると濃厚な甘みが口全体に広がった。
今日のお菓子は饅頭だ。
齧る合間に、弾幕の爆ぜる音がする。
解っていることが一つ。
挑戦者の目的は、幽々子ではなく従者の魂魄妖夢にあるようだ。
その理由は明白で、数度の内に一度たりとも幽々子は挑まれていなかった。
では、妖夢が追い返したという可能性はないだろうか。
残念ながら、その可能性は極めて低く、考えるに値しない。
何故かと言うと――「みょわー!?」――大概において、挑戦者よりも従者の悲鳴が先に耳を打っていたからだ。
残った饅頭をごくんと飲み込み、幽々子は結論に至った。
(後で妖夢に聞きましょう)
――ピチューン。
暫くして。
幽々子は妖夢を呼び出した。
何時もよりほんの少し遅い到着に弾幕ごっこの勝敗が透けて見え、微苦笑を浮かべる。
「何用でしょうか、幽々子様」
膝をつき顔をあげる妖夢には、予測の通り、手痛い敗北の証が見て取れた。
「その前に……ねぇ妖夢、風祝はまた腕をあげたの?」
「‘力‘は勿論、戦い方に幅が……え、私、早苗さんだと言いました?」
「いいえ、言っていないわ。私はなんでもお見通し」
『見た』のではなく『聞いた』なのだが。
加えて、妖夢の頬には解りやすい印が貼られていた。
それは大きめの絆創膏であり、デフォルメされた蛙が踊っている。
尊敬の眼差しを向けてくる妖夢に今更説明する気にもなれず、幽々子は話を続けた。
「だけど、そう……。
あの子も此方に来て結構になるものね。
妖夢、貴女もうかうかしていられないんじゃないかしら?」
笑みながらも、内心、意地の悪い言い方だと思う。
弾幕の技量という点で見れば、風祝の上達具合は他と話にならないほど高い。
当然だろう、彼女は数年前まで、ただの人間に近い状態で暮らしていたのだから。
よくある話で例えれば、60点の者が80点を取るよりも10点の者が50点を取る方が容易と言う訳だ。
――ともかく、少し考えれば解る話なのだが、生憎と幽々子の従者は考えない。
「はい、うかうかしていられません」
故に意地の悪い言い方だと幽々子自身が思ったのだが、どうやら妖夢には妖夢の考えがあるようだ。
「あら……じゃあ、貴女はどうするの?」
幽々子に向けられた視線には、何時もより熱が籠っている。
「花の、大結界異変を覚えていますか?
その頃に使っていた技を磨き直しているんです。
カードほどの威力はありませんが、何度でも撃てるのは魅力だと思いました。
ただ、どうしても力を貯める時間が必要になりますので、その短縮を計っています。
今はまだ試行錯誤の段階なので後れをとることも多々ありますが、あと少しで実戦でも通用するかと思います」
妖夢にしては珍しい熱弁だった。
思う思うと繰り返す妖夢に微苦笑しつつ、そのはしゃぎように幽々子の表情も緩くなる。
「いつも一緒にいると解りにくいけれど、貴女も日々成長しているのね。母様は嬉しいわ」
「私は幽々子お嬢様の刀にして盾。お褒めの言葉は身に余る光栄です」
「ことさら臣下の面を強調したわね!?」
あと、瞳の熱が一気に冷めていた。
親の心子知らず。
主の心僕知らず。
尤も、知ったところで何がどうなる訳でもないのだが。
小さくため息をつき、幽々子は話を続けた。
「貴女の事情は解ったけれど、それにしても貴方のお友達は随分と親切ね」
「うどんげさんやアリスさん、早苗さんに関しては同意しますが……」
「あら、月兎も来ていたの? あがっていけば良かったのに」
「あ、いえ、うどんげさんとは先日、永遠亭にて一勝負を致しまして」
「そうなの。じゃあその話を聞いて、人形遣いや風祝が助力に来たと言う訳なのね」
納得したと頷く幽々子だったが、当事者の妖夢は曖昧に首を横に振る。
「或いはそうだったのかもしれませんが……」
次第に語尾が掠れていく様に、幽々子は別の、何らかの理由があったのだろうと推測する。
その思考に間違いはなく、確かに『従者の友達』は各々目的があり、此処を訪れていた。
けれど、幽々子にしてその目的は見当もつかず、また、同一のものであるとは思いもしなかった。
「弾幕ごっこで賭けをしていたんです。負けた方が勝った方の言うことを聞く、と」
「貴女の場合は修業の練習台よね? 連戦連敗だけど」
「返す言葉もございません」
余りにも身近にいるために、従者の特質をそう捉えていなかったのだ。
「それで、ですね。
ほら、結構暑くなってきたじゃないですか。
ですので皆さん、異口同音に『一晩抱いて寝かせろ』と求められまして」
そう、純粋な霊ほどではないにしろ、妖夢の体温は低い。
寝苦しい夜に最適な抱き枕である。
凹凸も少ないし。
「何処からか悪意を感じる――って、あの、幽々子様?」
流石は妖夢、勘が良い。
だが、揶揄の先を探るよりも気に留めなくてはならないことがあった。
眼前の主が、顔を俯かせ、肩を震わせ、わなわなともろ手を挙げている。
衝撃的な宣言に、幽々子は感情のまま、妖夢の両肩を掴み、叫ぶ。
「妖夢! 私は貴女をそんなふしだらな子に育てた覚えはないわよ!?」
「あぁ、その手の問答は皆さんとやり飽きました」
「例えば!?」
例えば――
『間に合ってるぜ』
『あら駄目よ、そう言うことは高等部になってから』
『間に合ってるわ』
『その代り、冬はぎゅっとしてあげる。温かいんだから』
『なんなら永遠の寵愛を約束するわよ?』
――こんな。
「一番悲しかったのは霊夢です。『は?』って。酷い」
「なんだか表情が浮かぶわー。……さっきはどう?」
「『うふ』の一言でした。怖いけどドッキドキ」
ほんとに妖夢はむっつりさんですね。
「また悪意が!?」
「妖夢、いきなり抜刀しないで頂戴」
「あ、幽々子様でしたか。うぉぉぉい!?」
その怒号もどうだろう――思いつつ、幽々子は扇を取り出し、音と共に広げた。
しゃん。
短くも鋭い音が耳を打つ。
少なくとも、妖夢の平静は取り戻された。
刀が鞘に収められると同時、幽々子は妖夢に視線を合わせる。
「それで、日程は決まっているの?」
「まだ具体的には……ただ、近日中にと頼まれています」
「そう。約束を反故にするのはいけないわね。……仕方ない、か」
しゃん。
幽々子は呟き、扇を閉じる。
次に開かれた扇は、けれど音を立てなかった。
何故なら、その扇は‘力‘の現れ――妖力によるものだったからだ。
「ゆ、幽々子様!?
まさか幽々子様も私を抱きたいと!
全力で抵抗する所存で、かかってこぉいっ!」
言いつつも、また刀を構える妖夢。
微苦笑し、幽々子はその頭を扇で打つ。
こつん、と小さな音が鳴った。
そして、小さな小さな罠を張る。
「繰り返しになるけれど……母様は妖夢をそんなふしだらな子に育てた覚えはありません」
「幽々子様が肉親でしたらとっくの昔にぱついち殴っています」
「時々手をあげられているような」
急いでそっぽを向く従者に、幽々子は笑みを浮かべる。
微笑の理由は、易々と張った罠にかかったから。
だけれど、それだけでもない。
(ほんとにもぅ、頼りない子ねぇ)――細められた目には、隠しようもない親愛の情が滲んでいた。
「ともかく――‘近日中‘になる前に、貴女のお友達をこてんぱんにしないとね」
「んな!? 子供の喧嘩に出張る親のような……あ!」
「そう、私は貴女の親ではないのよ」
言葉尻を捉え、会心の笑みを浮かべつつ、幽々子は続けた。
「だから、誰にも、勿論、貴女にも、そう言うことを止められる理由はないわよねぇ?」
<了>
《因みに、妖夢としては嬉しさ半分煩わしさ半分といった具合でした》
さて。
博麗神社、魔法の森、紅魔館をクリアして、幽々子と妖夢は次なる目的地へと辿り着いた。
常日頃は来訪者を拒み閉ざされた感のあるその道筋は、どう言う訳かオープンガード、スカートを膝上二十センチほどまでたくしあげた女子のようであった。
晒しが見えるか見えないかのラインと例えてもいい。
ともかく、主従が降り立ったのは、‘不思議なお屋敷‘と書にも記された永遠亭である。
「さ、流石に若い子との連戦は疲れるわー」
「そーゆー言い回しは止めてください!」
「あのね、貴女、穿ち過ぎよ」
そんな主従の会話を聞きつけたのか、迎えたのもまた、永遠亭の主従。
「妖夢だ! こんにちは、妖夢!」
「それと、幽々子もね。御機嫌よう」
否、ペットと飼い主だった。
「はぁい、御機嫌よう輝夜」
「お久しぶりです、うどんげさん」
飼い主に挨拶を返す幽々子だったが、視線はそのペットへと向けていた。
守矢の風祝も残っているのだ、時間をかけてはいられない。
無邪気な鈴仙を愛でつつも、自身の体に鞭を打った。
いきなり‘力‘を展開し、手を伸ばす――弾幕ごっこへの誘いだ。
「抱き枕の件、覚えているわよね? 奪い返させてもらうわ」
「あら、大人げのないこと。だけど、いいわよ、きなさい」
「ふぅん、言うようになったじゃない、かぐ……あ?」
返された言葉に、幽々子は、珍しくも本気で首を傾げる。
「妖夢のことでしょ?」
「えと、その、うん」
「あ、輝夜さんもです」
輝夜の確認にぱくぱくと口を開閉する幽々子、妖夢もこくりと頷いた。
数秒の間。
「ちょっと輝夜、貴女の力量なら私に勝負を挑んで妖夢の件を頼むべきでしょう!?」
「いえ幽々子様、うどんげさんの後に、私から手合わせをお願いしました」
「そも弾幕したのも含めて聞いてないわよ!?」
「はて、含められた方は言っていたはずですが……」
「あー、『永遠の寵愛』云々ね。そんなんで解る訳ないでしょー!?」
更に数秒の、間。
「ねぇ幽々子、それはつまり、貴女も倒して主従両名とも抱きなさいと言う誘いかしら?」
姫様がなんか言いだした。
一瞬、ぽかんとする幽々子。
彼女の視界には、三つの顔が映っていた。
ころころと笑む輝夜、小首を傾げる鈴仙、そして、顎を落とさんばかりの妖夢。
誘いに乗って、幽々子は口を開く。同時、首元のリボンも解かれた。
「あぁぐーや、ウチを好きにしてもええから、妖夢は、妖夢だけは堪忍よ……」
「くふふ、それは貴女の態度次第、愉しませてくれるなら考えてあげる」
「そんな妖夢の前でだなんて!? いや、やめて、……あぁっ」
注。幽々子様と姫様は何もしていません。
「あぁ! これが噂の主従丼!?」
「ど、丼もの? 親子丼とかそういう……?」
「はっ、いけませんうどんげさんそんな破廉恥な言葉を!」
「え、え? あ、ともかく、姫様を止めないと! 幽々子さん嫌がってるし」
「否っ! 幽々子様のあれは駆け引きの一種! いやよやめてはOKサインもしも愛なら紛い物で栗の――!」
注。むっつりと天然は真剣です。
妖夢の言葉が続けられるよりも速く、幽々子と輝夜は動いた。
前者はぽいっと扇を放り投げる。
後者は皮衣だった。
その目標は、従者でありペット。
「はなんっ!?」
「う、うさ!?」
驚きの声があげられると同時、幽々子と輝夜は‘力‘を展開させる。ごっこ遊びのための‘力‘を。
「もう、妖夢ってば……」
「月因幡に見せるのはまだ早い」
「貴女も大概ペット馬鹿……って、え、本気?」
袖で口元を隠し、輝夜が目を細める。
眉根を寄せて、幽々子も微苦笑を浮かべた。
そして、妖夢と幽々子の貞操をかけた弾幕ごっこが始められるのだった――。
《/因みに、妖夢としては嬉しさ半分やらしさ半分といった具合でした》
緑が映える白玉楼。
縁側で茶菓子を摘まむ西行寺幽々子は小首を捻った。
入口から届けられる声には聞き覚えがあり、誰何で悩んでいる訳ではない。
幽々子の疑問は、挑戦者の来訪理由だった。
そも白玉楼に来る客は少ない。
自身と従者の友を合わせても、月に一度あるかないかだ。
だと言うのに、此処一週間で既に数度、今日の挑戦者のような声を聞いている。
(何かあったかしら……)
幾ばくか考えるも、推測すら浮かんでこなかった。
頭が回らないのは糖分が足りていないからだと思い、幽々子は続けて茶菓子を口に運ぶ。
ぱくりと齧ると濃厚な甘みが口全体に広がった。
今日のお菓子は饅頭だ。
齧る合間に、弾幕の爆ぜる音がする。
解っていることが一つ。
挑戦者の目的は、幽々子ではなく従者の魂魄妖夢にあるようだ。
その理由は明白で、数度の内に一度たりとも幽々子は挑まれていなかった。
では、妖夢が追い返したという可能性はないだろうか。
残念ながら、その可能性は極めて低く、考えるに値しない。
何故かと言うと――「みょわー!?」――大概において、挑戦者よりも従者の悲鳴が先に耳を打っていたからだ。
残った饅頭をごくんと飲み込み、幽々子は結論に至った。
(後で妖夢に聞きましょう)
――ピチューン。
暫くして。
幽々子は妖夢を呼び出した。
何時もよりほんの少し遅い到着に弾幕ごっこの勝敗が透けて見え、微苦笑を浮かべる。
「何用でしょうか、幽々子様」
膝をつき顔をあげる妖夢には、予測の通り、手痛い敗北の証が見て取れた。
「その前に……ねぇ妖夢、風祝はまた腕をあげたの?」
「‘力‘は勿論、戦い方に幅が……え、私、早苗さんだと言いました?」
「いいえ、言っていないわ。私はなんでもお見通し」
『見た』のではなく『聞いた』なのだが。
加えて、妖夢の頬には解りやすい印が貼られていた。
それは大きめの絆創膏であり、デフォルメされた蛙が踊っている。
尊敬の眼差しを向けてくる妖夢に今更説明する気にもなれず、幽々子は話を続けた。
「だけど、そう……。
あの子も此方に来て結構になるものね。
妖夢、貴女もうかうかしていられないんじゃないかしら?」
笑みながらも、内心、意地の悪い言い方だと思う。
弾幕の技量という点で見れば、風祝の上達具合は他と話にならないほど高い。
当然だろう、彼女は数年前まで、ただの人間に近い状態で暮らしていたのだから。
よくある話で例えれば、60点の者が80点を取るよりも10点の者が50点を取る方が容易と言う訳だ。
――ともかく、少し考えれば解る話なのだが、生憎と幽々子の従者は考えない。
「はい、うかうかしていられません」
故に意地の悪い言い方だと幽々子自身が思ったのだが、どうやら妖夢には妖夢の考えがあるようだ。
「あら……じゃあ、貴女はどうするの?」
幽々子に向けられた視線には、何時もより熱が籠っている。
「花の、大結界異変を覚えていますか?
その頃に使っていた技を磨き直しているんです。
カードほどの威力はありませんが、何度でも撃てるのは魅力だと思いました。
ただ、どうしても力を貯める時間が必要になりますので、その短縮を計っています。
今はまだ試行錯誤の段階なので後れをとることも多々ありますが、あと少しで実戦でも通用するかと思います」
妖夢にしては珍しい熱弁だった。
思う思うと繰り返す妖夢に微苦笑しつつ、そのはしゃぎように幽々子の表情も緩くなる。
「いつも一緒にいると解りにくいけれど、貴女も日々成長しているのね。母様は嬉しいわ」
「私は幽々子お嬢様の刀にして盾。お褒めの言葉は身に余る光栄です」
「ことさら臣下の面を強調したわね!?」
あと、瞳の熱が一気に冷めていた。
親の心子知らず。
主の心僕知らず。
尤も、知ったところで何がどうなる訳でもないのだが。
小さくため息をつき、幽々子は話を続けた。
「貴女の事情は解ったけれど、それにしても貴方のお友達は随分と親切ね」
「うどんげさんやアリスさん、早苗さんに関しては同意しますが……」
「あら、月兎も来ていたの? あがっていけば良かったのに」
「あ、いえ、うどんげさんとは先日、永遠亭にて一勝負を致しまして」
「そうなの。じゃあその話を聞いて、人形遣いや風祝が助力に来たと言う訳なのね」
納得したと頷く幽々子だったが、当事者の妖夢は曖昧に首を横に振る。
「或いはそうだったのかもしれませんが……」
次第に語尾が掠れていく様に、幽々子は別の、何らかの理由があったのだろうと推測する。
その思考に間違いはなく、確かに『従者の友達』は各々目的があり、此処を訪れていた。
けれど、幽々子にしてその目的は見当もつかず、また、同一のものであるとは思いもしなかった。
「弾幕ごっこで賭けをしていたんです。負けた方が勝った方の言うことを聞く、と」
「貴女の場合は修業の練習台よね? 連戦連敗だけど」
「返す言葉もございません」
余りにも身近にいるために、従者の特質をそう捉えていなかったのだ。
「それで、ですね。
ほら、結構暑くなってきたじゃないですか。
ですので皆さん、異口同音に『一晩抱いて寝かせろ』と求められまして」
そう、純粋な霊ほどではないにしろ、妖夢の体温は低い。
寝苦しい夜に最適な抱き枕である。
凹凸も少ないし。
「何処からか悪意を感じる――って、あの、幽々子様?」
流石は妖夢、勘が良い。
だが、揶揄の先を探るよりも気に留めなくてはならないことがあった。
眼前の主が、顔を俯かせ、肩を震わせ、わなわなともろ手を挙げている。
衝撃的な宣言に、幽々子は感情のまま、妖夢の両肩を掴み、叫ぶ。
「妖夢! 私は貴女をそんなふしだらな子に育てた覚えはないわよ!?」
「あぁ、その手の問答は皆さんとやり飽きました」
「例えば!?」
例えば――
『間に合ってるぜ』
『あら駄目よ、そう言うことは高等部になってから』
『間に合ってるわ』
『その代り、冬はぎゅっとしてあげる。温かいんだから』
『なんなら永遠の寵愛を約束するわよ?』
――こんな。
「一番悲しかったのは霊夢です。『は?』って。酷い」
「なんだか表情が浮かぶわー。……さっきはどう?」
「『うふ』の一言でした。怖いけどドッキドキ」
ほんとに妖夢はむっつりさんですね。
「また悪意が!?」
「妖夢、いきなり抜刀しないで頂戴」
「あ、幽々子様でしたか。うぉぉぉい!?」
その怒号もどうだろう――思いつつ、幽々子は扇を取り出し、音と共に広げた。
しゃん。
短くも鋭い音が耳を打つ。
少なくとも、妖夢の平静は取り戻された。
刀が鞘に収められると同時、幽々子は妖夢に視線を合わせる。
「それで、日程は決まっているの?」
「まだ具体的には……ただ、近日中にと頼まれています」
「そう。約束を反故にするのはいけないわね。……仕方ない、か」
しゃん。
幽々子は呟き、扇を閉じる。
次に開かれた扇は、けれど音を立てなかった。
何故なら、その扇は‘力‘の現れ――妖力によるものだったからだ。
「ゆ、幽々子様!?
まさか幽々子様も私を抱きたいと!
全力で抵抗する所存で、かかってこぉいっ!」
言いつつも、また刀を構える妖夢。
微苦笑し、幽々子はその頭を扇で打つ。
こつん、と小さな音が鳴った。
そして、小さな小さな罠を張る。
「繰り返しになるけれど……母様は妖夢をそんなふしだらな子に育てた覚えはありません」
「幽々子様が肉親でしたらとっくの昔にぱついち殴っています」
「時々手をあげられているような」
急いでそっぽを向く従者に、幽々子は笑みを浮かべる。
微笑の理由は、易々と張った罠にかかったから。
だけれど、それだけでもない。
(ほんとにもぅ、頼りない子ねぇ)――細められた目には、隠しようもない親愛の情が滲んでいた。
「ともかく――‘近日中‘になる前に、貴女のお友達をこてんぱんにしないとね」
「んな!? 子供の喧嘩に出張る親のような……あ!」
「そう、私は貴女の親ではないのよ」
言葉尻を捉え、会心の笑みを浮かべつつ、幽々子は続けた。
「だから、誰にも、勿論、貴女にも、そう言うことを止められる理由はないわよねぇ?」
<了>
《因みに、妖夢としては嬉しさ半分煩わしさ半分といった具合でした》
さて。
博麗神社、魔法の森、紅魔館をクリアして、幽々子と妖夢は次なる目的地へと辿り着いた。
常日頃は来訪者を拒み閉ざされた感のあるその道筋は、どう言う訳かオープンガード、スカートを膝上二十センチほどまでたくしあげた女子のようであった。
晒しが見えるか見えないかのラインと例えてもいい。
ともかく、主従が降り立ったのは、‘不思議なお屋敷‘と書にも記された永遠亭である。
「さ、流石に若い子との連戦は疲れるわー」
「そーゆー言い回しは止めてください!」
「あのね、貴女、穿ち過ぎよ」
そんな主従の会話を聞きつけたのか、迎えたのもまた、永遠亭の主従。
「妖夢だ! こんにちは、妖夢!」
「それと、幽々子もね。御機嫌よう」
否、ペットと飼い主だった。
「はぁい、御機嫌よう輝夜」
「お久しぶりです、うどんげさん」
飼い主に挨拶を返す幽々子だったが、視線はそのペットへと向けていた。
守矢の風祝も残っているのだ、時間をかけてはいられない。
無邪気な鈴仙を愛でつつも、自身の体に鞭を打った。
いきなり‘力‘を展開し、手を伸ばす――弾幕ごっこへの誘いだ。
「抱き枕の件、覚えているわよね? 奪い返させてもらうわ」
「あら、大人げのないこと。だけど、いいわよ、きなさい」
「ふぅん、言うようになったじゃない、かぐ……あ?」
返された言葉に、幽々子は、珍しくも本気で首を傾げる。
「妖夢のことでしょ?」
「えと、その、うん」
「あ、輝夜さんもです」
輝夜の確認にぱくぱくと口を開閉する幽々子、妖夢もこくりと頷いた。
数秒の間。
「ちょっと輝夜、貴女の力量なら私に勝負を挑んで妖夢の件を頼むべきでしょう!?」
「いえ幽々子様、うどんげさんの後に、私から手合わせをお願いしました」
「そも弾幕したのも含めて聞いてないわよ!?」
「はて、含められた方は言っていたはずですが……」
「あー、『永遠の寵愛』云々ね。そんなんで解る訳ないでしょー!?」
更に数秒の、間。
「ねぇ幽々子、それはつまり、貴女も倒して主従両名とも抱きなさいと言う誘いかしら?」
姫様がなんか言いだした。
一瞬、ぽかんとする幽々子。
彼女の視界には、三つの顔が映っていた。
ころころと笑む輝夜、小首を傾げる鈴仙、そして、顎を落とさんばかりの妖夢。
誘いに乗って、幽々子は口を開く。同時、首元のリボンも解かれた。
「あぁぐーや、ウチを好きにしてもええから、妖夢は、妖夢だけは堪忍よ……」
「くふふ、それは貴女の態度次第、愉しませてくれるなら考えてあげる」
「そんな妖夢の前でだなんて!? いや、やめて、……あぁっ」
注。幽々子様と姫様は何もしていません。
「あぁ! これが噂の主従丼!?」
「ど、丼もの? 親子丼とかそういう……?」
「はっ、いけませんうどんげさんそんな破廉恥な言葉を!」
「え、え? あ、ともかく、姫様を止めないと! 幽々子さん嫌がってるし」
「否っ! 幽々子様のあれは駆け引きの一種! いやよやめてはOKサインもしも愛なら紛い物で栗の――!」
注。むっつりと天然は真剣です。
妖夢の言葉が続けられるよりも速く、幽々子と輝夜は動いた。
前者はぽいっと扇を放り投げる。
後者は皮衣だった。
その目標は、従者でありペット。
「はなんっ!?」
「う、うさ!?」
驚きの声があげられると同時、幽々子と輝夜は‘力‘を展開させる。ごっこ遊びのための‘力‘を。
「もう、妖夢ってば……」
「月因幡に見せるのはまだ早い」
「貴女も大概ペット馬鹿……って、え、本気?」
袖で口元を隠し、輝夜が目を細める。
眉根を寄せて、幽々子も微苦笑を浮かべた。
そして、妖夢と幽々子の貞操をかけた弾幕ごっこが始められるのだった――。
《/因みに、妖夢としては嬉しさ半分やらしさ半分といった具合でした》
なんというむっつり妖夢。
少なくとも7人に抱かれる約束をしちゃったとか
妖夢はやっぱりふしだらな子。
続かないのかな、残念。