地底に雪が降るように、地底には雨も降る。
こんな雨の日にでかける酔狂な妖怪は、きっといない。
ステンドグラスを強く打ち付ける雨に、わたしはただため息をついた。
仕事で疲れているのかな?そう思って、お姉ちゃんに近づいてみる。
こんなひどい雨だというのに、相変わらず帰らない妹――こいし。
そうしたら、何故か腕を掴まれた。あれ?わたし、無意識なのに。
風邪でも引いてしまったら大変だから、どうにか連れて帰りたかったのだけれど。
そのまま引っ張られて、お姉ちゃんの膝に着地する。
けれどこんなにひどい雨では、飛び出したわたしの方が体調を崩す。
もしかしたら、気がついているのかも。いや、そんなことないかなぁ。
ペットが作ってくれたコーヒー豆。それから淹れたブラックコーヒーを嚥下する。
お姉ちゃんはそんなわたしの葛藤を無視して、コーヒーを飲む。
そういえば、お燐とお空はどうしているのだろうか?地上へ行くのも、ほどほどにして欲しい。
それから、自分の頬に手を当てて、どこか遠くを眺めた。
地上と地底の“約束事”が薄れて、まだほんの僅かな時間しか経っていない。
切なげな表情。意識の中にある内は、そんな表情は見せてくれない。
鬼達は地上の人間との弾幕ごっこを楽しみ、怨霊達は悟りを得ることなく潰されている。
悩みがあるのなら、少しは言ってくれたらいいのに。
地霊殿の平和だけでは、私たちの平穏は得られない。だからこそ、自重して欲しい。
お姉ちゃんは、頑固者だ。もう少し仕事を頑張るのも自重して欲しい。
自重といえば、なんなんだあの鬼の身体は。私なんかいっこうに成長しないというのに。むぅ。
そんな風にお姉ちゃんを心配していたのに。なのにお姉ちゃんは、わたしの鎖骨をなで上げた。
そんな風に苛立って見せても、すとんとした私の身体が、凹凸を持つ訳じゃないけれど。
その上で、項に向かってため息を吐く。はぅっ。
けれどここで諦めるというのも悔しくて、私は第三の目に手を置いた。
わたしの第三の目に手を置いて、何をするのかと思えば、急に撫で出すお姉ちゃん。
閻魔様から渡された書類は、そろそろ山を形成する。燃やしてしまいたいが、それは出来ない。
ちょ、ちょっと、そこはダメだよ、お姉ちゃんっ!?
そんなことをしたら、あの怖い板ですぱんっと頭を叩くに決まっているのだ。
わたしが慌てていたら、何故だかお姉ちゃんは、わたしの頭をぱんっと叩いた。
そうしたら、こう、撫でてくれでもしたらいいのに、あの閻魔は目をつり上げて怒ってくる。
涙目になって見上げるわたしを、優しく撫で回すお姉ちゃん。
こうも理不尽だと、流石の私も堪忍袋の緒に切れ目をいれなければならない。首筋から。
許してやるかと気を抜いたら、そっと首筋を撫でられた。ひぅっ。
はぁ、と大きく息を吐く。こんなことでは、だめだ。姉として落ち着かないと。
その上で、更に、撫でた首筋に息を吹きかける。
胸を撫で下ろして、それからもう一度息を吐く。うん、落ち着いた。
今度は一度じゃなくて、二回も。うぅ、なんなのよぅ。
仕事をさっさと終わらせて、こいしの好物を作って待とう。そうすればいつも、帰って来る。
お姉ちゃんは、わたしを離さない。わかっていてセクハラをしているとしか思えない。
でも今日は心配させたから、ぎゅっと抱き締めてそのまま抱き枕にしよう。
おまけにぎゅっと抱き締めるものだから、わたしは硬直してしまった。
たまにはお姉ちゃんだって、強いんです。そう、わからせてあげないと。
今日のお姉ちゃんは強気すぎる。どうにか、抜け出さないと!
そうと決まれば、お仕事だ。天候の調整に怨霊の流出問題。やらなければならないことはまだある。
そうと決まれば、脱出だ。固まる身体に鞭を打って、動いてみる。
私はそう決意すると、こいしを思って感じていた温もりを、手放した。
そうしたら拘束が緩んだので、わたしは慌てて飛び出した。
今日もきっと、平和に一日が終わる。だから今日も、平穏を保とう。
それはきっと、わたしの油断、心が、揺るがされたから。
きっとそれが、こいしの笑顔を見続ける、一番の近道だから。
心の揺らぎを狙われたのか、もう一度息を吹きかけられた。
だから私は、もう一度だけ大きく息を吐いて、机に向かった。ふふ、負けないわよ!
わざわざ前のめりになってするなんて、お姉ちゃんは卑怯だ。
決意したら途端に、身体に力が沸いてきた。まるで誰かに、元気を貰ったみたいに。
すっかり元気を奪われたわたしは、ふらふらとその場を去る。
さて……こいしが帰ってきたら、まず最初に何を言おうかしら?
決めた!お姉ちゃんの仕事が終わったら、開口一番で怒ってやる!
ふふ、今日も充実した一日が、過ごせそうだ。
ああ、今日はもう、休んだ方がいいかも。
「あのさ、お姉ちゃん」
「お帰り、こいし。今日はこいしの好きな茄子の天ぷらよ」
「お姉ちゃんって、とんでもなくえっちだよね」
「え?えぇっ!?ど、どうして?こいしっ」
「ふん、いいもん。いただきまーすっ」
「ちょ、ちょっと、こいし、こいし!?」
「お姉ちゃんの、ばか」
――了――
無意識だから隠れてるのか
二人とも可愛かったです
二人とも可愛かったです
さとこいもっと流行るといいなぁ。
怒涛の吐息アタックえろす!
必ず一行ずつさとり・こいしで分けてくれたのは読みやすくなって嬉しかったけれど、やっぱり少しまだ読みづらかった。
この際、さとりの台詞の文章を鈍い色で色づけした方がよかったかな…とも思いました。
スマホだとこいしの部分が凄い読みにくくて、最後の「お姉ちゃんってry」というこいしの台詞を見るまで薄くこいしの描写があることに気づかなかったwww
おかげで2度楽しめましたけどねwww