朝起きたら成長していた。
昨日まで平らだったはずの胸には豊かなまんまるが二つ。
これはどうしたものかと妖夢は寝ぼけ眼を擦る。
きっと見間違いで半霊か何かがのっかっているだけだろうとそう思った。
「……え?」
そうじゃなかった。
覚醒した意識が認識したのは確かに、豊かな二つの双谷。
半身を起してみるとちゃんとふるんと揺れた。
「な、ななな!?」
素っ頓狂な声を上げて妖夢は思わず両手でそれを掴む。
程良い弾力を持って確かに手のひらに収まるそれは、まごう事無くおっぱいであった。
戸惑うように辺りを見回して視界に入った半霊も同じく戸惑ったように震えるばかり。
妖夢は急に大きくなってしまった己の胸に、どうしてよいのか分からずに困惑していた。
とあえずしばらく揉みし抱く事、数分。
体が火照り、悩ましい声が漏れ始めたところで、朝食の支度を思い出し我に帰る。
ああいけないと先ほどの快楽の余韻を振り払うように立ち上がり着替えるべく寝巻の襦袢を脱ぐ。
正座の後、何時もの様にさらしを胸に巻こうとして一苦労。長さが足りない。
豊かになった胸の分の長さが足りずにどう頑張っても真中部分しか隠せなかった。
それなら仕方なし、服を着れば分かるまいと着替えた何時もの服は窮屈で、よくよく見れば二つのふくらみがくっきり浮かび上がる。
眉をひそめた妖夢の視線の先にはまるで強調されたかのように押し出された緑の布地。足元が見えない。
ついでに胸を押されるためかみょんに窮屈で仕方なしシャツのボタンを緩めると豊かな谷間が顔をのぞかせる。
「うむむ……」
はしたないと妖夢は僅かに頬を朱に染めて、それでも仕方なしとそのまま部屋を後にする。
なるべく幽々子には感づかれない様にしようとそう思うが恐らくは無理に近いだろう。
ならばこの異変(?)の事はすぐさまにでも打ち明けて解決を図った方が良いのではと少々悩む。
気が付けば場所は台所。いつもの習慣が勝手に足を動かして辿りつかせたようだ。
ふぅ、と妖夢は一息。ボタンを緩めただけでは実はいまだに苦しい、胸が大きいというのは大変だと思い知る。
普段はおくびにも出さないが主人である幽々子や親友であるその紫はいつも苦労しているのだろうかと。
もしこれが直らないとすれば付き合い方を学ばなければならない。そう考えると気分が沈む。
妖夢も女子として、豊かな胸には憧れたがここまで行動を制限するものであれば元のペタンコの方がマシだと思う。
そもそもどうして自分の胸は急成長したのかとようやっと妖夢は疑問に思うが考えても答えは出ない。
まあそれよりも朝食の支度だと妖夢は道具を取るために屈みこむ。
途端にぷちんと音がして緑の上着のボタンが飛び散った。
妖夢は眉をひそめる。それから溜息。
ボタンが弾けた緑の上着は動くたびに前見部分がひらひらと手元に纏わりついて邪魔くさい。
仕方なしに上着を脱ぐと今度は束縛を抜けたお胸が自由満喫するかの様に顔をのぞかせた。
どうするべきか、着替えるべきかと妖夢は悩む。
シャツ一枚の上、全面はボタンが飛びはだけていてほぼ半裸。
これではまるで痴女ではないかと妖夢は迷う。
だが朝食の時間は迫る。主人である幽々子は時間には厳しい人で、とは言えこの様な恰好でいるものそれで辛い物がある。
さあどうしよう、手早く着替えて戻るべきかとそう歩を踏み出そうとして……
「妖夢~喉が渇いたわ」
よりによって向こうから主人がやってきた。
咄嗟に前を隠すように妖夢は幽々子に背を向ける。
「あら?」
疑問を含んだ声。
「あらあらあら?」
そのまま近づいてくる気配に妖夢は焦りを隠せずに、またそれ故に幽々子の興味を引いてしまう。
「妖夢~どうしたの?」
「あ、いえ……」
「歯切れが悪いわね、こっちを向きなさい」
「……えと」
にこにこと笑顔の幽々子が妖夢の逃げ道をふさぐように体を移動させる。
普段はとろい癖にこう言うときは妙に手際がいい。
「もう、妖夢!」
再度の呼びかけで仕方なしに妖夢は幽々子へと体を向ける。
流石にはだけた胸は両腕で隠しているが。
「あら……」
俯いてしまった妖夢をよそに、幽々子の視線はやはりというか一点に集中していた。
しばしの沈黙。耳まで真っ赤にして、それでも硬直してしまった従者に幽々子はにんまりと笑みを浮かべた。
「気がきくわね妖夢」
「え?」
予想外の言葉に妖夢がつい顔を上げる。
その時点で幽々子の顔が妖夢の胸元にあった。
「いただきます~」
ちゅうぅ。
「ひぃ!?」
妖夢の手が咄嗟に手じかな物に伸びて……。
ごがん!
顔を真っ赤にした妖夢と頭を押さえてうずくまる幽々子。
その足元にはへこんだお鍋さん。
「痛い、痛いわ妖夢!」
「いきなり何をなさるんですか!?」
抗議の声を上げる妖夢と涙目の幽々子。
「え、飲もうとしたのよ~」
「何をですか!」
頭をさすりさすり、幽々子が恨めしそうに妖夢を見る。
「私の喉が渇いたのを見越して胸を大きくしてくれたのでしょう?だったら飲まないと失礼かと思って」
「ど、どうしてそうなるんですか……」
妖夢は唖然。
こうみえて幽々子は聡い。
異変時には、誰よりも早く全てを悟り傍観者に回る事も多々ある事を妖夢は知っている。
今回もその類だろう。
恐らく幽々子の中では妖夢の胸が大きくなったのはそういう事だと結論づけての行動だったのだろう、が。
「違うの?」
「違います、思考を明後日に飛ばして勝手に納得するのも大概にしてください」
羞恥から顔を真っ赤に染めて憤慨する妖夢に、幽々子が小首を傾げる。
「出ないの?」
「出ません!」
「試したの?」
「た、試してませんが……」
それを聞いて幽々子は再び笑顔。
なら試してみましょうと両手を合わせる。
「ねえ、その胸。元に戻したいのでしょう?」
「はい、まあ」
言葉にいやな何かを悟った妖夢は両胸を押さえてさりげなく室内を探る。
逃走経路の確保。隙は幽々子の右手側。出口まで最速で五歩。
「私を信じて妖夢。中身を吸いだせばきっと、元の平らに戻るわよ」
「んな、いい加減な」
「実は前々から飲んでみたかったのよね~」
「それが本音ですか!」
「さあ妖夢!」
両手をにぎにぎ、迫る幽々子の隙を窺う。
機会は一瞬。逃す訳にはいかない。
そしてその機会は……
「ごきげんよう」
現れた第三者によってあっさりと潰されてしまった。
中空に開いた空間から一人の女性が上半身を乗り出していた。
見様によっては幼くも、また妙齢にも見える容姿。
幽々子の親友である紫であった。
「あら、紫」
「ゆ、紫さま」
紫は台所での光景をまじまじと見つめると扇子を取り出して口元を隠す。
それから物憂げな流し眼を妖夢へと向ける。
「随分と成長したのね、妖夢」
くすくす笑みの紫に妖夢が渋面を作る。
「気に入って、貰えると思ったのだけど……」
その様子を見て紫が残念そうに言葉を吐いた。
妖夢は大きく溜息。この騒動の原因はこの人だった。
「なんで私の胸など大きくしたのですか……」
呆れたような妖夢に紫は答える。
「ほら、貴方、自分の部屋で平らな胸に手をやって溜息付いていたじゃない」
「んな!?」
「妖夢も女の子ね~」
「う」
「それを見て、何時も頑張っている貴方にご褒美のつもりで胸の境界をいじってね」
妖夢は思う。確かにそれはあったと。
いやまあ大きな胸に憧れたのは否定しない、だが問題は……。
「覗いていたんですか……」
恨めしそうな妖夢に紫はたまたま見えてしまってと笑う。
それから誤魔化す様に元に戻しましょうかと告げた。
「戻してしまうのね」
残念そうな幽々子に、胸をなでおろす妖夢。
覗いていた件はひとまずおいておいて、今は戻してもらおうと。
どうやら吸われずに済みそうだと、そう安堵して。
「じゃあ、行くわよ」
「へ?」
気が付いたら紫の顔が妖夢の胸元にあった。
ちゅぅぅ。
「わぁぁ」
再び妖夢の手が咄嗟に近くの物に伸びて……。
めごん!
ふるふると体を震わせる妖夢と頭を押さえる紫。
足元には割れたお鍋さん、再起不能(リタイア)
「痛い、痛いわ妖夢!」
しばし前の幽々子と同じリアクションで紫が抗議する。
「な……にを……」
「いえだから戻すのよ」
「なんで口を……」
憮然とした妖夢に紫はきょとんとした表情を浮かべた。
「中身を吸いださなくちゃいけないでしょう?」
「訳が分かりません!また境界を操ればいいでしょう!?」
「そんな都合のいい話は無いわよ」
「あんたが言うな!」
ともあれこれはまずいと妖夢は思う。
不幸な事に自体は悪化してしまった。
出口までは五歩の間合い。
一刻の猶予も無い、なれば全力を持って逃走を図るのみ。
「いざ!」
踏み出そうとした一歩を払われてその場に転がる。
「な!?」
受け身は取ったので痛くは無いが……。
「妖夢、ほら、私の言った事、正しかったでしょう?」
「ひぃ!」
満面の笑みの幽々子が妖夢を見下ろしていた。
ああ、普段はとろい癖にこう言うときは妙に手際がいい。
「紫、私も手伝うから妖夢を助けてあげましょう」
「ええそうね、親友」
流れるような動きと連携で、二人はたちどころに妖夢を拘束する。
「た、助け……」
懇願は届かずに。
「み……」
「みょ~~~~~~~~ん!!!」
と、叫びだけが白玉楼にこだました。
-終-
もっとやって下さい。