幻想郷を見下ろしながら、雲はゆっくり、ゆっくり流れていく。
柔らかそうな雲達は、何処に行こうかと考える事も無く、風に身を任せて浮いている。
「ね、妖夢」
「何ですか?」
暖かい日差しが差す白玉楼の縁側に腰掛ける影が2つ。
「あそこの雲、お饅頭みたいよ」
妖夢は幽々子が指差す雲を探した。
遠くの空に、丸い雲が2つ浮かんでいた。
「あぁ、なるほど。そっくりですね」
「でしょ? ほらほら、あれなんて林檎みたい」
「どれどれ・・・あ、あれですか?」
「えぇ。おいしそうよね」
「はは、そうですね」
「いやねぇ、妖夢ったら、あんな遠くにあるものが食べられるはず無いでしょ?いやしんぼさんね」
「んなっ、幽々子様が先に仰ったのではないですか!」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・ふふ」
「・・・あははっ」
少しの沈黙の後、2人は笑った。特に何が面白かったわけではなく。ただ、目を細めて笑った。
「ほら、新しい雲が来たわ」
先程までの雲は既に遠くまで流れ、新しい雲が流れて来ていた。
「そうだ、こうした方が見易いわね」
幽々子はごろんと横になると、頭を妖夢の腿の辺りに乗せた。所謂、膝枕という奴だ。
幽々子と目が合い、妖夢は目を逸らした。
「ちょっと、なんですかいきなり?」
「んふふー」
「はぁ・・・」
妖夢は小さく溜息を吐いたが、内心は、自分にこの様な無防備な姿を見せてくれている事に幸せを感じていた。
「見て見て、あれはお団子みたい」
「さっきから食べ物ばっかりですね」
「そうかしら?」
「そうですよ」
「だって他の物に見える雲は無いでしょ?」
「それは・・・いえ、あれなんてヘビみたいな形ですよ?」
「妖夢もやっぱり食べ物じゃないの」
「まぁ・・・確かにそうなんですが・・・・。うぅむ・・・?」
妖夢はう~ん、と唸りながら、ついさっき発見した蛇のような形の雲を睨み付けた。
「ふぁぁ~」
妖夢の膝の上の幽々子が欠伸をした。思わず妖夢もつられて欠伸が出そうになったが、噛み殺した。
じーん、と涙が出てくる。それを人差し指で拭った。
「暖かいわねぇ」
目尻に涙を溜めたまま、拭こうとする様子も無く幽々子は今にも眠ってしまいそうな声で呟いた。
「そうですね」
妖夢は微笑みながら、子供を諭すような声で優しく答えた。
「こんなに暖かいと眠くなっちゃうわぁ~」
「えぇ、そうですね」
縁側に差し込む日は相変わらず暖かく、時折吹く優しい風は、春特有の優しい香りをはらんでいた。
このまま梅雨を飛ばして、暑い夏になるのではないかと心配するほどの天気だ。
妖夢自身、気を抜けば今にも眠ってしまうだろう。と思っていた。
じー
「?」
幽々子からの視線に気付き、空を眺めていた妖夢は、視線を下ろした。
「如何なさいました?」
「ん、大きくなったなぁ~って」
「何がですか?」
「あなたの事よぉ」
とろんとした目で、妖夢の目を見つめながら、腕を伸ばして、妖夢の頬に手を当てた。
「・・・寝ぼけてます?」
「ふふふ、そうかもしれないわね~」
暖かい陽気と幽々子の甘ったるい声は、妖夢の眠気を増加させる一方だった。
「・・・・・」
「あら、ふふふ」
「はっ」
瞼が重くなり、妖夢は目をぎゅっと瞑ったのだが、それを幽々子に見られ、笑われてしまった。
気付いた妖夢は、顔を左右にふるふると振り、眠気をどうにかしようとしていた。
すぅ・・・すぅ・・・
暫くぼーっとしていると、小さな寝息が聞こえてきた。
「あれ、幽々子様・・・」
寝息は、紛れも無く膝の上に寝ている幽々子のものだった。
もうすっかり寝入っているようだ。
「・・・はぁ」
妖夢は小さく溜息を吐いた。
(これじゃ動けないしなぁ・・・)
キョロキョロと辺りを見回し、その後に眠っている幽々子の顔を見つめた。
(こんなに気持ち良さそうに眠って・・・・)
「ふぁ・・・はぁ・・・・」
幽々子が寝ている事を良い事に、大きな欠伸をした。
それから、なんとなく幽々子の頬に手のひらを当ててみた。ただ、なんとなく。
すると、眠っている幽々子の口元がふにゃっと上がったため、妖夢は小さく笑った。
相変わらず眠気が引く事は無かったが、何だか優しい気持ちになった気がした。
ありきたりかもしれないが、それはまるで、春の日差しの様な、そんな気持ち。
(・・・眠い。どうしよう)
あまりにも瞼が重すぎて、とりあえず目を瞑る事にした。
(そうだ、別の事を考えよう・・・・・えーと、えーと・・・)
そう考え、何かを考えようとしたのだが・・・・。
「すぅ・・・」
数秒後には夢の世界へ向かっていた。
「・・・・はっ!?」
「あら、起きた?」
気が付くと、妖夢は幽々子の膝の上に頭を置いて寝ていた。
幽々子の頬を触った後の記憶が無い事に気付き、そこで眠ってしまったのだと悟った。
「あの、えーっと、これは?」
「私が起きたら、妖夢が寝ちゃってたから、首が痛くなっちゃうかと思って、ね?」
「し、失礼しましたっ・・・」
「あら、まだ寝てていいのよ?」
あわてて起き上がろうとする妖夢の胸元を軽く押さえ、幽々子は言った。
「もう少しこうしていましょう?」
「は・・・はい」
「はい、いいこいいこ」
妖夢は、言われるままに頷き、頭をそっと幽々子の膝へ戻した。
幽々子の膝に頭を置いて、見上げる空は、雲ひとつ無い青空になっていた。
「雲、無くなっちゃいましたね」
「えぇ。でも、綺麗な青空ね。お腹の空くような」
「胸の空くような、ですよ」
「そうともいうわね」
「そうとしかいいません」
ぐううううううう
「ん?」
「あら、お腹鳴っちゃった」
ぺろっと舌を出して幽々子は笑った。
それを見て、妖夢は、幽々子におやつを出すのを忘れていた事を思い出した。
「お、おやつを持って参りますっ・・・!」
「ちょっと待ちなさい」
またもや起き上がるところを幽々子に阻止された。
「こ、今度は何ですか!?」
幽々子の表情は、先程までのほわほわした表情とは違い、真剣な表情になっていた。
「これからあなたは何処かへ向かいたくなる事があるかもしれないけど、その時はあなたの力を試させて貰うわ」
「そんな・・・緋色の雲の時も私そんな感じの事言ってませんでした?」
「あら、そうだったかしら?」
「しかし、何故急にそんな話を・・・・?」
「ん、なんとなくよ。妖夢が大きくなったなぁ、と思ったら、なんとなく」
「・・・そうです、か」
首を傾げながら、何とか自分を納得させようとした。
「じゃ、お団子作ってきてー」
「分かりました。あんこで良いですか?」
「う~ん、今日はみたらし団子が良いわね」
「では、待ってて下さいね」
「はぁ~い」
幽々子が放った言葉が多少引っかかってはいるものの、それほど深く考える事無く、手を振る主人を後に妖夢は急ぎ足で台所へ向かうのだった。