前略。
魂魄妖夢は小さくなった。
後略。
「これぞまさしく、コンパクト妖夢! いぇあぁぁぁぁぁ!!」
ご丁寧にも何時の間にか――寝ている間だろう――布団の傍に置かれていた幼児期の衣服を纏う妖夢。
事の犯人であろうとあたりをつけて主の間にやってきた妖夢の耳に、狂気すらも感じさせる快哉が響いた。
主――西行寺幽々子が障子に映る小さな影を部屋の中から確認したのだろう。
予測が間違いではなかったと、妖夢は額に手を当て天を仰いだ。
天井が何時もより更に遠かった。泣きそう。
思えばここ数日、主の様子はおかしかった――よろめく思考を立て直し、妖夢は前日を振り返る。
深く考えるまでもなかった。
主は昨日、夕飯を取っていない。
のみならず、六時のおやつも断られていた。
(けれど)――腕を組み、妖夢は纏めた思考に懐疑を抱く。
幽々子は、巷で噂されるほど食に対する執着が深い訳ではない。ないと思う。
そもそも彼女は亡霊であり、食事からの栄養など必要がないのだ。
だとすれば、一食二食抜くなどどうというものであろうか。
(いや、)――妖夢は、数年前の‘永い夜‘の時だって主が食を語っていた事を思い出す――(大事件だ!)
確かに巷で噂されるほど食に対して執着している訳ではないが、それは実際との比較であり、執着していない訳でもない。
(えと、だから、つまり……あるの? ないの?)
幾重もの打ち消しにより、妖夢の頭は混乱してしまった。
(むぐぐ……小さくなっているからだ!)
思考能力は変わらない。
(ともかく!)
主を問いたださなければなるまい――思い、妖夢は障子を開いた。
「おはようございまちゅ、幽々――って噛んだぁぁぁっ!」
「あぁ、あぁ……! ロリ夢、ペド夢、やっぱり幼夢!」
「何がやっぱりなんですかぁぁぁ!?」
怒りを孕んだ咆哮は、しかし普段の自身の声よりも少し高い。
膝をつき崩れ落ちそうになる妖夢。
だが、そうはならなかった。
「あんまり変わってないですしね! それはそれで悲しいですが!」
「いやいや妖夢。かないみかからこおろぎさとみ程の変化はあるわ」
「敬称略です。……何の話ですか、何――!?」
突っ込みの言葉が呑み込まれる。
妖夢は、室内を、主をその視界に収めた。
部屋の中心に描かれた複雑な魔法陣。
周辺には一定の間隔で幾つもの奇怪な道具が置かれている。
そして、新雪のように白く、今にも消えてしまいそうな肌の主。
加えて、妖夢には、幽々子の瞳が悄然の色を浮かべているのが見て取れた。
その理由は敢えて語るまでもなく、妖夢の幼児化故だろう。
(だが)――頬に汗すらも流す幽々子の様子に気圧され、動けない妖夢は、思う――(或いは、守ってくれている?)
幽々子が妖夢を愛玩するように扱うのは今に始まったことではない。
しかし、誠に遺憾なことに、それは彼女だけに限らなかった。
結界の大妖を筆頭に、様々な輩がいらんことをしてくるのだ。
(最近はうどんげさんも……否、あれは親愛の証! きっとそう!)
主観の問題じゃなかろうか。
ともかく、そういった事情を踏まえると――妖夢の思考は続く。
主は自身を誰かからの魔の手から守っていてくれているのではないか。
本当ならば乳飲み子まで遡るところを、童女の姿に留めていてくれているのではないか。
「幽々子様……!」
精一杯のプラス思考を展開しつつ、妖夢は幽々子を直視した。
視線が交差し、幽々子の表情が変わる。
顔が歪んだ。
「やはり、術は不完全……! 『ゆゆたま、ゆゆたま』って口が回らなかった頃に、戻したかったのに……!」
ですよねー。
「何やってんですか貴女はぁぁぁぁぁ!」
「あぁ妖夢、可愛い妖夢、貴女は何故泣いているの?」
「怒りで涙も赤くなりそうですよ!?」
「ふふ、そんなこと言って、下の方は洪水なんじゃないの?」
「勝手にヒトを被虐趣味に貶めないでくださいっ!」
「へ? 小さくなったからおねしょしちゃったんじゃないかなぁって。おむつもあるわ!」
「ごふ!? た、確かに身体は幼くなりましたが――おむつ!?」
「『ビッグよりも大きい』なら130cmまで対応可能よ! 今のあなたなら余裕ね!」
紙おむつは乳児用のテープ止めと幼児用のパンツタイプがあり、幽々子が掲げたのは後者である。豆知識。
因みに、紫に用意してもらったそうな。
怪訝な顔をしていたとのこと。
そりゃなぁ。
閑話休題。
「お戯れもいい加減にしてください! こんなに部屋も散らかして……」
片付けますよ――続く言葉は、しかし弾かれた。
幽々子に、ではない。
腰を曲げ回収しようとした道具が、その手を弾いた。
容姿は童女になったとはいえ妖夢の力は変わっていない――だというのに、触れられなかった。
「な……!?」
愕然とする妖夢だったが、道具に浮かぶ模様によりその理由をおぼろげながら理解する。
描かれているのは、満面の笑みをこれでもかと咲かせる幼い金髪の幼女。
ありていに言うと、‘アリス‘。
そう、床一面に広がる道具は、それ自体が莫大な‘力‘を発する魔器なのであった。
「神綺さんかぁぁぁぁぁ!」
全て手作りの逸品である。
「ご名答よ、妖夢。
だけど、こうまでしても貴女は乳幼児にまでは至らなかった。
ふふ、頼りない貴女だけど、日々鍛練を欠かさず、強くなっているのね……」
わざとではない言葉の区切りは、隠しようのない疲労のせいだろう。
だが、それでも幽々子は優しく微笑む。
失われていく瞳の光が、一際輝いた。
「幽々子様……」
同時、幽々子が宣言する。
「だからこそ、今! 私は、私の持つ‘力‘を全て使ってでも、妖夢を幼夢に留め置く!!」
その背に大きくも艶やかな扇が、開いた――BGM:ボーダーオブライフ。
「はいはい。片付けますから。朝食……の時間じゃないですね。昼食の用意もしないと」
一切合財、妖夢にはどうでもよかった。
「あぁん、妖夢のいけずぅ!」
「駄々をこねないでください。まったく……」
「せやかてうち、ちいちゃい妖夢見てたいねんもん!」
「何故にいきなり関西弁ですか!?」
「あら、逆流してる?」
幽々様はきっといつか、‘笑いとくいだおれの街‘に住んでいたと思うんだ。
魔器の補助により増幅された‘力‘は、幽々子自身にさえ抑えが効かない!
迸る妖力が暴走し、お姉さん座りの彼女に襲いかかった!
服のボタンが弾け飛び、白い肌が露わになる!
「あぁ、堪忍してぇ……」
白い肌が露わになるっ!!
「うわエロ、じゃない! 幽々子さまぶっ!?」
駆けようとした妖夢。
しかし、体が思いに追いつかない。
悲鳴をあげる主との距離は僅かだと言うのに、届かない。
「あうぅ……」
有体に言うと、足が絡まり、ちまっと転んだ。ぽってん。
「は! 私のことなんかより、幽々子様!」
「流石は妖夢。母様も負けないわよ」
「誰が母様ですか」
幸か不幸か、鼻を押さえつつも立ち上がる妖夢の雄姿に、僅かながらも幽々子の‘力‘が回復したようだ。
妖夢は否定したが、幽々子の表情は慈愛に満ちている。
自身の言葉を肯定するように、身なりも正されていた。
つまり、まろびでそうになっていた部位も既に収められている。ち。
「私じゃない!」
「……? 妖夢?」
「いえ。ともかく幽々子様、倒れる前におやめ下さい」
――だが、妖夢の目から見ても、幽々子が限界を迎えるのは近そうだった。
妖夢も言っていた通り、周囲の魔器は幽々子が神綺から借り受けた物だ。
その役割は、妖力を魔力に転換すること。
ただ、魔界神お手製の一品とは言え、等価で変えられる訳ではない。
故に、幽々子の衰弱は何時ぞやの神綺以上だった。
「や」
だと言うのに、一向に術を解こうとしない幽々子。
「あぁもぉ、貴女と言う人は……!」
頭を抱えたくなる衝動を抑え、妖夢は一つの決断を下した。
さて――事の発端は、幽々子が術をかけたこと。
その術自体は、魔器を借り受けた時、神綺から伝えられていた。
曰く、『成長因子を安全かつ一定量切り離し、フリーラジカルをも適切に駆逐する』術。
俗に言えば、『若返りの法』だ。
創作者による正式名称は、『アリスちゃんをちいちゃくする魔法』である。
名称通りと言うべきか、その術は対象者の容姿を幼くするだけだった。
幼児化に伴い身体能力は落ちてしまうが、妖怪の素とも言える妖力や培ってきた知識は変わらない。
尤も、今回の被害者である妖夢に解っているのは、上記の後半だけなのだが。
妖夢が決断したのは、以下の二点に依る。
一つ、何かよく解らないが重要そうな魔器を排除することができないため、自身では術を解けない。
一つ、嬉しくない方向で一瞬‘力‘を回復させた主はしかし、本当にぶっ倒れるまで頑張るのだろう。
脂汗さえ浮かべる幽々子に、大きな、大きな溜息を吐き、妖夢は近づいた。
「せ、折檻はやぁよぉ!?」
「主に向ける刃は持ち合わせていません」
「いや、割と日頃から叩かれているような……妖夢?」
正坐する幽々子と対峙する。
それでも視線は心持上げる必要があった。
幼くなった自身を再認識し、妖夢は苦笑する。
或いは、下した決断の免罪符だったのかもしれない。
「……ご飯まで、ですからね」
捨て台詞のように言葉を吐き出し、妖夢は幽々子の膝に収まった。
「存分に可愛がれと言うことね!?」
「そこまでは言っていません」
「あと、ぼかしていると言うことは、晩ご飯までOKなのよね?」
「むぐ……!」
「あぁ妖夢、可愛い可愛い私の妖夢っ」
俯く妖夢を、幽々子が至福の表情で抱きしめ頬ずりする。
前述の通り、この術では、培ってきたものは変わらない。
常に抱いている妖夢の幽々子への忠誠心も、また同じく。
だから、ほんの少し普段よりも甘えた態度は、妖夢の意思だったのである。
(ちょっとくらいなら、いいですよね)――心の内で呟いて、妖夢は頬をくっつけた。
「んふふ、妖夢、晩ご飯は母様が作るわ!」
「母様から作られるご飯。おっぱいミルクですね」
「や、母乳って言えばいいんじゃないかしら。あと、えと、出ないわ妖夢」
みょーん!?
妖夢の口から迸る絶叫。
培ってきたものは変わらない。むっつりも、また同じくだった。
<了>
魂魄妖夢は小さくなった。
後略。
「これぞまさしく、コンパクト妖夢! いぇあぁぁぁぁぁ!!」
ご丁寧にも何時の間にか――寝ている間だろう――布団の傍に置かれていた幼児期の衣服を纏う妖夢。
事の犯人であろうとあたりをつけて主の間にやってきた妖夢の耳に、狂気すらも感じさせる快哉が響いた。
主――西行寺幽々子が障子に映る小さな影を部屋の中から確認したのだろう。
予測が間違いではなかったと、妖夢は額に手を当て天を仰いだ。
天井が何時もより更に遠かった。泣きそう。
思えばここ数日、主の様子はおかしかった――よろめく思考を立て直し、妖夢は前日を振り返る。
深く考えるまでもなかった。
主は昨日、夕飯を取っていない。
のみならず、六時のおやつも断られていた。
(けれど)――腕を組み、妖夢は纏めた思考に懐疑を抱く。
幽々子は、巷で噂されるほど食に対する執着が深い訳ではない。ないと思う。
そもそも彼女は亡霊であり、食事からの栄養など必要がないのだ。
だとすれば、一食二食抜くなどどうというものであろうか。
(いや、)――妖夢は、数年前の‘永い夜‘の時だって主が食を語っていた事を思い出す――(大事件だ!)
確かに巷で噂されるほど食に対して執着している訳ではないが、それは実際との比較であり、執着していない訳でもない。
(えと、だから、つまり……あるの? ないの?)
幾重もの打ち消しにより、妖夢の頭は混乱してしまった。
(むぐぐ……小さくなっているからだ!)
思考能力は変わらない。
(ともかく!)
主を問いたださなければなるまい――思い、妖夢は障子を開いた。
「おはようございまちゅ、幽々――って噛んだぁぁぁっ!」
「あぁ、あぁ……! ロリ夢、ペド夢、やっぱり幼夢!」
「何がやっぱりなんですかぁぁぁ!?」
怒りを孕んだ咆哮は、しかし普段の自身の声よりも少し高い。
膝をつき崩れ落ちそうになる妖夢。
だが、そうはならなかった。
「あんまり変わってないですしね! それはそれで悲しいですが!」
「いやいや妖夢。かないみかからこおろぎさとみ程の変化はあるわ」
「敬称略です。……何の話ですか、何――!?」
突っ込みの言葉が呑み込まれる。
妖夢は、室内を、主をその視界に収めた。
部屋の中心に描かれた複雑な魔法陣。
周辺には一定の間隔で幾つもの奇怪な道具が置かれている。
そして、新雪のように白く、今にも消えてしまいそうな肌の主。
加えて、妖夢には、幽々子の瞳が悄然の色を浮かべているのが見て取れた。
その理由は敢えて語るまでもなく、妖夢の幼児化故だろう。
(だが)――頬に汗すらも流す幽々子の様子に気圧され、動けない妖夢は、思う――(或いは、守ってくれている?)
幽々子が妖夢を愛玩するように扱うのは今に始まったことではない。
しかし、誠に遺憾なことに、それは彼女だけに限らなかった。
結界の大妖を筆頭に、様々な輩がいらんことをしてくるのだ。
(最近はうどんげさんも……否、あれは親愛の証! きっとそう!)
主観の問題じゃなかろうか。
ともかく、そういった事情を踏まえると――妖夢の思考は続く。
主は自身を誰かからの魔の手から守っていてくれているのではないか。
本当ならば乳飲み子まで遡るところを、童女の姿に留めていてくれているのではないか。
「幽々子様……!」
精一杯のプラス思考を展開しつつ、妖夢は幽々子を直視した。
視線が交差し、幽々子の表情が変わる。
顔が歪んだ。
「やはり、術は不完全……! 『ゆゆたま、ゆゆたま』って口が回らなかった頃に、戻したかったのに……!」
ですよねー。
「何やってんですか貴女はぁぁぁぁぁ!」
「あぁ妖夢、可愛い妖夢、貴女は何故泣いているの?」
「怒りで涙も赤くなりそうですよ!?」
「ふふ、そんなこと言って、下の方は洪水なんじゃないの?」
「勝手にヒトを被虐趣味に貶めないでくださいっ!」
「へ? 小さくなったからおねしょしちゃったんじゃないかなぁって。おむつもあるわ!」
「ごふ!? た、確かに身体は幼くなりましたが――おむつ!?」
「『ビッグよりも大きい』なら130cmまで対応可能よ! 今のあなたなら余裕ね!」
紙おむつは乳児用のテープ止めと幼児用のパンツタイプがあり、幽々子が掲げたのは後者である。豆知識。
因みに、紫に用意してもらったそうな。
怪訝な顔をしていたとのこと。
そりゃなぁ。
閑話休題。
「お戯れもいい加減にしてください! こんなに部屋も散らかして……」
片付けますよ――続く言葉は、しかし弾かれた。
幽々子に、ではない。
腰を曲げ回収しようとした道具が、その手を弾いた。
容姿は童女になったとはいえ妖夢の力は変わっていない――だというのに、触れられなかった。
「な……!?」
愕然とする妖夢だったが、道具に浮かぶ模様によりその理由をおぼろげながら理解する。
描かれているのは、満面の笑みをこれでもかと咲かせる幼い金髪の幼女。
ありていに言うと、‘アリス‘。
そう、床一面に広がる道具は、それ自体が莫大な‘力‘を発する魔器なのであった。
「神綺さんかぁぁぁぁぁ!」
全て手作りの逸品である。
「ご名答よ、妖夢。
だけど、こうまでしても貴女は乳幼児にまでは至らなかった。
ふふ、頼りない貴女だけど、日々鍛練を欠かさず、強くなっているのね……」
わざとではない言葉の区切りは、隠しようのない疲労のせいだろう。
だが、それでも幽々子は優しく微笑む。
失われていく瞳の光が、一際輝いた。
「幽々子様……」
同時、幽々子が宣言する。
「だからこそ、今! 私は、私の持つ‘力‘を全て使ってでも、妖夢を幼夢に留め置く!!」
その背に大きくも艶やかな扇が、開いた――BGM:ボーダーオブライフ。
「はいはい。片付けますから。朝食……の時間じゃないですね。昼食の用意もしないと」
一切合財、妖夢にはどうでもよかった。
「あぁん、妖夢のいけずぅ!」
「駄々をこねないでください。まったく……」
「せやかてうち、ちいちゃい妖夢見てたいねんもん!」
「何故にいきなり関西弁ですか!?」
「あら、逆流してる?」
幽々様はきっといつか、‘笑いとくいだおれの街‘に住んでいたと思うんだ。
魔器の補助により増幅された‘力‘は、幽々子自身にさえ抑えが効かない!
迸る妖力が暴走し、お姉さん座りの彼女に襲いかかった!
服のボタンが弾け飛び、白い肌が露わになる!
「あぁ、堪忍してぇ……」
白い肌が露わになるっ!!
「うわエロ、じゃない! 幽々子さまぶっ!?」
駆けようとした妖夢。
しかし、体が思いに追いつかない。
悲鳴をあげる主との距離は僅かだと言うのに、届かない。
「あうぅ……」
有体に言うと、足が絡まり、ちまっと転んだ。ぽってん。
「は! 私のことなんかより、幽々子様!」
「流石は妖夢。母様も負けないわよ」
「誰が母様ですか」
幸か不幸か、鼻を押さえつつも立ち上がる妖夢の雄姿に、僅かながらも幽々子の‘力‘が回復したようだ。
妖夢は否定したが、幽々子の表情は慈愛に満ちている。
自身の言葉を肯定するように、身なりも正されていた。
つまり、まろびでそうになっていた部位も既に収められている。ち。
「私じゃない!」
「……? 妖夢?」
「いえ。ともかく幽々子様、倒れる前におやめ下さい」
――だが、妖夢の目から見ても、幽々子が限界を迎えるのは近そうだった。
妖夢も言っていた通り、周囲の魔器は幽々子が神綺から借り受けた物だ。
その役割は、妖力を魔力に転換すること。
ただ、魔界神お手製の一品とは言え、等価で変えられる訳ではない。
故に、幽々子の衰弱は何時ぞやの神綺以上だった。
「や」
だと言うのに、一向に術を解こうとしない幽々子。
「あぁもぉ、貴女と言う人は……!」
頭を抱えたくなる衝動を抑え、妖夢は一つの決断を下した。
さて――事の発端は、幽々子が術をかけたこと。
その術自体は、魔器を借り受けた時、神綺から伝えられていた。
曰く、『成長因子を安全かつ一定量切り離し、フリーラジカルをも適切に駆逐する』術。
俗に言えば、『若返りの法』だ。
創作者による正式名称は、『アリスちゃんをちいちゃくする魔法』である。
名称通りと言うべきか、その術は対象者の容姿を幼くするだけだった。
幼児化に伴い身体能力は落ちてしまうが、妖怪の素とも言える妖力や培ってきた知識は変わらない。
尤も、今回の被害者である妖夢に解っているのは、上記の後半だけなのだが。
妖夢が決断したのは、以下の二点に依る。
一つ、何かよく解らないが重要そうな魔器を排除することができないため、自身では術を解けない。
一つ、嬉しくない方向で一瞬‘力‘を回復させた主はしかし、本当にぶっ倒れるまで頑張るのだろう。
脂汗さえ浮かべる幽々子に、大きな、大きな溜息を吐き、妖夢は近づいた。
「せ、折檻はやぁよぉ!?」
「主に向ける刃は持ち合わせていません」
「いや、割と日頃から叩かれているような……妖夢?」
正坐する幽々子と対峙する。
それでも視線は心持上げる必要があった。
幼くなった自身を再認識し、妖夢は苦笑する。
或いは、下した決断の免罪符だったのかもしれない。
「……ご飯まで、ですからね」
捨て台詞のように言葉を吐き出し、妖夢は幽々子の膝に収まった。
「存分に可愛がれと言うことね!?」
「そこまでは言っていません」
「あと、ぼかしていると言うことは、晩ご飯までOKなのよね?」
「むぐ……!」
「あぁ妖夢、可愛い可愛い私の妖夢っ」
俯く妖夢を、幽々子が至福の表情で抱きしめ頬ずりする。
前述の通り、この術では、培ってきたものは変わらない。
常に抱いている妖夢の幽々子への忠誠心も、また同じく。
だから、ほんの少し普段よりも甘えた態度は、妖夢の意思だったのである。
(ちょっとくらいなら、いいですよね)――心の内で呟いて、妖夢は頬をくっつけた。
「んふふ、妖夢、晩ご飯は母様が作るわ!」
「母様から作られるご飯。おっぱいミルクですね」
「や、母乳って言えばいいんじゃないかしら。あと、えと、出ないわ妖夢」
みょーん!?
妖夢の口から迸る絶叫。
培ってきたものは変わらない。むっつりも、また同じくだった。
<了>
量産して皆に配りましょうね
そしてハイテンションで叫んでる幽々子様想像して吹いた