「パチェー、遊びましょー」
普段通り閑散とした地下図書館に突然、その静穏に似合わぬ、間の抜けた声が木霊した。
それは聞き慣れた友人の声だったが、しかしパチュリーは本から顔を上げなかった。
「パチェ」
「……」
「パチュりん」
「……けほっ」
「パチュチュ」
「……」
声がパチュリーの座る席まで徐々に近づいてくる。
それでもパチュリーは、すぐ後ろに気配を感じつつも、大きく咳込んだ以外は微動だにしない。
「捕まえた」
そんな彼女のつれない背中を、声の主は微笑みながら抱きしめた。
「……重いわ、レミィ」
くぐもった途切れ途切れの返事が、丸い背中越しに聞こえてくる。
冷たくそっけない返事だが、そんなことは気にせずに、主は明るく話を続ける。
「さ、パチュリー。暇だから構いなさい」
「……」
「本読んだままでいいからさ」
「……」
「何よう。じゃあ、勝手に一人で遊んじゃうわよ」
「……っ」
拗ねた真似までしてしつこく食い下がろうとしたが、けれどパチュリーの顔を覗き見たレミリアは、すぐにその話を中断せざるを得なかった。
「どうしたの、パチェ?」
「ごほっ、けほっ」
「……ああ、喘息ね」
「……んっ」
「ごめんなさい、気づかなくて」
仄かなランプに照らされた友人のいつもよりも数段真っ青な顔を見つけて、慌ててレミリアは身体を離した。
ぜいぜいと息をつくのも辛そうなパチュリー。
だが、彼女はなぜかそれを隠そうとするかのように本に向かい続けている。
一体何をそんなに必死になっているのだろうか。
苦しいなら、辛いなら、本など置いて休んでいればいいのに。
レミリアは遊びたい気持ちなど放り投げて、詰まった呼吸を繰り返すパチュリーの細い背中をゆっくりとさすった。
今やもう図書館には、先ほどまでの珍しき喧騒など無かったかのように、濁った咳音と背中をさする音しか聞こえなくなった。
何分経っただろうか。それとも何時間も経ったのか。
無限にも思われた時間の中、ようやくパチュリーの呼吸が安定して、レミリアはほっと一息ついた。
「しゃべるのも苦しいなら、読書なんかしてないで休んでなさいよ……」
それとも、こうして病をおしてまで読みたい本なのだろうか。
もしそうなら、最初から自分の入る余地などなかったではないか。
ゆっくりとレミリアの心に切ない寂しさが広がっていく。
「……仕方ないじゃない」
「え?」
「せっかくきてくれるレミィを……がっかりさせたくないもの」
だからいつも通りに振る舞っておかないと。
気持ちの沈んだレミリアに、苦しみを押し殺したような声で、パチュリーは囁いた。
寂しさに揺れていた心臓が、きゅっと痛々しく絞られる。
いつもよりも小さく弱々しい友人の姿が、濡れた視界に揺れる。
気づいた時には、思わず強い声でレミリアは告げていた。
愚かな友人と、愚かな自分に言い聞かせるように。
「馬鹿ね……あなたのいない図書館よりも、あなたの苦しむ世界の方が嫌に決まっているじゃない」
今度は強請るためではなく、彼女の隠された苦しみを包み込むために、その愛しい背中を優しく抱きしめた。
「パチェ、もう大丈夫?」
「ええ、レミィのおかげで」
「……それなら」
背中越しに触れた親愛のキスは、いつもの彼女との遊戯よりもずっと、胸があたたかくなるものだった。
普段通り閑散とした地下図書館に突然、その静穏に似合わぬ、間の抜けた声が木霊した。
それは聞き慣れた友人の声だったが、しかしパチュリーは本から顔を上げなかった。
「パチェ」
「……」
「パチュりん」
「……けほっ」
「パチュチュ」
「……」
声がパチュリーの座る席まで徐々に近づいてくる。
それでもパチュリーは、すぐ後ろに気配を感じつつも、大きく咳込んだ以外は微動だにしない。
「捕まえた」
そんな彼女のつれない背中を、声の主は微笑みながら抱きしめた。
「……重いわ、レミィ」
くぐもった途切れ途切れの返事が、丸い背中越しに聞こえてくる。
冷たくそっけない返事だが、そんなことは気にせずに、主は明るく話を続ける。
「さ、パチュリー。暇だから構いなさい」
「……」
「本読んだままでいいからさ」
「……」
「何よう。じゃあ、勝手に一人で遊んじゃうわよ」
「……っ」
拗ねた真似までしてしつこく食い下がろうとしたが、けれどパチュリーの顔を覗き見たレミリアは、すぐにその話を中断せざるを得なかった。
「どうしたの、パチェ?」
「ごほっ、けほっ」
「……ああ、喘息ね」
「……んっ」
「ごめんなさい、気づかなくて」
仄かなランプに照らされた友人のいつもよりも数段真っ青な顔を見つけて、慌ててレミリアは身体を離した。
ぜいぜいと息をつくのも辛そうなパチュリー。
だが、彼女はなぜかそれを隠そうとするかのように本に向かい続けている。
一体何をそんなに必死になっているのだろうか。
苦しいなら、辛いなら、本など置いて休んでいればいいのに。
レミリアは遊びたい気持ちなど放り投げて、詰まった呼吸を繰り返すパチュリーの細い背中をゆっくりとさすった。
今やもう図書館には、先ほどまでの珍しき喧騒など無かったかのように、濁った咳音と背中をさする音しか聞こえなくなった。
何分経っただろうか。それとも何時間も経ったのか。
無限にも思われた時間の中、ようやくパチュリーの呼吸が安定して、レミリアはほっと一息ついた。
「しゃべるのも苦しいなら、読書なんかしてないで休んでなさいよ……」
それとも、こうして病をおしてまで読みたい本なのだろうか。
もしそうなら、最初から自分の入る余地などなかったではないか。
ゆっくりとレミリアの心に切ない寂しさが広がっていく。
「……仕方ないじゃない」
「え?」
「せっかくきてくれるレミィを……がっかりさせたくないもの」
だからいつも通りに振る舞っておかないと。
気持ちの沈んだレミリアに、苦しみを押し殺したような声で、パチュリーは囁いた。
寂しさに揺れていた心臓が、きゅっと痛々しく絞られる。
いつもよりも小さく弱々しい友人の姿が、濡れた視界に揺れる。
気づいた時には、思わず強い声でレミリアは告げていた。
愚かな友人と、愚かな自分に言い聞かせるように。
「馬鹿ね……あなたのいない図書館よりも、あなたの苦しむ世界の方が嫌に決まっているじゃない」
今度は強請るためではなく、彼女の隠された苦しみを包み込むために、その愛しい背中を優しく抱きしめた。
「パチェ、もう大丈夫?」
「ええ、レミィのおかげで」
「……それなら」
背中越しに触れた親愛のキスは、いつもの彼女との遊戯よりもずっと、胸があたたかくなるものだった。
いい物語をありがとう!