かぽ~ん、と幻想の音が響く。
ここは白玉楼の浴場。
そこには3つの影。
「ねぇ妖夢。覚えてる?」
最初に口を開いたのは幽々子。
「みんなでお風呂に入りましょう」と言った本人である。
「・・・何をです?」
主人の主語が抜けた質問に聞き返したのは、妖夢。
ついつい幽々子の胸の辺りを見てしまい、「いけない、いけない」と首を横に振る。
それに反応してか、半霊もくねくねと動く。
「昔の事じゃよ」
幽々子の質問を何故か理解したらしい妖忌。
1人だけ男性が浴槽に入っている。羨ましい事この上無い。
全員がタオルを巻く事を条件に一緒に入る事を許可したらしい。
「妖夢がまだちっちゃい時の話だけどね、妖夢は私の名前、ゆゆこって言えなくて、ずっと『ゆーこさま、ゆーこさま』って言っててね」
「え~!そんな事ありましたっけ?」
「あったわよ~。可愛かったわ~」
「・・・・お恥ずかしいです」
昔の事を話されるのが恥ずかしいらしく、妖夢は鼻の下辺りまで湯に顔を入れ、ぶくぶくと泡を出している。
「ゆーこさま!ゆーこさま!じゃぞ」
「妖忌、貴方が言うと気持ち悪いわ」
「おや、失礼」
妖忌に尖った一言を入れ、幽々子は再び妖夢に語りかける。
「でね・・・・妖夢、聞いてる?」
ぶくぶくぶく
「びびべばぶ(聞いてます)」
「なに?ビビデバビデブー?」
「妖忌、貴方は黙ってなさい」
「失礼」
「ぷはぁ、すみません。聞いてます」
「で、妖夢ったら可愛いのよ!毎日お風呂で私の名前を呼ぶ練習してたのよ!『ゆーこさま、ゆーこさま!』って」
「むぅ・・・覚えていません・・・」
「ワシと一緒にのぉ・・・・懐かしい。何年前の話じゃろうか」
「あ、そうそう、それでその時に私が入ったら妖忌が急に鼻血出しちゃって」
「おぉ?そんな事ありましたかな?年を取ると記憶力が悪くなりまして・・・」
こめかみを人差し指で突きながら、わざとらしく何かを思い出そうとする顔を作る妖忌。
「倒れたわよね、確か」
「あっ!そこだけ覚えてます!おじっ、お師匠様飛びましたよね!宙を」
「そうそう、飛んだのよ、鼻血で!」
「そんな所だけ覚えているとは・・・・とんだ孫じゃわい!!参った参った!」
くすくす
可笑しそうに幽々子は笑う。
ははは
妖夢もつられて笑う。
がっはっは
妖忌は耳まで赤くなりながら大声で笑う。
3人の笑い声が浴場に響く。
「そうだ、妖夢。もう一度だけ『ゆーこ』って呼んでみて?」
「え・・・」
「Hurry up!」
「妖忌、黙りなさい」
「サーセン」
「じゃあ・・・・ゆ・・・ゆーこ・・・さまっ」
「おぶしっ」
殺人的上目遣い!
幽々子は湯の中に沈んだ。
「ぬおぉ!?」
いきなり妖忌が立ち上がった。
腰にタオルを巻いているので何の問題も無い。ノープロブレム。略してノープロ。
「どうしたの妖忌!」
「大丈夫ですか!お師匠様!?」
妖忌はそのまま浴槽から出て外に出て行こうと走った。
(ちなみにこの時は鼻血が出そうだったらしい)
つるっ
「おっ!」
妖忌が体勢を崩した。
石鹸を踏んで滑ったようだ。
「ぬぅおおおおおおおおおぉ!!」
体勢を前傾に崩したが、妖忌はそのまま全力疾走。
普通転ぶだろうという角度を保っているのは妖忌の意地か。
老体には考えられぬ圧倒的パワー!
さすがは妖忌である。
しかし、外に出ようという妖忌の意思とは反対に、体は再び浴槽に向かって行った。
「おおおおおぉぉぉぉ!」
ばたばたばた・・・・ ガッ ザッパーン
必死の抵抗も虚しく、妖忌は浴槽にダイブした。なんと、この間僅か三秒。
ばしゃっ
「わっ」
「きゃっ」
「ふぅ・・・・死ぬかと思ったわい」
「何だったんですか・・・一体」
「我を失っとったわ・・・」
「死ぬかと思ったって・・・もう半分霊じゃない。ただ全霊になるだけじゃない」
「確かに・・・・って、いや、だめでしょう!」
「それはともかく・・・そろそろのぼせてきたわね」
風呂に入って45分程経つ。
熱い湯に入っていたのだから、そろそろあがるべき時間だ。
「では、そろそろあがりましょうか」
そう言って妖夢が立ち上がる。
「そうね・・・あら?」
妖夢に続いて幽々子も立ち上がろうとした瞬間。
ぽとり
幽々子が巻いていたタオルが湿った音と共にはだけて落ちた。
白く美しいボディが露になる。
「モルスァ!!」
「!?」
ぶしゃああああ
キラーン
突然、妖忌が謎の言葉を発し、赤い飛沫を噴出しながら幻想郷最速もビックリのスピードで空高く飛んで行った。
「ちょ、幽々子様!見てください!お師匠様が飛びました!」
「救急車!誰か、医者連れてきて!」
「お師匠様は星になったんですよ・・・・ははは・・・・」
「妖夢!?しっかりなさい!妖夢、妖夢ー!」
次の日の朝。白玉楼の庭に刺さった妖忌が発見された。
そして、その事が天狗によって報道されたという事は言うまでもないだろう。