紅い悪魔が束ねる館、その地下にある大図書館で、今日も今日とて魔女は囁き悪魔が笑う――。
図書館内の私室にて、‘七曜魔女‘ことパチュリー・ノーレッジは、‘紅い悪魔‘ことレミリア・スカーレットと雑談を交わしていた。
どうと言うこともない、日常の一コマだ。
「……どうしてかしら。こうやって落ち着いて話すのは、とても久しぶりな気がするわ」
「薄情ね、レミィは。貴女の頭に‘親友‘との会話は残らないと言うのね」
「そも、パチェの外出が増えたからのような……」
小首を捻るレミリアに、後ろに控えていた‘完全で瀟洒な従者‘十六夜咲夜がカップを手渡す。
「淹れたてですので、少しご注意を。……お嬢様もパチュリー様も、交友が広がったからではないでしょうか」
「ありがと。さとりや映姫のこと? 引きこもりと仕事の鬼だけどねぇ」
「と仰いますが、以前より外出が増えたのは確実ですわ」
吸血鬼の従者と同様に、‘大図書館の司書‘小悪魔も、パチュリーに湯呑みを差し出した。
「火傷しないよう、気を付けてください。……パチュリー様、少し前まではほんっとに出ませんでしたからねぇ」
「ん。その必要がなかったからよ。此処には、本もあるしレミィもいるわ」
「や、そこはご親友であらせられるお嬢様を先に挙げられるべきかと」
「……妹様もいるし、咲夜もいる。勿論、美鈴と妖精メイドもね」
「私は!? パチュリー様の夜の犬、或いはバぅっきゃー!」
ボケる小悪魔。
パチュリーは魔力にて応える。
何時も通りの主従の微笑ましいやり取りに、咲夜が微笑した。
「ねぇ咲夜、‘バゥ‘って何?」
「量産型分離可変MSですわ」
「聞くなと言うことね……」
咲夜が微笑した。
真っ当な解答は返ってこないだろうと見切りをつけ、レミリアはカップに口を付ける。
言の通り、程よく熱く、季節もあって冷えている体を温めた。
一口含んで嚥下して、咲夜へと微笑みかける。
「美味しいわ」
「良い茶葉が手に入りました」
「フランと……確か、こいしが遊びに来ていたはずだから、出してあげなさい」
御意――呟き、咲夜が踵を返す。
その足取りは、パチュリーから見て、確かに軽やかに感じられた。
咲夜ほどに洗練された従者と言えど、褒められれば嬉しいのだろうか。
或いはそうなのかもしれない……思いつつ、自身も湯呑みに口を付ける。
舌に広がるのは、何処か懐かしい甘辛さ。
「……なに、これ」
「生姜湯です。おばあちゃん直伝の、蜂蜜入り」
「悪魔が魔女に出す飲み物が家庭の味って、凄くどうかと思う」
どうかと思う――二度呟くパチュリーだった。
「いや、そも、小悪魔の祖母もやはり悪魔なのでは……?」
「あ、ではなくて、時々お世話になっている里の茶店の方です」
「魔理沙やアリス、霊夢や早苗と里に行く時は、大体利用しているわね」
どうかと思う――呟きは一度目で、つまり、レミリアから発せられた。
こほん。
パチュリーが空咳を打つ。
左手を挙げ二三度振り、退出を促す。
「小悪魔、貴女も、もういいわ。通常業務に戻りなさい」
「はい、何かあればお声をかけてくださいね」
「ええ」
それでは――言葉を残し、司書の仕事を再開するため、小悪魔もその場を後にした。
コク、コク。
嚥下するたび、体が温まる。
加えて、加味された蜂蜜のおかげだろう、乾燥した喉も癒された。
湯呑みから口を離したパチュリーは、ふと、対面から向けられる視線に気づく。
「……飲んでみる?」
「辛いならいらない」
「甘いわよ」
童のような問いかけに微苦笑で返し、手渡す。
コクコク。
「んー……炭酸のないジンジャーエール?」
「それは、生姜が元だもの」
「美味しいじゃない」
気に入ったのか、再度湯呑みに口を付けるレミリア。
飲み干してしまいそうね――思いつつ、パチュリーは解説を続ける。
「甘いのは、大部分、蜂蜜のお陰だけどね。
貴女の言う通り、生姜は辛いと評されることが多いわ。
利用法として多いのは、辛味を付けるための薬味としてだもの。
だけど、生姜の利益はそれだけじゃない。
数千年前から生薬として用いられていたそうよ。
薬効は、発散、健胃、鎮吐作用、使い方次第で強壮作用も見込めるわ」
ことん、と湯呑みがテーブルに戻される音。
一旦言葉を切り、パチュリーはレミリアを見る。
唇に残った滴を、舌で舐め取っているところだった。
「つまり、体に良いんでしょう?」
幼い仕草と言葉に、パチュリーは応えを一瞬、戸惑う。
厳密に言えば、そうだとは断言できない。
『薬』として利用されている以上、デメリットも存在する。
例えば、発散作用は初期の風邪に効果のあるものだが、高熱の場合には体力を削ることになりかねない。
――しかし、そこまで突っ込む話でもないだろう。
飴色の液体はまだ残っていた。
湯呑みに手を伸ばし、一口、嚥下する。
甘辛さを再度感じつつ、パチュリーは、言葉の代わりに頷く。
「そこまで解ってたんなら、小悪魔を撫でてあげれば良かったのに」
予想外の返しに、噎せた。
「いや、なんか悪い。驚かせるつもりは全くなかったんだけど」
「……唐突に何を言い出すのよ。買収でもされた?」
「小悪魔にか? されんし、せんだろ」
尤もだ。
「あぁそうね、確かに、『撫でる』ってのは言い過ぎたかしら。
要は、褒めてあげればいいのに、って思ったの。
パチェ、何も言ってなかったでしょう?」
小首を捻るレミリアに邪なものは感じ取れず、パチュリーは唸った。
どうやら本当に純粋な提案だったようだ。
一応、一考してみる。
暫しの後、目を細め、返す。
「言葉を勤労の報酬とする……悪くはない案ね。
だけど、それは金銭が絡んでのことでしょうに。
私とあの子、貴女と咲夜の契約は、そう言った形では――」
そこまで語ったところで、掌を向けられた。
「……違うの?」
「小難しく考え過ぎ」
「じゃあ、貴女のシンプルな意見を聞きましょう」
呆れたようなレミリアに、パチュリーはそう返した。
言葉の端に、ほんの少しの怒気が籠っている。
納得させられるものならしてみなさい。
「例えば、咲夜の出した茶が美味しかったとしましょう」
僅かな間も置かず、応えられた。
「まず、私が咲夜を褒める。
咲夜は、更に勤めを励むでしょう。
その結果、私はもっと美味しいお茶を飲めるようになる――でしょ?」
しかも、単純かつ解りやすい話だった。
笑むレミリアに、パチュリーは舌を巻く。
眼前の親友は、何も飴だけを与え続けている訳ではない。
失態にはそれ相応の言葉の鞭を振い、つまりは飴と鞭を使いこなしている。
恐らく、自身、然して意識せず
天性のものだろう。
故に、彼女はヒトを惹きつける。
それが、‘紅い悪魔‘レミリア・スカーレットだった。
「難しいことじゃなくて、偶にはどう? って話」
パチュリーが思考を消化する前に、レミリアは席を立つ。
何時の間にか、テーブルの上にあったカップが消えていた。
これも、彼女の教育の賜物なのだろう。
「もっとシンプルにしようか。
褒められて喜ぶ従者は可愛い。
……パチェ、貴女もそうは思わない?」
扉を開いたところで振り返り、レミリアが、笑みを浮かべ、彼女の意見を残していった。
コク、コク、コクン。
湯呑みに残っていた生姜湯をパチュリーは飲み干した。
最後の一滴まで風味は衰えず、優しく喉を潤す。
美味しいと感じた。
はふ、と小さく息を零し、パチュリーは備え付けの呼び鈴を鳴らした。
‘こぁーこぁー‘。
呼び鈴を二度鳴らす。
一度だけだと、彼女の従者は文字通り飛んできてしまうからだ。
その時だけは、幻想郷でも三本の指に入るかもしれない――思っていると、てってこてってこ、小悪魔がやってきた。
「お待たせしました、パチュリー様」
「……二杯目を頼んだ覚えはないのだけれど」
「自信作なので、お気に召して頂けたんじゃないかなと思いまして」
笑む小悪魔の手には、湯呑みとポットが抱えられている。
「あれ? お嬢様はお戻りになられているんですね」
そこまでは予想できなかったようだ。
それでいい、と思う。
今は、と付け加えた。
抱える物をテーブルに置き、自身の前に来るよう、パチュリーは指示する。
「次には、彼女にも出してあげて頂戴。……小悪魔、此処に来て、座りなさい」
「はっ、その態勢、俗に言う『しゃぶれよ』!?」
「何をよ」
この手の対応は心得ている。
どストレートに返せばいいのだ。
思った通り、小悪魔は凹みに凹んだ。
「……レミィや妹様、咲夜や美鈴には真摯に振舞うのに、何故主人には出来ないのかしら」
「私の情は、概ねパチュリー様へと向けられていますので」
「劣情ばかりじゃないの」
どうしてくれよう。
思うパチュリーは、手を伸ばす。
どうするのかは、もう決めていた。
「ともかく――。
生姜湯、美味しかったわ。
いつもありがとう、小悪魔」
髪に触れる。
赤色の毛が、指に絡まる。
一回、二回……手を振り、つまりは、撫でた。
さぁ、どう反応するだろう。
この場でいきなり発情でもするのだろうか。
それとも、普段との態度の違いから、怪訝な瞳を向けてくるか。
予想は、外れた。
「え、と……あ、ありがとうございます。
もっと、頑張ります。
えへへ……」
俯く小悪魔。
見えない頬は、きっと赤くなっている。
何故なら、尖った耳の先までが、真っ赤に染まっているのだから。
「……そ。
まぁ、なんだっていいわ。
司書の……いえ、目録の編纂を手伝いなさい」
呆気に取られたのは一瞬、素気なく、パチュリーは続ける。
しかし、それは表面上のこと。
心の内では、焦っていた。
「レミィとお喋りしていた分を取り返さないといけないし。
あぁ、レミィと言えば、湯呑みが余分に一つあるのね。
いいわ、貴女が処理なさい、小悪魔」
これではまるで、親友の掌の上。
いや、彼女はレミリア・スカーレット。
その‘力‘は、‘運命を操る程度の能力‘。
――だから、きっと、私は操られたのだ。
「処理と言っても、捨てるんではなくて……ちょっと、小悪魔、聞いているの?」
「あ、も、申し訳ございません! その、嬉しすぎて……えへぇ」
「あのね。何時までだらしのない顔をしているのよ」
――でもなければ、この私が、小悪魔を可愛いなどと思う訳がない。
「……ったく、しょうがない子」
「か、顔が戻りません。あはは……」
紅い悪魔の束ねる館。
その地下にある大図書館にて。
今日も今日とて、魔女は囁き、悪魔が笑う――。
<幕>
図書館内の私室にて、‘七曜魔女‘ことパチュリー・ノーレッジは、‘紅い悪魔‘ことレミリア・スカーレットと雑談を交わしていた。
どうと言うこともない、日常の一コマだ。
「……どうしてかしら。こうやって落ち着いて話すのは、とても久しぶりな気がするわ」
「薄情ね、レミィは。貴女の頭に‘親友‘との会話は残らないと言うのね」
「そも、パチェの外出が増えたからのような……」
小首を捻るレミリアに、後ろに控えていた‘完全で瀟洒な従者‘十六夜咲夜がカップを手渡す。
「淹れたてですので、少しご注意を。……お嬢様もパチュリー様も、交友が広がったからではないでしょうか」
「ありがと。さとりや映姫のこと? 引きこもりと仕事の鬼だけどねぇ」
「と仰いますが、以前より外出が増えたのは確実ですわ」
吸血鬼の従者と同様に、‘大図書館の司書‘小悪魔も、パチュリーに湯呑みを差し出した。
「火傷しないよう、気を付けてください。……パチュリー様、少し前まではほんっとに出ませんでしたからねぇ」
「ん。その必要がなかったからよ。此処には、本もあるしレミィもいるわ」
「や、そこはご親友であらせられるお嬢様を先に挙げられるべきかと」
「……妹様もいるし、咲夜もいる。勿論、美鈴と妖精メイドもね」
「私は!? パチュリー様の夜の犬、或いはバぅっきゃー!」
ボケる小悪魔。
パチュリーは魔力にて応える。
何時も通りの主従の微笑ましいやり取りに、咲夜が微笑した。
「ねぇ咲夜、‘バゥ‘って何?」
「量産型分離可変MSですわ」
「聞くなと言うことね……」
咲夜が微笑した。
真っ当な解答は返ってこないだろうと見切りをつけ、レミリアはカップに口を付ける。
言の通り、程よく熱く、季節もあって冷えている体を温めた。
一口含んで嚥下して、咲夜へと微笑みかける。
「美味しいわ」
「良い茶葉が手に入りました」
「フランと……確か、こいしが遊びに来ていたはずだから、出してあげなさい」
御意――呟き、咲夜が踵を返す。
その足取りは、パチュリーから見て、確かに軽やかに感じられた。
咲夜ほどに洗練された従者と言えど、褒められれば嬉しいのだろうか。
或いはそうなのかもしれない……思いつつ、自身も湯呑みに口を付ける。
舌に広がるのは、何処か懐かしい甘辛さ。
「……なに、これ」
「生姜湯です。おばあちゃん直伝の、蜂蜜入り」
「悪魔が魔女に出す飲み物が家庭の味って、凄くどうかと思う」
どうかと思う――二度呟くパチュリーだった。
「いや、そも、小悪魔の祖母もやはり悪魔なのでは……?」
「あ、ではなくて、時々お世話になっている里の茶店の方です」
「魔理沙やアリス、霊夢や早苗と里に行く時は、大体利用しているわね」
どうかと思う――呟きは一度目で、つまり、レミリアから発せられた。
こほん。
パチュリーが空咳を打つ。
左手を挙げ二三度振り、退出を促す。
「小悪魔、貴女も、もういいわ。通常業務に戻りなさい」
「はい、何かあればお声をかけてくださいね」
「ええ」
それでは――言葉を残し、司書の仕事を再開するため、小悪魔もその場を後にした。
コク、コク。
嚥下するたび、体が温まる。
加えて、加味された蜂蜜のおかげだろう、乾燥した喉も癒された。
湯呑みから口を離したパチュリーは、ふと、対面から向けられる視線に気づく。
「……飲んでみる?」
「辛いならいらない」
「甘いわよ」
童のような問いかけに微苦笑で返し、手渡す。
コクコク。
「んー……炭酸のないジンジャーエール?」
「それは、生姜が元だもの」
「美味しいじゃない」
気に入ったのか、再度湯呑みに口を付けるレミリア。
飲み干してしまいそうね――思いつつ、パチュリーは解説を続ける。
「甘いのは、大部分、蜂蜜のお陰だけどね。
貴女の言う通り、生姜は辛いと評されることが多いわ。
利用法として多いのは、辛味を付けるための薬味としてだもの。
だけど、生姜の利益はそれだけじゃない。
数千年前から生薬として用いられていたそうよ。
薬効は、発散、健胃、鎮吐作用、使い方次第で強壮作用も見込めるわ」
ことん、と湯呑みがテーブルに戻される音。
一旦言葉を切り、パチュリーはレミリアを見る。
唇に残った滴を、舌で舐め取っているところだった。
「つまり、体に良いんでしょう?」
幼い仕草と言葉に、パチュリーは応えを一瞬、戸惑う。
厳密に言えば、そうだとは断言できない。
『薬』として利用されている以上、デメリットも存在する。
例えば、発散作用は初期の風邪に効果のあるものだが、高熱の場合には体力を削ることになりかねない。
――しかし、そこまで突っ込む話でもないだろう。
飴色の液体はまだ残っていた。
湯呑みに手を伸ばし、一口、嚥下する。
甘辛さを再度感じつつ、パチュリーは、言葉の代わりに頷く。
「そこまで解ってたんなら、小悪魔を撫でてあげれば良かったのに」
予想外の返しに、噎せた。
「いや、なんか悪い。驚かせるつもりは全くなかったんだけど」
「……唐突に何を言い出すのよ。買収でもされた?」
「小悪魔にか? されんし、せんだろ」
尤もだ。
「あぁそうね、確かに、『撫でる』ってのは言い過ぎたかしら。
要は、褒めてあげればいいのに、って思ったの。
パチェ、何も言ってなかったでしょう?」
小首を捻るレミリアに邪なものは感じ取れず、パチュリーは唸った。
どうやら本当に純粋な提案だったようだ。
一応、一考してみる。
暫しの後、目を細め、返す。
「言葉を勤労の報酬とする……悪くはない案ね。
だけど、それは金銭が絡んでのことでしょうに。
私とあの子、貴女と咲夜の契約は、そう言った形では――」
そこまで語ったところで、掌を向けられた。
「……違うの?」
「小難しく考え過ぎ」
「じゃあ、貴女のシンプルな意見を聞きましょう」
呆れたようなレミリアに、パチュリーはそう返した。
言葉の端に、ほんの少しの怒気が籠っている。
納得させられるものならしてみなさい。
「例えば、咲夜の出した茶が美味しかったとしましょう」
僅かな間も置かず、応えられた。
「まず、私が咲夜を褒める。
咲夜は、更に勤めを励むでしょう。
その結果、私はもっと美味しいお茶を飲めるようになる――でしょ?」
しかも、単純かつ解りやすい話だった。
笑むレミリアに、パチュリーは舌を巻く。
眼前の親友は、何も飴だけを与え続けている訳ではない。
失態にはそれ相応の言葉の鞭を振い、つまりは飴と鞭を使いこなしている。
恐らく、自身、然して意識せず
天性のものだろう。
故に、彼女はヒトを惹きつける。
それが、‘紅い悪魔‘レミリア・スカーレットだった。
「難しいことじゃなくて、偶にはどう? って話」
パチュリーが思考を消化する前に、レミリアは席を立つ。
何時の間にか、テーブルの上にあったカップが消えていた。
これも、彼女の教育の賜物なのだろう。
「もっとシンプルにしようか。
褒められて喜ぶ従者は可愛い。
……パチェ、貴女もそうは思わない?」
扉を開いたところで振り返り、レミリアが、笑みを浮かべ、彼女の意見を残していった。
コク、コク、コクン。
湯呑みに残っていた生姜湯をパチュリーは飲み干した。
最後の一滴まで風味は衰えず、優しく喉を潤す。
美味しいと感じた。
はふ、と小さく息を零し、パチュリーは備え付けの呼び鈴を鳴らした。
‘こぁーこぁー‘。
呼び鈴を二度鳴らす。
一度だけだと、彼女の従者は文字通り飛んできてしまうからだ。
その時だけは、幻想郷でも三本の指に入るかもしれない――思っていると、てってこてってこ、小悪魔がやってきた。
「お待たせしました、パチュリー様」
「……二杯目を頼んだ覚えはないのだけれど」
「自信作なので、お気に召して頂けたんじゃないかなと思いまして」
笑む小悪魔の手には、湯呑みとポットが抱えられている。
「あれ? お嬢様はお戻りになられているんですね」
そこまでは予想できなかったようだ。
それでいい、と思う。
今は、と付け加えた。
抱える物をテーブルに置き、自身の前に来るよう、パチュリーは指示する。
「次には、彼女にも出してあげて頂戴。……小悪魔、此処に来て、座りなさい」
「はっ、その態勢、俗に言う『しゃぶれよ』!?」
「何をよ」
この手の対応は心得ている。
どストレートに返せばいいのだ。
思った通り、小悪魔は凹みに凹んだ。
「……レミィや妹様、咲夜や美鈴には真摯に振舞うのに、何故主人には出来ないのかしら」
「私の情は、概ねパチュリー様へと向けられていますので」
「劣情ばかりじゃないの」
どうしてくれよう。
思うパチュリーは、手を伸ばす。
どうするのかは、もう決めていた。
「ともかく――。
生姜湯、美味しかったわ。
いつもありがとう、小悪魔」
髪に触れる。
赤色の毛が、指に絡まる。
一回、二回……手を振り、つまりは、撫でた。
さぁ、どう反応するだろう。
この場でいきなり発情でもするのだろうか。
それとも、普段との態度の違いから、怪訝な瞳を向けてくるか。
予想は、外れた。
「え、と……あ、ありがとうございます。
もっと、頑張ります。
えへへ……」
俯く小悪魔。
見えない頬は、きっと赤くなっている。
何故なら、尖った耳の先までが、真っ赤に染まっているのだから。
「……そ。
まぁ、なんだっていいわ。
司書の……いえ、目録の編纂を手伝いなさい」
呆気に取られたのは一瞬、素気なく、パチュリーは続ける。
しかし、それは表面上のこと。
心の内では、焦っていた。
「レミィとお喋りしていた分を取り返さないといけないし。
あぁ、レミィと言えば、湯呑みが余分に一つあるのね。
いいわ、貴女が処理なさい、小悪魔」
これではまるで、親友の掌の上。
いや、彼女はレミリア・スカーレット。
その‘力‘は、‘運命を操る程度の能力‘。
――だから、きっと、私は操られたのだ。
「処理と言っても、捨てるんではなくて……ちょっと、小悪魔、聞いているの?」
「あ、も、申し訳ございません! その、嬉しすぎて……えへぇ」
「あのね。何時までだらしのない顔をしているのよ」
――でもなければ、この私が、小悪魔を可愛いなどと思う訳がない。
「……ったく、しょうがない子」
「か、顔が戻りません。あはは……」
紅い悪魔の束ねる館。
その地下にある大図書館にて。
今日も今日とて、魔女は囁き、悪魔が笑う――。
<幕>
反則気味ですが、さとりんはその辺上手そうな気がします
いいパチュこあごちそうさまでした!
でもお嬢様やさとりさまは、妹相手の時が印象強すぎて困る。
パッチェさんも、もっと素直になればいいのに……だ が そ れ が い い!